第78話 神の代行者
よくダークファンタジーなどで『俺は神を呪った』、といった風なフレーズが使われることがあるが。最初にこの場所へ連れてこられた時の俺の心境は、まさにソレだった。
ーーしかし、それはある意味で当然のこと。
何故なら、俺、カイト、アクリア、リナ、シャロンヌの五名が三柱の神たちに拉致されたのは、争いの民に誘拐されたランド王国第一王女アリスをようやく助け出した、その直後だったのだから……
『……急に霧が出てきましたね』
腹違いの妹を動力車の後部座席に乗せながら、アクリアは辺りの暗がりにいつの間にか靄がかかり始めたことに気づく。同様に、他の者達も次々とそのわずかな異変に気づき、突如立ち込めた夜霧に意識を絡め取られた。
『あれ? この霧、なんか見覚えがあるのです』
『リナもかい? 実は俺も、つい最近これと似たような霧をどこかで見たような気がするんだ……』
その霧に違和感を覚えるリナに、カイトが同調した、まさにその時だった。
『おい、お前たち! 何かおかしいぞ、この霧⁉︎』
まるで生き物のようにじりじりと迫り来る霧を、シャロンヌは必死に振り払おうとする。
『くそ、何なのだこの霧はっ⁉︎ どんどん体に纏わりついてくる……!』
だが彼女のそんな抵抗も虚しく、不思議な白い霧は、あっという間にシャロンヌの体を覆い隠してしまう。
『ちょっと待て、冗談だろ……? まさかこのタイミングでか⁉︎』
ひとり状況を理解した俺は、深く霧がかってる癖にやたらはっきり星が見える澄んだ夜空を見上げて、盛大に吠えた。
『少しは時と場合を考えろ、こんのアホ“女神”が!』
こうして、俺、カイト、アクリア、リナ、シャロンヌのアリス王女奪還チームの面面は。何の前触れもなく、いきなりこの不思議空間に強制連行されたというわけだ。
あの時の神(主にフィナ)に対する俺の不信感、憤りは、はっきり言って殺意すら湧くレベルだった。
ーーだが幾つかの収穫もあった。
「ーーへ? ただ単に珍しいだけ、でございますか……? え、えぇええええええっ⁉︎」
アクリアは気の抜けた表情で俺の顔を見返し、すぐさま目を剥いて大口を開けながらビックリ仰天する。
とかく、普段の彼女からは想像もできないーーとりあえず俺の中ではーーレアなリアクションである。
……まあ、無理もないがな……
俺はパニック状態のアクリアを宥めつつ、話を続けた。
「何でも、“真理英雄種”の混血にあたる“古代種”の中でも、青色の……毛髪の人型は、比較的に少ないらしい」
エチケットうんぬんの都合上。
とりあえず体毛という表現は控えて、俺は言葉を濁しながらそうアクリアに伝えた。
すると、絶妙なタイミングで知識の女神であるミヨから合いの手が入れられる。
「人型の歴史上、これまでに生誕した古代種の数は、あわせて五百と三十二名。その中で青い髪を持つ古代種は、『クリアナ』の娘である彼女を含めて僅か十名しか誕生しておりません」
「つまり確率的に言えば、五十人に一人を切る割合ということですね?」
「そういう事になります。加えて、そもそも古代種自体が極めて数が少ない“種”なので。人型の中でその概要を把握している者は、皆無に等しいと言えるでしょう」
ですがご安心ください、とミヨは陽光のような暖かな光をその身から放つ。
「たったいま申したように、青髪の古代種は希少というだけで、その全貌は人界の各地に住む他の古代種たちと何ら変わらぬもの。よって、『青い髪は呪いの象徴』などという妄言は、愚か者どもの勝手な思い込みに過ぎません」
きっぱりと断言し、ミヨは優しく微笑む。その笑みは俺にというより、どちらかというとアクリアへ向けられたものだろう。
堪らずに、両手で口を覆うアクリア。彼女は感極まったように、目尻にうっすらと涙を浮かべていた。
そして隣に立っていたカイトも、心底嬉しそうな顔でグッと手を握りしめる。彼もまた堪えきれなかったのだろう。数ある中からようやくひとつ、永き呪縛から解き放たれた大切な家族のことを想って。
ーー古代種の事情説明を後回しにして正解だった。
喜びを分かち合うアクリアとカイトの姿を見て、俺は率直にそう感じた。作戦中の緊張感が保てなくなる可能性を考慮して、その事をすぐ伝えず先延ばしにしたのは、結果的に見れば最適解だったと。
無論この二人なら、もし仮にミヨの証言がなかったとしても、俺の言葉を一切疑わずに信じてくれただろう。それにより、二人が背負う重荷もいくらか軽くなっていたかもしれない。しかし俺の口から聞くよりも、三柱であるミヨの口から聞いた方が、その効果は計り知れない。何せ女神のお墨付きだ。それ以上など存在するはずもない。
「貴重なお話をありがとうございました、ミヨ様」
俺が恭しくミヨにお辞儀をすると、アクリアも感傷に浸るのを中断して、大慌てでその後に続いた。
「こ、心より感謝申し上げます! 誠にありがとうございました……天様」
アクリアはミヨに深々と頭を下げながら、ボソリと言葉の語尾に俺の名前を付け足す。
ついでながら、この一連の流れは、もはや俺達の中では暗黙の了解ーー神界で俺以外の者が三柱に発言する際に行う、皆の決まり事となっていた。
『ーーみんな。これから少しでも危なそうな言葉を口にする際は、とりあえずその言葉の語頭か語尾で俺の名を呼んどけ。そうすりゃ、おそらく神様との対話としてカウントされずに済むはずだ』
俺のこの意見に、初めはカイト達も半信半疑だったのだが。
「それは妙案ですね」
「カカカ、違いねいぜい。にしても、よくよく肝っ玉が太えやつだな、オメェさんは」
「うむ! それでこそ儂のダーリンじゃ♡」
三柱の満場一致で、すぐさま可決された。
かくして、奇しくも整ってしまった……神々を交えた『世界の裏事情ぶっちゃけ講習会』の準備が。
