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第60話 闘技

 日も完全に沈み、月が山の夜空を照らし始める頃。


 現在、時刻は18時45分。


 まだ森の夜鳥(やちょう)たちが活動するには、幾分(いくぶん)か早い時間帯ではあったが。辺りの山々はすっかり夜の空気に包まれていた。


「もうそろそろかな」


 ……トゥルルルルルッ!


 ほぼ同時であった。カイトがふと思い出したように予感めいたセリフを(こぼ)すと。突然、電話のコール(おん)にも似た音が周囲に鳴り響く。


「はい、もしもし……やあ兄さん。そっちの塩梅(あんばい)はどうだい? 」


 すぐさまドバイザーを取ったカイトは、予想通りといった様子で物腰を穏やかに微笑む。


「……またしても先んじられました」


 対照的に、カイトのすぐ隣にいたアクリアは、どんよりと暗い表情を浮かべて恨めしそうに(つぶや)く。


「またしてもカイトに…………」


 心なしか嬉しそうにドバイザーを耳に当てる兄貴分(カイト)を、ジト目で睨むアクリア。


「ハハハ、そろそろ兄さんから連絡がくるかなと思っていたところさ」


 そんな妹分(アクリア)の視線を華麗にスルーし、カイトは何食わぬ顔で天との会話を続けている。


「ああ。こっちの準備はもう随分前に終わっているよ。今から一時間ぐらい前には結界を無事に張り終えたからね。それはそうと、兄さん達は今どこにいるんだい? 」


「……」


 カイトのこの質問に、先程から黙って聞き耳を立てていたシャロンヌの眉がピクリと動く。


「あー、そこならこの場所から目と鼻の先だね」


「ッ! 」


 そして今度は、アクリアがカイトのそのセリフに体をビクンと弾ませる。


「天様はすぐ近くまでおいでなのですか⁉︎ 」


「おい、大丈夫なのか? 」


 アクリアとシャロンヌは前後で似たような言葉を発したが、そのテンションは致命的に異なっていた。


「ただちに向かいましょう、カイト! 」


「カイト。用心に越したことはない。我々が向かうまで花村天(はなむらてん)にはそこを動くなと伝えろ」


 一方は安心と喜び、一方は懸念と警戒を。それぞれが胸に抱いていた。


「せっかく用意したドブネズミどもの包囲網(ふくろ)を、あいつに撤去()されてはかなわんからな」


「シャロンヌさん。先ほど申し上げましたように、天様がそのようなミスを犯すことなど考えられません」


「万が一ということもある。アクリア、お前もハイクラスの冒険士なら、常にあらゆる事態を想定して行動するべきだ」


「お言葉ではございますが、天様に限って言えばそれは杞憂(きゆう)というもの。現に只今もこうして、天様は前以て(わたくし)たちにご連絡くださいました」


 カイトを間に挟んで、静かに火花を散らす両者。


「ハハ……いや、なんでもないよ。ちょっと周りにいるお姫様がたがね」


 余談だが、現在二人にはドバイザー越しにカイトと話している天の声はまったく聞こえない。なぜなら、カイトのドバイザーには強固な防音対策(ぼうおんたいさく)がなされているからだ。


 守秘義務を守ることは、当然この世界でも最上位のモラル。従って、安易に無線を傍受されぬようドバイザーやその他の連絡手段に防壁を設けることは、カイト達のような熟練冒険士の間では一般常識である。


 仮にこの機能が取り付けられたドバイザーの場合、(いく)ら魔力操作が達人の域でも、幾ら五感が優れていても、幾ら『超聴覚』のスキルホルダーであったとしても。盗み聞きは至難の(わざ)となるのだ。


