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第72話 奪還完了

 只今の時刻は23時50分。


 カイト、アクリア、リナ、そしてシャロンヌの四人は、天の注文通り、全員が動力車から降りて車外で待機していた。


「もうそろそろ日付が変わる時間帯か」


「アリスのこともそうですが、今日はとても濃密な時間を過ごした気がします」


「ほんと、激動の一日だったのです。色んな意味で」


「………………」


 山の天気は変わりやすい。外はパラパラと小雨が降っていた。しかし誰一人としてそれを気にする者はいなかった。むしろ興奮した体の熱冷ましには丁度いい。そう感じる者さえいた。


 皆はとっくに気づいているのだ。(てん)がこのタイミングで自分達に話しておきたい案件など決まっている。天は何らかの情報を敵の幹部から入手した。その事を報告する為、わざわざ自分達に『外で待て』と指示を出したのだと。



「待たせたな、みんな」


 程なくして、天が闇に覆われた森の奥から姿を見せる。


「天様!」


「天兄、お疲れ様なのです」


「早速で悪いが、俺からみんなに伝えたいことがある。それから、それについてのお前らの意見を聞かせてほしい」


 (ろう)をねぎらおうと駆け寄ってきたアクリアとリナを手で制し、天はすぐさま本題に入りたいと皆に告げる。

 無論、異論を唱える者はいなかった。カイト、アクリア、リナ、シャロンヌは、各々がその表情を一層に引き締め、天の(もと)へ歩み寄った。







「俺は反対だよ、兄さん」


 カイトが険しい顔で首を横に振った。


「兄さんの言わんとすることは分かった……。だけど、はっきり言ってリスクが多すぎるよ」


()て、(はや)まるなカイト」


 カイトの物言いに割って入ったのは、この場で唯一の『Sランク冒険士』であるシャロンヌであった。


「まずは、天殿の話を最後まで聞け」


「いいえ、この話はこれでお終いです。兄さんには悪いけど、そんな無茶な提案を受け入れるわけにはいかない」


 しかしカイトは、そのシャロンヌの説得すらも(がん)として聞く耳を持たなかった。


「シャロンヌさんもシャロンヌさんです。あなたは今、俺に早まるなと言いましたけど、俺から言わせてもらえば早まっているのは確実にシャロンヌさんの方ですよ」


「なに?」


「本来、シャロンヌさんは兄さんがこれからやろうとしている事を止める立場にあるはずだ。それを、事もあろうに兄さんに肩入れするような素振りを見せるなんて……」


 頭が痛いとでも言いたげに、カイトが額に手を当てて(かぶり)を振る。


「少し頭を冷やしてください、シャロンヌさん」


「聞き捨てならんな。俺はいたって冷静だ」


「とてもそうは思えないですね」


「なんだと」


 互いに声を張り上げたりこそしないものの、その目には絶対に(ゆず)れない、という二人の強い意志が込められているように思えた。

 そんなカイトとシャロンヌを、周りにいるアクリアやリナはーーもちろん天も含めーー特に仲裁に入るわけでもなく、ただ黙って静観していた。


 だがそれは決して我関せずと傍観しているわけではない。むしろ皆が皆、真剣に考えているのだ。天が自分達に聞かせた、新たな希望の光。仮に成功すれば、人類(ヒトガタ)を救う逆転の一手となり()る重要案件に対して、いま自分達がどう接するべきなのかと。



「フン、この際は俺が冷静かどうかなど別にどうだっていい……だがな? これだけは先に言っておくーー」


 シャロンヌは投げやりな態度で不毛な押し問答を打ち切ると、射るような視線をカイトに向けた。


「俺は、誰がなんと言おうと天殿を全面的に支持する!」


「……見解の相違ですね」


 シャロンヌとカイトはお互いに一歩も引く姿勢を見せず、その火花はさらに激しさを増す。


「この件については、たとえどのような結果になろうとも、全責任はこのSランク冒険士であるシャロンヌがとる!」


「そういう問題ではありませんよ、シャロンヌさん」


「カイト。お前は何も分かっていない。もし天殿の仮説をこの場で立証できたなら、それがどれほどの偉業か……これまでに、一体どれだけの者がソレを心から待ち望んでいたかを!」


