ペアリング
2年前の作品です、このころの作品は僕の前のスタイルの代表的な作品です。楽しんでください。
「恭子、あんた、そろそろ彼氏つくりなよ!」
美佳に私はそう言われた。
「う~ん、作りたいのは山々なんだけど、私と合う相手がなかなかいないのよ・・・・。」
会社のお昼休み、私たちは、二人でお昼を食べた後、会社に向かう途中話しながら会社に向かっている。
「あんた、高望みしすぎなんだって、あんたは人並みにモテるのに、いつも、男とは友達止まりで終わろうとするじゃない・・・・。中にはいい男もいるのに、もったいない。」
「しょうがないでしょ!私をときめかせる男の子がいないんだから。」
「また~贅沢いっちゃって、私なんか、全くモテない干物女だから、こうやって自分から積極的にいってる訳じゃん!」
「そんなこと無いよ、美佳はモテるけど、気の無い男には相手しないだけじゃない?」
美佳はしばらく固まったがすぐ私の言葉をさえぎってこう言った。
「と・に・か・く、次の合コンには必ず来てよね!慶宗卒のグループの男どもだから医者やら、弁護士やら、わんさか・・・・。」
「美佳・・・鼻の下、伸びてる・・・・。」
「そんなこと無いわよ!」
美佳は少し怒った表情で私を見た。
私はそれを見てため息混じりで言った。
「はい、はい、行けばいいんでしょ。言っとくけど、行くだけだからね・・・・・。」
私には、恋ができない理由があった。それは、私の胸をときめかせる男がいても、その男性との記憶がいつも私の頭の中に消しゴムがあるように、すっかり忘れてしまうのだ。
と言っても、その男性の存在そのもの記憶が消えてしまう訳ではない。思い出、自分が抱いていた感情、そういった類のものが消えてしまう・・・・・。
だから私は身の覚えのない告白を何度も受けてきた。その度に、相手を傷つけてしまう。
そうすると、やはり周りに、私に向けた良くない噂が流れ始める。
だから私は恋をすることを辞めてしまったのだ。
しかし、美佳とは大学時代からの唯一無二の親友だ。無下に断ることはできない。私は今回も参加するだけとの約束でこの合コンの誘いを受けることにした。
合コンの当日、私はそんなに気合を入れる訳でもない、かと言って手抜きするでもなく、いつも会社に行くとき程度にする化粧をし、友達と遊びに行く、いつも着ていく格好をして家を出た。
しかし、いつも気になることがある。左手の薬指に指輪が自然とはまっていることだ。私は、いつもどおりの化粧をし、服に着替えただけで、それ以上のことは何もしていない・・・・。
それなのに、いつも私の薬指にはいつも指輪がしてあるのだ。
しかし、私はこの指輪に不信感をつのったことはない。いつも、会社に行くときにしろ、遊びにいくときにしろ、私には不思議となじんでいる。誰の指輪か分からないけれども、違和感すら感じたことがない。
私には、私の体の一部といっていいほど、自然なことなのだ。
ともかく、私は日が沈みそうな夕方、美佳が取り計らった合コンの会場の居酒屋に向かうべく、私のマンションを後にした。
会場の居酒屋には、もうすでに、メンバーが私以外そろっていた。
私は待っていた友達に、少し遅れたことを謝り、向かい合わせに座っている男をデパートのブランド品を品定めするような視線で、男達を流すように見ていった。
確かに、慶宗卒は伊達ではなかった。ほとんどの男はブランド物に着られているかのように、高そうな服を着飾っている。
しかし、私はテーブルの一番端に座っている男だけが異様に地味な格好をしていることに気づいた。と言っても、別に本当に地味な格好をしている訳ではない。周りの男の格好と比べると、対照的に私の目には映っていたのだ。
私は席につき、合コンが乾杯から始まった。
「○×商社の子達なんだって?」
男のなかでも、いかにもボンボンそうな、一人の男が話をきりだした。
「そーなんですぅ~私たちピチピチのOLで、ただいま恋人募集中でぇーす。」
私の友達たちが話しにのっかった。私はそんなに玉の輿がいいのか?と呆れて彼らの話に相槌を打っていた。
もちろん、私も玉の輿にあこがれていない訳ではないが、こう節操がないと開いた口がふさがらなかった。
やはり、周りを見回すと、浮いているのは地味な服を着た男だった。私はなんだか可哀想に思えて、自ら席を移動して彼の前に座った。
「え~恭子ちゃん、そんな席移動するの?」
「こいつは、ただの人数合・わ・せ・慶宗卒でもなんでもないよ。」
なんで、たがが人数合わせのために、一人呼ぶ必要があるのか?という疑問を抱いたが、私はそんなことには気にとめず、その男の前に座った。
「お名前はなんと言うんですか?」
私はとりとめのない会話で彼との初コンタクトをとった。
「西本翔太といいます。あなたのお名前は何ですか?」
「私は世田谷恭子といいます。」