「カイト! 俺の話をちゃんとに聞いているのか! 」


「カイト、一刻も早く天様とリナさんの元へ参りましょう! 」


 無論、それは彼女達『古代英雄種(エンシェント)』でも例外ではない。


「ハ、ハハハ…………ん? 」


 (まく)()てる女性陣の目力に、カイトが居心地の悪さを感じ始めた矢先だった。


「浮かない様子だけど、何かあったのかい? 」


 何やら不審な気配が無線越しの天の声色から漂ってくるのを、彼の相棒であるカイトは敏感に読み取る。


 そしてその直後。


「なっ! それは本当かい、兄さん⁉︎ 」


 明らかにただごとではないといった口調で、カイトはドバイザー越しに天へ()き返した。


「天様に何か起こったのですか! 」


「おい、あいつらに何かあったのか⁉︎ 」


 当然カイトの声に聞き耳、もとい耳を傾けていたアクリアとシャロンヌも。カイトのその様子から、事の深刻さを鋭敏(えいびん)に感じとった。


「…………リナが」


 そんな二人に、カイトは顔を青ざめさせたまま答える。


「リナがモンスターとの戦闘で負傷したらしい」


「「ッ‼︎ 」」


 途端にアクリアとシャロンヌの顔色も変わった。


「幸い命には別状ないようだけど。兄さんの口ぶりから想像するに、リナはかなりの深手を負ったみたいだ」


「お二人は今どこに! 」


 アクリアの瞳に鋭い光が灯る。


「ああ、昼間に兄さんがヘルハウンドと戦った辺りの……」


 カイトの言葉を最後まで()たず、ダダッ!と暗い森の奥へと走り出すアクリア。駆け出した彼女の背中は、強い使命感を帯びていた。


「リナさん、今すぐに行きますからっ」


 惚れた(てん)に会いに行くためではない、負傷した親友(リナ)を救うために。アクリアは真っ暗闇が支配する樹海へ躊躇(ちゅうちょ)なく足を踏み入れていく。


「あいつも何時(いつ)もああなら、非の打ち所がない冒険士なんだがな……」


 シャロンヌは走り()くアクリアの背中に視線を投げ、ふと取り()めのないことを呟く。


「兄さんと出会うまでの彼女は、常にああいった感じでしたよ」


 とりあえずのフォローを入れるカイト。しかし、苦笑しながらのそのセリフは説得力にイマイチ欠けるものだった。


「それにしても妙だな。あの男が側についていながら、リナが深手を負うなどと」


「答え合わせは本人達(てんとリナ)に直接聞くのが一番早いですよ」


 ()せない、というシャロンヌの意見をカイトは否定も肯定もしなかった。


「今からそっちに向かうよ、兄さん」


 それよりも今は行動に移るべきと。カイトは天との無線通信を早々に切り上げ、アクリアに一足遅れて夜の森へと歩を進める。


「……それもそうか」


 最後にそれを追う形で、シャロンヌもその場を後にした。


 ◇◇◇


「リナ! 怪我の具合は大丈夫なのかい⁉︎ 」


「どこをやられたんだリナ! 」


 天達に合流したカイトとシャロンヌが開口一番にそれを(たず)ねる。すると、()かれた本人(リナ)はけろっとした顔で二人の方を振り向き、


「なんてことないのです。右手をちょっと、痛っつぅ! 」


「リナさん。右手の指をほとんど骨折して、どのあたりが『ちょっと』なのでしょうか? 」


「うっ……」


 リナの(かたわ)らにいた回復役の怖いお姉さんが凄むと、彼女は途端に萎縮(いしゅく)してしまった。


「……ごめんなさいなのです」


 どうやらやせ我慢だったようだ。


「全員で来たのか? 」


 既にレベルフォーの回復魔技をリナに(ほどこ)しているアクリアを尻目に、やや遅れてやってきたカイトとシャロンヌへ天が発した第一声は、それだった。


「心配いらん。先にカイトから聞いたとおり、すでに奴等を逃がさんための結界は完成している」


「ああ。ちょっとやそっとの魔力じゃ到底破ることの出来ない、すこぶる強力なやつをね」


「あの結界の中にいる限り、邪教徒どもは簡単に出てはこれんはずだ」


「それに奴等の『空間(くうかん)魔技(まぎ)』の効力が切れるまでは、まだ少し時間もあるしね」


 一見そっけないようにも思える天からの言葉に眉ひとつ動かさず、円滑に今現在の状況報告をするカイトとシャロンヌ。


「ならいいんだが……」


「安心しろ。俺はお前と同等か、あるいはそれ以上に奴等を取り逃がす気はない」


「それは俺やアクリア、リナも同様ですよ。アリス王女の件はもちろん、せっかく掴んだ邪教徒の足取りをみすみす見失うようなマヌケな真似は、絶対に避けなければならない」


 彼等二人も本来ならトップチームのリーダー格に位置する人材だ。天が何を心配しているかなど口で説明されずとも分かる。逆に今、一番重要な持ち場に誰もいないことを真っ先に気にかけた天の態度は、カイトやシャロンヌにとって好感が持てるものであった。


