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第76話 英雄がえり③

 ……しばしの沈黙の後、男は静かに口を開く。


「二つ目はともかくとして、一つ目の条件……『力量(レベル)制約(せいやく)』については承服(しょうふく)しかねます」


 至高の存在である神々を前にいささかも(おく)することなく、(てん)は一切の熱を排除した語り口で淡々と告げた。


「もし仮にこちらがその条件をのんだ場合、()こうにも大きなデメリットが発生する。それに関しては俺がいちいち述べるまでもなく、()三方(さんかた)はもちろん、“争いの神”であるシナット自身も重々承知しているはずだ」


「…………」


「……」


「………………」


 三柱の神々は何も答えなかった。だが神たちの引け目を感じさせるその表情を見れば、天の指摘が正しいかどうかなど言わずとも分かる。


()けてもいい。俺に(かせ)をつけた時点で、『アイツ』は自分の雇い主であるシナットを見限(みかぎ)る」







 ◇◇◇







「……………………………………はぁ?」


 ()てつく冷気が辺り一面の大気を穿(うが)つ。

 真夜中の山塊(さんかい)に降り注いだものは、夜の闇よりも暗く重い、鬼の()き声。


「なに、その一ミリも笑えない冗談……」


 ザワザワザワと、一日の活動を()うに終えたはずの野生動物たちがいっせいに騒ぎだす。

 ねぼけ(まなこ)だった彼らの眠気を瞬時に吹き飛ばした元凶は、地上より離れた遥か上空に()た。


「シナットってさ、神さまのくせにユーモアのセンスがからっきしだね?」


(われ)らに嘘偽(うそいつわ)りは許されぬ。よって、我がたった今おぬしに告げたことは、すべてーー》


「ウザいから黙れって言ってんだよ、遠回しに」


 凶々しいオーラを孕んだ邪神(シナット)からの啓示(けいじ)などまるで意に介さず、肩に死神の刻印を(きざ)みし最凶の猟兵(イェーガー)ーー花村(はなむら)(せん)は、


「あー、ほんと勘弁してほしいよね? せっかく今の今まで最高の気分だったのに、これじゃ台無しもいいとこだよ」


 大樹の天辺から声の先に居る存在を見据えるようにして、虚空の彼方(かなた)を睨みつける。


「ねえ、シナット。キミは今、自分は嘘をついちゃダメだとか言ってたけどさ? なら、僕との契約(けいやく)(やぶ)ることは(ゆる)されるわけ……?」


()誓約(せいやく)には、まだ(さき)がある》


 動揺など微塵も感じられない鋼の声が、星の煌めきと共に夜空に満ちる。


《花村天がその力を制限する対象は、我の管理下(かんりか)にある者のみ。よって初めにおぬしと交わした契約に基づき、その決め事はおぬしには適用されぬ》


「………………」


 シナットの言葉に呼応するように、戦の皮肉がピタリと()んだ。




『そっちについてもいいけどさ、僕は別にキミの部下になるつもりも、キミ達と馴れ合うつもりもないよ?』


『それで構わぬ。我がおぬしに求めることは、もとより一つのみ』


『ふ〜ん。要はキミ達の勝利に貢献しろってことでしょ、どうせ?』


『違う』


『? じゃあ、キミは僕に何をやってほしいのさ?』


『我が求めるは単純な結果(けっか)よりも意義深い過程(かてい)。よって、これより始まる我ら神々の遊戯をより価値のあるものとする為。おぬしはその生き様で、我を存分(ぞんぶん)に楽しませよ』


『キャハハハハハハハハハハハ! 神さまがそんなこと言っちゃってもいいの? ま、僕的にはそういうはっちゃけたミッションの方が、俄然(がぜん)やる気が出るんだけどね♪』


