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第46話 本音

 《鉱山町方面の山際の入り口付近》


 その後、マリーと多少言葉を交わし、カイト達の居場所を教えて貰った俺は、当初の目的地を変更せず、鉱山町方面の麓まで来ていた。


「ここを登れば…」


 その場で足が止まってしまう。其処で俺は、鉱山町及び旧鉱山(・・・)に続く山道を躊躇(ためら)いがちに眺め、そわそわと落ち着かない素振りを見せていた。


 …マリーさんの話だと、この時間ならカイトとアクとリナは、新支部の打ち合わせをするために支部の建設地…旧鉱山にいるはず…らしいんだが…。


「10日ぶりなんだよな……」


 自身の体感では30時間も経ってはいない時間軸。しかし、実際にこちらでは神域での10倍の時が過ぎており、彼等(カイトたち)の中では、実に10日間という時間が経過していた。


 …カイト達と初めて会ったのが12日前で、その内の丸々10日間は音信不通とか、もはや俺の顔なんてみんな覚えてないかもしれん…。


 ネガティヴな感情が俺を支配する。


「マリーさんが…あの場で俺が消えた理由をカイト達に説明してくれたらしいから、おそらく…その事であいつらに責められることはないと思うが…」


 …それでも、みんなと俺との温度差(・・・)には気をつけんとな…。


 自分が仲間だと思っていても、向こうの方はもう自分のことなど何とも思っていないかもしれない。仲間意識などとうに薄れている。その可能性の方が圧倒的に高いと思うと、どうしても眼前に続く道へと足を踏み出すことに尻込みしてしまう。


「……さっきもそうだったが……俺は、いつからこんな臆病になっちまったんだ?」


 ふと、以前の自分と今の自分を比べて、そんなことをぼやいてしまう。


「……いや、あの頃と今とでは色々と違い過ぎる…比較しても無意味だな…」


 …ちょっと前まで、俺には失うものなんて何もなかったからな…。


 けど今は違う。俺は空を仰いで、しみじみとそう思った。


「雲一つねえな…」


 …悩んでたって仕方がねえだろ。信用を失ったんならまた取り戻しゃいいじゃねえか…。


 春の蒼天を見上げながら、くすんでいた気持ちを吹き飛ばして頭を切り替える。


「……行くか!」


 タッ……ヒュン!


 思いきり地を蹴り、眼前に広がる広大な山道を()(のぼ)る。


「…今の俺なら2分もあればイケるな」


 新支部の所在地である旧鉱山まで、かなり急な山道を約6キロ。常人なら数時間、鍛えられた冒険士でも、急いで30分以上はかかるであろう急勾配を登りながら、飄々と言い放つ俺。


「ん?」


 走り始めてから1分ほど経っていたか、旧鉱山まで半分といった所まできた俺は、不意に、奇妙な気配を察知する。


 …あっちは…確か“廃僧院“がある方角だな…。


 それは、以前に俺が少しの間 根城(せいかつ)にしていた場所。既に使われなくなった廃墟の僧院の方から漂ってきていた。


「それにしても妙な気配だ…」


 …つかみどころがないというか…。


 その気配は、先ほど感知した魔物のような気配でもなければ、人型のものともまた違う、今迄に感じたことのない異質なものであった。


「まあ…いいか?」


 感じたのも一瞬だったので、この()は、その奇妙な違和感を無視することにした。


「…もうそろそろだ」


 そこから更に数十秒全力で走り。ついに俺は、みんながいるであろう旧鉱山の跡地まで辿り着いた。


「こ、この中にカイト達がいるんだよな……ゴクッ」


 自分の体感では1日振りなのだが、実際は10日振りになる仲間との対面。頭を切り替えると言っても不安を全て取り除くことなど不可能であり、正直かなり緊張していた。


 ドックン…ド、ド、ド、ドク、ドク…


 (たちま)ち心拍数が上がり、挙動不審者のようにその場をウロウロする俺。


「…あいつらに会ったら…一番最初になんて言えば……」


 …『ただいまみんな!』…。


「……違うな。知り合って2日の仲でその距離感はおかしい…だいいち、なんか俺のキャラじゃないしソレ…」


 …じゃあ…『よっ、久しぶり!早速みんなに次の仕事を持ってきたぞ』…。


「…10日目の朝帰りなのに何様だって感じだな……」


 …いや、仕事を持ってきたのは事実だが、もっとオブラートに包んでみんな…特にアクには慎重に説明しなければ…。


「う〜ん、なんてアクに伝えるか…」


 いつの間にか皆との再会の第一声から、シストに頼まれた案件の話を、カイトやアクリア達にどう切り出すかに本筋を変えていた自分。しかし、そんなことを考えたいたのも束の間…