「それよりも、花村天。今度はこちらが訊きたい……一体何があった? 」


「正直言って俺も驚いてるよ、兄さん」


 シャロンヌとカイトの口調からは天を責める色はまったく感じられなかった。だがそれでも、意外感は隠せないといった目で天を見やる両名。


「楽観的かもしれないけど、まさかリナが深手を負うなんて思ってもみなかったからね」


「普段の俺なら、今のカイトのセリフに『危機感が足りん』と叱責(しっせき)するところだが。あいにくと、今回に限ってはこの俺もカイトと同じ意見だ」


 冒険士をしていればこんなことは日常茶飯事だ。それはカイトやシャロンヌもよく理解している。しかし、それをとっても今回のケースは二人にとって予想外なのだ。


『まさか天がついていながら』と。


「いや、それはだな……」


 天が二人の疑問に歯切れ悪く何かを答えようとした時だった。


「天兄は何も悪くないのですっ! 」


 一旦アクリアの方に顔を戻したリナが声を張り上げ。再度カイトとシャロンヌの方を振り向いて答える。


「ぶっちゃけ、この怪我はモンスターから攻撃を受けて負わされたものじゃなくて。あたしが『ヘルハウンド』を攻撃して負傷した怪我なのです」


「……? ええっと、どういうことでしょうかリナさん? 」


 リナの右手を回復していたアクリアが、キョトンとして首を(かし)げた。


「ごめん、リナ。俺もよくわからないよ」


「右に同じだ」


 同じく緊張感が削げ落ちた顔で、カイトやシャロンヌも似たような反応を見せる。


「そのまんまの意味なのです。あたしが天兄から教わった『闘技(とうぎ)』をヘルハウンドに使ったら、その技の威力に、あたし自身の右手が耐えきれなかったのです」


「ええっ⁉︎ 」


「「なっ! 」」


 ようやく事の真相を理解したアクリア、カイト、シャロンヌの三人は。皆が皆、驚きの表情を浮かべてその本元(ほんもと)と言える人物(てん)の方へと顔を向けた。


「リナには()の素質があったんでな。俺の闘技の一つを仕込んだんだよ」


 一方の天は、近くの大木に背をあずけてカイト達三人の疑惑の視線に応じた。


「その結果、リナは驚異的な早さで闘技の一つを習得することに成功した。そして魔技はおろか武器も一切使用せず、ヘルハウンドを打ち倒したんだ」


「でへへへへへぇ〜〜」


 天が皆にその話を聞かせている傍ら、リナは空いている左手で頭を()きながら、これでもかと鼻の下を伸ばしていた。


「だが当然、代償(だいしょう)もあった」


「ヒック! 」


 しかし調子に乗っていられたのも束の間。不意に泣き所を突かれたリナは、あまりのアップダウンに思わず()せそうになる。


「なるほどね。それがその右手の怪我というわけだ」


 カイトが納得したように相槌を打つ。


「正確に言えば両拳(りょうこぶし)だ。ただ、左手は右手に比べればそこまで損傷は酷くない」


「左は(かろ)うじて骨まではいってない感じなのです。でも不思議なの」


 不可解な面持ちで左手の甲を舐めるリナ。


「どう考えても左手の方が負担が大きかったはずなのに、右手よりもダメージや痛みが全然大したことないのです」


「リナが左手で放った『螺旋貫手(らせんぬきて)』は完璧に近いできだった。それこそ、最初に右手で繰り出したものとは段違いの完成度だ。それに加え、あの時にお前の左手は『練気(れんき)』を(まと)っていた」


