第48話 黒幕
「しょうがないのです…カイトさん、『アレ』やるからアクさんを地面に寝かせてほしいのです」
「…てん…ひゃま〜…ムニャ…」
リナは徐に手を前に出し、未だ意識を取り戻さないアクリアの頭上へとかざした。
「状況が状況だしね…致し方ないな」
「お、おい二人とも…」
「大丈夫だし兄貴。アレは、冒険士の間じゃわりと一般的な気付けだから」
「ああ。ただ…アクリアがコレをされる側になるのはここ10年は記憶にないかな…」
「うへ…しあわ…へ…」
地面にアクリアを寝かせ、苦笑しながら疲れた目で彼女を見るカイト。
「…よし、生成完了なのです」
そんなこんなしてるうちに、リナの方の準備が整ったようだ。
「いい加減起きるのアクさん…《水玉》」
パシュンッ
リナの手のひらから発射された野球ボールほどの大きさはあろう水の塊が、寝ているアクリアの顔面に直撃する。
バシャッ!
「キャッ」
可愛い悲鳴の声を上げてアクリアが勢いよく状態を起こす。ちなみに、天は『あ〜、なるほど』と納得して苦笑いを浮かべていた。
「へ?あれ?わ、わたくしはいったい……」
「おはようアクリア…少し事情が変わってね?君が目を覚ますまで待っていられなくなった」
カイトが深刻な面持ちでアクリアに近づき、いまだ寝起きの混乱から立ち直れない彼女の前で腰を下ろした。
「事は一刻を争う…」
余裕など欠片も感じさせない真剣な眼差しで、彼はアクリアを直視する。
「カイ…ト?」
虚ろな瞳を瞬かせて、水に濡れた青い髪はいっそう彼女を神秘的に着飾る。頭髪から滴り落ちる雫、湿った透き通るような白い肌は、朝の日差しを浴びてより神々しい光沢を帯びていた。
「これから君に話す案件は途方もない事柄であり、シスト会長から“零支部“への依頼内容でもある。気を確かに持って聞いてほしい…」
並の男子、はたまた同性である女子であったとしても、今のアクリアを視界に捉えてしまったら、あまりの神々しい美しさの衝撃で言葉を失ってしまうだろう。しかし、そんな美の化身を目の前にしてもカイトは眉ひとつ動かさず、重要事項を簡潔にアクリアへと言い放つ。
「アリス姫が、昨朝、世話役の侍女数名とともに…何者かに攫われた」
「…ぇ…え……アリスが!!!そ、それは誠ですか!!」
元々、アクリアは目覚めがいい。なおかつ頭の切り替えも早く判断力も高いため、寝起きにも関わらず、即座にカイトが口にした内容の深刻さを理解した。
「ど、どうすれば…わたくし…わたくしはどうすれば…」
「アクリア…よく聞いてくれ。いいかいアクリア?」
必要以上に彼女の名前を呼び、狼狽えて気を動転させかかっていたアクリアの肩に手を置くカイト。彼はアクリアを落ち着かせるように力強く頷く。
「奴等の手に落ちてしまった王女、およびその世話役の侍女達の奪還依頼を、兄さんを通して…俺達、零支部の特異課が正式に受け持つことになった」
「ま、またふたたび…あの、あのような!!」
「落ち着くんだアクリア!」
「ビクッ……申し訳…ありません…」
「…差し当たっては、シャロンヌさんもこちらに合流して事に当たるそうだ」
「…承知…いたしました」
入れ込み気味だったアクリアの気勢が、まだ多少の強張りはあるにしろ徐々に鎮まっていく。
…カイトに先に話したのは正解だったな…。
その様子を近くで見守っていた天も、そっと安堵の息をついた。
〜5分前〜
「悪い。いい加減おっさんからの要件に移らんとマズイから、先にカイト達にだけでも依頼内容を伝えておきたい」
パッ
少し焦り気味に天が公言すると、今の今までスッポンみたいに彼にくっついて離れなかったリナが、すぐさま体を離して天に満ち足りた笑顔で敬礼する。
「了解なのです!!」
リナは非常に賢い女だ。加えて引き際を心得ている。可愛らしい我儘を言うことはあれど、天を困らせたり嫌がる様な行動は絶対にとらない。あくまで自らの主人である天には、従順で気の利く妹分に徹することを心がけている。
