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冒頭 こんなはずじゃなかった

この作品を読んでくださった皆様に、多大なる感謝を!

 唐突ですが、皆様に一つお訊きしたい。


 ある日、突然自分だけが住み慣れた街から見知らぬ地へ迷い込んでしまったら。昨日まで日常生活を送っていた世界とはまるで異なる、別次元のパラレルワールドに来てしまったら。


 あなたなら一体どうしますか?


「ヒャッホ〜! 俺はついに異世界へやってきたんだ!」


 と、諸手を挙げて小躍りしながら大喜びするだろうか?


 いや、そういった人種もいるにはいるだろうが。大概の人間は途方に暮れて、目の前の現実を受け止めきれず、延々とそれを否定する為の判断材料を探し回るだろう。


 自分の頭の中に記憶された地元の道路、最寄りの駅、大手チェーン店や見慣れたコンビニエンスストア。もしスマートフォンなどの携帯端末を所持していれば、親兄弟や友達などに連絡を取ろうとするかもしれない。

 けれど、一向にこの状況を全否定できるような決定的証拠は見つからない。現状を打破する方法も何一つ思いつかない。それどころか、探せば探すほど、現実を知ろうとすればするほど、言い知れぬ不安と恐怖が、彼の、彼女の心を支配していく……


「……元の世界に帰りたい……」


 愛する家族、友人、恋人のことを思い出し、ついに彼等は泣き崩れてしまうだろう。その果てしない孤独感と絶望感に耐えきれずに、自ら命を絶つ者も少なくないはずだ。


 ――しかし、そんな悪夢のような現実の中で、ふてぶてしくもこんなセリフを吐いた強者が居た。


「どうやら、俺は相当に面白そうな世界に迷い込んだようだ」


 彼の者の名は花村天。

 曰く、常勝無敗の格闘家。

 曰く、食物連鎖の頂点。

 曰く、歴史上最強の人類。


 一般人にとって絶望的とも言えるこの状況下。だが男にとっては、これは思いもよらぬ僥倖、何ものにも代え難い幸福であった。


 ーー俺はツイてる。


 男は猛っていた。こんな非日常を自分は求めていたんだ。正直言って、以前に自分がいた世界は、退屈とまではいかないがどこか物足りなかった。常日頃から、もどかしさを感じていた。


 ーーまた本気を出せなかった。


 いつも何かに手加減する日々。全力を出さずとも勝負事では必ず自分が圧勝。せめて相手と同じ土俵で闘いたい。まだ見ぬ好敵手に思いを馳せ、そして渇望していた。


 そんな日常の中で、突然訪れた人生最大級の転機。


『魔技』『リザードマン』『ドバイザー』…


 いまだかつて、これほど心躍らせたことがあっただろうか。


 それは神の悪戯か、悪魔の罠か。あるいはその両方? まあ、どちらでもこの男には関係ないこと、どうでもいい事なのだろうが。


「さあ、()こうか」


 そこかしこに魔物が蔓延り、魔法が飛び交う文明社会。驚天動地の異世界を、天下無双の格闘王が行く!



 ◇◇◇



「ハァ……ハァ……」


 まさに疲労困憊といった状態で、肩で息をする俺。


「はは、こいつは参ったな」


 その身体には無数の切り傷や打撲痕、はっきり言ってボロボロだ。


「ガォオオオオオオオオオオオオオオ‼︎‼︎」


 そんな俺を嘲笑うかのように、地鳴りのような咆哮が辺りに響き渡る。


「ちっ、まさか『史上最強の格闘王』と呼ばれたこの俺を、まるで子供扱いとは」


「ガウォオオオーーン!!」


 この世界に迷い込んで早四日。

 現在、俺こと花村天は、小山ほどはあろう一匹の巨大なドラゴンと対峙していた。


「まったく嫌んなるぜ。これでも、前の世界じゃ向かうところ敵なしだったんだがな?」


「グヴオッッ‼︎」


 俺が減らず口をたたいていると、ドラゴンは大きく口を開けて俺を睨みつけた。そして次の瞬間、ゼェゼェと息を切らす俺へ、トドメだと言わんばかりに灼熱の業火がゴーゴーと降り注ぐ。