「アレは不思議な感覚だったのです。何かこう、左手が燃えるように熱くて、力がどんどん(あふ)れてくるような……」


「それが練気だ」


 天の声に重みが宿(やど)る。


「これはあくまで俺の推測だが、練気は技の威力を倍増させる効果の他に、使用者の肉体の強度、つまり耐久力や体の部分的な防御力を上げる効果があるのかもしれん」


「納得なのです!言われてみると、確かにあの時の感覚は、上質な防具をリンク装備している感じに近いのです! 」


 リナは左拳を握りしめながら、天の言葉に大きく頷いた。


「もし仮に、右の螺旋貫手が左で放ったそれと同一のものだったなら。おそらく最初の一撃で決着(けり)はついていたはずだ」


「今度やる時は、絶対に一発で決めてやるの! 」


「まあ何にせよ、次に闘技を使う時はCランク以上のヤツがいい。もうD以下のモンスターだと、お前の相手は務まらんからな」


「了解なのです教官‼︎ 」


「「「…………」」」


 二人のあまりの話の内容に、側でそれを聞いていたカイト達三人は、口をポカンと開けて唖然としていた。


「まさかDランク最強のモンスターであるヘルハウンドを、魔技はおろか武器すら(もち)いずに退(しりぞ)けるなど……」


「兄さんという例外を除けば、普通ならまずあり得ないはず……なんだけどね」


(にわ)かに信じがたい話だ。まだFランク程度のモンスターを素手で倒したというのなら、話に信憑性もつくが」


「作り話じゃないのです。一〇〇パーセントほんとの話なの」


「わかっている!だから余計に混乱しているのだ! 」


 シャロンヌの目じりが険しく吊り上がる。今まで魔力こそが戦いにおける最も重要なファクターと、シャロンヌは信じて疑わなかった。


「いくらリナが並外れた身体能力の持ち主だとしても、あのヘルハウンドを魔攻撃を使わずに素手のみで倒すなどと……ブツブツ」


 故に、たとえ天とリナの話がすべて実話だと頭でわかっていても。どうしても受け入れられないというのが、シャロンヌの(いつわ)らざる本音だろう。


「それと、カイト達にも聞こえたかもしれんが」


 親指の爪を噛みながら何やらブツブツ呟いているシャロンヌを余所に、天は続けざま今の話の立証を図る。


「さっきここいらに響き渡った大狼(だいろう)のような(おお)々しい雄叫(おたけ)びは、その時のリナの勝ち名乗りだ」


「左様でございましたか。あの雄大(ゆうだい)(りん)とした咆哮(ほうこう)は、リナさんのものでしたか」


「でへへへへへへぇ〜なの」


 天とアクリアから遠回しに褒められ、ふたたび思いきり顔を緩ませるリナ。


「そりゃそうと、何でお前らはそんなに驚いてるんだ? たかがDランクのモンスターを『素手で倒した』ぐらいで」


「……」


「…………」


「「………………」」


 そんな意見を天が述べた途端、たちどころに場が凍りつき。その場にいた全員が一斉に天の方へと半眼を向ける。


 ……あれ? もしかして俺、なんかマズイこと言っちゃったか?……


 天は自分が地雷を踏んだことにすぐ気づいたが、もう色々と手遅れだった。


「兄さん。あえて言わせてもらうけどね? 俺達からすれば素手でEランクより上のモンスターを倒すなんて、『神業(かみわざ)』以外の何物でもないよ」


「言うとおりなのです。自分で言うのもなんなのですが。これまでの歴史上で、ヘルハウンドを魔技なし武器なし道具(アイテム)なしの裸一貫(はだかいっかん)で仕留めた人型なんて、多分天兄とあたしを含めて数えるほどしかいないの」


