第49話 零支部
「うおっ!」
目の前の光景に、思わず声を出して驚いてしまう俺。
「スゲェな…。10日でコレか?」
シャロンヌという女冒険士がこちらに合流するまでの間、こっちはこっちで打ち合わせをしようと、とりあえず旧鉱山の中に入ることにしたのだが、
「砂利ひとつない…。地面が完璧に整備されている」
坑道を抜けた先には、以前の洞窟のような採掘場の面影は微塵もなく。例えるなら、高層ビルの地下駐車場を思わせる整えられたスペース空間が広がっている。
…下手なコインパーキングよりもはるかに綺麗だ。いやはや恐れ入ったぞこれは…。
今はそんな事で感心している場合ではないのは言うまでもない。だがそれでも、この仕事の早さを目の当たりにしてしまったら、やはり異世界人として、ただただ目を見開くばかりだった。
…建築物のスペックでは、おそらく日本の方がやや水準は高いだろうが。作業速度だけを見れば、こちらの世界の職人達の方が段違いで上だ…。
建築物、動力車、生活用品などの水準では、こちらの世界の方が、俺がいた世界よりもあらゆる面でほんの僅かだが劣る。しかし、作業効率の技能に関してだけ言えば、この現状を見る限り、明らかにこちらの世界の方が数段上だと言えるだろう。
…多分、レベルやらスキルやらがかかわってくるんだろうが、それでもこれには脱帽だな…。
俺が呆気にとられていると。すぐ隣を並ぶようにして歩いていたリナが、手で口元を隠して、こちらの考えを見透かしたような含み笑いをもらし、ボソッと俺に囁いた。
「奥はもっとスゴイのです」
…マジで!?こ、これ以上ですと!…。
無表情ながらも眉をやや吊り上げて内心ビックリしてしまう俺。ちなみに、奥と言うのはこの元採掘場所のもう一つの作業スペースであった空洞だ。実の所、そちらが零支部の建物の建設地になっている。
「棟梁さんの話だと…後一週間ぐらいで、新しい支部になる建物が完成するんだったかな?」
「い、いっしゅうかん!?」
俺の後ろをアクリアと並んで歩いていたカイトが、サラッととんでもない事実を口にしたので、俺は咄嗟に後ろを振り返りカイトに訊き返してしまう。
「てか、実際は後6日だし」
けろりとそう答えたのは、集団の最後尾を歩くシロナだった。
「むい…か?」
…いくら何でも早すぎだろそれは…。
建設工事を始めてから、実に3週間と経たずに支部の建築が終わるというのだ。驚くなという方が無理がある。
…日本の建設産業の一般水準で考えるなら、工事を開始してから3週間だと早くても骨組みすら半分いくかいかないかぐらいだぞ?しかも、支部の建物といえばそれなりの規模だというのに…。
「大工さん達の半数以上は建築の上位スキルを習得しているので、当然と言えば当然なのです!」
「そうだね。流石はシスト会長のお墨付きなだけはあるよ」
ふふんとリナが自分の事のように自慢すると、カイトもそれに続いて忌憚のない意見を述べる。
「………」
俺達がたわいない雑談で盛り上がっている中、アクリアだけが無言のまましんみりと歩いていた。
…しまった!…。
アクリアのその様子を見て、すぐに我に返る俺。
「悪い、今はそれどころじゃなかったな…」
そう、今はそんな場合ではないのだ。アクリアにとっては腹違いでも血を分けた妹が攫われていて、しかも生死もわからない現在の状況。普通に考えればこんな呑気に喋っている時ではないと、俺はすぐさま自分の無神経さを反省した。
「…いいえ天様」
申し訳なく頭を下げて謝罪する俺に、アクリアはおだやかな表情で首を振る。
「その事も…無論、私にとって重要な事柄なのですが、先ほどから声を出せずにいたのは、別の理由からです」
「別の理由?」
「はい。私は辛くて沈んでいたわけではありません」
そう言って、アクリアはこの場にいた全員の顔を見渡した。
「みなさんの気持ち…厚情を受け、とめどなく溢れ出る想い、言葉では言い表せないような感動にうちひしがれ、声が出せずにおりました…」
「…アクリア」
「「アクさん…」」
何かに祈るような仕草をとり、その場で立ち止まってしまったアクリアに、皆から深い哀愁の視線が集まる。
「この御恩…私は生涯忘れません。皆様、誠に…」
「ちょい待て」
手を向けてストップの合図とともに、アクリアの仰々しい言葉を無理矢理止める俺。
「アク、さっきも言ったことだが…それはもうよせ。御恩だの厚情だのと他人行儀すぎだ」
「同感だな」
カイトが頷き、間を置かずに俺の意見に相槌を打つ。
「で、ですが、親しき仲であっても礼節は大切かと…」
「アクさんは少し勘違いしてるの」
「ああ、勘違いしているね」
「そうだな」
…まあ、それが淑女教育が体の芯まで染み付いている皇女だった、アクの人柄とも言えるんだろうが…。
「勘違い…でございますか?」
「そうだ。俺達は、別に厚意やら善意でクリアナ妃やアリス姫をこれから救い出すんじゃない」
「「コク…」」
アクリアにそう告げながら、俺はカイトとリナに視線を配った。すると、二人は小さく頷いて無言のまま口元をほころばせる。どうやら、俺が何を言いたいか瞬時に察してくれたようだ。
「自分達がそれをしないと“気がすまない“からそうするだけだ。従って、アクが俺達に恩を感じることはない。…そうだよな?相棒、リナっ」
俺がしたり顔でカイトとリナを呼んだら、打てば響くような返事が二人から返ってきた。
「「そういうこと(だね)(なのです)」」
カイトとリナは嬉しそうな顔ですぐさま俺の考えに同意してくれた。そして、その二人の反応を見た俺も、満足気に口の端を持ち上げる。意思疎通ができている者同士の問答は実に気持ちがいいものだと、今更ながらに思ってしまう。
「みなさん…」
アクリアは目を潤ませていた。それから軽く会釈をして、彼女はとても晴れやかな笑顔を俺達に向けた。
「…なんか仲間外れ感がハンパないし」
そんな彼等をよそに、その輪に入れてもらえなかったシロナは、面白くなさそうに頬を膨らませて機嫌を悪くしていた。
「許せキツ坊。今の流れでお前に話を振ったら…『え?僕は違うし』とか空気の読めないセリフを言って、色々と台無しにしそうだったんでな?つい除外してしまった」
『わりぃ』と片手を上げ、あまり悪びれない態度で俺がそう解説をすると、間髪を入れずにリナが同意する。
「きっと言うのです!間違いないのです!」
「すまないシロナ、俺もそう思うよ…」
「…私もそう思います」
気がつくとアクリアもこちら側に加わっていた。
「ひ、ひどいしみんな!」
ドッ
シロナが顔を顰めて後ずさると、一斉に皆が笑い出す。
…やっぱこいつはある意味で貴重だな…。
素直にそう感じる俺。本人からしたら迷惑な話かもしれないが、抜けている『いじられ役』がいると、チームの全体の雰囲気が良くなることは紛れもない事実だ。
「そういや…『シャロンヌ』さん?という冒険士はどういう人物なんだ?有名なのか?」
ピタ…
俺がその疑問を口にした途端、皆が笑うのを止めて、俺の方を凝視してくる。
「冒険士やってるのにシャロンヌさん知んないの!?それはヤバいっしょ天の兄貴!」
ドヤ顔で俺にツッコミを入れるシロナ。
「冒険士の常識だし!誰でも知ってることだからそれ!」
たった今の仕返しのつもりか、シロナはさらに俺の揚げ足を取ろうといやらしい笑みを浮かべている。
「兄貴ってさ〜、ほんと…」
バンッ!
