第51話 懸念
澄んだ空気に包まれた緑美しい山間。木々の葉が風にそよぐ音、小鳥のさえずり、ただ其処にいるだけで心が癒されるような空間。だが、そんな心和む場所に似つかわしくないようなただならぬ雰囲気、重々しい空気が、木陰に停めてある一台の動力車から漂ってくる。
シン……
現在、零支部所有の動力車の車内は、息の詰まる殺伐とした空気に包まれていた。
「ムス…」
まず運転席後部。動力車の後席右側に座っているシャロンヌは、自己の不快感を自分以外の搭乗者に示すよう、あからさまに『今の自分は虫の居所が悪いぞ』といった表情を見せて腕を組んでいる。
「「……」」
次に、彼女から一人置いて後部座席の左側に座っているアクリア。そして、動力車の運転席に腰を据えているリナは、車内に乗り込んでから一言も喋らず、無言無表情を貫いていた。
「………」
「……」
本来この二人は、柔らかい物腰、活発な笑顔で常に場を和ませている。このことから、彼女達が今どのような心情でいるのか、想像に難くないだろう。
「…フゥ」
最後は、この動力車に同乗している男性陣。動力車の助手席にいる天と、
「ハァ…」
只今、後部座席で刺すような怒気を全身から放つ二人の女性。その両名に挟まれる形で、後部座席の中央にせせこましく座っているカイトは、
「フゥ…」
「ハァァ……」
現在、針の筵状態の車内の息苦しい空気にあてられ、それぞれが違う種類のため息をつき、疲れた様子で項垂れていた。
…俺としたことが少し大人気なかったな…。
天は、先刻の自身の軽率な振る舞いのせいで生じてしまったシャロンヌとの確執を思い。少なくない悔恨の念にかられていた。
…相手はSランクとはいえ女。しかも、この女はおそらく俺達が喉から手が出るほど欲しい情報を多数持っているはず…。
然し、それはシャロンヌの女としてのプライドを傷つけてしまったことを気に病んでいると言うよりは、今後の為に了知しておきたい貴重な知識を数多く所持しているであろう彼女から、それらの情報を吸い上げるのが、比較的困難になってしまったことへの懸念でしかない。
…不平を本人に伝えるにしろ、しこりを残すような手段を取るべきではなかった…。
もっとも、そういった天の懸念も、先日にエクス帝国で開かれた会議で取り決められた、彼への五つの約束事を持ち出せば簡単に解消してしまうのだが。現状、天がそれを知り得る術はない。
…さて、どうしたものか…。
天にとって、所詮シャロンヌは初対面の赤の他人であり、加えて第一印象で好感を持てたかと言えば答えはNOだ。幾ら彼女が、艶やかで成熟された大人の色気と芸術的なプロポーションを併せ持つ、優雅なる美貌の持ち主であろうと。幾ら彼女が、最高峰冒険士の肩書きを備えた名士であろうと。残念ながら、それらは天の心証を良くする材料にはなりえない。故に、現時点で天にとってのシャロンヌという人物は、あくまで単なる情報源の一つでしかない。そして、そのシャロンヌはというと、
「フン!」
これでもかと不機嫌な顔をして、窓の方に向けてそっぽをむいていた。
「……ギリッ」
かと思えば、シャロンヌは動力車の窓越しに外の景色を睨みつけている。相当に腹に据えかねているのか、シャロンヌの歯噛みする音がかすかに漏れてくる。
「ギロッ…」
見ると、動力車の窓に映っていた彼女の顔は、苦虫を噛んだようにとげとげしいものであった。
「ハァ…」
カイトは窓に薄っすらと映っていたそのシャロンヌの表情を横目で見て、この数分の間に何度目かの小さいため息をついていた。
「……」
『先が思いやられる』今現在の彼の顔からは、容易にその言葉が連想できる。
「…ガリッ」
そんなカイトの気苦労など露知らず。肝心のシャロンヌはといえば、その表情をより苦々しいものに変え、あまりの悔しさからか噛み締めていた唇から血が滲んでいた。よほど先程の自分が受けた仕打ちに思うところがあるのか。
「……ジトォ」
否、シャロンヌの様子を詳細に眺めてみると。彼女が忌々しそうに、恨めしそうに、その両の眼で捉えているものは、決して動力車の窓から見える自然の風景などではない。
「ジィ……ギリッ」
シャロンヌが歯噛みしながら見つめる先にあるもの…それは、窓に映る彼女自身の姿である。
「…くっ…そ」
シャロンヌは今、未だかつてないほどの自己嫌悪に陥っていた。『Sランク冒険士ともあろう者がなんという無様な醜態を晒している』と。ひたすら胸の内で、先程の自分の行動を非難していた。あのあまりにも傲慢で、浅はかな自らを。
『そんなに凄い奴には見えんぞ』
「…ググゥ」
