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第52話 潜伏場所

 

「…なるほど」


 動力車の助手席で腰を折り、天は自らの(あご)に手を()えて、何やら神妙な面持ちで口を開いた。


「では俺達がすることは、常夜(じょうや)殿が今話してくれた条件に該当(がいとう)する場所をしらみつぶしに回り、奴等が現在、潜伏(せんぷく)しているであろう地域を特定し、それを探し出せばいいというわけだ」


「そういうことだ」


 天の独り言とも質問ともとれる発言に、シャロンヌは間を置かずに同意して相槌(あいづち)()つ。その二人の受け答えには、先程までのとげとげしさは微塵(みじん)も感じられない。


「カイト、アクリア…俺が言った条件をすべてクリアしている土地は、このランド王国にどれほどある?」


 更に、なんのわだかまりも感じさせない口調でカイトやアクリアに話を振るシャロンヌ。


「今はお前達の土地勘が頼りだ」


 流石は頭に超がつく一流、切り替えた時の彼女の実行力は、常人のそれとは比較にならない。


「パッと頭に浮かんだのは七つ…いや、八つほどですかね」


(わたくし)も八つほどだと思います。ただ、ランド王宮の周辺地域はすでに王国の騎士団やアレックス…殿下(でんか)の自警団が捜索済みだと考えられますので…」


「となると、考えられる場所は四つほどか」


「旧ナスル村の跡地、サルクス霊園、アルカの塔、スルガンの古跡の四つなのです」


 運転席にいたリナがカイトの言葉に続いて、彼が今現在、頭に浮かべているであろう四つの場所の地名を口にした。


「ええ。私もシャロンヌさんがご説明された条件に該当する地域の心当たりは、その四つに(しぼ)ってよろしいと思います」


 すかさずそのリナの意見を支持するアクリア。やはり、この三人は長年チームを組んでいるだけあって意思疎通(いしそつう)が完璧である。


「リナ。今お前達が言っていた場所を一日で全て見て回ることは可能か?もし可能なら、探索の時間を差し引いたとして移動時間だけでどれくらいかかる?」


「移動時間だけでいいなら可能なのですシャロンヌさん。四つ全部回るのに、この動力車で十時間十五分から三十分ってところなので…」


 それなりの土地勘、動力車の移動速度など、様々な知識を持ち合わせていなければまず答えられないようなそのシャロンヌの問いかけに、ノータイムで正確な回答を示すリナ。高い知能にランドの地理の知識。それらに加え動力車の扱いに長けた彼女にとって、このシャロンヌからの質問はさほど難しいものではなかったようだ。


「今から回れば、ギリギリ日付は変わらないのです」


「……」


 リナがシャロンヌに説明をしている(かたわ)ら、天はおもむろにズボンのポケットから端末(スマホ)を取り出した。


 現在時刻は12時55分


 …ほんとにギリギリだな。これじゃ移動時間だけでも、四つ全部回り終わる頃には日没(にちぼつ)をとっくに過ぎちまってる…。


「チッ、移動時間だけでも半日近くかかるのか…」


 天の考えに同調するよう、シャロンヌも舌打ちをしながらぼやいた。


「とにかく、今はすぐにでも行動に移った方がいいですね。仮に日没を過ぎてしまっても、まだ望みはゼロじゃない」


「はい…」


「了解なのです」


「そうだな。とにかく今は、一にも二にも行動あるのみか…」


 カイトのその考えに、この動力車に搭乗している女性陣、アクリア、リナ、シャロンヌが揃って同意し、それぞれが小さく頷き合った。


「…ふむ…」


 …彼処(あそこ)は、リナが挙げていた四つの目的地の中に入っているのか?…。


 この場に居たただ一人。天だけが、口を閉ざして皆とは少し毛色の違う懸念を抱いていた。


 …もしもリナが今言った四ヶ所の中にあの場所が入っているなら、おそらくサルクス霊園(れいえん)かスルガンの古跡(こせき)のどちらかだと思うが…。


 そんな天の予想に反し、リナがこの場所から(もっと)も近いと告げた箇所(かしょ)は、


「じゃあ早速、今挙げた四つの中でここから一番近い…『アルカの塔』に向かうのですっ!」


 最初の目的地としてリナが選んだ場所。それは、アルカの塔であった。


「ではでは、出発進行なの!」


 号令に合わせて、リナは動力車を走らせようとアクセルに乗せていた自身の足に力を入れる。


(とう)?」


 思わず天は頭に浮かんだ言葉を声に出してしまった。


「塔か…」


 明らかに疑問を持った口調でその一言を。


「と、とっ」


 一方のリナは、出発の姿勢を見せた途端にいきなり出鼻を(くじ)かれた形になった。


「どうしたのです天兄?」


 ()()ちないといった様子の天の言葉が耳に入り、彼女は咄嗟(とっさ)にアクセルを踏み込む動作を中止したのだ。


「すまんリナ。一つ気になることがあってな?」


 天の方も、自分がこれからの作戦行動の勢いを止めてしまったのを自覚していた。


「そのアルカの塔というのは、ここから近いところにあるんだよな?」


 (しか)しそれでも、天は自分が感じたその違和感を()かずにはいられなかった。


「う〜ん…」


 天の質問に対し、リナは頭を(ひね)って少々悩んでいる。


「今挙げた四つの中では一番近いのですが、ここから近いと自信を持って断言できるような場所(きょり)じゃないのです」


「大体だけど、この地点から40キロは離れているかな?」


 答えたのは後部座席中央に座っていたカイトだ。


「それでも、他の三ヶ所に比べればここから一番近いのは確かだよ」


 彼も天の微妙な異変にすぐ気づき、その疑念を(ぬぐ)うべく明確な回答を瞬時に口にする。


「40キロ…そりゃ随分離れているな」


「はいなのです。ちなみに、ここからだと動力車で一時間以上は余裕でかかる場所なの」


 …なら、やはりアルカの塔と言うのはあそこではないな…。


 カイトとリナの回答を聞き、天の違和感が確信に変わる。リナやカイト、アクリアが挙げていた四つの所在。その中には、自分(てん)がシャロンヌの話から真っ先に連想したあの場所が入っていないことを。