「慶宗卒では無いと聞きましたが、お仕事は何をなさっている方なのですか?」
「僕は、×××建築で働いていました。」
×××建設、聞いたことのある会社だ。もちろん大企業ではない会社だが、どこかで、同じ会社で働いている人と知り合ったのだろう。その程度だと今は考えていた。
「働いていました?その会社に勤めている訳ではないのですか?」
「そうなんです。」
「なんで会社をお辞めになったのですか?」
私は、あまり躊躇することなく、ストレートに人が触れたくないところを土足で踏んでいった。私は人に余計な気遣いをするタイプではない。知りたいことや気になるところは躊躇うことなく聞くタイプなのだ。しかし彼の返事は意外なものだった。
西本は、しばらく言うか言わないかを少し考えた様子で口を開いた。
「彼女が交通事故で、足がリハビリしないと動かせなくなったので、傍にいてやりたくて、会社を辞めることにしました・・・・。」
なんか嘘くさい理由だった。だが私は、あまりそのことに不信感を抱かずに、何故か納得してしまった。
「そうですか、その彼女とは、うまくいっているのですか?」
「彼女は数年前から僕のことを忘れたいようです。僕はずっと片思いしているのですが、彼女がもう僕を忘れたいみたいなので・・・・。」
「酷い彼女ですね!」
私はたまらず大声をあげてしまった。周りの視線が私に集まる。私は周りを見渡し、赤面して、うつむき、彼を上目ずかいで見た。
「そんな酷い彼女じゃないですよ。そんな彼女だったら、そもそも好きになってなんかいませんよ。」
私はうつむいた顔を上げて彼を見直した。
「彼氏の思いを無視して、その彼氏のことを忘れようとすることが、どうして酷くないなんて言えるのですか?」
「そもそも事故は僕が招いたことなので、しょうがないですよ。」
「そうですか・・・・・。」
私は西本の話を全部信じていた訳ではないが、彼に同情してしまった。
「彼女もあなたのように正義感の強い人でしたよ。いい彼女でした。でも彼女のことを考えると僕も離れるべきかなと・・・・。」
「もっと自信を持ってください。あなたは、彼女にふさわしい男ですよ。そんなに人のことを思えることってすごく素晴らしいことだと思います。」
「だったら彼女の一番の幸せを願うことが、僕にとって愛だと思います。」
「そんなの間違っています!」
私はまた、少し声を張った。もう周りはあまり気にしない。
その後も彼と意見をぶつけ合ったが、分かりあえることはなかった。私は彼のそんな不器用なところがほっとけなく、恋愛感情?母性本能?まではいかないが、彼のことが気になっていた。
合コンが終了して、お別れするとき、私は彼と自分の携帯の連絡先を交換しようとした。だが彼はそれを拒んだ。そして意味深な発言を彼は私に残した。
「恭子さんには、きっとまた近いうちに、どこかでお会いしますよ!だから連絡先は教えてくれなくてもいいです。」
私は、そんなことは無いと頭では分かっていたが、なんとなく彼にはまた会えるというか、不思議とまた会える気がしていたので、彼の言うことに納得してしまって、連絡先は交換しなかった。
「それでは・・・・・。」
そう言って彼は別れるときに左手で頭を掻いた。そのとき、彼の左手に私が普段気づいたら付けている指輪と同じ指輪をしていることを発見した。
私は驚いて、その指輪はなんなのか聞こうとした。しかし、彼はどこともなくその場から消えていた。
・・・・・・不思議な人だ・・・・・・
私は指輪のこともあるが、何故か、まっすぐで真面目で融通が効かなそうな彼、西本翔太を気にならずにはいられなかった。
合コンから数日経った。私はいつも通り会社に通っていて、今オフィスにいる。そしてパソコンの前で会社の事務仕事をしているときに、突然椅子の背もたれごしに美佳が後ろから抱き着いてきた。
「あんた~あんな男がタイプだったの?男はやっぱり金よ金!あんな男にかまってるから、いい男のアドレス一人もゲットできなかったじゃん!もったいない!」
美佳のいい男の基準は金か?と私はあきれて、それを言いかけたが、言うのをやめることにした。
「いいのよ!私は始めから言ってるじゃない!?本気で恋愛する気ないって!ただ参加するだけだって!」
「あのさぁ~前の合コンは私のためでもあったけど、半分はアンタのためでもあったのよ!あの面子で彼氏いないのアンタと私だけ、私はいっぱいボンボンにアタックしたけど、あんた一人も連絡先聞けてないじゃん!あ~もったいない。」
全く西本のことを棚上げしたかのような口ぶりだ。私は正直に自分の思っていることを言おうとした。
「西本君だっていい人よ!まっすぐで不器用そうだけど。過去の恋愛のことを聞いていると本当に真面目に女の人を愛してくれる人だと思うの。」
「ふぅーん、私は別にいいわよ、アンタと恋の争いをしなくていいしね☆でも女の幸せはやっぱり金よ、次に性格や相性!違う?」