シャロンヌは天に浴びせられた言葉を思い出し、無意識の内に組んでいた己の腕に強く爪を立てる。あの男の言う通りだと。もし自分が逆の立場なら、自分も花村天に同じニュアンスの台詞を吐いていたと。
「ギリ…」
また、彼女は悔しさに歯を食いしばる。先程の自分の有様を思い起こして。
「ギリィィ…」
アレでは、体目当て、冒険士としての地位目当てで毎度自分に近寄ってくる、薄汚い王族や貴族どもと何ら変わらない。しかも、あの陳腐で幼稚な口説き文句はなんだ?アレでは、あの男のみならず、周りにいる仲間達からも反感を買うのは、火を見るより明らかではないか。
「………」
シャロンヌの心中は、出来ることなら今すぐこの場から消えてなくなりたかった。そして、二度とこの者達と顔を合わせたくなかった。彼等のことを嫌悪しているわけではない。彼等の顔を見ると、自分自身を激しく嫌悪してしまうから。
「…くっ」
だがそれは許されないこと。今の自分は、シストに直接頼まれ、また自身でも望んだ重要案件に身を投じている。そんな自分本位な考えが通るわけがないし、通す気もない。なら素直に謝るか?それは絶対に嫌だ。それをしたら完全に認めてしまう。あの情けない自分の姿を。Sランク冒険士に有るまじき失態を。
「…ムスゥ…」
気位の高いシャロンヌにとって、今の自分が取れる行動は一つ。先程の彼等の対応に腹を立てている自分を、ひたすらに演じることだけであった。
「常夜殿…ここは痛み分けでいかないか?」
そんな中、今まで沈黙を守っていた天がおもむろに口を開いた。
「え?」
急にあまり馴染みのない呼び名で声をかけられたシャロンヌの方は、思わずその偽りの演技を忘れ。素の自分を出し。そのまま天の横顔に困惑の目を向けた。されど、天はその彼女からの視線に気づかぬ振りをして、淡々と話を続ける。
「あなたも悪いのだ。あんな見え透いた嘘をつくから」
「ッ!!」
途端、シャロンヌの表情が戸惑いから衝撃に変わる。彼女は一瞬で理解した。天が、何を思って自分に話しているのかを。
「そもそも、あなたのような麗しく、それなり以上の地位を持つ淑女が、俺のような得体の知れない男を相手にするわけがない」
「うっ…」
そう。天もシャロンヌと同じく。自らを偽らせ、そして演じているのだ。ご丁寧に、彼女に対する呼び名まで変えて。
「あなたも言っていたが、俺程度のちっぽけな男が、常夜殿のような才色兼備の貴女と釣り合うわけがない」
「…ぁ、ぁぁ…」
限りなく控えめに返事をするシャロンヌ。
「傍から見れば一目瞭然だ。はっきり言って、不釣合いにもほどがある」
なにせ、この男の口調からは一切の遊びがない。天は、自分とシャロンヌの両方を責めるようにして、一つ一つの台詞を発していた。今、彼が口にしている言葉は、全て彼の本心からくるものだと思うほどに、天の語り口調は完璧であった。
「そ、そのようなことは断じてございません!!天様は、天様は紛うことなきっ!!」
そのあまりの装いに、今まで無言無表情を崩さなかったアクリアが、咄嗟に物申してしまうほどに。
「アク」
そんなアクリアの異議を遮るよう、彼女をたしなめるように天はアクリアの名を呼んだ。
「アクリア…今はシャロンヌさんと兄さんが喋っている。邪魔をしてはいけない」
続け様。アクリアの隣にいたカイトも取り乱す彼女の肩に手を乗せ、アクリアのその感情を抑えつけるように促した。
「……失礼しました。話の腰を折ってしまい…申し訳ございません…」
そう言って、渋々と引き下がるアクリア。彼女とて、天の言動の意味を理解していないわけではない。現にリナなどは、多少表情に強張りを見せたが、瞬時に天の邪魔をせぬように傍観者に徹していた。
「…俺は女を知らん身だ。だから、あの程度の冗談でも過剰に反応してしまう」
アクリアが大人しくなったのを動力車のバックミラーでちらりと確認して、天はまたシャロンヌへの口上を再開した。
「そういう訳で常夜殿、先ほど俺があなたにとってしまった無礼な態度…どうか目を瞑ってはいただけないだろうか?無論、俺の方もあなたが言ったことはすべて忘れる」
「…ギリィィッ!」
天がその謝意を伝え終えると、シャロンヌは目を見開き、同時に今日一番の歯噛みをして顔を顰める。
「………承知した」
天の横顔を恨めしそうに睨みながら、シャロンヌは承諾の意を示す。この時、シャロンヌは本日二度目となる敗北を喫していた。
「ギリィ…」
この動力車に乗り込んだ後の天とシャロンヌ。お互いに自分を装っているのは同じ。ただ二人の間には決定的な差があった。
「感謝する」
「…ぐぬぅ」
天はなんとかして現状を打破しようと『女の軽い冗談も流せない度量の狭い男』を演じ。一方のシャロンヌは、自分のプライドを守る為に『接し難いとげとげしい態度の女』を演じた。これを踏まえ、どちらが玄人として見本となる行動を起こしたのかなど、誰の目にも明らかだ。
