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第59話 天拳

 西の空が少しずつ夕焼けに()まり出し、山の気候に肌寒さを覚えはじめた夕暮れ時。


 只今の時刻は17時00分。


 天とリナを含む五人の冒険士達が、(あらそ)いの(たみ)に連れ去られたランド王国第一王女アリス奪還のため、(ぞく)の足取りを追い始めてから既に約四時間が経過していた。



闘技(とうぎ)螺旋貫手(らせんぬきて)


 短髪の青年が空手の型を思わせる動きで右の貫手突きを虚空(こくう)へ向けて放つと。ビュンッ‼︎という鋭い風切り音と共に、辺りに散らばっていた枯れた木の葉が舞い上がり、一陣の風が森を(はし)り抜けていく。


「これが俺が編み出した闘技の中の一つ、『螺旋貫手』だ」


「…………さっきも見せてもらったのですが、やっぱり天兄(てんにい)の『闘技』はスゴいのです」


 (てん)が繰り出したその技の(すさ)まじさに、すぐ側で彼の一挙一動を食い入るように見つめていた犬耳の女性は、感嘆のため息をつく。


「でも、この前リザードキングを倒した時の技……『螺旋流星突(らせんりゅうせいづ)き』は、もっとずっとスゴかったの! 」


 彼女は鼻息を荒くして、興奮気味に目をキラキラ光らせる。


「あの技は、現段階(げんだんかい)のリナにはまだ教えられん」


 リナが何を言いたいのかすぐに理解した天は、フゥと小さく息を吐いて、首を横に振った。


「ものには順序というのがある。頭のいいお前なら、それが容易にわかるはずだろ? 」


「うっ、ごめんなさいなのです」


 天にたしなめられ、リナはすぐさま平常心を取り戻す。


「向上心があるのはいいことだ。俺もそういった気風はキライじゃない」


「天兄……」


 シュンとする妹分(リナ)の頭を撫でながら、天はさらに説明口調で続ける。


「もともと『螺旋流星突き』は、『流星(りゅうせい)()き』という闘技とリナにいま教えている『螺旋貫手』の合わせ技だ。よって、その二つの闘技をマスターしないことには先へは進めん」


「な、なるほどなのです」


 納得したようにリナは何度も頷く。


「じゃあ一日でも早く両方の闘技をマスターできるように、これから超頑張るのです! 」


「その意気だ」


「天兄、あたしやるのっ」


 天に頭を撫でられているせいか、彼女は嬉しそうに照れ笑いを浮かべていた。


「それにしてもリナは覚えが早いな。まだこの技を教え始めてから二時間と()っとらんのに、もうあらかた(もの)になっている」


「えへへへなの。自慢じゃないのですが、昔っからあたしは、一度見た攻撃動作を真似るのは得意なのです!」


 リナは得意げに胸を張り、たった今に天が放った闘技(らせんぬきて)の型とほぼ同一の動きをやって見せた。


「ふむ……」


 ……やはり、知能が高いというのはそれだけで武の才能があると言っても過言ではないな……


 頭の回転が速いということは、イコールで物覚えがよく要領がいいと言うことだ。従って、リナが天の教える技、格闘術を飲み込む速度も、常人のそれを(はる)かに凌駕(りょうが)していた。


 ……くわえて、リナには天性の格闘センスとフィジカル能力がある。それに、戦士としての気質も闘争本能も申し分ない……


 自然と口元を緩める天。普段は無表情の彼が思わず顔面神経を弛緩(しかん)させてしまうほどには、リナの武闘家(ファイター)としての素質は類稀(たぐいまれ)なものであった。