『では、花村戦』


『うん。契約成立だよ、シナット♪』







《ーーおぬしらの舞台(しょうぶ)(けが)しはせぬ。それはあちらの神たちも同じ心積もりであろう》


「言うよね? 天天(てんてん)からメインカード以外の全力(マックス)を取り上げちゃうくせにさ?」


 満天の星空に向け、戦は忌々しげに中指を突き立てる。


「どんな屁理屈並べたって、結局僕ら親子の勝負(ゲーム)を窮屈にしてんのは変わらねぇんだよ、テメェら」


《それ(ゆえ)、おぬしには事前に話を通した》


「実際、まだ通っちゃいないけどね……」


 それから数秒ほど(もく)した後、戦は何かを思うように(ひたい)を手で覆う。


「…………とりあえず、このあたりが落としどころってとこかな」


 どうやら妥協点を見つけたらしい。


「この先、僕と天天がどこかで出会ったら。其処(そこ)から半径五〇キロ圏内は、そのルールの対象外にして」


《つまりはーー》


「他の奴らは、邪魔だからすっこんでろってこと」


《しかと()(とど)けた》


 鋼鉄の重々しさは相変わらずだったが、その声には先刻までとは違い、熱が込められていた。


「そういえばさーー」


 伴って、戦の声色からもあからさまな刺々しさが消える。


 ひとまずは和解したようだ。


「その『白闇(ビャクヤ)』ってヤツ……強いの?」


 話題を変える為というよりは、間違いなく単純な好奇心から。戦は二つ目のソレついて、目を輝かせながらシナットに(たず)ねた。


如何(いか)なおぬしといえど、白闇が相手となれば一筋縄ではいかぬだろう》


 一方のシナットは、そんな戦の望みを全て見透かしたように、忌憚(きたん)のない意見を述べる。


「あ〜〜、それじゃダメだ」


 されど、この戦の反応は予想外だった様子で、


駄目(だめ)とは?》


 心を突き動かされるままに、邪神は鬼の失意のわけを問う。すると鬼は、期待が抜け落ちた瞳で声だけが聞こえる上空を見やり……


「僕の相手になるようなヤツじゃ、天天の相手なんか到底務まらないってことだよ、シナット」





 ◇◇◇






 シンと静まり返った白紙の世界で、重苦しい沈黙だけが辺りの空虚に浸透していく。

 そんな中、初めにそれを切り出したのは、知識を司る柱神であった。


「……“オーガロード”は、この規定の適用外です」


 どこまでも濁りがないのは相変わらず、だがつい先程までとは打って変わり、彼女の発声からは自信や覇気がすっかり失われていた。


「只今、説明させていただいた誓約に該当する者、天殿がその力をセーブする必要がある対象とは。あくまでシナットの配下、信徒に限定されます」


 ミヨは全身から滲み出る後ろめたさを誤魔化すよう、ぎこちなく眼鏡を持ち上げる。


「あの兄ちゃんはとりあえず向こうに(せき)を置いちゃいるが、どっちかっつうと何方(どっち)にも(ぞく)さねい、中立的な立場だぜい」


 純白の地平線に、深く渋みのある重厚な声が響く。

 ミヨの弁解を援護する形で、創造の神マトも天の説得に加わった。


「そんな訳で、自分が管理してねいヤツに『ルールもクソもねぇ』ってのが、シナットの野郎の言い分だよい」


「ただそれを言ってしまうと、天殿もその形式に当てはまってしまうやも知れませんが……」


「何を世迷いごとを言っておるのじゃ!」


 ここで生命の女神フィナが、()ったをかける。


「ダーリンは、千パーセント儂らの(がわ)じゃ‼︎」


 必死に天の説得を試みる他の二柱の気苦労などお構い無し。自己のアイデンティティを振りかざし、美しき女神は()えた。


「天地神明にかけて、ダーリンは儂だけのダーリンなのじゃあああ‼︎」


「じゃかあしい! 今はそういうことを言ってんじゃねいだろい⁉︎ つうか、いつまでオメェは俺の物アピールしてんだよい!」


「なんと見苦しい……同じ三柱として、女神として。全くもって嘆かわしい限りです」


「………………」


 いつの間にか、天の表情は険しいものから居心地の悪いものにすり替わっていた。

 どうやら緊張感のない三神ーー(おも)にフィナのせいだがーーのやり取りを見て、彼自身もすっかり毒気を抜かれてしまった様子だ。



「ーーしかし『オーガロード』とは、アイツもまた随分と仰々しい“あざな”を付けられたもんだな」


 フッと微笑を浮かべて、天は三柱たちを見やる。


「いい機会だ……そろそろ俺とアイツが『この世界』に(まね)かれた経緯(けいい)を、話してもらえませんか?」


 この天の言葉と共に、ふたたび()に静寂と沈黙が訪れる。

 ただ先刻までと違う点があるとすれば、それはカイトやアクリア、リナにシャロンヌも、その当事者としてカウントされたということ。


「……よろしいのですか、天殿?」


 静寂を破ったのは、またしてもミヨ。


「そいつを今ここでしゃべっちまっても、オイラ達は一向に構わねいが……」


「うむ。時を改めてという選択肢もあるのじゃぞ?」


 ほとんど間を置かず、マトとフィナからも了解と確認の声が上がる。

 三柱たちの慎重な姿勢は、言わずもがな、外野(がいや)の存在を気にしてのことだ。


「こやつらの前でそれを話してしまって、本当に()いのか、ダーリン?」


「もちろん」


 天は即答する。打てば響くような気持ちのいい返事で。


「カイト達になら、聞かれても何の問題もない」


 そう言った彼の声からは、一切の迷いも不安も感じられない。


 ……ラムにああ言った手前、少し後ろめたい気持ちもあるが……


 自分が『何者(なにもの)』なのかを仲間達に伝える、またとない機会。

 皆の方へは振り返らず、天はただその背中で。カイト、アクリア、リナ、シャロンヌに「聞いてくれるか?」と問うた……


「あたし、口が裂けても誰にも言わないのです!」


 それは自らの覚悟を示す咆哮(ほうこう)