「では早速、これから俺達は何をすればいいのか。その詳細について、詳しく教えていただけますか?」
「…いいだろう」
ドスの効いた声で、シャロンヌはボソボソと呟いた。
「だがその前に…花村天っ!貴殿に一つだけ言っておきたいことがある!」
「なにか?」
「俺は貴殿が嫌いだ!!それだけは覚えておけっ!」
恐らく、それはシャロンヌの最後っ屁のようなものだろう。彼女は自分の苛立つ気持ちをぶつけるように、天へヒステリックにそう吐き捨てると、また窓の方にそっぽを向いてしまった。
「それで結構。もともと…俺は人に嫌われるのは慣れているので…」
自分へささやかな抵抗を見せるそんなシャロンヌの態度を、天は華麗に受け流した…ようにも見えたのだが。『嫌われるのは慣れている』と口にした時の彼の声からは、ほんの僅かだが悲壮感のようなものが感じとれた。
「「ッ!」」
瞬間、今の今まで口を挟まず傍観に徹していたリナと、天に一度たしなめられて彼とシャロンヌの会話に口出しせずにいたアクリアが、二人同時にあからさまに顔を顰めた。
「ギリッ」
心底腹ただしそうに奥歯を噛み締め、リナは忌々しそうに顔を歪める。
「キッ!」
一方アクリアは、未だ窓の方に顔を向けているシャロンヌの横顔を、非難するような目で憎々しげに睨みつけた。
「っ…」
…しまったか…。
天は表情こそいつもの能面顔であったが、内心は焦っていた。自分が何気なく一瞬だけ表に出してしまったその感情を、アクリアとリナは瞬時に見抜き、また悟ってしまったのだ。天が、今までどういう人生を歩んで来たのかを。
…気持ちは嬉しいんだが、怒りの矛先がよろしくない…。
今の天とシャロンヌとのやり取り。結果的に、天が言っていたように痛み分けの両成敗だ。特にシャロンヌがたった今、口にした台詞など、天からしたら可愛気のある抵抗程度にしか思っていない。
…それに、今のはどちらかというと俺の自爆だしな…。
そうなのだ。現在二人の女性がシャロンヌに向けている憤怒の感情は、天が勝手に感傷的な気分になっただけのものをシャロンヌの罪に問うている形になってしまっている。これは、この場をなんとかして収めたい天からすれば、正直言って有難迷惑でしかない。
…とにかく、今は早くアクリアとリナの感情を鎮めなければ…。
咄嗟にそう判断した天は、即座に行動に移った。
…トン
「ピクッ…」
隣にいるリナの肩にそっと手を置く天。彼はリナの顔は見ずに、動力車のバックミラーに目を向けて小さく頭を振った。
「……わかったの天兄」
天にそういった挙動を示された途端、リナの表情からは見る見るうちに険が抜け落ちていく。当然、リナなら天が自分に何を言いたいのか。何を求めているのか。その一挙動だけで十分に伝わる。
「キッ…」
しかし、後部座席にいたアクリアの方はそうはいかなかった。天が、バックミラー越しにアクリアにも無言のメッセージを送ってはいたのだが。生憎、彼女はシャロンヌをずっとロックオンしていた為、天の仕草による伝言に気づいていない。
「……」
ス…
不意にカイトが前屈みになり、アクリアの視界を妨げるように体を移動させた。
「カ、カイト…」
「君は少し落ち着いた方がいい」
一向にシャロンヌから鋭い視線を外そうとしない彼女を隠すよう、カイトはアクリアとシャロンヌの対角線上に割り込んだのだ。
「…申し訳ありません…」
「……」
幸い、彼の対処が早かったおかげで、シャロンヌは自身に向けられていた憤怒の視線には気が付いていない、振りができた。
「…シャロンヌさん。いい加減いがみ合うのはもうやめにしませんか?」
だが、それはシャロンヌを庇ったと言うよりは、彼女を諌める役を買って出たと言う方が正しい。
「…なに?」
「あえて言わせていただきますが、先ほどから不謹慎です」
折角、天が嫌われ役まで引き受けてくれて軌道修正した流れを、女同士のいがみ合いで台無しにするわけにはいかない。天の相棒であるカイトにとって、それは到底容認できないことである。
「お互い、職務中そういった幼い言い争いで現場の空気を淀めさせ、わがままを言い、周りの者を困らせても赦される時期はとうの昔に卒業しているはずです」
「ぐぬっ…」
「何より、言わずとも今はそれどころではありません。俺逹は、ハイクラス(冒険士ランクA、Sの者を表す俗称)の“プロ“として、会長より与えらた役目を果たさなくてはならない義務があります」
バッ
「わ、わかっている!!」