「天様のような神懸かり的な戦闘力(ステータス)があって、初めてなせる偉業でございます」


「そもそも、お前はあらゆる面で非常識なのだ! ヘルハウンドをまるで羽虫のように指弾(デコピン)きで倒すなどと、もはや神業を通り越して狂気の沙汰だっ! 」


「…………えっと、なんかすみません皆さん」


 シャロンヌやカイトはおろか、いつも天に激甘ジャッジのアクリア、はては当事者であるリナにまでツッコまれ。天は素直に謝るといった選択肢を余儀なくされる。


 ……この分だと、今朝にCランクの『クレイジーキャット』を同じ方法(デコピン)で倒したことは、まだこいつらには言わない方が良さそうだ……


 この時、図らずも天はこの世界のシビアな一般情勢を知るのであった。


 ◇◇◇


「兄さん! もし良かったら、俺にも『闘技』を教えてくれないか⁉︎ 」


「天様。是非、この私にも『闘技』のご教示を賜りたく存じます! 」


「二人とも待つのです。天兄はあたしの『闘技』の先生なのっ! 」


「まあ、別に二人にも『闘技』を教えるのは構わんのだが……」


 ぽりぽりと頭を掻きながら、少し困った顔をする天。


「おそらくだが、カイトとアクのスタイルに『闘技』は合わんと思うぞ? 」


 天はリナの治療が終わるまでの待ち時間を利用して、他の仲間達に彼女(リナ)へ『闘技』を教えた経緯、ヘルハウンド討伐に至るまでのあらましを大まかに説明した。すると、何故かその話を聞いたカイトとアクリアが目の色を変えて、自分達にも『闘技』を教えて欲しいと食いついてきたのだ。