「私は違うと思う。」
「そう、そんなにあのさえない男が気になるの?好きにすれば?でもあんた、その男にアドレスでも聞けたの?」
「・・・・・それは・・・・・・」
私は今日もつけている左手の指輪を見た。彼はどういう意味でまた会えると言ったのだろう?あれから数日、やはり彼とは会っていない。私は左手の指輪を見ると何故か彼を思い出し、会いたくなる。しかし、彼とはあれから一度も会っていない。もやもやした気持ちだけが自分の中に残った。
彼は一体、どういう意味でまた会えると言ったのだろう?私の会社まで来る気だろうか?そんなことまで気になっていたが、まさかそんなに積極的な行動に彼がとるとは到底思えない・・・・・。
「ともかく、アイツのことは忘れなさい。また私が合コン、セッティングしてあげるから。今度はあんただけの為にね!」
私は、美佳の言っていることが耳に入ってこなかった。ただ、やはり左手に何故かつけている指輪、それのせいでまた彼に会いたくなる。同時にやはり、この指輪は一体誰からもらったのか?何故つけた記憶が無いのに、いつも私の左手にはまっているのか?指輪に関しての疑問も湧き上がらずにいられなかった。
私は、会社終わりに、いつも散歩をする習慣があった。私は会社のある東京にあるオフィス街から少し離れた郊外に住んでいる。そこは、とある高級住宅街で、田舎と言っては言いすぎだが、結構自然が残っているところで、近くに丘陵地があり、そこには整備されてはいるが草が生い茂っており、ところどころ林になるみたいに木々も連立している。
私の散歩コースは、私のマンションから1キロぐらい離れたその丘陵地に行き、そこから見える、さまざまな街灯を映し出す夜景を見て、来た道と違う道を通って私の家の近くの公園で腰を下ろし、缶コーヒーを近くの自動販売機で買って、少したそがれ、家路につくのだ。
帰り道の途中、周りを石で礎にしている橋がある。なかなか古ぼけていて味がある。道路はコンクリートで塗装されており、車どおりも少ないとはいえないが、風情がある橋である。私は、その橋から見える真下の川を眺めることが好きではあった。
しかし、いつも、その橋を通るときなんとなく、物悲しい気持ちになる。自分でもその理由は分からないし、そんな気持ちになるくらいなら、ルートを変えればいいが、その橋を通らずにはいられない自分が不思議でたまらない。
私は今、いつも通り丘陵地で夜景を見て、橋を渡り、そして公園で缶コーヒーを飲みながら、公園のベンチに腰をかけている。
すると公園の街灯の下で人影が見えた。どこかで見たことのある風貌だ。私は反射的に動いてその人の方へ急ぎ足で駆け寄った。
私はその人と少し離れたところで立ち止まった。そして、驚きからか、高鳴る胸の鼓動を抑えて、歩いてその人に駆け寄った。
「お久しぶり?でもないか、合コンの日以来ですね。西本さん。」
そこにいたのは、間違いなく合コンの日に会った、西本翔太その人だった。もう一度会えると聞いていたが、何故ここにいるのか?もの凄く不思議でたまらなかった。それよりも、彼にもう一度会えたこと、それがとてつもなく嬉しくて、自然に笑みを浮かべている自分がちょっと、恥ずかしく思えた。
「・・・・・また会えたでしょ。僕の予感は当たるんです。確信していました。」
彼はまた、私には理解しかねる発言をする。しかし私はあまり気にせず、また話かける。
「お住まいは、この辺りなのですか?」
「そうですね、実はこの近くなのですよ。昔はよく丘陵地とか阿弥陀橋とかを通って散歩していたですが、最近あまりしてなかったので今日は久しぶりに散歩でもしようかなと。」
「そうなんですか?私もよく、そのコースで散歩していますよ。よかったら、一緒に散歩しませんか?丘陵地を待ち合わせにして。」
「いいですね。私も誰かとお話しながら、散歩してみたいと思っていたのですよ。こんな綺麗な景色と情景は誰かと共有しなければもったいないですね!」
私も同じことを日ごろから思っていたので、はしゃいでしまいたいほど嬉しくて、子供のように返答した。
「はい、また明日、この時間に散歩しましょう。」
次の日の夜、7時に丘陵地で待ち合わせしていたので、私は普段あまりしない化粧を鏡の前で1時間くらい念入りに、鼻歌まじりでしていた。
そして1時間くらい、机の上の置時計を見て、手と手を指に挟ましてその上に自分の顔を置いた。うれしくて、楽しみで頭を左右に振っている。
もちろん、彼と会うことが、自分の生活習慣を変えるまで楽しみで、好きな訳ではない。しかし、会うのが楽しみなのは自分に嘘はつけない。
私は、そんなことをしながらも、また自分の薬指に指輪がはまっていることに気づく。そう言えば昨日、彼も私と同じ指輪をしていた・・・・。どうして彼は私と同じ指輪をしているのだろう?単なる偶然なのか?