「……出入り口…から……天兄さんの…匂いが…するのです!!」


「…其れは…誠でございますかリナさん!!」


「俺も…兄さんの声が…今微かに聞こえた…気がしたよ」


 …え、ちょ、ちょっと!まさかのあっちからくるパターン!!…。


 俺が、旧鉱山の出入り口の真ん前で思わず一時停止して、中に入るのを躊躇っていると、カイト、アクリア、リナの声が、鉱山の奥から聞こえてきたではないか。


 タッタッタッタ…


「と、10日ぶりに天様に会えるのですね!!」


「一番手はあたしのものなのです!」


「譲りませんリナさん!」


「…おいおい二人とも、そんな勢いで走っていったら兄さんが驚いてしまうよ」


 しかも、急いでこちらに向かってくるではないか。


 …や、ヤバい!まだプランを練っている最中だというのに!と、とにかく何か言わなければ…。


 アワアワと慌てふためきながらも、軽く身嗜みを整える俺。その間にも、リナとアクリアが鉱山の出入り口から急ぎ足で現れた。


 バッ


「天兄さん!!」


「天様!!」


「お、おはようございます皆様…ほ、本日はお日柄もよく…」


 結局、久々に再会した仲間への俺の第一声は、朝の挨拶を無駄に改まって言ってしまうというものだった。


「あ…おはようございます天様!」


「おはようなのです……って!なんで久々に会って!一発目がかしこまった朝の挨拶なのですか!」


「挨拶は大切だよリナ?…おはよう兄さん…久しぶりだね…」


 アクリアとリナに続き、それから間をおかずにカイトが出てくる。前の二人とは違い、とても落ち着いた物腰で彼は俺に笑いかけてくれた。


「は、はい…お久しぶりです皆さん……」


「チョッ!どうしちゃったのですか天兄さん!?」


「ハハ…リナじゃないけど、確かに今の兄さんは少し改まりすぎかな?いつの間にか敬語に戻っているしね?できれば前みたくフランクに接して欲しいかな…」


「カイトの言う通りでございます!天様!以前のように(わたくし)達に気さくに接して下さいませ!」


「え、あ…りょ、了解…」


「それが素っ気ないのです!」


 先ほどまでの俺の不安や心配事などどこ吹く風と、目一杯の親しみを込めて接してくれるカイトとアクリアとリナ。


「え?あ、ああ……すまん…」


 そのことにも少なからず面食らっていたのだが。それよりも、更に意識を奪われる光景が目に飛び込んできたので、咄嗟に俺は言葉が詰まってしまう。


「…カイト……アク?」


 彼等 ()人を凝視しながらポカンする俺。


 …アレってカイトとアクでいいんだよな?…。


 10日振りに再会したカイトとアクリアを見て、失礼ながらそんな疑問を覚えてしまった。だが、それは仕方のないことであると見逃して欲しい。


 …二人とも髪型(ヘアースタイル)変わりすぎだろ…。


 記憶にある二人の髪型と、今、俺の目の前にいる男性(カイト)女性(アクリア)の髪型が、あまりにも違いすぎるのだ。以前の面影なと微塵も感じさせないほどに。


 …なんというか…名門高校の強豪柔道部に属する、男子部員と女子部員みたいな髪型だな…。


 肩までかかっていたブロンドの髪が綺麗さっぱりなくなっているカイト。彼の頭は、坊主頭といっても差し支えがないほど短くなっていた。アクリアの方も、背中を覆い、腰まで伸びていた美しい青の長髪が、今では襟足すらないほどの短髪になっており、耳も完全に髪から出ている。そのスタイルは、まさにスポーツ女子のそれである。


 …でも、やっぱこの二人は別格だわ…。


 髪型が様変わりした二人を凝視したまま、俺は素直にそう思った。


 …すげえよな…これだけ髪を短くしても、容姿の方は長髪だった頃と比べてちっとも見劣りしとらんのだから…。


「あ、あの…天様?どうかなされましたか?」


 自分のことをましまじと見ていた俺に気づいたのか、アクリアはわずかに頬を赤らめ、恥ずかしそうにしていた。


「す、すまん!ちょっと気になって…あ、いや、なんでもないんだ!」


 俺に見つめられて顔を赤くするアクリアから、大慌てで視線を外す。


 …とにかく…二人に何かあったに違いない…。


 髪を極端に短くした二人を見て、咄嗟にそんなことを勘ぐってしまう。


 …二人とも失恋でもしたか?…ないない、この二人に限ってだけ言えば、そんな事態が起こることは稀もマレだろう…。


『一体何があったんだろ?』と、俺は気まずくしながらも、カイトとアクリアの髪型のことが気になって仕方がなかった。そんな俺の心境が伝わったのか、今の一連の流れを側で観察していたリナが…


