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1日目

 今日、冒険士のお仕事で、とっても大きなブロッコリーそっくりのお山に登りました。


 ーーもうクタクタです、はい。


 食べごたえがあるニラみたいな草がぼうぼうと生えてた山道は、ものすごく歩きづらかったです。あたしはグズなので、登ってる途中で何度も転んじゃいました。


 ーー体中すりむいて、あっちこっち痛いです、ううぅ。


 その上、やっとの思いで淳さんたちと合流できたのに、もうリザードマンはやっつけられてて。『D級モンスター討伐』のお仕事はとっくに終わっちゃってましたです。


 ――はううぅ、みなさん、ごめんなさいですぅ。


 ただ、あたしが淳さんたちのあとを追ってこの山の奥までやって来ると……そこで不思議な男の人と出会いました。


 ――花村天さんという人間種の男性です。


 何でも花村さんは、ずうっとこの山の中で暮らしていたらしいです。だから、世の中のことをほとんど知らないって言ってました。あたしみたいな獣型の亜人を見るのも初めてだって言ってましたです。はじめはジっと見られてちょっと恥ずかしかったけど、珍しいものに興味がわくのはしょうがないことですから。


 ーーあたしなんかで良かったら、好きなだけジロジロ見てくださいですぅ!


 それからしばらくの間、花村さんはあたしや淳さんたちに世の中の色んなことについて質問してきました。ま、まあ、質問に答えてたのは、ほとんど弥生さんとジュリさんでしたけど。それにしても、花村さんて山の中で生活してたのにとっても勉強熱心な方なんだなって、あたし感心しちゃいましたです、はい。


 ーーあたしも冒険士見習いとして、もっともっと頑張らなきゃ!


 お勉強会は一時間ぐらい続いてたと思いますです。だけど、あたりが少し寒くなってきたところで、急に先生役のジュリさんがお話を打ち切りましたです。


「もうそろそろ日も暮れそうだし、この続きは山を下りてからにするのだよ」


 はうぅ、やっぱり登って来た山道をまた戻らなきゃいけないんですね。まあ、当たり前ですけど。あたしが朝ごはんを抜いた時みたいにドンヨリしていると、花村さんはヘトヘトのあたしを気づかうように、こう言ってくれました。


「子供の足でここいらの山道は相当こたえるだろう」


 正直、最初はちょっと怖い感じの人だなと思ってました。なんというか、今日お仕事でやってきたこの山よりも、ずっとずう〜っと高くて、登っても登ってもぜんぜん頂上が見えてこないような……何ともいいようのない不安な気持ちです、はい。


「そうだ、もし良かったら俺がラム先輩を山の麓までおぶって行こう。なに、この山は俺にとって庭みたいなものだ。遠慮はいらないですよ」


 でも、実際はとっても優しい方でした。

 この前、ナシと間違えて生玉ねぎを丸かじりしちゃった時は色々とひどい目にあいましたが。今回はそれとまるっきり逆です。それに『ラム先輩』だなんて、あたし照れちゃいます。にゃへへへへ〜。


 ーーなにはともあれ、新しいお仲間さんが増えましたです!


 実はあたし、ずっと前から『頼れるお兄ちゃん』みたいな人に憧れてました。ていうのも、うちのチームって優しいお姉さん的な人はいっぱい居るんですが、お兄さん的な人がひとりも……あ、これは淳さんには絶対に内緒ですね。


 えへへへ……



 ◇◇◇



「ん、んぅ……ムニャ……zzZZ」


 黒い猫耳をしおらせて、俺の背中で可愛らしい寝息を立てる黒猫の獣人少女。


「んにゅ……ムニャムニャ……」


「どうやら完全に眠ってしまったようだな、ラム先輩は」


 俺は夢心地のラムをおぶりながら、もう日も暮れはじめた肌寒い山の中を歩いていた。というのも――


「悪いな天。チームに入って早々ラムの面倒を見てもらって」


「なに、気にすることはない。もともと俺はこの山で生まれ育ったからな。この子ぐらいの子供を一人背負ったところで、さほど移動に影響はでんさ」


「うんうん。山育ちっていうのもそうだけどさ。天って見た目通り頼もしい男なのだよ」


「はい! 天さんのような方が私たちのチームに加わってくださり、と、とても心強いですわ!」


「お、おい、弥生」


「そう言ってもらえると有難い。無理を言ってこのチームに入れてもらったからには、俺も何かしらの役に立ちたいからな」


 動揺する残念なシスコンイケメンこと淳君をそれとなくスルーし、俺は軽快な足どりで隊列の先頭を闊歩する。あれから色々すったもんだあって、俺はこの少年がリーダーを務める冒険士のチームに入れてもらったのだ。