シャロンヌは窓の外に逃がしていた視線を戻すと、振り向きざまバツが悪そうに声を張り上げる。つい先程、シャロンヌが自分に言っていた台詞を見事に意趣返しに使用し、彼女から渋々ながらも了解を得たカイト。
「それならいいのです」
「フンッ…」
どうやら話はついたようだ。
「フゥ…」
その光景をバックミラー越しに見ていた天は、そっと安堵の吐息をもらした。
…場合によりけりだが、こいつらの前ではあまり自分の負の感情を表に出さんよう、これからは気をつけた方がいいかもしれんな…。
自分の一挙一動で過剰な反応を見せる仲間逹(主に女性陣)を見て、天は早々にそういった今後の方針を固めた。
「……」
…まあ、悪い気分じゃないがな…。
危うく口に出してしまいそうになったその言葉。天はそれを咄嗟に飲み込み。代わりと言っては語弊かもしれないが、彼はシャロンヌにせめてもの情けをかける。
「すまんカイト、お前の言うとおりだ」
そう言ってカイトのみならず、天はこの場にいた全員に心からの謝意を述べる。
「確かに今までの俺の態度は子供じみていた…反省する」
責められるべきはシャロンヌだけではない。あくまで自分も、自分がと言った言葉を、天は迷わずに選んだ。
「わかってくれればいいよ」
カイトはそんな天の言葉に満足気に頷く。勿論、彼は『今のは兄さんに言ったわけではないよ』などと、余計なことを口に出したりはしない。
「フ、俺もまだまだ未熟だな」
「ハハハ、それはお互い様だよ兄さん」
むしろ、天のその心配りに心地よいものを感じ、すぐさまその方向で話を合わせたのは、流石は彼の相棒だと言える。
「ぐぬぬぬ…」
そんな男達のやり取りを目の当たりにして、いっそう眉間にしわを寄せるシャロンヌ。彼女はすぐに気づいていた。また自分は気を遣われている。それも、自分が情けなくなる類のものだ。
「ぐっ…」
栄光に彩られた人生を歩んできたシャロンヌにとって、生まれてこの方、今日ほど惨憺たる思いをしたことはないだろう。だが彼女は知らない。この時この瞬間も含め、様々な事情から、今日が自分にとって生涯忘れられない一日になることを。
◇◇◇
《タルティカ王国 産業都市ライナル》
ソシスト共和国の東に位置する隣国の一つがランド王国なら、此処タルティカ王国は大国ソシストの西に位置する隣国の一つである。領土自体はランドよりも多少は広いと言えど、ソシスト共和国やエクス帝国、ラビットロードなどの大国と比べると五分の一にも満たない、はっきり言えば小国家である。しかし、魔導工業が盛んで技術文明も発展しており、魔導機器の生産量などは世界三位につけている。因みに、魔導機器の生産量世界一位がエクス帝国、世界二位がランド王国となっている。
ザワザワザワ
人々の話し声や足音、動力車の騒音、様々な音が混ざり合い奏でる生活感という名の音色。其処は、文化と芸術の彩りに包まれた異国情緒あふれる街並み。アンティークの薫り漂う街灯が立ち並ぶ街路。都市の中央にそびえ立つ美しい時計台。人気の多い大通りを行き交うレトロな動力車。それら全てがこの都市のエキゾチックな雰囲気を演出しているかのようだ。
ザワザワザワザワ
丁度、昼食時の時間帯もあってか、市街地の表通りを多くの人型と動力車が行き交う。
ブゥウウーー
その中で一際目立つ、上品で美しいシルバーボディーが特徴的な銀色の動力車が、この都市の中央に見える時計台へ進行方向を定め、表通りの大道を走行していた。
「本当によろしかったのでしょうか…」
「何がかね?」
よく目を凝らすと、動力車のリアガラスからは銀髪の男性と金髪の女性らしき二人の人型の後頭部が見える。
「天さんとシャロンヌさんのことですよ大統領…」
その銀色の動力車の後部座席の右側に座っていたのは、ソシスト共和国大統領にして冒険士協会会長その人である、英雄王シストだ。
「ふむ…」
現在シストは、天から聞き及んだ危険人物の諸事情を各国の要人や冒険士達に暗号化した文章などで通知、連絡を概ね済ませ。その際、とある人物がこのタルティカ王国の都市『ライナル』に立ち寄っているとの報告を受け、その者と直接会って情報交換をする為。彼の秘書のマリーとともに、その人物との落ち合い場所である此処、産業都市ライナルの中心部に位置する時計台へと向かっていた。
「あの二人がどうかしたのかねマリー?」
シストはなんのことだかサッパリだと言う表情を繕い。若干のスペースを空けて隣に座っているマリーへと訊き返した。
「もうっ、恍けないでくださいっ!」
シストからはぐらかされた形で流され、堪らずマリーはシストに迫る勢いで顔を近づけた。彼女も、さすがに二回続けてのシストの知らん顔は容認できなかったようだ。
「がっははははは!」