「グヘッ!」
ギュゥゥゥ
「イッターー!」
しかし、狐の仕返しはすぐさま阻止された。彼女の側には、怒らせるととても怖いお目付け役が、二人もついていたからだ。
「アホかこの馬鹿狐。ずっと山奥暮らしだった天兄がシャロンヌさんのことを知ってるわけがないの。少しは考えてからモノを言え」
なかなかの力でシロナを後頭部を叩き。蔑んだ目で彼女を見るリナ。
「世の中の情勢には疎いと、幾度となく天様はおっしゃられていたと思いますが…もうお忘れですかキツ坊さん?」
アクリアはシロナの尻を抓りながら、凄味のあるオーラを全身から発している。
「イタタタタ!!ごめんだし!ちょっと調子に乗ってみたかっただけだし!つねんのやめて〜!マジ痛いしアクさん!イタタタッ」
「ハハハ、まあまあ二人とも、それぐらいで勘弁してあげろって」
そして爽やかな笑顔で女性陣の仲介に入るカイト。このような怒気を放つ彼女達をすんなりと流せるあたり、カイトも一皮むけたようだった。
「シャロンヌ女史のことは俺が説明するよ」
カイトは三人娘に気さくに話しかけた直後、すぐに俺の方へと顔を向けた。
「シャロンヌさんという方はね『常夜の女帝』の異名で知られる、世界に六人しか存在しないSランク冒険士の一人だよ」
「ッ!…そうか」
『Sランク冒険士』という言葉にも少なからず思うところはあったが。何より、俺はその前にカイトが言った台詞に反応を示す。
…“常夜の女帝“といえば…確かフィナが言っていた…。
俺の脳裏には、女神が何気ない会話で口にしていた言葉が鮮明に蘇る。
『ま、常夜の女帝や魔技英展などの例外もおるがの』
…これからここに来る奴が、フィナが話していた英雄種の中の数少ない例外…。
「そいつが…」
「兄さん…どうかしたかい?」
「…いや、おっさんもとんでもない冒険士を呼んだんだなと思ってな?」
「ほんとだし!僕も、まさかあのシャロンヌさんが動くとは思わなかったし!」
俺とカイトの会話に強引に入ってくるシロナ。察するに、アクリアとリナの折檻から逃げてきたのだろう。
「ハハハ、そうだね。でも、今回の案件で…彼女ほどの適任者は、今世界に何人もいないだろうけどね」
「どういうことだ?」
「シャロンヌさんは、世界でも有数の『邪教徒ハンター』なのでございます」
俺の問いかけに答えたのは、シロナを追いかけてすぐ隣まで近寄ってきていたアクリアだ。
「シャロンヌさんは対邪教徒のスペシャリストなのです!」
「ああ。今回の件で、シスト会長はいきなり切り札を切ってくれた。流石は世界に名だたる英雄王であり、俺たち冒険士を束ねる人物だと言える」
「誠ですね…。同じ過ちを繰り返す、何処ぞの愚王とは何もかもが違いすぎます」
そう口にしたアクリアの声音は、凍えるほどの冷たさを感じた。それこそ、今さっきシロナに向けたものとは比較にならないほどに。
「あ、新支部の建物が見えてきたし!」
いつの間にかシロナが隊列の先頭に立っていた。そして、狙ったのか天然かはわからないが、アクリアが発する極寒の雰囲気で、危うく真冬に突入しかけたこの場の空気をやんわりと修正する。
…ほんと、重宝するよこいつの能天気さは…。
俺がシロナを生暖かい目で見ていたのも束の間。
「これはまたスゲェな…」
鉱山の奥の広間に足を踏み入れた瞬間、目の前の光景を見てまたも呆気にとられてしまう。
…もう建物がほぼ完成している。しかもあの大きさの建造物が…。
この空洞の天井に届くかというサイズ。その一般の一軒家など比べるまでもない建物が、まだ工事を開始してから10日足らずだというのに、既にほぼ完成と言っていい状態まで仕上がっていた。
「それにしても…」
…なんか支部というよりは、横長のビジネスホテルみたいな見た目なんだが…冒険士の支部ってみんなあんななのか?…。
どちらかといえば組合の支部というよりホテルに近いその建築物の外観を眺め、首をひねる俺。
「…ん?」
だが、それよりも更に大きな違和感を感じたため、俺の意識は完全にそちらへと逸れてしまった。
…なんであっちの工事はしてないんだ?…。
この場所で支部の建築工事とは別に、それと同時進行で進められているはずのある建築物の設置作業が、施工されていなかったからだ。
「なあ…『ガレージ』の工事はどうしたんだ?」
そう、俺がリナを新支部に勧誘するとき約束した『動力車専用の100坪のガレージ』の設置工事の作業が行われていないのだ。
「「「ビクッ」」」
「ヒュ〜♪ヒュ〜ヒュ、ヒュ〜〜♪」
俺がそのことを訊いた途端。カイト、アクリア、リナの三人は、体をビクッと震わせて縮こまってしまい。シロナにいたっては明後日の方向を向いて、何かを誤魔化すように口笛を吹き始める始末。
…こいつらのこの反応を見るに、支部の建築作業が終ってから工事を始めるとか、そういうんじゃなさそうだな…。
俺が疑念の眼差しをカイト達四人に送ると。おそらく、その原因の一番の中心あろう人物が、俺に背を向けてジリジリとこの場から離れようとする。
「じゃ、ぼ、僕はアッチで棟梁のおっちゃんとかと打ち合わせしてくるし!」
ダッ!
「そ、そっちはそっちで気張って!」
ダッダッダッダッ…
そう言い残し、シロナは一目散に走り去って、逃げるようにその場を後にした。
「…その事については、俺から説明させてもらうよ」
控え目に手を上げたのはカイトだった。気まずそうにしている女性陣の代わりに説明役を買って出たのだろう。尚、彼等三人の様子を見るに、別段シロナだけが原因でもなさそうだ。
「いや…いい」
すぐさま手を前に出して、俺は説明を申し出たカイトを制した。カイト達が関与しているなら、さして気にすることでもないと感じたので、時間がある時にでも説明してもらえばいいと判断した。
「今はそれどころじゃないからな?変な話を振ってしまって悪かった。早速、これからの段取りについて話し合おう」
「…ハハ、シロナとは真逆で、兄さんの場合は少し空気を読みすぎかな?」
「ほんとなの…」
「天様はとても思慮深く思いやりがおありです。…ですが…」
「ああ、零支部の建設費を最も負担してくれているのは、他でもない兄さんだ…」
「そのとおりなのです」
「だからこの事については、後回しにはできないんだ」
カイトが神妙な顔つきでアクリアとリナに目くばせすると、二人とも何かを了承したように目礼した。
「兄さんに無断で決めてしまった事実を説明する義務が、俺達にはある…」
「はい…」
「…はいなのです」
俺への申し訳なさからか、三人とも声にまるで覇気がない。
…なんかさ、今日はこんな胃にくる会話ばっかりだな…。
正直、今日散々やってきた重いやり取りに、もううんざりしている俺。
「じゃあ、この件が終わった後で訊くから」
「できれば、今すぐにでも話したいんだ。そんなに長くなる内容でもないし…」
「………」
「………」
…最初に会った時から感じてたが、俺とカイトってどこか似てるのかもな…。
別にいがみ合っているわけではない。むしろお互いに仲間のことを尊重し合った結果、なんとも言えない微妙な空気が俺とカイトの間に流れる。
「て、天様…ご厚情痛み入ります。ですが、ここで焦っても物事が良い方向に運ぶとは限りません」
「なのです。結局、シャロンヌさんがこっちに合流するまで、大した情報整理もできないのが現在のあたし達の現状なの」
「…ですので、今はカイトの謝辞に耳を傾けてはくださりませんか?」
「ここはカイトさんの謝罪を聞いてほしいのです」
「…了解だ」
…なんでか俺一人が駄々をこねてるみたいな言い回しだが…いや、いいんだけどね…。
「何故かいつの間にか俺 個人の罪の告白のようになってる気がするけど…まあいいか」
アクリアとリナからの説得を受け、同じような感想を抱いてどこか納得のいかない男二人。やはり、俺とカイトは似た者同士のようだ。