「まさかそこまで奴等との戦力差があったとはね……」
カイトは俺を見ながら、肩をすくめる。
「もし兄さんがこっちに来なかったらと思うと、正直ゾッとするよ」
「……今回のアリス王女誘拐事件を指揮した黒幕のひとりと思われる、『バンザム』とかいうあっちの親玉なんだがーー」
一瞬迷ったが、俺はその事を皆に告げることにした。
「現時点で俺以外にソイツとやり合えるやつがいるとすれば、悪いがこの中だとシャロンヌ殿だけだろうな」
途端、予想通りカイトとアクリアとリナが顔を青ざめさせる。
「天殿の見立ては正しい」
そんな中、シャロンヌが俺のその意見を肯定するように大きく頷いた。
「奴等の中で『高位等級使徒』と呼ばれる幹部クラスの連中……その等級が“準一等星”以上の上位信者は。下手をすれば十一年前に現れた『ドラゴン』に匹敵する力を、各々が持っているかもしれん」
「下手するもなにも、あやつらは普通にドラゴン並みの戦力を持っとるぞ」
飄々とした調子で話の輪に入ってきたのは、生命の女神フィナである。
「……それ、俺達に教えちまってもいいのか?」
砕けた言葉遣いで呆れ気味に訊ねる俺へ、
「問題ありません。個人を特定する情報でなければ構わないと、今しがたシナットと話をつけました」
ミヨが平然とした態度でそう答えた。
したり顔で眼鏡を持ち上げる彼女の隣で、創造の神であるマトもまた、白く長い髭を掻きながら愉快そうに笑う。
「カカカ、そりゃあの野郎も断れねいやな? なんせ、自分はすでに二つもワガママ通してもらってんだからよい」
「ほんにいい気味じゃの〜、あの仏頂面めが」
意地の悪い笑みを浮かべ合い、まさに御満悦といった様子の三柱の神々。これでは、どちらが邪神か分かったものではない。
ないのだがーー
「では、ズバリ御三方にお訊ねしたい。今この世界に存在するシナットの信者の人員規模、その中で『管理者』と呼ばれる一等星と準一等の等級を持つ者の割合、それぞれの“戦命力”の平均値もお願いします。それと、できれば『統括管理者』とかいう連中のもついでに教えていただけると有難い。もちろん、数値はすべて大まかなもので構いませんので」
「……………………」
「………………」
「…………………………」
神国の悪大名たちは、途端にドヤ顔を引きつらせる。どうやらこと抜け目のなさでは、俺の方が一枚上手だったようだ。
「…………儂等なんぞより、ダーリンの方がよっぽどタチが悪いのじゃ」
「お褒めに預かり光栄至極」
そう言って、俺は優雅に一礼してみせた。
◇◇◇
この『超神界』といわれる神の領域に来てから、もうかれこれ十二時間以上は経過したか。
無駄に高級感のある黒いマーカーを右手に携え、映画館のスクリーンさながらの超特大ホワイトボードに黙々と文字を書き込んでいく俺。
【人型の裏ステータスとその仕組み】
[HP]
人型のステータスの中で最も重要な項目であり、その者の才能の値と評しても過言ではない。何故ならば、HPは個々の生命力を表す数値、というのは言わずもがなだが、その他にも隠された驚くべき相乗効果がある。それが『身体能力向上作用』だ。
簡単に言えば、HPの数値が高ければ高いほど、『力』『耐久』『俊敏』の三つのステータスが上昇する。その上昇率は、実にHPの10分の1パーセンテージ。つまりHPが1000の場合、その上昇率は単純に基本値プラス『100パーセント』となる。従って、実際の能力値はドバイザー表記の二倍の値となるのだ。
例えばHP1000で『力』のステータスが100だった場合、力100の100%アップなので、イコールで『力200』となる。
[MP]
HP同様、MPにも隠された相乗効果がある。それは『魔力向上作用』。読んで字のごとく、底上げされるステータスは『魔力』である。ただMPの場合、HPのソレよりも上昇率は低い。正確にはMP値の100分の1パーセンテージ。HPの10分の1ほどの上昇率しかない。つまりHPが1000でステータスの基本値を100パーセントアップさせるのに対して、MPはその10倍、『10000』で魔力を『100パーセント上昇』させる。
例、MP1000で魔力のステータスが100の場合、魔力の上昇率は基本値の10%アップとなるので、イコールで『魔力110』となる。
[魔力]
人型のステータスの中でレベルアップ時の上昇率が極めて低くいのがこの能力だ。個人の持つ素質、才能が全て、と結論づけてもいい……わけではない。
実のところ、魔力は人型の資質の中で一番才能に左右されずに上げられるステータスなのだ。理由は上記のとおり、『MP』の最大値を上げれば、それに比例して魔力も少しずつではあるが上昇するからである。有り体に言うと、魔力はドバイザーを魔石で強化していけば、勝手に上がっていくステータス。
生命の神フィナ曰く、『魔力は金で買える!』とのことだ。
[知能]
ある意味でこのステータスが一番レベルに左右されない訳だが、種としての知能の高さは『俊敏』との兼ね合いもあるらしい。従って、この値が低いからといってその者は頭が悪い、とは一概には言えない。
[力][耐久][俊敏]
人型の身体能力を表すステータス。それぞれが『攻撃力』『防御力』『すばやさ』の元となる能力値で、これも先に説明したように、その値は残り『HP』の数値によって常に変動する。そして実は更にもう一つ、これらのステータスにはある特徴があった。それは、いずれのステータス項目もわざわざレベルを上げずとも能力値を上げる術がある、ということだ。
そもそも人の肉体とは、本来は日常生活の中で成長するものである。つまり、自主的に体を鍛えればいいだけのこと。粉骨砕身、日夜精進。血と汗を糧にし、日々の鍛錬により己の体を酷使し続けていれば。自ずと結果はついてくるのだ! ここ重要!
