第65話 仲間
時間は少し遡り、ランド王国最西部の山奥に所在する廃僧院に黒衣の集団が出現する、二時間ほど前。
「ふぅ……」
堂々たる体躯の老紳士が、身につけたネクタイを緩めながら深いため息をつく。
彼は気疲れした顔を取り繕おうともせずに、ただ毎日歩き慣れた廊下を惰性的に歩いていた。
「ひとまず、彼等の関係性を気取られるような展開にはならなかったが」
何かを思案するように呟いた老紳士の言葉は、安心とは程遠いものだった。
「まだまだエイン殿やローレイファ殿の動向には、気を張らねばなるまい」
老紳士はこのフロアの最奥にある部屋の前まで辿り着くと、ノックもせずにドアノブに手をかける。その部屋の黒いドアには、『会長室』と書かれたプレートが付けられていた。
「シスト会長……お疲れ様でございます」
シストが会長室のドアを開けると、すぐさま畏まった辞儀で迎えられた。
見れば、中にいたスーツ姿の女性エルフが深々と頭を下げ、部屋に入室するシストを待っていた。彼女のその姿勢は、挨拶というよりもシストに謝罪しているように思える。
「まだ残っていたのかね、マリー」
「申し訳ありません……」
今度は間違いなく謝罪の言葉を述べ、マリーはゆっくりと顔を上げた。
「ですが、このような緊急時に、会長の秘書である私がお暇をいただくわけには!」
「……マリー、今日はもう帰って休みなさい」
当然、シストのこの言葉はマリーを追い込むものではなく、単純に彼女を気遣ってのものだ。
「大丈夫。あとは儂一人で十分なのだよ」
シストが思わず心配してしまうほど、マリーの顔は酷い有様だった。真っ赤に泣き腫らした目と涙の跡に崩れた化粧が悲壮感を漂わせる。痛々しくてとても見ていられない。その原因を作ったのは他でもない自分だ、と責任を感じているシストは、余計に彼女のことを案じてしまう。
「……先ほど、シャロンヌさんから連絡が入りました」
「ッ!」
途端にシストの表情が引き締まる。明らかに場の雰囲気が変化した。
第三者の目から見れば、マリーが上手く話を変えたようにも思えるが、そもそも今はそういう状況なのだ。
「“邪教徒”の潜伏場所に目星がついたようです。場所は、ランド王国の最西部に広がる山岳地帯とのこと」
「やはり、シャロンヌを呼んだのは正解だったようだね」
「いえ、そのことなんですが……」
マリーはそのシストの考えを肯定せず、代わりに真実を彼に伝えた。
「賊の潜伏先を特定したのは、天さんだそうです」
「なんと! それは本当かね⁉︎」
思わぬマリーからの報告に、シストは我知れず身を乗り出す。心なしかシストの表情は期待感に満ちていた。
「はい。さらに驚くことに、シャロンヌさんは今回の作戦の指揮を天さんに一任するともおっしゃっていました」
「ふ、ふふふ……が〜はっはっははははは‼︎」
次に出てきたマリーの言葉が期待通りだったのか、シストは堰を切ったように笑い出す。
「流石は天君だ‼︎ よもやこれほど早く、あのシャロンヌから信頼を勝ち取るとは! がははははははっ‼︎」
男の笑い声は、天とシャロンヌの間に一体何があったのか、その全て理解したという意思表示でもあった。
「正直、信じられません。あのプライドの高いシャロンヌさんが、作戦の指揮権を他者に譲るなんて。しかもそれが邪教関連のものなら、尚更ですわ」
「気づいたら互いを認め合っていた……“仲間”とはそういうものなのだよ」
シストは優しいげな微笑みを浮かべ、日頃から座り慣れた自らの重役椅子に腰を下ろした。
◇◇◇
「フン、何が『惜しかったな』だ……ブツブツ」
ぶつくさと不満を漏らしながら地べたに腰を下ろす、紫髪の美女。体育座りで地面に座り込むその姿は、何やらいじけているようにも見えた。
「おい。あんたのその格好でそんなふうに地面に座ったら、尻が汚れるんじゃないか?」
「下にマントを敷いているから問題ない。いいから少しほっといてくれ」
すぐ側にいた筋肉質の男が声を掛けても、彼女は背を向けたまま動こうとしない。
尚、その女性の身なりは、ビキニのような上下に腰丈ほどのマントを羽織っただけという、極めて露出度の高いものだった。