シストの野太い笑い声が車内に響いた。
「別に恍けてなどおらんよ。ただ、それはマリーの取り越し苦労にすぎんと言っておるのだ」
「……」
マリーがシストをジト目で見る。はっきりと口に出して答えなかったシストへ『それは恍けているのと変わりません』と言いたげに。だが、マリーもはっきりとした言葉てシストに質問したわけではないので、ここはお互い様である。
「天君とシャロンヌが対立することは、まずあり得んよ」
「そうでしょうか…」
「うむ。心配いらん」
きっぱりとそう断言するシストに、マリーは半信半疑と言った表情を浮かべている。ただマリーの反応を見るに、彼女が訊きたかった話の論点自体は間違ってはいないようである。
「小さい小競り合いや口喧嘩など、初めのうちはするかも知れんがね?お互い本気のいがみ合いはせんだろう…」
「…だといいのですが」
「それに、今はそんなことをしておる場合でないのは、双方とも疾うに熟慮済みなのだよ」
「大統領はそうおっしゃいますが、やっぱり私は心配です…」
マリーはシストの方へ向けていた体を正面に向き直し、俯きながら自身の本心を語った。
「その…お二人ともかなり自己主張が強い方だと思いますし。何より…その…シャロンヌさんは気位が高いといいますか…」
「が〜っはっはっは!!違いないっ!がははは!」
もごもごと遠慮がちに喋るマリーを見て、またもシストが野太い笑い声を上げた。
「だがねマリー、ハイクラスの冒険士で自己主張の強くないものなどほとんどおらんぞ?無論、この儂も含めてな?がはははっ」
「もうっ、私が心配しているのはそう言ったことではなくてですね!」
どこまでも楽観的なシストに目くじらを立てるよう、マリーは苛立ちの色を濃くしてシストに突っかかる。
「大丈夫なのだよ」
彼女のそんな懸念を迎え撃ったシストの言葉は、実にシンプルなものであった。
「マリー。もう一度言わせてもらうが、それは君の取り越し苦労だ」
根拠などどこにもない。しかし、シストの表情とその声は確信に満ちていた。
「シャロンヌは確かに気位もプライドも高い。だがね、それは彼女がこれまでの苦難の道のりの中で身につけた…言わば仮面であり渡世術のようなものだ」
「そうでしたね…」
シストの話を聞きいて何かを思い出したのか、マリーの声からは哀愁が漂ってくる。
「シャロンヌさんは、私などとは比べ物にならない程の重荷を背負われていらっしゃいますからね…」
そのマリーの言葉は、たった今、話題に上がっている女性への謝罪とも取れる。
「うむ、本来の彼女はとても教養が高い…どちらかと言えば、レオスナガルに近い雰囲気の女性なのだよ」
「以前にもそのことはお話しして下さいましたが、あの….それは本当のことなんですよね?」
にわかに信じ難いといった顔をするマリー。
「信じられんかね?」
そんなマリーの疑念に対して、シストはいつもの高笑いとは違い、どこか寂しげな表情をして苦笑を漏らした。
「い、いえ!そ、想像しにくいと言うだけでして!」
普段のシストからはあまり見られないその反応を目の当たりにし、マリーは慌てて自分の言葉を取り繕う。
「決して大統領を疑っているというわけでは…」
だが、彼女の主張はかなり苦し紛れなものになっているのは否めない。そもそも、疑っていないのなら初めから訊き返したりなどしない。
「がっはははは!!然り!マリーが疑ってしまうのは仕方のないことだ」
「で、ですからっ!私は別に、大統領のお話を信じていないわけでは……コニョゴニョ…」
「がははは!」
困っているマリーを安心させる為か。それとも慌てふためく彼女の姿が微笑ましかったのか。もしくはその両方か。シストはすぐに普段と変わらぬ彼に戻っていた。
「まあ無理もないのだがね?その時は、まだシャロンヌが『ミザリィス皇国』の第二皇女だった頃の話なのだよ。今から十年以上は昔の話になるか…」
「ミザリィス皇国ですか…」
どういうわけか、マリーはその国の名を口にしながら顔を顰めた。
「…ミザリィス皇室……」
先程からのシストとの会話から察するに、彼女はシャロンヌの出生についてはある程度、承知しているはず。従って、マリーが顔を曇らせたのは恐らく彼女自身の事情からなのだろう。
「これは儂の勝手な願望なのだがね…」
そんなマリーをよそに、シストは、今回の件で天とシャロンヌを組ませた訳の一部。仕事以外の理由を語り始めた。
「彼ならば…天君ならばあるいは…」
手を組んで話すシストの姿は、まるで何かを祈り、願っているようにも見えた。
「シャロンヌの背負う重荷の幾分かを軽くし…願わくば、彼女の最愛の妹君を救ってくれるのではないかと、非常に勝手ながら期待してやまないのだよ儂は…」