キュッキュッ、とマジックペンを使用する際に流れるお決まりの効果音が、無音が支配するはずの聖なる神域に断続的なリズムで響き渡る。
気がつけば俺は、創造神マトが設えたやたら立派な教壇に立って、皆を前に、教師、講師の真似事をしていた。
「ーーそれじゃあ、みんなここまではいいか?」
一旦、書く手を止めて。俺は巨大ホワイトボードを親指で指しながら、そちらへと体を向ける。
「バッチリなのです、天兄!」
「大丈夫だよ、兄さん」
「天様、私も問題ありません」
「……俺が今まで信じてきたものは、一体何だったんだ…………いや、いい。進めてくれ、天殿」
そこには、これまた特別に設けられた教室セットの学習席に着く、リナ、カイト、アクリア、シャロンヌの姿があった。
「よし。では、これより敵陣営の総戦力についてのまとめ、『争いの民の内部構成』を紐解いていきたいと思う」
確認を取るように俺は四人の顔をぐるりと見渡した。
若干一名、机の上に顔を伏せてグロッキーになっていた生徒もいたが、本人もああ言っていたので。俺は再度仲間達に背を向け、巨大ホワイトボードにマーカーを走らせる。
【シナット陣営の大まかな組織構造】
・構成員の規模ーー冒険士と大体一緒。
※注 これはあくまでも正規シナット信者の数であって、間接的に奴等と繋がりを持つ反社会的勢力などの準構成員等は頭数に含まれていない。
・組織の幹部クラス、ハイアポストル級の割合ーーハイクラスの冒険士よりもやや多め。内、約七割が準一等星で、残りがその上の等級。
・最高幹部、統括管理者の頭数ーーSランク冒険士の倍ほど。
・それぞれの実力、戦命力の平均値ーー準一等星級は、常夜の女帝(シャロンヌ殿)とほぼ互角。
一等星級は、冒険士現会長( おっさん )とどっこいどっこい、若しくはちょい上。
統括管理者は、現役Sランク冒険士の平均戦命力かける約二倍。
※注 奴等が『鬼人化』した場合、この平均数値はもちろん変動する。
[補足事項]
シナット信者は、他の魔物を使役し進化させる事ができる。
シナット信者の分類は『人型の魔物』であって、決して“魔人種”などてはない。ましてやもう人種ですらないので、情けのかけらもない対応で問題なし。
と、俺がここまでホワイトボードに書いた時点でーー
「……天殿、どうでもいいがその比較対象は何とかならないか?」
「邪な者どもと照らし合わされるのは、あまり気分のいいものではございませんね。……あ、いえ! 決して天様を否定しているわけではなく!」
気分が悪いとでも言いたげな表情で、シャロンヌとアクリアが不満を漏らす。恐らく自分や自分達が属する組織を争いの民との引き合いに出されたのが、このふたり的には嫌だったのだろう。
「あー、お前らの気持ちも分からんでもないが。後にしろ」
「そういう生理的なやつは、今必要ないのです」
しかしそんな両者を、間髪入れずに俺とリナがバッサリ切り捨てた。
「俺達が今やるべきことは、神々に与えられた『断片的な情報』を出来うる限り詳細にすることだ」
「そうだね。その情報の精度をどこまで上げられるかで、今後の戦況は大きく変わってくる」
カイトも静かに相槌を打つ。
「てなわけで、アクさんもシャロンヌさんも、公私混同はあとにするのです。古着なんかと一緒に、とっととドバイザーの奥へしまうのです」
そして最後に、リナが容赦なくとどめを刺した。
当然、そこに反論の余地などあろうはずもない。二人の絶世の美女は両肩を落とすように身を縮こませ、すみませんでした、と弱々しく頭を下げた。
「それでは、まず最初に奴等の正規メンバーの数なんだがーー」
時間も勿体ないので、俺は無駄な問答を入れずに話を進める。
「総員はおよそ『五万』と認識して、間違いないだろうか?」
俺のこの問いかけは、この場にいる仲間達全員に対してのもの。
「俺もその数で問題ないと思う」
「あたしもなのです」
「私も、天様の推測は正鵠を射たものだと存じます」
「間違いない。現在、冒険士の人口は全世界で約五万人ほどだ。良くも悪くもこの冒険士の推計人口は、ここ数年の間ほとんど変わっていない」
「了解した」
全員からの賛同を得て、敵陣組織構造の一番上の項目を『約50000』と書き直す俺。
「では次に、『ハイクラス』の資格を持つ冒険士の人数なんだがーーシャロンヌ殿」
「承知した」
俺が水を向けると、シャロンヌは軽く会釈をして立ち上がった。
「『ハイクラス』とは、冒険士のランクがAランク以上の全ての冒険士に当てはまる俗称だ。現在、Sランクの冒険士は俺を含めて六人。そしてAランクの冒険士は、この前にカイトとアクリアが加わり、全員で九十四人になったはずだ」
「つまり、両方を合わせるとピッタリ百人になるわけか」
「そうなるな」
言い終えると、シャロンヌは静かに着席する。
俺は顎に手を当てしばし考えた後、二番目の項目を『130〜150名』、三番目の項目を『12名』と書き換えた。
これに対して、皆からは特に反対意見などは出なかったので。
一先ずはコレで良しとすることにした。
そしてーー
「四番目の項目なんだが、これは俺の独断専行で決めさせてもらう」
俺は、はっきりとそう言い切った。
ある種、それは傲慢な物言いだったが。皆はすぐさま無言で首を縦に振り、『異論なし』という意向を俺に伝えた。
四人も分かっているのだ。
勿論、戦闘行為における俺への絶対的な信頼もあるのだろう。だが、そもそも相手の戦力を正確な数値として捉えられる“目”を持っているのは、この場では三柱以外に俺しかいないのだから。
「じゃあ、早速記載させてもらう」
言うと同時に、背中越しに皆の緊張感が伝わってきた。
無理もない。これから俺がこのホワイトボードに記入する数値は、イコールで相手との絶望的な戦力差を意味するのだ。
無論、だからと言って手を止める俺ではない。
むしろ、だからこそ知っておく必要がある情報なのだ。
《ハイアポストル級の戦力値》
・準一等星使徒ーー戦命力2500前後。
・一等星使徒ーー戦命力3500〜3800。
・統括管理者ーー戦命力 推定6000以上。
[備考]
アリス王女誘拐事件の主犯格のひとりである準一等星使徒『バンザム』の戦命力は、通常時2330。鬼人化した場合2800。
対して、現役Sランク冒険士シャロンヌ殿の戦命力は、およそ『2600』である。
それらを一気にホワイトボードに書き出して、俺は素早く体を反転させる。
