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第61話 五大勢力

 都市の街灯に明かりがともり始め、街時計の短針が午後の七時をまわった頃。

 冒険士協会本部の貸し会議室の一角は、緊張感に満ちた雰囲気に包まれていた。


「――これが、その要注意人物の外見の特徴と危険性である」


 広い部屋の中に置かれた大きな円卓に座る初老の偉丈夫が、部屋全体に響く重厚な声で語りかける。


「エイン殿、ヘルロト殿、ローレイファ殿、そしてルキナ殿も……よろしいかな?」


 見るからに特権階級といった男性。


「……」


 そしてその傍らには、これまた長身でがっちりとした体躯の男が、席に着かず立ったまま初老の偉丈夫の後ろに控えていた。ついでながら、今この会議室には彼等二人しかいない。他の会議の出席者は、円卓のそれぞれの席の前にひとつずつ、人型の映像を映し出した端末が置かれているだけである。


『よ〜くわかりんした』


 最初に軽い調子でそう答えたのは、男性の真正面の席に映し出された銀髪の女性。


『さっそく教会の上役達に、事の顛末を通達するでありんす』


 その剽軽なノリとは対照的に、彼女からはどこか空恐ろしい圧力を感じる。


『相わかった! 騎士団にはもちろん、ナスガルド王にも俺の方から伝えておこう!』


『こちらも承知いたしました。陛下に他の皇族の皆も含め、国軍の上層部へ早急に連絡させていただきます』


 ほとんど間を置かず、彼女の両サイドの席に映る映像の二人――貫禄のある老騎士と身なりの良い淑女からも、立て続けに返事が来た。なお、この二人も先の女性と同様、美しい銀色の髪をしていた。


『もろもろ了解やシスト坊! アテも本国の警察本署や家族みんなにすぐ知らせんで〜!』


 そして最後に、この場においてもまるで緊張感のない、砕けた口調の返事があった。シストの右隣の席に投影されていた――ウサ耳の幼女からである。


「ハァ……ルキナ姐。そろそろ公事と私事の区別をつけたらどうかね?」


『ええやん別に。大の男どもが揃いも揃って湿っぽい顔してるんやもん。こっちは息苦しくてかなわんかったんよ』


 ルキナが自分のペースを崩すことなくそう告げると、他にいた三名も次々に緊張の糸を解いていく。


『ふふふ。シスト様。大変に貴重な情報、心より感謝申し上げます』


『これ一応、緊急事態用の通信どすえ? ほんま昔から変わらへんなぁ、ルキナはんは』


『バハハハハハハーッ!』


 女性陣三人の発言の後、普段のシストに負けず劣らずの馬鹿でかい笑い声が会議室に響いた。左頬に大きな傷跡のある三白眼の老騎士は、さも愉快げに笑っていた。


『ルキナ殿は相変わらずだの!』


 他を圧倒する王者の風格。精強さを感じさせる巌のような風貌。それらは雄弁にこの男を剛の者と語っていた。


『うふふ。そういうヘルロトちゃんも相変わらずやね』


『然り! バ〜ッハッハッハハハ!』


 男の名はヘルロト。『騎士王』の称号を冠する“不屈の英雄”。『ナスガルド王国聖騎士団』の筆頭総代を務める歴戦の勇士である。


『オレを「ちゃん」付けで呼ぶ者など、もはやこの世でルキナ殿しかおらんぞ。バハハハーッ!』


「やれやれ……」


 一気に場の空気が崩壊してしまい、シストは額に手を当てて頭を振った。


『ときにシスト様』


「む?」


『先日、我が娘セイレスがシスト様に大変な無礼をしたようで……その件について、この場を借りて深くお詫び申し上げます』


 丁寧な所作で恭しくシストに頭を下げたのは、高貴な気品と洗練された知性を感じさせるドレス姿の女性。


「……そのことかね、ローレイファ殿」


『はい。幼少の頃より目をかけていただいたシスト様に対して、大変無礼な態度を取ってしまったと……セイレスも心から反省しております』


 ローレイファと呼ばれるその女性。エクス帝国の前皇帝の養女であり、現皇帝を義兄に持ち、現役Sランク冒険士であるセイレスを実娘に持つ。“英知の英雄”である彼女は『帝国軍』の最高指揮官であり、軍事における決定権はエクス帝国現皇帝である義兄よりも上とされている。『プロフェッサー』の通り名で知られる大帝国きっての実力者の一人だ。


「ううむ……」


 シストの表情がさらに曇る。相手が相手だけに邪険に扱うことはできないが、それでも本来されるべき議論からどんどん離れてしまうのは、シストとしては正直ありがたくない流れだ。