「ぼ、僕は町の方に退散してるし…」
裏の仕事と耳にして、そそくさとこの場から離れようとするシロナ。ある意味、彼女も自分が危ない橋を渡らないよう徹することを心がけていると言える。
「待てキツ坊…お前も聞くだけ聞いてけ」
「ヒェ!?」
足早に立ち去ろうとするシロナを呼び止める天。予想だにしなかった自分への招集に、思わず声を裏返してシロナは驚いてしまう。
「ちょ、待ってよ兄貴!!僕は、裏の仕事にはかかわるつもりないし!!」
驚いたと同時に、シロナは当然の如く天に反発する。
「…た、たしかに最初にアンタに会った時…『ついてく』って言ったは言ったけどさ!?で、でも…やっぱり僕はまだ!」
「早合点すんな。もちろんお前は今回も留守番で構わん。俺は基本的に無理強いと言うやつが嫌いだからな」
シロナの逃げ口上を最後まで待たずに、天は先早に誤解だと彼女に伝えた。そのあまりに真剣な天の姿に、シロナは恐る恐る踵を返して訊ねる。
「じゃ、じゃあなんで…」
「自分の身近に危機が迫っているとあらかじめ情報があれば、その危険への警戒心や回避率が段違いだからだ」
「正論なのです。前以て情報があるかないかで生存率が大幅に差が出るのは、あたし達、冒険士の常識なの」
地震がくると事前にわかっているかいないかでは、その災害に対しての危険回避、警戒心が天と地ほどの違いがでるのは至極当然のことである。天があえて自分の言葉を曲げて、仕事への参加を拒否したシロナに事の詳細を教えると言ったのは、ひとえに仲間の身を案じているからこそなのだ。
「見方を変えれば、それほどの案件ということなんだね?会長の依頼というのは…」
意識を失ったままのアクリアを抱き抱えながら、カイトは顔を上げて天を真摯に見つめていた。天は彼からのそんな問いかけに一つ頷く。
「そういうことだ」
「望むところなのです!」
「ああ、結束を固めた俺達、零支部の力で…必ずやシスト会長の信頼に応えて見せよう!」
…零支部?察するに鉱山町新支部の名前か?ふむ、なかなかいいネーミングだ…。
などと緊張感のないことを一瞬考えるも、すぐに仕事モードに戻り、天は目を見開いて語気に気迫を込めた。
「では『シスト殿』からの緊急の依頼を伝えさせてもらう!」
「ゴク…」
「ランド王国王女アリス姫、ならびに世話役の侍女数名が、何者かの手により攫われた。時間帯は、ちょうど昨日の今頃だそうだ」
「なっ!!」
「うっ…わ〜、想像よりもさらにエグくて、正直ドン引きだし…」
「…ゾクゾクするの」
驚愕して思わず立ち上がるカイト。シロナとリナの方はそれぞれが対照的な反応を見せる。一方、天はというのと…
「シスト会長から俺達への依頼、それは…」
仲間達の反応など歯牙にもかけずに、しっかりと前だけを見据えていた。
「攫われてしまったアリス姫、およびお付きの侍女達を、一刻も早く賊の手から”奪還”することだ!!」
天の姿勢は、依頼内容の説明などという軽い気構えではない。決意表明、まさにそう言った言葉が似合う風貌で、彼は自分の口上を高らかに締めくくり、自身の拳を強く握りしめた。
「……当然のことだが、これは全身全霊をかけて望まなければならないな。…11年前と同じ悲劇を…二度と繰り返させるわけにはいかない!!」
「こんなことを言うと不謹慎かもですが、超燃えてきたの…」
男の熱にあてられたか、並々ならぬ気迫を漲らせる冒険士が、ここに約二名。
ムヮ…
朝方の肌寒い山の空気が一変する。天、カイト、リナの放つ熱情に当てられ、その涼風が、熱を帯びた暑さへと変貌しているかのようであった。
「アクリア、昨日の今頃というと…たしか…」
「はい。リスナ…様が議長をお務めなされる、半年に一度の『魔導発明品評会』が、ランド大聖館で執り行われていた時分です…」