 ◇◇◇



 淳達と出会った山奥ーー元いた世界では自分の家があった場所ーーから山の麓まで下りてくるのに、およそ二時間はかかっただろうか。太陽はすでに山稜に隠れ、もう辺り一面が真っ赤な夕焼け空に包まれていた。


「ふう、なんとか日が暮れる前に村へ到着できたな」


 淳が表情を和らげて額の汗を拭うと、それにつられるように淳の両脇にいたジュリと弥生も安堵の吐息を漏らした。


「いや〜、今日はとくに疲れたから、早く宿を取って休むのだよ」


「ええ。本当に大変な一日でしたね。で、でも、その代りにとても素敵な出逢いもありましたわ! その、私……たちにとって……ゴニョゴニョ」


「っっっ――‼︎⁉︎」


 その瞬間、キラキラと輝く乙女の熱い視線と、メラメラと燃えさかるシスコンの嫉妬の炎が、いっぺんに俺めがけて降り注いだ。


 ……なにこの状況?


 はたから見ると姉妹にしか見えない一堂兄妹からの非常に居心地の悪い視線を肌で感じながら、しかし俺はそれにまったく気づかぬ振りをして、目の前に見える門のような玄関――この村の入り口へと足を進めた。


「もうすぐ夜になる。ジュリさんの言うように、早く今晩の寝所を探した方がいい」


「むにゅ……もう食べられないです……ムニャムニャ」


 話題を無理矢理戻そうとした俺の声に真っ先に反応したのは、只今すやすや熟睡中の眠り姫だった。


 ……なんつうか癒されるな、この娘は。


 俺が不恰好な笑みを浮かべて背中のラムをよっこらとおぶり直すと、斜め後ろを歩いていたジュリがブーブーと口を尖らせた。


「もう、なんで今日何もしてないラムが一番はじめに休んでるのだよ!」


「言えてるな。天にも悪いし、そろそろラムを起こすか」


 そう言って淳とジュリがこちらに近づいてくる。


 ……こういうところは年相応なんだな、こいつら。


 一方、俺はシラけた気分でジュリと淳の言葉に耳を傾けていた。二人の言いたい事もわからなくはない。だが、十歳そこらの年端もいかない少女に対する言い分としては、かなり不寛容だ。


「天。ラムを起こすから、こっちに」


「いや、寝かせておいてやろう」


 俺は歩み寄ってきた淳を横目で制して、首を横に振った。


「この幼い身体であの険しい山道は相当こたえたはずだ。体力もかなり消耗しているようだし、ラム先輩は俺がこのまま宿の寝床まで連れて行こう」


「いや、しかしだな」


「俺ならこれぐらい何ともない。わざわざ起こす必要もないだろ」


「そ、そうか?」


「はぁ、天さんは誠に紳士的な殿方ですわ」


「それにひきかえ淳は……少しは天を見習った方がいいと思うのだよ」


「ちょ、おまっ!」


 旗色が悪くなった途端にすぐさま手のひらを返したジュリをジト目で睨みつつ、淳は決まりが悪いといった様子で足早に先頭を歩き出した。


「さ、さっさと今日の宿を探すぞ」


「はいは〜い。あ〜、ボクも早くお風呂に入ってベッドに寝っ転がりたいのだよ」


 ジュリはそう言って、何事もなかったかのように頭の後ろで手を組む。なかなかに調子のいい奴である。


 ――それにしても、この村は思っていたよりも発展していた。


 村の中を一渡りぐるりと見渡し、いい意味で期待を裏切られたと素直に感心する俺。塀の外はのどかな田園風景が続く片田舎。しかし中に入ってみて、その印象はがらりと変わった。そこは品のある木造建築や石造りの家が軒並み立ち並ぶ、村というよりは都会から少し離れた町といった感じの集村だった。


「あれは、鯉か?」


 見れば、村の中心部には色鮮やかな魚たちが戯れる小さな池まである。率直に言って綺麗なところだった。俺はその情緒あふれるといった異世界の村の佇まいに、すっかり見入ってしまっていた。


「あ。あそこがこの村の宿屋じゃないか」


「多分そうなのだよ」


 俺が辺りの美しい風景に目を奪われていると、少し先を行く淳とジュリが、同時に立ち止まってこの村で一際大きなその建物を指差した。つられてそちらに目を向けた瞬間。


「うん。間違いなくあそこだよ、宿屋」


 俺は思わずそんなことを口走ってしまう。

 ちなみに今の俺は山育ちの野生児で通っている。従って超ド級の田舎者である俺に、そういった知識があるのは、設定上は許されない。これがバレたら、淳達にもきっと怪しまれるだろう。――しかし、しかしだ!