「シャロンヌ殿、もうそろそろ機嫌を直せ」
「くそっ。とどのつまり、天殿は俺との決闘で実力の半分も出してはくれなかったんだな」
天が根気よくシャロンヌに話し続けると、彼女はようやく天の方に顔を向けた。
「こちらはあらゆる手段を使い。貴殿に勝つため、決死の覚悟であの決闘に臨んだというのに……」
けれど、シャロンヌは依然として地面に座ったまま立ち上がろうとしない。その上、天のことを見るシャロンヌの目は、これでもかとやさぐれていた。この場合、彼女を説得できたとは言いがたい。
「悪いな、シャロンヌ殿。俺が全開でやると、その気がなくとも奴等に警戒される恐れがある」
そう言いながら、天は態とらしく神妙な顔つきを作る。
「例えば、『もうすぐこの山で噴火が起こる! 早くここから逃げないとヤバイ!』……とか?」
「……普段の俺なら、貴殿のその馬鹿げた冗談を鼻で笑うところだが。正直、今はどう反応すればいいのか分からん」
天がふざけ半分で口にしたジョークに、シャロンヌはまったく笑えない、と頭を振る。事実、天が繰り出した技の余波で森の木々が薙ぎ倒されているのだから、彼のこの軽口は、天以外の者には頗る重いものだった。
「それにしても、アレは衝撃的な“能力値”だったのです」
「ああ。実際にこの目で確かめて、改めて度肝を抜かれたよ」
「神懸かり的なステータスもそうですが。天様が所持されている“スキル”も、見たことのないものばかりでしたね」
「まあ、そうだろうな。俺の持つスキルは今説明した『体内力量段階操作法』も含めて、ほとんどが神様から授けられた特別なものだし」
「この理不尽大王め……」
自慢とも取れる天のセリフに噛みつきつつ、シャロンヌは更にそのテンションを下げて塞ぎ込んでしまう。
そもそも何故こうなったかと言うと、それはカイトの何気ない一言から始まった。
◇◇◇
「そう言えば、兄さんはもう、自分専用のドバイザーを持ってるんだよね?」
「ああ、持ってるぞ。とりあえず一通りの機能も使えたから、多分まともなドバイザーだ」
「ならこの際だから、俺達と『パーティー登録』をしておかないかい? その方が、今後も何かと便利だと思うし」
このカイトの提案に、零支部の女性職員二人が光の速さで食いついた。
「それは妙案です‼︎ 直ちに行いましょう‼︎」
「すぐにやるのです!今すぐ天兄とパーティー登録するのです‼︎」
「……カイト達とパーティー登録か……」
興奮気味のアクリアとリナとは対照的に、天は不安げな顔で何かを思案していた。
「出来ることならしたいんだがな」
「どうしたんだい、兄さん? 浮かない顔をしているけど」
「いやな? 俺のこの“体質”が、カイト達のドバイザーに弊害をもたらす可能性もゼロとは限らんだろ?」
天が神妙な面持ちでそう答えると、カイトは納得したように「なるほど」と頷いた。天の説明は掻い摘んだものだったが、カイトにはそれで十分に伝わっていた。勿論、それは他の仲間達も同様である。
「その心配はない」
「多分、大丈夫なのです」
そう主張したのは、魔法術のスペシャリストであるシャロンヌと、魔導機器のエキスパートであるリナだった。
「天兄の特異性は、直接的に干渉しないと発動しないのです。だから、ドバイザー同士なら問題ないの」
「そういうことだ。確かにドバイザーは、人型の半身とも言える必携の装備だろう。しかしだからといって、持ち主の体質までコピーするような大それたものでもない」
「仮に天様の危惧するような状況に陥ろうとも! 天様とパーティー登録ができるのなら本望でございます‼︎」
「そ、そうか」
一人だけ主旨のずれたことを大声で叫ぶアクリアにたじろぎながら、天はズボンのポケットから自身のドバイザーを取り出した。
「それじゃ悪いんだが、試しに俺とパーティー登録してもらってもいいか、カイト?」
「ハハハ、もちろんさ。もともと俺が兄さんに持ちかけたことだしね」
同じくカイトも、自らのドバイザーを取り出して、天の方へと歩み寄ろうとした。
その時だった。
「…………またしてもカイトに」