「そんな事は、言われなくても分かってます! でもだからといって、せっかく助け出したアリス王女でソレを(ため)そうなんて、とても正気の沙汰とは思えない!」


 いつになく直情的なシャロンヌのさらに上をいく剣幕で、カイトが猛然と()えた。


「曲がりなりにもあの(かた)はランド王国の“王族”であり、何よりもアクリアの異母姉妹(いもうと)なんですよ‼︎」


「そして、王女(アリス)はお前の従妹(いとこ)でもある」


 見計らったように横から声が掛かった。拍車がかった二人のブレーキ役に回ったのは、やはりこの男だ。


「すまない、カイト。確かに今の俺の発言は、お前やアクに対して無神経なものだったかもしれん」


「兄さん……」


 自分に深々と頭を下げる天を見て、頭を冷やすように押し黙るカイト。天の謝罪が上辺だけの軽いものではないことは、誰が見ても明らかだった。


「俺の提案に対するお前の不平は、もっともなものだ。なにせ俺は、身の安全を第一に考えるべき相手である王女を、わざわざ危険にさらそうとしているんだからな」


 言いながら、天はゆっくりと顔を上げる。


 実を言えば、天はその(こころ)みによりアリスの生命が脅かされる危険(リスク)は極めて低いことを知っていた。もっと言えば、たとえそうなったとしても問題ないのだ。


 ……恐らく『生命(せいめい)(たま)』を使えば、最悪アリスが“瘴気(しょうき)”に犯されてしまっても全快(リカバリー)できる……


 そう。天には“生命の女神フィナ”から授かった奇跡の神アイテム、『生命の玉』がある。それを使用すれば、仮にアリスが瘴気の毒を受けてしまっても簡単に治療することが可能なのだ。

 しかし天はそのことをカイト達には伝えなかった。それが単なる詭弁(きべん)に過ぎないと分かっていたから。結局、この場合は自分が何を言ったところで、カイトが言うように、だからといって、になってしまうから。



「何をどう取り繕ったところで、これから俺がやろうとしている事はただの“人体実験”だ。それに対して、職務と人命を重んじるお前の怒りは妥当すぎる」


「………………」


 カイトは、ただ黙って天の声に耳を傾けていた。わざわざ何かを言う必要もなかった。何故なら自分が感じていた不平不満は、余すことなく天が謝罪の意を込めて彼自身の口から告げたのだから。


「……そうだね。普通に考えれば、兄さんがそんな当たり前のことを考慮しないわけがない」


 天の目を真っ直ぐ、そしてどこか申し訳なさそうに見返し、カイトは人差し指の先で軽く(あご)をかいた。


「俺の方こそ大事な話の途中で取り乱してしまってすまない、兄さん」


「お前が謝る必要はない。それにどちらかというと、俺はシャロンヌ殿がこの話に乗ってくれたことの方が意外だった」


「っ……!」


 水を向けられた瞬間、シャロンヌの目に動揺が走る。同時に、彼女にも並々ならぬ事情があるのだろうと瞬時に悟った天は、「失敬」と軽い会釈だけして、それ以上の追求はしなかった。