「ああ、しかもその時間帯だとまだグラスもランドへの帰路の途中だったはずだ。ぐうぜん…のわけがないね」
「狙われたと考えるのが妥当でしょう…。噂によると、『アレックス』もここ最近、王宮にはほとんど戻らず、外交ばかりに力を入れているとの話ですから…」
「「「………」」」
アクリアが平常心を取り戻した途端、自分達をそっちのけで事件の推論を行うカイトとアクリアに対し、天とリナとシロナは少しばかりしらけた視線を二人へ向けていた。
「くそ!なら王宮は手薄もいいところじゃないか…」
「何故…いつもあの男の方が無事で、他の者が犠牲にならねばならないのです…」
「…今の君の言葉…聞かなかった事にさせてもらうよ」
二人は天達から僅かながらの距離をとり、いまだ自分達だけのミーティングに夢中である。
…なんだかな〜、あの二人だけ離れ小島にいるみたいなこの状況…色んな意味で悪い流れだ…。
天達三人から距離を空けたと言っても、その幅は3メートルあるかないか。しかも、わりと話し声は大きいので、メンバー全員での会話と取れなくもないが…
「なんか…疎外感を感じるのです」
「てか、僕いらなくね?じゃ、天の兄貴から聞くこと聞いたし、僕はもう町の方に退散するし」
案の定どっちらけの態度をとるアクリア以外の女性陣二名。
「ちょい待っとけ狐。あの二人をこのまま放置したら、俺達三人はそのままモブにされかねんぞ?」
「言えてるのです」
「僕はモブでいいし!てか、モブがいいし!!」
「嘘をつけ。例えばだが、もしこのチームで劇とかやることになったとして、お前は…『僕、ヒロインがいいし』とか言って、どう考えてもアクの方が適任なのに、自分の主張を押し通すKYの勇者だろうが」
「違いないのです!大分前なのですが、天兄が今言ったようなことがあったのです!確かあの時は、大失敗したキツ坊が大恥をかいて…」
「あーー、あーー!!やめて〜〜!!リナ!お願いだからあの時のことは絶対に言わないでよ!てか、なんであそこからその話に繋がんの!?マジありえないし!!」
「文句ならあっちの主演級の二人に言え。『いつになったら僕等に役をまわしてくれるんですか?』って」
「天兄、上手いのです!ま、あたし的にはこのまま天兄とコンビでも全然いいの!」
「ふむ…それもありっちゃありだな」
「ワォ〜ン!本人からのお許しをいただいたのです!!これで、あとはカイトさんとアクさんからの許可がもらえたら…晴れてあたしだけが天兄を独占できるの!!」
「……え?ええ!!」
「お、おいちょっと待ってくれ!」
いつの間にかカイトとアクリアは天のすぐ側まで近寄ってきていた。
「そそ、それは容認できません!!な、何があっても認められませんよリナさん!!」
「ああ!!悪いが、俺は兄さんの相棒の座をやすやすと譲る気はないよ!!」
アリス王女の案件とはまた違った焦りの色を表情に混ぜ、両名ともにリナの提案に猛抗議する。
「それなら、二人だけで話してないで…あたし達も仲間に入れてほしいのです!!」
やっと自分達の方に来て対話をしたカイトとアクリアに、今度はリナの方が彼等に猛然と不平をぶつける。
「どうして二人だけで話し合いをするのです!あたし達は仲間じゃないのですか!?」
『もう遠慮なんてしない』リナの顔にはそう書いてあった。お互い対等の仲間だと認めたからこそ、彼女はカイトとアクリアの振る舞いに腹を立てたのだ。
「リナに一票」
「「うっ……」」
すかさず天がリナに相槌を入れると、カイトとアクリアは気まずそうに視線を泳がせた。
「多分、今回の会長からの依頼内容は、二人のトップシークレットが絡む事情みたいなのですが……だったら、伏せるなり要所要所で誤魔化すなりすればいいのです!!」
「俺もそう思う」
