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第62話 譲れないもの 上

 夜の肌寒い山岳気候とはまた異なる。背筋が凍りつく身震いするような冷気が、叢雲(むらくも)のように周囲を(おお)っていた。


()(たし)かか、あんた?」


 その原因を作った、(いな)、いまだ継続して圧倒的なプレッシャーを放ち続けている一人の男性。


 もう男は、自らの(いきどお)りを隠そうともしない。


「まさか、今がどういう状況か忘れているわけじゃないよな? 」


 対話者に極寒の眼差しを注ぎながら、彼は眼前に見据える一人の女冒険士に最後の警告をする。


 ……『これ以上、俺を失望(しつぼう)させるな』と。


「フン、俺の考えがわからんのか、花村天(はなむらてん)? 」


生憎(あいにく)と、俺には常夜(じょうや)殿の思考がさっぱり理解できん」


 現在、神々に見初(みそ)められた英傑(えいけつ)である花村天と世界にたった六人しか存在しないSクラスの冒険士であるシャロンヌの両名は、一触即発の形勢にあった。


「どうやら、俺はお前のことを過大評価していたらしい。こんな簡単な理由も見抜けんとはな」


「まあ、()いて可能性を()げるのなら。さっきのあんたとの口論(くちゲンカ)で、多少の禍根(かこん)を残したとも言えなくはないが? 」


「見損なうな! あんな子供じみた理由で、このSランク冒険士のシャロンヌが他者に決闘など申し込むか‼︎」

 

 あからさまに挑発的な口ぶりで互いを牽制し合う両者。


「花村天……今のこの情況(シチュエーション)だからこそ、俺とお前は戦わなければならんのだ」


「はあ?」


 天が憮然(ぶぜん)とした態度のまま、悪意のある皮肉をシャロンヌへ返そうとしたその時だ。


「シャロンヌさん、いきなり何を言い出すんですか⁉︎」


 天の放つプレッシャーにいち早く抜け出したカイトが、開口一番にシャロンヌへ異議を申し立てる。


「シャロンヌさんが何を思って天様に『決闘(けっとう)』を申し入れたのか……(わたくし)も理解に苦しんでおります」


「ていうか意味不明なのです」


 ほとんど間を置かず、アクリアとリナも冷めた目つきでシャロンヌの考えを非難した。


「とりあえず(わけ)()かせてくれ、常夜(じょうや)殿」


 天が、先程よりも少しだけ丁寧な口調でシャロンヌに問いかける。


 周りにいた仲間達も自分と同じくシャロンヌの考えに否定的であったためだろう。彼は多少なりとも溜飲を下げていた。


「無論だ。今話そうと思っていた」


 毅然(きぜん)とした態度を(たも)ちつつも、密かに胸を撫で下ろすシャロンヌ。当然のことながら、シャロンヌ自身も天の強大な圧を受け、内心では震え上がっていた。


「ふぅぅ……」


 自らを落ち着かせるよう、深く息を吐くシャロンヌ。如何(いか)なSランク冒険士の彼女とて。災害級(ディザスター)の魔物を(はる)かに(しの)ぐ天の闘気をこの至近距離で()びれば、平常心を保つのがやっとのこと。だがそれでも、シャロンヌには絶対に譲れないものがあった。