「お前等はどちらかと言えば、近接(きんせつ)した戦闘戦術よりも相手とある程度の距離を置いて戦う、言ってみれば魔攻戦術で力を発揮するタイプだろ? 」


「天兄の言うとおりなのです、二人ともっ! 」


「たとえそうだとしても、兄さんが扱う技術なら覚えておいて損はないはずさ。いいや、今よりも確実に強くなれる……だからお願いだ、兄さん! 」


「天様は、闘技は誰にでも習得可能な技術(スキル)だとおっしゃいました。しかも、魔力はおろかレベルや生まれ持った資質も、一切必要としないと! 」


「一つ一つの技を習得する速度は、そいつのセンスで大きく変わると思うがな? それでも、修練を続けさえすれば大概(たいがい)の闘技は身に付くはずだ」


「であるなら。私やカイトが天様から闘技を教わることは、必ずしも無意味なことではないはずです! 」


「そりゃまあ……」


 カイトとアクリアのただならぬ剣幕に、天は思わずたじろいでしまう。


「ストップ、ストップ、ストォッップ! 」


 現在自分の右手を治療してくれているアクリアを左手で制し、天に詰め寄るカイトの方に顔を向け、リナは(せわ)しなく三人の間に割り込む。


「カイトさんとアクさんには、ちゃんと魔技と魔装技主体の戦い方があるのです。だからあんまり贅沢(ぜいたく)を言って、天兄を困らせちゃ駄目なのっ! 」


 などと口では建前を述べてはいるが、リナのその様子からは天を独り占め(指導者として)したいという気持ちがひしひしと伝わってくる。


「フン、素手での戦闘法など教わって何になるというのだ。どう考えても正気の沙汰じゃない」


 この場でただ一人、シャロンヌだけが不貞腐れたように顔を(しか)め。天と目を合わせずにそっぽを向いていた。


 そして次の瞬間、


「まず第一に、だ! 『闘技』とは一体何なのだ花村天‼︎ 」


 シャロンヌはわざと外していた視線を天の方へと戻し、そのまま親の仇でも見るような目で天に怒りの矛先を向ける。


「長年世界中を飛び回り、各国に数々の情報網を持つこの俺ですらっ! 闘技などというスキルは見たことも聞いたこともないぞ‼︎ 」


「そんなの当たり前なのです。むしろ知ってる方がおかしいのです」


 飄々とした調子でそう答えたのは、その事を問われた天ではなく、現在右手を治療中のリナだった。


「リナ! それはどういう意味だ! 」


「言ったまんまなのです。だって、闘技は天兄自身が編み出した『魔力をまるで必要としない戦闘技術』だから」


「俺が考えた無手(むて)(おも)とする格闘術、俺個人の戦闘スタイルと取ってくれても構わん」


 昼間のような女同士の口論へと発展する前に、天は流れるような言い回しでリナの言葉を引き継いだ。


「実を言うとこの『闘技』という名称も、『魔技(まぎ)』にならって最近俺がつけたものだ」


「なな、なにぃい⁉︎ 」


「いや、呼び名が無いと何かと締まらんと思ってな? 」


 ……実際のところはちゃんとした名称が別にあったんだが。この際だからアレは墓まで持っていこう……


 天はこれを機に、自らの黒歴史の一つを闇から闇へ葬り去ると。人知れず心に誓った。


「な、ななっ、なんだその安易な思いつきは‼︎⁉︎ 」


 一方で、シャロンヌはあまりにあんまりなその理由に思わず目を剥いて逆上していた。


 しかし、天は彼女のそういった感情の波などお構いなしに、いけしゃあしゃあと、


「丁度カイト達と出会った頃に思いついた」


「っ〜〜〜‼︎ 」


 シャロンヌの顔がみるみる蒸気する。もちろん天自身、シャロンヌのことを挑発する気はまるでないのだが。結果的に火に油を注ぐ形になっていた。


「さすが天兄っ! ナイスなネーミングセンスなのです! 」


 天に同じく。リナも癇癪を起こしているシャロンヌを完全に放置し、グッと左手の親指を立てながら天を絶賛した。


(たたか)いの技と書いて『闘技』……まさになのです! 超しっくりくるのっ! 」


 無論、リナもシャロンヌへの当てつけではなく純粋にそう思っただけである。


 なお残りの二名、カイトとアクリアはと言えば、


「もうすっかり日が落ちたな。このあたりは夜になると視界が極端に悪くなるから、みんな十分に注意していこう」


「ペンライトを取りに、一度動力車へ戻ったほうがいいかもしれませんね」


「そうした方が後々になって困らないかな。幸いまだ多少は時間に余裕がある。たかが灯り一つでも、準備には万全を期さないといけない」


「ドバイザーでもライトの代用は効きますが。あの使用方法を多用すると、魔石燃料(バッテリー)がすぐに枯渇(こかつ)してしまいますから」


 昼間と同じ(てつ)()まぬよう、二人は二人で話題を変え。あえてリナやシャロンヌを止めも加勢もせずに、なるべく中立的な立場を維持していた。


 そんな中、天は呆れた様子でシャロンヌを見やる。


「だいたい、なんであんたがそんなにキレてんだよ 」


「花村天‼︎ おま、おまえっ、お前という奴はぁあああ‼︎ 」


 当然の如くシャロンヌは天のこの態度に激昂し、あわや一触即発といったまさにその時。


「あのな〜〜、今あんたが俺にぶつけてる苛立ちは、正直お門違いもいいところだぞ? 」


 今度は逆に、天がシャロンヌを糾弾する姿勢をとった。


「この事に対して、俺はあんたに文句を言われる筋合いはない」


 今の今まで大人しく受けに徹していた彼も、ついに不満を爆発させたのだ。


「なんだとぉおお! 」


「だってそうだろ? 何で俺が考えた “(わざ)“ を、俺自身が名付けたらいけないんだ? 」


「うえっ⁉︎ そっ、それは……」


 途端、シャロンヌの勢いが止まる。天のあまりの正論に、今までムキになっていた彼女も言葉を失ったのだ。


「もっと言えば俺個人で編み出した技術を俺がどうしようと、はっきり言って俺の勝手だ」


「だ、だがっ、しかしだな! 」


「他者に迷惑をかけているなら話は別になるかもしれんがな。今のあんたの苛立ちは完全に個人的なもの、言ってみればガキの屁理屈だ」


「うぐっ」


「言えてるのです」


「リナ」


 リナが天の後押しをすると、()かさず天から待ったがかかる。これにより、リナはすぐさまバツが悪そうに押し黙った。彼女も即座に気づいたのだ、天が自分に何を言いたいのかを。


 ……気持ちはありがたいが、ここでまた出会い頭にやったような衝突を繰り返すのは、色々とよろしくない……


 天も不満を口にしてはいるが、アクリアやカイトと同様に昼間の二の舞は御免(ごめん)だとも思っていた。もちろんリナの気持ちはとても嬉しい。だが、それでもこういった言い争いは一対一で行うのがベスト。そうでなくては、天とシャロンヌ、双方ともに心から納得のいく結果は訪れない。