「天兄?もしかして、今あたし何か変なことをやっちゃってたのですか……? 」


 そんな天のわずかな感情の変化に気づいたのか、リナは心配そうな目で天の顔を覗き込んだ。


「いや、あんまりリナが教えがいがある生徒だったんでな。年甲斐もなく胸を(おど)らせてたのが、つい顔に出ちまってたらしい」


「……え? 」


「ほんと、お前は(まぎ)れもない天才(てんさい)だよリナ」


「ふえっ⁉︎ 」


 突如飛来した天からの褒め言葉に、不意打ちを食らったリナは思わず声を裏返して体を硬直させてしまう。


「えっと、天兄にそんなふうに評価されるなんて、お世辞でも嬉しいのです……」


「悪いが、俺はこういったことに関してはいっさい世辞を言わん。それが気の許せる仲間(リナ)ならなおさらだ」


「た、大変光栄なのです‼︎ 」


 極度にアガってしまった所為(せい)か、咄嗟に軍人のような直立不動の姿勢で天へ敬礼するリナ。ちなみに一つだけ付け加えると、彼女の尻尾(シッポ)は数秒前から激しく左右の反復運動を繰り返しており、その一点のみ不動とまではいかなかったようだ。


「にしても、今日は朝からカルチャーショックのオンパレードなのです」


 気恥ずかしさを誤魔化すよう、それとなく話題を変えるリナ。


「まさか『HP(ヒットポイント)』と『MP(マジックポイント)』に、あんな真相(しんそう)があったなんて」


「俺もその真実をフィナ様から聞かされた時は、今のリナと似たり寄ったりの反応をした」


 天はすぐさまそれを受け入れ、リナの話に相槌を打った。


「そして、同時にそれについて納得もした」


「はいなの」


 間を置かず、即座にリナは真剣な表情で頷いて、天の意見に同意を示す。


「最大HPの数値により相乗効果が望めるステータスは、全部で三つ」


 リナが何かを期待するような上目遣いで天を見やると、天はそれに応えるよう三本指を立て、先程から説明している神の(ことわり) ……『HPの真実』のおさらいを始めた。


「さっきも言ったことだが、(ちから)耐久(たいきゅう)俊敏(しゅんびん)の三つの項目は、HP10につき(いち)パーセントずつ上昇する」


 別にリナに合わせたわけでもない。彼もその事柄について追究(ついきゅう)するのは、(やぶさ)かではないからだ。


「このことから、リナの場合は最大HPが700だから、その三つの値は、単純にステータスの基本値から七〇パーセントUP(アップ)することになる」


「なのです! 」


 リナは意味もなく両手でガッツポーズをして、再びテンションを上げる。


「つまり、それぞれの項目が大体100前後のリナ本来のステータスは、単純計算でその一・七倍の数値……」


「三つとも約170なのです‼︎ 」


 たまらずといった感じで身を乗り出すリナ。


「そう。それが実際の、リナのフィジカルステータスになる」


「くぅ〜〜っ」


 リナは実に嬉しそうだった。


「正確に言うと、力と耐久と俊敏の三つの項目を合わせて約518なのです‼︎ 」


「そうだな」


「ヒャッホーなのっ!」


 ついには小踊りをして喜ぶリナ。計算好きな彼女は、はっきりとした数字で表されるのが一番気持ちのいい回答だという価値観がある。しかも、それが自分のコンプレックスを相殺(そうさい)するものなら(なお)のことだろう。


「そりゃそうと。今のは『制限(せいげん)』には引っ掛からないんだな? 」


 天が意外感のある口調でそう()らした途端、リナはピタリと小踊りを止めた。


「断片的に口に出すのは、セーフみたいなのです」


 フフンと鼻を高くして、天にそのことを報告するリナ。ぞんがい彼女も、こういった知識への探究には余念(よねん)がないようだ。


「例えば、あたし自身が自分の正確なステータス数値を言う前に、『あたしの』とか、『リナの』とか。特定の人物に限定するような言葉を使わないで、その数字だけをあやふやに答えれば、普通にあたしでも喋れるみたいなのです」


「なるほど、要は節々で遠回りをして表現すれば、リナ達でもそれらを言葉にすることは可能ということだ」


「そういうことなのです! 」


 グー!とリナは勢いよく親指を立てる。


「よし。じゃあ引き続き、『練気法(れんきほう)』と螺旋貫手の鍛練(たんれん)(はげ)むぞリナ君」


「がってん承知なのです教官(きょうかん)‼︎ 」


 芝居がかったノリで休憩は終わりと天が(あん)にリナへ伝えると、彼女は満面の笑みで返事をして、闘技とそれを最大限に()かす技能(スキル)を習得するために、訓練を再開するのであった。