「きっと、カイトさんとアクさんの髪型のことなのです。二人がヘアースタイルを急に変えたから、多分天兄さんは度肝を抜かれたのです」


 …相変わらず鋭いなこの娘!てか、いつも助け船の出し方が絶妙すぎだよあんた!あざっすリナさん!助かりました!…。


 心の中で、俺はリナにそっと感謝をした。


「え…ああ……これはだね兄さん…」


「チィ〜ッス…久しぶりだし天の兄貴…ファ〜〜……ねみぃ」


 カイトが自身の坊主頭を気恥ずかしそうにかいて、何かを俺に言おうとした時だった。カイト達三人から大分遅れて、シロナが大きな欠伸をしながらノロノロと歩いてきた。どうやら居たは居たらしい。


 ボキバキ…


「……ちょっとあの狐にヤキ入れてくるのです…」


 欠伸をして目をこするシロナを見て、目を据わらせて拳を鳴らし、ゆっくりと眠そうな狐に近くリナ。


「…リナさん……思う存分にどうぞ」


 そして、危険な雰囲気を醸し出すリナを止めるどころか、後押しをして見送るアクリア。彼女もまた、リナと同様に凄味のあるオーラを全身から滲ませていた。


「もしもやりすぎてしまわれても…私がキツ坊さんの回復をいたしますので……」


「了解なのですアクさん…」


 バキボキ…


「ま、待つしリナ!ちょっと昨日、夜遊びしちゃったから、寝起きで眠かっただけだし!」


「…安心するの狐…あたしが、いますぐ目の覚めるやつを…お前にたっぷりとお見舞いしてやるの…」


「そうですよキツ坊さん。安心してリナさんに身を委ねてください…」


「ち、ちっとも安心できないしそれ!!」


「お、おい二人とも!少し落ち着けって!」


 慌てて洒落にならない気配を発するリナとアクリアを制止するカイト。やはり、彼はこのチームのリーダーであり、一番の苦労人だと疑う余地はない。


 …何も変わってない…前と同じ調子だ…。


 いや、どことなくだが、みんなは俺が出会った当初よりも親しくなっているようにも見える。


 …何はともあれ…。


「良かった〜〜」


 押し寄せる安堵感からか。自分ではあまり意識せずに、安心した気持ちを口に出していた。


「全然よくないし!!」


「そっちじゃねえって…」


 …こいつも相変わらずだ…。


「なんというか…みんなに白い目で見られるんじゃないかと思って…今の今まで内心ハラハラしてたんだよ」


 思わず本音が出てしまう。


「あ〜〜、それで天兄さんは全然中に入ってこなかったのですか?匂いが出入り口で急に止まって…変だと思ってたのです」


「私達が天様へ白い目を向けるなどと…間違ってもございません!!何故そのようなことを心配なされたのですか!」


 苦笑いするリナと、少々機嫌を悪くして俺の考えに物申すアクリア、そして、どこか険が抜け落ちた表情をしているカイトをぐるりと見て…


「…いや…だってな?10日間も音信不通でいきなり帰ってきたって…『何を今更』とか『誰あんた』とか…みんなに言われるんじゃないかと思ったんだよ…」


 デカイ図体を縮こませ、俺は小声でボソボソとそう呟いた。自信なさげに縮こまる俺を見て、カイトが爽やかな笑みをつくり瞬時に励ましの言葉をかけてくれる。


「ハハハ、あり得ないよそんな事?兄さんの神隠しは仕方のないことだったんだから、責める方がどうかしてる」


