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第70話 最後の問い

 《ソシスト共和国 冒険士協会本部》


 もうすぐ日付が変わろうという真夜中。冒険士協会会長シストのもとに、一本の無線通信が入った。



「なに、それは本当(ほんとう)かね‼︎⁉︎」


 ドバイザーに出てから一分は経っていなかっただろう。シストは座っていた自身の会長席から飛び上がる勢いで立ち上がった。


「よくやってくれた‼︎‼︎」


 通話をするシストの顔は、(よろこ)びに(あふ)れていた。


「ほんとうに……本当によくやってくれたのだよっ‼︎‼︎‼︎」


 シストは己の感情を抑えきれず、喝采(かっさい)を上げた。その声は、およそ深夜に流される音量ではない。


「シャロンヌさんから連絡を受けて、まだ三、四時間も経っていないはずなのに……」


 だが(かたわ)らに控えていた会長秘書であるマリーも、それをまるで注意しようとはしなかった。


「まさかこんなに早く、アリス王女を助け出してしまうなんて…… 凄いわ‼︎」


 それどころか、彼女もシストと同様、今にも飛び跳ねそうなほど歓喜に満ちた表情をしていた。



『ランド王国第一王女アリスを、無事保護した』



 それは先刻まで神経を()()らしていた二人にとって、()ちに()った吉報(きっぽう)であった。



「やはり、シャロンヌと君たち『(ゼロ)支部(しぶ)』の面々にアリス姫救出の(にん)(たく)した儂の選択は正しかった! がはははははは‼︎」


「天さんとシャロンヌさんが力を合わせれば、これは当然の結果ということですね、会長!」


「それとカイト君やアクリア君、リナ君達の働きも忘れてはいかんぞ、マリー? が〜〜はっはっは‼︎」


 お祭り(さわ)ぎとまではいかないが、それでも先程までの張り詰めた空気を吹き飛ばすかのように、宴気分ではしゃぎ合うシストとマリー。


「む?」


 されど、そんな賑やかな雰囲気も長くは続かなかった。


「儂に(たず)ねたい(こと)かね?」


 シストの笑い声がピタリと止まる。

 それに(ともな)い、シストはすぐ側ではしゃいでいたマリーを左手で制して、静粛(せいしゅく)(うなが)した。


「……ふむ。その儂に()きたい事とは何かね、カイト君?」


 シストの顔が真剣味(しんけんみ)を帯びた。


 通話越しに聞こえてくるカイトの声の重さは、シストのふんどしを締め直させるには十分だったようだ。



「うむ……それで……」


 話題が移ってから数回のやり取りの後、シストの表情からは完全に軽みが削ぎ落ちていた。


「……状況は理解した。だが生憎と、儂もそちらについて大した情報を持ち合わせてはおらんのだよ」


 シストは申し訳なさそうに肩を落とす。そんなシストの様子を見て、側にいたマリーの瞳にも不安と緊張の色が(にじ)む。


 ーーだがそれも数瞬(かずまどか)(あいだ)


相分(あいわ)かった! その三名(さんめい)については、儂の方で早急に調べよう!」


 シストはいつの間にか冒険士協会会長の威厳(いげん)をその()(まと)い。自らが作った重苦しい空気を跡形もなく払拭した。


「彼女達に関して何らかの情報が入り次第、()ってこちらから連絡する。……なに、気にすることなどない。これぐらいの骨折りは当たり前のことなのだよ」


 頼れる男の声でカイトにそう告げると、シストは矢継ぎ早にドバイザーの通信を切った。


「か、会長」


 シストが通話を終えたのを見計らい。マリーは恐る恐るといった面持ちでシストに声をかける。


「カイト君達はアリス姫とその世話役の侍女と(おぼ)しき少女一名を救出した。が、姫と共に誘拐された侍女の人数は、全員で三人いるはずなのだよ」


「あっ……」


 マリーが二の句を継ぐ前に(もたら)されたシストからの回答は、彼女に現状を把握させるには十二分なものであった。


「では残りの二人は!」


「未だ消息がつかめないそうだ……」


「……っ」


「現在、天君が単独でその侍女二人の行方(ゆくえ)を追っているそうなのだよ」


「……まだ祝杯を挙げるには早すぎたようですね」


 シストとマリーの表情はどこまでも暗く重い。これまでの人生の中で、それなり以上の修羅場を経験してきた彼等は知っているのだ。こういったケースでの消息不明は、ほとんどの場合はイコールで死を意味することを。



