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Ⅱ,コンニチハ、また逢いましたね。

私が「吸血鬼」と呼ばれるようになったのはいつからだろうか。

 そう思い、記憶を思い起こしてみると私と赤の他人の一部をまだ「クラスメイト」という陳腐なモノで呼ぶことができた時からだった。

 かつてのクラスメイト達は皆、どんな理由でそう呼んだのかは分からない。きっと本人たちも分からないまま、誰かが言いだしたことに便乗しただけなのだろう。

 言葉の響きに含まれた容赦のない残虐性。それは子どもの無垢な残酷さが、大人なら躊躇ってしまう先を無知故に、踏みこんでしまうことだった。

 その響きを受け入れるかどうかに私の意思は関係なかった。その言葉は汲み上げた水をこぼしたように止められず広がって染み込んでいった。そして決定された。

 だが、それは私にとってどうでもいい問題だった。理由を知ったことで、言い出した本人を見つけ出し問い詰めても。零れた水を戻すことはできやしないのだから。

 問題だったのは「吸血鬼」というあだ名に含まれる確かな侮蔑のみ。「吸血鬼」なんて端から信じてすらいないのに、そこに味付けされた侮蔑だけは彼らは信じていたのだ。

 彼らに大事だったのは私を蔑むことだった。理由や発生源なんてモノはきっかけや過程であり、どうでもよかった。ただ私を蔑み、彼らの下に置くということで――下に置いていると錯覚していることで――安心という甘味を味わい尽くしていたのだろう。

 私からすればまったく愚かで滑稽で最低だった。

 彼らはあまりにも幼稚な自我を抱える生き物だった。

 同じカテゴリに属されていると考えるだけでも情けなく泣けてきた。

 彼らの顔に、はっきりと刻まれた嘲笑。

 その甘味に包まれた芯は苦いものだと分からずにしゃぶりつくしている愚かな幼稚性。

 そんな甘味を振りかざして私の顔に苦い息を吐く彼らの顔を思い出すと、張り裂けそうな強い怒りを覚える。

 ……なら、本当に「吸血鬼」になってやろうか。

 私が本当に「吸血鬼」だったとしてもそれでもお前らは嘲笑し続けてられるのか。

 お前たちの血を吸って殺してしまっても、お前らは私を下に見ることができるのか。

 本当に吸血鬼が現れたとしてもそれでも、愚かなお前らは、自分が握っている甘味が苦いものだと気づくことすらできないのか。


そうして、私は吸血鬼というモノになってみることに決めた。


……今日は『休日』で曇りだ。出かけるとしよう。

 私は身支度を整えてまだ静寂な街に胸を躍らせて出かけて行った。

















 誰かが、ドアをノックしている。

「もう少し待ってください」

 僕は、その音で目を覚ました。

 先ほど鳴っていた目覚まし時計は床に叩きつけて止めてしまった。

 上半身を起こして宙に視線を漂わせる。

 寝汗で身体に張り付くパジャマ。

 部屋に射し込んでくる太陽の光で目覚めたばかりの視界がにじむ。

 若干、頭が痛いのは昨日から風邪気味だったせいだろう。

 それにだいぶ慣れてしまったのが情けない。

 涙が溢れてしまう目に掌を押し付けて感情の高まりを抑えつけた。

 風邪が広がるのを避けたくて看病、看病と騒ぐ彼らを追い出してしまったから後で謝らないといけない。

 ふと、いつもより部屋が寒いことに気づいて窓を見ると、部屋の一角のカーテンを翻してたたずむ窓ガラスのない窓枠があった。

 何故ガラスがないのだろうか。

 振り返ればベッドの片隅に転がっているバネがはみ出している目覚まし時計は、時刻の真上を指している。

 僕が寝ている間に、工事でもしていたのだろうか。

 昨日彼らが修理するようなことを言っていたかどうか思い出そうとする。

 目が眩むようなフラッシュバックが頭をよぎる。

 昨夜はうなされてしまったせいかとても嫌な夢を見てしまった。

 夢には何か暗示が含まれているといわれていると。セクメトさんの授業で習ったけれど、この夢は何が含まれているのだろうか。

 そんなことを考えていると、もう一度ドアをノックする音が聞こえた。

一旦、この考えを保留することにして急いでドアに駆け寄る。

ドアを開けると黒いスーツを着た人が立っていた。

僕は、その人を見上げる。

「おはよう。レスさん」

「シルフ様、おはようございま……」

 そこには、長身を黒いスーツで包んだレスさんがいつものように丁寧に挨拶していたのだが、途中で僕と目が合った。

固まって動かなくなってしまっていた。

 僕は、気になったので首を傾げる。

「どうしましたか。レスさん」

 しかし、僕の問いには答えず、レスさんは顔を上に向けてぶつぶつと自分にいいかせるように呟く。

「これは小生の夢なのだ。そう夢なのだ。明晰夢。白昼夢に違いない。シルフ様がこんなコトをすればよいなと考えた。浅ましくも小生は考えてしまったのだ。これは、夢。だから小生の自由にできるということ。これは、犯罪ではない。夢だから。ふふふ」