その時の私はまだ、その理由はおろか、自分の記憶のガラスを割ることになることに気づいてすらいなかった。
私は予定の時間になって彼を待っていた。彼はなかなか現れない・・・・・。
11月の少し寒くなってきた気温で、丘陵地で待つことはそんなに楽なことではない。私はだんだん腹が立ってきた。そして、自分のつけている腕時計を見た。30分は過ぎている。私は怒ってしまって、もう自分の散歩コースを歩いて帰ろうとした。
その時、彼は小走りで、私を発見したらしく、そこからは駆け出して私のもとへやってきた。
「ごめん!遅れてきっちゃって!」
息を切らして、彼のハァハァと息遣いがよく聞こえる。
私は不満そうな顔もちでこう言った。
「女の子をこんな寒いところで待たせるなんて、どういうつもり!もう帰ろうかと思ったわよ!」
「ごめん、言い訳はしないよ!ちょっと家出るときに鍵をなくしちゃって、家のドアを開けっ放しで家を後にする訳いかないし、探してたんだ。本当にごめん!」
西本は本当に申し訳ないように謝るので、私はそれが、かわいらしく映り、自然と怒りが消えていった。
その時、頭の中でパリンとなにかガラスが割れる音がした。私はそれが不思議になって、首をかしげていると、手のひらをくっつけて謝っている彼が顔を上げて
「どうかした?」と言った。
私は
「なんでもない!」と答えた。
また、彼の左手の薬指を見ていると、やはり今日も私と同じ指輪をしている。
ガラスが割れる音がしてからだが、私はなんとなく同じことが、前にもあったような気がした。
もちろん丘陵地で男の人と待ち合わせしたことなど一度もなかった。しかし、なんとなくだが、確実に私は同じ体験をしている。そう思えてならなかった。
私は二人で歩いて散歩コースを進んでいった。最初は遅刻をしたことを、ちょっと意地悪に批判した。
「もう、物をよく無くす人なんてありえない!鍵なんて絶対なくさないでしょ!」
彼はこう答えた。
「整理整頓が苦手なんだ。僕・・・・。一人暮らしの男の生活なんて、大雑把なものだよ。」
「言い訳しない!」
「じゃあ、うちの家に来てくれる?掃除してくれたらうれしいな☆」
「もう、西本さんも立派な大人なんだから自分で掃除ぐらいしなさい!結婚したら全部お嫁さんに任せる男なんて最低なんだから。」
こう話し合って、散歩していると時間なんてものはすぐ経ってしまう。気づいたら橋を渡って公園に着いている。私たちはベンチに二人で横にならんで座った。
私たちは無言だった。それでも何故か、この人といると落ち着くのだ。私はこの二人だけが共有している空間が凄い好きになり、落ち着いた。
そうして私たちはその公園で別れた。最後に
「明日も会えるよね!同じ時間で待ってる!」
と言われた。私も嬉しくて
「私も楽しみにしてる。同じ時間で待ってるからね!でも遅刻はもうしないでよね❤」
とちょっとイケズを言って別れた。
その日以降、彼と夜、散歩する日々は続いた。
私は毎日が楽しくなってきた。今まで男の人とデートして好きになった記憶がないので、まるで、恋愛を初めて始めた女子中学生のように、毎日、どうしたら楽しくなるか?どうお洒落して今日は会おうか?など色々、試して、毎日が新鮮に感じていた。
しかし分かっていることもあった。こうやって、彼と遊んでいるのに記憶が消えていかないのは、やはり彼のことを恋愛対象とみないように努めているからだと私は思っていた。そう思っていないと、彼も今まで体験したであろう数々の男と同じようにある日、さっぱり忘れてしまう・・・・・。
私は同じ失敗を繰り返したくないのだ。私は何度も自分に言い聞かせ、その考えを心に刷り込ませていた。
あと、もう一つ不確定なものもあった。やはり、自分の左手、そして彼の左手を見ると湧き上がってくる疑問である。
この指輪は何なのか?という疑問だ。何故、私と彼は同じ指輪をしているのか?なぜ私の指輪は気づいたときには既にはまっているのか?私は不思議でならなかった。私は思い切って彼にそのことを聞いてみようと思った。
12月10日、私はいつも通り、彼と散歩コースを一緒に歩いて。公園のベンチに二人で座った。そして私は、少し緊張ぎみで彼に尋ねてみた。
「前から私、気になってたんだけど、私たち同じ指輪をしていますよね?偶然でしょうけど、その指輪どうしたのですか?」
彼はそれを聞くと、驚いた顔と同時に悲しそうな顔をして、私の顔を見て言った。
「本当に忘れてしまったんだね・・・・・。」
私は彼の言っている意味が良く分からなかった。何のことを言っているのか?全く身に覚えが無い、もしかしたら私は彼に過去に恋をして、いつもと同じように、またスッパリ忘れてしまったのか?ならば今回は絶対忘れたくない。しかし、私は既に彼に惹かれ始めているのは心に嘘はつけない。同じ相手を二度も傷つけるのは嫌だ。しかし私は自分が最低だと分かっていても、それでも、言い出せずにいられなかった。
「私の左手には、つけた記憶がないのに、いつもこの指輪をつけているんですよ。何故私は、この指輪をつけているのか?そして、そもそもこの指輪は一体なんなか?同じ指輪をつけているあなたにはこの謎が解けると思うの・・・・・。」
それを聞いた彼は一層悲しそうな顔をして、みるみる怒った顔に変わった。
「もう、二人きりで会うのはやめにしましょう!あなたが少しでも僕のことを思い出してくれると期待して、そのとおりにしてきましたが、あなたにはまだ頭の中のガラスが割れそうにもない・・・・・。」
