#12 メイプルストーリー
ドリンクバーを注ぎに行ったと思ったら、見知らぬ男を引き連れ戻った巴に、彩加はチキンの欠片を頬張ったまま一瞬動かなくなった。
「あ、彩加ゴメンね。この人さっき話したお見舞いの人。二又瀬さんっていうの」
「お食事中、失礼します。二又瀬といいます。はは……」
「でこっちが友達の新道 彩加です」
「新道さんですね、お食事中スミマセン。はは……」
この間、彩加はチキンの欠片を頬張ったまま一言も発せず望を凝視し、望と巴だけで三人の紹介が完結した。実に新しい紹介方法と言うべきであろう。
彩加が考えていたのは、どこで巴の教育を間違えてしまったのかという事と、よりによってこんな冴えない優しさだけが取り柄みたいな、平凡な男に興味を持ってしまったのかという事であった。
「主任……二四番テーブル、”レモン”と”ミグリ(ミックスグリル)”と”不審者”がコラボってますけど……、任せとけっ!てこの事ですか?」
ファミレスでは常連に、特にオーダーの多い商品名であだ名が付くのは珍しい事では無い。巴と彩加については常連でもあり、好意的にあだ名で呼ばれているが、一見である望に、早くも商品名以外であだ名がついたのはメイプル霞ヶ丘店の歴史上、特筆すべき事柄であった。
若干冷ややかな目線をバイトリーダーから浴びた、上司である接客主任は
「あ~なんていうか……店長も良く”お客様を差別しちゃいけない”って言ってるだろう。そういう事だ。あっ、もうこんな時間か。秋山君、今日はもうあがっていいよ」
仁科はわざとらしく時計を見ながら、サービスステーションにシフトインしてきた高校生アルバイトの真田 皐月へ視線を移した。
「お疲れ様で~す!」
元気にシフトインして来たフロントクルーの皐月に秋山は一言
「皐月、二四番テーブル要注意な」
と一言残し、”やれやれ”といった具合に首をふってあがっていった。
「どういう事ですか?」
「あ~気にしなくていいよ。あははは」
明らかにおかしい主任の態度に首をかしげた皐月であったが、キッチンクルーの小幡から
「皐月、二四番テーブルに”おかわりライス大盛り”大至急! 多分ミグリさんだろ」
「あ! 新道さん達来てるんだ!」
皐月も常連である巴や彩加の事は知っており、ミグリさんが来ているという事はもう一人、陽だまりの匂いがするレモンさんも来ている事に疑いは持たなかった。
「お待たせいたしました! おかわり大盛りライスです!」
大きな声で必要以上に大盛りに見える大盛りライスを提供する皐月に彩加は苦笑いして
「皐月ちゃん、私も一応女子だから、こいうのはもう少し小さな声で言ってもらうと助かるわ。それとキッチンの小幡に今度”ミグリ”って呼んだら、ぶっ飛ばすって伝えといて」
彩加は必要以上に大盛りに見える大盛りライスを口に運びながら、皐月に伝言する事も忘れなかった。
「ごめんなさい新道さん。お二人が来てたから嬉しくなっちゃって」
「ふふ、皐月ちゃん相変わらず元気ね」
巴は妹がいたらこんな感覚になるんだろうと穏やかな眼差しで二人を見ていた。
「あ、あの……」 望
「は?」 皐月・彩加
「か、から揚げ定食一つ……」
望の突然の注文に、皐月は初めて二人以外の存在に気づき
「す、すみません、から揚げ定食一つですね。かしこまりました」
慌てて営業スマイルでオーダーをとる皐月。
「伝票は別にしてね」
「ちょっと彩加」
淡々と付け加える彩加に、巴は慌ててたしなめようとした。
「いいんです。もちろんです」
望は自分が新道 彩加に好ましく受け入れられていないのは自覚しており、最初が悪すぎたと諦めるしかなかった。しかしこのチャンスを逃せば巴と親しくなる機会など皆無であり、猛禽の様な鋭い眼光で見つめる彩加に、ここは引く訳にはいかなかった。
何はともあれ、後の”不審者”改め”から定”の誕生である。