 いの一番に天の決意を汲み取ったのは、彼の一番弟子である犬耳の天才女武闘士ーーリナだった。


「何があっても、天兄の信頼を裏切るような真似は、ぜぇえええったいにしないの‼︎」


「無論だ」


 続けざま、誇り高き女帝が宣言した。


「俺もこの場で耳にした事のすべてを、決して第三者には口外しないと……ここに誓おう!」


 高潔(こうけつ)なる魂の誓い。シャロンヌは己の胸に手を当て、天の意思に敬意を表する。


「……兄さんが何者だろうと、俺は花村天と同じ道を(あゆ)むともう心に決めてる。それはこれから先も変わらないし、(ゆず)らない」


 清涼(せいりょう)な物腰の中にも、揺るがぬ信念をその胸に秘め。知勇を兼ね備えた、誠実なエルフの青年は言った。


「こんな俺でも一応、兄さんの相棒(あいぼう)だからね」


 天の肩にポンと手を置き、カイトは涼しげな面持ちで心静かに微笑む。


 そして最後に、


(わたくし)は……天様のことを心からお慕い申しております!」


 サファイアの輝きを放つ髪を揺らして、自身の思いの丈をぶつけるーー麗しき青髪の姫君。


「何が起ころうとも私のこの気持ちだけは、未来永劫変わることはございません‼︎」


「「「っ………………!」」」


 刹那、リナは身を乗り出して(こぶし)を握り締めた体勢、シャロンヌは胸に手を当てたまま、カイトは天の肩に手を置いた状態で。まるで金縛りにあったようにその瞬間を維持(キープ)したまま、三人は各々の活動を停止させた。

 彼等は皆一様に、アクリアの魂の叫びに合わせて、心の中で(さけ)んでいた。


 ーー何故このタイミングで(あい)告白(こくはく)⁉︎


 カイト達は絶句するしかなかった。


 一見すると、アクリアの激白はカイトが天に伝えた言葉と類似しているようにも思える。されど、実際はかなりニュアンスが異なっていた。

 天の気持ちに(こた)えたカイトに対して、アクリアは自分の気持ちを答えただけに過ぎない。


 しかしながら、ソレにはそれなりの理由があった。


「たとえ何方(いずかた)様が相手であろうとも、私は決してこの気持ちを譲る気はございません!」


 そう申し述べたアクリアの視線の先には、自称『花村天の伴侶(ハニー)』こと、あの女神の姿が……


「ほう……」


 『面白い』と言わんばかりに、不敵に笑むフィナ。彼女はアクリアの確固たる意志を涼しげな顔で受け止めると、全身から神々しい光を放出し、自らの意向を示した。


 つまりはそういう事だ。


 自分の目の前で恋敵(フィナ)がさんざん『天は儂のダーリン』だとか、『ダーリンは儂だけのもの』だとか、なんの臆面もなく堂々と公言しまくっていたせいで。(つい)にアクリアは己の激情を抑えきれなくなってしまったーーぶっちゃけキレてしまったのだ。


「………………………………」


「………………………………………………」


 言葉を交わせない代わりに、互いの視線上で激しくぶつかり合う両者。

 それはアクリアと『五千円札』との決別ーーあくまでアクリアの一方的、個人的な事情によりーーを意味していた。


 ちなみに未だ一時停止状態の他のメンバーは、静止した状態のまま、頭の中で不平不満を繰り返していた。


 ーー時と場合を考えろ!


 と。


 ……最悪なの。せっかく天兄が自分の出生の秘密をあたし達に打ち明けようって超大事な時に……


 ……どうして今の流れから求愛や睨み合いに発展するのだ⁉︎ 思春期に入ったばかりの小娘(ガキ)でもあるまいし! お前も成年者なら、少しは自重しろ……‼︎


 ……この状況でそんな事を本人に伝えたところで、悪戯に兄さんの心を掻き乱すだけだよ、アクリア。まともな答えなんか返ってくるわけがないし、そもそもが場合じゃない……


 残念なことに、恋愛小説や少女漫画のようなノリで、アクリアの言動に感情移入する者は一人も居なかった。

 当然である。今優先すべきは天であって、自分達ではない。あくまでメインは彼なのだ。

 現に、カイトやシャロンヌやリナは、少しでも天の信頼に応えようと、少しでも天の不安と(うれ)いを(ぬぐ)おうと。各々が自分なりに言葉を探り当て、それを天に伝えた。

 天が安心して話を聞けるように、聞かせられるように。


 アクリアの気持ちも分からぬでもない。が、今はその気持ちに(ふた)をしなければならない場面だ。

 それは誰の目から見ても明らかだろう。

 なのに、天を困らせるような言行……ましてや自らの激情を爆発させて大切な話の場を引っ掻き回すなど、()()もいいところである。


「ーーありがとう、みんな」


 だが幸い? にも、当の本人はまったくアクリアの告白(既に二度目)に気づいていなかった。

 彼の脳内では、カイトが言ったことと同じ分類として処理されたようだ。




「では、お聞かせ願いますか? 俺とアイツがこの世界にやって()た、本当の“あらすじ”ってやつを」


 芝居がかった台詞を会釈に合わせて口遊(くちずさ)み、天は不敵に微笑んだ。


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