「実はだね兄さん…」
そして、カイトは事の詳細を細かく俺に説明してくれた。何故ガレージを設置できなかったのか、どうして支部となる建物がホテルの様な造りなのか、その理由を余すことなく全て教えてくれた。
「……というわけなんだ。すまない兄さん…」
事の詳細を話し終え、心苦しそうにして自分の坊主頭をかきながら項垂れるカイト。
「なるほどな。予算オーバーじゃ仕方がないか…」
話の内容はいたってシンプルであった。単に支部建設にあたり、予算が大幅に足らなかったのだ。
「それにしても、あの支部の見積もりが2億とは…」
…当初は確か1億で余裕とか言ってなかったか?まあ、俺からすればあの『ホテル支部』が2億程度で建てられることの方が普通じゃないんだがな…。
「水属性の水回りやら火属性の熱回り…映写念波のアンテナの取り付けやら、その他諸々で…気がついたら零支部の建築費がゆうに2億を超えていたんだ…」
「さらにあの狐、15以上ある部屋全部に個別で簡易シャワーやトイレまでつけたのです」
…うん。それもう、まんまビジネスホテルだよね…。
そうなのだ。今俺達の目の前で建設されている支部は、ホテルみたいではなく、そのまんまホテルと同じ造りなのだ。勿論、冒険士支部としての機能スペースもあるのだが。カイトの話だどそちらの方がオマケみたいになっているらしい。
「最初の方に、支部の建設の打ち合わせをキツ坊に全部丸投げしたのが悪かったのです。悪かった…なのですが…」
「キツ坊さんだけを責めるのはいささか理不尽でございます…」
「…なの」
「最終的には、私達は皆、キツ坊さんの考えに同意しましたから」
「ああ、そうだね。この場所に毎日通うのは、シロナの言ったとおり少々骨だからね」
…俺以外はそうなるだろうな…。
当然最初は、カイト達三人は猛反対したらしい。しかし、交通不便なこの支部の立地条件を逆手にとられ『いっそのことここに住んだ方が色々と楽だし』というシロナの甘言にまんまと乗せられ、気づいたら後戻りができないところまで来ていたというのだ。よって、あの支部は、支部の建物というよりはマンション、零支部の社員寮に近いとのこと。
「兄さんに無断でこんな利己的な支部を造ってしまい…本当に申し訳なく思っている!」
「…この支部の経理担当として、誠にお恥ずかしい限りでございます」
「はいストップ」
また負のスパイラルが始まりそうだったので、早々にそのキッカケを潰しにかかる俺。
…もうその下りはいいから…。
「全然問題ない。だから二人とももう俺に謝らないでくれるか?まったく…お前ら二人は今日、何回俺に謝るつもりだ!」
「「…すみません…」」
「………」
「…言ったそばからなのです」
…まあ、今のは仕方ないか…。
「ハァ…」
小さくため息を一つこぼし。カイト達を安心させる意味合いも込め、早速彼等に自分の考え、このホテル支部に対する俺の評価を、さっさと告げることにする。
「忌憚のない意見を言わせてもらうけどな?俺的には、あの零支部兼ホテル…はっきり言って理想像だ!つまり文句無し!」
俺がそう言うと、三人の表情がみるみるうちに明るくなる。
「フゥ〜…よかったの…」
「ああ、兄さんからの許しが出て、なんだか肩の荷が下りたよ…」
「本当ですね。胸のつかえが取れてホッといたしました…」
…いや、肩の荷が下しちゃ駄目だろ?ホッとしたらマズイだろ?いくら情報不足だからって、今は気を張ってなきゃいけない時だろ?…。
仲間達の危機意識の低さに内心呆れる俺。だが、リナとアクリアが言っていたように、碌な情報も無い現在の状況では、攫われた王女を取り戻すことなど到底無理なことも事実。
…こいつらも、今の状況をもどかしく感じているのは同じはずだ…。
シロナはともかくとして。カイト、アクリア、リナの三人は、仕事となれば瞬時に自らのスイッチを入れ替えられる一流の冒険士達。今は気を落ち着かせ、本番に備えていると見て間違いないだろう。
…ならば、俺もシャロンヌという女が来るまで、しばし新支部について雑談でもするか…。
トークモードに切り替わる俺。
「もともと、俺は新しい支部となる建物ができたら、そこで寝泊まりするつもりだったからな?」
…さすがに本格的な冒険士の活動を始めるのに、いつまでもあの廃墟を根城にするわけにもいかんだろうしな…。
「支部のソファーか仮眠室を使わせてもらおうと思っていたから、正直言って渡りに船だ、あの支部の仕様は…」
「そ、そう言ってもらえると、俺達もいくらか気持ちが楽になるよ…」
「まさになのです」
「それと、なによりもカイトやアクやリナと同じ所に住めるという特典は…俺にとって非常に魅力的だ」
グウと親指を立てて俺がそう告げると、まだ多少曇っていたカイト達三人の表情が、完全に晴れ晴れとしたものに変わる。
「まま、誠でございますか!!?」
「ハハハ、実は俺も同じことを思っていたんだ!」
「ワフ〜ン!天兄はあたし達のツボを心得ているのです!!」
「…そ、そう?さ、三人とも、俺と同じ屋根の下で暮らしても……いいのか?」
恐る恐る俺が訊ねると、カイト、アクリア、リナの三人は口を揃えて即答する。
「「「もちろん(でございます)(なの)!!」」」
三人の目には一変の迷いもなかった。
…ヤバい…こんな時なのに嬉しくて泣きそうだよ…。
30年以上も生きてきて。生まれてこの方まともな家庭生活を送って来なかった俺には、自分と一緒に暮らしたいと嘆願してくれた仲間達の言葉は、泣きそうになるほど嬉しいものだった。
…責めるわけがない…。
俺と一緒に生活できると言って手放しに喜んでくれている親愛なる三人の仲間。それを目の当たりにして、彼等を責めるという選択肢を脳内からすぐに除外する俺。
「それはそうと…」
チラりと新支部の方に視線を移し、俺は至極まっとうな疑問を彼等三人に投げかけた。
「よく予算が足りたな?おっさんがかなり援助金を出してくれたのか?」
「そ、それはだね兄さん…」
「ま、誠に申し上げにくいのですが…」
…またか…。
そう思って小さく息を吐く俺。
「フゥ……リナ、説明頼む」
カイトとアクリアの沈んだ顔にうんざりしながら、俺は早々にリナに説明役を頼んだ。二人の誠実さからくる罪悪感なのだろうが、はっきり言って胃が重い。
「了解なのです!」
リナも、すぐさま俺のそんな心境をわかってくれたようだった。
「それと、はっきり言っておくが、俺はこの件で何を聞いてもお前等を責める気は一切ない!」
…逆に感謝してるぐらいだ…。
「はいなのです!」
「うむ!では、早速説明をお願いするぞリナ君」
「がってん承知なの!!」
其れは見事な敬礼をして、リナは俺の疑問に全て答えてくれた。2億の出処と誰がどの程度の額を負担をしたのかを。
「以上なのです!」
「ふむ…」
…俺6500万、おっさん5000万、カイトにアクリアが3000万ずつで計6000万のリナが2500万で、狐がゼロ…ってふざけてんのかあいつは?…。
一瞬シロナへの不満が頭をよぎった。が、おそらくカイトとアクリアとリナは、自らの罪悪感から進んで資金を提供したのだと容易に想像できた為、元々俺と会長が全て負担する予定だったと自身に言い聞かせ、取り敢えずその振り分けで納得する俺。
「サンキューリナ、概ね把握できた」
「いえいえなのです」
「それにしても…あのおっさんが2億の内5000万『しか』負担しなかったとはちょっと驚いたぞ…」
…おっさんの性格を考えたら、いくら予算が当初よりかなり増えても、高確率で笑って負担してくれそうなもんだが…。
そんなことに俺が疑問を感じていると、カイトがすぐにわけを教えてくれる。
「実はね、零支部の建設費の見積もりが2億になってしまった事を、シスト会長には伝えてないんだよ…」
…あ〜、そういうこと…。