「これはあくまで俺の見立てだが、かなり的確な値を示していると思う」
「「……っ」」
「「………………」」
予想通り、四人の表情は現状の深刻さを物語るように強張っていた。が、俺は構わず続ける。
「これらを鑑みるに、現状で奴等の幹部クラスと対等に渡り合うには、最低でも戦命力『2500』はないと厳しい。それと参考までに言っておくが、シスト殿の戦命力はシャロンヌ殿のソレと違い、直接この目で視たわけじゃない。だが、おそらくその値は『3400〜3500』の間といったところだろう」
「……まったく、天殿にかかれば個人のプライバシーもくそもあったものではないな」
ジト目で俺を睨むシャロンヌ。
シスト同様、自らの戦力を許可なく俺に公開され、少々ご機嫌ななめといった様子だ。
だかしかし、俺は譲らなかった。
「俺はお前らにケツの割れ目まで見せたんだぞ? 仲間内でこれぐらいの情報公開なら、勘弁しろ」
「プッ、違いない」
吹き出しながらも相槌を打つカイト。伴って、「フ、フンッ」とシャロンヌが決まり悪そうにそっぽを向いた。
「てて、天様の、おし、おししぃ⁉︎」
「あ〜〜、ちょっと落ち着くのです、アクさん。今のは単なるものの例えなの」
一方こちらは、顔を真っ赤にして取り乱すアクリアを隣に座っていたリナがドウドウと宥めている。
少しばかり表現がアレだったか? とも思ったが。結果的にいい感じで場の張り詰めた空気がほぐれたので、この場合は良しとしよう。
「これらのことから、敵側の最高幹部である『統括管理者』の戦力は、単純にSランク冒険士二人分と換算してその戦命力を導いた。結果、シャロンヌ殿の『2600』とシスト殿の『3400』を足して、『6000』という数字を記入させてもらった」
皆でひとしきり議論を交わした後、俺達は次のステップ、お約束の流れに移る。
「では、これより『神』質疑応答に移りたいと思う」
「はい、天先生!」
リナが目をキラキラ輝かせて、勢いよく手を上げた。
「ここまでの検証内容を見返せばサルでもわかるのですが、あたし達人型と敵との戦力差は相当なものなのです。はっきり言って勝負にもならないぐらい……でも、なのになんで奴等は、これまであまり表立って人型を攻めてこなかったんですか?」
「非常に良い質問ですね」
そう言って、わざとらしくポンと手を叩く俺。
何事にもノリは大切だ。
既にお約束となったこの流れに、俺はすっかり馴染んでいた。
「では、これについて質疑応答は可能ですかーーミヨ様」
「可能です」
すぐさま俺の声に応じて教壇に上がったのは、知識を司る一柱ミヨ。
このように、俺が三柱から聞き及んだ情報をざっくりホワイトボードにまとめ、そこから仲間内でのグループディスカッション。からの、俺を仲介役とした三柱への質問タイムという流れは、最早このぶっちゃけ講習会のお決まりの流れとなっていた。
もし、俺達が質問したその内容が『ぶっちゃけオーケー』なら、俺に指名された三柱が壇上に上がり、そこで質疑応答に応じるというものだ。
もともと俺がこの世界に招かれた理由は、神と人とのパイプ役だ。従って、今現在行われているこの俺主催の勉強会は、図らずも当初の目的を十二分に果たしていると言えなくもない。やり方いかんは別としてもだ。
ちなみに、先刻から尊ぶべき神格としてではなく、ただの知恵袋的な意味合いで俺に都合よく扱われている三柱サイドの神たちはといえば……
「へへ。天どんのやろう、この短時間でオイラたちと自分とその他の奴らとの会話の距離感、神格との“対話”の間合いってやつを、完全にものにしやがったよい」
「うむ。流石はダーリン……見事じゃ!」
普通に感心してた。
「元人型の魔物、通称“外魔”と呼ばれるシナットの従者たちは。実のところ、皆さんの印象ほどは圧倒的な力を有しているわけではありません」
開始早々、ミヨは断言した。
「我ら三柱直属の戦闘に特化した“真理英雄”たちが尋常に立ち会えば、たとえ相手が敵軍の最高幹部等であったとしても、そうそう遅れを取ることは無いでしょう」
ですが、とミヨはパールグレイの瞳に鋭い眼光を宿す。
「有り体に申せば、時期が悪いのです」
「それは例の“神事”のことですか?」
ソレについて、俺には心当たりがあった。恐らく以前フィナから聞かされた、あの事だろう。
事実、ミヨは俺の言葉を肯定するようにコクリと頷き、
「古き世より人型達は皆、かの神事を強い畏怖の念を込めてこう呼びます……『魔素大恐災』と」
そのことをミヨが告げた途端、俺を除く人型サイドの全員が声を出さずに色めき立つ。
皆はミヨの言葉を聞いて、やっぱりか、といった顔をして神妙そうに目を伏せた。
そんな中、俺はある種の違和感を覚える。
「大恐災?」
「伝承とは、いつの世も虚ろなものです」
俺の疑念に深く同意するよう、ミヨは嘆かわしげにため息をつく。
そしてそれは、他の二柱も同様だった。
「かーっ! 神の恵み人知らずってのは、まさにこのことだぜい!」
「そうじゃ、そうじゃ! これでも色々と考えとるんじゃぞ、儂等は!」
これ見よがしにブーたれるマトとフィナ。
当然、事情を知らないカイト達は、揃って困惑の表情を浮かべる。
仲間達の困り顔を鑑賞する趣味は生憎と持ち合わせていないので、俺は早々に四人へ助け船を出した。
「なんでも、人型の世界には特殊な“結界”が張られていて。その結界を張り替える周期が、二百年に一度くるんだそうだ」
瞬間、皆の目の色が変わった。
四人とも物分りの良さは折り紙付きだ。この俺の説明と自らの持つ見識だけで、あらかたの事情は予想できたのだろう。
「大半は皆さんのお察しの通りです」
俺の考えに相槌を打ったのか、それともカイト達の推測を肯定したのか。ミヨが事の詳細について説明を始める。
「我ら三柱が人界を覆う結界を張り直すこの時期、暫くの間は、人界の魔素濃度は“魔界”とほぼ同等まで急激に高まります。通常、そのような現象が起こりうるのは、結界の効力が弱まる新月の晩だけなのですが。結界そのものを新たに作り替えるとなると、初めのうちはそういった弊害も生じてしまうのです」
「オメェらだって記憶にあんだろい? なんでも新調すりゃ、馴染むまでそれなりに時間がかかっちまうもんなんだよい」
「うむ! そういうことじゃから向こう五年程度なら大目に見んかっ。それに魔素濃度の調整が効かなくなっても、大本の役割はきちんと果たしておるのじゃ!」