「どうかなされましたか天様?」


「花村天、何か気懸(きがか)りな点でもあるのか?」


 リナ、カイトに遅れて、アクリアとシャロンヌも天のわずかな疑惑の感情を察して、彼へ問いかけるようにして声をかける。


 …圧倒的に時間が足りないこの状況下でも、誰一人として慌てずに冷静な対応をしてくれる。やりやすいな…。


 天は思わず口元を緩ませてしまう。この状況なら、自分の懸念など無視して『そんなことどうでもいいから早く出発しよう』などと邪険(じゃけん)にされそうなところを、この四人はしっかり自分の話に耳を傾けてくれるのだから。


 …ほんと、俺には勿体無い仲間達だよお前らは…。


 心の中で皆に感謝をして、天は動力車のバックミラー越しに仲間達へと視線を向けた。


「みんな、悪いが一時間だけ俺にくれないか…」


 そして、彼は自らが感じているわだかまりの実態を、淡々とした口調でことさらに告げる。


「実は俺も一つだけ心当たりがある。常夜殿が言っていた条件を全て満たす…現在は誰にも使われていない朽ち果てた廃墟(はいきょ)を」


 ◇◇◇


 一つ、魔素濃度が比較的に濃い地域


 一つ、モンスターの生息地、又は頻繁に現れる土地


 一つ、一般の人型の立ち入り禁止区域、又は出入りが極端に少ない場所


 一つ、ランド王国領土内


『以上の条件、すべてに該当する場所を早急に教えてほしい』


 それが、シャロンヌが天たち零支部のメンバーに提示した、現在、邪教徒の潜伏しているであろう地域の立地条件である。


 ザ、ザザッ、ザ、ザザッ…


 上記したとおりの条件に当てはまる、最初の目的地を目指して十五分ほどは歩いたか。天、カイト、アクリア、リナ、そしてシャロンヌを含む五人の冒険士達は、辺り一面を森に(かこ)まれる…およそ道という道はなく、草木が生い茂る壮大な自然が見渡す限りに続く樹海(じゅかい)を。その厳しい自然環境の中を。人の手がまるで入っていない獣道(けものみち)を。五人ともまったく息を切らさずに軽快な足取りで進んでいた。流石は全員それなりの場数を踏んでいるだけはある面々と言ったところか。


「…盲点(もうてん)だったな」


 この集団の前から三番手。隊列の丁度真ん中を()くカイトが、何かを思い返すように不意に言葉を発した。


「ええ。天様のおっしゃるとおり…彼処(あそこ)ならば邪の者の隠れ(みの)としても、彼の者達が儀式(ぎしき)()(おこな)う場所としても、条件をすべて満たしております」


 カイトの直ぐ後ろを注意深く進んでいたアクリアも、カイトの言葉に相槌を打ち。丁寧な解説付きで天の選択技を支持する。


「あたしもその意見には賛成なのですが、此処(ここ)ってもうランドの領地じゃ…」


 隊列の先頭から二番手を歩くリナが、その(あゆ)みを止めずに、振り向きざま(いぶか)しげな声で懸念を口にしようとしたら、


「いや、書類の上ではそうかもしれないけど…シスト会長もアルト国王も、まだ領地取り引きの儀式自体は行っていないと思うよ」


「実際そのような(ぎしき)悠長(ゆうちょう)に執り行っている場合ではございませんから。契約の上ではともかくとして、まだ正式にはこの場所はランドの領土だと断言できます」


 すかさずカイトとアクリアがリナのその意見を否定した。


「りょ、了解なのです」


 少々バツが悪そうな顔をして、すぐさま納得するリナ。そんな彼等の雑談をよそに、隊の先頭を行く天が、聞き逃せないニュアンスの独り言を含み声で(つぶや)いた。


「これは…いきなり(クロ)かもしれん」


「「ッ!」」


「「……っ」」


 天のその言葉は、当然この場に居た全員の耳に入る。刹那、彼等四人に少なくない緊張が走った。カイトとアクリア、リナとシャロンヌは、瞬時に自らの警戒レベルを最大まで引き上げる。