 ◇◇◇


「なんとか日没までには間に合ったな」


 セミショートの紫髪をかき上げ、妖艶な雰囲気を帯びたエルフの女性がホッとしたように深い吐息をつく。


「うむ。上々の出来(でき)ばえだ」


 彼女は目の前に(そび)える廃墟の僧院(そういん)を眺め、何やら満足げな笑みをこぼした。


 それに(なら)い、改めて目を凝らし彼女の周囲を目視してみると。数時間前までとは違い、廃墟全体から立ち込めていた禍々しい妖気を包み込むようにして、(やかた)の周りに薄い膜が形成されていた。


「……凄い。これだけの結界を、あんな短時間で……」


「圧巻でございますね」


 同じく、その古びた廃僧院を視線の先に捉えていた二名の見目麗しい青年男女が、女性の功績を(たた)えるように感嘆の声を上げた。


「俺一人ではこうも手際よくいかなかったぞ?これはお前達の助力があってこその成果だ」


 エルフの女性は僧院から視線を外し、彼等の方を向いた。


「カイト、アクリア。協力感謝する」


「ハハハ、このぐらいお安い御用ですよシャロンヌさん」


「ええ。少しでもシャロンヌさんのお役に立てていたなら、幸いでございます」


 シャロンヌと目が合った途端、気恥ずかしそうにはにかむカイトとアクリア。とどのつまり最高峰(エスランク)の冒険士であるシャロンヌからの賛辞だ。大小を問わずそれなりに嬉しいものだろう。それはAランクの冒険士であるこの二人においても例外ではない。


「では早速、天様とリナさんに結界の生成を無事に終えたことをお伝えいたしましょう! 」


 しかし若干一名に限り、そういった貴重な体験を瞬時にすげ()え。目先の諸事情を最優先したい模様(もよう)だった。


「いや、それはやめたほうがいい」


「俺もそう思うよアクリア」


 だが無情にも、彼女の意向は他の二人からは承諾されなかった。


何故(なにゆえ)ですか⁉︎ 」


「なにゆえも何も、あいつらは今現在モンスターと戦闘中か、あるいは追跡中の可能性が極めて高い」


「はい。俺の予想だと、兄さんがいれば大抵の戦闘は一瞬で終わるだろうから。『モンスターの気配を探知している』が一番考えられるケースだと思いますけどね」


「どちらにせよ、こちらからドバイザーで気軽に無線通信をしていい状況ではないな」


「あ、うっ…………」


 (なか)ば呆れ気味にシャロンヌとカイトがその理由(わけ)を告げると。アクリアは耳まで真っ赤にして言葉を失ってしまう。


「まあ、あの男なら仮にモンスターと戦闘中であったとしても、気にせず無線に出て。戦いながら会話に応じそうだがな」


「ハハ、兄さんだったらありそうな話ですねソレ」


 実際に、今朝方それと似たようなことを天はやっていたのだが。


「で、でしたら」


「だとしてもマナー違反だよアクリア」


 まだ諦めきれないといった妹分(アクリア)の主張を、ばっさり切り捨てるカイト。


「心配しなくても、あの二人なら常に時間を気にかけて行動しているはずだから。あと二、三時間もすれば帰ってくるさ」


「それはそれで少々厄介かもしれんな」


 カイトのその意見に対し、今度はシャロンヌが顔を(しか)める。


「リナはともかく、できれば花村天とはこの場所から少し離れたところで合流したい」


「その心配もいりませんよシャロンヌさん」


 爽やかな笑顔であっさりと言い切るカイト。


「兄さんは、そういうところを徹底してますから」


「……はい。天様がシャロンヌさんの危惧(きぐ)するような安易な行動をとることは、まず考えられません」


 まだ釈然としないが、天のフォローなら自分が加わらないわけにはいかないと、気持ちを切り替えるアクリア。


「仮に俺達が、直接 本人(てん)に『こっちに戻ってきてくれ』と伝えたとしても。兄さんの性格上、言われるがまま考えなしにこの場所へ近づいたりは、絶対にしないでしょうしね」