「珍しいし、カイトさんとアクさんが揃ってリナに怒られるなんて…」
「「………」」
「せっかく…せっかく天兄がこのチームの縁を底上げをしてくれたのに…超台無しなの!!」
指を差しながらカイトとアクリアへ異議を申し立てるリナ。其れを受けて、二人は即座に自らの非を認め、俺達に謝罪の言葉をもらす。
「…申し訳ありません……」
「すまない…。確かにリナの言うとおりだね…」
とても申し訳なさそうな顔で彼等は肩を落としていた。
「二人が本気で訊かれたくないことなら、天兄とあたしは絶対にその事には触れないのです!!だから…もうちょっとあたし達のことを信じてほしいの!!」
「リナにもう一票!」
「兄貴の分の票はもうないし」
「リナ、さっきの狐の失敗談…あとで詳しく聞かせてくれ」
「了解なのです!」
「ちょ、え!?ご、ごめんだし!それだけはカンベンだし!!」
「まあ、冗談はさておき」
首だけやや振り向き、リナに怒られて縮こまっているカイトとアクリアに視線を向ける天。
「よ…っと」
自分達の方に近づいたとは言っても、カイト達と天達の間にはまだ若干のゆとりがあった。そのわだかまりを完全に無くすかのように、天はこともなげに二人に歩み寄る。
「なあ、カイト、アク…」
彼は普段通りの感情が伺いにくい能面顔ではあったが。其の実、表情とは裏腹にとても柔らかい口調で自分の目の前に立っている仲間二人に声をかける。
「実はな…俺、フィナ様にお前らがかかえてる“闇”の一部を聞いちまったんだ」
「「…ッ!」」
天がそう告げると。瞬間、あからさまに顔を強張らせるカイトとアクリア。
「悪い…。女神様が勝手に言ったこととはいえ、お前らの大体の事情は把握しちまった」
「天様でしたら……構いません!!」
「ああ。どのみち兄さんには…遅かれ早かれ全て打ち明けようと思っていたからね」
そう言ったカイトとアクリアの瞳には、強い決意の光が灯っていた。
「すまんな。いや、俺もいきなりフィナ様がお前らのことを語り出した時は、正直言って面食らっちまった…」
さりげなく女神を盾にして責任逃れをしているところは、彼の人間らしさが垣間見えると言えなくもない。
…実際、フィナが先にこの話をふったのは事実。嘘はついてない…。
胸の内で、健かに自分の言葉を正当化させる天。
「だが同時に、色々と重要なネタも仕入れてきた。なんせ情報元が神様だからな?二人の抱える問題を、必ずなんらかの形で進展させるものだと断言できる」
「「コク…」」
天が神妙な面持ちでカイトとアクリアを見ると、二人も天に応えるかのように神妙な顔つきで小さく頷いた。どうやら双方ともに腹は決まったようだ。
「キツ坊…やっぱりあたし達は少し席を外した方がいいかもなのです」
側で天とアクリア達の会話を聞いていたリナは、流石に其処まで込み入った事情を聞くのは親しい仲間でもマナー違反と、咄嗟に空気を読んで気を配るが…
「…いいえ、その必要はございません。良い機会ですので、お二人さえよろしければ…ともに私達の事情を聞いてはいただけませんか?」
「アクリアがそう言うなら、俺からは何もないよ」
一片の躊躇いもなく、すんなりとリナとシロナの同席を認めるアクリアとカイト。
「謹んで聞かせていただくのです。それと『シロナ』…わかってると思うのですが…」
「わざわざ名前を呼んでマジになんなくてもわかってるよ、兄貴がこれから喋ることは誰にも言わないし変な詮索もしない…」
「それならいいの…」
ついこの間までは、冒険士で同じチームを組んでいるということを除外すれば、上辺だけの付き合いを抜け切れていない程度の関係であった四人。だが、このチームの癌であった剛士が抜け、天が加わったことにより、カイト達四人は真の信頼関係を築き上げ、彼等のそれは確固たるものに成ったと言えるだろう。
