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第63話 譲れないもの 下

 (つき)()かりが降り注ぐ森の、小高い丘の上。


 真剣な顔つきで互いを見詰める、二人の男女。


「あと一〇メートルほどお互いの距離を空けても、俺の方は問題ないが?」


「いいや、これで十分だ」


 そう答えた女性と、(たず)ねた方の男性とのスペースは、距離にして二〇メートル以上は離れていた。子供が遊びで行うキャッチボールでも、ここまで距離を取ることはあまりないだろう。


「悪いな、気を使わせて」


「これぐらいは当然だ。あのルールで俺の間合いから試合開始では、余りにもこちらに有利すぎる」


「フン、負けた時の言い訳にするなよ?」


「んな恥知らずな真似をするか」


 先刻の殺伐とした空気からは一変、両者の間にあった(わだかま)りはすっかり無くなっていた。


常夜(じょうや)殿、勝っても負けても恨みっこなしだ」


「無論だ、花村天(はなむらてん)


 そこにはもう相手を(なじ)る気勢はなく、あるものは勝負事への真摯(しんし)な姿勢だけ……


 天とシャロンヌ、二人は今まさに決戦の時を迎えようとしていた。


「いよいよなの」


「天様……」


 そんな二人の空気に当てられてか、彼等の仲間達も神妙な面持ちで息を()む。


「そろそろ頃合いかな」


 両者からやや離れた場所で立会人を務める三人のうちの一人、審判役のカイトが一歩前に出た。


「二人とも、準備の方は?」


「「何時(いつ)でも」」


 声を揃えた双方からの返答に、カイトの眼光もより鋭さを増す。


「それでは、これより花村天とシャロンヌの決闘を執り行います。……(はじ)め‼︎」


 カイトが決闘の開始を告げる合図を出した瞬間、その場の空気が重く張り詰める。


 天とシャロンヌは完全に臨戦態勢(りんせんたいせい)(はい)った。


「ハァアアアッ! 」


 先に動いたのはシャロンヌ。


 彼女は、気勢を上げて一直線に天の方へと向かってきた。


「この俺に、真正面から白兵戦(はくへいせん)(いど)むつもりか?」


 一方、それを見た天はピクリと片眉を吊り上げ、シャロンヌのとった行動に意外感を示した。


 ……てっきり距離を置いて、魔技を目くらましに使いつつ俺への直接攻撃の機会をうかがうものと予想してたんだが……


 自分が予期していたものとは異なるシャロンヌの戦法。だが天はまるで動じず、向かってくるシャロンヌへ視線を固定した。


 ……何か考えがあるんだろうが。飛んで火に入るなんとやらだ……


 天にとって、この展開はむしろ好都合だった。何せ、獲物(シャロンヌ)が自ら進んで自陣へとやって来るのだから。


 ……無駄に長引かせても仕方がないしな……


『さっさと終わらせよう』と、天がその場より一歩足を踏み出したその時だ。


 《水玉(みずだま)


 前方より、テニスボールほどの水の(かたまり)が天の眉間めがけて飛んできた。言わずもがな、この攻撃はシャロンヌのものだ。


 ……(かわ)すのは容易だが……


 天は()えてその選択肢を選ばなかった。彼の思考が瞬時にそれを『必要(ひつよう)ない』と判断したからだ。


 理由は三つ。


 一つ目は、魔技での攻撃方法は認められてはいるが、有効打や決定打としては認められていないから。


 二つ目は、そもそも自分には魔力を使用した攻撃は一切無効だから。


 そして三つ目は、決闘の前にも天自身が公言していたように、『魔法無効体質(まほうむこうたいしつ)』をシャロンヌに証明する為である。


 ……あいつの前で俺の“特異体質(こゆうスキル)“を立証(りっしょう)するいい機会だ……


 天は迫り来る『水玉』を()けようともせず、自らソレにぶつかりにいくよう前進する。しかしその天の行動は、まさにシャロンヌの思惑通りであった。


「くらえ」


 シャロンヌが感情のない声でそう呟いた次の瞬間、


「っ!」


 パシャンッ!と水風船が割れたような破裂音が鳴り、天が眉間で受けた『水玉』は、消えるどころか彼の顔全体に(まと)わりついた。


「これは……!」


 ……魔技(まぎ)じゃない……


「“魔装技(まそうぎ)”かっ!」


 天の心情と重なるように声を上げたのは、この勝負の審判役を務めていたカイトだ。


「わかったの! シャロンヌさんは『水色のペイントボール』に水属性の魔技を纏わせて、あたかも魔力(まりょく)だけで生成(せいせい)した攻撃(みずだま)()せかけたのです!」