「間違いございません」


「わかった、わかった。これは俺の杞憂(きゆう)だと認めよう」


 降参とばかりにシャロンヌは両手を小さく上げる。


「まず第一に、もともとあの男は自分その体質を気にして、今現在この場を(はず)しているんだったな」


「そういうことですね」


 カイトは片目を閉じて満足そうに微笑んだ。


「まったく、忠実忠実(まめまめ)しい男だよアイツは」


「彼以上に何事にも周到な人物を俺はしりません」


瞭然(りょうぜん)たる事実です!天様はあれほどの力をお持ちになられながら、まわりへの気配りを忘れることなく、職業意識を高くもち、鋭い洞察力と判断力は他に類を見ません! 」


 いつの間にかアクリアの目が光り輝いていた。


「果ては紳士の心構えと品格まで兼ね備えた、(まこと)の“英雄“でございます!あぁ、何故あのような完全無欠な御方(おかた)がこの世界に顕現(けんげん)されたのでしょうか。まさしく至高の……」


「「……」」


 例によって、毎度ながらの発作(ほっさ)を起こしたアクリアを遠い目で眺める他二名。二人とも『仲間(なかま)というより、もはや信者(しんじゃ)だな』と言いたげな顔をしていた。


「ふぅ……兄さん達と合流する前に、コレをなんとかしないといけないな」


 ここにきて、また一つ気苦労(しごと)を背負わされるカイトであった。


 ◇◇◇


「空気に(あじ)()くなんて驚きなのです」


「俺はお前の物覚えの早さに驚きだよ。まさか、こんなあっさり『練気法』を習得しちまうとはな」


 天が半眼でリナに目線を合わせると、彼女は屈託のない笑みを浮かべ、


「天兄の教え方が超上手だからなの! 」


「そうか?そいつは過大評価な気もするが」


 っと言いながらも、満更(まんざら)でもないといった様子で口元をわずかに緩める天。


「……ではこれより、螺旋貫手の実戦訓練(じっせんくんれん)に入る」


 (しか)しそんな気の緩みも一瞬、すぐさま表情を引き締める天。


「いよいよなの……」


 同時に、リナの顔からも気の緩みが取り除かれる。


「リナ。これから俺がお前に出す課題は二つだ」


「はいなのです」


 もうほとんど日も沈み、山際がだんだんと薄暗い夜の景色に包まれていく中、それに逆らうよう、二人の眼光は鋭さを増していた。


「一つは、言わずと知れた『闘技』の実戦での使用」


 天はおもむろに人差し指を立てる。


「これからお前が戦うであろうモンスターに、最低一回は『螺旋貫手』を食らわせろ」


「了解なのです! 」


 リナは打てば響くような返事をして、ピシッとした気をつけの姿勢をとる。


「二つ目は、その相手をお前一人で倒すこと」


「っ!は、はいなのです‼︎ 」


 一瞬目を見開いた後、リナはひときわ大きな声でふたたび天に返事をした。


「前もって言っておくが、俺は一切手を出さん。一対一の真剣勝負だ」


 そう告げた天の顔は、真剣そのものであった。


「命懸けの実戦でなくては、本物の“(わざ)“など身につかんからな」


「望むところなの! 」


 心なしか、リナの目には喜びの色が見える。


「それと、別に『決め手』や『戦い方』には(こだわ)らなくて構わない」


「へ……? 」


 恐らくは『闘技で仕留(しと)めろ』との指示が出されると思っていたのだろう。拍子抜けの天からのその指令に、リナは思わず気の抜けた声を出してしまった。


「今回は、あくまで闘技のコツをつかむための小手調べだ」


 リナのそんな心境を見抜いたように、天は淡々とした面持ちで告げる。


「どのみち、そろそろカイト達と合流しなくてはならない」


「あっ」


 少し遅れて、リナは天が何を言いたいのかを気づいた。


「今夜の作戦までにはまだ時間があるが、それでもさして時間はかけられんからな」


「了解しましたのです! 」


 いくらリナの物覚えが早いと言っても、俄仕込(にわかじこ)みの闘技では、これから戦うであろう魔物に対して決め手不足は(いな)めない。時間をかけ消耗戦を仕掛けるのなら、エセ闘技で仕留められる可能性も無くはないが、生憎(あいにく)と今は時間が無いのだ。