「……あなた達、只今は私の番ですよ? 少し静かにしていなさい」
いつの間にか教壇に上がっていたマトとフィナに向け、ミヨが春風のような笑みに乗せて凍えるプレッシャーを放った。見苦しい言い訳をする同僚を諌めたわけではない。彼女の笑顔の奥から読み取れる感情はただひとつーーでしゃばるな、だ。
「……話が多少それてしまいましたね。その為、魔素を己の力として還元できる外魔たちは、普段とは比べ物にならないほどパワーアップしてしまった、という訳です」
神の迫力に気圧され、シンと静まり返った教室に、彼女の掻い摘んだ説明だけがゆったりと流れる。
ミヨは小さくオホンと咳払いをして、仕切り直しを図るよう、あるデータを俺達に見せてくれた。
《人型版・戦命力序列上位者》
第1位 エイン
第2位 レオスナガル
第3位 ルキナ
第4位 ヘルロト
第5位 ミルサ
同率第5位 グレンデ
第7位 シスト
第8位 ラナディース
第9位 メザリー
第10位 カオスラトス
「ーーこれが人型の世における単純な戦命力の序列、実力者上位十名です」
ミヨのそのセリフと共に、凍りついた場の空気が一気に熱を帯びた。
「やっぱりルキナ様とミルサ姉さん、それにラナディース様も、普通にトップテン入りしてるのです!」
「シスト会長やレオスナガルさんは当然として。『聖騎士団』筆頭のヘルロト様や『帝国軍』のグレンデ将軍も、やはり実力者の上位として数えられるのか」
「そして、我々人型の最高峰が『ミザリィス皇国』初の女皇帝、エイン様。さすが『魔皇』の異名は、伊達ではないということですね」
「………………チッ」
順当だ、と言わんばかりに、リナとカイトとアクリアが一様に色めき立つ。
そんな中、ひとりシャロンヌだけが苦虫を嚙み潰したような顔をして。ミヨが空間に映し出したそのリストを睨みつけていた。
……個人的な恨みがあるヤツが居る、ってツラだな……
興味半分、遠慮半分といった目で、俺がシャロンヌの視線の先にある人物の名を暗に確かめようとした時。
「こりゃ、ミヨ! なんで『エイン』が人型の一番になっとるんじゃ!」
またもや生命の女神フィナが、異議申し立ての体で横槍を入れる。
「人型の中で最強は、断トツで儂のダーリンじゃろがっ⁉︎」
「お黙りなさい」
言うと同時に、ミヨの眼鏡がギラリと光る。
「あなたは希少価値の高い宝石と、道端にあるただの小石を比べますか? ここに提示した“古代英雄種”は皆、誰も彼もが戦命力『5000』の壁すら越えられぬ脆弱な者たち。そのような弱者と天殿を同列に扱うなど、天殿に対して失礼にあたります」
眼鏡を持ち上げながら、俺のことをこれでもかと持ち上げるミヨ。その物言いは、思いのほか辛辣だった。ついでに、俺はいたたまれない気持ちでいっぱいになった。
「……そういえば天殿」
控えめな挙手と共に、シャロンヌが俺を見やる。向けられた彼女の顔はまだ若干の強張りがあるものの、落ち着きは大部分取り戻していた。
「何だ?」
正直助かった。そう思いながら、俺は余計な詮索を止めて即座にシャロンヌの声に応じる。
シャロンヌは一瞬ためらいを見せたが、意を決した表情でその疑問を口にした。
「その結界は、一体何の目的で施されたものなん……なのですか」
「結界の役割自体は複数あります。ですが一番の目的は、我々が管理するこの現世から、“魔王種”を完全に隔離する為です」
まるであらかじめ用意されていた台本を読み上げるかのように、ミヨは隙間なく応答する。
「この種の襲来を未然に防ぐことこそが、遥か古より我ら三柱に課せられた責務……何をおいても果たさねばならない、この世界の管理者としての使命なのです」
それはシャロンヌ個人の疑問に答えたというよりも、恐らくその事情を知らぬ者全員に向けての報せ。
「俺も詳しくは知らないが、魔素を体内に吸収し続けて育ち過ぎてしまったモンスターを、『魔王』と呼ぶらしい」
「簡潔に述べると、私の持つ『知識の目』に映った脅威レベルがSランク以上の魔物は、例外なく全てこの種に当て嵌まります」
俺が入れた合いの手を、これまたミヨが流れるように引き継ぐ。
「戦命力で評するならば、最低でも『10000以上』の超大型の魔物が魔王種となります」
「ーーッ‼︎」
ミヨが話の核心部分に触れた瞬間、ふたたび神界に氷河期が訪れた。
カイト、アクリア、リナ、シャロンヌの四人は、思わず絶句してしまう。ある意味それは、カイト達にとって一番のぶっちゃけ話だったのかもしれない。それこそ、身も心も凍りつくほどの。
ーーだが、三柱の神はその言舌を緩めずに続けた。
「魔王級が一匹でも結界の中に入って来ちまった日にゃあ、人類史は間違いなく終わりだぜい」
「シナットが愛でとる小間使いどもなんぞ比較にもならんのじゃ。それこそ儂等が所有する英雄達がいくら束になってかかったところで、勝ち目なぞ微塵もありゃせんわい」
「Aランクの魔物が国をひとつ滅ぼしかねない脅威だとするならば、Sランクの魔王は、個々が種を絶滅させるほどの力を有しております」
この機会に知っておけ、とでも言いたげに。日頃からの鬱憤を吐き出すかの如く矢継ぎ早に捲し立てるマト、フィナ、ミヨの神トリオ。いよいよ仲間達の顔から血の気が失せそうになった頃、俺は何とも言えぬ不快感を覚え、至高の存在である彼等に対し、とある質問を投げかけた。
「ならその更に上、脅威ランク『SS』の生物とは、一体どんな奴らなんですか?」
この俺の問いかけに対して、三柱の神々は順々にこう答えた。
「数多の種の頂点に君臨し、それらを統べるもの。純粋で混じり気のない、王の中の王です」
「一言でいっちまえば“絶対者”ってやつだよい。こいつらにかかりゃあ、大概のことは無力に数えられちまう」
「なんもかんも超越した存在じゃよ、彼奴らは。場合によっては儂等神格と同等以上の力を持つ者もおる。ま、文字通りの化物じゃな」
「ーーならば何の問題も無い」
そう言って、俺はニヤリと不敵な笑みを浮かべた。
「もし万が一があったとしても、その時は俺が対処すればいいだけの話。むしろそれで魔王級の魔石が手に入るのなら、それもまた一興かと」
大言壮語にも似たセリフを俺がサラリと口にした、その直後、
「カ〜ッカッカ! そいつは違いねいぜい!」
「フフフ。確かに天殿の力を以ってすれば、それらを退けることなど造作もなきこと」