「会長は私共、零支部に在籍する冒険士の為に…多大な援助、便宜を図ってくださったのでございます」
「便宜?」
「ああ、とんでもなくスケールの大きなね…」
「『アレ』にはあたしもビックリさせられたのです」
…一体何をしたんだよあのおっさん…。
わずかに眉を吊り上げて怪訝に思う俺。そんな俺を見て、カイトは少々苦笑してからこちらの心情を察したように声をかけてくる。
「そのことについてはおいおいね」
「んっ」
『時間のある時にでも話すよ』という感じでカイトが目くばりしたので、俺は『構わない』という意味を込めてわずかに首を縦にふる。
「…まあ、つまりはこれ以上おっさんを頼れない状況だったってことだよな?」
簡潔な言葉で俺がまとめると、しきりにカイト達は頷いた。
「ハハ…そういうことだね…」
「あんなことまでやってくれた会長に、予算を追加で求められたら強者なのです」
「本当ですね。ただ、キツ坊さんに限っては、それを実行しようとしていたようでしたが…」
「あいつの面の皮は、昔っから長編小説よりも厚いのです。それも、一銭も支部建設の資金援助をしなかった分際で…」
「それは仕方がないよ。所持金が無いなら出しようがないからね…」
「……はぁ?」
…カイト君今なんつった?お、俺の聞き間違いじゃなければ…あの狐が無一文とかなんとか…。
ある意味で、支部の工事の進み具合を目にした時よりも呆気にとられてしまう俺。するとそれが伝わったのか、アクリアがやや気疲れしたような口調で補足を入れてくる。
「キツ坊さんは、天様からいただいた契約金を……一週間足らずで使いきってしまったのです…」
「い、一週間!2500万をか!?」
「正確に言えば6日なのです」
「むい…か?」
…アレ?こんなやり取りさっきもやったような…何このデジャブ…。
「男友達と連夜、豪遊をしていたと言っていたよ」
「高級エステやカジノにも、ここ数日度々顔を出していたと聞き及んでおります」
「ブランド物のバックに服に化粧品にアクセサリー…狐の浪費をあげたらキリがないの」
…なんと言うか、借金で身を破滅させる人種の見本誌みたいな奴だなあいつ…。
「まあ、何に使うのもあいつの自由だが、せめて冒険士ならプライベートの装備だけじゃなく。仕事の装備にも金をかけろよ…」
「ハハ…まさにだね…」
「超正論なのです」
「おっしゃるとおりかと…」
その場にいた全員が肩を落としてため息をつく。
「…………」
暫しの沈黙が流れる中、俺は自問自答の末に口を開いた。
「……やっぱ駄目だ」
顎に手を当てながら俺がその言葉を口にすると、一斉にカイト達が心配そうな顔でこちらを見る。
「に、兄さん、駄目というのはやっぱり…」
「当然お前等を責めているわけじゃないから勘違いするなよ?あのホテル支部については、俺的に感謝しかない。キツ坊にしてはいい仕事をしてくれた」
「よかったの…。天兄なら、一度許した事をぶり返さないのはわかっていたのですが、それでもちょっと身構えてしまったのです…」
「…これもはっきり言っておくがな?お前等 三人に至っては、俺の中でよっぽどのことがない限り、非難するという選択肢はまずとらない」
「…うれしい…。と、とても光栄でございます!!わたくしも…私も同様にございます!!」
アクリアが喜びの声を上げる。見ると、側で心配そうな顔をしていたカイトとリナも、安堵の息をつき嬉しそうに表情を緩めていた。
…君達、俺の言葉で一喜一憂しすぎだろ?まあ、それほど慕われていたらコッチもうれしい限りなんだが…。
結局似た者同士のこの四人。この日より、零支部メンバーの仲間意識、信頼関係が異常なまでに高まったことは言うまでもない。
「俺が駄目といったのは、みんなに支部の建設費を出させることと、ガレージの設置をとりやめることだ」
「……確かに兄さんの性格なら、それは両方とも見過ごせない決定かもしれないね?」
「で、ですが!私達自身が生活する住まいを自分達で負担するのは、至極当然のことでございます…」
「俺も前者はそういったふうにも考えたんだがな?カイト達三人が負担してキツ坊だけが出さないのは、これから一緒のチームをやっていく上であまりよろしくない」
「そうだね。それだと、このチームでこれから先、どこかで歪みが生まれかねない…」
「そういうこった」
「…でも、それを言ったら天兄だって…なの…」
「俺の場合はお前等とは意味合いが少し違う。リナなら容易にそれがわかるはずだ」
「……はいなのです」
俺のその言葉を受け、リナが心苦しそうに頷く。
「俺の場合、それを条件の一つとしてみんなをこの支部に勧誘した。従って、契約を守る義務が俺にはある」
…そうだ、最初からカイト達は支部が出来た後に、其処で共に活動するという約束。新支部の立ち上げに関わったとはいえ、支部の建設費用を負担するのはあくまで組織の代表と、彼等と雇用取引を交わした俺の務め…。
そう思い、自然と喋りに熱が入る俺。
「前者もそうだが、特に後者の100坪のガレージの件は…是が非でも守らねばならん!」
…リナは俺との約束通り、この支部のメカニックになってくれた。だったら、俺もリナと約束したことを守るのが当然の筋というもの…。
「成人同士の取り引きとは、そうであらねばならない。よって、それを反故にするなど以ての外!」
「て、天兄の気持ちは超うれしいのですが、もう予算がないのです…」
「はい…。私達だけでこの話を進めた場合、根本的な問題は何も解決いたしません…」
「できれば、シスト会長にはこのまま黙っていたいのが俺達の本音だよ。それに、兄さんも言っていたけど…『今はそれどころじゃない』からね…」
「なのです…。そういう訳で、あたしの方はまたの機会で大丈夫なのです…」
「………駄目だ!!」
シュンと耳をしおらせて残念がる妹分の姿を視界に捉えた瞬間、俺の中でスイッチが切り替わった。
「アク、すまないがもう少しの間、この件について時間をさいてしまうことを、どうか許してほしい!」
「ドキッ…は、はい!!しょ、承知いたしました!!」
「すまん」
社会人モード突入。
「お〜〜い、キツ坊!!ちょっといいか〜!!」
「ゲッ!ヤッバ、天の兄貴が呼んでるし!やっぱり勝手して怒ってるんだよね…」
「当たりめえじゃねえか。カイトの兄ちゃんやリナ嬢ちゃんの時みてえに、さっさと行って大目玉を食らってこいや」
「ゲンちゃん冷たいし!」
「悪いが棟梁さんを呼んでくれるか〜〜!折り入って相談があるんだよ」
「おっと俺もかい?」
「どうしよう、絶対に工事の文句だし…」
「ハァ…しょうがねえから一緒に頭下げてやらぁ…ほら、早くいくぞシロ嬢!」
「…憂鬱だし」
「自業自得だべらんめえ!」
「キツ坊〜!今ちょっと時間が押してるから、早く呼んでくれるか〜〜!!」
「とっととするの狐!!」
「ゲッ!り、リナまで…」
「こりゃ相当でかい雷が落ちるかぁ?なあおい?」
「ブルブルブル……ゲンちゃん他人事だと思ってひどいし!」
「べらんめえ!おめえは人様の金で自分の家を建てようとしたんだ!説教されんのは当然じゃねえか!」
「うぅ…支部の寮みたいなもんじゃんか…」
「お〜〜い、キツ坊〜〜!!」
「時間が押してるって言ってるの!!」
「わ、わかったし!!すぐにゲンちゃんとそっち行くから!!」
シロナがそんな投げやりな返事をすると同時に、そのすぐ隣にいた法被姿の小太りの男性が、こちらに向かって一直線に走ってきた。
「お待たせしちまってすいやせん!」
彼は見るからに職人職といった感じの壮年の男性だった。
「あっしが、この度シストの叔父貴から、この支部の建築を請け負わせていただいた業者の責任者をやらせていただいておりやす『ゲンタ』っちゅうもんです」
「はじめまして、自分は花村天です。仕事中、作業を中断させてお呼び立てしてしまい、大変申し訳ありません」