それを聞くと私には彼の言っていることが全く理解できなかった。
・・・・・頭のなかのガラス?何のこと?・・・・・
すると、また頭の中でガラスが大きく割れる音がした。
ガッシャン
私は頭を抱えこんだ。私が頭を抱え込んでいるうちに、彼は立ち上がり、公園から去っていった。
その日から、本当に彼は丘陵地に来なくなった。私は最初この場所で出会ったときのように、30分、またはそれ以上、毎日待ったときもあった。しかし彼は本当に現れなかった。
私は彼、西本翔太が何故現れないのか?は分からなかった。当然考えられることは、このつけている指輪は、彼からもらったかもしれないことで、彼、西本翔太は私が過去に恋愛をしてきた男の一人だと推測できることである。私はまた男を傷つけてしまったのか?と自分をまた責めることもした。
毎日、気晴らしで散歩していたことも、彼との散歩の日々が私には楽しくて、嬉しくて、彼がいないと、私はどこにいても彼への会いたい気持ちが募る一方で虚無感に駆られるだけだった。
12月23日、クリスマスイブ直前の休日、私は一人でいつも通り散歩をして、帰ってくると、私のポストに一通の封筒が入っていた。封筒には誰からのものなのか、書いていない。私は少し不思議に思ってそれをマンションの自分の部屋まで持ち帰った。
そして封筒を開いてみる。中には手紙が入っていた。私はそれを、すぐ取り出して開いた。手紙にはこう書いていた。
指輪のことを教えて欲しいと言っていましたね。教えてあげます。その代わりに私と一日デートしてくれませんか?明日クリスマスイブの日、○×ランドで10時に待っています。
封筒には、○×ランドという遊園地のチケットが同封されていた。
私は、またもう一度彼と会える、そのことが嬉しくて、飛び上がって喜んでしまった。彼が手紙に書いていた指輪のことなんてもう、どうでもよかったのだ。会えない日々が続いたこと、それは私が彼に恋をしていることを自覚させられたことでもあった。だって、こんなにも嬉しいのだから・・・・しかし、彼の思い出や彼に対する感情は残っている。それが不思議でもあった・・・・。このときの私は何故彼のことを忘れないのか?指輪の謎のことも全く分かっていなかった・・・・・。
12月24日、私はいつも以上に化粧やお洒落をして、遊園地に待ち合わせの10分前に着くように遊園地の最寄り駅で電車から降りた。そして少し駆け足で、彼のもとへ向かう。やはり会いたい気持ちもあったが、もしかしたら、また彼は来ないかもしれない。そんな思いがやはり心配でならなかったので私を焦らせた。
彼は既に遊園地の入り口の前の皆が待ち合わせ場所にしている噴水の前に立っていた。私は走ってかけよった。
「待った?」
彼はそれを聞くとこう言った。
「全然、待ってないよ。僕も今来たところだから。」
私は、彼と会うのが久しぶりのせいか、やはり彼と会うと胸がドキドキした。なかなか彼に視線を合わすことができない。
彼は私のそんな様子を察して、頭を撫でてくれた。私はびっくりしてその手を振り払おうと普段なら思うのだが、何故か彼にずっとそうしてもらいたかった。そして、うつむきながら赤面をしたが、不思議なことにそうしてもらっていると緊張がドンドンほぐれていった。
パリン
また、私の頭の中でガラスのようなものが割れる音がした。
もう私はあまり気にしないようにした。今は彼とこうして会えた。それだけで、もう充分だった。
そして、彼は私に手を差し出して、手をつなごうと言った。私はまだ赤面していて、おそるおそる手を差し出した。彼は私の弱弱しい手を、思っていたよりも大きな手でしっかりと私の手を握り、私はその手をつながれた瞬間、力強く引っ張ってくれるような気がして、まるで、おばけ屋敷にでも入って、おびえる私を俺について来いと言わんばかりに、リードしてくれるような頼もしい手のように私は感じた。彼は私の思っているような印象、優しくてまっすぐだが、少し頼りない印象、それだけじゃなくて、こうやって頼りがいのある、私をひっぱっていってくれる、男らしい一面もあるのかもしれないと私は思った。
遊園地のチケットを見せて、私たちは○×ランドに入った。彼はゲートをくぐる途中恥ずかしそうに言った。
「実は女の子と二人で遊園地に行くの、初めてなんだ・・・・。遊園地で良かった?」
「私は、西本さんにまた会えたら、どこでも嬉しいよ。」
「そんなこと言って、本当はもっと大人っぽいところの方が嬉しかったりしない?そんな場所を選んだ方がよかったかな?」
「だから!遊園地でいいよ!私もこうやって、子供みたいに、はしゃげる場所は嫌いじゃないんだ。」
「うん、よかった。」
と言って、歯をみせて、無邪気な表情をした。やっぱり西本翔太は男らしい一面も垣間見ることができたが、西本翔太はやはり西本翔太なのだと、なんだか少しホッとした。
私たちはまず、ジェットコースターに乗ることにした。私が執拗に彼に乗るようにねだったからだ。
「ジェットコースター!?無理無理!そういうの?僕、全く無理なんだ。」
「いいから、せっかく遊園地来たんでしょ。これが鉄板よ!鉄板!これを乗らなければ来たかいがないでしょ!」
だいたい、遊園地に来たんだから、ジェットコースターに乗ることぐらい想定に入れて無かったのか?と疑問を持つ。しかしそんな間の抜けたところも西本翔太だ。私は無理やり腕を引っ張ってジェットコースターのアトラクション入り口まで行った。