「では、改めて話の続きをするが。俺はカイトの考えが至極真っ当なものだと理解したその上で、みんなに提案する」


 淡々とした中にも熱を感じさせる語気で、天はその事をもう一度、仲間達に主張した。


「アリス王女に取り付けられた『奴隷の首輪』は、今この場で俺が破壊(はかい)するべきだ」


「理由を()いても……?」


 間をおかずに問いかけたのはカイト。だが先ほどとは違い。今回は頭から否定というわけではなく、とりあえず様子見の姿勢である。


「これはあくまで俺の推測だが、今の状態のままアリス王女を城に引き渡すのは、色々と(よろ)しくない」


 そんなカイトに頷きつつ、天は続けた。


「何より、彼女の首輪を外すチャンスがあるとすれば、今をおいて他にはない」


「はい。一度アリスを『ランド王室』に戻してしまったら、もう私達があの子と接触する機会は永久に失われてしまうかもしれません」


 断定的な天の判断を後押ししたのは、この中で最もランド王国の内情に詳しいであろうアクリアだ。


「もとより、それを口火にランドを内部から瓦解(がかい)させることこそが、あの者の謀略(ぼうりゃく)の一つだと存じます」


「そうなると、ランド王国の宰相『ゴズンド』が(くわだ)てた計画を、完全に阻止したことにはならない」


「それは……」


 痛いところ突かれたといった様子で、カイトが下を向く。


「だがカイトも言っていたように、まだ一〇〇パーセント俺が首輪を破壊できるか分からん状況でそれを試すのは、かなり危険な()けでもある」


「なのです」


 うんうんと頷きながらリナが相槌を打つ。


「加えて、もし仮に首輪を破壊することができたとしても、アリス王女が瘴気に犯されないという保証はどこにもない」


「くっ」


 天の言葉に呼応するように、シャロンヌは拳を強く握り締めしる。


「故に、俺ひとりの考えでそれを勝手に決めることはできん。それが仲間(アクリア)の身内ならなおのことだ」


「天様……」


 アクリアはしばし天を見つめた後、何かを決心したように口を開いた。


「ーー天様。アリスのことを、どうかよろしくお願い致します」


「「アクリア!」」


 カイトとシャロンヌが目を見開き、それぞれが焦りと歓喜の声を上げてアクリアの名を呼ぶ。


「カイト。天様がおっしゃられたとおり、このままアリスを王宮に(かえ)したとして、(まこと)の意味であの子を救ったことになるのでしょうか?」


 アクリアは天から視線を外すと、困惑するカイトの方へと向き直った。


「リスナ様はともかく、虚栄心(きょえいしん)の強いアレックスは、もう二度とアリスを日の当たる場所へは出さないでしょう」


「それはそうかもしれないけど……!」


「う〜ん。さっきのアクさんの様子からある程度は予想していたのですが、やっぱ王族ってみんなそうなのですか?」


「君主制のように決められた皇族、王族などが統治している国はどこも似たようなものだ。やつらは何よりも面子(メンツ)にこだわるからな」


 リナの問いかけに即答したシャロンヌの顔は、苦虫を噛み潰したように憎々しげなものだった。


「もちろん『ラビットロード』や『ナスガルド』などの例外もあるにはある。が、大概は“首輪付き”になった時点で国の恥部と認識され、周囲の鼻つまみ者として一生を送るだろう」


「分かってはいたけど、受け入れたくない現実なの」


「しかもそれが同じ王族ともなれば、扱いはさらに劣悪なものとなる」


「じゃあ、このまま城に帰しちゃったらアリス王女もーー」


「まず間違いなく、日陰者(ひかげもの)としてその生涯を終えるだろう。……いや、下手をすれば病死に見せかけて処刑される可能性すらあり得る」


「っ……」


 途端、カイトは苦悶の表情を浮かべて口を閉ざしてしまった。それは、少なからずカイトもシャロンヌやリナの意見に賛同してしまっている証拠である。

 この場合、シャロンヌとリナにその気はなかったのだろうが。結果的に、彼女達の会話がカイトの反撃の糸口を完全に絶つ形となった。



「そう……どちらにせよ今のままでは、王族としてのアリスは死んでしまうのです」


 アクリアはその哀愁に満ちた瞳で、何かを懇願(こんがん)するように天を見つめる。


「本当にいいんだな、アク? 妹君の命を俺に(あず)けても」


「はい……」


 己の覚悟を再確認させるような天の問いかけに対し、アクリアは(うやうや)しく頭を下げて答えた。


「どうか、天様のお力でアリスをお救いください」


心得(こころえ)た」


 瞬間、()き放たれた気迫が唸るような熱風となり、雨に濡れていたアクリア達の体を力強く包み込む。そのほとばしるほどの活力は、皆が抱える一抹(いちまつ)の不安など瞬く間に消し去ってしまう。