「カイト…」


「そのとおりでございます!!天様があの時あの場から姿を消したことは、天様自身ではどうすることもできなかった事象なのですから!」


「はいなのです!マリーさんから天兄さんの失踪の訳は全部教えてもらってるのです!だから…天兄さんは何も気にすることなんてないのです!」


「アク…リナ…」


 …やっぱ、基本的にいい奴らなんだよな…こいつら…。


「それを理由に、貴方様に向ける想いを失い…あまつさえ見限(・・)るなどと……あろうはずがございません!!」


 真摯な眼差しで必死に俺へ訴えるアクリア。その様は、冷静な彼女とは思えぬほどの剣幕を帯びている。


「あ、ありがとう…」


 …随分と熱いんですけど…えっと、アクってこんなキャラだったっけ?いや、嬉しいんだけどね…。


 アクリアの熱量に若干後ずさるも、彼等の“気にするな“という言葉は、わずかに残っていた俺の中の不安を拭い去る。それは、俺にとっては素直に嬉しいことであった。


「あ、でも、僕はちょっとそう思ってたし。天の兄貴の顔って味が薄いから、ぶっちゃけさっきまでよく覚えてなかったし」


 皆が、俺を慰め元気づける言葉をかけてくれる中。空気の読めない狐が一匹。


「「「………」」」


 無言でシロナの方を向く俺以外の三人。もうこのチームのお決まりであろうシロナのボケ。だが、今回のは少しばかり彼女の癇に障ったらしく…


「……ついでに、今すぐあたいがお前のこれまで生きてきた記憶を消してやるの…」


 パキメキ…


 シロナにそう告げた彼女の拳は、血管が浮き出るほど固く握りしめられていた。


「ちょっとこっちにくるの狐…」


 シロナにそう告げた彼女の眼光は、先ほどよりもさらに危険な光を放っていた。


「ゲッ!ヤ、ヤバいし!あの狂犬のような目はリナのマジなやつだし!じょ、冗談だし!ほんのジョークだよリナ!!」


「…問答無用なの」


 ボキバキ…バキボキ…


 …マジで怒ってるなアレ。それにしても…リナもこんなに俺の味方をしてくれる()だったっけか?いや、気持ちは有難いんだけどさ…。


「キツ坊さん…貴女が私のことをお忘れになられても…私は、貴女のことを生涯忘れませんから…」


「俺もだよシロナ…骨は拾ってやるから安心してくれ」


 珍しく、カイトも女性陣二人にノっかった。流石に、今のシロナの発言には紳士である彼も思うところがあったのか。


「えっ!?カイトさんまでそっち!?ま、待つし!まさかコレ、本気にヤバいやつッスか!?」


「あ〜、キツ坊…俺は、お前のことはしばらくしたら忘れると思うけどな?リナも命までは取らないと思うからよ…今までのことを全て忘れても、新支部の(きつね)担当はお前だけだらな…」


「ぜん…っぜん!嬉しくね〜し!!てか、なにちょっと感動的にまとめようとしてんすか兄貴!この薄情者(・・・)!!」


 …そのセリフ、お前にだけは言われたくない…。


「…さて…みんな狐との別れの挨拶もすんだみたいなの…じゃ…ヤキ入れいくの!!」


 ダッ!


 目の錯覚だったのだろうか、一瞬リナの目がギラリと光った次の瞬間、彼女は宣言通りシロナに襲いかかった。


「ギャー!!ほ、本当にきたし!!」


 バッ!


