遠征
集合場所には、既に数人の同志が集まっていた。
「お、サイファー!久しいな!」
友人のフレデリックが声を掛けてくる。妻と一人の息子を持つ彼は駆逐部隊の戦闘班班長である。
「フレデリックこそ!元気にしてたか?」
「あぁ、もちろんさ!今回の招集までは結構間があったからな!そういえばサイファーは今回が初の遠征だよな?」
「あぁ、そうだよ。今までは養成所で働いてたからね。」
「養成所、かぁ……。懐かしい響きだな。」
フレデリックが微笑む。
サイファーは、ふとフレデリックの剣に目をやった。
「こいつ、まだ使ってるのか。」
「当たり前だろ!コイツは俺の半身みたいなモンだからな。」
柄に狼の装飾が施されているそれは世界にたった一本しかない神剣でもあった。
「トラスト、出てこい。」
フレデリックが剣に向かって言う。すると、柄から黒い煙が流れ次第に黒い狼を形作った。
紅い瞳を爛々と輝かせるそれはフレデリックの使徒、黒狼である。
『久しいな、わが主の友よ。相変わらず馬鹿でかいヤツを連れているな。』
馬鹿でかいヤツ、というのはクラウディアの事である。
「君も十分なデカさだよ、使い魔の狼さん。」
トラストは、馬ほどではないが人が一人乗れるほどの大きさはある。
彼はフンと鼻を鳴らした。
『主を乗せて俺は走らなきゃならないんだそこらの狼より大きくなければ身がもたん。』
そうそう、とフレデリックが頷く。
「トラストはそこらの狼とはワケが違うからな。鼻も効くし脚も馬相当に速い。大した奴だよ。」
他愛もない話をしているうちに同志たちが次々と集まってきた。サイファーの様にローブを羽織っている者や、剣ではなく弓を携えている者もいる。
「フレデリーック!!」
不意に、高い女の声がした。
振り向くとそこには杖を持ち、フードつきのローブを羽織った赤髪の女が居た。
「カタリーナ!」
どうやらフレデリックとは知り合いらしい。
彼女はひょこひょこと彼の元へやってきた。
「久しぶりね!前の遠征以来だわ!トラストも元気そうで何よりよ。」
そう言いながらトラストの頭を撫でている。
『君も元気そうで何よりだ。聖なる魔法使いよ。』
どうやら彼女は魔法使いらしい。
「あら、見たことない顔ね?フレデリック、アナタのお友達?」
サイファーの顔を覗き込みながら彼女は言った。
「あぁ、サイファーっていうんだ。俺の養成所時代からの友人さ。」
フレデリックがそう説明するとカタリーナは目を輝かせた。
「アナタも養成所出身なのね?!私はカタリーナ。駆逐部隊で唯一人の魔法使いよ。ゲルマニアから来たの。よろしく!」
ゲルマニアはずっと西にある国だ。ゲルマニアの数少ない純血の魔法使いは赤い髪に緑の瞳を持っている。彼女もその中の一人だ。
「俺はサイファー。今日の遠征から救護班として派遣されることになった。養成所では竜医として働いていたよ。」
竜医とは、傷ついたドラゴンや病気にかかったドラゴンを治す医者の事を指す。ドラゴンだけでなく、人や動物も治せるので今回派遣されたのだ。
「竜医!凄いのね!遠征地についたらぜひ話を聞かせて!」
カトリーナは竜医に興味があるらしい。サイファーは二つ返事で返した。
「皆揃ったな!!これからアーク村へ向かう。くれぐれもはぐれないように!!」
駆逐部隊隊長のルルトが声を張り上げた。
それを合図に皆、馬に跨る。フレデリックはトラストに。
サイファーもクラウディアに跨った。
「いいか、アーク村は比較的近い場所にある。飛ばすぞ!!」
ルルトが馬の腹を蹴り全速力で走りだした。一人、また一人とルルトに続いていく。
ふと、サイファーは見送りが居ないことに気が付いた。
(人の為に遠征するのに、見送りがいない?)
「見送りがいないのなんて当たり前さ。」
フレデリックがサイファーの疑問を見抜いたように言った。
「僕ら駆逐部隊は家族に出発の日を伝えていない。朝、僕らの姿がないのを確認して初めて知るんだ。一種のドッキリみたいだね。でも、この方が僕らにとっても楽なんだよ。出発する直前にホームシックなんてなりたくないからね。」