「うおっ!」


 間一髪、怪獣映画さながらの火炎放射をギリギリのところで躱すと、俺はそのまま急いでドラゴンの死角へと回り込む。


「危ねえ、危ねえ。もう少しでバーベキューにされちまうところだったぜ」


 俺は顎を伝う汗を泥だらけの手の甲で拭いながら、短く息を吐いた。もう体力も残りわずか。加えて、今のところ自分の持つ攻撃手段の中で、このドラゴン野郎に有効な決め手が見つからない。


「ガヴオオオオオオオオアオーンッ!!」


「はは、こりゃあいよいよヤバイかもな」


 いわゆる絶体絶命の大ピンチってやつだ。


 ーーだが悪くない。


 こんな危機的状況の中で、俺は自然と笑みをこぼしていた。


「こういう窮地を、俺は求めていたんだ」


 ニヤリと不敵な笑みを浮かべ、眼前で山のようにそびえるドラゴンに向かって、俺は一目散に駆けて行く。


「とことんやろうぜ!」


「ガオオオオオオオオオオオオーーン‼︎‼︎」


 激しい力と力のぶつかり合い。

 その瞬間、俺の世界が真っ白な景色で塗り潰された………………




「…………のはずだったのに」


「ブギィーー!」


 現実の彼は、ただいま死んだ魚のような目をして、自分の目の前にいる一匹の魔物を半ば投げやり気味に見ていた。



 ◇◇◇



「ブヒ、ブヒヒッ」


「…………」


 よだれを撒き散らしながらこちらを威嚇するソイツは、大きさは俺よりも一回りぐらい小さい人型サイズ。異形なる三本指の手にはゴツゴツとした歪な形の棍棒。凶暴性をたたえた剥き出しの白眼が俺を捉えて放さない。


「コイツをバーベキューにしたら、それなりに美味いかもな……」


「ブヒィイッ!」


 まあ、ぶっちゃけると丸々と肥えた二足歩行のブタである。


「て〜ん! ボクが魔技を生成してる間、『オーク』の足止めを頼むのだよ!」


 黄色い声援というわけでもないが、少し離れた場所から若い娘の声が飛んできた。


「たぶん後一分ぐらいで生成できると思うから、それまで頑張ってね〜」


 俺にエールを送ったのは金髪ポニーテールのハーフエルフ、一堂ジュリ。ちなみに彼女はエルフの血が混じってるくせに、何故か耳の部分は人間(ノーマル)だ。


「……分かったよ、ジュリさん」


 やる気なさげにその声に応える俺。


「もう、天は元気が足りないのだよ。あ、そうだ! もしここで頑張ってくれたら、ボクが今度一日デートしてあげてもいいよ♪」


「はいはい」


 猫なで声であからさまな人参をチラつかせるジュリに対し、俺は適当に流す感じで手をヒラヒラと振って見せた。


 ……健全な男子ならそれで多少はモチベーションも上がるのかもしれんが、あいにく俺の中身は三十路過ぎの枯れかかったおっさんなんだよ。


 なにより、いまは夢と現実(リアル)のギャップが激しすぎて何を言われても心に響かない。一方そんな俺の態度を見たジュリは、ますます面白くないといった様子で口を尖らせる。