 続けざまカイトのすぐ側に立っていたリナも、その違和感の正体に気づいた。


「そんな! それでは天様の魔力無効化(まりょくむこうか)はっ」


「通用しないだろうね。ペイント弾に魔装させたカモフラージュの『水玉』には有効だと思うけど、本命のペイント弾の方にはまったく影響しない」


「しかもアレ、中級クラスのモンスターに使う『目潰(めつぶ)し用のアイテム』なのです」


 くんくんと鼻を鳴らしながらリナがそう断言した途端、それを聞いたアクリアの顔が見る見る青ざめた。


「ひ、卑怯(ひきょう)なっ!」


「全然卑怯じゃないのです」


「ああ。今のシャロンヌさんの攻撃に、反則は無いよ、アクリア」


 ()かさずリナとカイトが、身内(てん)びいきにも取れるアクリアの発言を否定した。


「ですがっ、そもそもこの決闘は、原則的に寸止(すんど)めを取り決めとしていたはずです!」


「寸止めの攻撃はあくまで決まり手。直接的に攻撃を当てても、相手に重傷を負わせなければ何も問題ないのです」


「それに今の攻防は、見方によっては兄さんがシャロンヌさんの攻撃に自分(じぶん)から()たりにいったとも()れる」


「実際、多分そうなのです。あんな攻撃、天兄がその気なら避けるのなんてわけないの」


「相手の自滅行為(じめつこうい)の場合、反則としてはカウントされない……」


 アクリアはその表情をさらに険しくさせ、悔しそうに口を(つぐ)む。



 ……あの時だ……


 天は一時的に(おとず)れた闇黒(あんこく)の世界の中で、シャロンヌが決闘の直前に自分へ向けた挑発的な態度を思い出していた。


『お前が本当に魔力を無効化するというのも(あや)しいものだ」


 ……恐らくこの女は、最初から俺の特異体質のことを微塵も疑ってはいなかった。むしろその真逆だ……


『悪いが、俺は自分の目で(じか)に見定めんと納得せんタチでな』


『決闘が始まれば嫌でもすぐにわかることだ』


 天は気づいた。自分が知らず知らずのうちに、シャロンヌの挑発に乗せられていたことを。


「……やられたな」


 すべては開始直後の初弾を命中させるため、すべては初手の目潰しを避けさせない為の布石(ふせき)


 勝負(かけひき)は戦う前から始まっていたのだ。


「決めさせてもらう」


 シャロンヌは『ペイントボール』が天の眉間に直撃したのを確認すると、大きく左に旋回して天の背後へ回り込むように進路を変えた。


「ハァアアッ」


 それに(あわ)せ、彼女は()めの一手となる魔技を発動させた。


 《(やみ)羽衣(はごろも)