「リナは僕のことなめすぎ!僕等だって、昔の事で掘り起こされたくないことメッチャあるのは一緒だし!そんなこと、ちゃんと確認取らなくても平気だし!!」
文句を言いながらそっぽを向いて機嫌が悪そうにむくれるシロナ。
「悪かったの…一応、釘をさしておいただけなのです」
シロナのこの態度を見て、リナも少なからず悪いと思ったのか、軽いながらも素直に彼女へ謝罪の念を示した。直後、リナは天に向かって声を張り上げる。
「天兄!話を遮っちゃってごめんなのです!もう邪魔しないから続きお願いなの!!」
そう言って、天にゴーサインを送るリナ。
…あれ?何この流れ?俺、知ってること全部喋っちゃっていいわけ?…。
どういうわけか、自分がアクリアとカイトの諸事情を全て打ち明ける体で話が進んでおり。其処まで突っ込んだ内容を今ここで口にするつもりがなかった彼は、少なからず気後れしてしまう。
…まあ、カイトが言ったようにアクが構わないならいいけど…。
だがそこは天、持ち前のふてぶてしさで瞬時にその考えを切り捨てる。
「これから俺が言うことは、正直無神経なことかもしれないから…二人が気分を害するような内容だったらすぐに止めてくれ」
まず天は、仲間内とはいえ触れられたくない場所に土足で踏み込もうとしている己の非礼を詫び、同時に断りも入れる。
「それと、これから俺が語る昔話は、神様御自身が語ったもの。つまりは一言一句、実際に起った物語だ。多少二人の持っている情報と食い違うかもしれんが、こっちが真実と受けとってほしい」
「「……コク」」
再度頷く両名。それから静かに目を閉じる二人。瞬く間に天の語り部に耳を傾ける姿勢になっていた。
「フゥ……俺がフィナ様から教えてもらった昔話は、己の身を犠牲にして家族を救った英雄王妃と、その王妃の犠牲、覚悟を無駄にした呆れるほど気弱で愚かな屑王…」
…ピリ、ピリピリ
「そして、何の罪も犯していないにも拘らず、不当な扱いを受けて王室を追われた…麗しの姫君の話だ」
「「…フルフル」」
天の言葉、語り口調からは明らかに憤りが見てとれた。激情を滲ませる彼の有様を受けて。全神経を集中して天の話を拝聴していたカイトとアクリアの肩がわずかに震える。
「…天様…ありがとう…ございます」
「…ありがとう…ありがとう兄さん…」
だが、それは天の怒気に当てられて萎縮したのではない。彼が自分達の諸事情を聞いて自身の事のように怒ってくれていることに対し、少なくない感動を覚えたからだ。
「11年前、世界に邪な者達が二匹の邪竜を放った…」
そんな二人の心境を知ってか知らずかはわからないが、天は能面顔で淡々と語り出した。彼等二人の抱えている闇を孕んだ物語を。
「二匹の竜は英雄達の活躍でなんとか倒すことができたが、その間に邪の者達の真の目的は達成されてしまっていた…」
無駄だと感じた部分はすべて切り捨て、フィナが語ったように、アクリアやカイト、クリアナの名前を直接使わず、あくまで『青い髪の麗しの姫』『英知の英雄王妃』『屑王』『害虫側近』などの隠語を用いて。
〜10分後〜
「……以上が、俺が女神様から授けられた情報であり、11年前に起こった悲劇だ」
シーン
「「「………」」」
「……お母様…」
皆は呆然としていた。それは当事者であるはずのカイトも同じである。しかし、やはりアクリアだけは目にうっすらと涙を浮かべ、何かを必死に堪えている様子であった。それから数秒ほどの沈黙が流れた後、不意にリナが眉間にしわを寄せて発言した。
「…そのゴミ王に集ってる害虫、間違いなく黒なのです」
「…やっぱリナもそう思うか?」
「はいなのです」
…やはりリナは察しがいいな。しかも、最初にそこに目がいくところが鋭い…。
リナのその発言に素直に感心する天。そして、彼は頷きながら彼女の意見に同調するように答える。
「俺もそう思ってな?すぐに女神様に真意を確かめた」