「あと数時間もすれば、奴等(やつら)の『空間滞留(くうかんたいりゅう)』の術効果が切れる」


 シャロンヌは己の恐怖心を振り払い。真摯(しんし)(まなこ)を天に向けた。


「そうなれば、本格的にアリス王女の救出作戦が始まるのだが。ここで一つの問題が出てくる」


問題(もんだい)?」


「そうだ」


 シャロンヌは天の訝しげな目を見返しながら、小さく頷いた。


「その作戦行動の主導権(しゅどうけん)を、俺とお前のどちらが(にぎ)るかということだ」


「……なるほどな。そいつはあんたの言うとおりかもしれん」


 天は一瞬、(まぶた)を震わせた後。納得したように相槌を打つ。


 見ると、彼の仲間達も目を見開き、ハッとしたように口を開けた。


「言われてみれば確かに、その事をまだはっきりとは決めていませんでしたね」


「ああ。それは今の内に決めておくべき、重要事項かもしれない」


「あ〜、あたしも理解したのです、シャロンヌさん」


 リナは頭を()きながら渋い表情を見せる。


「ですが、何もお二人が決闘までせずとも! 」


「あたしもその意見には賛成なのです。でも、多分二人とも話し合いじゃ絶対に()れないの」


 シャロンヌの提案に未だ否定的なアクリアとは反対に、リナは彼女の考えを一時的にだが支持した。


「そういうことだ。俺と花村天は、各々が立てた作戦内容で(かなら)対立(たいりつ)する」


「間違いなくな」


 天はもう一度、今度は断言するような強い言い回しでシャロンヌの考えに相槌を打った。


「天様、どういう事なのでしょうか? 」


「簡単に説明すると、問題は常夜殿やアク達が生成した『結界(けっかい)』にある」


「あっ! 」


「なるほどね。確かにそれだと、話し合いじゃ決着しそうにないかな」


 天の説明をすぐに理解したアクリアとカイトは、揃って深刻そうに眉をひそめた。


「天兄が結界に()れた瞬間、魔力で生成された結界は多分消えちゃうのです。けど、敵が結界の中に存在する以上は、どうしても天兄が結界に触らなければならなくなるの、だから……」


「そうだ。俺の立てる作戦は一つ……花村天を後方支援に回し、俺にカイト、アクリアとリナの四人で、あの廃墟に突入するというものだ」


 口ごもるリナの言葉を取り上げ、シャロンヌは臆面もなく言い放つ。


論外(ろんがい)だ」


 間髪(かんはつ)()れず、天がそれを却下する。勿論、彼はそのことを言われずとも考慮していた。


「たかだか包囲網(けっかい)一つの(ため)に、どうして俺が後手に回らねばならん」


 だが天にとって、所詮(しょせん)シャロンヌが作った結界など自分の出番がくるまでの保険の一つに過ぎない。その万が一の備えの為に、自身が事実上の傍観者に徹っせねばならないなどと。彼には到底容認できないことだ。