「…大統領、それは少々欲張り過ぎではないでしょうか?あまり天さんに何でも期待するのは、正直申し上げてよくないことだと思いますわ」
「わかっておる。何度も言っておるが…これは、あくまで儂の勝手な望みにすぎんものだよ」
シストは口を尖らせながら、三度その言葉を強調して使用する。
「マリーが言わんとしたい事は、儂も重々承知の上だ」
シストも十分に理解しているのだ。今自身が言っていることは『シャロンヌの抱える問題を天にも背負ってもらいたい』と言う、非常に自分勝手で無責任な願望だということを。
「けれど、そういった期待を持つだけなら、儂の自由ではないかねマリー?」
だが、やはり完全にその期待を捨てることはできないと、マリーに食い下がるよう申し開きをするシスト。
「でしたら、あまりそのような安易なことを口にしない方がよろしいかと存じます」
されどマリーは、すぐさま弁解の余地はありませんと言わんばかりに、シストのそれらを切り捨てる。
「うぐっ」
彼女から痛いところを指摘されたシストは、ぐうの音も出ない様子だった。
「…申し訳ありません大統領。ですが、これ以上、天さんに負担を強いるような言動は、極力控えるべきかと…」
「うぅむ…」
決まりが悪そうに唸るシスト。マリーもシストの気持ちは痛いほどわかる。シャロンヌが背負う十字架の重さは、アクリアと同等かそれ以上だと。
「たしかに天さんなら、シャロンヌさんの抱える問題を解決できるかもしれませんが…」
それらを取り除くことができる人物は、世界で天を置いて他にはいないかもしれないということ。早朝に彼自身から聞かされた、天が女神から授かった恩恵を使用すれば、シャロンヌの妹を救うことが叶うかもしれないということ。
「ですが、大統領や私がその願いを口にして、もし万が一にも天さんの耳に入ってしまったら…」
自分やシストがそれを天に頼めば、恐らく彼は首を縦に振るだろう…自分達に見捨てられるのが怖いから、彼は了承するしかなくなるだろうと。そのことが容易に想像できるから、マリーはシストに『天へ行き過ぎた期待を押し付けるような言動は控えた方がいい』と進言したのだ。きっと、彼はシストのその期待を知ってしまったら、それに答えようと必死になってしまうから。
「天…さんは…」
とても悲しそうにしてマリーは肩を落とした。彼女は、以前から天に対してある危惧の念を抱いていた。そして、それは今朝の天との無線でのやり取りで確信に変わった。彼は今、非常に危ういのだと。心から信頼できる、支えとなる者が一人もいないのだと。
「まるで…」
マリーは、次に言おうとした言葉を口に出すことができなかった。『昔の自分と同じだ』と。自分の支えとなり得る者にすがりつき、どうにか好かれようと献身的に接していた、十年前の自分自身と。
「私は…」
正直に言わせてもらえば嬉しい限りだ。自分が惚れた男にそんな風に思われているのだから。しかし、それは互いが代用品の一部でしかない。代わりならいくらでもいるのだ。それはまやかしの関係であって特別な関係ではない。だいいち、自分はそれに気づいたからあの男と縁を切ったのだ。天の弱味につけこんであの男と同じことをするか?否、それだけは絶対にしたくない。自分は天の中でその先の存在になりたい。彼の特別な存在になりたい。お互いに支え合えるような、本物の絆が欲しい。
「いつか…いつかきっと…」
マリーの見当は概ね当たっていた。確かに、本日早朝に彼女と話していた時の天は、マリーの見立ての通り、少なからずその不安定な状態からまだ抜け出せてはいなかったかもしれない。ただ、彼女が誤解しているところがあるとすれば、あくまで今朝の彼の話だが。
「あなたの…心から信頼できる存在になってみせますわ」
いつの間にか彼女も口にしていた。シストとはまた違った、自身のその願望を。
「必ず…」
だがマリーは知らない。まさか、既に自分の弟分と妹分が、天の中でそういった存在まで昇格してしまったことを。
「マリー…」
シストは悲哀の目をマリーに向けていた。憂いに満ちた表情で独り言を呟く彼女を見て、マリーが何を考えているのかがシストには手に取るようにわかった。そして、彼女のその心配は杞憂にすぎないということも。
「ふむ…」
当然にシストも、天のあれこれはとっくに見抜いていた。大国を治める王として、大組織をまとめる長として、十二分な器と豊富な人生経験を兼ね備えるこの男が、たかだか三十そこらの若僧の心境を見抜けぬはずがない。なにせ、天のそこだけを見れば、マリーですら簡単に見抜けるぐらいわかり易いのだ。されど、シストはそんな天の泣き所をまるで心配していなかった。何故なら、彼にはあの三人がついているから。