「さすが天兄なの…」
「結果を…聞いてもいい…かな…」
親の仇のことを訊ねるかのような面持ちで、カイトは重々しく口を開いた。その様は、爽やかな彼には似つかわしくないほどのどす黒い思念が見え隠れしていた。
…カイト、お前の心境…俺にも少なからず理解できるぞ…。
友への情が深い天もまた、カイトほどではないにしろ、それに近い感情をその側近に抱いていた。
「天様…お訊かせいただけますか…」
凄惨な過去を振り返ることとなり、今にも啼泣してしまいそうだったアクリアも、母親への辛い想いを押し込めて真実の検証に加わってきた。
「結果だけ言えば『答えてもらえなかった』なんだが…」
「そう…か。女神様は…やはり真実は自分自身で導きださなければならないと、そうおっしゃられていたんだね…」
「いや、女神様はそんなにけち臭くないぞ?」
落胆するカイトの言葉を天は真っ向から否定する。それから彼は、女神との言葉遊びで得た情報を得意げに言葉を濁らせて皆に教えた。
「答えてもらえなかったが答えなんだよ」
「…?言っている意味がよくわからないんだが…とんちじゃないよな?」
「いやな?フィナ様が教えられるのは、自分達が管理している人型の情報だけらしいんだよ」
「ッ!わかったのです!!天兄が何を言いたいのか!!」
いち早く答えに辿り着いたリナは、思わず身を乗り出す。彼女のその反応を見て、天もニヤリとほくそ笑む。
「そう言うことだ。女神様が情報を答えられない人種ってことは、必然的に三柱様の加護の外…人型以外の人種ってことになる。つまりは…」
「邪教徒…」
天の言葉を憎々しげに紡ぐカイト。
「そうだったのか…“あの男“の所為で、アクリアやクリアナ様は!」
「あの男ってことは、心当たりがあるんだな?」
「ああ…この国の現在の王を支持する有力者なんて、王室内では数えるほどしかいないからね。それが11年前からとなると、やつ一人しかいない!」
「…ようやく……漸くたどり着いたのですね…」
皇女の全身からは冷気にも似た殺気が滲み出ていた。彼女は溢れんばかりの殺意を込めて口にする。今回の誘拐事件、及び11年前に起きた事件の主犯格であろう人物の名を。
「ランド王国宰相…“ゴズンド“」
背筋が凍りつくような聲であった。サファイアを思わせるアクリアの瞳の奥には、危険な色が宿り、蒼き怨みの炎が燃え広がる。
「あ〜〜!!やっぱしどう考えてもおかしいし!」
狂気に満ちた憤怒を纏い、アクリアが自我を失いかけたその時であった。
「なんでそんなに頭がいい英雄姉妹が、ノミみたいなヘタレ王子のこと好きになんの?マジありえないし!」
天が話し終えてから、今まで一言も口にせずにまるで会話に入ってこなかったシロナが、突然、堰を切ったように喋り始めた。
「僕も男は見た目重視で決めてるけどさ?いくらイケメンでもそこまで頼りになんないのは勘弁だし!」
何やら不満ともとれる独り言を延々と喋り続ける彼女。
「あ、でも、王様ってことは玉の輿もついてくんだよね?それなら我慢できるかも!」
「…参考までに言っておくが、その英雄姉妹は頭に超がつくほどの資産家だ」
「え!マジっすか兄貴!?」
「…天兄の今の話をちゃんとに聞いてれば、大体は想像つくと思うのです。まあ、キツ坊じゃしょうがないの…」
「「コクコク」」
天がシロナの独り言にツッコミ。リナはシロナの察しの悪さに呆れ、カイトとアクリアはリナの意見を無言で頷きながら支持する。
…お、二人ともいつもの調子に戻ったみたいだな?結果オーライの気もするが、キツ坊にしてはいい仕事しやがる…。
気がつくと、狂気に囚われていたカイトとアクリアは普段の紳士淑女に戻っていた。落ち着きを取り戻した二人を見て、天は心の中で少しばかりの賞賛をシロナに送り、せめてもの気持ちにと、彼女にもわかるよう丁寧にリスナ達のことを説明する。