「…どういうことだ、花村天」


 緊張感が漂う中。天以外の四人を代表して(てん)へ事の詳細、その根拠(こんきょ)(たず)ねたのは、集団のしんがりをついてきていたシャロンヌである。


「アレを…」


 そう言って、天はこの隊列が進むルートからやや左寄りに外れたところにある、草木に(おお)われた地面を指差した。その彼が指差す視線の先にあったものは、


「アッ!あの場所、誰かが通った痕跡(こんせき)があるの!」


 最初に天の言いたいことに気づいたのは、急に立ち止まった彼の背中にぴたりと寄り添っていたリナだ。


「近くに行ってみよう…」


 カイトが皆に行動を(うなが)すと、この場に居た全員がしきりに頷き。天が指差した地点に慎重に近づいていく。


「…シャロンヌさん、何かわかりましたか?」


「微量だか人型のものとは違う魔力の残留(ざんりゅう)が漂っている…」


 簡易的な言葉で要点を省略したカイトの質問に対し、シャロンヌは訊き返すことなく率直な意見を述べた。


「ただ、この辺一帯は特殊な力場(りきば)になっていて、この俺でも(いん)の魔力を感知しにくい。故に、現状はっきりとした事までは断言できん」


 だが直後。シャロンヌは、自分のその意見にどこか自信なさげに補足を入れた。


「リナさんの方はどうでしょうか?」


 今度はアクリアがリナに見解を求める。一方のリナは、只今自身の鼻先を震わせながら周辺の匂いを嗅ぎ分けている最中だった。


「クンクンクン……ん〜、シャロンヌさんと一緒で断定はできないのですが、香水の残り香みたいな匂いが嗅ぎとれたのです…種類の違うものを二つほど」


「でかしたぞリナ」


 リナが鼻を鳴らしながらそう答えると、間髪(かんはつ)入れず満足気な声が天から返ってきた。


「それだけわかれば十分だ」


 つい先程から地面に膝をついて何やら調べていた天が、それを(たず)ねたアクリアよりも早く反応を示したのだ。


「兄さん…何かわかったんだね?」


 一層に顔を引き締めるカイト。彼には天のその一言で十分に伝わっていた。天がなんらかの確信を得たことを。


「ああ…」


 天は地面に膝をついたままカイトの言葉に頷くと、その姿勢を維持しながら自分の推測を語り始めた。


「これはあくまで俺の推測だが、奴等が現在潜伏している場所は、八割方これから向かう廃墟と見て間違いない」


「根拠はなんだ?」


 シャロンヌが表情を険しくして天に訊ねる。


「詳しく教えてくれ、花村天…」


 けれどシャロンヌのその態度は、決して天の言葉を疑っているわけではない。単に彼女も聞きたいのだ。それを断定できるだけの情況証拠というやつを。


「まず、この地面を調べてみてわかったことだが…」


 この時、天はシャロンヌに対する敬語の使用を完全にとりやめた。


「地面に生えている野草などの植物の荒らされ方から見て、数時間前にここを複数の人型が通った形跡がある」


 もうお互いにある程度の腹の探り合いは終わった。それを踏まえ。これ以上の上辺だけの敬語、丁寧口調は、逆に彼女のことを小馬鹿にしていると天は感じたからだ。


「ほう…」


 事実、天のその判断は正しかった。現に、シャロンヌはたった今の天の自分に対する受け答えにまるで不快感などを示さない。


「おそらく、土や草などの荒らされ具合と状態…そしてその規模と範囲から推測するに、四人から五人分ほどの成人の人型が、数時間から十数時間前にここを通ったのだろうな」


「…何故、人型のものと断定できる?オークやリザードマン、コケッシーなどのモンスター、もしくはこの山に生息する動物等の可能性もあるのではないか?」


 シャロンヌが怪訝な顔で不意に頭によぎった疑問を口にするが、天は彼女の疑惑の念を即座に論破する。


魔物(モンスター)や一般の野生動物が、香水やそれに類似した香りを振りまくとは考えにくい。更にそれが二種類となると、なおのこと不自然だ」


道理(どうり)だな…」


 この天の説明に対し、シャロンヌは瞬時に納得せざるを得なかった。


「話の邪魔をしてすまない…続けてくれ」


 彼女は心の中で(うな)る。だからこそこの男は、リナの言葉にあのような過剰な反応を示し、『十分だ』と明言(めいげん)したのだ。


「フフン…なの」


 堂々と振る舞う天の姿を自分のことのように、得意気に、誇らし気に見守るリナ。見ると、カイトやアクリアも無言ではあるが、その表情はリナと似たり寄ったりのものであった。


「次にリナが嗅ぎ分けた匂いの質だが…リナっ」


「はいなのですっ!」


 天に呼ばれてとても嬉しそうに返事をするリナ。彼女はなんでも自分に訊いてくれと言わんばかりに、尻尾を激しく振っていた。


「リナが嗅ぎ分けた香水の匂いなんだが、お前の口ぶりから察するに、かなり微弱なものなんじゃないか?」


「言うとおりなの天兄!」


 リナは間を置かずに天の言葉を肯定する。


「自慢じゃないのですが、あたしの嗅覚は同じ犬型の亜人の中でもかなり上位なのです」


「間違いないよ」


「ええ」


「こう言ったら身内びいきに聞こえてしまうかもしれないけど、俺も長年冒険士をやってきて色んな土地を回ったけどね?リナほど優れた嗅覚の持ち主は、彼女の他には心当たりがない」


(わたくし)もそのことについては、自信を持って保証できます」


 迷いなくリナの嗅覚の信憑性の高さについて公言したのは、彼女の両脇にいたカイトとアクリアだ。


「そのあたしが集中してギリギリわかるかわからないか程度だから、一般レベルじゃ嗅覚に特化した亜人でもまず嗅ぎ分けられないの!!」


 自慢気に胸を張って断言するリナ。彼女は仲間達から次々と持ち上げられ、上機嫌な現在の己の心境を尻尾の振りの激しさで表現していた。


「それもまた不自然だ。当然、香水などは使用した者の(かお)りを際立たせるのが主な用途…」


 天はそんなリナの自信満々な主張に一つ頷くと、より自らの推理に確信を持ったような顔つきで仲間達の方へと振り返り。地面の土を触る素振りを見せた後にゆっくりとその場で立ち上がった。


「そんなものを体につけた人型の匂いが、たかだか数時間、十数時間でリナの嗅覚を誤魔化せられるレベルまで薄まるわけがない」


「つまり…兄さんは誰かが意図的にその香りを消しさったと言いたいんだね?」


「もしくは、何か匂いを遮断するようなものに身を(つつ)んで移動したのか。あるいは香水等の香気を帯びた何かをそれに(くる)んで運んだのか…」


 天がそういった自分の推理を口にすると。


「邪教徒どもが行動する際、常に身につけている漆黒のローブ…」


 シャロンヌがそれの裏付けするかのように、争いの民の特徴の一つを殊更(ことさら)に語り出した。


「これは“常闇(とこやみ)(ころも)“という特殊な装備で、身につけた者の気配や魔力の波動などあらゆるものを包み隠す…隠密(おんみつ)特化(とっか)した性質を持つ邪教徒独自の装束(しょうぞく)だ」