(さいわ)い、少し前からこちらに近づいてきてるモンスターが二体ほどいる」


「やっぱりなのですか……」


 途端、どういうわけか明後日の方向へ視線を泳がせるリナ。


「すでに殺気が漏れ出してきているところから、向こうもこちらに気づいていると見て間違いない」


「……はいなの」


「この気配から察するに、おそらく相手は……」


「『ヘルハウンド』……なのです」


 リナはどっと疲れた様子で、重々しく息を吐いた。


(しょ)っぱなで、いきなり当たりを引いちゃったの」


「そうだな。ここいらじゃ一番マシなやつだ」


 リナの皮肉と違い、天は真面目にそう答えた。


「あ〜もうっ、女は度胸なのです!やってやるの‼︎ 」


「リナ。変に気負う必要はない。本来のお前のポテンシャルなら、アレは楽勝な相手だ」


「えっと、さっきから天兄に好評価をいただけるのは大変光栄なのですが……」


 天の自分に対する格付けに、少々困ったふうな顔をするリナ。


「でも、あたしはそんなに自分に自信を持てないの……」


「じゃあ、そんなお前に一つ面白い話を聞かせてやろう」


 あきらかに及び腰な彼女を見て、天はある事を思いつく。


「リナ、お前は『クレイジーキャット』というモンスターを知っているか? 」


「もちろん知ってるのです」


 当たり前のようにリナは即答する。


「性格は残忍(ざんにん)そのもので、柔軟で素早い身のこなしに優れた俊敏性、くわえて岩をも断ち切る爪を併せ持ち、別名『森の殺し屋』とも呼ばれる、ちょうどこれから戦うヘルハウンドの強化版(きょうかばん)みたいなモンスターなの」


「そいつだそいつ」


 読み通りの回答と、内心でニヤける天。


「そのクレイジーキャットを俺は今日の朝、リナ達と合流する前に仕留めてきたんだが」


「さ、さすが天兄なの。クレイジーキャットを単体討伐したのもさることながら、それを世間話みたいに口にするとか、普通考えられないのです」


「まあ本題(ほんだい)はこれからなんだが、そいつの『戦命力(せんめいりょく)』な?リナよりも(ひく)いんだわ」


「へぇ?……えぇえっ‼︎⁉︎ 」


 天が無造作に投下した爆弾の威力をもろに受け、リナはあまり衝撃でその場で飛び上がってしまう。


「正確な数値で表すと、クレイジーキャットは『510』でリナは『612』だ」


 ちなみに、天は既に『生命の目』と『戦命力』のことをあらかたリナに教えていた。


「よって、戦命力ならお前の方が100以上クレイジーキャットより(まさ)っていることになる」


「よっしゃあああ‼︎ 」


 相当嬉しいのか、思い切りその場で足踏みして腕を振り回すリナ。どうやら元気になったみたいだ。


「どうだリナ?俺の話は面白かっただろ? 」


「最っっ高なのです‼︎ 」


「オーケーだ」


 言いながらリナと軽く(こぶし)を合わせた(のち)、天は森の奥へと視線を移した。


「おし、これから俺達をエサと勘違いしてやってくる馬鹿どもに、本当はどちらが(にえ)なのかを教えてやろう」


「がってんなの天兄! 」


 天が静かな激励をリナへ贈ると、リナは拳を振り上げて覇気に満ちた声でそれに応えた。


 ◇◇◇


 ……ガルルルゥ、グルルゥウ。


 大木が立ち並ぶ暗い森の奥から、血色に発光する四つの目と、ぬらりと湿りけを帯びた銀色の牙が怪しく光る。


()た」


「来たのです」


 天とリナが臨戦態勢に入ってから五分を待たずして、その魔物達は姿を現した。


「ガルルルゥウ」


「ガルゥガッ」


 二体のヘルハウンドは、天とリナを確認するやいなや、よだれを垂らして舌舐(したな)めずりを始めた。


「節操のないヤツらだ」


「予想通り……なの」


 そう言ったリナの声からは、まるで余裕が感じられなかった。だがそれは仕方のないこと。彼女はこれから、生涯初となる『素手(すで)』でのモンスター討伐に(のぞ)むのだから。