 その瞬間、闇がシャロンヌの姿を隠匿(いんとく)するように(おお)いかぶさる。


「あれは『(やみ)属性(ぞくせい)』の魔技!」


「……なんと言うか、超ハイレベルな攻防なのです。あたしも冒険士になってそれなりに経つのですが、“王族(おうぞく)魔技(まぎ)“なんて初めて見たの」


「まさか、これほどまで間隔(かんかく)を置かずに次の魔技を発動させるなど、いくらなんでも生成時間が短すぎます!」


「おそらく『()属性(ぞくせい)同時(どうじ)生成(せいせい)』だ」


【二属性同時生成】


 その名の通り、二つの異なる属性の魔技を並行して生成する魔法術の超高等技術である。


 この技術を(ゆう)する人型は極めて少なく。冒険士協会の中でもシャロンヌやサズナ、レオスナガルやフロンスなど、ほんの一握りの英才達だけが扱える妙技だ。




「それにしても……簡易的なものとは言え、あの魔装技にくわえて、発動させるのが極めて困難と言われる王族魔技を同時に生成するなんてね」


「魔力操作に()けたシャロンヌさんならではの芸当なのです」


「ああ。流石はシャロンヌさんだ」


「まさに神業(かみわざ)なの」


「カイトもリナさんもっ、 どうしてこのような時に、そんなに悠長(ゆうちょう)(かま)えていられるのですか⁉︎ 」


 天がピンチに至ってもまるで物怖じしない二人を見て、我慢できずに八つ当たりにも似た不満をぶつけるアクリア。


「悪いがチェックメイトだ、花村天」


 しかしそのアクリアの不満にカイトとリナが回答を示す前に、大きく戦局が動いた。


「ああっ、シャロンヌさんの姿が……!」


「凄いの。あっという間にシャロンヌさんが()えちゃったのです」


 手に持つペンライトで照らしていたはずのシャロンヌの姿が、突如カイト達三人の視界から消えさった。


「あの(うわさ)は本当だったみたいだね。シャロンヌさんは、(よる)(やみ)()()める」


 カイトは感嘆の声を漏らした。


 この戦闘スタイルこそ、シャロンヌが『常夜の女帝(じょてい)』の異名を持つ所以(ゆえん)であり、彼女の必勝戦術だ。


 シャロンヌが好んで使用する闇属性の魔技は、使い勝手は悪いが型にハマれば恐ろしいまでの戦闘力を発揮する属性の一つである。


 中でもシャロンヌが最も得意とする夜間フィールドでの戦いでは、ナンバーワン冒険士の呼び声が高い()のレオスナガルですら、彼女に勝つことは困難を極める。


「天様!」


 アクリアが悲鳴にも似た叫び声を上げた。


 彼女は瞬時に理解した。現在の戦況が、どれほど天にとって最悪なものかを。


「あの『寸止めルール』にこんな意図(いと)があったなんて思いもよらなかったのです。やっぱりSランク冒険士の称号は伊達(だて)じゃないの。まさか、こんな方法で天兄の魔力無効化を(ふせ)ぐなんて」


 リナの表情に驚嘆(きょうたん)の色が浮かび上がる。


 当然、リナもすぐに気づいた。シャロンヌの思惑、彼女が思い描く花村天攻略作戦の全貌(ぜんぼう)を。


「……花村天……」


 夜の闇に紛れ、何処(どこ)からともなくシャロンヌの声が聞こえてきた。


「……お前のその体質は……確かに俺のような魔技主体の戦闘を得意とする者にとって……とてつもない脅威だ……」


 その冷淡(れいたん)な声は、山びこの様に森の木々に反響しながら、天やカイト達の耳へと降り注ぐ。


「……が、それも(さわ)らせなければ意味がない……」


 そう。詰まるところ天の『魔法無効体質』は、直接的に自分に干渉(かんしょう)しないと効果を発揮しないのだ。その為、今回のように相手に()れる事を原則的に禁じられている戦いでは、その力を有効的に()かせない場合(ケース)も出てくる。


 従って、最初に繰り出されたような身体(しんたい)に直接ダメージを与える攻撃系統の魔技ならともかく。今現在シャロンヌが身に纏っているような補助系統の魔技の場合、それを解除するには彼女自身に触れなければならない。


 勿論、普通にシャロンヌの体に触れるだけならルール違反にはならないが。天の性格上それを実行しないことも、彼女は見抜いていた。


『俺とあんたは力量に差がありすぎるから、もっとハンデを与えなくても大丈夫か?』


 仮にも格下と(ののし)った女を相手に、そのような正攻法ではない戦法をこの男が選択するわけがない、と。


「終わらせてやる」


 そうこうしている内に、シャロンヌは天の背後に回り込むことに成功していた。天との距離はおよそ一〇メートル。自分の瞬発力なら一瞬で詰め寄れる間合いだ。


 シャロンヌは息を殺し、闇に(ひそ)む。そして(あらかじ)めドバイザーから取り出していた自身の武器、小太刀ほどのショートソードを静かに構えた。



「一体いつぶりだ……?」


 絶体絶命の戦況。例えるなら、目隠(めかく)しをした状態で透明人間に寸止めの攻撃を決めろ、という無茶苦茶な勝利条件。


 されど、男は楽しそうに呟く。


「俺が急所()攻撃(こうげき)(ゆる)すなんてな」


 視界を奪われた両の目に手を当て、天は我知れずに笑みをこぼした。


 不思議と怒りや悔しさなどの負の感情は()いてこない。逆に天の心に浮かんだものは、シャロンヌに対する敬意と、惜しみない称讃(しょうさん)だった。


 ……彼女の実力を見誤(みあやま)っていたのは、どうやら俺の方だったようだ……


 シャロンヌは最初から天のことを格上と認め、必死に勝機を探っていた。自分の目的の為ならどんな苦渋でも喜んで飲むその気概(きがい)。戦ってみてわかった。彼女は確固たる信念を持つ、(まこと)戦士(せんし)なのだと。