 と呟いているので僕は小さいのでレスさんを見上げて袖を引きつつ聞いてみる。

「レスさん、僕の質問に答えてよ」

 その言葉にハッと我に帰ったのか。慌てたように

「申し訳ありません。シルフ様。しかし、致しかないというか……」

「?」

 僕と視線を合わせずに口ごもるレスさん。

 意味が分からず、詳細を目線で促してみると、顔をレスさんの後ろに一つに縛っている髪と同じくらいに赤く染めてそっぽを向いてしまう。

 意味が分からないので目ではなく口で詰め寄ろうと口を開こうとした。

 廊下から足音が数歩聞こえたと思ったら、僕の体は何か柔らかいモノに包まれ、レスさんの前から廊下の窓際まで運ばれた。

「なんで、この子は毎回、毎回、そそる恰好でワタシの目の前に現れるのかしら。これは、もはや、運命、いや、宿命ね。もう愛でるしかないわ。さあ、ワタシの部屋でスケッチしてあげるわ。行きましょう」

僕を大きなぬいぐるみを抱えたようにして僕のつむじに声を落としている黒いパンツスーツのセクメトさん。

そのまま僕は、連れて行かれると思ったら、レスさんがまだ赤い顔をしながらもセクメトさんを呼び止める。

「こら、シルフ様が困っているではないか。早く、下ろしなさい」

「だって、あんたこそもう少しで誘拐しようとしていたじゃない。まだ家庭教師のワタシのほうが正当よ。これは、朝の美術の勉強よ」

「お主、今考えたのだろう。小生はそんな不埒な妄想は、断じて、そう断じて、決して抱いておらん。我が身に宿るのは崇高なシルフ様の尊敬のみよ。さあ、シルフ様を渡しなさい」

「さっきと言っていることが違うじゃない。このムッツリ」

 僕は、どうしたらいいのだろうか。

 とりあえずセクメトさんの抱きしめ方が苦しいので上を見ようとしたらセクメトさんの縁なし眼鏡を通して目が合った。

「先生、そろそろ降ろしてもらえますか。朝ごはんがまだなのでフラフラです」

 しかし、セクメトさんは体をくねらせて何かにこらえているみたいだ。

 そんなセクメトさんを見てやっともとの顔色に戻ったレスさんがため息をついた。

「お主は、全く。人のこと言えないのではないか……シルフ様。あのその、ですね、えっと、と……か、鏡でご自分の姿を見てくだされ!」

 そう言うとレスさんは後ろの髪を翻して背中を向けて走って行ってしまった。

 途中、色んなモノにぶつかる音がしたがレスさんは頑丈なので大丈夫だろう。

 手近に鏡がないので、廊下の窓ガラスで自分の姿を見てみた。

 丸顔で背は平均以下の黒髪黒目の東洋人とよばれるだぶだぶのパジャマの上だけを着た姿が映っていた。

……上だけ?