「彼女達姉妹は自らの発明品の数々により、人型の文明を大きく発展させ、その貢献度によって英雄となった」
「それはなんとなくわかるし」
「…….続ける」
…なんだかな〜、マリーさんの時も思ったが、なんで別の世界から来た俺が、この世界のことをこの世界の人型に教えてんだよ…。
色々と腑に落ちない点もあったが、其処は気にしたら負けと、天はシロナに解説を続けた。
「このことから、英知の英雄である二人の姉妹は、文明を発展させるほどの発明品の特許権をいくつも所有していると考えられる」
「特許権?」
…しまった!この世界にその権利があるとは限らないんだった…。
天がそう懸念していると、
「特許権っていうのは、新しい発見や発明に対して、発明者がその技術を公の場で公開する代わりに、代償や対価として利益を得たりその技術を独占する権利なのです」
リナがすぐさま補足を入れてくる。
…驚かせんな狐!ちゃんとにあんじゃねえかよ!…。
「ほえ〜、そんな権利あったんだし」
「常識なのです」
「常識だね」
「常識ですキツ坊さん」
「う…」
リナだけではなくカイトやアクリアにまで同じ言葉で指摘され、たじろぎ、後ずさるシロナ。
「で・だ。それに加え、神様から莫大な報奨金を受けとった姉妹の総資産は、推定だが軽く数千億から数兆を超える額になると予想される」
「ちょ、兆!!?ここ、個人の資産が!!?おかしいし!マジありえないし!!」
「おかしくないのです!あり得るのです!!というか『ドバイザー』の生みの親ならそれぐらい当然なの!!」
「「コクコク!」」
大きく首を縦に振るカイトとアクリア。
「じゃ、じゃあ、玉の輿はどっちかって言うと…」
「そうだ。どちらかと言えば、屑王の方がその英雄姉妹の『ヒモ』に近いと言える」
「ちょ…ちょーありえないし!!!ヒモの分際で女を見捨てるとかマジありえないし!!やっぱ絶対おかしいし!そんなすごい英雄姉妹が、そんなヘタレ王を好きになるなんて……本気でありえないし!!」
「…少し落ち着け」
「ハァ…ハァ…ありえないし…ハァ…マジありえないし…」
…『ありえない』って言いすぎだろ。まあ、概ね同意だがな…。
自分が起こした癇癪のせいで疲れたのか、息を荒くさせるシロナ。それでも、まだ『ありえない』という台詞を連呼する彼女の心情に、共感して嬉しいそうに表情を緩める天。見ると、カイト、アクリア、リナも天と似たような顔つきになっていた。
「気が合うなキツ坊?俺も、お前がありえないと連呼した事柄はこの世界の七不思議の一つだと認識している」
「こう言っちゃ悪いですが発明家って変わり者が多いのです。多分、知の英雄の王妃様達は、一般的な男の趣味も相当ズレてるのです」
「もしくは、ガキの頃の評価を勘違いしたまま愚王と結ばれちまったのかもしれん」
「はいなのです。じゃないと、そのゲテモノ好きは説明できないの」
「ハハハ、兄さんもリナも言うね?相手は一国の王と国の英雄だよ?だけど、失礼ながら俺も二人とシロナの考えには同感だよ」
「失礼などではありません!天様とリナさんとキツ坊さんがおっしゃられたことは…紛うことなき事実ですから!!」
一瞬、幼い子供のようにムキになった顔でその事を肯定したアクリアだったが、瞬時に自分を落ち着かせるように深呼吸をして、この場にいた全員に目を向ける。
「この場を借りて、皆様に改めてお願いさていただきます…」
皆が思わず見惚れてしまうような綺麗な所作であった。アクリアは見紛うことなき皇女の振る舞いを見せ、その場で美しいお辞儀をする。
「どうか…私の母と腹違いの妹を助け出す為…皆様のお力をお貸しくださいませんか?」
仰々しい口上で述べたのは、彼女の生まれもさることながら、この場にいた皆に対するアクリアからの敬意の表れだったのかもしれない。しかし、ここにいた五人の間柄で、其れはもう必要のないこと。