「王都にいた頃は、毎日、番外地にいたゴロツキや盗賊崩れどもと素手で殴り合ってたのです。あの頃に比べたら、これぐらいわけないの……」


 自分に言い聞かすよう独り言を呟くリナ。彼女も分かっている。これは単なる強がりだ。だがそうでもしないと、一瞬でその場の緊張感に()まれてしまう。


「……これぐらい……」


 今回は絶対強者である天の助力は望めない。眼前より迫りくる二匹のうち、最低一匹はDランク最強のモンスターである『ヘルハウンド』を自分の手で倒さなくてはならないのだ。


「リナ、朗報(ろうほう)だ」


 一触即発の張り詰めた空気の中、小刻みに震える彼女の肩に、デカくてごつごつとした頼もしい男の手が置かれた。当然、誰のものかなど言うまでもない。


「天兄……? 」


「いまヤツらの戦命力を計ってみたんだが」


 天はリナの方に顔を向けず、ただジッと二匹の魔物を観察するようにして答える。


「二匹とも『280』前後だ。つまり、あの二匹の戦力(ちから)を合わせてもお前より(おと)る」


「ッ‼︎ 」


 ビクンッ!とリナの全身が唸りを上げる。


「どうやら、もう地に足はついたようだな」


「面目ないの……」


「気にするな」


 同時に、天はリナの肩から手を離した。


「俺が先に、右のヤツをかたづける」


 そう言って、三歩ほど前に出る天。


 この時、天とヘルハウンド二匹との距離は、草木などの遮蔽物(しゃへいぶつ)を度外視しておおよそ六〇メートルといったところか。


 ……ここからの距離なら、まだヘルハウンドは本格的に仕掛けてはこない……


 昼間のヘルハウンドとの戦いがここにきて生きた。天はこれまで(つちか)ってきた数え切れぬほどの戦闘経験から、一度戦えば相手の性質や特徴をあらかた網羅(もうら)する。無論、個体ごとに微妙なズレもあるだろう。だがヘルハウンドのようなタイプはそれも誤差の範囲だということを、天は長年の経験則から熟知(じゅくち)していた。


「先手を打つ。タイミングはあの二匹が様子見を終えて動き出してから、各々の脳内でスリーカウントだ」


「了解なのです」


 リナは天の言葉に小さく頷き、胸に手を当てて自身を落ち着かせる素振りを見せる。


「グルゥ」


 その直後に動きがあった。二匹のうちの片方が前進を始めると、つられるようにしてもう一方も進軍を開始した。


「…………」


 ……スリー、ツー、ワン……


 無言のスリーカウントを天が数え終えた次の瞬間、ゴウンッ!という轟音(ごうおん)が辺りの大気を震わせ、結果的にそれが戦闘開始の合図となる。


「ガウッ! 」


 二匹いるヘルハウンドうち、一匹は急に動きを見せた獲物(てん)にいち早く反応して身構えたが、運悪くそちらは天のターゲットの方であった。


「お前の相手は俺だ」


 六〇メートルという間合いを一瞬で詰めた天は、大きく口を開けようとしたヘルハウンドの首元を右手で掴み上げる。


「はっきり言ってお前は邪魔だ。さっさと退場しろ」


 ヘルハウンドの首を締め上げたまま下から突き上げるようにしてその巨体を持ち上げると、彼はメインカードの邪魔にならぬよう速やかにその場を走り抜けた。


 その数瞬後、もう一匹のヘルハウンドは慌てて飛び退くようにしてその場から離れ、低い唸り声を発した。


「ウー……」


 瞬く間の出来事にまだ状況を理解できてないのであろう。その場にひとり残された魔物は、突如消えてしまった相方(ヘルハウンド)が今までいたはずの地点を、警戒するようジッと睨みつけていた。


 そのため、後方より近づいてくるもう一つの気配に未だ気づいていない。


「……天兄、最高なの……」


 自分に無警戒のヘルハウンドを視界に捉えながら、薄ら寒い笑みを浮かべるリナ。天が走り抜けた通り道をトレースするよう、もっか全力疾走中の彼女。


「……やってやるの……」


 天は最高のお膳立てをしてくれた。次は自分の番だ。リナの中の闘志はマグマのように熱く燃えたぎっていた。


「ハァアアアッ‼︎ 」


 目の前にいるヘルハウンドへ向けてリナは()えた。天に数秒遅れてヘルハウンドとの距離を完全に詰めた彼女は、躊躇なく初手で使用した。天から教わった闘技 『螺旋貫手』を。