「じゃあ、そういった隠す性質の中には…」


「無論、それは薫香(くんこう)などの香りも例外ではない」


 リナが質問の内容を口にするよりも早く、シャロンヌが先に結論を述べた。


「カイト。今日未明に、ここら一帯で雨やらは降ってないよな?」


 シャロンヌからその情報を仕入れた天は、分かりきった疑問をあえてカイトに投げかける。


「生憎と最近は日照り続きでね?昨日今日どころか…ここ一週間ランド王国はどこもかしこも晴天さ」


 特別に何か打ち合わせをしたわけでもないのだが。話を振られたカイトの方も芝居じみた台詞回しで天の問いかけに対し注文通りの答えを返した。


「だろうな」


 乾いた地面を踏みつけ、ニヤリと不敵に笑う天。


「この事から可能性として考えられるのは二つ」


 そしてすぐさま普段通りの能面顔に戻ると、天はポーカーフェイスのまま人差し指と中指を立てて、手の形で二つと表現し、それを皆に見せるように向けた。


「まず一つ目は…」


 直後、彼は中指を折り畳んで人差し指だけをピンと伸ばす。


「数時間前に複数の人型の集団が此処(ここ)を通った。その集団の内、二人以上は香水のような香りを引き立たせる化粧品を肌や衣服などにつけている人型が紛れていたという可能性」


 その一つ目の可能性を言い終えるタイミングで、今度は折り畳んでいた中指を勢いよく立てる天。


「二つ目は、複数の人型がこの場所を通ったところまでは一つ目と同じ…」


 天のその口ぶりは。最早この地を、自分達以外の誰かが通ったという点については断定しても問題ないといった風の言い回しであった。


「………」


 しかし彼のその推理に異議を唱える者は一人もいない。


「だが決定的に前者と異なるのは、香水等の香料を使用している何か…もしくは複数の(だれ)かを、その集団の者達が持ち運んだという可能性だ」


 淡々とした口調で天がそれら二つの可能性を話し終えると、いつの間にか辺りは緊迫した空気に支配されていた。


「要するに、そんな高度な隠蔽工作ができるのは限られた特殊な集団。邪教徒の可能性が非常に高いと…貴殿はそう言いたいのだな花村天?」


 この場に居合わせた誰しもが想像していたこと。その詳細について、最初に天に確認したのは彼等五人の中で最もこういった事件、事例(ケース)を扱ってきた『邪教徒ハンター』の異名を取るシャロンヌである。


 …まあ、そこまでだとまだ決定力に欠けるが…。


「あくまで、俺の個人的な主観にすぎないが」


 天の台詞は随分と消極的なものであった。だがその反面、天の発する声音は、どこまでも自信に満ちあふれている。


「…リナやカイトが挙げていた他の四つの候補は、もう除外してもいいかもしれん」


 早計ともとれる自己判断を、自然にシャロンヌは口ずさんでしまう。だがそれは、天の自信に満ちた態度や口車に乗せらたからではない。そもそもこういった時、シャロンヌは人の意見にまったく左右されない強固な軸を持っている女だ。


「では、やはりシャロンヌさんの見解でも…」


 天と同等か、或いはそれ以上に確信に満ちた雰囲気を醸し出すシャロンヌを視界に捉え。カイトは確認を求めるように物事の核心(かくしん)(せま)った。


「率直な意見を言わせてもらうが…俺の見立てでも、これから行く廃墟は限りなく(クロ)だ」


 シャロンヌはカイトと目を合わせて目礼した後、一歩前に出ると。一寸の迷いもない態度で皆にそれを告げる。実の所、シャロンヌは初めから見抜いていた。天とは違い、彼女の場合は根拠などあってないようなものなのだが。


「正直なところ、さっきから俺の本能が延々と告げてくるのだ…」


 強いて何かを挙げるとすれば、それは彼女の第六感とでも言うべきか。


「このすぐ近くに、お前の怨敵(おんてき)がいるとな」


 シャロンヌは自身の()れを信じて疑わなかった。十年という長い年月をすべて邪教徒の影を追うために費やしてきた己自身を。こと争いの民に関しては、世界広しといえど自分ほど鼻が効く者は他にいないだろうと言う確固たる自負心が、シャロンヌの中にはあった。それは、リナのような身体能力とは別物、経験則(けいけんそく)という名の嗅覚(きゅうかく)であり、自らが絶対の信頼を寄せる長年の直感というヤツだ。


「まあ、根拠はまだあるんだがな?」


『まだ話は終わってないんだが』と言いたげに、少し困ったように頬をかく天。場合によっては空気を読みすぎてしまう彼にとって、今の状況でのこの発言は少々決まりが悪いようだ。