 ヒラリと身をかわし、顔を青ざめさて逃げるシロナ。


「待つのです狐!いまだったら、特別に10才ぐらいまでの記憶はとっておいてやるの!」


「そんな微調整できるわけないし!ぜ、絶対逃げ切ってやるし!!」


 逃げ惑う(シロナ)とそれを追う番犬(リナ)。その二人の様子は、まるで狩りの真っ最中の野生動物である。


 …イイやつ3発ぐらい顔面に入れられてから止めてやるか…。


 しばらく見物してから止めに入ろう。流暢にそんなことを考えていると、カイトとアクリアが何やらボソボソと話しをしてこちらに近づいてくる。


「……アクリア…今がチャンスかもしれない…」


「…そうかもしれませんね……それに、こういうことはできる限り早い方がいいですし…」


「…ああ…」


 …ん?どうしたんだ二人とも?…。


 俺の方に近づいてくるカイトとアクリアを目の端で捉えると、気の所為か、二人はいつになく真剣な表情をしているふうにも思えた。


「兄さん、俺達は…貴方に言っておかなければならないことがあるんだ…」


「…天様、私とカイトは…どうしても貴方様にお伝えしておかねばならない…大切なお話がございます…」


 その真剣な表情のまま深刻そうに口を開き、俺の前に立つ両名。


「…な、なんでしょうか?」


 途端に俺の中で緊張感が走る。二人の言葉と表情の重さに、瞬時に身構えて敬語になってしまった。


 …俺なんかやらかした?二人ともメッチャ難しい顔してるんだけど…なんかやっちゃったかオレ?…。


 頭をフル回転させ、必死に俺は思い当たる節を探すも、答えはまったく出てこなかった。


 …何をやらかしたんだよ俺は…。


 重苦しい緊張が走る中、いきなり目の前にいたカイトとアクリアが姿勢を正し、勢いよく俺に頭を下げる。


「すまない兄さん!!」


「天様、誠に申し訳ございません!!」


「………ん?」


 目の前で深く頭を下げて謝罪をする二人を見下ろし、俺は、少しの間フリーズする。


「……………んん?」


 …え?何これ?なんでカイトとアクリアが俺に思い切り謝ってんの?ま、まさか…二人とも俺が預けてたお金を使い込んだとかか?…。


「…いや…それは無いだろ…」


 (シロナ)じゃあるまいし、この二人に限ってそれはあり得ないだろうと、即座にその可能性を捨てる。


 …じゃあ…。


 他にも何かあったかと考えるも、思い当たることは一つも出てこない。


「…よくわからんが、とりあえず顔を上げてくれ…話はそれからだ」


 深く頭を下げた状態から一向に顔を上げようとしない二人を見て、どうにも居心地が悪くなった俺は、彼等にもう十分だと促す。


「「…………………」」


 カイト、アクリアが謝意を表し、無言のままで10秒ほどの時間が経過する。その後、わずかに躊躇いを見せる仕草をとり、二人は渋々と顔を上げた。


「…まず初めに、シスト会長からリザードキング討伐の依頼を受けた時……兄さんに酷い物言いをしてしまった事について詫びたいんだ…」


「あの時は……本当に申し訳ありませんでした!!」


 顔を上げたばかりだというのに、カイトとアクリアはそう言って、またすぐに俺に頭を下げてしまう。


「あ、あ〜…あのことか?」


 …な、なんだよあの事かよ…。


 想像していた懸念が外れ、ほっと胸をなでおろしたものの…


「あの時、俺は兄さんの気持ちも考えずに…八つ当たりに近い感情で貴方(あなた)を責め…兄さんに酷い事を言ってしまった…」


「…私もです。『思いやりがない』などと…間違っても天様には当てはまらない言葉で貴方様を蔑み、あまつさえ…もっと自分達を“信頼“して欲しいなどとぬけぬけと…」


「………えっと…」


 …なんか異様に重いんですけど…。


 二人のガチ謝りは、思いのほか胃の奥にずっしりとくものであった。


「お、おいおい待てよ二人とも…」


 二人のあまりの自責っぷりにたじろぎながらも、なんとかフォローしようと言葉をかける。


「あんときのカイトやアクの怒りは(もっと)もなものだと思うぞ?それぐらい…あの時の俺は、お前等二人とマリーさんに失礼な態度を取ってしまっていたと思うし…」


「…それは違うよ兄さん。…なにより、俺は…貴方にあんな事を言う資格なんて最初からないんだ…」


 辛そうな顔をして唇を噛みしめるカイト。彼のその面持ちは、自分を責めているようにしか見えない。


 …なんて(かお)をしてんだよ…。


 後悔の念と俺への申し訳なさからか、二人の風貌はみるみる悲しみに包まれる。はっきり言って見ていられない。


「…実は……俺は兄さんを騙していたんだ…」


「カイト…何度も言いましたが、その伝え方は誤りです……正しくは“俺達“ですよ…」


 懺悔をするような有り様で、謝罪の念を全身から滲ませるカイトとアクリア。


「………」


 …まあ、色々と思い当たる節はあるが…とりあえず、黙って二人の言い分を聞かせてもらうか…。


 俺はしばし、二人のその罪の告白に黙って耳を傾けることにした。


「天様…私とカイトは……初めて天様とお会いした時…貴方様の力を利用せんと、天様のことを謀っておりました…」


「…実はね兄さん…俺達は、兄さんと会う以前から貴方のことを事前にシスト会長から知らされていたんだ……剛士の一件は関係なくね…」


「…はい…ですが、私達はそれにもかかわらず…その事実を貴方様に打ち明けませんでした…」


 …うん知ってた…。


「…兄さんへの印象を少しでも良くしようと思ったんだ。前以て兄さんの事を知らない(てい)で貴方に親切にすれば、俺達の印象はかなり兄さんの中で良くなると思ったから…」