「ウハハハハ! 魔王どもめ、来るならいつでもこんかい! お前らなんぞ、儂のダーリンさえおれば恐れるに足りんのじゃ!」
神界の雰囲気がガラリと変わった。それこそ、今の今まで殺伐としていた空気が嘘のように。
「……フィナ。折り入って相談があります」
「嫌じゃ」
「私の持つ全ての英雄所有権に加え、向こう千年間は三柱会合での発言権をーー」
「ダーリンは儂のもんじゃっ! 誰にも渡さんわい‼︎」
「そう言わずによう? 天どんは特別枠ってことで、オイラたちにもちっとばかし便乗させてくんねいかい?」
「ぜーーったいに、い・や・じゃ!」
「貴女のような残念な女神に、天殿は不釣り合いです! 大人しく私に譲りなさい!」
「誰が残念な女神じゃ、コラァ!」
やたら神々しい後光を溢れんばかりに放出しながら、俺の目の前ではしゃぎ合う三神。正直かなり眩しかった。何せ太陽並みの光がほぼゼロ距離で顔面を照らすのだ。しかも三つも同時に。
「ヤバいのです。天兄の頼もしさが尋常じゃないの」
「自分がいれば問題ない、か……男なら一度は言ってみたいね、そのセリフ」
「天ひゃま……すてきでございまひゅ……!」
「……もうお前に、『ひとまず落ち着け』とは俺も言わん。だがなアクリア。ひとまずその鼻血と涎だけは何とかしろ」
背後からは、カイトやリナ達の割とガチな反応が聞こえてくる。実際、仲間達の不安を払拭しようと叩いた高言だったが、少しばかり効き目があり過ぎたようだ。
「とりあえず、だっ」
注目! という意味合いを込め、俺は一際大きな声を発して皆の視線を集める。
「三ヶ月だ。三ヶ月の間にお前らには可能な限り強くなってもらう」
次の瞬間、カイト、アクリア、リナ、シャロンヌの顔から軽みが根こそぎ取り除かれた。緊張感と使命感を帯びたその面構えは、まさに戦士のそれだ。
ちなみに約一名、鼻血を出していた者もいたが、顔色はすこぶる良好だったので深く考えない事にした。その後ミヨとフィナとマトが壇上から捌けたのを見計らい、俺はミヨが出した『人型強い奴ランキング』をクイッと親指で指して、
「手始めにこの順位表の序列を、諸君らの手で塗り替えようじゃないか」
言いながら、俺はもう一度、口の端をニヤリと持ち上げた。
その後も神を交えた超神界ぶっちゃけ講義は続きーー
【練気法】
自然界に満ち溢れている“光素”(仮名)を、特殊な呼吸法により体内に取り込み、自らのエネルギーとして蓄える技術。ちなみに、練った光素値はステータスの『体内LP』という項目で確認できる。
この度、俺が編み出したこの『練気法』が見事スキルランク最高峰の“神スキル”を獲得した。そんな訳で、これからは『俺はこれで英雄がえりになった』を謳い文句に、俺の独断と偏見でこの技術を見込みのある奴らに伝えていきたいと思う。
[俺からの一言]
寝てる間も休まず練れたら一人前。
「ーーいいか、オメェたち? このスキルはマジでとんでもねい代物だよい。言ってみりゃあ、こいつはオメェたち人類をお手軽に“進化”させちまう技術だ。しかも何がスゲェって、この『練気法』ってスキルは、天どんのレクチャーひとつで誰でも簡単に身についちまう」
【英雄PTの加点、減点基準】
・魔石換金加点。
(一万円につきプラス1PT ※ 但し、自らの手で討ち取った魔物、もしくは少しでもダメージを与えた魔物の魔石でないと、英雄PTとしては加算されない)
・“運命の棺桶”除去加点。
(棺桶ひとつにつきプラス50PT)
・生命創造加点。
(赤ん坊ひとりにつき男女ともプラス50PT)
・文明発展加点。
(プラスPT時価)
・領域境界拡大加点。
(プラスPT時価)
・同族殺害減点。
(ひとりにつきマイナス100PT)
・不生産性交遊。
(一回につきマイナス50PT)
・誓約反故減点。
(反故にした誓約に応じてマイナスPT値変動)
・禁法儀式減点。
(執り行った儀式に応じてマイナスPT値変動)
・反神行為減点。
(マイナスPT 時価)
などなど……
[備考]
『運命の棺桶』とは、早い話が人型に死が迫ると自動的に憑いてしまう裏バットステータスのようなものだ。
例えば、大型の魔物が突如出現した場合。近隣で暮らす村人などにこのバットステータスが憑いてしまう恐れがある。ついでながら、俺が以前倒した『マウントバイパー亜種』の時は、その発現と共に『運命の棺桶』が1000ほど用意されたらしい。
つまり、コイツ一匹を仕留めるだけで単純に50×1000英雄PT手に入る仕組みだ。加えて、更にそこへ魔石換金3億1000万÷1万英雄PTを上乗せすれば、合計8万以上の英雄PTが一気に加算される事となる。
「よいか、お前たち! 人型の英雄PT減点で最も気をつけねばならんのが『不生産性交遊』じゃ! 生命の生産性が無い交わりは、それだけで英雄PTを減らす! 生命の魔技による不妊法は元より、同性愛の性交遊もこれに当てはまるのじゃ。避妊一回につき五十万相当の魔石を消費すると、しかと心得よ!」
「……とても分かりやすい説明だが、とても女神の言葉とは思えんな」
ーーそんなこんなで、あっという間に時が過ぎ。
そして……
「我が従僕、花村天……前に出よ」
「かしこまりました、我が主様」
生命の女神フィナに促され、天が真剣な面持ちで一歩前に出る。何事にも切り替えは必要だ。フィナが女神の貌で自分に接するならば、彼もまたそれに倣い、節度ある行動をとるだけである。
「これより、そなたに英雄がえりの恩賞を付与する」
「はい」
「此度の“英雄がえりの儀”において、そなたが望む三つの願い。まず一つ目の願いは、『花村天とドバイザーにてパーティー登録した人型は三柱より優遇処置を受ける』……で構わんのじゃな?」
「構いません」
実のところ、この一つ目の願いだけは天自身が考えたものではなく、三柱サイドが勝手に天の望みとしてこじつけたものだ。と言うのも、そうしなければカイトやリナ達をここへ連れてこれなかった。天と一緒に、彼等四人をこの神域へ招くことが出来なかったからだ。
さりとて、それなら天だけを招集すればいいだけの話なのだが、それを悪手と考えた神がいた。知識の神ミヨである。
『天殿の性質を考えた場合。再びお仲間の皆さんと引き離すかたちでこの地へ連れて来られたら、如何に我らが説得しようとも一切耳を傾けてはくれなくなると判断しました。ですので、誠に勝手ながら一つ目の願いは私の独断で決めさせていただきました』