「俺に()かせろ」


 自信に満ち溢れた男の言葉は、どこまでも頼もしかった。




 ◇◇◇




 《サルクス霊園(れいえん) 南門入口》


 深夜の墓地というのは決まって薄気味悪いものだ。しかもそれが、国で定められた立ち入り禁止区域ならなおのことである。従って、こんな時間帯にこのような場所へ人が集まるということは、それなりの理由があるのだが……


「くそっ!」


 バン! と古びた塀を殴りつける、赤い髪の青年。


「まさか、冒険士どもに遅れをとるとは……」


 怒りで歪んではいるが、その青年の容姿は端麗(たんれい)の一言。さらに彼が身につけている衣服は、どれも高級感と気品が漂うものばかり。シミひとつない真紅のマント。美しい装飾を(ほどこ)された宝剣。一目見て身分の高い者だと分かる風貌だった。


「かくなる上は、この俺自らがシスト殿の元へ出向くしかあるまい」


「お待ちください、アレックス殿下(でんか)


 この若者の名は『アレックス』。ランド王国第一王子にして、次期国王の座に最も近い人物である。


「お気持ちは分かりますが、ここは少し冷静になっては」


「これが落ち着いていられるか!」


 近づいてきた腹心であるケンイの制止を振り払い。アレックスはその表情をさらに険しくする。


(ただ)でさえ我が国は、十一年前に王后(クリアナ)を奴等に奪われているのだぞ! それに加えてまた一人、王族の中から“首輪付(くびわつ)き”を出したとなればーー」


「……『ランド王国』の名は、今度こそ地に落ちる」


「そのとおりだ!」


 アレックスは忌々しそうに親指の爪を噛み、わなわなと体を震わせる。


「だからこそ、これ以上傷口が広がる前に、一刻も早くアリスをこちらで回収(かいしゅう)する必要があるのだ!」


 そう言うなり、アレックスは豪奢(ごうしゃ)なマントを(ひるがえ)し、乱暴な足取りで近くに停めてある黒塗りの動力車の方へと向かう。


「あ、あの、アレックス殿下」


 この場から立ち去ろうとしたアレックスへ躊躇いがちに声をかけたのは、彼のもう一人の腹心である御剣(みつるぎ)ユウナだ。


「なんだ」


「今お話ししたシスト様のもう一つの要件については、いかがいたしますか?」


「ともに連れていかれたアリスの腰元(こしもと)の件か? くだらん」


 そちらには興味なしといった顔で、アレックスが車のバックドアに手をかける。


「お前の方から王宮に連絡を入れ、城のメイド長あたりにでも調べさせろ」


「……承知いたしました」


「この非常時に一介(いっかい)の使用人の世話まで焼くなどと、正直、理解に苦しむレベルだ。まったく冒険士というのは、一体どこまでお人好しな連中なのだ」


 言いながら、アレックスはさっさと動力車に乗り込むと、腹心の二人を置いてその場を後にしてしまう。

 一方、残されたケンイとユウナは、しばし呆然とした様子で走り去る動力車を見送っていた。


 そして、


「わたし……わたしは……」


 アレックスを乗せた動力車が完全に視界から消えた直後、どういわけかユウナがその場にへたり込んでしまう。


「ケンイ様……わ、私たちはなんということを!」


「今は()えるのだ、ユウナ。さすれば、いつか我々にも必ずチャンスが巡ってくる」


「……はい」


「しかし形はどうあれ、アリス姫が奴等の“奴隷”にされずに()んで本当に良かった……」


「う、うぅぅ」


 (せき)を切ったようにユウナが泣き崩れる。そんな彼女を、ケンイはただ断腸の思いで眺める他なかった。




 ◇◇◇




「この(あた)りでいいか」


「………………」


 気を失っているアリスを湿った山肌にそっと座らせると、天は周りにいたカイト、アクリア、リナ、シャロンヌに声をかける。


「みんなは少しの間、ここから離れていてくれ」


「断る」


「嫌なのです」