「……心証を良くすれば、天様を…自分達の悲願のために利用することができるかもしれないと…私達は考えました…」


 …それは知らなかった…だが別に嫌ではない…。


「貴方の絶大な力があれば、俺達の長年の悲願を成就させる大きな足掛かりになるかもしれない……そう思ったんだ…」


「……はい、この方の力を借りれればと…そう強く願いました…」


 …いくらでも貸してやるぞ?そのために俺は、あんな軽い女神(フィナ)の機嫌を10日間もとってたんだし…。


「…俺とアクリアは…兄さんに近づいて…俺達とは無関係(・・・)な貴方を利用しようとしていた…」


「…自らの悲願を叶えるため、()()わりのないお()の力を借りようなどと…浅ましい限りでございます…」


「……ムッ」


 …おいおい…こりゃまた随分と他人行儀な言い方だな…。


 開始早々、アクリアとカイトの仰々しくよそよそしい口上を聞いて、俺は不快感が込み上げてくる。それは、彼等が言うように俺を騙したり利用しようとしていた事に対してではない。自分達の問題は俺にはまるで関係のない事柄。そう言われたことに、無性に腹を立てていた。


 …まあ、まだカイトやアク達と会って日も浅いから…よそよそしいのは仕方がないかもですがね?それでも…その態度はちょっと俺に気を使いすぎじゃないっすかねえ?お二人さん?…。


 心の中でブーたれる俺。自分も先ほど彼等に敬語を使って怒られたというのに、今のこの二人の態度はないだろと心底思ったからだ。


「この件につきましては…如何様な()も謹んでお受けいたします」


 …ムカッ


「違うよアクリア…君に()は無い…あの時、君はすぐさま兄さんにすべてを話そうとしたのだから…」


 イライラ…


「その気持ちを無理矢理押さえ込ませ、黙っているように指示したのは…俺だ…」


「いいえ….結果として、私は天様に何一つお伝えしてはおりません…ですので、私は罪に問われて然るべきの罪人なのですカイト…」


「いいや違う!その事で兄さんから罰を受けなくてはならないのは……間違いなく俺の方なんだ!!」


 ……プチン


 俺の(なか)で、とうとう何かが切れた。


「はいは〜い…一旦ストップ!二人ともちょっと黙りなさい…」


「「…………」」


 命令口調で俺が言葉を発すると、カイトとアクリアは即座に口を閉ざした。


「君達に言いたいことがあります」


 こわごわと俯く二人へ追い討ちをかけるように、俺は自分の不機嫌さを表すような口調で喋る。


「「…………」」


 カイトとアクリアの額からは滝のように汗が滴り落ちていた。きっと、自分達の罪を告白したのち、俺に目一杯非難されると思っているのだろう。


 …まあ、怒りは怒りますが……ね!!…。


 そして、俺のお説教が始まった。


「さっきから黙って聞いてりゃ…仲間内で『罪』だの『罰』だのと…俺はどこぞの王様かなにかですかね?え〜〜お二人さん?」


「「………へ?」」


 下を向いていたカイトとアクリアが同時に顔を上げる。俺のその言葉と反応が予想外すぎたのか、二人とも鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしていた。


