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#11 不審者

「へっくしょん! うい~」とてもおやじくさいくしゃみをした望は

「どこかでかわい娘ちゃんが噂してるな、こりゃ」と、とてもおやじくさい陳腐ちんぷな感想をのたまった。


 あれから三五五号室にお見舞いに行った望であったが、権藤は就寝中であり起こすのもはばかられたので、三十分程待った挙句、結局そのまま病院を出た。面会の予約もしていないので当然といえば当然の結果であるが、望の関心事はむしろこのまま帰ったら未来に何を言われるか? そして兄としての威厳を守りきれるか? という二つの極めて器の小さい悩み事にあった。


「それにしても病院の渡り廊下で会ったあの黒づくめの男……え~と”見届ける者”だっけ? えらく恥ずかしい事を口走ってたが何者だったんだろう」


 某なろう小説のタイトルをあっさりと”恥ずかしい”呼ばわりした望は腕組をしながら難しい顔をして考え込んでいた。


「主任、三二番テーブルのお客さん、朝からドリンクバーだけでもう六時間以上いるんですけど」

「ん、そうなの? はぁ~眠い……」


 主任と呼ばれた男は仁科にしなといい、メイプル霞ヶ丘かすみがおか店の接客主任をしていた。休み明けの遅番に出勤してきたばかりで、バイトリーダーの秋山あきやまから引継ぎ事項を受けている最中であった。


「どれどれ……、うわ~ドリンクバーのグラスあんなにテーブルにひろげちゃって」

「でしょ、他のお客さんもちょっとひいてますよ」


 むろん三二番テーブルの客とは望の事である。

メイプル霞ヶ丘店の近くには霞ヶ丘高校と霞ヶ丘中学や、秋山やメイプルのアルバイトの大半が通う風林堂ふうりんどう大学もあり、テスト時期になると勉強する”ふり”をした学生で賑わう事になる。中には真面目に勉強する学生もいるが、むしろドリンクバー片手に談笑しているのが大半なのも事実である。騒いだり店内を散らかしたりする学生も多く、長時間座席を独占する事もある為、迷惑行為に当たるとして学生の勉強を断るファミレスも多い。そんな中メイプル霞ヶ丘店では、あまりに騒がしくなると仁科や秋山に注意される事もあるが”注文される限りはお客様”という半年ほど前に着任した

新しい店長の方針に基づいて所謂いわゆる”勉強組”と呼ばれる学生を受け入れていた。

大体の学生は許容の範囲を超える事も無く、多少テーブルを散らかして帰る程度であったが、それでも望のテーブル程酷くは無かった。


「ありゃ完全に不審者だな、腕組みして寝てるし」


 敢えて望の名誉の為にいうと、考え事をしていたのである。


「警察呼びますか?」


 バイトとはいえ新しい店長からリーダーを任されるぐらい責任感もあり、信頼も勝ち得ている秋山の提案に


「まぁまぁ、俺に任せとけ。その間ちょっと客席頼む」

「了解です」


 仁科の提案でかろうじて警察のご厄介になるのを、人知れず回避した望であった。


「お客様、お休みのところ申し訳ございません」

「んあ?」


 いささかとぼけた返答になったのは、まさか声をかけられるとは思っていなかった為で、望がとぼけている訳では無かった。


「恐れ入りますが、この様なとこでお休みになられては風邪をひかれるかも知れないと思い、お声かけさせて頂きました」

「あ、いや寝てた訳では……す、すみません。帰ります」


 反論しかけた望は店員の百戦錬磨の笑顔に圧倒されて、頭をかきながら席を立った。十分に時間も潰せたし、今から帰れば少し早いが夕食前には帰りつけるだろう。未来に”夕方まで帰って来るな”と言われて律儀に守る望であった。


「あれ? 二又瀬さん?」


 四杯目のドリンクバーのおかわりに席を立った巴が目にしたのは、百パーセント営業スマイルの店員に連れられて、すごすごとレジに向かう望の姿であった。


「二又瀬さん、選家です。今朝病院で会った」

「へ?」


 ナース服と私服ではこんなにイメージが変わるものかと。例え街ですれ違っても望は気づかなかったであろう。アップにしていた黒い艶のある髪は肩ほどまで自然におろしてあり、初夏の青空の様な薄い藍色のワンピースに薄手の白いレースのカーディガンを羽織ったその姿は、女子大生と言われても望は信じたであろう。


「選家さん? あのナース……じゃなかった看護師の?」

「はい、二又瀬さんもお食事ですか?」

「あ、いや。ちょっと暇つぶしで……、はは……」


 不審者扱いで追い出される寸前……とは口が裂けても言えなかった。


「お暇なんですか? 私友人と来ているですけど、少しご一緒しませんか?」

「…………え?」


 鳩が豆鉄砲……以下略


「やっぱり、ご迷惑でしたか?」

「いや、ご迷惑だなな、じゃなくて、えっと俺なんかがお邪魔しては、それこそご迷惑じゃないかと」

「丁度いま二又瀬さんの噂してたとこなんですよ! さぁこっち、こっち!」


ーーお、俺の噂!! 

 完全に鼻の下を伸ばして、だらしない表情になっている望が先程の店員を見ると、軽く一礼しているのがわかった。


ーーまだ、居てもいいんだ~ 

 店員の心使いに感謝しながら、望はふらふらと巴に引きづられる様に席に向かった。


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