(ただ)ちにランド王宮へお取次ぎ致します」


「悪いが大至急頼むのだよ、マリー」


「はい。攫われた侍女の方々の名前はおろか、身体的特徴が何一つ分からない今の状態では、いかに天さん達でも捜索のしようがありませんわ」


 しかし、だからといって何もせずに(あきら)める訳にはいかない。そもそも『冒険士』という人種は、こういった危機的状況を(くつがえ)すことを生業(なりわい)としているのだから。


「それと、並行してランドの軍事専用回線の準備も頼みたいのだよ」


「ランド王国の軍事回線ですか?」


「うむ。グラス殿やリスナ殿は、今も血眼になってアリス姫を(さが)しているだろうからね? 早くアリス姫の無事を彼等に伝えねば」


「かしこまりました、会長」


 マリーは丁寧な所作でシストにお辞儀をすると、(すみ)やかに会長室を後にした。一方のシストも、そんな彼女の背中には目もくれず、自身の重役机から国際機関専用のドバイザーを取り出し、次々と暗号ロックを解除していく。


 もはや其処(そこ)に、お気楽な男女の姿はなかった。


「シスト会長、準備が整いました!」


「ご苦労。では早速、(つな)いでくれ」


 其処にあったのは、見紛(みまが)うことなき大国の王とその敏腕秘書の、(りん)とした風格であった。



 ◇◇◇



 表舞台でシスト達が行動を開始する傍ら、その裏では、一人の冒険士と闇人(やみうど)との陰惨(いんさん)な駆け引きが佳境(かきょう)(むか)えつつあった。



「さあ、次はいよいよ『クリアナ』について(おし)えてもらうぞ」


 芝居掛かったサディスティックな表情を作り、天は老夫の耳元で(ささや)く。


「彼女は今どこにいる。今も健在(けんざい)なのか?」


「……無論、まだ死んではおらん。クリアナは我等にとっても、貴重な奴隷の一人じゃからの」


「なら、その居場所は?」


「………………分からん」


 老夫がそう答えると同時に、彼の身体がとてつもない圧迫力で石畳に少しずつ()()んでいく。


「まま、待ってくれ‼︎ それについては本当に何も知らんのじゃよ! 特別な奴隷を管理する『ロッジ』の所在地は、各拠点の“管理者”たちに一任されておるのじゃ!」


(つづ)けろ……」


 天は老夫への圧力を緩め、話の続きを促す。


「クリアナを管理する“ハイアポストル”以外であの女の居場所を知る者は、限られた極一部の関係者と我々のさらに上に位置する“統括(とうかつ)管理者(かんりしゃ)”様たちだけなんじゃよ!」