『近いうちに必ずお詫びに伺うと、娘も申しておりました』


「ローレイファ殿。それについては気に留めずとも結構。あの件については、儂の方にも非があったことゆえ」


『はあ? シスト坊は全然悪ないやん。ただ単に、あん娘が不貞腐れてそのまんま会議室を出てっただけやん』


 良く言えば社交的、悪く言えば素っ気ない返事をして、この話はこれで終わりと早々に話題を戻そうとするシスト。だがそんな彼の思惑は、当時現場に居合わせていたもう一人のVIPの茶々入れにより敢え無く阻まれた。


「……ルキナ姐」


『実際そうやん』


 シストは旧友をジト目で睨むが、ルキナは意にも介さなかった。


『……誠に申し訳ありません。せっかくシスト様の計らいにより、冒険士の最高位についたばかりだというのに』


『ホンマやよ。この前も言うたけどな?あん娘にSランク冒険士はまだ早すぎたんちゃうシスト坊?』


『……』


「ローレイフォ殿。儂は本当に気にしてはおらんよ」


 小言を言い始めたルキナを無視して、シストは気落ちするローレイファに声をかける。


「それに素行の悪さという点において、同じSランク冒険士でミルサ君に勝る者はいないのだよ」


『ういぐっ!』


 そして同時に、さりげなくルキナの泣き所をついてやった。


『バ〜ハッハハハ! これはシストに一本取られたな、ルキナ殿!』


『おほほほ。まさにどすなぁ〜』


 ルキナに負けず劣らず訛りの強い独自の話し口調。シストやヘルロトとはまた違った凄みを感じさせる眼力。息を呑む美貌。それらを携えた妖美な女性は、淑やかに口元を隠しつつも人を食ったような高笑いをする。


『ぐぬっ、エインちゃんまで……』


『堪忍どすえ、ルキナはん。シストはんがあんまり上手いこと言うもんやから』


 彼女こそ、ミザリィス皇国歴代皇帝の中で初の女皇帝に選ばれた“魔法術の英雄“。さらに『法十字教会』の事実上のトップを担う稀代の女傑である。


『つい先日も、あの小娘(ミルサ)はうちの末娘にちょっかいを出そうとしたんよって。そやし、ちょう耳と尻尾を氷漬けにしたでありんす』


 その性格は極めて好戦的で攻撃的。魔力至上主義を信条に掲げており、大国ミザリィスを独裁政治で統治している。またエインは自他共に認める『世界最強の魔技士』として不動の地位を得ていた。実際、彼女が今までに立てた武功は数知れず。『魔皇エイン』のあざなは、この世界において畏れの代名詞の一つとされている。


『シスト坊めぇ〜、ホンマに痛いとこ突きよってからに』


 そして最後に、全亜人種の女王――『世界警察』の総帥を務める“境界の英雄”ことルキナを入れて、ここに『世界五大勢力』の最高権力者達が一堂に会した。




『ここでうちの馬鹿娘の名前を出すんは反則やろ!』


『まぁ、あの娘を引き合いに出せば、大抵の者の振る舞いは許されるでありんしょう』


『然り! あやつ以上にたちの悪いSランクの冒険士など、人型の歴史を遡ってもそうそうお目にかかれるものではない。バハハハハハーッ!』


『皆様、その辺りでよろしいかと』


 今の今まで自分の娘が槍玉に挙げられていたはずのローレイファが、いつの間にか涼しげな顔でルキナのフォローに回っていた。


『もともとこれはセイレスの不祥事から始まった話。これ以上この場でミルサ殿の粗暴な品行を責めるのは控えるべきかと存じます』


 ローレイファはあたかもルキナを庇っているようにも見える。だが、その実、彼女の口元には冷笑が浮かんでいた。


『何より、今はそのような世間話に花を咲かせている時ではないはずです』


 いけしゃあしゃあとローレイファはそう述べる。どうやら彼女も、中々に強かな女性のようだ。


『……シスト坊。覚えとれよ』


 つい先程とは全くの真逆。今度はルキナが映像越しのシストを恨めしげに睨んだ。


「先に場を乱したのはそっちではないかね」


 シストは憮然と言い返した。この時、彼にしては珍しく、本気でルキナの緊張感に欠ける態度に腹を立てていた。


『な、なんやのん怖い顔しくさって』


「ローレイファ殿も言っていたことだが、今は雑談をしておる場合ではないのだよ」


 時には保たなければならない緊張感というものがある。今日それを嫌というほど身に染みて痛感したシストにとって、先程からのルキナの態度はとても許容できるものではなかった。それがたとえ、自分に気を使った行いであったとしてもだ。