「只今お教えいただいたことの他に、さらに何か確証がお有りなのですか!?」


 アクリアが目をパチクリさせて驚いた。そして、言葉には出さなかったようだが、シャロンヌとカイトも似たように面を食らっている。


「…と言うより、むしろ今の話だけでは根拠というには弱いと思うが?」


 そんな三人の反応を見て、天は思わず呆れ声で突っ込みを入れる。


「俺の推理はまだ途中までしか話していない」


 とりわけカイト達を否定しているわけでもないが、天は首を横に振りながらそう答えた。


「今俺が話したところまでだと、あくまでこの場所を俺達以外の誰かが通ったということを立証するものでしかない」


「確かに」


 カイトは頭をかきながら相槌を打つ。


「その誰かが邪教徒と決めつけるには、また別の根拠…もしくはそれに類似する筋道が必要だ」


「…花村天。貴殿は見かけによらず慎重な性格なのだな」


 意外そうにシャロンヌは目を細めた。


「あとになって後悔するよりはマシだろ?急がば回れと言うしな」


「ハハ、それも確かにだね」


 あっけらかんとした天のその態度と言葉に、思わず失笑してしまうカイト。


「ま、それも場合によりけりだがな?けれど、慎重に事を進めるのが一番の近道になることも世の中には多い」


「…違いない。で、貴殿の見つけた他の根拠とはなんなのだ?」


「いまから説明する」


 腕組みをして早く教えろといった催促をするシャロンヌへ、小さく頷いて口の端をやや持ち上げる天。


「まあ簡単に言うと。今度のはさっきと真逆で、一つ一つの可能性を(つぶ)していくものなんだが…」


「可能性を潰す?」


 シャロンヌが怪訝そうに天の言葉を復唱(ふくしょう)した。


「ああ、まず一つ目は…俺等以外の冒険士のチームがここを通った可能性だ」


「多分それはないのです」


 ほんの少し前から事の推論(すいろん)をそっちのけで何かを調べていたリナが、いち早く天の一つ目の可能性を否定(ひてい)した。


「あたしがキャッチした二つの香水の香りは、両方ともかなり上質なものなのです…」


 リナ以外の四人は、誰一人『どうして?』といった疑問の言葉を口にせず、黙ってリナの説明に耳を傾けていた。


「気品がある匂いというか…二種類とも相当高価な香水だと想像に難くないのです」


 皆は気づいていたのだ。天が話している最中に、リナがこの一帯の匂いを集中して嗅ぎ分けながら、新たなる情報、判断材料となる手がかりを必死に探していたことを。


 …ほんと、頼りになる女だよお前は…。


 リナに目を向け、天は毎回リナに感じていることを再度胸の内で反芻(はんすう)していた。


「しかも内一つは、最近あたしが嗅いだ香水の匂いと多分一緒のものなの。だから正確な値段もわかるのです…」


 リナはそう言うと、気まずそうに視線を泳がせ、咄嗟に次の言葉を言い淀んでいる。


「……こんなんで、三十万円もするヤツなのです」


 人差し指と親指を自分の顔の前に(かざ)して、小瓶ほどの物体を(つま)むようなジェスチャーをするリナ。その香水は、とんでもなく少量でかなり値段の張る代物らしい。


「そいつはまた…随分と高級品だな」


 リナが言った香水の法外な値段に、微妙に眉を吊り上げる天。


「常夜殿、アク。二人の忌憚(きたん)のない意見を教えてもらいたいんだが…」


 そしてすぐさま、この場にいたリナ以外の女性陣に二名に、天は問うというより確認するよう声をかけた。


「…なんだ」


「なんなりと…」


 シャロンヌとアクリアは、両名とも何かを悟ったような空気で天の言葉に応答する。


「ここいらみたいにモンスターが頻繁に現れるような場所へ足を踏み入れる際、そういった己の匂いを主張するような化粧品(こうすい)を、わざわざつけてくる冒険士がはたしていると思うか?」


「俺の様に単独で行動している冒険士なら、何らかの手違(てちが)いで事前につけていたソレを落とさず、モンスターの住処(すみか)に侵入するマヌケもいないとは言い切れんが…」


「同じ集団(チーム)の冒険士全員が、その事…香気を帯びた体臭に気づかず、この危険区域(きけんくいき)に足を踏み入れることはまず無いと存じます」


 シャロンヌが自分の意見の半分を言い終える()で、流れるように彼女のコメントを引き継ぐアクリア。


「この地のモンスターは嗅覚に優れている種も数多く生息しておりますから、()()を刺激するような真似を極力避けることは、この土地を知るランドやソシストを拠点として活動を(おも)とする冒険士達の、定石でございます」


 あらかじめ天が何を自分達に質問するか予想できたシャロンヌとアクリアは、前後半で台詞を分担して、二人で息ピッタリに一つの回答を示した。


「だろうな…」


 訊ねた側の天も、二人のその意見に半ば呆れ混じりの乾いた声で同意する。


「何より、これは俺の個人的な意見になるが…」


 シャロンヌは眉間にシワを寄せ、更にその考えに個人的な補足を付け足した。


「そんなことに金をかけるぐらいなら、己の装備等を整えるための資金に充てるべきだ!プロの冒険士ならばそうであらねばならん!!」


 シャロンヌは不機嫌そうに吐き捨てる。女である彼女がそういった物を否定するのもどうかと思うが。シャロンヌのその価値観は、冒険士としてのプロ意識の高さを証明しているとも言えるだろう。


 …ん?今のセリフ、どっかで…。


 ふと、シャロンヌが口にした台詞に天はひっかかりを感じる。尚、その違和感の正体は次に出てきたリナの言葉が解消してくれた。


「あたしも、自分の知り合いの冒険士の中で、こんなバカ高い香水を持っている奴を一人…一匹(いっぴき)しか知らないのです…」


「おいリナ、まさか其奴(そいつ)って…」


 同時に、リナがどうしてこのことを説明する時に言葉を詰まらせたのか理解する天。


「察しのとおり、ウチの『キツネ担当』なの天兄…」


「………」


「…………」


「なんだ?そのキツネ担当(たんとう)というのは?」


 カイトとアクリアが今し方のリナと同種の表情を浮かべ、気まずそうに口を閉じる。一方、シャロンヌだけが至極まっとうな疑問を口にするが、


「大したことじゃない。それよりも、今は他の可能性を消去していく方を優先させよう」


「それもそうか。承知した」


 天は即座にシャロンヌからのその事に関しての質問の一切を打ち切った。わざわざ、零支部の恥部(シロナ)を部外者に晒す(いわ)れもないので。


「同様に、王国の騎士団とアレックス殿下直属の私兵の線も除外してよろしいかと」


「あとは一般人の可能性もほぼ無いだろうね」


 天の考えを汲み取ったのか。単に自分達も同じ気持ちだったのか。アクリアとカイトは天の要望に答えるよう、話がシロナ関連に()れる前に各々の意見を述べた。


「騎士団、アレックス殿下の私兵、双方ともに王宮からこの地まで足を向けるのは考え難いと思います。当然、例の香水の件も(あわ)せてです」


「俺も同感だよアクリア」


 カイトがアクリアの意見に力強く頷いた。


「それと、アレックス王子の私兵はともかくとして。王国騎士団の方は唯一の女性騎士だった副団長のユウナ女史が、つい最近に騎士団を抜けたらしいから…今現在は騎士団には男しか所属していなかったはずだよ」