「それと…お二人の言い回しは随分と俺に対して他人行儀でしたが…」


 だが、構わず俺はカイトとアクリアに説教を続ける。正直に言えば、それくらい今の二人の態度と言い分が腹に据えかねていたのだ。


「君達に一つ訊ねます。今さっき、久しぶりに俺がみんなと再会して、初めにお二人とリナに敬語を使ったとき…君達は俺に何て言ったでしょ〜か?」


「「………ポーー…」」


「確か『改まりすぎ』『気さくに接して欲しい』みたいなことを言っていたのです」


 惚けている彼等に代わり、リナが俺の質問に答える。


「はい、リナ君正解!つまり、他人行儀な態度は自分達には必要ないと…あなた方は俺に言ったはずです!」


「はいなのです!!間違いないのです!」


 グリグリ


「イタタタタ!リナ、そろそろ許してだし!!」


「黙ってるのです狐!いま天兄さんが、カイトさんとアクさんを絶賛お説教中なのです!」


 グリグリグリグリ


「り、理不尽だし!アイタタタタ!!」


 遠目で俺達のやり取りを見守る傍ら、シロナのこめかみにグリグリと拳骨を食い込ませるリナ。どうやら、シロナは彼女に捕まってしまったようだ。


 …まあ、そっちはどうでもいい…。


 ちらりとリナとシロナの方を見て、すぐにまたカイトとアクリアへと視線を戻した。


「にもかかわらず、今のお二人の他人行儀っぷりときたら……あ〜〜嘆かわしい!」


「…て、天様も…言葉遣いが…その…」


「…兄さんも…敬語(・・)に…また戻って…いるんだけど…」


 独り言を呟くフリをして、小さな抵抗を見せる両名。しかし…


「違います。コレは敬語ではなく、よそよそしいお二人への“当て付け“です!」


「「…はい…すみません…」」


 その弱々しい反撃をたちどころに切って捨てる俺。


「ハア……」


 ひとまず息を吐いて、上がっていた溜飲を下げた後…


「だいたいなあ?カイトとアクが俺のことを探ってたことなんて….はなっから気づいてたっつ〜の!」


 言葉遣いを標準に戻し、何を今更といった感じで、今度は俺の方が自分の本音を喋り出す。それが二人には唐突だったのか、カイトとアクリアは惚けた顔をより一層気抜けさせ…


「「……え?」」


「…やっぱりなのです」


 二人とは逆に、リナは当然のように俺の言葉に納得したみたいだ。


「カイトもアクも話が早すぎだっつんだよ!お前等みたいなやり手の冒険士が、会ったばかりの…俺みたいな得体の知れない奴のことをほいほい信じるわけがあるか!」


「同感なのです」


「え?あれって演技だったんだし?」


「…お前は黙ってるの」


 グリグリグリ


「イタタタタタ…なぜに!ちょっ、もう口出ししないからやめるしリナ!痛いし!」


 リナとシロナが(じゃ)れている傍ら、アクリアがやっとこちらに目をやり、おずおずと俺に質問してきた。


「…天様は…その…私達をどの辺りから不審に思っていたのですか?」


「まあ、不審とまではいかないがな?最初に変だと思ったのはカイトの言動からだ」


「お、俺!?」


 名前を呼ばれて、反射的に背筋を伸ばして驚くカイト。


「これはあくまで俺の推測だが…カイト、お前は出会ったばかりの者を『兄さん』なんていう馴れ馴れしい呼び方で呼ぶタイプじゃないはずだ」


「う…あ…そ、それは…」


 途端に彼は狼狽える。どうやらぐうの音も出ないようだ。


「俺がカイトに受けた最初の印象は…爽やかで気さくで接しやすいタイプではあるが、その反面、生真面目で自分に厳しい人物だとも感じた」


「…天様の推察…感服致します」


「間違いないのです!さすが天兄さん…洞察力がハンパじゃないのです!」


「お、おい二人とも…」


 感心するアクリアとリナに、動揺を隠せないカイト。証言と確証も取れたみたいなので、続けて自身の考えを皆に聞かせる。


「こういうタイプは、名前を呼び捨てにできても…愛称やあだ名で相手を呼ぶことはあまりしない…それが初対面の人物に対してなら尚更だ」


 …何気に俺は人間観察が得意だからな。まあカイトはエルフなんだが…。


「それから、これもあくまで推測だが、カイトはあの時、俺との距離を無理矢理縮めようとして…咄嗟にリナやシロナが俺に言った呼び方に合わせたんじゃないか?」


「…ハハ…兄さんには、本当にかなわないな…」


「ホラなのです!天兄さんは、最初から全部お見通しだったのです!」


「……ポ〜〜…天様…素敵です…」


「あちゃ〜…アクさんのスイッチが入っちゃったのです」


「もう一種の病気だしアレ…」


「ポ〜〜〜…ハァ…天様…」


 …なんか…アクから奇妙な視線を感じるだが…いや、気にしないようにしよう…。


 若干一名、心ここにあらずの状態に陥ってしまった様子だったが。あえて俺はそれに触れないように心がけ、普段通りのカイトのみに視線を集中し…


「その後も…ちょくちょくと二人の印象からは考えにくい安易な言動が飛び出していた…そしてきわめつけは…」


「天兄さんとあたし達が最初に会った日の夜に、この場所で起こった…アクさんとカイトさんのあの取り乱しよう……なのです」


「そういうことだ」


