治癒と憤怒
獣舎の中を見てサイファーは呆然とした。
隣でカタリーナが息を呑む。
「サイファー……グリフォンは全部で何頭?」
「十頭だ。カタリーナ、トラストを呼んできてくれ。後フレデリックも。フレデリックには俺の部屋から薬といつも使っている奴を持ってくるように言って。」
「え、でもフレデリックは今……。」
「早く!!こっちの方が最優先だ!!」
声を荒げたサイファーに驚きつつもカタリーナは頷きフレデリックの元へ走って行った。
十頭のグリフォンは立ち上がることもままならない状態だった。
外に出られないストレスからか仲間同士傷つけあい、自分自身を傷つける自傷行為にまではしるグリフォンもいた。
くちばしが折れている者や翼の羽が抜けて血が垂れ流しになっている者。脚の骨が折れているグリフォンもいた。
(ありえない。管理者はいないのか?!)
本当なら管理者を呼び出して半殺しにしたいところだがまずは彼らの治療が先である。
格子の間をすり抜けてグリフォン達がうずくまっているところへ近づく。
『人間……。』
『人間だ……。』
怯えた声が頭に響き始める。彼らの声だ。
琥珀色の瞳は虚ろでこちらを認識しているかどうかさえも危うい。
(辛うじて俺が居ることはわかるみたいだな……。)
サイファーは一頭のグリフォンに近づいた。
翼は折れ、羽はむしれている。グリフォンは一度、彼に目をやっただけでなにも言ってこなかった。
そっと頭から腹へと手を這わせる。
腹に手が触れた時、グリフォンが唸った。どうやら内部が痛むらしい。
所々触った結果、足も折れていることが分かった。
いつから折れているのかわからないがまだ壊死はしていない。
「もう少しの辛抱だ。大丈夫、すぐに治る。」
サイファーは他のグリフォンの様子も見て回った。
軽傷のグリフォンでも、骨は必ず折れている。
『竜の医者!!カタリーナから聞いた!これはどういうことだ?!』
格子の向こう側から、トラストが声を上げた。
口にはフレデリックに持ってくるよう頼んだ荷物がぶら下がっている。
「俺もわからない。きたらこの状態だった。トラスト、お前も手伝ってくれ。治癒は得意だろ?」
荷物を渡したトラストがすかさず人間の姿に化ける。
『フレデリックは今、管理者を探している。俺と竜の医者だけで終わらせるぞ。』
「私も手伝うわ。」
「カタリーナ!」
いつの間にか現れた彼女はいくつかの薬草を手に持っている。
「私、こういう治癒の魔法が得意なの。骨まではなおせないけど内臓の損傷は治せるわ。」
そういうと彼女は内臓が損傷しているグリフォンの傍へ行き、治療を始めた。
「トラスト、お前は俺と外部に傷を負っているグリフォンを治すぞ。」
『あぁ。』
サイファーは荷物の中身をざっとみる。緊急用にと用意していた消毒された布と何本かの添え木、薬くらいしか入っていなかった。
「トラスト、今は緊急用の道具しか持っていない。骨が折れているのは添え木をあてて固定させよう。」
サイファーはそういうと、応急処置に取り掛かった。
上半身が鷲、下半身が獅子の姿をしている幻獣グリフォンは普通の動物と比べると自然治癒能力が高い。
『俺が押さえておこう。』
トラストがグリフォンの身体を弱く押さえる。
グリフォンは一瞬、抵抗するそぶりを見せたが体力がないのかすぐに落ち着いた。
(折れているのは……前脚。鷲の脚か。)
サイファーは脚の太さに合った添え木を探し、グリフォンの脚に添え、布を巻きつけて動かない様に固定した。処置を終えたグリフォンには睡眠作用のある痛み止めを飲ませる。
「これでいいな。トラスト、若いグリフォンは後にして成獣と老獣を先にしよう。」
『あぁ。』
サイファー達は老獣のグリフォンから処置を施していった。
ちょうど道具が切れた時にはすべてのグリフォンの処置が終わっていた。
「サイファー。私も皆終わったわ。途中経過を見る必要がある子もいるけど……。」
カタリーナが額の汗をぬぐいながら言った。魔法を使うのはかなりの体力を使うらしい。
「ありがとう、カタリーナ。お陰で皆大丈夫そうだ。」
今のところ、瀕死のグリフォンはいない。
カタリーナは安堵の息を漏らした。
「なら良かった。……にしてもなんでこの子達はこんなことになるまで放って置かれているのかしら。」
ありえない、と彼女は唇をきつく噛んだ。
「村の皆が怖がるから、だそうだよ。」
ふと背後で声がした。
振り向くとそこにはフレデリックの姿が。
「フレデリック。管理者はどこだ。」
怒りを露わにしたサイファーの言葉に彼は首を横に振った。
「ダメだ。今の君には会わせられない。鏡で自分の顔を見るか?とても理性のあるヤツだとは思えないね。」
「煩い。俺は、管理者を出せと言っている。」
「今引き合わせたらお前、確実に彼を殺す。いいか、サイファー。どんなにグリフォンが強くて、ドラゴンと戦えるヤツだとしても村の人からしたらただの怖い獣なんだ。家畜を食う奴らを仲間なんてとても思えない。……だから宿舎と獣舎は村はずれにある。落ち着け。お前の気持ちは痛いほどわかる。だけど今はそれどころじゃない。怒りに任せて管理者を殺す前にグリフォンを治すことが先だ。」
彼の言葉を聞いてサイファーは獣の様に唸った。狼が攻撃を抑えている時の様な唸り声。
「サイファー。落ち着こう?私も、この子達が治るまで一緒に診る。管理者なんて放っておけばいいの。ね?」
サイファーは深呼吸をして息を整えた。めまいで視界がくらむ。頭に血が上ったのだ。
彼は前のめりに倒れこんだ。フレデリックがすかさず受け止める。
「サイファー。今日はもう休め。隊長には俺から伝えておく。明日から、獣舎に泊まり込むといい。」
彼の言葉を最後に、サイファーは意識を手放した。