「なるほど。つまりお前はその少数派には含まれてはいないと」


 天のその言葉に、老夫は無言で頷いた。


 ……やはりそう都合良くはいかないか……


 無表情をキープしたまま、天は心の中で嘆息する。実を言うと、この老夫の回答は天の予測の範疇(はんちゅう)であった。


「では次の質問だ」


 なので、落胆した気分を切り替えるのも一瞬で済む。それにまだ、クリアナに関しての情報を訊き出す手段は考えてある。


「クリアナを管理している信徒の()を教えろ」


「それは……」


『言えない』と顔に書いてあったが、天はそんな老夫の反応を見て密かにほくそ笑む。

 これは裏を返せば、この闇人はその者の名前を知っているという事に他ならない。


「俺は今、とても気分が良い。特別にお前への報酬を前払いしてやる」


「なに?」


 あとは、上手くソレを引き出せばいいだけのこと。


「お前を売った裏切り者の名は……ランド王国宰相『ゴズンド』だ」


 天は先ほどから用意していた疑似餌(ぎじえ)仮初(かりそ)めの報酬を、ここで使用した。


「ッ‼︎‼︎‼︎」


 途端、老夫の顔が驚愕と憤怒に色づけられる。


「やはり、やはりあの餓鬼(ガキ)かぁああああああああああ‼︎‼︎」


 天から(いつわ)りの真実(しんじつ)を聞かされた老夫は、頭から湯気を立てて怒り狂う。


「そうだ。ゴズンドは自らの命の保障を条件として、お前を俺達に売り渡した」


「おのれ、おのれおのれおのれおのれおのれおのれおのれぇえええええええええ‼︎‼︎」


「さらに付け加えさせてもらえば、ゴズンドは自分からその提案を俺達に持ちかけた」


 憤激(ふんげき)する老夫を押さえつけながら、天は案の定といった様子で火に油を注ぐ作業を続けた。


 少しでも老夫の理性を飛ばす為に。


「『あいつは好きにしていい』『自分の命だけは』と、何度何度も俺達に命乞いをするから、正直言ってうんざりしたぞ」


「ぜったいに、絶対に許さんぞっ! あの青二才めがああああああああああ‼︎‼︎」


「ーーさて」


 ……そろそろ頃合いだな……


 そう思った天は、今一度その質問を闇の信者に投げかける。


「もう一度お前に訊ねる……クリアナの管理者は誰だ?」


 すると、怒りに我を忘れた闇人はこう答えた。


「わざわざワシに訊く必要なぞあるか‼︎‼︎ 捕らえておるなら直接(ちょくせつ)本人(ほんにん)から訊き出せばいいじゃろ‼︎⁉︎ なにせクリアナを管理しておるのは、(ほか)でもない彼奴(あやつ)なのじゃからな‼︎‼︎」


「……ビンゴ……」


 花村天(はなむらてん)は、ついにその答えへと辿り着いた。



 ◇◇◇



 丸みを帯びた小さなヘッドライトに、平凡なフォルムの車体。その大きさから察するに、乗れるのはせいぜい四、五人が限度だろう。まあ有り体に言えば、日本中どこでも見かける軽自動車だ。


 だがこの世界では、例外なく動力車はすべて頭に超がつく高級品。例えるなら、昭和三十年代の白黒テレビや貧困国のエアコンなど、一個人や家族で持っているだけでステータスとなる私物だった。


 だからという訳でもないだろうが、その動力車はとても手入れが行き届いており、妙に愛着を感じさせる外見をしていた。



「ハァ〜」


 疲れた顔でデカイため息をつく、端整な顔立ちの犬耳女子。

 零支部の凄腕メカニックであるリナは。

 両手を頭の後ろで組みながら、少々行儀の悪い格好で車の運転席に座っていた。


「アクさん、ちょっとは落ち着いたの?」


「申し訳ありませんでした……」


 リナの隣の席、車の助手席に座っていたアクリアは、とても恥ずかしそうに俯いている。


「気持ちは分からないでもないのですが、少しは時と場合を選んでほしいのです」


「……返す言葉もございません」


 つい先程ようやく正気に戻った? アクリアは、只今リナにプチ説教をされていた。


「まだどこに敵が潜んでいるかも分からない状態なのです。だから、いくらカイトさんやシャロンヌさんが警戒してくれてるからって、自分自身が危機管理を怠っていいことにはならないの」


「……はい。リナさんのおっしゃるとおりでございます」


 リナの小言と共に、より一層に顔を赤く染めて肩を落とすアクリア。それを目の端で見ていたリナは、「もうこれぐらいでいいか」と崩していた姿勢を直し。微妙な空気感を元に戻す為、それとなく話題を変えた。