ジェットコースターが上がる瞬間彼は
「これ、昇ってるの?こんな高い所にわざわざ行くなんて、まともな人間のすることじゃないよ!」
と意味不明な言葉を私に言ってくる。私は面白いのでそれを無視した。
ジェットコースターが一番高いところにくる瞬間、彼は私の手の上に手を置いてきた。そして握り締めようとしてくる。私はそれが、可愛く思え。その手を握り返してやった。そのとき、また私の頭の中でガラスが割れた。私はまた、無視した。しかし、ガラスが割れるたびに感じ始めているものがあった。何故か前にもあったように思えることは、当初からなのだが、この次に彼がどんな行動をするのかが、なんとなくだが、どんどん分かってくるようになったいた。
案の状、彼はジェットコースターに酔っていた。
私は彼が苦しんでるの姿が可愛く思う反面、もっとイジメてあげようと言う悪い気持ちになった。そして私は、次は急流滑りに乗ろうと言った。それを聞くと彼は
「世田谷さん、すみません、勘弁してください」
と泣き面で訴えてくる。しかし、そんなこと知っちゃこっちゃなかった。私は嫌がる彼を無理やりそこへ連れていった。
しかし、何かに導かれるようだと、なんとなくだが、私は感じていた。急流滑りを乗り終わった後、彼は、見るに耐えない惨状だった。私は、もうさすがに許してやろうと思い絶叫系のアトラクションはやめようと思った。
そして、私たちは遊園地の中のレストランで昼食をとった。彼はジェットコースターや急流滑りで気持ち悪くなっているはずなのに、ラーメンやカレーなど沢山の料理を頼み、私は心配になって
「食べられるの?」と質問をした。
「いっぱい食べないと元気がでないんだよ!食べたら元気になるんだよ僕。」
私はおもわず笑ってしまった。
私たちはしばらく雑談して休んだ後、コーヒーカップに二人で乗った。コーヒーカップで、彼は私への、さっきまでの仕返しか、あてつけか分からないけど、コーヒーカップの真ん中の円形の回すところをめいいっぱい子供みたいに回した。コーヒーカップはめちゃくちゃ早く回転した。私はそれを見て。子供のように凄く無邪気に笑った。彼があまりにも子供で、なんだが、二人とも、大人であることを忘れて、10代のまだ、社会で生きていくためのずる賢さなんてどこかに置いてきた、ただの二人の女の子と男の子のようだった。とは、いったものの、コーヒーカップを乗り終わった後は二人ともフラフラして気持ち悪くなり、別に意識はしていなかったが二人ともベンチ吸い寄せられ、腰を下ろし、うつむいていると、しばらくして、私と彼は同じベンチに座っていることに気づき、顔を見合わせると、二人とも大声をあげて笑った。
しかし、このあたりからか、当然私の頭の中ではガラスが割れ続けている。しかし、彼がとる行動、一つ一つ、私がとる行動一つ一つに何故か得体のしれない、何かの恐怖心が私の中に入り始めた。まるで、今日でこの幸せな日々が終わってしまうような恐怖が私の心の中を蝕んでいったのだ。
彼は次にお化け屋敷に行こうと言った。
「僕は、ジェットコースターみたいな絶叫マシーンは苦手だけど、お化け屋敷とか、非科学的なものは怖くないんだよ。」
「私はちょっと苦手かな?」
「大丈夫、僕の後ろについてきて!」
お化け屋敷では、私は最初は、彼から離れて気丈夫にふるまって歩いていた。しかし、上から蒸気が噴出したと思ったら、急にお化けの人形が立ち上がってきて、私は不覚にも
「キャッ」
と言い、彼の腕にしがみついてしまった。それを見ると、彼は
「ずっと、つかまっててね!」
と言って。また私の頭を撫でてくれた。私はクスリと笑って
「うん!」
と言って彼の腕にずっとつかまったままだった。
次に、私達は観覧車に乗った。観覧車には、いつのまにか夕日が私たちの乗っている場所に差し込んできた。
私は、いっこうに鳴り止まない頭の中に割れるガラスの音と共に、夜が近づくと非常に不安になっていた。彼はそんな私を見て。また、頭を撫でてくれた。
「どうしたの?」
「何故か分からないけど不安なの。まるで、この楽しい瞬間が消えてなくなってしまいそうな不安に駆られるの」
「もうすぐ、終わるよ・・・・・。」
彼はまた私に分からない言葉を投げかけた。何がもうすぐ終わるのだろう?しかし、私は恐怖心から、その言葉の意味がだんだん分かってきている気がした。だから、それについて彼に追及することはしなかった。
そうして私たちは遊園地を後にした。遊園地から出て、同じ電車に乗るとき、私の腕時計は午後5時を差していた。彼は電車に乗っている途中私に話しかけた。
「実は、前から渡したい物があったんだ。今日疲れてると思うけど、久しぶりに二人で散歩しない?」
「うん・・・・。」
私はなんとなく、行きたくなかった。普段なら、また同じコース、そして、これから毎日この人と一緒に散歩に行ける。それはすごく喜ばしいことであった。しかし、心のなかの不安がどうしても私の胸を突き刺している。
そして、お互い一旦帰って、丘陵地に集合することにした。私は家の中で電気もつけず、時間が来るまで三角座りをしていた。膝と膝の間に顔を乗せて、何か、元気が出ることを考えようとしても何も考えることができない。じっとしていたら、体の中の心臓の音が自然と聞こえてくる。この心臓の心拍数の早さは、彼と会える喜びのものとは違う・・・・・・・。
どこからともなく、くる恐怖心からのものだった。