「すみません、シャロンヌさん。俺もその作戦は無いと思います」


 天に続いてシャロンヌの作戦に異を唱えたのは、彼の相棒であるカイトだ。


「それだと、今回の作戦で一番重要なファクターである兄さんの『絶対的な戦力』が、完全に喪失(そうしつ)してしまう」


「ええ。天様はこの度の任務で最も欠かせぬ存在。それを(ないがし)ろにするなど言語道断です」


「まだその逆ならわかるのですが。天兄を戦闘パティーから外すとか、二〇〇パーセント却下なのです」


 当然のことながら、アクリアとリナもこのシャロンヌの考えには賛同できない。零支部のメンバーからすれば、天を戦力から除外するなど(もっ)ての(ほか)だ。


「ああ。わかっている」


 そして、当のシャロンヌもそんなことは百も承知だった。


「この(てん)も含め、お前らからも同意が取れんことなど……はなから承知の上だ」


 喋りながら、天にゆっくりと歩み寄るシャロンヌ。彼女は天の目の前までやって来ると、剣を抜き放つかのように天の顔を指さした。


「だからこそ! このシャロンヌにお前の力を(みと)めさせてみろ、花村天‼︎ 」


「いいだろう」


 天は言葉を(にご)すことなく、簡潔明瞭(かんけつめいりょう)にシャロンヌの申し出を受け入れた。


 もはや彼の中に怒りの感情は皆無。その胸の内にあるものは、決して譲れない矜持(きょうじ)だけであった。


 ◇◇◇


「確認するが、本当にそのルールでいいのか? 」


「フン、どう考えても自分に有利だとでも言いたげだな」


「いや? あんたと俺は力量に差がありすぎるからな。もっとハンデを(あた)えなくても大丈夫かと()いている」


「……その()らず(ぐち)、すぐにきけなくしてやる」


 互いの視線上で、激しく火花を散らす強者二人。


「兄さん、シャロンヌさん。その辺で」


 睨み合う天とシャロンヌの中間地点に立っていたカイトが、大きく咳払いをした。


「それでは二人とも、決闘のルールは次の通りで問題ないかな? 」


【決闘ルール】


 一つ、戦い方は自由。


 一つ、攻撃は基本的に(すべ)寸止(すんど)めとし、当ててしまった場合は無効とする。


 一つ、誤って相手に軽傷以上の怪我を負わせてしまった場合、その時点でその者は反則負けとなる。


 (ただ)し、自滅行為はその限りにあらず。


 一つ、先に相手へ有効打を三発、()しくは決定打(眉間、喉、心臓部の(いず)れか)を入れた者の勝ちとする。


 但し、魔技やアイテムでの攻撃方法も認めるが、寸止め判定が困難なことから、有効打、決定打としてはカウントされない。


 以上が、双方が取り決めた決闘のルールである。


「俺はそれで構わない」


「俺もだ。なんだったら『魔技(まぎ)』の使用も禁止してやってもいいぞ? 」


 挑発的な笑みを浮かべ、格下を相手する口ぶりで天に問いかけるシャロンヌ。


「必要ない。いずれにしろ、俺には魔技など()かんからな」


「フン、実際のところはどうだかな……」


 シャロンヌは天を鼻で笑うような仕草を見せながら、首を横に振った。


「そもそも、お前が本当に魔力を無効化するというのも(あや)しいものだ」


「事実だからしょうがない」


 安っぽい挑発ではあったが、天はとりあえずシャロンヌの売り言葉に買い言葉を返した。


「シャロンヌさん。仲間の名誉のために()えて口を出させてもらいますが。兄さんは嘘をついてはいません」


「はい。先日の会議でも申し上げたように、実際にも天様は、私達の目の前でそれを実演してくださいました」


「ていうか、もともとこの勝負はそれが原因でやるはめになったはずなの。なのに、いちゃもんをつけたシャロンヌさんが半信半疑とか、超矛盾してるのです」


 しかし周りにいた彼の仲間達は、このシャロンヌの挑発を()しとしなかった。


 リナが言ったように、天とシャロンヌの決闘は(まさ)にその特異体質(まりょくむこうか)()()けで起こったようなものだ。それを、難癖をつけた当の本人であるシャロンヌが信じていないのなら。最初からこんな事はする必要がない。