彼の背後から底冷えするような声が聞こえてきた。
「カイト。貴方はレディーファーストという言葉をご存知ですか……?」
「いや、もちろん知ってはいるけど、今回の場合は話が違うだろ⁉︎」
身も凍るアクリアのプレッシャーに晒されたカイトは、肩をビクンッと震わせながら振り返えらずに答える。
言ってみれば、カイトは毒見役を引き受けたようなものだ。この場合、譲るというよりも押し付けるという表現が正しいだろう。従って、レディーファーストという言葉は適用されないはずなのだが。
『ここで女性の君を優先させるのは、それこそ男として色々と駄目だろ⁉︎』
『私は、いっこうに構いません‼︎』
念話を用いて激しくぶつかり合う両者。まあ何れにせよ、もうタイムアップのようだが。
「カイト、早いとこやっちまおう」
「あ、ああ」
まだ物言いたげなアクリアを尻目に、カイトは手にしたドバイザーの画面をタッチ操作する。
「状況が状況だからな。あまり悠長に構えてもいられん」
「違いない。じゃあ、俺が今から手順を説明するから、兄さんはついて来てくれるかな?」
「了解だ」
それから数分と経たずに、天とカイトは無事にパーティー登録を完了した。
「普通に出来たな……」
「シャロンヌさんとリナの言ったとおり、どうやら取り越し苦労だったみたいだね」
感慨深くドバイザーの画面を眺めている天を、カイトは微笑ましげに見守る。やはり、天も本音では自分達とドバイザーを繋げたくて仕方なかったのだろう、と。
「ではっ、次はいよいよ私が‼︎」
「天兄、あたしの方はもう準備バッチリなのです。あとは天兄にパーティー登録の承認をしてもらうだけなの」
リナはそう言って、既に登録手順をあらかた終えた自分のドバイザーを、無駄のない動作で天に手渡した。
「おう。サンキューな、リナ」
「こちらこそなのです」
「…………」
アクリアは恨めしそうにそのやり取りを眺めていた。こういう時、要領の良さでリナを出し抜くことは、今の彼女では荷が重い。
「次こそは……」
よくわからない意気込みを呟きながら、アクリアはドバイザーの登録画面を開くのだった。
「シャロンヌ殿。あんたも早く、自分のドバイザーを貸してくれ」
「なに?」
シャロンヌは目を丸くする。見れば、周りにいたカイト達もその天らしからぬ行動に驚いていた。
一方、天は呆気にとられている皆を余所に、ドバイザーの画面をスワイプ操作しながらシャロンヌに詰め寄る。
「作戦まであまり時間もない。 さっさと済ませよう」
「それはつまり、天殿は俺ともパーティー登録をする気なのか……?」
まさか自分に声が掛かるとは思ってもみなかったのだろう。シャロンヌは思わず天に訊き返してしまった。
「……え?」
それが引き金となり、天はいったんドバイザーの画面から視線を外して、顔を上げる。
「あ、いやっ」
直後、天はかつてない慙愧の念に襲われた。この場の微妙な空気とカイト達の反応を見て、天は色々と我に返ったのだ。
「これは、その、だな……」
天は心底しまったと思ったが、時すでに遅し。
少し考えれば分かることだった。世に知れ渡るほどの著名人、それなり以上の地位を持つシャロンヌに対し、気軽にアドレス交換(パーティー登録)を求める図々しさを。何よりも、昨日今日会ったばかりの年頃の異性に個人情報を訊くような真似を、普段の天なら絶対にしない。こういった他者との距離感に人一倍に気を使うのが、花村天という男だ。
しかし、念願だったカイト達とのパーティー登録を成し遂げた高揚感。加えて先刻の決闘でシャロンヌに抱いていた不信感と警戒心が完全に取り払われた故に、知らず知らずのうちに気を許していた、とだけ言い訳しておこう。
「もちろん無理にとは言わん。変なことを言って悪かったな」
この話はもうお終いと言わんばかりに、天はそそくさとドバイザーを仕舞おうとする。必死に無表情を取り繕ってはいるが、彼の胸の内は羞恥心で埋め尽くされていた。
「待ってくれ!」
そんな天を見て、シャロンヌは慌てて自分のドバイザーを胸元から取り出した。
「べ、別に嫌だとは言ってないだろ!」