「彼等がいれば…」
シストは確信していた。先日行われた冒険士緊急会議、其処で見た新たなる希望を。可能性という名の輝きを放つ若者達を。シストは心底気に入ってしまったのだ。あの三人、カイト、アクリア、リナのことを。彼等がいれば大丈夫だ、彼等が天の側にいれば安心だと。あの三人ならきっと天の支えになってくれるとシストは信じて疑わなかった。だからこそ、マリーの心配は取り越し苦労だと言い切ったのだ。だが、それは確証も何もないただの己の予想だ。今、目の前で意気消沈している彼女を安心させるには説得力が足りない。
「ときにマリー…」
そう思ったシストは、別の方法を用いてマリーを元気づけることにした。
「……はい」
弱々しくも透明感のある声でシストに返事をするマリー。
「君が心配するべきことは他にあるのではないかね?」
気落ちするそんな彼女に、シストは真摯な姿勢と慈愛のこもった眼差しを向けて問いかけた。
「他…ですか?」
マリーは怪訝な顔でシストに問い返す。彼女は、シストが自分に何を言いたいのかまるで理解できなかった。
「グフ…」
そのマリーの反応を見て、しめたと一瞬ほくそ笑むシスト。
「…?」
しかし、シストが口元を緩ませたのはほんの一瞬だけだったので、マリーは全く気付いていない。其処へ畳み掛けるように、シストは彼女の焦りを煽るような言い回しをして、
「君にとっては死活問題になりかねん重要な案件なのだよ!」
「私にとっての死活問題ですか!?」
案の定、まんまと彼に乗せらたマリーは、落ち込んだでいた気持ちを浮上させてシストのその台詞に食いつく。普段は知性的なのだが、一度スイッチが入ると途端に感傷的になってしまい、そこから中々抜け出せなくなってしまう彼女。
「つ、つまり、どういう事でしょうか大統領!!」
それは、マリーのその性格を知り尽くしているシストならではの作戦だった。
「うむ!天君がシャロンヌに取られてしまうかもしれんということなのだよっ!がははははっ!」
シストは先程までの妙に芝居がかった調子から打って変わり、とても愉快そうにその内容を口にする。この時、彼は実に良いドヤ顔をしていた。
「………」
逆にマリーの方は、シストが何を自分に言いたいのかを理解すると。それと同時にその瞳から一切の光を排除して、絶対零度の表情を自分の目の前にいる中年親父に向けた。
「そうかわかったぞっ!さっきからマリーが天君とシャロンヌのことを気にしておったのは、実はそのことが原因ではないのかね?」
「…………」
ただ、現在そのブリザードの視線に晒されているシストの方はというと、
「シャロンヌは其れはいい女だからね?君が気が気でしょうがなくなるのも仕方のないことだ!がはははは!!」
自らの話に夢中で、彼女の変化にまるで気づいてはいなかった。自分の画策がマリーに効きすぎてしまったことに。
「もしかすると、あの奥手な天君も…」
「あり得ません」
シストの話に割り込んだマリーのその声は、氷のように冷たかった。
「ん?マリー?」
この時、ようやくシストはマリーの全身から迸る凍りつくようなオーラに気づいた。だが、もう色々と手遅れであった。
「それだけは、ぜぇ…ったいに!あり得ませんっ!!」
氷のような冷気とは一変、火山の噴火を思わせる怒気を放射するマリー。
「な、何故かね?二人とも実に魅力溢れる男と女なのだよ?そんな二人が出逢ってしまったら、少なからず惹かれあってもなんら不思議は…」
一方のシストは、瞬時に自分がマリーのことをからかいすぎたことを自覚はしたが、彼女のあまりの勢いと断言に、思わず反射的に異議を唱えてしまう。
「お二人とも、相手に惚れられることはあっても、相手に惚れることはまず無いからです!!」
「うっ…」
マリーのあまりの剣幕とその根拠、説得力に、シストは反論の余地を見いだせず口説を中断する。一方のマリーは、荒々しい口調でその理由を引き続きシストにぶつけた。
「これは天さんにもシャロンヌさんにも言えることですが…お二方とも、現状では御自身の恋愛に関してまるで興味を示していらっしゃらないからです!!」
「……」
マリーのその言い立てに対し、シストはとてもではないが口を挟めなかった。興奮気味にそう言い切ったマリーの言葉を、彼は否定することができなかった。何故なら、シストもそれには気づいていたから。肉体的な性欲のみならともかく、天とシャロンヌが現状で誰かに恋心を抱く可能性は極めて低いことを、彼等の事情をある程度把握しているシストは、重々承知の上だった。
「ですから!大統領がおっしゃったことは憶測でしかありませんわ!!」