 一も二もなく天の呼びかけを一蹴したのは、シャロンヌとリナである。


「ハハ、さすがにそれは水くさいよ、兄さん」


「いくら天様のお申し付けでも、それだけは聞けません」


 ほとんど間を置かず、今度はカイトとアクリアからも不同意の言葉が発せられた。


「いや、ほら、俺もともと状態異常にはならないからさ……」


「天殿。貴殿は絶対に成功させると我々に豪語したはずだ」


「言ってたのです。あたしも確かに聞いたの」


「ならば瘴気のことなど、初めから気にする必要などない」


「なのです!」


 またしても天の主張を即座に切り捨てるシャロンヌとリナ。何気に息ピッタリである。


「ハハハ、違いないですね、シャロンヌさん」


(わたくし)は、天様のことを信じております」


「……さいですか」


 妙に連帯感のあるシャロンヌやカイト達に若干気圧されながらも、天は微笑の気配を漂わせながらアリスの前で片膝をつく。なんだかんだ言っても、仲間達に信頼されるのは素直に嬉しいものだ。


 ……さて、始めるか……


 天はアリスの首筋を覆っていた銀髪を手でかき分け。現れた赤黒く光る見るからに頑丈そうな首輪、『ライブストの()』と呼ばれるソレを、強い眼差しで見据えた。


「シャロンヌ殿」


「なんだ」


「この首輪は、どれぐらいの衝撃(ショック)を受けたら瘴気を生成し始めるか分かるか?」


「普通に触るぐらいなら何の問題もない。が、ひとたび首輪を傷つけるほどの力を加えようものなら、首輪の中央にある装飾の発光が赤から紫色に変わり、それが瘴気を造り出す合図となる」


 そう言って、シャロンヌはアリスの喉元を指差した。


「これか」


 見方によっては大きな目のようにも見える薄気味悪い飾り模様。よく見れば、赤黒い光もこの装飾の中心部から流れ出ていた。


 ……それにしても、気持ちの悪い絵柄(デザイン)だな……


 天が不快そうにその装飾に()れた、次の瞬間、


「ん?」


 どういうわけか、『ライブストの輪』から出ていた光が弱まった。


「あれ? なんか今、天兄が(さわ)った途端に首輪の明かりが頼りなくなったのです」


 リナが不思議そうに小首をかしげる。どうやら勘違いではないようだと、天は咄嗟に離してしまった手でもう一度、『ライブストの輪』を触ってみた。


 するとーー。


「首輪の光が……消えた?」


「ど、どういうことなのでしょうか」


 カイトとアクリアも訝しげな顔をして身を乗り出す。目の錯覚ではない。もともと辺りは真っ暗な山の中だ。何かが光れば一際目立つし、逆に消えればすぐ分かる。


 天、カイト、アクリア、リナ、シャロンヌの五人は、確かに見た。天に触れられてから五秒と()たずに、『ライブストの輪』はその禍々しい光を完全に消失してしまったのだ。


「まさか、こんなことが……!」


 中でも一番それに驚いていたのはシャロンヌだ。彼女は信じられないといった顔で、発光が止まった『ライブストの輪』を凝視していた。


「首輪から“魔力”の流れがまったく感じられない……『奴隷の首輪』の機能が、完全に停止している」


「え!」


「なっ!」


「マジなのですか⁉︎」


「……そういうことか」


 皆が驚愕する中、天だけが合点がいったように人の悪い笑みを浮かべていた。


「こいつは嬉しい誤算だ」


「……天殿。できれば我々にも説明してもらえるとありがたいんだが」


 シャロンヌの視線が天に移る。


「いやな? 俺も確信はないんだが、おそらくあの事だと思う」


「あのこと?」


「ああ。実にどうでもいい話だったんだが、まさかこんな場面で役に立つとは、さすがに俺も思ってなかった」


「……?」


 珍しく回りくどい言い方する天に、シャロンヌのみならず他の三人からも怪訝な視線が集まる。天はそんな仲間達に背を向けたまま「悪い悪い」と軽く謝罪し。ある自由奔放な女神との談笑(だんしょう)を皆に話し始めた。