「……アレ、どう見ても普通の『ビジネスホテル』だろ……」


 俺はどうしても耐えきれず、誰にも聞こえないような小さな声で、またそのようなセリフを呟くのだった。



 ◇◇◇



 俺が迷い込んだこの不思議な世界。俗に言う『異世界』と呼ばれるそれは、どういうわけか俺が以前いた世界にそっくりだった。もっといえば、俺の母国である日本に驚くほどよく似ている。地理や気候、言語や文化、建築物の見た目から、果ては通貨の単位まで日本と同じ『円』ときている。言わずもがな、こちらの世界にはモンスターと呼ばれる不思議生物がいる。手品ではなく本物の魔法が存在する。しかしそれらの要素を踏まえても、この世界は俺がいた世界と様々な意味合いで瓜二つなのだ。


 ――とくに金銭、お金、マネー。


 これがパクリかというほど日本と同じだ。

 詳しく解説すると、価値の低い硬貨から順に――


 ・1円硬貨。

 ・5円硬貨。

 ・50円硬貨。

 ・100円硬貨。

 ・500円硬貨。


 そして紙幣は――


 ・1000円紙幣

 ・5000円紙幣

 ・10000円紙幣


 となっている。


 流石に2000円紙幣は存在しないらしいが、あれは以前いた世界でもレアなATMか銀行で直接両替しないと手に入らない珍品だ。ここではカウントしなくてもいいだろう。


 ……確かアレが流通したばかりの頃、二万おろして二千札十枚で支払われたことがあったな。


 あの時は危うくATMを破壊するところだった。とまあ、懐かしい思い出はさておき。とにかく似ているのだ。そのデザインからなにから。


 ――ただ決定的に異なる点もある。


 それは千円紙幣などお札に描かれている肖像画のモデルとなった者達が、いまだ健在ということ。しかもその者達は、俺が迷い込んだこの魔法世界を統べる全知全能の神々だということだ。その話を聞かされた時は、さすがの俺も少しばかり驚いた。淳達の話によれば、こちらの世界には普通に神が実在し、特別な地位を持つ者達は直接会って話すことも可能だというのだ。


 知識の女神ミヨ。彼女は千円札の肖像に使われている女性の神様だ。知識の女神というだけあって、その外見は確かに知的である。ただ神のくせに眼鏡はないだろうと思った。この女神様については、黒髪ショートのメガネ委員長キャラ自作自演の容疑がかけられている。


 生命の女神フィナ。これまた女の神様だ。彼女は五千円札の肖像画を担当している。艶やかな滝めいた長い髪。思わず魅き込まれる宝石のような瞳。女神だけあってその美貌は絶世の一言。ちなみに胸もかなりでかい。だがしかし、俺個人としてはフィナ様よりもミヨ様の方が断然好みです。とだけ付け加えておこう。


 創造の神マト。彼こそが一万円札。そしてこれぞ神様というその風貌。白く長い髭を生やしたハゲ頭のお爺神は、最高額のお札のど真ん中でニヒルな笑みを浮かべていた。一目見て認めさせられた。確かにあんたしかいないよ。あんたがこっちの世界の諭吉だよ。


 ちなみに。どうして俺が今、淳や弥生達からレクチャーを受けたこの世界の『お金』についての一般常識を、自らの脳内で絶え間なく復習しているのかと言うと……


「いや、流石にまずいだろ。大の大人が無一文でホテルにチェックインしたら……」


 つまりはそういう事である。


「……俺ひとりなら野宿でもなんでもすりゃいい。だが今の状況を考えるとそれは難しいだろう。かと言ってあんなガキどもに宿代を肩代わりしてもらうのか? いや待て。流石にそれは俺のプライドが……」


 ぶつぶつと独り呟きながら、俺は小綺麗にされたホテルのロビーで半ば途方に暮れていた。


「どうしたんだ天? なんだか顔色悪いぞ、お前?」


「いや、ちょっとな……」


 隣にいた淳が不思議そうな顔をして小首を傾げる。どこのアニメのヒロインだと内心ツッコミを入れつつ、俺は男装キャラ淳君に思い切って自分の思いを告白した。


「リーダー。非常に言い難いんだが……実は俺、金銭というものを一切持ち合わせていないんだ」


「は? なんだそんな事かよ」


「別に気にしなくてもいいのだよ。どうせここの払いは、もとからボクらの方で出すつもりだったし」


「というより、これまで山奥で暮らしていた天さんがお金を所持していないのは、ある意味で当然のことですわ」


 淳のみならず、ジュリや弥生達からもあっけらかんとしたコメントが返ってきた。


「そう言ってもらえると助かる……」


「んにゃ……ごはんもう一杯おかわりおねがいします! ……ニャムニャム」


 いまだ夢の中にいる幼い猫娘を背に担ぎながら、俺はこれ以上ないほどに身を縮こまらせて、三人の少年少女に頭を下げた。


「皆さん。恩に着る」


 今にして思えば、こういった借りをこいつらに少しずつ作ってしまったのが、そもそもの間違いだったのかもしれない……。


 

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