「それにしても、アリス王女との初対面がこんなふうになるとは夢にも思わなかったのです」


(わたくし)もです。まさか十年以上も顔合わせをしていなかった異母妹(いもうと)と、こういった形で再会することになるなんて……」


「あっ、や、そのっ」


 アクリアの悲しげな表情が目につき、リナは慌てて口を押さえる。確かに緊張感は戻ったが、明らかに温度調整を間違えてしまった。


「ま、まあでも、アリス王女を無事に助けられて本当に良かったのです!」


「『(たす)けられた』、ですか……」


 ただアクリアが辛そうにしているのは、それが(おも)だった原因ではないようだ。


「アクさん……?」


「このままアリスをランド王宮に返したとしても、本当の意味でアリスを救ったことにはならないのかもしれませんね」


 そう言いって、アクリアは憂いに満ちた(まなこ)で車のバックミラーに映るアリスを見つめていた。



 ◇◇◇



「くそっ!」


 (しわが)れた声の老人が、親の仇でも見るような目つきで吐き捨てる。


「じゃからワシは、初めから反対していたのじゃ! 幾らクリアナ獲得や資金調達での面で功績を挙げたとて、あのような若僧に此度の聖戦の指揮を任せるなぞ、荷が勝ちすぎると‼︎」


 天がクリアナを監禁している邪教徒(ゴズンド)について裏付けーーあらかじめ予想はしていたーーを取ってから、既に十分が経過していた。


 ……それにしてもよく喋る。少しばかり疑似餌が効きすぎたか? まあ、俺にとっては願ったり叶ったりだが……


 老夫は怒りに任せ、様々な情報を落としてくれた。


 十一年前のクリアナ王妃誘拐事件の裏事情。つい先日起こったヘルケルベロスの『エクス帝国』襲撃事件の首謀者。邪教徒の資金調達の手段。果てはアリスを誘拐した末端信徒を使役する、今回の事件の黒幕まで。