「ルキナ殿。貴女が儂やナダイを気にかけてくれるのはありがたいことだ。だが、この事は我々の自国だけにあらず、世界全体の存続にかかわる重要案件なのだよ」


『うぐ……』


 と、ルキナはくぐもった呻き声を上げる。有無を言わさぬシストの迫力を前に、さすがのお気楽女王もこれ以上軽口をたたく気にはなれなかったようだ。


『むむ。あのようなシストを見るのは久方ぶりだぞ。これは俺も、事の重大さを再認識せねばならぬようだな』


『ほんまどすなぁ。こりゃあ、ミザリィスも本腰入れて警戒せんとあきまへんわ』


『我がエクス帝国でも、直ちに対策本部を組織させていただきます』


 映像越しでも伝わってくるシストの気迫に当てられてか、周りにいた他の大国の要人達も忙しなくその表情の色を変えた。




「……ちっ」


 そんなVIP達の有様を目の当たりにし、露骨に顔を顰める者がいた。『烈拳』の二つ名を持つSランク冒険士、ナダイだ。


「……いい気なもんだぜぇ……」


 ナダイは各国の首脳陣に非難の目を向けながら小さく嘆息する。ただ、そういったナダイの礼に欠く言動も一瞬であった為、幸いなことに大国の要人達は誰も気づいていなかった。


「……」


 この時、ナダイは昼間の出来事を思い出していた。


「俺には……」


 彼等を非難する資格などない。実物(花村戦)を見るまで楽観視していたのは自分も一緒だ。何よりも、結果的に『大将を見殺しにしようとした卑怯者』に、他者を責める資格などないのだ。


「……クソ」


 ナダイは力なく下を向き、固く唇を噛みしめるのだった。




『――それはそうと』


 シストとナダイが様々な葛藤を頭の中で繰り返していた時だった。


『シストはん、それにナダイはんも……あんさんら、何かあちきらに隠してまへんか?』


 エインの翡翠色の瞳が鋭く細まる。凍れる問いと共にシストとナダイに突きつけられたのは、脳天を射るような研ぎ澄まされた眼差しだった。


「……!」


 その瞬間、弾かれたようにナダイが肩をびくつかせる。


『なんや、やっぱりかえ』


「……っ」


 ナダイは気まずげに視線を泳がせる。これは不意打ちに近かった。それに加え、彼はお世辞にもこういった駆け引きが得意と言える性分ではない。


「エイン殿。貴女には実に申し訳ないがね? エイン殿が言う隠し事など、儂にはまったく心当たりがないのだよ」


 しかして、シストは一切動じた素振りを見せなかった。


「ここに集まってもらった皆には、たった今儂から伝えるべきことは全て話し終えた」


『ふ〜ん』


 エインの氷の視線と、シストの揺るがぬ眼光が真っ向からぶつかる。


『シストはんにしては、えらい誠実さに欠ける応対どすなぁ』


「そう言われても、知らぬものは知らぬとしか言えんのだよ」


『あくまでシラを切るつもりでありんすか』


 シストのそれは惚けるなどという生易しいものではなかった。向こうに知られてしまった上で、言外に『答える必要はない』とエインの要求を跳ね除けているのだ。一方のエインも、口調こそ変わらないものの、その攻撃的な姿勢は『一歩も譲る気はない』と傍目からも明らかであった。


『エイン様。ここは穏便に』


『さっしーやエインちゃん。シスト坊がそない意固地になるっちゅうことは、協会か国のトップシークレットに決まってるやん』


『然り。シストに限ったことではない。今この場にいる者は、皆が多かれ少なかれそういった秘事を抱えているだろうが。そこへ安易に踏み込むのは、正直感心せんぞ?』


 周りにいた他の大国首脳陣がエインを諌める。ルキナやヘルロトの言うように、国や組織の機密はお互いに触れずに済ませるのが暗黙の了解だ。他勢力への過度な詮索はタブーとさえ言える。