彼女の方も同僚からパーティー登録を誘われるなどここ数年は記憶になかったため、つい面を食らってしまったが、別段それ自体に抵抗があるわけではない。
寧ろ、天と何らかの繋がりを持ちたいシャロンヌにとって、本人からのこの申し出は非常に有り難いことだった。
「いま準備するから、少し待っていろ」
「気にしないでくれ。流れでとりあえず誘ってみただけだから」
「えっ?」
「あくまで建前で訊いてみただけだから」
「ちょっ、おい!」
「もうこの話は終わりにしよう。ほら、あまりしつこい男はシャロンヌ殿も好かんだろ?」
「だからと言ってあっさりし過ぎだ! たとえ社交辞令でも、自分から声を掛けたのならもう少し粘るのが、女に対する礼儀というものだぞ‼︎」
「分かった。ではあらためて……調子に乗っちゃって、すみませんでした」
「ちゃんと謝れとも言ってなぁああああい‼︎」
結局、シャロンヌが半ば強引に天からドバイザーを取り上げ、強制的にパーティー登録を完了させたのであった。
◇◇◇
Lv 23
名前 花村 天
種族 伝説超越種
最大HP 10000
体内LP 340万
力 420
耐久 452
俊敏 410
知能 150
特性 ・ 全体防御力アップ(効果大)
生命の目 神知識共有 魔法無効体質 状態異常無効 練気法 体内力量段階操作法 力調整法 武闘Lv99
備考
フィナのダーリン♡ 闘技創始者(中二)
試しにと開いた天のステータスページを見て、カイト、アクリア、リナ、シャロンヌの四人は、思わず唖然とする。
……お、いつの間にか『力量一段階レベル』が二も上がってる……
などと軽いノリでカイト達のドバイザーを覗き込む天とは対照的に、
「この兄さんの種族……“伝説超越種”って読むのかな?」
「スキルレベルが99とか、規格外にもほどがあるの」
「何だこの『体内LP』とは? 見たことも聞いたこともない能力値だぞ。いや待て、それにこのLvは……」
「……天様。この備考欄に記載されていることについて、いくつかお訊ねしたいことがございます」
カイト達四人は、自らのドバイザーに映し出された天のステータスを食い入るように見ていた。
「名称はそれで合ってる。『レジェビエント』とも読むらしいがな」
「レジェビエント……随分とスケールの大きそうな名称だね」
得意げになるというわけでもないが、天は仲間達が抱いた疑問を一つずつ丁寧に解説する。
「人型がS超えの戦力を持つと、自動的にその種族名になるそうだ。まあ、俺のベースはあくまで“人間”だがな」
「つまるところ、人型のSランクと言った感じかな? 兄さんに当てはめると妙にしっくりくるね」
「それと『武闘Lv99』というスキルは、“生命の女神”であるフィナ様が俺の実力に応じて適当に宛てがっただけの、言ってみれば張りぼてのスキルだ」
「女神様が名付けたってだけで十分過ぎるほど凄いのです。それに、裏を返せば、天兄はそれだけ三柱神様に認められてるってことなの」
「ハハ、違いない」
至極納得のいく理屈だと、カイトとリナは何度も頷いていた。
「あと『体内LP』ってのは、俺が体に蓄えている“練気”の総量のことを表している」
「さっき天殿とリナが話していた、魔力とも身体能力とも違う、奇妙な力のことだな」
「口で説明するのは難しいが、俺は自然界の生命エネルギーを吸収して、自らの力に変換できる」
「なるほど。貴殿のその馬鹿げた強さの秘密は、そういった要因が凝り固まって成り立つわけか」
「それから、その備考については俺に訊かないでくれ。フィナ様が悪ふざけで用意しただけの実のない題目だ」
「左様でございましたか……」
「正直に言わせてもらうと、それには俺もほとほと参ってる。できることなら、今すぐ消去したい」
「抗えない事とはいえ、このような虚偽を身に受けるなど、天様もさぞお辛い思いをされていたのですね」
余談だが、この時を境にアクリアの財布から五千円札が姿を消したという。
「もう一つ、天殿に訊ねたいことがあるのだが」
天が皆の質問に一通りの回答を示したその矢先、シャロンヌはまだ何やら腑に落ちない顔で、自らのドバイザーに映る天のステータスを見ていた。