「ん?」


 …別に、男でも香水をつけるヤツはいると思うんだが…。


 そういったカイトの安易な考えに、頭の隅っこで突っ込みを入れる天。


 …いや、俺の常識ではそうだが、こっちではカイトの言うことが正論と捉えるのが正しいか…。


 けれど、それは自分が元いた世界の常識。此方(こちら)の世界、もしくはランド王国近隣では、カイトの常識の方が優先順位は上と。天はすぐに自身の価値観を上書きした。


「ええ。香水といった化粧品は、通常は女性しか所持しませんから…」


 アクリアまでそれについて肯定したのだから、尚の事である。


「また、もし王宮が彼の地に捜索隊を派遣したとしても…諸々の都合上、おそらくは早くても明後日以降になってしまうと思われます」


「そして、一般人の可能性はもっと低いと思うな。なにせこの辺一帯は、国から危険地帯と認定されている場所だからね」


「そうなのか?」


「冒険士ならCランク以上の者が二名以上、または王国の騎士団やステータスレベルが一定以上の人型で組織された自警団が、必ず数名以上で行動しなければならないと指定されている区域だからね?あの廃墟の周辺は」


「なるほど」


 カイトは天の問いかけにとても丁寧な解説を入れる。こういったところは彼の性格なのだろうが、それにしても有難いなと、天は内心でカイトに感謝を述べていた。


「だから、一般人(いっぱんじん)が計画的、または突発的にここまで足を運んだとも考えにくいね」


「言えてるのです。それに一般の人型なら、あたしの嗅覚、天兄の気配探知、シャロンヌさんの魔力探知のすべてから身を隠すことなんて、絶対不可能なの!」


 間接的とはいえ幼馴染(シロナ)所為(せい)で多少なりとも精神的ダメージを受けていたリナが、すっかり立ち直って現在の読み合戦に嬉々として参戦してきた。


「ああ。加えて仮に道に迷ったとしても、さすがにこんな入り組んだ山間部まで民間人が入ってはこないと思う。一般常識がある大人の集団ならなおさらね」


「なのです!」


 元々、リナはこういう口論が大好きだ。


「違いない……そもそも花村天!」


 シャロンヌはリナの意見に頷きつつ、どういうわけか訝しげに天を睨んだ。


「貴殿の話には矛盾点がある!」


 天のことを指差し、お前の話にはアラがあると指摘するシャロンヌ。


「矛盾点とは?」


 が、天はまるで動揺していないどころか、余裕たっぷりの態度でシャロンヌにその(アラ)を問い返した。


「このような場所で、己の位置をモンスターに知らせるような香りの強い化粧水をつけてくる危機管理能力のない連中と、体臭やら魔力などのあらゆる元を限りなく払拭(ふっしょく)隠蔽(いんぺい)するような用心深(ようじんぶか)い連中が、同一人物なわけがあるか!」


「そうだな」


 シャロンヌの(まく)()てるような指摘にも(かかわ)らず、天の方はいたって平常心で、いたってシンプルな返事をする。


「そ、『そうだな』だと!」


 (ゆえ)に、天にはまったくその気は無かったのだが。結果的にシャロンヌの感情を逆撫でしてしまう。


「なら!貴殿はすべてわかった上で、こんな無意味な事を俺やカイト達に訊いていたのか!?」


「そう言うことになるな」


 されど、天はシャロンヌの癇癪を目の当たりにしても相変わらず眉一つ動かさない。それもそのはず、そんな事は初めから彼も十分承知の上で、この場にいる皆に確認をとったのだから。


「だが、無意味ではないぞ?」


 差し当たって、それは天の言ったとおり自分の推理を全員にわかってもらう為に必要不可欠な前置きなのだ。


「無意味に決まっているだろ!!こんな分かりきっている答えを!」


 人を食ったような天の態度に、シャロンヌはいよいよ本格的に青筋を立てて怒り出す。


「リナが嗅ぎ取った香水をつけていた者達と、先刻この場所を通った者達は、まったく…別の……」


 しかし、今回は初見のようないがみ合いまでには発展しなかった。


「あっ!」


 反射的に声をあげて目を見開くシャロンヌ。自分がたった今口にしたことの中に、天が皆に伝えたかった自らの推測を裏付けるもの、その根拠の最重要事項が隠されており、シャロンヌ自身もその事に気づいてしまったから。


「そういうことだ」


 天は目を丸くしたシャロンヌの反応を見て、少しばかり意地の悪い笑みを浮かべた。


「…本当に食えん男だな貴殿は」


 一変、シャロンヌは恨めしそうに、バツが悪そに天を凝視する。


 …そう言われてもな?説明の途中で勝手に結論付けて、俺の話を最後まで聞かなかったのは其方(シャロンヌ)だと思うが…。


 と、天は心の声でシャロンヌに文句を言うが。もうこういった不満を口に出すような()は犯さない。シャロンヌの売り言葉を安く買い叩かないと、天はつい先刻に動力車の中でカイトと約束したばかりだから。尚、そのカイトはというと、


「ハハハ、まあそれでこそ兄さんなんですがね?」


 ()かさず天の擁護(ようご)ともシャロンヌの擁護とも取れる絶妙なフォローを間に挟むカイト。流石はこのチームNo. 1の気配り上手にして苦労人の青年だ。


「では、俺の推測の続きをみんなに聞かせよう」


 そんな気の利いた相棒(カイト)一瞥(いちべつ)して、天は芝居がかった口調でその語気を強めた。


「常夜殿も言っていたが、ここを(おと)ずれたであろう謎の集団は不可解な行動、矛盾点がある」


 ピクリとシャロンヌが眉をひそめた。だが天の真剣な口ぶりや様子などから、別段それが自分に対する当て付けでは無いと瞬時に理解できたので。シャロンヌはすんでのところで余計な横槍を我慢できた。


「価値の高い化粧水をつけているにも拘らずその香気を隠し、無用心かと思えば用心深さを思わせる行動もとる」


 一方の天は、そんなシャロンヌの起伏など気にも留めず、黙々と事の解明を進める。


「このことから何がわかるのか…それは、謎の集団はひとまとまりのグループでは無く、二つ以上のグループが集まって一つの集団となり行動しているものだと、俺は当たりをつけた」