 ……大概の話は予想どおりだったが、それについての裏付けや確認が取れたのは収穫だった……


 もう十分に情報は得られた。


潮時(しおどき)か」


 天は感情のない機械のような声を漏らすと、静かに右の手刀を振りかざした。


 ……貴重な情報を提供してくれたせめてもの礼だ。痛みも恐怖も感じぬ一瞬の間で、お前の息の根を止めてやろう……


 胸の内で十字を切り、天が非情な刃を闇人へ振り下ろそうとした、その時だった。


「クククククク……」


 地の底から聞こえてくるような不気味な笑い声が、大広間に響き渡る。それと同時に、老夫の身体が見る見るうちに巨大化していく。


「クカカカカカカッ!」


 肥大した肉体は着ていた衣服を突き破り、いつの間にか根元から引き千切れていたはずの彼の者の右腕が、綺麗に再生していた。


「ようやく……ヨウヤクトキガミチタ」


 黒く変質した皮膚はあっという間に老夫の全身を暗色(あんしょく)に塗り潰し、眉間からは触角のような二本の角が生えてきた。


 その姿はまるで、


「まさに(おに)だな」


 ……何か狙っているのは気付いていたが、まさか鬼に()けるとはな……


 天は咄嗟に(また)がっていた老夫の背中から飛び退くと、そのまま神のスキルである『生命の目』を発動させた。



 《戦命(せんめい)(りょく)・2467/2800》



 その数値は、天が最初に計測した老夫のものよりもわずかに上昇していた。


「それがお前の奥の手、差し詰め『鬼人化(オーガディオレイト)』といったところか?」


「ヨクモコノ『バンザム』ヲ、サンザンコケニシテクレタナ」


 バンザムと名乗った闇人は、その姿形はもちろん、口から発せられる肉声すらも人のソレでは無くなっていた。


「そういや、もともとお前等のカテゴリーは魔物(モンスター)だったな。要は、それがお前等の本来あるべき姿と解釈するのが妥当というわけだ」


 その時、天の脳裏に浮かんだもの、


 ……だがこれで合点(がってん)がいった……


 それは目の前で巨大化したバンザムの対処法ではなく。この廃墟に入る前から感じていた、ある違和感であった……



 脅威 Cランク

 名前 外魔(がいま) スラッグ

 重量 120Kg


 脅威 Cランク

 名前 外魔 ダダン

 重量 210Kg


 脅威 Cランク

 名前 外魔 イル

 重量 60Kg


 脅威 Cランク

 名前 外魔 ジェシカ

 重量 71Kg



 ーー初めに正面玄関で殲滅した四人の争いの民の、重量(たいじゅう)の不一致。



 ……どいつもこいつも見た目より(おも)すぎると思っていたが……


 超一流の格闘家である花村天は、相手を一目見ただけでその人物の身体的特徴、身長や体重などの正確な値を見抜くことができる。無論、それは身体を覆い隠すような衣服(ローブ)を着用していても例外ではない(多少精度は落ちるが)。


 それを踏まえ、天が等級外(ぞうひょう)の邪教徒達に受けた主な印象は、『誰も彼もが重すぎる』というものだった。


 ……特に、『イル』という小柄な信徒と『ジェシカ』という細身の信徒は、せいぜい俺のドバイザーで計測された重量の三分の二いくかいかないかってところだろ……


 しかも、『イル』は区別しづらいが『ジェシカ』という名前は間違いなく女のものだ。


 天の記憶が正しければ、ジェシカはローブの上からでもはっきりと分かるほどスラッとしたスレンダー体型だった。そんな彼女が、七〇キロを超える重量を持つなど考え難い。


「最初は種族の違いってだけで、深い意味はないとも思ったが。あいつらも今のお前のように変身できるのなら説明がつく」


「ナニヲワケノワカランコトヲイッテイルノダ。アマリノキョウフデキデモフレタカ?」


「いや、なに。まだお前からは絞り取れるデータが残っていたようだから、生かしておいて正解だったと思っただけだ」


「……ソノヘラズグチ、スグニキケナクシテクレル!」


「そいつは楽しみだ」



◆◇花村天VS外魔バンザム・オーバーレイ◇◆



「タダデハコロサン! ソノメヲエグリ、シタヲヒキヌキ、シシヲサイテッ、ジワジワトナブリゴロシニシテクレルワ!」


「さて……」


 首をコキコキと鳴らし、天は目の前で熱り立つ一匹のオーガを見据えた。


 ……殺そうと思えば一瞬で終わるが、出来れば幹部(ハイアポストル)クラスの手の内を知っておきたい……


 意外にも、天は早期決着を望まなかった。しかしそれはある意味で当然のこと。何故なら、彼はバンザムの鬼人化を(わざ)と何もせずに傍観(ぼうかん)していたのだから。


 ……変貌を終える前にさっさと始末しようとも考えたが……


 天は()えて見逃した。

 より多くの実戦データを取る為に。

 自分(てん)以外(いがい)の誰かが高位等級使徒と相見える、その時の為に。


 ……正直、俺以外に今いる面子(メンツ)でこいつの相手が出来るのは、恐らく現時点でシャロンヌ殿ぐらいだろう……


 この管理者と呼ばれる闇人は、確かに戦闘の素人だ。だが同時に、純粋な力量で高い潜在能力(ポテンシャル)を秘めているのも事実だった。そもそも、大概の魔物は戦術やテクニックなどには頼らない。その卓越した肉体の強靭(きょうじん)さと異能力で戦うのだ。


 ……逆にそういったタイプは、攻略法さえ見つければ容易に倒せるものだ……


「まあ、カイトやリナ達の今後の為に、少しでも多くお前等の手の内を(あば)いてやる」


 この時、天の中で方針と目的が固まった。


「フン、ソレニシテモマッタクツイテオラン。セッカクドレイドモカラスイトッタ“マナ”ヲ、コンナドブネヅミアイテニツカワネバナラントハ」


 ……しかし、


「ツイセンジツモ、ランドニハナシガイニシテイタワシノ『リザードキング』ガ、ナニモノカニタオサレテシマッタバカリダトイウノニ」


「……………………は?」


 天の立てたプランは、彼の理性と共に音を立てて崩れ去った。


 ……こいつ、今なんて言った……?