「ッ! 」


 一瞬遅れて、ようやく自分に近づいてきていたもう一つの脅威に気づくヘルハウンド。しかし、時すでに遅し。


「螺旋ぬきてぇえっ‼︎ 」


 振り向いた瞬間、リナが放った貫手突きがヘルハウンドの首まわりのやや下、前足の付け根に突き刺ささり。ギャンッ!という悲鳴にも似た裏声を上げて、のけ反るヘルハウンド。


「いつっ」


 その一方で、何故かリナの方も顔を苦痛に(ゆが)める。


「チィッ」


 舌打ちをして、続けざま体勢を崩したヘルハウンドに蹴りをお見舞いするリナ。その蹴りの反動を利用して、彼女は一旦ヘルハウンドと距離を置くよう後ろに下がる。


「……指をほとんど持っていかれたのです」


 攻撃に使用した右手を押さえながら、奥歯を噛み締めるリナ。彼女の右手の指は、親指を除きすべてがヒビ、又は折れていた。


「右手はもう使えないの……」


 つまるところ、技の威力が強すぎてリナの手の耐久度を大幅に超えてしまったのだ。


「あたしも、昔はよく喧嘩のあとに(こぶし)を痛めることあったけど……一発でこのダメージは記憶にないなのです」


 ただでさえ貫手突きは空手における高等技術だ。それを、いくら才能があるからといって日頃から(けん)(きた)えていない者がいきなり実践で使用すれば。今の彼女ように技を繰り出した部位を負傷させるのは目に見えている。


 加えて、リナの出した闘技は決して褒められる出来栄(できば)えではなかった。初めての実践に気が(はや)っていたため仕方のないことだが、彼女は走りながら螺旋貫手を繰り出してしまった。結果、体の重心はめちゃくちゃ、さらに足場も悪いので踏ん張りも効かず、ほぼ腕力だけで放った粗悪品の闘技(わざ)だ。


「……だけど」


 リナはよろよろと体勢を立て直すヘルハウンドの方に顔を向け、口の端を吊り上げる。この時、彼女は自身の勝利を確信していた。


「前足一本もらったのです」


 起き上がったヘルハウンドは、あきらかに前足を庇って立っていた。無論、リナのなんちゃって闘技をもろに叩き込まれた方の足だ。


「あたしの勝ちなの」


 当然、リナはこの状況の有利性に気づいている。自分は手を一本、相手は足一本。イーブンにも思えるこの状況だが、実際のところリナが圧倒的に有利なのだ。


機動力(きどうりょく)のないヘルハウンドなんて、ただのデカイ犬なのです」


 そう。敏捷性を最大の武器とするヘルハウンドがその足を失うということは、翼をもがれた鳥も同様。更に群れのもう片方は天が回収してくれたため、今この場にいるのはこの前足を負傷したヘルハウンドだけだ。後は、目の前にいるヘルハウンドをどう料理するかなのだが。


「……この指だと、(ゆみ)は無理なの……」


 リナは対峙するヘルハウンドから目を離さず、警戒心はそのままにふと呟いた。


 現在、リナは右手の指のほとんどが使えないために弓を引き絞る行為ができない。よって、彼女が本来使用している武器は使えない。


「……左手一本でも使える武器は、アレとアレと……」


 もちろんリナほどの冒険士なら、ドバイザーにセットしている専用の武器以外でも、いくつかの得物(エモノ)、独自の攻撃手段を持ち合わせている。


「でも、ヘルハウンドを確実に仕留めるには……」


 魔技だ。自分が唯一使えるレベルツーの攻撃系魔技、『土烈玉(どれつだま)』を二発も食らわせれば、恐らく今の弱ったヘルハウンドなら問題なく倒せる。


「…………」


 その時、リナの脳裏にある言葉が浮かんできた……『本当にそれでいいのか? 』と。


「……いいわけないのです」


 天が戦う前に言っていた『戦い方に拘るな』というセリフは、別に自分を(ため)しているわけではない。純粋なアドバイスだ。それはリナも理解している。


 実際のところを言えば。天自身も覚えたての練度の低い闘技で、リナがヘルハウンドを打倒できるとは考えてはいない。そんなに実践が甘いものではないことを、彼は心得ているからだ。