「お前たちには悪いが……俺は自分の目で(じか)に見定めんと納得せんタチでな」


 けれど、シャロンヌは平然とした態度でカイト達の抗議には一切取り合わなかった。


「気にするな。決闘が始まれば嫌でもすぐにわかることだ」


 当然この天の言葉は、自身の仲間達へ向けたものである。


「時間が惜しい。さっさと始めよう」


 天はクールな姿勢をそのままに、シャロンヌの方へと一歩近づく。


「その前に、俺からもう一つ提案がある」


提案(ていあん)? 」


 思わず天は眉をひそめた。


 シャロンヌからのこの発言は、今まさにスタートラインで構えに入っていた天にとって、出端(ではな)(くじ)かれた感は(いな)めない。


「何だ、言ってみろ」


 もっとも、その程度でペースを乱すほどこの男は小心者でもないが。


「この決闘に勝った方が今回の奪還任務の指揮権を得る、というのはすでに決定した事だが。それとは別に、互いに勝利者への副賞(ふくしょう)を付け加えないか?」


「つまりは作戦の主導権の他に、勝った方が負けた方の要求を聞き入れると」


「話が早くて助かる」


 天が()(つま)んで要点だけを述べると、シャロンヌは満足気に頷いた。


「で、あんたは俺に何をしてほしいんだ?」


「なに、簡単な事だ。もし俺がこの決闘で勝利した場合……花村天、お前には俺と一夜(いちや)をともにしてもらう」


 思いもよらぬ爆弾発言がシャロンヌから飛び出した直後、


「ななな、なあっ‼︎⁉︎ なん、なんですかそれはぁあああ‼︎‼︎ 」


 言われた本人(てん)ではなく。側でそれを聞いていたアクリアが、血相を変えてシャロンヌに食ってかかる。


「おおお、お待ちください、シャロンヌさん‼︎‼︎ なな、何故(なにゆえ)そのようなお話になるのですか‼︎⁉︎」


 アクリアはこれでもかと狼狽(ろうばい)して。駄々をこねるようにブンブン手を振り回す。


「と、ともかくっ! ともかくそれだけはなりません‼︎ そのように破廉恥(はれんち)な確約は、断じて認められません‼︎‼︎ 」


「アクリア、お前には訊いていない」


 騒ぎ立てるアクリアの方を見向きもせず、彼女の不平を即座に切り捨てるシャロンヌ。


「まず第一に、なぜ俺がそういった交渉をこの男へ持ちかける際に、いちいちお前の許可を得ねばならんのだ」


 正論である。


「っっ〜〜〜‼︎‼︎ 」


 一方、声にならない奇声を上げるアクリア。


「シャシャ、シャッ、シャロンヌさぁああん‼︎‼︎ 」


 頭に血が上って逆上したアクリアは、その勢いのままシャロンヌに駆け寄ろうとするが、


「ストップだ、アクリア」


「気持ちはわかるのですが。今、二人の邪魔をしちゃ駄目なのです」


 彼女の両隣にいた二名、カイトとリナは透かさずアクリアの両肩をガッシリと掴み。彼女の暴走を食い止めた。


「……なあ、一つ訊いてもいいか?」


「何だ?」


 そんな中、完全に毒気を抜かれてしまった当事者の天は、釈然としない面持ちでシャロンヌに疑問を(てい)する。


「それ、あんたにとって何かプラスになるような事があるのか?」


「「……」」


 天の疑問に同調するように、乾いた表情でシャロンヌに目を向けるカイトとリナ。


 二人は頭から湯気を立てるアクリアを取り押さえながら、同感だと言わんばかりに何度も頷いていた。


「確かその条件は、あんたが俺を(やと)うために提示した……言ってみれば俺への見返(みかえ)りだったはずだが?」


「これは俺のプライドの問題だ‼︎ 」


 ()(しら)けた視線など歯牙(しが)にもかけない気迫。感情に訴えるようなその目と声で、シャロンヌは己の激情を天にぶつける。


「花村天! お前には是が非でも一度この俺を抱かせた(のち)、自分が犯した(あやま)ちを認識させる必要性がある‼︎ 」


「ようは、俺に(のが)した(さかな)の大きさを分からせんと気がすまないと」


 疲れたように天がそう口にすると、


「そのとおりだ!」


 シャロンヌは何の臆面もなく、誇らしげにそのことを肯定した。


「はぁ………了承した。あんたのその提案、()もう」


 深いため息をつき、天が承諾の意をシャロンヌに伝えた途端、


「天さまぁあああああ‼︎‼︎ 」


 アクリアはこの世の終わりみたいな顔で絶叫する。


「言ったな……? 」


 反対に、シャロンヌは薄ら寒い笑みを浮かべ、悪女のような(かお)を表に出す。


『これで第一段階(けっとう)に続き、第二段階(くちやくそく)はクリア』と。彼女は内心で(ほとんど隠せてはいないが)ほくそ笑んでいた。


「約束は必ず果たしてもらうぞ、花村天」


「いや、うん。それは別に構わないが……」


 ……普通こういうのってさ、基本的に男女逆じゃね?……


 などと困惑している天を余所に、着々と自身の計画を実行に移すシャロンヌ。


 実の所、別にシャロンヌは自分の自尊心(プライド)を守るために天と肉体関係を持ちたいわけではない。あくまで彼女の目的は、自らの陣営に天を取り込むことにある。その為にシャロンヌがとった方法、手段とは……


 花村天の『特別(とくべつ)』になることだった。


『俺は(おんな)()らない』


 天がシャロンヌを言いくるめる際に(よう)いた、何気ない(うた)い文句。シャロンヌはこのセリフを心に留めていた。そして同時に、天のこの言葉に嘘が無いことを彼女は見抜いていた。


「クククク……」


 シャロンヌは人の悪い笑みを浮かべる。


 彼女はその壮絶な経歴(バックグラウンド)からか、人間観察を得意としていた。その結果、花村天という人間に受けた印象は『自分が興味無い者には軽薄で冷めた態度だが、特別な関係性を(きず)いた者には思慮深く接するタイプの人型』というものだった。


『彼は実にいい(おとこ)なのだよ』


『天兄は()れを大切にする人なの』


『兄さんは俺達に言ってくれました、水臭(みずくさ)いぞと』


 シャロンヌは覚えていた。シストの賞賛の声を。リナが受けた印象を。カイトが贈られた言葉を。彼女はしっかりと記憶していた。


 (なお)、アクリアの言葉だけ上記にないのは、彼女の場合は話を脚色(きゃくしょく)している可能性が非常に高いため判断材料にはならない、と。シャロンヌが最初から除外したからである。


「天様、どうかお考え直しくださいっ‼︎ 天さまぁあ‼︎‼︎ 」


「うるっさいのです! ちょっと大人しくしてるのです、アクさん! 」


「いったい今日一日の間に、君は何回暴走すれば気が済むんだ……」


「天さまああああああ‼︎‼︎ 」


「……」


「…………」


 話がやや脇道へ逸れたが。これらのことからシャロンヌが導き出した答え、天の力を利用するのに一番合理的な方法は、


(いろ)ではなく、(じょう)に直接訴えればいい』というものだ。


「この勝負……絶対に負けられん」


 静かに闘志を燃やすシャロンヌ。


「必ずやお前に、俺のことを抱かせてみせる」


 つまる所、彼女が(ねら)う天との特別な関係性は『花村天にとっての初めての女』になることである。


 一見すれば、このシャロンヌの目論見(もくろみ)は初回に彼女が実行に移した『天への色仕掛け』となんら変わらないようにも思える。(しか)しこれは、手段は同じでも目的は()()なるものだ。