「まさか、その皆様の中に俺も含まれているのかな?だとしたら水臭いにもほどがある。君と俺とは一連托生なんだ…アクリアの望みは俺の望みだよ」
「カイト…」
「ほんとなのです!仲間の身内を助けるのなんて、言われなくても当然のことなの!!」
「リナさん…」
「ぼ、僕はガッツリはかかわれないけど…そ、それでもなにかしら力になるし!じゃないと、同じ女として気がすまないし!!」
「キツ坊さん…」
皆の言葉に目を潤ませ、感謝の念を強く抱くアクリア。そんな彼女に向け、天も自らの役割を堂々と表明する。
「俺はこのチームの“殲滅担当”。従って、仲間の闇を殲滅することは俺の役割であり、重大な責務でもある」
「天様…」
「おっさんがこの任務を俺達、零支部に一任してくれたことに…感謝せねばならんな」
ズズズン…
「…さあ、行動開始だ」
そう口にした彼の全身からは、凄まじいまでの闘気が放射される。そして、猛々しく天は鳴いた。
「争いの民の手中に落ちてしまったアクリアの母親と妹を救い出し!それらに関与した首謀者どもには相応の報いをくれてやろう……俺達のこの手で!!」
「「「オォーー!!!」」」
天の宣誓に応えるよう、他の者達も高らかに咆哮を上げる。これより、ランド王国第一王女アリス及び、11年前に行方知らずとなった英雄王妃クリアナを取り戻す、奪還戦の火蓋が切られるのであった。
〜 一方その頃、これから始まる奪還戦に加わるであろうもう一人の主要冒険士はというと 〜
《鉱山町方面の山際の入り口付近》
「……会長殿から知らされた行き先は、おそらくこの上で間違いないようだが…」
一人の美しい女性が、鉱山町及び、零支部の所在地である旧鉱山に続く山道を躊躇いがちに眺めていた。
「ここをいまから登るのか?」
絶世の美女と表現しても遜色のない美貌を魅せるその女性。出で立ちは実に軽装で、水着の様な服に太ももまで垂れ下がったマントといったものだ。
「…ランドの地理に詳しいカイトやリナ達のチームと連携をとるのはわかる。“花村天“という男が、対邪教徒との戦いにおいて、それなり以上の戦力となることも認めよう…」
山道を行き交う人々が彼女の横を通り過ぎる度に、その際立った美しさに目を奪われ、頻りに女性へと熱のこもった視線を向けていたが、見られている当人はいつものことのようにまるで気にも留めていない様子である。
「だがしかし…しかしだ!!」
フルフルと肩を震わせ、彼女は道の真ん中で腕を組んで仁王立ちしていた。表情は不機嫌そのものである。眼前の急勾配の山道を睨みつけ、何やら先程から文句を呟いているようであった。そして数分の睨めっこの後、ついに彼女の不満が爆発した。
「この緊急時に!この俺!Sランク冒険士である“シャロンヌ“が!!なぜ悠長に山登りなどせねばならんのだーー!!!」
『常夜の女帝』と呼ばれるSランク冒険士、シャロンヌの怒声が辺り一面に響き渡る。
「あのオヤジめ!おぼえていろよ…」
一頻り不平不満を吐き終え、最後にシストへの恨み言を唱えたのち、不本意ながらも目の前に続く山道へと歩み出すシャロンヌ。
「……それにしても」
何を思ったか、彼女は怪訝な顔で山を見上げ、山道の更に先を見据えるように、眼前に広がる広大な景色に目を向ける。
「なんなのだ…今しがた感じたとてつもないプレッシャーは?11年前に対峙したドラゴンの比ではない…あの様な凄まじい圧は、生まれて初めてだ…」
透き通るような湖を思わせる、彼女の深い翡翠色の瞳には、わずかながらの恐れの色が宿る。シャロンヌは背筋に冷たいものが走るのを感じた。
「この山の上に…一体何が居るというのだ…」
彼女はまだ知らない。自分のこれまでの人生…生き方すらも大きく変えてしまう“己の運命を背負う男“が、この道の先に待ち構えているということを。




