獣舎
「ふぅ……。」
サイファーは身体を起こさないままため息をついた。
あの少女の声がまだ頭に残っている。
「奪わないで、か……。」
少女は懇願するように言っていた。サイファーを怯えた目で見ていた。同じ人間なら同種族をあんなに恐がる必要があっただろうか。
(いや、それよりも……。)
彼女は夢の中だけの存在なのだろうか。
よく、現実に生きる者の想いが強ければ夢の中にも現れるという話を聞く。あの黒いドラゴン、クラウディアもよく夢に出てきては自分の我が儘を主張してきた。
(もし、あの子が現実に存在するなら……。俺達に何を奪われたと言うんだろう。これから俺達が何を奪うと言うんだろう。)
人間と緊張状態にある種族はエルフ、妖精、幻獣、そして人竜の四種族な筈だ。
でも彼女にエルフ特有の尖った耳は見られなかった。見えなかっただけかもしれない。いや、そうと思いたい。
(もしエルフじゃなかったらあの子は……。)
「人竜、なのか?」
サイファーは首を横に振って自分の言葉を打ち消した。
(いやいや、人間の可能性だってないわけじゃないんだ。)
人間が人間の何かを奪うというのは最近耳にしていないが何かあるのだろう。
(もし、現実に存在するならきっと助けを求めてくる筈だ。その時まで……。)
「サイファー!!アンタ何時まで寝てんのよ!今日はグリフォンの様子を見に行くんでしょ!!ほら、早くしなさい!!」
扉を乱暴に叩く音がする。カタリーナだ。
このままだと扉を壊しかねない。
「わかったからちょっと待っててくれよ!!」
「3分で準備!じゃなきゃ扉吹っ飛ばす。」
あながちウソではない言葉にサイファーは飛び起きて2分半で準備を終わらせた。
タガーを持って廊下に出る。
廊下には腕を組んでさも不機嫌そうに仁王立ちしているカタリーナだけしかいなかった。
「フレデリックは?」
「彼なら今日は戦闘班での備品確認とか村の警備隊との顔合わせをしているわ。私は君についていく。」
その言葉にサイファーは疑問を覚えた。
「なんで俺に?君は魔法使いだろ?」
「知ってた?君が起きるまでの間にやるべきことは終わらせたの。君、今何時かわかる?もう昼間なのよっ!!」
「だから宿舎に誰もいないのか?!」
廊下を歩いているのはサイファーとカタリーナ二人だけである。
カタリーナはため息をついた。
「……サイファー、君ってバカなの?」
「……出会って二日でそう言われるとは思ってなかったよ。」
宿舎を出て獣舎へ向かう。
獣舎は馬小屋より少し高く、鉄鋼で作られていた。
「獣舎っていつみても閉鎖的よね。刑務所みたいな。」
カタリーナが獣舎を見上げながら言う。
入り口は基本的に二か所にある。どちらからも幻獣が出入りできるようにという配慮と通気性を良くするためだ。だが幻獣が逃げないようにするためか二か所とも閉めているパターンが殆どでアーク村の獣舎もそれだった。
「俺がいた養成所は入り口は全部開けていた。むしろ扉は撤去した。その方が幻獣やドラゴンにとっても良い。」
「そうなの?逃げたりしない?」
「幻獣達は皆檻の中に居るんだ。どうやって格子を抜けられる?」
話をしながら二か所の扉を開ける。
扉を開けきると風が獣舎の中を通り抜けていった。
ツンと鼻を突くような匂いが運ばれてくる。
「サイファー……獣舎ってこんなに酷い匂いしたっけ?」
「いや、健康なグリフォンならこんな匂いじゃなくてもっといい匂いがするはずだ。」
草原を狩場とする彼らは体臭が限りなく草の匂いに近い。
逆に、体調が優れない場合は死体からでるような刺激臭をだし身を守る。
「……まさか……!」
彼は獣舎へ駆け込んだ。