私は丘陵地に向かった。時計は午後6時50分を指していて、クリスマスイブの空は雲が暗黒のカーテンを広げたように真っ暗になっていた。
彼は7時ちょうどに来た。
私を発見するとゆっくり、私の傍にかけよってくる。
「じゃあ、行こうか?」
私たちは歩きだした。私は、体を蝕む不安から何も彼に話すことができなかった。
彼は私の様子を察してか、私を元気づけるような言葉を私に投げかけてくれた。
「今日、遊園地楽しかったね。でも、世田谷さんの絶叫マシーン好きには本当に参ったよ。」
私は、少しでも、元気を取り戻そうと、がんばろうとした。
「そうねぇ、西本さんの泣きべそっぷりには驚いたわ。写メとっときゃよかったわ。」
「だって・・・ホントにあーゆうの無理なんだもん。でも、やっぱりカッコ悪かったかな・・・・。」
こう言うところは、本当に西本は可愛い。男って、女の子にカッコいい所をみせるカッコつけだと思っていたが、最初から西本はそういうところがない男だと分かっていた。自分のありのままの姿を私に見せてくれる。私はそういうところが好きになった理由だった。
「カッコ悪くないよ、可愛いかった❤」
「どういう意味それ!」
彼は少しすねた。
私たちは談笑しながら、阿弥陀橋の方向に歩いていた。しかし、私は頭の中のガラスが割れ続けている。それが、どんどんどんどん、私への不安を増幅させ、時間が経つのが怖かった。しかし、私は必死に元気になろうとして、彼の前では笑顔を装った。
私たちは、ついに阿弥陀橋まで着いた。私たちは川の流れるさまを、二人でなんとなく見ていた。川は、今日の星一つない空を映し出していて、暗闇が暗闇を映し出し、それが流れているように思えた。
私は不安感から肘を置いて、川の映し出す物悲しい顔を眺めていた。
川に着いてから、私は何かがおかしかった。今までの不安がここになって急に膨張し始めたのだ。この川で何かが、起こる。私はそのことが、既に分かっていた。
そのとき、雪が私たちの前に振り始めた。今までの私の不安な気持ちを取り払うように、ロマンティックな情景が私の目の前に広がった。
私がその景色を呆然と見とれていると、彼は私に言った。
「ホワイトクリスマスだね。今日、恭子さんと一緒にいれてよかった。」
私は彼と全く同じ思いで、こんなロマンティックなシチュエーションを彼と一緒に共有できて良かったと思った。
「そうだね、私もおんなじ気持ち・・・・・。」
「実は、恭子さんに渡したいものがあるんだ。」
「聞いたよ。何?」
私はクリスマスイブなので、当然クリスマスプレゼントをもらえると思って期待した。矢先だった。彼が持っていたかばんのチャックを開いた瞬間から、不安が爆発しそうになる。心臓の鼓動が止まらない。
・・・・・その、かばんを開けてはならない・・・・・・
私は心の中で強く叫んでいた。
彼は私のことを察することができず、小さなケースを取り出し、ケースの蓋を開けると指輪が入っていた。そして、その指輪を私に手渡そうとした瞬間だった。
その瞬間、私の後ろに、まぶしいほどのライトを体に浴びた。私は固まって動けない。
彼は
「危ない!」
と言って、私をものすごい力で払いのけ、私を突き飛ばした。私は横に倒れこんで、その瞬間気を失いかけた。
ライトを浴びせた。バイクは急ブレーキの反動と、ハンドルを切ったため、ドライバーはバイクごと横転したが、しばらくして、立ち上がり、私に話かかけてくる。
「大丈夫ですか?大丈夫ですか?」
私は、その声を呆然とした頭で、その声だけをかすかに聞き取り、そして気を完全に失った。
私は、とてもまぶしい、蛍光灯の光で目をさました。私は辺りを見回した。
・・・・・ここは一体どこなんだろう?・・・・・・
私は自分が何をしていたか?どこにいるのか?何も分からなかった。とりあえず、呆然と
真っ白い壁を見つめていた。どうやらここは病院らしい。私が上体を起こしていると、見回りをしている看護婦さんが私を見るやいなや、廊下を走っていった。
「世田谷さんが目を覚ましましたよ!」
「・・・・・・」
しばらくすると、その看護婦が男性の医者を連れてきて、私のベッドの横に立った。その医者は私を見て、質問を始めた。
「意識はハッキリしていますか?」
「・・・・・はい。」
「今まで、あなたが何をしていたか、分かりますか?」
私は首を横に振った。
「あなたは、バイクにひかれかけたようです。しかし、必死に避けたため、どこかに頭を強く打ったんでしょね。気を失っていたようです。そのため、一時的に記憶が飛んでしまったのかもしれませんね。目立った外傷も見当たりませんし、まぁ大丈夫でしょう。でも一応、精密検査を受けてもらいますね。」
医者は私にそう言った。私は、その医者が言ったとおり、前後の記憶が一時的に失っているように感じた。
「そうですか・・・・・・。」
私は、とりあえず頭の中を整理してみた。今日一日、私は一体何をしていたのか?何故、バイクにひかれそうになったのか?それを考えていると、突然ハッとなった。
「彼は、西本翔太さんは無事なのですか?」
それを聞くと医者は不思議そうな顔もちをして言った。
「西本翔太さん・・・・ですか?ご友人か、誰かですか?」
「いえ、一緒にあの橋の上にいた人です。もしかして、バイクにひかれていたりしていませんか?」
「?いえ、バイクに乗っていた青年の話だと、あなたをひきかけて、倒れてしまっていたため、すぐに119番をかけて救急車を呼んだみたいですよ。その時に、ひいてしまった人おろか、一緒にいた人さえいませんでしたよ。」