「多分、そいつらはあたし達みたいに目的が一緒なわけじゃないの」


「全員がそれぞれ味方同士というわけでもなさそうですね…」


「ああ。何方(どちら)か一方が、もう一方に無理矢理に連れて行かれているみたいな印象を受けるよ」


 リナ、アクリア、カイトは、各々が天の考えを後押しするように発言する。天が導いた考えに疑問を思ったり頭を悩ませたりしている者は、この場には一人もいなかった。


「あたしもそう思うのです」


「同感です」


「いまさっき兄さんも言っていた事だけど…その人達は運ばれたか連行された可能性が高いな」


 天が何を言っているのか。何を伝えたいのか。皆は瞬時に理解し、それは全員の中で一つ答えを導き出していた。


「例えばだが、この集団は加害者と被害者に別れていると仮定してみる」


 自分の顔の前で人差し指を立て、全員に注目を促す天。


「加害者を、魔力、体臭、気配などの諸々を容易(たやす)く隠蔽できる特異で異質な者達。被害者を、高価な香水をつけた上流階級の人型の女性達と置き換える。すると…」


「その正体不明の集団の内、一方は邪教徒…もう一方は奴等に(さら)われたアリス王女と侍女達…」


 天が答えようとしたその結論を先回りして告げたのは、完全に冷静さを取り戻していたシャロンヌである。


「俺はそう推測した」


 真剣な面持ちでシャロンヌの言葉に相槌を打つ天。


「確かにそう考えると色々と辻褄が合う…」


 唸るように感心するシャロンヌ。この二人の今のやり取り、天がシャロンヌに確認を取った結果、彼女から理解を得たと解釈する方が正しいかもしれない。


「そして最後に…」


「…まだ何かあるのか?」


 (はか)らずも素っ頓狂な声を出してしまうシャロンヌ。彼女は呆れ半分、感心半分の表情で天を見据ている。因みに周りにいるカイト、アクリア、リナも、シャロンヌと似たような顔で天を見ていた。


「ある…」


 皆のそんな視線に居心地の悪さを感じなからも、簡易的な応答でそれを肯定する天。


「まあ、コッチの方は今やっていた論理的思考というより、どちからと言えば俺の精神論、勘みたいなものなんだが…」


 微妙な空気を払拭する為か、天は今し方までのシリアスムードから打って変わり、若干軽い乗りで『大したことじゃないが』と前置きを入れるが、


「天兄の話って、大体が何気ないことでもスケールと信頼度がハンパないのです」


 まさかと言わんばかりにリナがしたり顔で突っ込む。見れば、リナの両サイドにいるカイトとアクリアも、無言で何度も頷いて彼女の指摘に同意していた。


「だからきっと!今から話してくれることも確信をついているに決まってるの!」


 …えっとリナ君、あんまりハードル上げられても困るんですが…。


 目を輝かせて断言するリナを見て、天は人知れず頭を抱えた。


「実を言うとな?俺がこれから向かう廃墟を調べておきたいと思った一番の理由がソレなんだ」


 (しか)しそこは天。気にしても仕方がないと瞬時に頭を切り替える。


「なるほどね。それで兄さんはリナが香水うんぬんの手がかりを掴む前に目星をつけられたのか」


「そういうことだ」


 カイトへの受け答えにも一切の淀みがない。こういった時に気負わないところは彼の長所と言えるだろう。


「大体三時間ぐらい前になるか…俺が旧鉱山を目指してこの山を登っていた時のことなんだが、奇妙な気配を感じたんだ」


「奇妙な気配?」


 聞きなれないフレーズに、反射的に天に訊き返してしまうシャロンヌ。


「これまでに感じたことのない…不思議な気配だった」


 天はシャロンヌと目を合わせてコクリと頷き、同意を示しつつ話を続ける。


「人間ともエルフとも亜人とも違う。だったらモンスターかと言うと、それともどこか異なる」


「ちょっと待て花村天…」


「なにか?」


「…色々と気になる点はあるが、一つ確認しておきたい」


「どうぞ」


「リナも口にしていたが、貴殿のその気配探知?スキルとはどの程度の代物なのだ?」


「そいつは、有効な射程圏内を答えればいいのか?」


「それで構わない」


 スキルの解説を求めながら、シャロンヌは難しい顔をして腕組みをする。


「…俺もある程度なら視線や物陰に隠れている生物の気配を感じとれるが…」


 天の気配探知能力の性能について、シャロンヌは半信半疑といった顔をして首を傾げていた。


「ああいったものは、自分に向けられているソレを感知やら察知するものであって、何者かを探知(たんち)するような能力(スキル)ではないと思うのだが?」


「まあ普通ならそうかもしれんが、俺のは少し特別製でな」


 シャロンヌの持つ常識に相槌を打ちつつ、無表情でやんわりとそれを否定する天。


「意識を集中させれば一般の人型…並びにD、Eランク級のモンスターなら二キロ弱。Cランク級のモンスターやそれと同等ほどの力量を持つ人型で四キロ強。Bランク級なら六キロ圏内…そして、Aクラスだと大体十キロぐらいまでなら補足できる」