「気にせんでくだせえ。実を言うと、あっしらの仕事はもうほとんどないんでさぁ」
「そうなんですか?」
「へい、後は内装業者と魔導器業者の仕事に立ち会うぐれえなんで。で、あっしに話っちゅうんは?」
「ビクッ!」
ゲンタの後ろからトボトボと重い足取りで近づいてきたシロナが、ゲンタの問いかけとともに、あからさまに体を震わせて顔を青ざめさせる。
「実は…この支部となる建物の建築工事とは別に、棟梁さん達の業者にもう一仕事お願いしたいんです」
「仕事…ですかい?」
「へ?あ、兄貴怒ってんじゃないの?」
キョトンとするシロナ。
「カイト達に相談もなしで、話を勝手に進めてたお前に、正直思うところがないわけじゃないがな?それでも、今回は利害が一致したから、特別にお咎めなしにしてやる」
「よ…よかった〜!!い、いちじはどうなることかと思ったし!脅かさないでよ天の兄貴!!」
「チッ、現金な狐なの」
「よかったじゃねえかよシロ嬢。それはそうと…花村さんは、あっしらに何をやってほしいんでさぁ?」
「棟梁さんは知ってるかもしれませんが、今回…支部となる建築物とは別個で、そちらの業者の方々に、折り入って頼みたいことがあったんですよ」
「あぁ、リナ嬢ちゃんが言っていた100坪超のガレージのことですかい?」
「それです。そのガレージの建設を、是非あなた方に頼みたいんです」
「もちろんそれを建てるのは容易でさぁ。うちの若い衆も、昨日であらかた作業は終わっちまったんで暇を持て余してるし、次の仕事の予定も入っちゃいねえんで」
「でしたらすぐにでも取り掛かっていただけますか?」
「問題ねえですぜ。ただ、先立つものがないと、あっしらもどうしようもねえ…」
「やっぱり、行き着く先はそこなのです…」
「今だってうちの営業が、そちらの提示された予算内に収めるために、必死で魔導器メーカーの営業担当者やら内装業者やらに頭下げて回ってるんでさぁ…」
「そうだったのゲンちゃん!?」
「おめえの注文が贅沢すぎんだよ!なんで冒険士協会の支部にジャグジーやらサウナまでつけんでえ!」
「「「ジャグジーに…サウナ?」」」
「挙句に20近くある部屋全部に完全エアコン設置とか…いっぱしの旅館じゃあるめえし!聞いたことねえぜそんな支部!」
「「「全室に…エアコン?」」」
「ったく!これがシストの叔父貴じきじきの依頼じゃなきゃよ…他に委託してえところだってんだべらんめえ!!」
「「「………」」」
シラーー…
ゲンタは青筋を立ててシロナに文句をぶつける。それと同じタイミングで、皆の冷たい視線が彼女へと次々に突き刺さった。
「アハッ…アハハハ…アハハハハ…」
そして、気まずそうに乾いた笑いで誤魔化そうとするシロナ。
…それじゃ2億以上かかるのも無理ないはな。しかし、そういう考え方もありっちゃありだ…。
「…どうせやるなら…スゲェやつを建ててもらうか…ブツブヅ」
「ん?どうしたんでさぁ花村さん?」
「…考えがまとまりました棟梁さん」
「というと?」
「はい、どうせ建てるならできる限り良いものがいい。なので、動力車等を整備する大規模なメカニックルームのような造りの大型ガレージハウスを…最新の設備付きで建設していただきたい」
「て、天兄!!?」
「…こりゃあたまげたぜ。久々に大口の仕事を請け負ったと思えば、すぐさまもっとデケェ仕事の話が舞い込んでくるとはよ?」
ニヤリと口元を吊り上げ、不敵に笑うゲンタ。
「わかってんのかい兄ちゃん?そいつは多分…2億なんかじゃきかねえぞ?」
「言うとおりなのです!!動力車に関する物は、なんでもバカ高いのが常識なの!!特にメンテナンス用の最新の設備なんて揃えたら…軽く億単位の資金が必要なの!!」
「さすがリナ嬢ちゃんは詳しいぜ。下手すると今の仕事の倍の見積は見とかねえと、とてもじゃねえが請け負えねえな…」
「とか言いいながらやる気満々ってツラに見えんのは、俺の気のせいかいゲンタさん?」
「ガハハハハ!こいつはいけねえや!つい職人の血が騒いじまったぜべらんめえ!!」
…あ、おっさんと同じ笑い方だ…。
「え、え?もう本決まりのようなこの流れは、一体なんなのですか!?」
既に意思疎通がバッチリな俺とゲンタをよそに、リナはまだ少なからず混乱している様子だ。
「支部の建築費用を合わせたら、両方で最低でも6億は超えちゃうのです!!」
「リナさん…ここは黙って見守りましょう。商談の邪魔になります」
「よくよく考えれば、兄さんがなんの考えもなしにそんなことを言うなんて、まずあり得ないからね?リナだってそれは重々承知だろ?」
「その…とおりなの。…そういえば、天兄と最初に会った時も確かこんな感じだったのです」
「え?そうだっけ?」
「…ねえシロナ、あたし今ちょっと興奮気味だから、馬鹿はなるべく黙っててほしいの」
「うわ〜…久々に聞いたしリナのそのセリフ。マジでもう黙ってるから勘弁…」
他の仲間達が何やら雑談をして待機している傍ら、構わずガレージ建設の打ち合わせを進める俺とゲンタ。
「…で、そこまで大見得切って、シストの叔父貴に資金援助を頼むとか…そんなセコい真似は無しだぜ兄ちゃん?」
「当然だ。こう見えて俺は…シストのおっさんと同じく、神に選ばれた英雄なんだぜ?」
「ッ!そういうことか!」
「私もようやく、天様のお考え…おっしゃりたいことがわかりました」
「あ、あたしの夢のひとつが、こ、こんなに早く…げ、現実に…」
「………」
シロナはまるで反応を示さずにただ黙っている。どうやらただの狐のようだ。
「おいおい…初見でただもんじゃねえとは思ったがよ?まさか叔父貴と同じ英雄とは…スゲェぜ兄ちゃん!!それなら6億なんざ、楽に払えるってもんだな?ガハハハハ!!」
「そういうことだ。俺は神様から英雄に定められたと同時に、多額の“報奨金“を受け取った」
そうゲンタに伝えながら、自分の尻ポケットからスマホ型ドバイザーを取り出す俺。そして、画面を操作してから目の前にいるゲンタに渡した。
「…こりゃあ、確かにガレージハウスの一つや二つ余裕で建てられんな。いやはや『40億』とは恐れ入ったぜ兄ちゃん!!」
「よ、40億!!?ちょ、天の兄貴!!い、いったいどういう…」
バンッ!
「グェッ!」
シロナが俺の所持金を知って目を輝かせながら食いついてきたところ、それを乱暴に跳ね除けて俺の真横まで近寄ってきたリナ。よく見みると、彼女の目は涙で潤んでいた。
「こ、こんな時に不謹慎だと思うのですが…言わせてもらうのです!!」
「…どうぞ」
並々ならぬリナの迫力に押され、そう言うしかない俺。
「あたし…ずっと、ずっと夢だったのです!!自分の思い通りに使えるガレージハウスやメンテナンスルームを持つことが!!だ、だから、あたし、あたし!!」
「………」
ワシャ…
感動に打ち震えているリナの頭に、そっと手をおく俺。
「ゲンタさん、聞いたとおりだ」
「あいよ兄ちゃん!」
「俺のかわいい妹分の夢の城だ。予算なら5億でも10億でも構わんから、最高のものを建ててやってくれ!!」
「ガ〜ハッハッハ!!漢だな兄ちゃん!叔父貴が惚れ込むわけだぜ?」
腕を組んでとても嬉しそうに高笑いをするゲンタ。直後、彼は目を見開いて力強く意気込みを述べる。
「よっしゃ!!うちの職人総動員して、とんでもねえガレージ工房をぶっ建ててやんぞべらんめえ!!」
「頼みます!」
「あたぼうよ!リナ嬢ちゃんにはなにかと手伝ってもらったからな?絶てえ満足してもらえるもんを建てねえと、俺の気がおさまらねえってもんだぜべらんめえ!!」
「それにかかる資金は、全て俺が負担させてもらうので、リナの望む通りのものを…どうかよろしくお願いします!」
「ワオ〜〜ン!!!天兄〜〜!!」
ギュ〜!スリスリスリ…パタパタパタパタ!