 ……ならば俺も、それに(こた)えねばならない……


 強い意思、使命感にも似た感情が天のうちより湧き上がる。この瞬間、天はシャロンヌを好敵手と認めた。


 ……()る……


 森の静けさが深まる中、後方からススッという小さな風切り音が天の耳に届く。それはシロンヌが勝負を決めにきた合図だと、天は直感的に(さと)った。


 ……足音も気配もほとんどない。親父(せん)並みの隠密歩行(サイレントムーブ)だ……


 天がさらにシャロンヌの評価を上方修正するが。実を言うと、このシャロンヌの隠密性にはそれなりの仕掛(しか)けがある。()(てい)に言えば、これは彼女の身体能力によるものではない。


 種明かしをすると、魔技(やみのはごろも)の補助力が非常に大きいのだ。まあいずれにせよ、これがシャロンヌの実力、という点において違いはないのだが。


 ……勝負(しょうぶ)だ。常夜の女帝……


 天が肩の力を抜いて自然体の姿勢に入った直後、月の光に映し出されていた彼の影に、夜の闇が覆い被さる。


 常夜(とこよ)()べる女帝は、既に対敵(てん)の真後ろまで侵攻(しんこう)していた。


 相手に気取られている様子はない。シャロンヌは、そのまま天の頚動脈(けいどうみゃく)めがけて右手に構えていたショートソードを振り立てる。


 ーー勝った。


 その瞬間、シャロンヌは自身の勝利を確信する。しかし、彼女に歓喜の時が(おとず)れることはなかった。


「なにっ⁉︎」


 天を完全に(とら)えたと思った矢先だった。自分に背を向けていたはずの男が、急に目の前から消えたのだ。それは魔技で姿を(くら)ますなどという生易しいものではない。文字通りその場から忽然(こつぜん)と姿を()したのだ。


「っ……!」


『どこにいる』と、シャロンヌが辺りを見回そうとしたその時。


()しかったな」


 彼女の背後から熱を持たない男の声が聞こえた。反射的に、シャロンヌはその声がした方へと振り向いてしまう。


 その直後、とてつもない闘気の波が巨大な(うず)となってシャロンヌを穿(うが)つ。


「うっ、あ……」


 人は自らの許容範囲を超える脅威に(さら)された時、絶望と恐怖で金縛りに()う。天の圧倒的なプレッシャーを目の当たりにして、シャロンヌは呼吸すらままならなかった。今の彼女は、まさに(ヘビ)(にら)まれた(カエル)だ。


「どうやら決着のようだね」


「終わりなの」


 離れた場所からその一部始終を見ていたカイトとリナが、同様にこの決闘の終幕(しゅうまく)()げる。


 もっとも、カイトとリナの視界に映っているのは相変わらず天一人だけであった。しかし二人にとって、そこは大した問題ではない。重要なのは、花村天が本気(ほんき)()めに(てん)じたという一点のみ。


「この感覚は……」


「天兄、使(つか)()なの」


「ああ……なんと神々しい」


 零支部の仲間達は肌で感じとっていた。この感覚はあの時と同じだ。天が一瞬でリザードキングを討ち滅ぼした、あの時と。



「常夜殿。あんたは死力(しりょく)()くして俺と戦ってくれた」


 刹那の時の中で、シャロンヌは確かに天の(こえ)を聞いた。


「ならば俺も、『シャロンヌ』という稀代(きだい)の冒険士に敬意を払おう」


 その言葉が脳に直接響いた瞬間、辺りから音も匂いも消え去った。


 時間がゆっくりと流れる。


 気づけば、シャロンヌの眉間めがけて天の掌底突きが放たれていた。


「俺はここで……」


 迫り来る絶大な力を前に、彼女は本能的に感じた。


 ーー()ぬ。


 冷静に考えたらわかる。そんなことはあり得ない。攻撃を当てたら無効、重傷を負わせた時点で負けとなるこの決闘方法。シャロンヌ自身が生命の危機に(ひん)する事態など起こり得ない。


 (しか)し、それでもなお、シャロンヌは鮮明に自分の死をイメージした。


 言葉では説明できない(おそれ)。すべてを諦めさせる圧倒的な戦力差。シャロンヌの心は既に折れていた。


 そして、決着の時は訪れる。


 《闘技(とうぎ)流撞(りゅうどう)通背拳(つうはいけん)


