夜明け
頬が濡れた感触で、サイファーは目が覚めた。
手で触るとまだわずかに濡れている。どうやら、涙を流していたらしい。
(いい歳して夜泣きかよ……。)
彼は苦笑した。
窓を見ると東の空からわずかに太陽が顔をのぞかせていた。ちょうどいいタイミングで目を覚ましたらしい。
彼はベッドから下りて身支度を始めた。黒いズボンに黒いシャツ。さらに上から黒いローブを羽織るという全身真っ黒の服装。
ドアを開けて外に出るとひんやりとした空気が身を包む。春といえどまだ夜明けは冷えるのだ。
彼は裏手に回って井戸で顔を洗い、愛馬のクラウディアがいる馬小屋へ足を進めた。
「おはよう、クラウディア。」
サイファーは青鹿毛の愛馬に声を掛けた。
彼女も応えるように小さくいななく。
クラウディアに馬具を取りつけながら、サイファーは涙の訳を考えていた。
(夢を見ていたような気がするんだけどな……。)
夢かどうか定かではないが眠っている間に哀しみと孤独感に襲われたのは確かだ。
「ま、んなこたどうでもいいよな。」
(夢なんて忘れるもんだし。)
馬具の取りつけが終わり、彼はクラウディアを連れて外に出た。太陽はまだ完全に昇っていない。
「クラウディア、ちと早いが……。行くか。」
荷物も全て揃っているし、クラウディアの体調も良い。彼は愛馬の背に跨り、馬小屋と家から離れ始めた。
今日からとある村の援護にあたることになっている。当分は我が家に帰ることはない。
(もしかすると、そのまま帰ってこねぇかもな。)
彼は嘲笑した。何番煎じになるかもわからない。でもどうせなら死んで帰るのも悪くないかな、とも考える。
(ま、生きて帰ってくるにせよ、死んで帰ってくるにせよ、コイツだけは死なせるわけにはいかねぇからな。)
愛馬クラウディアは今は亡き父の形見の様な存在である。
「生きて帰ってくんぞー。クラウディア。」
生きるか死ぬか―――。サイファー達、人竜駆逐部隊にはその選択肢しか残されていない。
(人竜に殺されるのだけは御免だな。)
太陽が、昇り始めていた。