これに対して、天の反応はといえば、
『心より感謝します、ミヨ様。何よりの報酬です』
ミヨの配慮を大絶賛した。流石は知識の女神だ、と。
「では次に二つ目の願いじゃが……『己の所持する神PTで購入した一定のスキルをパーティー登録者限定で譲渡することができる』、で相違ないか?」
「相違ありません」
天は深く頷く。
実際、この二つ目の願いが最も神たちを悩ませた。何せ天が指定したそのスキルは、本来ならば真理英雄しか身につけられないものなのだ。だが、天はそれに対していくつかの誓約を設けることにより、半ば強引に三柱の神々を説得した。
具体的にはこんな感じにーー
ーーパーティー登録者限定。
ーーただ与えるのではなく、そのつど買い与える。
ーー提供できるスキルは一人につき一つまで。
などなどである。
まあ、大抵のものはとってつけたような縛りなのだが。こういう神事は『ルールを設ける』といった建前が大事だということを、天はこれまでの三柱たちとの対話から熟知していた。
ついでながら、天は今回の英雄がえりで莫大な報奨金こそ与えられなかったものの、副賞として『5000神PT』もの特典が付与されている。これを踏まえ、この勢いで増え続けたら自分一人だと使い切れない、という何とも贅沢な悩みから、天はこの恩賞を思いついたのだ。
「我が主様。早速ですが、俺の持つ『状態異常無効』のスキルを、カイト、アクリア、リナ、シャロンヌの四名に譲渡していただけますか」
「うむ。合計で800神PTほど消費してしまうが、構わぬか?」
「勿論です」
天がそう告げた次の瞬間、柔らかな橙色の光がカイト、アクリア、リナ、シャロンヌの体を包み込む。同時に、四人は矢継ぎ早にドバイザーで自分のステータスを確認する。直後、彼等の表情が驚愕と歓喜の色に満ちた。
カイト達は声を上げるのをグッと抑え、天に目礼してスキル譲渡が完了したことを感謝の気持ちと併せて伝えた。
天はそんな仲間達へ短く頷き、フィナに深々と頭を下げる。
「誠にありがとうございます、我が主様」
「礼はいらぬ」
フィナは天がおもてを上げるのを待ち、
「それでは、最後の三つ目の願いじゃがーー」
「その前に、一つよろしいでしょうか」
天が一旦話を切る。
「なんじゃ?」
「この最後の願いを叶えていただくにあたり、それに併用して一つ、我が主様に折り入ってお頼みしたい事がございます」
「………………却下じゃ」
フィナは無表情でそう答えた。
恐らくは天の思考を先に覗いたのだろう。ただ、これは天にとって計算通りだった。何故なら、天が思わせぶりな言い回しで自らの思考を態と読み取らせようとした相手は、なにも彼女だけではなかったのだから。
「オイラはバリバリかまわねいぜい!」
「こちらも了承いたしました」
神々しい後光を背負い、生命の女神フィナの両脇に顕現したのは、創造の神マトと知識の女神ミヨだ。
天は二神に向けて恭しく一礼し、その言葉を紡ぐ。
「対話、並びに交信の使用許諾を確認いたしました。マト様、ミヨ様、御了承感謝します。つきましては、御二方といつでもお話しできるよう、マト様とミヨ様の交信先をわたくしめのドバイザーに入れていただきたく……」
「駄目じゃぁああ‼︎」「承りました」「聞き届けたぜい」
フィナとミヨとマトは、揃って食い気味に返事をする。その意味合いは二対一で割れてはいたが、三柱ともに気が急っているのは一目瞭然だった。
「儂だけおれば十分じゃろ、ダーリン⁉︎」
「悪いな、フィナ。ご存知の通り、俺は用心深い性分なんだ」
フィナが態度を崩すと同時に、天もまた形式的な応対を取り止めた。
「この先、もし生命の女神直属以外の英雄達と対立することがあったとして。その時はフィナに頼むよりも、マト様とミヨ様に直接口添えしてもらった方が話が円滑に進む」
「カカカ、違いねいや」
「見事な先見の明です」
あからさまに嫌がるフィナを押し退け、これ見よがしに相槌を打つマトとミヨ。これで一応の大義名分は立った。二柱とも『マトやミヨと対話できないと、最後の願いはその効力を十分に発揮できなくなる』、という天の意向を全力で後押しする。
「天どん本人がそいつを望んでんだ。ちったあ大目に見ろい」
「フィナ。観念しなさい」
だがそれはある意味必然と言えるだろう。何せこの二神は、つい先刻までフィナにその事を必死に直訴していたのだから。
「ダーリンはほんに性格が腹黒いのじゃ……」
結果的に神すら手玉に取った男に対し、女神は恨めしげにジト目を向け、細やかな抵抗を見せることしか出来なかった。
「時間もないので本題に戻りましょう、我が主様」
抜け抜けと言い放ち、天はフィナの嫌味を右から左に流しながら軽く肩をすくめて見せる。
そんな天と神との掛け合いを目の当たりにし、彼の背後で仲間達が若干引き気味にたじろいでいたのは、ここだけの話だ。
「ーー我が従僕、花村天。そなたが望む最後の願いとは、『神の代行者としての地位を確立する』……という事でよいのじゃな?」
「よろしゅうございます」
そう述べると、天は不敵に微笑む。
「確認だがよ、オイラたちが出すのは、徹底して口だけでかまわねいってこったな?」
「無論です」
「人界の国を統治する真理英雄達に、我々から天殿に助力するよう呼びかける必要もないと?」
「不要です。こちらが彼等に望むことは、あくまでも傍観」
「つまりは邪魔立て無用。もしも何処かの勢力が横槍を入れようものなら、その時は儂等三柱が全力を持ってそれを諌める。これでよいのじゃな?」
「それで結構」
その威風堂々とした態度は、見事の一言。
天は一切物怖じすることなく、まばゆい光を身に纏う創造主たちと正面から向き合い、
「これよりこの世界の各地でいささか血なまぐさい波風が立つやもしれぬので、諸々の事情ゆえ大目に見ていただきたい。手出し口出しを止めていただきたい。もし罪を問おうものなら咎めていただきたい。この者達は、我ら三柱の命により動いているのだ、と。それが何にも代えがたい、そして何よりのお力添えです」
口上を終えると、天は文字通り神前に跪いた。
揺るぎない意志を宿した公言が、白紙の世界にゆっくりと浸透しながら溶け込んでゆく。
天の毅然とした有り様に感化されてか、三柱神たちは心の猛りを抑えきれぬように、その身に帯びた光をより一層輝かせ、
「創造神マトの名においてーー」
「知識神ミヨの名のもとにーー」