 一瞬だった。


 バンザムが(こぼ)した何気ない言葉(ぐち)が、天の感情の許容限界を一瞬で満たしたのだ。


「セッカクチカラヲアタエテヤッタノニ、タイシタハタラキモセズニクタバリオッテ」


 にも(かかわ)らず、バンザムは()(ごと)を止めない。


「マッタクムダナトウシヲシタ。コンナコトナラ、ホカノモンスターニ“シンカノホウ”ヲホドコセバヨカッタ」


 それどころか、訊いてもいない諸事情までベラベラと喋り続けるバンザム。その真実は決して目の前の男にだけは伝えてはならない、禁断のブラックボックスだとも知らずに。


「………………」


 刹那、天の脳裏にあの時の光景が(よみがえ)る。



『……………………』


『てん……さん……』



 仲間を逃す為に自らリザードキングの生贄となり、瀕死の重傷を負った少年、(あつし)。そしてその少年を助ける為、あらん限りの勇気をふり絞ってリザードキングに立ち向かった猫型獣人の少女、ラム。


 ーー生まれて初めてできた友人達の、見るも無惨な姿が。



「……そうか」


 思わずゾッとするような純粋な殺意。身の毛もよだつ途方もない鬼気が、辺り一面の空気を凍らせる。


「アレの元凶(げんきょう)はお前だったのか……」


 臨界点を超えた怒りと憎悪が、その声には込められていた。


「ドウシタ? カオイロガワルイゾ。マサカ、イマサラオジケヅイタワケデモアルマイナ?」


「…………」


「ドウヤラズボシダッタヨウダナ。マアソレモムリハナイ。ナニセ、コレカラキサマハコノスガタノワシトタタカウノダカラ!」


 幸か不幸か。唯一相対するバンザムだけは、天の異変に気づいていなかった。


「ドウダ、イマカラワシニユルシヲコウナラ、ヒトオモイニコロシテヤランコトモナイゾ? ヒャハハハハーー」


 嘲笑(ちょうしょう)を浮かべたバンザムが、天に近寄ろうとした次の瞬間、


()れ」


 フッ! と、今まで目の前にいたはずの天の姿が、完全に自身の視界から消え去った。


「……ア、へ?」


 バンザムは何が起きたか分からなかった。

 ただ一つ分かったことがあるとすれば。

 自分の意思とは関係なく、あたかも絶叫マシンに乗った時のように目まぐるしく視界が変動したことだった。


「ヤケニカラダガ……アバヒャッ‼︎⁉︎」


 が、自分自身の身体に起こった異変だ。まるで危機感がない生物でも、当然に早い段階で気がつく。


「ワシノ、ワシノテアシガァアアアアアアアアアアアアアア‼︎‼︎‼︎」


 文字通りの()()き。


 鬼人化したバンザムの巨大な肉体は、瞬く間にバラバラにされていた。


「見ていて(あわ)れだな。敵との絶望的な戦力差も見抜けずに、気を大きくしている奴というのは」


 カツン……カツン……と、死神の足音が近づいてくる。


「ヒ、ヒィィッ!」


「たかだか雀の涙ほど力が増した程度で、俺に勝てる(ゆめ)でも見たか……?」


 絶望を与える冷淡な声は、既に敵対者に対して慈悲の欠片すら残っていなかった。


「タタ、タスケテクレ! イ、 イノチダケハ……!」


 首と胴体半分だけになった不満足な五体をジタバタさせ、死の恐怖におののくバンザム。そんな(むご)たらしい姿に成り果てた闇人を冷たく見下ろし、この場の絶対者は悪魔の宣告をする。


「これから俺が、お前に最後(さいご)質問(しつもん)をする。この問いに限っては、無理に答える必要はない」


 そして男はこう続けた……


「この俺が、魔物(まもの)命乞(いのちご)いを()()れるような(やつ)に見えるか?」


「ア、アア……アアア……」


 もはや是非も無し。

 闇の使徒は断末魔すら上げられずに、深い奈落の底へと落ちていった。

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