『この戦闘で、最低一回は螺旋貫手を相手に食らわせろ』


 あくまでも天の意図は、この戦いの中で少しでもリナが何かを掴んで次に生かせればと、今回の課題を出したに過ぎないのだ。そしてリナ自身、すでにその課題を十分にクリアしている。従って、後は確実に目の前の敵を殺すため、彼女は一番効率の良い方法を選んでも文句を言われる筋合いはない。(むし)ろ、それが正しい闘争の()(かた)でもある。


 それでもリナは、頭の中でひたすら自問自答する。


 ……『本当にそれでいいのか? 』と。


「いいわけがないのっ! 」


 彼女はふたたび吼えた。


『それでいいわけがない』と。そもそも自分は、もう魔力に頼らずに腕っぷしのみでのし上がろうと決心したから、天に教えを()うたのではないのか?それなのに、結局最後に魔力や魔技に頼っては、本末転倒ではないか。


「最初から迷う必要なんてないのです……あたしがやる事なんて、ハナから決まってるの! 」


 覚悟を決めたように歩き出すリナ。その彼女の堂々とした風貌(ふうぼう)は、昼間にヘルハウンド三体を相手どり、一歩も引かなかった天の姿に酷似していた。


「くるの!ヘルハウンドォオオ‼︎ 」


 リナが叫び声を上げると、同時に目の前にいたヘルハウンドが牙を剥いて彼女へ襲いかかる。


「ガルルァアッ! 」


 前足を片方負傷しているにも(かかわ)らず、その突進力はかなりのものであった。


「ハァァァ」


 されど、リナはまったく怯む気配を見せず。先程とは違い、今度はしっかり腰を据えて重心を低く固定した。


「…………いくの」


 刹那、リナの左手が光沢(こうたく)を帯び、(あわ)い光が彼女の腕を包み込む。


闘技(とうぎ)螺旋貫手(らせんぬきて)


 ズバンッッ‼︎という豪快な打撃音が森に鳴り響いた次の瞬間、全長二メートル、体重は一五〇キロを優に超えるであろうヘルハウンドの巨体が、まるで大型のダンプに跳ね飛ばされたかのように(ちゅう)()い上がり。そのまま重力に逆らうよう後方十数メーター先の大木に叩きつけられた。


 その直後、大木の幹がきしむ音と共に、大犬型の魔物はドスンッ!と地面に勢いよく落下する。


「………………」


 そんな威力の攻撃を正面から受けたヘルハウンドは、当然の如くピクリとも動かない。もはや勝敗は決したようだ。


「はぁ……はぁ……」


 一方、竜巻のような衝撃波を生み出した当人は、勝ち名乗りも上げずに、ただただ茫然(ぼうぜん)と自身の左手を眺めていた。


「リナ! 」


 肩で息をするリナの背後から、不意に自分を呼ぶ声がした。ハッとしてリナが後ろを振り返ると、そこには彼女が今一番このことを伝えたい人物が立っていた。


「……見事(みごと)だ」


 一言(ひとこと)。天は真摯な眼差しでリナを見つめながらたった一言だけ、手放しの称賛を彼女へ贈った。そして、それはリナが(もっと)も天に言われたい言葉でもあった。


「う……うぉおおおおおおおお‼︎‼︎ 」


 (せき)を切ったように、リナは勝利の雄叫びを上げた。夜の山々に彼女の歓喜に満ちた咆哮(ほうこう)木霊(こだま)する。


 それは同時に、魔力を一切必要としない戦闘スタイル『武闘士(ぶとうし)』の産声(うぶごえ)でもあった。


「ワォオオオオオオオンッ‼︎‼︎ 」


 後世(こうせい)に伝えられる、花村天の闘技を色濃く受け継ぐ『五拳士(ごけんし)』のうちの一人。のちに “天拳(てんけん)“ の異名(いみょう)をとる『Sランク冒険士』の……誕生(たんじょう)の瞬間であった。

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