「生命神フィナの名にかけてーー」
天地神明の名において、その言を降した。
「「「たった今この時より、花村天に我ら三柱の代行者としての権限を与える!」」」
◇◇◇
現在の時刻は0時15分。
携帯端末に映し出された時刻表示を確認して、男はゆっくりと息を吐いた。
「ふぅ、どうやら神様にクレームをつけずにすんだようだな」
「まだ実感がわかないよ、俺は。今まで自分が三柱神様たちの領域に居たなんて……」
天の軽口には付き合わず、カイトは寝惚け眼にも似た虚ろな表情で辺りの真っ暗闇を見回す。例によって丸一日ぶりのその風景は、彼には随分と久しぶりなものに感じられた。
「とりあえずアリス姫様と使用人の子も無事なのです……」
動力車の後部座を覗き込み、リナが皆にそう告げる。『無事』という表現がこの場合正しいかどうかはひとまず置いておき、リナはアリス達の安否を確認するも、何故かすぐには動力車へ乗り込まず、思案顔で何かを考えていた。
それと同様に、アクリアとシャロンヌもまた、その場から一歩も動こうとしない。
神域からやっと帰還したにも拘らず、三人はいつになく神妙な顔つきで、何やら考え込んでいる様子だった。
……そりゃ、あんな事を言われればな……
当然、天はリナやアクリア達が何について沈思黙考しているのか、おおよその見当はついている。
実際のところ、天とカイトも女性陣ほどあからさまではないものの、同じくその事について思案していた。
というのも、天達五人は超神界から地上に帰る直前、三柱たちから、ある忠告を受けたのだ。
『あー、これから儂が口にする事は、あくまで儂の独り言なんじゃがの……』
それを最初に切り出したのは、生命の女神フィナだった。
『おぬしらの中に、ダーリンに頼みごとがあるヤツがおるじゃろ……早く言わんと手遅れになってしまうぞ!」
『ぶっちゃけちまうと、時間はもうほとんど残ってねいよい』
『ですが、今ならまだ間に合います』
この意味ありげな三柱からの助言は、意気揚々と神域を後にしようとした五人の心中に、重々しい楔を打ち込んだ。
「ーーあたしじゃないのです」
重苦しい沈黙が漂う中、初めにその事柄に関しての核心をついたのはリナだ。こういう時、彼女の行動力と思い切りのよさは頼りになる。
「天兄への頼みごとがまるで無いのかって言われたら、はっきり言っていっぱいあるのです。だけど、あたしのは多分……違うの」
「『手遅れ』や『間に合う』といったワードから察するに、かかっているのは恐らく人命だろう。しかも三柱様たちのあの口ぶりだと、事は一刻を争う」
リナの推測を解説するように、天は険しい口調で仲間達にそれを伝える。これは天なりの催促だった。もし自分に遠慮などしようものなら、気にせずに話せ、さっさと教えろ、と。
天のそんな心情を正確に読み取り、カイトがおもむろに口を開く。
「……兄さんは、マリーさんの家庭の事情については知っているかい?」
「ッ‼︎」
アクリアはギョッとした表情でカイトを見やった。
たった今カイトが天に訊ねたソレは、アクリア自身もこの場で話すべきかどうか迷っていた事柄だったからだ。
だがアクリアは踏ん切れなかった。いかに自身が信を置く仲間とはいえ、当事者でもない自分が、友人のもっとも触れられたくない部分を易々と第三者に晒してもいいものか、と。
しかしアクリアのそんな心配は、次に出てきた天の一言で杞憂に終わる。
「知っている」
まるで躊躇わず、濁さず、天は打てば響くように答えを返した。今は苦慮する時間すら惜しいと理解しているから。
「あらましだけだがな。俺が以前チームを組んでいたメンバーの中に、『ジュリ』という少女がいたんだが、彼女はマリーさんの姉の実娘だ」
「……そうか、既に聞かされていたんだね」
カイトは静かに頷く。彼のその様子は、内部事情を知る者だけにしか伝わらない言い回しを選び、詳しい事情を一切語らなかった天に対して、心から感謝しているようにも見えた。
「つまり、御三方が言っていたのはその事じゃない」
「あたしもそう思うのです。フィナ様のあの物言いだと、天兄はまだその諸事情を本人からまったく聞かされてないはずなの」
リナのその解釈に、天も首を縦に振る。
「それを踏まえて、カイト、アク……俺が早急に対処しなければならないような案件で、俺にまだ話せていない事はあるか?」
「無い」
「誓ってございません」
カイトとアクリアは迷わず断言した。
「俺もアクリアも、伝えるべきことは既に兄さんにすべて打ち明けてるよ」
「そうなると、残るは……」
天は必然的にそちらへと顔を向けた。
伴って、カイトとアクリアとリナも、その者に目線を固定する。
「うっ……」
四人分の疑いの眼差しに曝されたシャロンヌは、堪らずといった様子で伏し目になる。彼女のそのリアクションが、そのまま答えになっていた。
「シャロンヌ殿。俺に頼みたいことがあるなら早く教えろ。無論、口外はせん」
「シャロンヌさん。天様なら、必ずやシャロンヌさんのお力になってくれます」
「確かに今はまだ任務中ですが、人命がかかっているとなれば話は別だ」
「誰にも聞かれたくない話なら、あたし達は動力車の中で待機してるのです」
「……席を外す必要はない」
皆から抗議にも似た説得を受け、シャロンヌは観念したように大きく息を吐いた。
「任務を途中で放棄するかもしれん以上、後を任せるお前たちにも事情を話すのが最低限の筋だ」
そう言って、シャロンヌは己の気持ちに整理をつけるよう一度深呼吸し、
「天殿……実はっ」
一拍置いて、覚悟を決めた顔で彼女が言葉を発しかけた、まさにその時だった。
……トゥルルル、トゥルルルルルルッ!
タイミング見計らったように、シャロンヌのドバイザーから無線通信の呼び出し音が鳴った。
皆は思わず息を呑む。
虫の知らせではないが、五人はその着信に予感めいたものを感じずにはいられなかった。
天はシャロンヌに向けて小さく頷き、目配せしてドバイザーの無線通信に出るよう促す。
シャロンヌは戸惑いながらも、おそるおそるドバイザーを耳に当て、
「……もしもし」
無線に出たシャロンヌの声は、どこか怯えていた。普段、気位の高い彼女からは想像し難いほど、その声は弱々しいものだった。
ーーそして、それはすぐさま悲痛なる調べへと変わる。
「……エレーゼの容態が……急変した、だと……?」
その知らせは、シャロンヌに死神の足音を告げるものだった。