 性的な欲求を満たす代わりに自分の望みを叶えさせるのではなく、天自身が自ら進んで自分の望みに手を貸してくれる人間関係を築くこと。彼の初めての女となり、嫌でもその胸の内に自分という存在を深く刻み込むことこそ、シャロンヌがこの決闘を天に申し込んだ真の目的であった。


 無論、会長(シスト)より与えられた任務を軽んじているわけではない。そちらの口実(こうじつ)、作戦プランも、言うまでもなくシャロンヌの本心だ。ただどちらの方が優先順位が高いかと問われた場合。申し訳ないが、本作戦の指揮権を得ることの方は彼女自身そこまで重要視している事柄ではないのだ。


 だから、実際はカイトやアクリア達に後ろめたい気持ちもある。こんな時にこんな私的な理由から決闘を申し込むなど、この男が言うようにプロ失格だとも。だが、それでもシャロンヌは譲れなかった。自らが()()げねばならない使命(しめい)の為に、どうしても花村天の人知を超えた能力が必要だった。


 たとえどんな手段を使っても。


「こちらからの条件は以上だ。で、そっちは俺に何を求める? 」


「ああ、俺があんたに望むものは一つだ」


 シャロンヌの問いかけに対して、天は待ち構えていたように真顔で即答する。


「あんたが持っているその多種多様な情報を、俺に提供しろ」


情報(じょうほう)……だと? 」


 対照的に、シャロンヌは怪訝な顔をして天を見た。だがそれも一瞬だった。


「わかった。俺もそれで構わんぞ」


 シャロンヌは口の端をわずかに持ち上げ、二つ返事で天の出した条件を呑んだ。


「兄さん、それはっ! 」


「ちょっと待つのです、シャロンヌさん! 」


 天が提示した要求とそれを快諾(かいだく)したシャロンヌに()ったを掛けたのは、先にアクリアの口出しを(いさ)めたはずのカイトとリナだ。


「カイト、リナ。口出し無用だ! 」


 案の定、シャロンヌは怒鳴り声に近いトーンで(すみ)やかに二人のそれを制止する。


「では、お前が俺に求めることは俺の持つ知識、情報提供で相違(そうい)ないか? 」


「相違ない。今の俺には、それは(もっと)も必要なものだ」


「「………………」」


 ジト目でシャロンヌを睨むカイトとリナ。


 実を言うと、今のやり取りには(うら)があった。


【冒険士協会が守るべき花村天への対応】


 ・一つ、()の者と敵対してはならない。

 ・一つ、彼の者に高圧的な態度を取ってはならない。

 :

 :


 これは、つい最近にエクス帝国で開かれた冒険士緊急会議で正式決定した、『冒険士協会の新ルール』なのだが。


 :

 ・一つ、彼の者に情報提供を求められた場合、出来うる限り協力(きょうりょく)しなければならない。


 その中の一つに、今まさに天がシャロンヌへ提示した条件が入っているのだ。


 つまりはシャロンヌにとって、天が出した要望は元から義務付けられていたことであり。特別に聞き入れるようなものではない。


「手間を取らせて悪かったな。それでは、早速決闘を始めるとするか……」


 余計なことを吹き込まれる前にと。シャロンヌは素知らぬ顔で決闘の開始を天へと促した。


()て」


 だが、今度は天から待ったが掛かった。


「……何だ?」


「俺があんたに提供してもらえる、情報の上限だが」


「あ、ああ、そのことか……意外に細かい男だな、お前は? 」


 必死に動揺を隠しながら、内心でホッとするシャロンヌ。カイトやリナが天に会議のことを伝えていない以上、バレるわけがないのだが。やはり、後ろめたい事をしていると過剰に反応してしまうのは人の(さが)だろう。


「心配するな。俺は一つなどとケチ臭いことは言わん。もしお前が、この勝負で俺に勝った(あかつき)には、それより半永久的に俺が持つ情報の(すべ)てをお前へ提供し続けてやる」