リナが思い切り俺に抱きついてきた。尻尾をこれでもかというほど激しく振って。
「超愛しているのです!!一生ついていくの!!」
「そいつは大いに有難い。そうだ…今回の案件を無事完遂したら、もう一つの約束の方を果たさねばならんな?」
「あ、あのことも覚えててくれたのですか!!」
「当たり前だ。この事件が解決したら、一緒にそのガレージハウスに似合う最新の動力車を買いに行こう」
「ワフ〜ン!!うれしすぎてキュン死にしそうなの!!」
「当然、高級動力車の購入は、全て俺のポケットマネーから負担させてもらう」
「天兄〜、大好きなの〜!!」
スリスリスリ…パタパタパタ!!
「……カイト、一つ伺いたいことがあるのですが…」
「簡潔に述べさせてもらう『リナは君の10倍うまく立ち回った』ただそれだけのことだよ」
「マリーさんとリナさんに一歩先んじたと確信していたのですが、恋の道は険しいですね…」
「この状況でそんなことを考えられるなんて、随分と逞しくなったな君は?」
「こう言ってしまうと少々楽観的すぎるかとも思いますが。天様とシャロンヌさんが共に事に当たれば…今回の事件解決は、決して難しいことではないと確信しております」
「プロ失格かもしれないけど、俺も同じことを感じたよ。逆にあの二人が組んでどうにかできない事件なら…迷宮入りは免れないだろうからね?」
「そうですね。おそらくは世界最強の人型である天様と、こと邪教徒に関しては、世界で最も見識が深いであろうシャロンヌさん…」
「ああ、この二人が組めば…鬼に金棒だと言えるだろうね」
「頼もしい限りでございます」
◇◇◇
一方その頃、今回の事件解決の鍵となるであろう、もう一人の主要冒険士はというと。
ザッ、ザッ、ザッ、ダッ!ダダッッ!
激しくマントを靡せ、怒りの感情を表現するかのように、乱暴に地面を蹴り上げる人影有り。
「……くそっ!!この山道は、一体いつまで続くのだ!!」
誰に言うでもない文句を吐き捨るシャロンヌ。山道の方は、既に三分の一を登り終えたところであった。
《零支部 仮設駐車》
冷たく湿った空気が肌にまとわりつく薄暗い空洞。その様な薄気味悪い場所には似つかわしくない程、其処は小綺麗に整備されており、奥行きのある地下駐車場のような広々とした空間が、あたり一面に広がっていた。
「んじゃいくぞ…」
よく見ると、その広々としたスペースの隅っこに、一台の軽動力車が停めてある。そしてその軽動力車を背にし、四人の男女が何やら携帯のような小さい端末を操作していた。
「×9×…××××…以上11桁のナンバーが、俺のドバイザーの無線番号だ」
その中の一人の青年が、淡々とした口調で他の者達に話しかける。
「…みんな、登録OKか?長いからもっかい確認するか?」
「俺は大丈夫だよ、もう登録した」
「あたしも登録完了なのです!」
「天様の無線番号を私が聞き漏らすことなど…あろうはずがございません!!しかと自らのドバイザーに登録させていただきました!!」
「な、ならいいんだが…」
…なんだか、アクとマリーさんってノリが似てる気がするんだが…俺の気の所為か?…。
「兄さんの方は、俺達三人のナンバー登録、大丈夫かい?」
「多分大丈夫だと思うが、俺は三人分だから一応もう一回確認させてもらうぞ?」
「了解なのです!」
「かしこまりました!何度でもお教えいたしますのでご安心くださいませ!!」
「お、おう…ありがとう…」
…なんだか、アクだけやけにテンションが違うんだが…いや、深く考えないようにしよう…。
天、カイト、アクリア、リナの四人は、只今ドバイザーの無線番号を交換している最中である。因みにシロナはというと、
『じゃ、僕はこれ以上、兄貴達の方にかかわる気ないから、そっちはそっちで勝手にやってほしいし』
っと言って、さっさと近くの鉱山町に退散していった。
…まあ、あいつには後でカイトやリナの方から俺の番号を伝えてもらえばいいか…。
「それにしても、11桁の無線ナンバーとはめずらしいね?流石は神様から授かったドバイザーと言ったところかな」
「きっと、あたし達が使ってるドバイザーとは微妙につくりが違うのです!」
興味津々といった様子で、リナが天のドバイザーに熱烈な視線を送ると、天は彼女の台詞から数瞬の間を空け、リナとカイトに調子を合わせるように頷く。
「…そうみたいだな。俺のドバイザーは、一般の物とは多少異なるらしい」
「なのです。一般的には、7桁の番号が支流なの」
…おっさんも同じとこに食いついてたけど、実際には、無線番号だけじゃなくて何もかもが別物だったんだよなこの端末…。
この世界に来たばかりの頃を懐かしむよう、自身の手に持っているスマホをしみじみと眺める天。
「そういや、あの時おっさんに訊いておけばよかったかな…」
「何をだい?」
「ん?シャロンヌさんの無線番号だ」
天がカイトの質問にサラッと答えると、尋ねたカイトより早く、先程から興奮状態であったアクリアが、動揺したようにその気勢を更に激しくして天へと問いかけた。
「てて、天様!!な、な、何故!シャロンヌさんの連絡先にご関心をお持ちなのでしょうか!?よ、よろしければ、くわしく、詳しくお聞かせ願えますでしょうか!!」
「いやな?ドバイザーの番号がわかれば、こっちから連絡を入れて動力車で迎えに行けると思ってな?」
激しく動揺するアクリアに、まるで動じずに普段の調子で返答する天。彼のマイペースなこの反応、鈍いのか、それとも彼女の暴走にもう慣れたからなのかは定かではない。
「え?あ、そ、そうでございましたか」
「……あたしとしたことが、全然気づかなかったの…」
いつもなら、アクリアの暴走に的確なツッコミを入れるリナが、どういうわけか彼女と同じ風に、やってしまった感を全身からにじませている。
「ここは交通の便が極端に悪いのはお前等もよく知ってるだろ?だから、例えSランクの冒険士でも、ここまで来るのに相当時間がかかっちまうかもしれんからな」
「ああ、実際かかるだろうね。下手をすると、この山を登るだけで1時間近く時間を浪費するおそれがある」
「だよな?だったら、こっちから出向いた方が何かと手っ取り早い気がしたんだよ」
「理にかなってるね」
「まあ、この中で誰も彼女の無線番号を知らないんじゃ、その選択肢はとれないんだがな」
「……あの〜…」
天がそう言って肩を竦めると、気まずそうな顔をしたリナが、控えめにそっと手を上げて発言する。
「あたし…シャロンヌさんの無線ナンバーを知ってるのです…」
リナの自白後、ほんの一瞬だけ時が止まった。しかしその硬直時間が、イコールで彼女を晒すものになってしまうと認識した天は、迅速に、できるだけ自然に、リナが恥をかかないように簡潔に述べる。
「…リナ、頼めるか?」
「りょ、了解なのです!!」
天に真剣な口調で行動を促されたリナは、多少の動揺を見せるも、すぐさま軽快な動きで自身のドバイザーを操作しだした。
「…そうだ」
シャロンヌへ無線をかけるリナを他所に、不意に何かを思い出したのか、カイトが自身の腰に巻き付けていた、布地の巾着のような袋に手をかけた。
「これを兄さんに渡すのを忘れていた」
カイトは慣れた手つきで腰に巻き付けていた巾着袋を外すと、中からおもむろに緑色の光沢を帯びた二つの石を取り出した。
「これは…魔石か?」
「ああ、両方とも兄さんの魔石だよ」
カイトから差し出された魔石を受け取り、天は怪訝な面持ちでそれを見つめる。
…一つはカイトに預けていたハイリザードマンのものに間違いないだろうが、もう一つのやけに大ぶりな魔石はなんだ?…。
手渡された二つの魔石は、色はほぼ同一色だったのだが、大きさはまるで異なるものであった。
…このサイズだと、おそらくBランククラスなんだが、そんなやつ最近倒したか?…。
ハイリザードマンのものであろう魔石より、ゆうにふた回りは超える大きさはあろうそれは、確実にBランク以上の魔物の魔石に相違ない。
「そちらは“リザードキングの魔石“でございます」