『皆々様がおっしゃるとおりどす。こういった会合の場で、各々方の込み入った事情を探るのはご法度。どう考えてもあちきの方が悪いですわ』


 エインは映像越しにくすくすと余裕のある笑みを漏らし、小さく何度か頷いた。


『そやし、普段ならあちきもここで引き下がるんやけども、今回は話が別でありんすえ』


 だが、それでも彼女は引かなかった。


『シストはん本人も言うてはりましたが、これは世界の存続に関わる重大な話なんでっしゃろ?』


「うむ。確かに儂はそう言ったのだよ」


『なら、情報は多いに越したことはないんとちゃいます? 違いますのん、皆様方?』


 エインはシストのみならず、他の出席者にも賛否を問うよう語りかける。


『ただの屁理屈だぞ、それは。だいいちシストやナダイが持っているその情報が、今回の件と関係あるとも分からんではないか』


『アテもヘルロトちゃんに一票や』


『ですが、エイン様の言い分にも一理あると思います』


 綺麗に意見が二手に分かれた。ルキナにヘルロト、エインにローレイファ。シストを除く四者の意見が出揃い、張り詰めた空気が場を支配する。


「……この件に関しては、儂の大切な友の名誉がかかっておる」


 そう言って、高潔なる英雄王は、ゆっくりと深い息を吐いた。


「これから儂が話すことは、くれぐれも他言無用に願おう」


「お、おい、旦那!」


 シストの背後に控えていたナダイが咄嗟に声を上げた。普通なら立場をわきまえろと叱責されてもおかしくないところだ。しかし事情が事情なだけに、周りにいた五大勢力の首脳陣は誰も彼の言動を咎めなかった。


「いいのかよ、本当に言っちまっても⁉︎」


「仕方あるまい。エイン殿の言い分はもっともなものだ」


『当然どすなぁ。それと、機密保持は言われんでも心得てますよって』


 エインは勝ち誇った顔で軽く手を振った。


「友の矜持のため、その名は伏せさせてもらうが……」


 シストはエインに目礼だけ返して、彼女だけでなくこの場に居合わせた全員の顔を見渡し、それを告げた。


「昨朝、とある王家の王族の一人が“奴等”の手に落ちた」


『!』


『シスト坊、それホンマなん⁉︎』


『ついに動き出しおったか……』


『あー、そういう事情でありんしたか』


 シストのカミングアウトに、エイン達の目の色が一瞬で変わった。


「――!」


 そして同じくナダイも、シストの爆弾発言に思わずギョッとする。が、彼の場合は微妙に他とはニュアンスが異なっていた。


「その要人の奪還任務を、極秘に冒険士協会が請け負ったのだよ」


「っっ……」


 聞いてねーよ! というセリフがナダイの喉元まで出かかった。だが、ナダイはすんでのところでそれをグッと堪える。そもそもこれは本を正せば彼が原因で起こった事態。自分にこれ以上の失態は許されない。ナダイは必死に動揺を悟られぬよう平常を装う。


『では、先日我が帝国で起きたヘルケルベロスの一件は……』


「陽動の可能性が極めて高いのだよ」


『っ……』


 シストの言葉と共に、ローレイファが苦虫を嚙み潰したような顔になる。


『十一年前の時と同じ手口どすなぁ。なんというか、芸のないこと』


『それについては同感だが、問題はそこではないぞ』


『やね。 当然どの国もそれなりに警戒しとったはずや。そんな中で、また似たような事が起こったちゅうことは』


「十中八九、我ら五大勢力の中枢にも奴等の手の者が入り込んでおる」


 シストがそう告げると、周囲がシーンと静まり返り、会議室を沈黙が支配した。だがそれも数瞬。


『……シスト様。この一件は、我が娘セイレスには?』


 ローレイファが重苦しく口を開ける。


「いや。まだこの件はセイレスには伝えておらん」


 彼女の問いかけに、シストは静かに首を横に振った。


「この事を冒険士の中で知っておる者は儂にナダイ、それに儂の秘書であるマリー……そして今現在奴等の足どりを追っている数名の冒険士達だけなのだよ」


『……左様でございますか』


 肩を落としあからさまに落胆するローレイファ。先日の緊急会議での一件でシストの心証を悪くしたため、自分の娘には白羽の矢が立たなかったと判断したようだ。


『それでは、つい先日ナスガルドへ帰還したレオスナガルも、その事をまだ知らんわけだな』


「うむ。付け加えれば、ミルサ君にもこの一件については話しておらんよ」


『ま、当然やね。よしんばあの馬鹿娘にそれを伝えたかて、情報漏れの危険性を考慮すれば毒にしかならへんよ、その話』


 気落ちするローレイファの心情を見透かしたように、エインを除く三人からそれとなく彼女へフォローが入る。こういった事で他の年配者達に気を使われているあたり、彼女自身も見た目ほど洗練された教養があるとは言い難い。