 シャロンヌは一つ咳払いをして仕切り直すと、(あたか)も大盤振る舞いの(てい)(よそお)い。天にそう告げた。


「そいつは有難い。俺にとっては何よりの報酬だ」


「では、双方の合意が得られたところで。そろそろ問答を終えるとしよう、花村天」


「同感だ。今は時間が惜しい。すぐにでも始めよう」


 天とシャロンヌが互いの了承を確認し合った次の瞬間、二人の(まと)っていた空気が研ぎ澄まされた闘気に変化する。


 審判(カイト)の号令を待たずして、両者のスイッチは完全に切り替わっていた。


「お二人とも、お待ちくださいませ‼︎ 」


 そんな緊張感の中で、未だ暴走モードのアクリアが声を張り上げる。


「どうして天様とシャロンヌさんが戦わなくてはならないのですか⁉︎ この問題点は、本当に話し合いで解決できないほど深刻なものでしょうか⁉︎ 何よりも、何故お二人はこの件とまるで関係のない取り決めを()わしているのですか‼︎⁉︎ 」


 前半部分は建前、後半部分が本音と言った感じの口上を述べた後、口惜しそうに天とシャロンヌへ目を向けるアクリア。


「…………」


「………………」


 一方、天とシャロンヌはアクリアに何も言葉を返さず、互いから視線を外さず。ただ黙って顔を顰めていた。


 今の二人にとって、水を差されるとはまさにこのことだろう。


「ちょっとは空気を読むのです!もう二人とも()まらないし、止まれないの! 」


「リナの言うとおりだ、アクリア! 」


 リナとカイトが焦りの色を見せながらアクリアに自制を促す。二人は、天とシャロンヌの心の動きを鋭敏(えいびん)に感じとっていた。


「この決闘は、天兄とシャロンヌさんが互いの強い意思を主張して起きたものなの! 」


「ああ。それを第三者が横槍を入れるのはマナー違反だよ」


「ですが、ですがっ‼︎ 」


「アク……少し黙ってろ」


「っ! 」


 天はとくに怒鳴り声を上げたわけではない。しかし、その声は明らかに自分(アクリア)に対する不快感を示していた。


「は、はひぃ!」


 アクリアは思わず声を裏返して身を震わせた。天が本気で怒っている。そう解釈した彼女は、頭から血の気が引くと同時にようやく我に返った。


「君は、もう少し感情をコントロールするすべを身につけた方がいい」


「やれやれなの」


 アクリアが正気に戻ったのを確認したカイトとリナは、『だから言わんこっちゃない』とでも言いたげな顔でため息を漏らすと、押さえていた彼女の両肩からゆっくりと手を離した。


「わわ、わたくし、私はただ…………」


 (たま)らず、アクリアは天に指示されたとおり黙って下を向いた。何か言い訳をしなくてはと考えるも、気が動転して思考回路が上手く働かない。


「安心しろ、アク」


 青ざめた顔で(うつむ)くアクリアを気遣ったのは、他でもない天であった。


「お前が危惧(きぐ)している事は、杞憂(きゆう)に過ぎない」


「天様……」


 自分を(さと)すような天の言葉を聞き、アクリアは心から安堵していた。それは説得に対してと言うよりも、もう天の声には自分を責める色が感じられなかったからだ。


「常夜殿が提示した(いく)つかの希望に応じるのは、あくまで俺が()けた場合(ばあい)のみだ」


 天が底冷(そこび)えのする声でその言葉を発した直後、ズシンッ!と冒険士達を押し潰すような(すさ)まじい圧力(プレッシャー)が放たれた。


「……確かにシャロンヌさんは、世界に六人しかいない最高峰(エスランク)冒険士の称号を与えられた実力者だけどね」


「天兄が闘争(とうそう)で負けるわけがないの」


 カイトとリナが確信に満ちた面持ちで呟く。


 この二人とてシャロンヌの言い分に思うところがないわけではない。しかし、カイトとリナは天の勝利を信じて疑わなかった。


 どんな強者が相手でも、こと闘争行為に()いて『花村天が他者に(おく)れを()る事などあり得ない』と。


()(もの)め……」


 シャロンヌは恐怖に顔を歪め、(うめ)き声をもらす。


 彼女は再認識した。もはや疑う余地はない。これから自分が戦う男は、レオスナガルやシスト、ルキナすら足元にも及ばない……


 この世界で最強(さいきょう)人型(じんるい)なのだと。

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