 ……まあ、だからと言って引き下がる気は微塵もないがな……


 それとこれとは話が別だ。


 もう一度言っておくが、天は天でシャロンヌの言い分に対し、相当腹に据えかねているのだ。


「常夜殿。あんたにいくつか質問したい」


「なんだっ」


 シャロンヌの口調からはまだ若干の苛立ちが見て取れる。だがそれも、既に強がりと言っていいレベルだ。


「まず最初に、なんであんたは闘技のことを知ってんだよ? 」


 天はかなり乱暴な言葉遣いで、その事実関係をシャロンヌへ問いただした。


「「「……」」」


 するとどういうわけか、傍観者に徹していたカイトとアクリアとリナが、ビクッ!と体を痙攣させた後、三人揃って肩をすくめてしまう。


 ……ああ、そういう事か……


 後ろめたさを全身から(にじ)ませるカイト達三人を目の端で捉え、ため息をつく天。よくよく考えれば、情報の出どころなど一つしかないのだ。


「それはこの前に開かれた緊急会議で……」


「あー、やっぱいいや」


 天は早々にこの質問を打ち切る。


「なに? 」


「それについては、さして気にするような事でもないと言った」


「……何だというのだまったく」


 不満気にシャロンヌは唇を(とが)らせる。素直に事情を説明しようとした矢先にこれだ、彼女からしたら当然面白くないだろう。


「さて、気を取り直して次の質問だ」


 なんだかんだ言っても、この男は零支部の仲間達だけには甘い。


「例えばだが、今あんたが身につけてるそのマント」


「……? 俺のこのマントが何だというのだ? 」


 天の強引な質疑応答に、何度も似たようなセリフを繰り返すシャロンヌ。もはや完全に天のペースである。


「その深紫のマントに、装備品として初めからついている固有名詞の他に、あんた自身で(ひそ)かに愛称をつけているとしよう」


「なっ、俺はそんなことなどっ! 」


「してないのはわかってる。例えばの話だ。だから聞け」


「うっ」


 反論は認めない。有無を言わさぬ天の迫力に、シャロンヌは我知らず後退する。


「考えてもみろ。あんたがもし初対面の人物に……『シャロンヌさんて、何で自分のマントに〇〇って名前をつけたんですか』とか、『シャロンヌさんが〇〇って呼んでいるマントについて、いくつか質問したいことがあります』とか、いきなり(たず)ねられたらどうだ? しかもいい大人が、似たような年齢の大人にだ」


「確かにそれはキツイのです……」


 思わず声を出して答えてしまうリナ。だがこの彼女の発言は、天やシャロンヌに特別くみするものではないので勿論セーフだ。


「…………」


 一方のシャロンヌも、決まり悪げに視線を地面に逃した。言葉にはしていないが、その面持ちから彼女もリナとまったく同じ見解なのは言わずもがなだ。


「あんたも俺の立場になって、もう一度よく考えてみろ! 」


 そして、いつしか天の顔からも余裕さが消え去っていた。彼にとっても、この糾弾は自分を追い込むもの、有り体に言えば諸刃(もろは)(つるぎ)であった。


「いきなり初対面のやつが真顔で……『ほう、それが噂に聞く闘技か』とかシリアス調に言われて。俺からしたら『なんでこいつは俺の部外秘(トップシークレット)を知ってんだよ』ってなるだろ! 」


「いや、それは……」


「しまいにゃ人のプライベートに土足で入ってきた挙げ句に『そんな安易な思いつきで名付けたのか 』みたいな説教しやがって……逆にそんなもんを真剣に考える方が、大人としてよっぽど恥ずかしいだろうがっっ! 」


「あの、その……」


「はい、闘技はこの(わたくし)が考えた名前ですが何か? 螺旋(らせん)流星(りゅうせい)()きや螺旋貫手も私がその場のノリで考えた名前ですが、それが何かっ? 」


「あ、あのだな、花村天……」


「こっちはいつの間にか自分の恥部を世間に広められて正直泣きたいんだよ!頼むからもうそっとしておいてくれ‼︎ 」


 それは彼の魂の叫びであった。


 天が溜め込んでいた不満の大半をぶちまけた(のち)一拍(いっぱく)を置いて、


「…………すまん。この件に関しては、素直に俺の非を認めよう」


「その、ごめん兄さん! 」


「誠に申し訳ございません、天様……」


「天兄……ごめんなさいなのです」


 シャロンヌはおろか、この場にいた天以外の全員が一同に体ごと天の方へと向き直し、心から彼に謝罪した。


「……もういいよ別に」


 シャロンヌとの死闘?に辛くも勝利を収めた天。(しか)し、男はその勝利と引き換えに大切な何かを失った。

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