「なっ!ウソをっ……」


 危うく『嘘をつくな!』と吐き出しそうになった口舌を、彼女は必死に()()める。


「せ、精度はどの程度なのだ?」


 明らかに顔を引きつらせるシャロンヌ。気を取り直そうと次の質問を天に投げかけるが、


「モンスターの場合は知識もないので種類までは特定できんが、人型で種族の純血なら、人間、エルフ、亜人の種別判断とおおよその戦力も把握できる」


「……それほど詳細にか?」


 天からの規格外な回答を受け、より一層にシャロンヌは顔面神経を強張らせてしまう。


「まあリナの嗅覚ほどの正確さはないし、直感的な部分…勘の要素も強い。あくまで俺の精神論から抜け出すほどではないシロモノだがな?」


「………」


 それを側で聞いていたリナが『よく言うの』と言いたげに、天のことを半眼でジト〜っと()ていた。


「貴殿が今言ったことが全て事実なら。(しか)り、実用レベルとしては十分なものだが…」


「シャロンヌさん。兄さんが言ったことは紛れもない事実ですよ」


 未だ天の逸脱(いつだつ)した性能について釈然(しゃくぜん)としないシャロンヌ。そこへ、間髪を容れずにカイトからの証言が入る。


「あなたを動力車で迎えに行く道すがら…彼は動力車の中から三キロほど離れていたあなたの正確な位置と、大まかな力量を言い当てましたからね」


「誠でございます」


 アクリアもカイトの後に続き、天の能力証明の裏づけにまわる。


「シャロンヌさんは、リザードキングほどなら軽くあしらうほどの戦力を秘めておられると、天様は確かにおっしゃっていました」


「っ!」


 アクリアがそう告げた途端、シャロンヌの顔色が変わる。


「天兄は直接会ったことがないのは勿論…資料等で見たこともないシャロンヌさんのことを、その気配探知の能力で探し当てて判別したのです」


 こうなると、当然リナもその援護射撃に加わってくる。


「シャロンヌさんは、シスト会長と近い実力の持ち主だって!」


「そうか…」


カイト達からのそういった声を聞き、シャロンヌは全てを悟ったような顔でゆっくりと目礼した。


「お前達がそこまで言うのなら、認めねばならんな…」


 三人ともシャロンヌ自らが認める一流の冒険士。いかな仲間内であったとしても、色眼鏡や贔屓(ひいき)などをして自分(シャロンヌ)に誤った情報を教えることは考えにくいと、彼女自身が心得えていた。


「付け加えさせてもらえば。察するに常夜殿の脅威判定はおっさん…シスト会長の能力()から視てAクラスだ」


「………」


 天の予想にシャロンヌは肯定も否定のせずにただ黙っていた。しかし、彼女のその真剣な表情を見れば、言わずとも答えはわかる。


「従って、俺もあんたの位置を探り当てるのは容易だった」


「…邪推して悪かったな」


 シャロンヌは目礼して自分の非を認め、同時に天が言った能力の全容を認めた。


「教えてくれ花村天…その最後の根拠というヤツを」


 そのシャロンヌの言葉に、軽く頷いて了解する天。


「不思議な気配を感じた地点は、丁度今から向かう廃墟の辺りだったんだが…そこでまた奇妙なことが起こった」


 天はそう言いながら、これから行く目的地の方を見据える。


「突然その気配が消えたんだ。例えるなら静電気のように…一瞬バチっと俺の意識に入ってきて、その直後に完全に探知できなくなった」


 そして、今度はここにいる皆を見渡し、同意を求めるよな口調で声を発する天。


「その時は単なる気の所為だと判断したんだが…先ほど常夜殿から聞かされた邪教徒特有の異能と照らし合わせると、どうしても関連性を否定できないと俺は感じた」


(から)属性の魔技…」


 リナが息を吐くように声を出した。


「…邪教徒がこの地で空間(くうかん)滞留(たいりゅう)の儀式魔技を発動させたのであれば、如何に天様の高い能力を持ってしても…追従は不可能」


「むしろ、俺はこれで繋がったとしか思えなくなったよ…」


 アクリアとカイトも其々が納得したように目の色を変える。


「花村天…貴殿が感じたその気配、戦力はどれほどかは探知できたのか?」


「ああ、感じたのはほんの一瞬だったが、探知の方は問題ない」


 視たのではなく感じたものであれば、どれほど一瞬でも天の五感は覚えているのだ。その確かな感覚を。


「大まかだが、ハイリザードマンより上でリザードキングよりやや劣るぐらいだ」


「結構強いのです…」


 リナが思わずそう零すと、天も彼女の考えに同意した。


「そう、中々に甘くない実力の持ち主だった。それ故におかしい。そんな強い気配が一瞬で忽然(こつぜん)と消えるのは」


 シーン…


 天が全てを話し終えると辺りが静寂に包まれる。静まり返った空間の中で、彼を除く全員が口を閉ざし思い思いに(おの)が感情を震わせているようだった。


「以上の理由から、俺はこれから向かう地…もう使われていない廃墟と化している僧院(そういん)が、八割方(はちわりがた)奴等の潜伏先だと推定した」


「そこまでの根拠があって、貴殿の中ではまだ八割なのか?」


 呆れたように口を開いたのはシャロンヌだ。


「この世に絶対などないからな?それに、俺はこう見えて用心深いんだ」


「フフ…貴殿のことは好かんが、そういった考え方は嫌いじゃない」


 憎まれ口を叩きながらも、シャロンヌはどこか満足そうに微笑んだ。


「灯台下暗しとは、まさにこのこと…」


「ほんとなの」


「どうやら、俺達は一番重要な所を危うく見落とすところだったようだね?」


 続く他の三人…アクリア、リナ、カイトともに、天のこの仮説について異論を差し挟む者はこの中に一人もいなかった。


「とうとう…」


「…いよいよなの」


「まだ日没まで時間はあるけど、ここからは万全を期して臨まなくてはいけない。再度、気を引き締めていこう」


 それどころか、(みな)(みな)予感している。この先の向こうに存在するであろうドス黒く(にご)った悪意(あくい)を。


「最初はこんな時に山登りなどという場違いな事をやらされて、正直腹に据えかねていたが…案外、怪我の功名だったのかもしれんな」


 薄ら寒い笑みを浮かべて、シャロンヌも静かに闘志を燃やしていた。


「さて、では早速答え合わせと行こうか」


 天の号令と共に、皆は神妙な面持ちで頷き合い。止まっていたその(あゆ)みを再開した。(そう)して、彼等は謎の集団が通ったであろう道跡をトレースするように、この樹海の更に奥へと足を踏み入れるのであった。

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