ガシャガシャガシャ
私はその男性の医者からの言葉を聞いた瞬間、今まで割れなかった最後のガラスが大きな音を立てて崩れさった。デジャブ、この世にデジャブというものが存在するならば、まさに、このことがデジャブというのだろう。
私は大学時代から好きだった人、[西本翔太]という人の記憶を完全に取り戻した。
私はすぐに左手の指輪を確認してみる。すると左手に指輪など、存在していなかった。
私は居ても立っても居られず、すぐ立ち上がり走り出した。
「ちょっと世田谷さん!」
と看護婦の声が聞こえてくる。私は振り向きもせず、病院のスリッパのまま、病院の暗い廊下を一目散に駆けぬけ、あの場所、阿弥陀橋まで行くために外に飛び出した。
ハァハァ
凍てつくような風が私に吹き付けくる。しかし、体中が発熱しているように感じていた。もう一度彼に会いたい。その思いが橋に近づくにつれドンドン強くなっていく。
阿弥陀橋についた。とても虚しいように感じた。さっきまで、翔太と二人でいたときの景色とはまるで様変わりしていて、とても虚しく、そして寂しい。私は、なんでもいい、翔太の痕跡や彼の面影を暗闇の中で探し続けた。しかし、何もそこには無かった。私は、懸命にこらえていた。そして、そのまま足を崩して、その場で座りこんだいた。
次の日、私は翔太の家に行った。翔太に会えるかもしれない、しかし、それとは別に過酷な現実を見ることになるのかもしれない。淡い期待と迫りくる受け止めなければならない無慈悲な現実、天秤にかけたら、行かない方がいいかもしれなかった。しかし、私は行くと決心した。行かなければ私は前に進むことが出来ないと感じていたのかもしれない。
翔太の家の前でインターホンを鳴らすと、翔太のお母さんが出てきて、私を見てビックリしている。
「あら、恭子ちゃん、久しぶり、どうしたの急に!」
翔太のお母さんは目を白黒させている。何年も来ていないので、突然の来訪に驚きを隠せない様子だった。
「まぁ、上がって上がって、翔太も喜ぶわ。」
「・・・・・・。」
私は、リビングにとおされた。しかし、さっきのお母さんの言葉がすごく心が痛む言葉だった。やはり・・・・やはり、そうだったのだ。私は、懸命にこらえていた。その顔を見た翔太のお母さんは言った。
「一体、どうしたの?恭子ちゃん?!」
私は、お母さんに心配される資格なんて無い、そう思った。翔太が私をかばって、命を助けてくれたのに、それをすっかり忘れてしまい、あれから、仏壇に手すら合したことなど無い私なんか・・・・。
「もう、どうしたの?恭子ちゃん、何が合ったの?話してみて。」
とても優しく、お母さんは私に話しかけてくれる。
私は、とても失礼だと思った。そして、こんな話をするのは不謹慎だとも思った。でも、吐き出してしまっていた。
お母さんはとても驚いた様子で私の話を聞いていた。でも、徐々に目頭が熱くなってきたようで、顔は真剣になっていた。そして、私が話し終わったあと、お母さんが言った。
「恭子ちゃん、その話は正直信じてあげることはできないわ、でも、それがもし本当だったとしたら、幽霊になってまで、翔太は恭子ちゃんに自分のことを思い出して欲しかったんじゃないかしら。」
そう言って、お母さんは立ち上がり、翔太の部屋に入って、引き出しから二つの指輪、ペアリングを持ってきてくれた。
それは、私がここ数年、いつも無意識にはめていた指輪であることはもちろん、あの日に渡そうとした指輪そのものだった。
「恭子ちゃん、これ、あなたにもらってあげて欲しいの。翔太は渡せなかったみたいだから。恭子ちゃんの話が真実なら、死んでもなお、翔太は恭子ちゃんにこの指輪を渡したい未練があったと思うのよ。」
私は、お母さんからその指輪を受け取って、握り締めた瞬間。今までこらえていた気持ちが一気に溢れ出し。そして
「ワーン、ワーン」
と大きな声を上げて子供みたいに泣いてしまった。
その日、私は命日から一日遅いが、翔太のお母さんに墓の場所を教えてもらって墓参りに行くことにした。線香を上げて、立ち上がる煙を見るため、上を見上げる。
・・・・・・翔太は、今は天国で幸せにやっているのだろうか?・・・・・・
そう思い、そして手を合わせて
「いつまでも、翔太のことは絶対に忘れないよ、今までありがとう。」
と心の中で言って。墓を後にした。
それからというもの、私の左手には数年前、翔太が私にあげようとした指輪がいつも、はまっている。そして、あのとき以来、私は他の人と恋愛してもその人のことの記憶が消えることは無くなってしまった。
今から思えば、もしかしたら、前の指輪は翔太が自分のことを忘れて、他の男と恋をすることが許せなかったため、呪いのような役割があったのかもしれない。
それはさておき、私はこれからも恋愛をして、いつか愛するべき人を見つけるだろう。しかし、翔太との思い出は、私の心の大事なところにずっと閉まっておくことだろう。そう、心に誓って、私はこれから、生きていく。
どうでしたか?少し、不思議な感覚を味わえたなら、僕にとってこれ以上の喜びはありません。前のスタイル、現実世界にいて、なんか特別な体験をする。そんなスタイルだったのですが、やはりそれは読者に不思議な感覚になってもらいたい、感動してもらいたい、そんな願いが込められています。次の作品も是非期待していただけたら、これに勝る喜びはないです。
頑張ります 坂本 流