はっきりとした強い口調でそう断言するマリー。それは、おおよそ上司に…大国の王に対する口の聞き方ではない。
「…うむ、そうかもしれんな」
けれど、シストは彼女のことを一切 咎めなかった。『今のは自分の失言だ』『いくら気を紛らわさせるにしろこの話題転換はなかった』と、完全に彼は自らの非を認めていたから。
「天君とシャロンヌに限っては、実状それは邪推でしかないかもしれん…」
故に、シストはマリーを叱責することはなかった。
「それにしても…」
なかったのだが、彼はそれの代わりに、マリーに対する同情の言葉を口にする。
「君も大変な男に恋をしてしまったね…」
「ぅ…」
途端、マリーの表情が憤怒から沈痛なものへと変わる。彼女もわかっていた。今自分が言ったことは、全て自身の恋愛を成就させる困難さを物語っていることを。
「うぅ…」
マリーは頭を抱えていた。天が十年前の自分と違うところがあるとすればそこだ。彼は自分と違い『支えとなる恋人』が欲しいわけではない。『心から信を置ける仲間』が欲しいのだ。むしろそれは、天にとって異性である自分ではなく、同性であるカイトの方が、彼に求められる可能性が高いのではないのかと、彼女は常々感じていた。事実、現在カイトの立ち位置は『天の相棒』である。このことをマリーが知れば、カイトは彼女からの嫉妬の業火に晒されることになるかもしれない。まったく、如何ともし難い三角関係である。
「シスト大統領。もうそろそろ目的地に到着しますので、お支度ください」
なんとも言えない空気が車内に充満する中、今まで一言も喋らずにいた運転手の男性が、目的地を直前にしてやっとその口を開いた。その声の調子は、丁寧な言葉とは裏腹に実に軽いものであった。後席で言い合いをする二人に気を使ったのか。
「う、うむ。あいわかった!承知したのだよっ」
シストも此れ幸いとばかりに、運転手の男性へ少々仰々しい返事をする。
「それにしても…」
運転手の男はシストのそんな反応を華麗にスルーして、そのまま会話を途切れさせずに話を続けた。何を思っているのか、彼の目は非常に輝いていた。
「彼の誉れ高い西の雄“烈拳のナダイ“殿にお会いできるなんてっ!」
弾むような声で、これからシスト達が落ち合う約束をした人物の名を口にする運転手。
「実は私、昔からずっとナダイ殿に憧れておりましてっ!!冒険士をしている私の弟も彼の大ファンなんですよ!」
どうやら、この男性はシストとマリーに気を使っていたわけではなく。単に、彼は彼で他のことに気を取られていただけのようだ。
「そ、それはなによりだ、中村君…」
「はいっ!!帰ったら弟に自慢してやります!」
「うむ…」
なんとも言えない彼の感情の吐露に、シストは少々困った顔をして生返事をした。すると間を置かず、はきはきとした返事が中村と呼ばれる運転手の男から返ってきた。これにはさすがのシストも苦笑いを浮かべるしかない。
「ところで、ナダイ殿とはどのような御仁なのですか?」
気を良くして饒舌になったのか。中村は続け様に、シストにナダイの人となりを訊ねる。
「ふむ…。どのような男と問われると、どう表現すればよいか悩むところだが…」
「僭越ながら、その質問には私がお答えいたしますわ」
中村の問いかけにシストが頭を悩ませていると、彼の隣に座っていたマリーが掛けていた自身の眼鏡の端をクイっと持ち上げ、自らの回答権を主張した。
「簡潔に述べさせていただくと、外見は大統領を若くした感じで、中身は大統領を少し物静かにしたふうの方です」
マリーは、最初は淡々とした口調で答えていたが、説明の終盤に差し掛かるにつれて、その語気を強めていく。
「そしてなにより…大統領よりもはるかに!デ・リ・カ・シィイ、っというものを持ち合わせている殿方ですわ!!」
そうして只今のお題となっている『ナダイの人物紹介』の締めとなる台詞、それをこれでもかと強調して言い放つと、マリーは剥れた顔でプイッと窓の方にそっぽを向いてしまった。
「…わし…儂…」
すると、質問をした運転手の男性より先に、説明の例えに使われたシストの方が、マリーのその回答に対しての反応を示す。
「…儂、ソシストの大統領なのに…儂、冒険士の会長なのに…」
ガックリと項垂れて、なにやらブツブツと不平を唱えているシスト。
「フンッ」
いじけているシストを尻目に、マリーは窓から顔を戻さずに鼻息で返事をする。やはり、今のはシストにからかわれたことへの当て付けだったようだ。
「は、はは…」
相変わらずのこの二人。尚、訊ねた当人である中村の方は、シストとマリーのそういったやり取りを横目に乾いた笑いを零すしかなかった。