ああ、昨日寝汗をかいてそのまま衣装棚から着られるものを引っ張りだしたような気がする………。

 急に恥ずかしくなったので顔が熱くなるのが感じられる。

 そんな僕の様子をみてセクメトさんは、再びこらえるようにしていたけれど、今度は抑え切れたのか僕を降ろしてくれた。

 そのまま僕は、部屋に戻り自分の服に着替えた。

 その間、セクメトさんは開けたままのドアで僕を待っていてくれた。

 けれど、できれば廊下で待ってくれてほうが良かった。

 何故かホクホク顔のセクメトさんに抱えられて長い廊下を歩き食堂に向かった。

 セクメトさんは僕を抱えているので仕方なく僕がドアを開ける。その先には、食事の準備をしている黒い喪服に似た服の上に黒いエプロンを掛けたメファーがいた。

「おはようございます、みち様」

 そして、僕の本名を呼ぶ。

「おはよう。メファー」

抱えられた僕を見て苦笑しつつもメファーはセクメトさんに僕を降ろすように指示した。

セクメトさんは渋々僕を降ろして食卓に着いた。

僕とメファーは笑いあいながら僕も同じように食卓に座った。

その時、レスさんも静かに入ってきてセクメトさんとにらみ合った。

いつものようにメファーの作ってくれた朝食を食べながらラジオから流れる音楽を聴いた。

メファーの作る料理は、基本に忠実な内容だった。

そんな朝食も終盤に差し掛かる頃、メファーはふと鎖つきフレームの眼鏡を外して僕と視線を合わせた。焦点を合わせようと細めるメファーの瞳は暗い色をしていた。

「道様、その首筋の二対の痣はどうなさいましたか」

 僕は、一瞬何を言っているのか分からなかった。

 次に、昨日の夢が再生された。

 青い瞳、金髪、満月、牙、寒い空気。

メファーはそんな僕の気持ちを察したかのように懐から二枚の手鏡を手渡してくれた。

 恐る恐る鏡の調整をして僕の首元を映してみた。

「あらら、凄い痣」

「シルフ様、その痣はどこで?」

 他の二人も聞いているが僕には身に覚えがない。

 メファーは僕の不可解な痣を見ながら僕を安心させるような穏やかに口調で語る。

「道様、昨夜は風邪を召されていたようで、看病できずにすみませんでした。道様、昨夜はどんな夢を御覧になりましたか」

僕は昨夜見た夢を回想しつつみんなに話した。

「とても変わった夢ですね」

「そうね、本当に変わった夢」

「シルフ様、昨日はそんな辛い夢を……だから傍にいると申し上げたのに……」

僕の夢の話を聞いて少し眉を上げてメファーは目をつむってしまった。

ラジオから流れる曲が変わった。

後ろに撫でつけられた白髪をなでて目を開けた。

そして……。

「道様、今日は図書館に行ってみたらいかがでしょう。こちらはすこし調べてみますね。道様の御身体に万が一の事があれば大変ですので」

「じゃあ、ワタシと今日は図書館でお勉強しましょう」

「クッ、小生は、小生には。用事があるのです。口惜しや。誠に申し訳ありません」

 僕は、そんなレスさんにむかって

「ありがとうね。気持ちだけでもありがたいよ。レスさん」

 レスさんは顔を赤くして俯いてしまった。

 そんなレスさんを見てセクメトさんは眉を潜めた。

「役立たずが」

 そう吐き捨てて食器を厨房へ運んで行った。

 レスさんは慌ててセクメトさんの後を追いかけて食器を持って行ってしまった。

「ねえ、メファー。僕、大丈夫だよね」

「ええ、今日も一日がんばりましょう」

メファーはにっこり笑いながら僕の食器を持って厨房へしっかりとした足取りで歩いて行った。

 メファーの白髪が陽の光を浴びて淡く輝いていた。

 そして、そういえば僕は一度も入ったことのない厨房の調理場へ消えていった。

 さて、僕は出かける準備をしなくちゃ。

 その前に部屋の掃除もしないと。

 ああ、忙しい。忙しい。


 食器の音と水の音が鳴り響く厨房では小人くらいの子鬼達が忙しく働いていた。

 厨房の調理場中央に設置してある黒い木のテーブルには背筋がしっかりとした老人と長い赤髪を後ろに縛った長身の男とその男と同じくらいに背の高い薄い色素をした金髪の女が囲んでいた。

「まさか、あの子の香りがあの怪物まで誘いこむのはある意味必然なのかしらね」

女は髪を荒々しく掻きあげながら言う。

「あの子は無自覚に香りを振りまいているからの。それは幸せか、不幸なのか」

長髪の男が調理場を跳ねまわる子鬼を視界に入れながら言う。

老人は薄く笑う。

「まあ、道は香りが強くなっていることすら気づいていませんからね。まあ、その辺を侮って放置して対策を立てなかったこちらの落ち度もあるでしょう」

 老人はテーブルの裏にある木の節に似せて描いてある魔方陣をなぞりながら

「それでは、多分いや、これまでの経験から必ず接触があるはずです。十分に気を付けてくださいね。新月のときまでにせめて『名前』を手に入れないと危ないコトになりますから」