 天が繰り出した右掌打は、シャロンヌの眉毛に当たるか当たらないかという絶妙な位置でピタリと制止した。それと同時に、ブォオバッ‼︎‼︎と激しい轟音が夜の山々に木霊した。


 凄まじい爆風が巻き起こる。


 かつてない衝撃波がシャロンヌの体を突き抜けた。当然の如く体には一切触れられていない。なのに彼女は、本気で後ろ半身が消し飛んだと錯覚した。


 猛烈な突風が過ぎ去った後、いつの間にかシャロンヌが纏っていた闇の衣は綺麗さっぱり消失していた。それが天の繰り出した闘技によるものか、シャロンヌの精神集中が途切れた所為なのかは定かではない。


()き……てる……?」


 へなへなと地面にへたり込むシャロンヌ。自分の生存を確認した彼女は、安堵と畏怖の念から腰を抜かしてしまった。


何故(なぜ)、俺の正確な位置があの男に悟られた……」


 思考回路が徐々に回復してきたシャロンヌは、当然のように疑問を抱く。どうしてこの男は、目が見えない状態で自分の存在を認識できたのだ、と。


「言葉で説明するのは難しいが、俺は自分に向けらた意識の流れや対象の行動を知覚することができる。よく言うだろ? 『誰かに見られている気がする』とか」


「あっ、いや」


 つい口に出してしまった心の副音声を天に拾われ、きまりが悪そうに顔を伏せるシャロンヌ。


「あとは野生(やせい)(かん)ってやつかな? ちなみに、俺には目潰しや擬態(ぎたい)(たぐ)いは通用せん」


「ッ!」


 シャロンヌは、ハッと目を見開いて天の顔を見上げた。


「っというよりも、ほとんど意味をなさない」


 天のその言葉に(いつわ)りはない。事実、天はしっかりとシャロンヌの動きが()えていた。だが、それも当然のことだ。何故ならば、彼は幼い頃より自ら視界を制限(ほそめ)し、運動知覚や直感力などを養う修練を積んできたのだから。もっと言えば、その鍛錬は、まさに今シャロンヌと戦った時のような場面(ケース)想定(そうてい)してのもの。