天が疑問を口にする前に答えたのは、すっかり落ち着きを取り戻した様に見えるアクリアである。
「そういうことか…」
「はい。討伐隊に参加した、マリーさんを含むメンバー全員の総意の元。リザードキングの魔石は天様が所持するべきだと…勝手ながらこちらで決めさせていただきました」
流麗な口調で天へ説明するアクリア。彼女の顔をよく見ると、わずかだが頬を染めていた。おそらく、アクリアもリナと同様に、自身の醜態を取り繕う機会を得て、ホッと安堵の胸をなでおろしたのであろう。
「…ハイリザードマンの魔石はともかくとして、リザードキングの魔石に関しては了承しかねるな」
不服そうに声を尖らせる天。しかし、彼のそんな不機嫌そうな態度とは裏腹に、カイトとアクリアの方は、何故か穏やかに顔をほころばせていた。
「ここは公平に、マリーさんも入れて五等分……って、お前等その顔…俺がこういう反応をするって予想してたろ?」
満足そうな面持ちのカイトとアクリアを見て、即座にその答えに辿り着く天。そして、その天の問いかけに対し、両名ともに間を置かず返事をする。
「ああ、案の定だったよ」
「はい、予期した通りでございます」
二人の答えは当然イエスである。
「ハァ……なら、このことで口論するのは無意味ってことだな?」
「「そのとおり(だね)(でございます)」」
ため息交じりに天が訊ねると、再度、打てば響くように声を揃えて返答するカイトとアクリア。二人とも実に良い顔をしていた。
「リナもいつの間にか動力車の中で無線してるし…」
リナの意見はどうなんだと、ちらりと彼女が立っていた場所に視線を移す天。だが、既にそこにリナの姿はなく。見ると、いつの間にか動力車の運転席に腰を下ろして、誰かと通話中であった。
…多分、お互いに話の邪魔になると思って、足音を立てずに動力車の中に移動したんだろうな…。
「相変わらず、気の利く女だよお前は…」
相も変わらずのリナの気の回しぶりに、苦笑しながら動力車の運転席に目を向ける天。
「言うまでもないことだけど。リナも、リザードキングの魔石は兄さんが所持して然るべきだと言っていたよ」
「キツ坊さんがいない場所で天様にお渡しした方が良いと、助言までいただきました」
天に反論の余地を与えない、カイトとアクリアの見事な先制攻撃であった。これでは天も、黙って魔石の所有権を認めるしかない。
「オーケー…ならこの魔石は、俺の好きなようにさせてもらう。二人とも、後になってこいつの使い道について文句を言うなよ?」
リナの方に顔を向けたまま、持っていたリザードキングの魔石をカイトとアクリアに見せるように前に出し、そう主張する天。
「ハハハ、当たり前だよ」
「当然でございます。その魔石は天様の所持品、どのような用途を選ぼうと、それは天様の自由でございます」
カイトとアクリアはこの時、おそらく天なら換金の儀式で魔石を紙幣にするだろうと推測していたのだろうが。そんな普段通りの使い道を選ぶなら、前以て『文句を言うな』などと、彼が二人に釘を刺すはずがなかった。
「了解だ」
二人の応答に軽く頷き。何を思ったか、天はアクリアの方へ一歩二歩と近寄っていく。
「へ?て、て、天様!?い、いかがなされ、まま、ましたか!?」
いきなりの天の不意打ちに、今まで冷静に取り繕っていた表面上のメッキが、一瞬で剥がれてしまうアクリア。
「アク、渡したいものがあるから手を出してくれ」
「は、はひ!!かしこまりました!!」
言われるがまま、半ば反射的に右手を天に差し出すアクリア。
「これを」
差し出されたアクリアの右手に、天は素早く、手のひらサイズ程の薄緑の球体をおいた。っと言っても、今の流れから察するに、天が彼女に渡す物など一つしかないが。
「て、てんさ……え?えぇぇ!!こ、これはリザードキングの魔石!?」
あからさまに驚くアクリア。様々な意味合いで混乱しているせいか、こんな簡単な状況も今の彼女には把握できていない様子だ。
「…ハハ、そうくるか。これは、兄さんに一本取られたかな?」
やれやれと苦笑いをしながら、首を横にふるカイト。当然、カイトの方は天がアクリアへと歩み寄った瞬間にピンときていた。そして、天の『渡したいものがある』と言う台詞から、既に答え合わせは終わっている。
「て、てんさまが!てんさまから!!わたく、わたくし、わたくしへ!?」
「兄さん、一応訊くけど…それはその場の勢いとか、俺達の意見に頭に来たからとか、そういう軽はずみな気持ちからの行動じゃないよね?」
動揺からか、思考が全く追いついていないアクリアの代わりに、カイトが芝居がかったように不機嫌を装い、わざと天を糾弾するような口調で彼の真意を確かめる。
「無論だ。そんなお前等の厚意に唾を吐くような行動選択を、俺は間違ってもとらん」
「それを聞いて安心したよ」
わかっていたよと言わんばかりに、カイトは天のその解答に満足気に頷いた。気心が知れた仲で、訊くまでもないことなのかもしれないが、時としてお互いの気持ちを確認することは、命を預ける者同士で必要なコミニケーションである。
「理由を訊いても?」
「アクは、俺の生まれて初めてできた友人達の命を救ってくれた…」
「…なるほど、十分すぎるね」
「あの時の言葉では表せないほどの感謝を、俺は生涯忘れんだろうな…」
「わた、わたくし、わたくしは…」
「その事に対するせめてもの礼として、みんなが俺に決定権を許してくれたリザードキングの魔石は…アクにこそ贈りたい」
「だそうだよアクリア?まあ、俺達はたった今『文句を言うな』という兄さんの言葉を了承したからね?この魔石の処遇については、兄さんの意見に一切口を挟めないんだけど」
そういうことならと、瞬時に天の援護射撃に回るカイト。それが同時に、感動に打ちひしがれている妹分の背を押す気配りにもなっいることは、言うまでもない。
「わたくしは…ついに…遂に天様から贈物をいただいてしまいました!!!」
「「………」」
しかし、彼の予想に反して、アクリアはその更に上まで舞い上がっていた。それこそ、男二人の声も届かぬ遥か上空に。
「よ、喜んでくれているようで、何よりだな…」
一呼吸置いた後、そんなアクリアの様子を見た天は、若干後ずさりながらも、彼女が何事もなく魔石を受け取ってくれたことに安堵しているようだった。が、カイトの方はそうはいかない。
「ハァ〜〜……」
大きくため息をついて恨めしそうにアクリアを睨むカイト。『今日だけで何度目だ?』彼の視線からは、そんなニュアンスの台詞が容易に想像できる。
バンッ
「キャッ!」
直後、カイトは気付けの意味でアクリアの背中を強めに叩く。普段の彼は、女性に対してその様なコミニケーションはとらないのだが、今は状況が状況なので多少手荒い手段を選んだのだ。
「アクリア、良かったじゃないか!ここまでの品質のBランクの魔石なんて、滅多にお目にかかれるものではないからね?きっと君のドバイザーも『ものすごく強化』されるよ!!」
オーバーリアクションで、彼女にカモフラージュの言葉と本命となる念話を同時に送るカイト。
《好きな男からの贈り物に舞い上がる気持ちもわかるが、気をしっかりもつんだアクリア!!たった今、兄さんは『ものすごい感謝の気持ち』を君に伝えたんだぞ!!それを、君はちゃんとに聞いていたのか!?》
「………」
サーーっと、アクリアの顔からは血の気が引いてしまっていた。その反応を見れば一目瞭然である。彼女は天が述べたもっとも重要な部分、心からの謝辞をまるで聞いていなかったのだ。
「ハァ…」
『やっぱりか』カイトの不安が的中した。普通なら、そのままなあなあにしてもいいのかもしれないが。親友の心からの感謝の言葉を打ち消すような事は、カイトには到底容認できない事柄であった。
《今から、俺が兄さんの話していた内容を念話で教えるから、君は聞いていた体でうまく話を合わせるんだ》
「…コク」
小さく頷いて了解の合図を送るアクリア。幸い念話なら一瞬で伝えることが可能なので、カイトの案は今打てるベストの手段だと言える。