情報提供をしてもらうのは此方のはずなんだが、という疑問を抱きつつも、天はそのようなことを噯にも出さずに、シャロンヌとの質疑応答に移る。
「俺で答えられることなら」
「では訊くが、貴殿の“ステータスLv”は『100』ではなかったのか?」
「「「…………」」」
その疑問をシャロンヌが口にした途端、他の仲間達の表情が瞬時に固定された。まるで、仲間内で聞きにくい事をズバッ!と聞いているところに居合わせた時のリアクションだ。
「……その質問に答える前に、俺の方からもシャロンヌ殿に訊きたいことがあるんだが」
ただ一人、天だけが物言いいたげな目をシャロンヌに向けていた。
「なんだ?」
一方のシャロンヌは、質問を質問で返されて明らかに不満げな声で返事をする。しかし、
「何で今日初めて見るはずの俺のLvに対して、あんたが疑問を感じるんだ?」
「え? あ、それは、その……」
先程とは真逆に、今度はシャロンヌが言葉を詰まらせた。天からあまりに至極真っ当な疑問を投げられた彼女は、自分が訊ねた内容の不自然性に気づいたのだ。
……多分、おっさん辺りだな……
天は小さくため息をつく。ちなみにだが、カイト達の方も気まずそうに目を泳がせていた。
「まあいい」
答えの分かりきった事をこれ以上、訊いても仕方がないと、天は早々にこの質問を切り上げる。
実際のところ、天もシャロンヌのことを少し困らせてやろうと思ったぐらいで、徹底的に糾弾するつもりなどハナからなかった。
「ぶっちゃけると、俺は自分のレベルをある程度なら調整することができる」
「なっ⁉︎」
気まずげだったシャロンヌの表情が瞬く間に驚愕に染まった。当然、それは周りにいたカイト達も同じだ。
「俺のスキル項目の中に、『体内力量段階操作法』というスキルがあるだろ」
「あるのです! 見たことも聞いたこともないスキルなの!」
天の言葉に勢いよく相槌を打ったのはリナだ。こういう時、自分の知識欲と好奇心を優先させる彼女の姿勢は、会話を円滑に進めたい天にとっても有り難いものだ。
「このスキルは、“創造の神”であるマト様から頂いたものでな。簡単に説明すると、自分の力量を五段階に分けられるスキルだ」
「それはつまり、兄さんが調整可能な『Lv』は五つあるってことかな?」
そのカイトの問いかけに、天は短く頷いた。
「正確に言えば、今の俺が調整できる力量の内、『23』は第一段階のものになる」
「それではっ、天様の真のステータスは……!」
「単純にその五倍、つまり『115』だ」
「……」
「…………」
二の句が継げないとはまさにこのこと、皆はその事実に息を呑む。
「ついでに言わせてもらえば、俺は緊急時以外、大概は自分の力量を第一段階まで下げてる」
「何故だ?」
シャロンヌは反射的に天に訊き返した。これは疑念というより興味本位に近いものだろう。
「色々と理由はあるが、一番は警戒されないためだな。俺が本気を出すと、ただそこに存在するだけで生物の警戒心や危機感を誘発することに繋がる」
「これはまた、随分と大仰な物言いだな?」
「事実なのです」
「ええ。兄さんの言っていることは、決して大袈裟でも虚勢でもない」
嘗て、天の本気を身を以て体感したリナとカイトが、失笑するシャロンヌに意見する。しかしシャロンヌは、その言葉に聞く耳を持たないフリをした。
「生憎と俺は、実際に自分の目で確かめんと信用せん。これは、さっきも言ったことだがな?」
言いながら、シャロンヌは悪戯な笑みを浮かべて天を流し目で見る。それは、挑発というよりもおねだりに近かった。
……別に見せるのは構わんのだが……
天は躊躇った。とある理由から、天は零支部のメンバーの前では自身の『Lv』を最大値まで上げたくなかった。
だが、
「天様、よろしいのではないでしょうか?」
「シャロンヌさんもその目で確認すれば、否が応でも認めざるを得えいしね」
「なのです。だから、あたし達のことは気にしなくても大丈夫なの!」
その仲間達からゴーサインが出てしまっては、彼も首を縦に振るしかない。