『ちなみにその捜索隊に抜擢された冒険士の面々とは、誰か訊ねてもよろしおすか?』


 一方エインだけはまるでお構いなしにシストに質問を続ける。彼女にとって、シスト達のとった行動は茶番以外の何物でもないのだろう。


「うむ。奴等の追跡、および要人救出の任には、Sランク冒険士のシャロンヌについてもらった」


『あー、そやし、シストはんはあないに言い渋っとったんかえ』


 シャロンヌの名前が出た途端、エインは映像越しにでもはっきり分かるほどつまらそうな顔をして、興味が失せたとばかりに嘆息した。


『もう大体の話は済みましたよって。あちきは早いとこ、それを自国やら組織やらに通達せなあきまへん。そやし、ここいらで会合はお開きにしましょか』


「むぅ」


 エインの実に勝手な言い分に、シストは顔を顰めた、ふりをする。


『はぁ……エインちゃん、いくらなんでもその態度はどうなん?』


『然り。そもそもシストからこの件を無理矢理に引き出したのは、他でもないお主ではないか』


『左様でございますね。只今のエイン様の振る舞いは少々礼儀を欠いたものと存じます』


 ルキナ、ヘルロト、ローレイファは、エインの態度を咎める姿勢を見せる。招かれた側である彼等ですら、たった今のエインの言動は目に余るものがあると断じたのだ。


「皆、儂なら構わんよ」


 シストはすかさず手を前に出してそれらを制する。実を言えば、このエインの反応こそシストの思惑通りなのだ。


『フンッ』


 エインは義理の娘であるシャロンヌの話を極端に毛嫌いする癖があった。そこに目をつけたシストは、あえてエインからの質問内容にシャロンヌの名前が出てくるよう、少しずつ彼女を誘導したのだ。


『ほんなら、あちきはここいらで失礼させてもらいますよって。皆々様、御機嫌ようでありんす』


「エイン殿。急なコンタクトに応じてもらい感謝するのだよ」


 さっさと映像通信を切るエインを見て、シストは心の中でホッと安堵する。結局、エインは最初から最後までシストの手の平の上にいたに過ぎなかった。


 ……グラス殿とシャロンヌには、少しばかり心苦しいが。


 普段は温厚に見えるシストも、やはり大国と巨大な組織をまとめ上げる長。こういった腹の探り合いはシストに一日の長があったようだ。


『まったくエインにも困ったものだ。シストよ、次に会う機会があれば、その時は盛大に飲もうぞ! 愚痴ぐらいは聞いてやる。バハハハハハッ!』


『シスト様。この度は大変に意義深い会合を開いていただき、心より感謝申し上げます。それでは、私もこれで失礼致します』


 エインが映像通信をシャットダウンしたのを見計い、ヘルロトとローレイファもそれに続いて映像通信を切り上げる。


『なあ、シスト坊』


 そして最後に残った一人――シストと旧知の間柄である兎の童女が、これでもかといやらしい笑みを浮かべて、


『あんたら、ホンマは何を隠してたん?』


 投げかけられたその言葉に、大の男が揃って顔をひくつかせた。


「おいおい……」


「ふう、最初から気づいていたのかね?」


『そんなん当たり前やん』


 男どものそんな反応を愉快そうに眺め、ウサ耳の童女はけらけらと屈託のない笑い声を上げる。


『アテに隠し事やなんて百年早いで、坊やたち!』


「まったく、ルキナ姐には昔から敵わんよ」


 そう言って、シストはようやくその険しい表情を緩めたのであった。



 ◇◇◇



 夜の静寂に包まれていた山林に、突如戦慄が走る。


 ザワザワザワッ!と野山を徘徊していた動物達が一斉にその活動を活発化させた。


 まるで何かに怯えるように、少しでもその元凶から離れるように。鋭い鳴き声を上げながら、野生の動物達は一目散に逃げてゆく。


「……はぁ」


 わざとらしく大きなため息をつき、全身からただならぬ怒気を放つ細目の男性。彼は凍てつく眼差しで一人の美女を見据え、重々しく口を開いた。


「常夜殿、悪いがもう一度言ってもらえないか?」


「……」


 それは質問というよりは警告に近いものだった。乱暴な台詞回しで略すなら『もいっぺん言ってみろ』といったところか。現在の彼は、辛うじて己の怒りの感情を抑えつけているに過ぎない。


「あんたが何を言っているのか、俺には到底理解できない」


 周りにいる彼の仲間達も、一様に緊張した表情をしていた。ろくに声も出せない、そんな様子である。ただ一人の例外を除いては。


「俺は二度も三度も繰り返し同じことを言うのは嫌いだ。――が、今回に限っては何度でも言ってやろう」


『常夜の女帝』の異名で知られるSランク冒険士、シャロンヌのその翡翠の瞳には、一切の迷いもなかった。


「花村天」


 先刻、彼女が起こした癇癪とは明らかに違う。


「お前に『決闘』を申し込む!」


 譲れないものを感じさせる凛とした声が、漆黒の森に響き渡った。


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