 男女が気まずそうに黙りこんでいるのを見て呟く。

「まあ、今日はあの子が普通に過ごせるように取り計らってくださいね」

 老人は暗い瞳を収縮させて二人を見た。

 水の音がしなくなった。

 子鬼達は怯えて震えている。

「『女神』と『屍』の名を汚さない働きをね」

 魔方陣が消えてテーブルの上にあるものが現れた。

 老人は目を細めてにっこりと笑う。

「比較的香りが舞うことのない服を作らせました。あの子に着させてください」

 男女は思わず顔を見合わせた。

 次の瞬間、両者の反応は

「翁よ。まさか、本当にあの子に着させるのか」

「ナイス。メファー、ナイス。いいわね。分かったわ。適当な理由を作って必ず着させるわ」

 それぞれだった。

 二人の様子を見て老人はほほ笑んだ。

 食器と水の音が止んだ。

 片付けが終わったようだ。

 上から掃除機の音がする。

 老人は、指を鳴らす。

 子鬼達は老人に一礼して消えた。

 いつの間にか長身の男も消えた。

 この部屋にいるのは女と老人だけになった。

「……、本当あなたは何者なのかしら」

老人は穏やかに微笑むだけ。

けれど暗い瞳は収縮したまま。

 そして、いつのまにか床に新たな魔方陣。

女はため息を吐いた。

「分かったわ。『名前』が知られているのなら手も足も出せないわ。だからそんなもので脅さないで」

「いや、これは調べものの為ですよ」

「どうだが」

 いつの間にか持っていた杖で魔方陣の中心を突いた。

 魔方陣は杖に吸い込まれるように消えて、再び黒い円が現れた。

 その円は縦に開き赤い眼球が見えた。

 眼球は老人を捉えると目を閉じた。

 再び縦に開くと舌のない口が開かれた。

 そしてそこから何かが飛び出してきた。

 飛び出してきたのは、老人の後ろに……地獄の門が。

その様子を見て女は独り言のように呟く。

「あなたはワタシ達と違うのは分かるけどね」

 女は厨房の扉を開けて生徒の所に向かっていった。

 独りになった老人は帽子を取り出して散歩をするかの気楽さで地獄の門が開くのを見て誰ともなく呟く。

「あくまでも。そうあくまでも。あの子にとっては世話人なのですけどね」

 肩を竦めて開かれた門を進む。

 そこからは全くの暗闇だった。

 自分の腕すら見えない暗さの中。

「調べものをするのならあの子に逢いましょう」

 老人は指を鳴らした。

 足元から一頭の翼竜が出てきた。

 伝説にある姿ではなくトカゲに翼が付いているそんな不格好に構成された竜だった。

 老人は荒い息を吐いている翼竜の頭部付近に飛び移った。

 老人は翼竜の頭部に杖で魔方陣を描く。

「ここまでよろしく。ポーンよ」

 翼竜は翼を上下させてその体を浮かせる。

 その間隔は短くなって。

翼をはためかせ光のない暗闇を飛ぶ。

盲目の竜は指示されたところへ老人を乗せていく。

決して乗り心地が良いとは言えずともすれば落ちてもおかしくはないはずなのに。

老人は風圧にも振動にも微かにみじろぎすらせず。

杖に両手を重ねておき優雅に立っていた。

何もかも暗闇に包まれた何かをみるように。

先を見据える。

空気が冷たく、重くなってきた。

そして、翼竜は着地する。

翼が完全に動作を終了させた時にやっと老人は帽子を被る。

老人が地に足を着くと同時に翼竜は掻き消えた。

老人は、鎖付きフレームの眼鏡を胸から出してかけた。

目の前には、灰色の扉。

老人が進むと扉は押しあけられるように開いた。

何の音も声も気配も色も熱もここにはなかった。

老人は暗い空間の中、鼻歌を歌いそうな足取りで歩く。

空気は、重く薄い。

ここは、本当に世界の底辺にいるようで。

ここには居てはいけないかのようで。

それなのに。

老人は、笑いながら立ち止まる。

地面をこするような音。

獣に似た唸り声や呻き声。

それぞれが吐く息の熱さと臭気。

どこにいたのだろうか。

お互いが見えないはずなのに。

周りがいつの間にか様々な気配で囲まれている。

それでも、老人はおどけたように。

道化師のような仕草で帽子を取り。

相手の感情を逆なでする声音で。

 何かに囲まれていることすら気にせず。

先を見て。

帽子を持った片手をあげて。

長年の友人に対して挨拶するように。

「コンニチハ、ルシファー。また逢いましたね」

 そう言った。


話の骨子は完成。


しかし、ストックが作れていないためこの時点まで。

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