「あ、いいのかな〜、ボクにそんな態度とって? なんなら、その時に『例のご褒美』を天にあげても」


「いい加減にしろよ、ジュリ!」


 ジュリの軽口をさえぎるタイミングで、俺の背後から怒鳴り声が上がった。


「今は戦闘中なんだぞ! 真面目にやれよ!」


「う〜、ちょっと天とお喋りしただけじゃないか! ほんと、昔から淳って冗談が通じないのだよ」


 緊張感のないメンバーを叱りつけたのは現在俺が所属しているチームのリーダー、一堂淳。ついでながら、この淳君は一堂ジュリの従兄でもある。


「天。俺も攻撃のサポートに回るから、俺にくるオークの攻撃も防いでくれ!」


「……了解だ、リーダー」


 容姿は完全に美少女にしか見えないその男の娘の指示に、俺は渋々頷いた。


「ラム! 他にも周囲にモンスターがいないか警戒してくれ! それと弥生は、一応のため回復魔技がすぐ使えるよう準備を頼む!」


 淳が大声でそう叫ぶと、十数メートル後方から少女二人分の声が届く。


「了解しましたです!」


 まだ幼さが残る童女体型。黒い猫耳とですます口調が特徴的なこの可愛らしい少女の名は、ラム。


「わかりましたわ、兄様」


 そしてこの美少女軍団ーーとりあえず淳も含めーーの中でひときわ光彩を放つ、年齢に似合わず落ち着いた物腰の大和撫子。


「私も万が一に備えて、ただちに魔技の生成を始めますわ」


 白く透き通った雪のような肌。上質な黒真珠を思わせる深く艶めいた黒髪。未成熟ながら絶世の美貌を持つ彼女の名は、一堂弥生。チームリーダー、一堂淳の妹でもある。



「いくぞぉ! タァッ!」


 気勢を上げ、構えていた両手持ちの剣でオークに斬りつけたのは淳。以前のリザードマンの時とは違い、中々に気合いが込められた斬撃だ。


 ……まあ、それでも剣道なんかをそれなりにやってる奴らから見れば、鼻で笑われるレベルだがな。


 俺が少し引いた視点から見た目だけは主役の淳君とオークの攻防を眺めていると、彼の二合目の斬撃が、見事オークの左肩に命中した。


「ブギイイッ!」


「しゃあ!」


 たまらずといった様子で後退するオーク。

 実に嬉しそうにガッツポーズをする淳君。


「ブギィ、ブギーーーッ‼︎」


 だが魔物はすぐに体勢を立て直し、怒り狂うった形相で淳に向けて棍棒を振り上げた。


「天! 盾を頼む!」


「了解……」


「言われなくても分かってるよ」と小声でぼやきながら、俺は右手に持っていた盾を構えて、無駄のない動きで淳を背に庇うようにオークの前へ出た。次の瞬間。


 カンッ! と甲高い金属音が周囲に響く。


 無論、俺が右手に構えた盾でオークの棍棒攻撃を防いだからだ。


「ブヒィッ⁉︎」


 その一方、渾身の力で放った攻撃をあっさり跳ね返えされたオークは、見るからに動揺した様子で後ずさる。


「よし、ナイス『盾役』!」


「…………」


 俺は返事をしなかった。とてもする気になれなかった。嬉々としてこちらに顔を向けてくる淳。どう見ても美少女にしか見えないが今はそんな事はどうでもいい。俺は右手に持つ軽自動車のタイヤほどはあろう鉄製の盾をチラと見やり、人目もはばからず盛大なため息をついた。


 ……こんなはずじゃなかったのに。


 人知れず落ち込む俺へ、さらに追い討ちをかけるように女性陣全員から無邪気な声援が送られる。


「凄いですわ。天さんがまた敵の攻撃を盾で防いでくれました!」


「うんうん。いまの盾を出すタイミングも絶妙だったし。ほんと、盾役は天の天職と言っても過言ではないのだよ」


「あっ! 攻撃を仕掛けたオークの方が、天さんの盾の威力に尻込みしちゃってます!」


「……」


 ……なに、その『盾の威力』って?


 力なく肩を落とす俺。

 そう。わけあって俺は、現在このチームの盾役に任命されている。


「お、おい!オークに攻撃を食らわせたのは俺だぜ? 褒めるなら俺の方だろ⁉︎」


 などと実に小さいことを口走っている淳君の傍らで、俺はもう一度、今度はその切実な思いを声に出して呟いた。


「……こんなはずじゃなかった……」


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