「ガキの頃から、生まれ育った山奥で毎日のように親父や野生動物とやり合ってきたからな。今みたいな状況での戦闘には慣れている」


 もしシャロンヌのとった戦法に落ち度があるとしたら、間違いなくその点だろう。足場や視界の悪い山岳地帯での白兵戦は、花村天の最も得意とするフィールドのひとつだ。


「あんたの隠密(おんみつ)もなかなかのものだが、攻撃の瞬間にあれだけの()()を出しちまったら位置を(つか)むのは容易だ」


 言いながら、天は何事もなかったかのように地べたに座り込むシャロンヌの横を素通りした。


 途端にシャロンヌの顔が屈辱に歪む。


 自分の真横を悠然(ゆうぜん)と通り過ぎる天を見て、『ハナからお前など眼中にない』と(あん)に見下されている気がした。


 だがシャロンヌは気づいてなかった。自分に対する天の話し口調が、決闘前よりも格段(かくだん)(やわ)らかくなっていることに。


「なんてザマだ……」


 悔しさに歯噛みするシャロンヌ。天に掴み掛かろうにも腰から下に力が入らず、立ち上がることもままならない。


「カイトッ!」


 シャロンヌは勢いよく顔を上げ、怒気を(にじ)ませる声でカイトを呼んだ。


 こんな醜態を晒すのはもう耐えられない。『念話(ねんわ)』を使って、すぐさま勝敗が決したことを審判(かいと)に告げようとするシャロンヌ。


 しかし彼女のその剣幕は、瞬時に沈静化(ちんせいか)する。


「「……」」


「…………」


 シャロンヌが“念波(ねんぱ)”を飛ばそうとした矢先。呆然とこちらを見ているカイト、アクリア、リナの顔が目に映ったからだ。


 正確には、彼等三人はシャロンヌの後方、天が歩いて行った方向を凝視していた。


「……?」


『なんだ?』と疑問符を頭に浮かべ、シャロンヌは怪訝な顔で後ろを振り返る。


「なっ……‼︎」


 直後、シャロンヌもカイト達と同様に絶句してしまう。


 彼女は血の気が引くのを感じた。


 シャロンヌの背後に待っていた光景は、それほど壮絶なものだった。


「こんな……ことが……」


 地面は深く削り取られ、辺りの木々は広範囲に薙ぎ倒されており、中には土壌ごと根元から倒されているものまであった。


上位(じょうい)結合(けつごう)の魔装技でも、これほどの威力はザラだ……これが“闘技“か」


 時間にして数十秒ほどだったか。(しば)しの間、シャロンヌはその光景を愕然(がくぜん)と眺めていた。


「ん?」


 ふと見ると、暗がりの向こうからこちらへ歩いてくる人影が見えた。


「あった、あった」


 男の声が聞こえた。よく目を凝らして確認すると、その人影は先程からどこかへ消えていた天だった。


「意外に近くに落ちてたな、コレ」


 そう言うと、天は右手に持っていた風呂敷ほどの布地をシャロンヌへ見せるように前に出した。


「あっ」


 シャロンヌはそれを見た瞬間、思わず間の抜けた声をあげる。彼女はこの時にようやく気づいた。自分が身につけていた『マント』が、天の攻撃により吹き飛ばされていたことに。


「いいマントだな。俺の攻撃の余波を受けても、目立った破損箇所は見当たらない」


「くっ……!」


 ほらよ、と手渡されたソレを強引に奪いとり、顔を赤くしながら乱暴にマントを装着するシャロンヌ。彼女は理解した。別に天は、自分への当てつけでああいった行動を取ったのではない。単に親切心から、自身が吹き飛ばしてしまった対戦相手(シャロンヌ)装備品(マント)を探しに行っただけである。


 しかしながら、それでも相手(てん)に情けをかけられたという事実は、誇り高いシャロンヌにとって屈辱以外の何物でもない。


「花村天」


 もうこれ以上の恥の上塗りは御免(ごめん)だ。そう思ったシャロンヌは、己自身でこの勝負の(まく)()じようと、重々しく口を開く。


「この決闘、俺の……」


「いやぁ、あんた(つえ)えな!」


「……え?」


 不意に自分の耳を疑うような言葉をシャロンヌは傍受(ぼうじゅ)した。それは間違いなく自分に贈られた称賛の声。シャロンヌはわけが分からず、意識的に逃がしていた視線を自然とその発信元に向けた。


「急所に攻撃を食らったのなんて何年ぶりか忘れちまったよ。しかもそれが親父以外となると、正直言って記憶にない」


 其処(そこ)には、楽しそうに笑う天の姿があった。


「そ、そうか」


 あまりの天の変わりように、咄嗟に顔を引きつらせるシャロンヌ。


 別に(へん)だと思ったわけではないが、『この男もこんな顔ができるのか』と。シャロンヌは内心驚きを隠せなかった。


「それに戦ってみてわかったが。シャロンヌ殿(どの)にも何か(ふか)事情(じじょう)があるんだろ?」


「ッ‼︎」


 困惑の色を浮かべていたシャロンヌの表情が、瞬時に驚愕で彩られる。勿論それは、天に初めて名前(シャロンヌ)で呼ばれたからではない。


「…………」


 すべてを見透かしたのような天のその言葉を、シャロンヌは否定も肯定もしなかった。ただ彼女は、黙って天の誠実な眼差しを真剣な目で受け止めていた。


「だが俺もシャロンヌ殿と同じく、どうしても()けない理由(わけ)がある」


 天の声から軽みが消え、代わりにその瞳には強い意志の光が灯る。


「あいつらが命がけの戦場へ(おもむ)くのに、自分だけ手をこまねいて見ていることなど俺にはできんよ。だから、今回のところは俺に(ゆず)ってくれないか?」


 天はそう言って、いまだ地面に尻餅をついているシャロンヌの前に手を差し伸べた。


 一方のシャロンヌは、目の前に差し出されたその手を見て、フッと穏やかに微笑み、何かを思うようにゆっくりと目を閉じた。


 ……それから一拍置いて、


「この決闘に勝利したのは、他でもない貴殿(きでん)だ。よって敗者(はいしゃ)であるこの(おれ)は、勝者(しょうしゃ)である(てん)殿(どの)に従う義務がある」


 シャロンヌは天の想いに応えるよう、差し伸べられた彼の手をしっかりと握りしめる。


 もはや勝ち名乗りは必要ない。月の照明が二人を優しく照らす中、彼等はお互いを(みと)()った。

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