「俺が三柱神様の“英雄”に定められた時のことなんだがな? 生命の女神フィナ……まあ、俺の直属の上司にあたる神様なんだが。その女神様が俺にこう言ったんだよ」


『何か知りたい知識はあるか? なんでも儂が教えてやるのじゃ』


「ーーでだ。 俺はそんなフィナ様のありがたい申し出に、こう返した」


『俺に『魔動力(まどうりょく)のコンロ』は使えるか』


「ーーてな」


「「「「………………」」」」


 開いた口が塞がらないとはまさにこのことだろう。この状況での高低差もさることながら、なんてしょうもない事を柱神に訊いているんだこの人、という呆気にとられた顔で天を見る仲間達。

 ただこれも仲間全員が思ったことだが、神様相手にそういった談笑ができるのは世界広しといえどもこの男しかいないだろう、と。


 ……きっと、カイト達もあん時のフィナみたいな顔で俺のこと見てんだろうな、今……


 背中越しに仲間四人分の呆れた視線を感じながら、天は話を先に進める。


「結果から言えば、俺にも問題なく『魔動力コンロ』が使えることが分かったんだが、フィナ様はその事についてこうも付け足したーー」


『魔石を動力とする魔導器には、必ず機械の中に『動力生成装置』というものが内蔵されておる。その動力源(どうりょくげん)直接(ちょくせつ)触れたりせん限りは、お主でも普通に使えるのじゃ。お主の“魔法無効体質(アンチマジック)”は、直接触れんと発動せんからな』


「ーーとな」


「あっ、ああー‼︎」


 天の話し終わりに真っ先に声を上げたのは、自他ともに認める生粋のメカマニアであるリナだった。


「分かったのです! つまり『奴隷の首輪』は、それ自体が動力源……言ってみれば、瘴気の生成装置なの!」


「……だから首輪は、天殿が持つ特異体質(まほうむこう)制約(せいやく)に引っかかった」


 放心したようにシャロンヌが呟いた。


「それか、この気色悪い装飾がそうなのかもしれん」


 天が軽い調子でそう付け加えると、


「どちらにせよ、これでアリスが瘴気に晒される事はなくなったということですね!」


「まいったね。これじゃ、最初から俺の心配事はただの取り越し苦労だったことになる」


 アクリアとカイトが顔をほころばせる。


 ーー(あと)は。


「俺が本当にこの首輪を壊せるだけの力があるかどうか」


 刹那、天の全身を覆う闘気が膨れ上がり、漆黒の空に(まばゆ)い閃光が走る。


 ーー力量段階解放(レベルかいほう)


 Lv 150

 名前 花村 天

 種族 伝説超越種

 最大HP 65000

 体内LP 350万

 力 999

 耐久 999

 俊敏 999

 知能 150



 ☆★戦命力(せんめいりょく)・200000OVER(オーバー)★☆



 カンッッ! という軽快な金属音が辺りに鳴り響く。


 いつの間にか雨は止み、雲の隙間からは月がわずかに顔を出す。おぼろげな月明かりが映し出した天の両手には、綺麗に真っ二つに割れた『ライブストの輪』がしっかりと握られていた。


「……ぅ」


 アリスの唇がかすかに動く。だが喝采を上げる者は一人もいない。皆はただ呆然と、首輪が外れたアリスを見つめていた。


 静まりかえった夜気(やき)の中、天がその静寂を破るように(おもむろ)に立ち上がる。そして淡々と、それでいてどこか迫力を感じさせる声で、天はその言葉を口にした。


「ランド王国王女アリス、奪還(だっかん)完了(かんりょう)

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