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#9 渡り廊下


「三五五号室だ」


 不意に男の声が聞こえた。朝の陽光が窓から差し込み、白い渡り廊下に反射されている。窓の外では木々が緩やかにそよ風に遊ばれている。そんなのどかな景色とはあまりにも不釣合いな、黒尽くめの男が渡り廊下に立っていた。


ーー誰だ? というか居たか? 見晴らしのいい一直線の渡り廊下でこんな奇特な存在を見落とす程、俺の人生は波乱万丈だったか?

 いささか比喩が効きすぎている望の思考も、こんな事態ですら発揮できるのは、この際見事である。


「行かないのか?」


 いつの間にかその男は、望の直ぐ横にすれ違う様に立ち前方を見たまま告げた。その男は”見える”というより意識の表層を出入りしている、といった方が望の感覚にしっくりきた。


「え?」

「お前の探している男は三五五号室にいる、行かないのか?」


 理解の出来ない事が立て続けに起こり、望は巴に助けを求めて声をかけようとした。


「無駄だ、あの女に俺は見えないしお前の説明を理解出来ないだろう。それはあの女の責任では無く、お前の説明能力の責任だがな」


 さらりとプライドを傷つけたられた望であったが、口にしたのは別の事であった。


「お、お前は誰だ?」

「俺は見届ける者」


 男は先日、権藤とのやりとりをなぞるがごとく、必要最低限だが正確に質問へ答えた。むろん権藤と同じく望がその答えに満足する事もなかったが。


「見届ける? 何を?」

「お前が会う男の選択の結果だ」

「何を言っているのかさっぱりわからない。わかる様に説明してくれないか」

「お前が理解する必要は無い。お前はお前が会うべき人間の所在を知った。それだけで十分だろ」


「どうしたんですか?」


 振り返った巴は、ついて来てると思った望が二十メートル程も離れて、独り言をつぶやいてるのを見て近づいて来た。


「いや、この男が……」

「男?」


 男は現れた時と同様いつの間にか姿を消していた。


 ”あいつに俺は見えないし、お前の説明を理解出来ないだろう”さっきのあの男が言った言葉を思い返し、望は説明する事を放棄した。何より望自身が今、目の前で起きた事が本当であったか、確信すら持てなかった。


「いや、なんでもありません」

「大丈夫ですか? 少し顔色が悪いようですけど……」

「大丈夫です。それより相手が三五五室に入院してるという事を友人が言ってたのを思い出しました」


 下手な嘘を更に棒読みでのたまう望。しかしこの場合そう言う以外選択肢が無かったのも事実であった。


「え? そうなんですか?」

「はい、色々とありがとうございます。後は一人で大丈夫です」

「……そうですか。思い出されて良かったですね。では私はこれで失礼します」

「本当にありがとうございます」


 望は繰り返し謝意を伝え、一人で朝陽の差す渡り廊下を歩き始めた。


「変わった人だったな」


 他者の自分への評価を知ってか知らずか巴はぽつりと呟くと、今来た道を引き返し始めた。


「あ! 夕方から彩加さやかと約束があったんだった!」


 友人との約束を思い出し、思わず廊下を走り出した巴がナースステーションを横切った直後


「廊下を走ってはいけません」


 巴の背後で大きくは無いが、無条件で従わざるを得ない貫禄を持った声が巴を押さえつけた。


「すみません!」


 巴は振り返らずともわかる婦長の声に背中でお詫びして、最大限の早歩きで更衣室に向った。


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