「……て、天様、私はあの場にいた一冒険士として、当然の役割を果たしたにすぎません」
数秒の沈黙を経てアクリアが口を開いた。どうやら、カイトは彼女に事情を説明できたようである。
「で、ですが、天様のお気持ちは大変嬉しく思います。そのお気持ちに応える意味合いも含め、このリザードキングの魔石は…謹んでお受け致します!」
「おう」
アクリアの改まった口上に対し、実にあっさりとした返事をする天。だが、アクリアに向ける天の穏やかな面持ちを見れば、それだけで彼の今の心境がわかるだろう。
「フゥ…」
疲れた顔で安堵の吐息をもらすカイト。フォローを完遂した気疲れからか、肩をぐったりとおとしていた。
「じゃあ次はカイトだな。ほいっ」
そんなカイトの諸事情など露知らず。彼の正面へ『パス』といった仕草で、無造作にある物を放る天。
「とっ」
持ち前の運動神経と反射神経から、難なくそれをキャッチするカイト。缶コーヒーをもらうような要領で、咄嗟に受け取ってしまったそれを見て、カイトは目を見開いてしまう。
「こ、これは!」
「そ、“ハイリザードマンの魔石“」
そう、天がカイトへ渡した物は、リザードキングの魔石と一緒にカイトから受け取っていた、ハイリザードマンの魔石である。
「そっちはカイトにやる」
「こ、こんな高価なものをもらえるわけがないじゃないか!アクリアのそれと違って、俺にはこの魔石を受け取る理由がない!」
「あげたいってだけじゃ駄目か?」
「駄目だ!そもそも兄さんは自分のドバイザーを手に入れたんだから、そっちの強化に使うべきだろ!」
「いやな?これが困ったことに、俺のドバイザーは魔石での強化ができん。よって、魔石を無駄に余らせちまうことに…」
「だったら!それこそ前みたいに儀式で換金するなり、市場に流すなりして金銭に換えればいいじゃないか!」
「ふふふ…」
天とカイトの流れるようなやり取りを見て、内容はともかく、聞いていて全くストレスにならない、とても気持ちのいいものだと感じてしまうアクリア。
「……クス」
カイトの困っている顔を見て思わず笑ってしまっているところから、彼女は自分のことを棚に上げしているということを少しも気づいていない様子だ。
「つってもな〜、それをカイトが受け取ってくれないと不公平になんだよ」
「いやならない!あの時、俺は何もしていなかったんだ。プロとして、仕事もしてないのに報酬を受け取るわけには…」
「いや、そっちじゃなくてな?実を言うと俺さ、リナやキツ坊にもハイリザードマンの魔石をタダ同然で渡してるんだよ」
「…それで二人とも、ドバイザーがカッパーになったのか」
「リナさんの秘密とはそのことでしたか…」
何故かホッとしているように見えるアクリア。今日発覚したことだが、彼女は中々に感情の起伏が激しいのかもしれない。
「だが、それでも俺はこの魔石を受け取るわけには…」
「文句は言わせないって、さっき前以て確認したはずだが?」
「あ、あれはリザードキングの魔石の方だよ!ハイリザードマンの魔石は入ってないっ」
「とにかくもう決定」
カイトとの話はいつまでたっても平行線をたどりそうだったので、半ば無理矢理そう言って、その事を打ち切りにしてしまう天。
「カイト。天様のものを天様がどのようにしようと、それは天様の自由です」
そんな天の考えを察してか、アクリアも彼の言葉に続いて、正論で相槌を打つ。
「うっ…し、しかしだね兄さん」
「わかってるよ、本来こういうことをするのはよくない。だから『タダ』でやるのはこれっきりだ」
まだ心の何処かで納得できないふうなカイトに、なだめるような口調で話しかける天。
「次からは買ってもらう。今二人に渡した魔石は、それに先駆けての先行投資と受け止めてほしい」
「先行投資?」
「…でございますか?」
「そう、先行投資だ。詳しくはおいおい話す」
「天兄〜、連絡が取れたのです!」
天達三人の話し合いがあらかた決着したタイミングで、リナが見計らったように、動力車の窓から顔を出して天へと声をかける。
「シャロンヌさん、思ってたより近くまで来てるのです。動力車で迎えに行けば、多分10分もかからない距離なの!」
「そうか」
わずかに穏やかな笑みを浮かべたまま、リナの方へ振り向いて軽い足取りで動力車に歩み寄る天。迷わず助手席のドアに手を掛けるところから、彼の人間性が伺えると言えなくもない。
「では…早速、女帝殿をお迎えにあがろう」
天が動力車の助手席に乗り込みながら芝居がかった口上を述べると、リナは嬉しそうに声を上げて返事をする。
「がってん承知なの!!」
天に勢いよく敬礼した後、動力車のエンジンをかけるリナ。不意にバックミラーを見ると、外でまだ立ったまま動かずにいるカイトとアクリアが映っていた。
「カイトさ〜ん、アクさ〜ん!すぐに出発するから早く乗ってほしいのです」
「「ビクッ!」」
リナに呼びかけられた直後、どういうわけか顔を青ざめさせて、身体が硬直してしまうカイトとアクリア。
「…わ…かった」
「か、かしこまりました…」
二人ともかろうじて返事をすることはできたが、未だ足は竦んだままで、脳から『動け』という信号が送られてこない。
「「………」」
『つい最近、今の会話と似たような事があった』二人の脳裏にはある後悔の念が過る。図らずもカイトとアクリアは、同じ悔恨の記憶が蘇った故に、金縛りになってしまったのだ。
「お〜い」
「「ッ!」」
だが、二人の恐怖心からくるその拘束は、長くは続かなかった。
「二人とも早くこい。お前等がいないと始まんねえだろ」
「……あ、ああ!!すまない、今いく!!」
「ただちに!直ちに参ります!!」
カイトの相棒でありアクリアの意中の人物でもある男の言葉で、彼等の束縛は一瞬にして解けてしまっていた。
タッタッタッタッ…
スキップするような軽やかな足取りで動力車へと駆け寄るカイトとアクリア。其処には深い自責の念から解放された男と女の姿があった。10日前に己の未熟さからくる八つ当たりの結果、大切な仲間を追い込んでしまった事を悔やみ続けていた彼等は、ようやくその戒めの楔を取り除くことができたのだ。
《俺達はここがスタートラインだな》
抑えられない気持ちを誰かに伝えたかったのか、カイトは自然とアクリアに念話を飛ばしていた。
《ええ。天様も幾度となく気に病むなとおっしゃっておりましたし、この際は一度のお手つきは大目に見てもらいましょう!》
アクリアもカイトと同じ心境だったのか、普段の彼女から考えにくい軽口で、瞬時に念話での返事をする。
《…本当に逞しくなったね君は》
《恋する女は、何事にも強くあらねばならないのです!》
《それなら、あえて言わせてもらうが?君が今日やらかしたお手つきは、一度や二度なんかじゃきかないから、よく肝に銘じておいてくれ》
《うっ…最近のカイトは、少々意地が悪いと思います…》
《甘やかしてばかりじゃ、君がいつまでたっても一人前のレディになれないからね?愛の鞭と受け取ってほしい》
《まあっ》
動力車のドアに手を添えながら、可愛いらしく頬を膨らませ、ジト目でカイトを睨むアクリア。一方、カイトはその視線を完全に無視して、さっさと動力車の後部座席のドアを開けていた。
《何はともあれ、俺達二人にはもう一片の迷いもない》
《はい。二度と同じ過ちを繰り返さぬよう、日々精進しなければなりませんね》
そして『二度と同じ悲劇を起こすわけにはいかない』動力車のドアを開け、中に乗り込もうとした時に見せた若者二人の背中からは、そんな決意がひしひしと伝わってきた。
「ではでは、いざ出陣なの!!」
全員が動力車に乗ったのを確認すると、うずうずしてもう待ちきれないと言わんばかりにアクセルを思いきり踏むリナ。
ブルルルルーー…
…さあ、おっさん以外のSランク冒険士と、初顔合わせといこうか…。
助手席の窓から青く澄み切った春の空を仰ぎ、天はこれから始まるであろう熾烈な戦火の兆しを感じとりながら、武者震いから我知らず笑みをこぼすのであった。