「……分かった。じゃあ一段階ずつ俺の力量を上げていくから、みんな各々のドバイザーで確認してくれ」
この時、『いきなりではなく順を追って』という天の言葉の意味を正確に理解したのは、リザードキング討伐の折に嘔吐してしまったリナと、一時的とはいえ動力車から出られなくなってしまったカイトだった。
二人は互いに目配せして、自らを奮い立たせるように強く拳を握った。
そして……
Lv 115
名前 花村 天
種族 伝説超越種
最大HP 40000
体内LP 340万
力 910
耐久 950
俊敏 888
知能 150
天の偽らざる真のステータスを目の当たりにしたカイト達四人は、あまりの襲撃に言葉を失った。
否、ステータスだけではない。天の全身から漲る圧倒的なオーラに当てられ、仲間達は息を吸うことも罷り成らなかった。
……しかし、それも一瞬。
「もう十分だろ」
天は体を硬直させるカイト達を視認し、すぐさま力量を下限値まで抑える。
正直なところ、天はこうなる事が目に見えていた。だから自身のレベルを限界まで下げていたのだ。敵は勿論のこと、下手をすると味方の恐怖心まで煽ってしまうから。
「天殿……最後にひとつ訊きたいことがある」
皆が天の放つSSランクのプレッシャーに解放され、その表情を和らげている最中、シャロンヌだけが一層に深刻そうな顔で重々しい雰囲気を継続していた。
「くれぐれも正直に答えてほしい」
「何でしょうか?」
その真に迫るような彼女の姿勢に、天は反射的に敬語を使ってしまう。
「先の決闘で、天殿は一体、どの段階の力量で俺と戦っていたのだ?」
「…………………………一番下」
そして話は冒頭に戻る。
「これではまるで、俺だけが道化じゃないか!」
「いや、それはだな……」
「お待ちください、シャロンヌさん! 天様は決して、シャロンヌさんを過小評価していたわけではございません!」
困っている天を見かねて、アクリアがすぐさまフォローにまわる。
「でも、侮っていたのは事実なのです」
「まあ、序盤の兄さんの戦い方を鑑みると、否定できないかな」
「カイトっ、リナさん!」
しかしアクリアの助け舟は、他二名の仲間達の手により、敢え無く撃沈した。
「むしろあたしは、シャロンヌさんがあの決闘のルールで、天兄を相手に一分以上もったことの方がびっくりなのです」
「ああ。俺もまさか、兄さんがシャロンヌさんを相手に『闘技』を使うなんて、思ってもみなかったよ」
明らかにトゲのある言い回し。聞きようによっては自分を見くびるようなカイトとリナの言葉に、シャロンヌは眉をひそめる。
「……お前たち、聞こえているぞ」
「「聞こえるように言ってますから」」
カイトとリナは、申し合わせたようにはっきりと言い切った。二人は脅迫じみたシャロンヌの苦情を、瞬く間に無力化する。
「だいたい、自分を低く見せて天兄が嘗めてかかるように仕向けたのは、シャロンヌさん自身なのです」
「うっ、それは……」
「そうだね」
カイトはリナの意見に相槌を打ちつつ、続けてシャロンヌへ追い打ちをかける。
「さらに付け加えるなら、兄さんがその『力量を制御』していたのは、他でもない現在遂行中の任務のため。それに文句をつけるのは、プロとして如何なものかと思いますよ?」
「……カイト。お前はもっと、女に優しい奴だと思っていたぞ」
「ハハハ、場合によりけりですよ、シャロンヌさん」
爽やかに微笑むカイトをジト目で睨んだ後、シャロンヌは渋々と立ち上がる。
一度シャロンヌの不平不満を引き受けてから、続けざま正論をぶつけて黙らせる。その流れるような一連の掛け合いは、見事の一言。流石は零支部一の苦労人と、零支部一の頭脳派と言ったところか。
「まったく、この俺をこんなぞんざいに扱うのは、全冒険士の中でもお前たちぐらいだ」
「それが仲間ってもんだろ? 分かったらもうあきらめろ」
「フ、フンッ!」
シャロンヌは思わずそっぽ向く。せめてもの皮肉を言ったつもりが思わぬ反撃を受けた。ただ不思議と、シャロンヌは天に言われたその言葉を否定する気にはならなかった。