 リナの先回りの回答に相槌を入れ、通常ほとんど閉じている自身の瞼をやや持ち上げ、その瞳で二人を直視した。


「ドキッ……ポ〜〜……天…様…」


「に、兄さん…」


 …なんか…アクとカイトの表情が違いすぎてやりづらいんだが…いやいや、深く考えないようにしろオレ…。


「…アクさん…ちょっとは空気読むし…」


「…それについては同感なのですが……なんというか…お前にそれを言われたら色々とおしまいなの」


「…オホン」


 変な空気を感じた俺は、(わざ)とらしく咳払いをした。そして、仕切り直しの合図を入れてから再び二人を真っ直ぐに見て…


「で・だ・カイト、アク…それが一体何の問題があるんだ?」


「そ…それは、俺達は自分自身の目的のために…に、兄さんに近づいて…貴方の好意を利用しようとしていた……だから!」


「全然普通だろそれって?下心も利益もなしに、初対面の…俺みたいな得体のしれない奴となんか、普通はチームなんて組めんぞ?」


「いいや…それでも兄さん…」


「気にしすぎだっつんだよ!まったく…それが常識的な大人の対応だろが?」


「あたしもそう思うのです」


「ち、違うんだ!おれは…俺は最初は損得勘定のみで…あ、貴方を!」


「損得勘定で動いて何が悪いんだ?」


 尚も自分を責めようとするカイトを強引に黙らせるよう、俺は彼に自論をぶつけた。


「反対になんの見返りも求めず、無償やら善意やらで動くやつの方が…俺からしてみればよっぽど胡散臭い」


「…兄さん……」


「それになカイト?なんの根拠も理由もなしで、初見の相手をすぐ信用する奴なんざ論外だ…悪いがそんな不用心なお花畑(バカ)なら、とてもじゃないがBランク冒険士など務まらんと俺は思う」


「超正論なのです!!天兄さんの言ってることは、ひと…っつも!間違っていないのです!!」


「サンキュー、リナ」


「いえいえなのです…正しいことを支持するのは当たり前なのです!」


「ということだ。二人ともわかったか?」


「…兄さん…リナ…」


 俺とリナを交互に一度ずつ見てから、カイトは感極まった顔で肩を震わせていた。


「……ポ〜…天ひゃま…」


 一方アクリアはというと、どういうわけか少し前から虚ろな表情で俺の顔を見つめて、俺の名しか口にしない。


 …柄にもなく本音で力説してしまったからな…カイトはともかく、アクには少々暑苦しかったかもしれん…。


「アク、なんだか熱っぽい顔をしてるが…大丈夫か?」


「…はひ…天ひゃま…」


「そ、そうか…ならいいんだ……」


「…アクリア……気持ちはわからないでもないが、早く戻ってきてくれ……兄さんに失礼じゃないか……」


 落ち着かない様子で横目にアクリアをチラチラ見るカイト。何やら小声でぼやいているようにも見える。


「アクさん…まだ帰ってこないし…」


「…天兄さんは気づいてないみたいなのですが、はっきり言ってお花畑なのです…」


「アレじゃ…真面目に話してる天の兄貴がちょっとバカみたいだし…」


「少しは時と場合を考えるのアクさん…これだから恋愛初心者の生娘が恋をすると……ブツブツ…」


「珍しいし…リナがアクさんに駄目出ししてるし…」


 …何喋ってんだあの二人?…。


 リナとシロナは、ボソボソと何かを呟きあっていたが、ここからではよく聞き取れない。


 …まあいいか…。


 俺は、すぐに意識をカイトとアクリアの方に戻す。


「従って、カイトもアクも…お前等が俺に負い目を感じることなど微塵もないから…そこんとこよろしく」


「あ、あ…ありがとう…ありがとう兄さん…」


「わざわざ礼を言うようなことじゃないぞ?それにカイトだって…俺の長期朝帰りを笑って許してくれただろ?それであいこだ…」


「あ、あれは当然のことじゃないか!さっきも言ったように…その事で兄さんを責める方がどうかしている!俺達の話とは…まるで違う……」


「一緒だ、少なくとも俺にとってはな?」


 まだ自身を責めることをやめない頭の固い友人(カイト)を見て、天は額を押さえてやれやれと頭を振った。


「まったく!カイトもアクも真面目すぎだ!仲間内(・・・)なら笑って許せるレベルの内容だぞ?お前等が俺に秘密(・・)にしてたことなんてな?」


 普段は表情の乏しいの(てん)が、精一杯おちゃらけた表情を作って話をしていた。


「それによ…『利用』するとかしないとか大袈裟なんだよ二人とも…」


「兄さん…」


「たんに俺に力を貸して欲しかっただけじゃねえか……むしろ、お前等みたいな美男美女に頼ってもらって嬉しいぐらいだぞ俺は?」


 その彼の姿は、カイト達に“気にすんなよ“と遠回しに伝えているものだと、少しでも勘の鋭い者ならすぐにわかるだろう。勿論、それはカイトも例外ではない。


「ハハ……デカイな…とてつもなくデカイよ兄さんは……同じ男として憧れてしまうほどにね…」


 塞ぎ込んでいた(カイト)もおのずと顔を上げ、自分の掛け値なしの気持ちを天へと贈った。


「よせよ…照れんだろ?まあ、身長はデカイ方だと思うがな?」


「フフ、そうだね…確かに兄さんは、身長もデカイね…」


 自分の頭の上で手を振り、冗談交じりに照れ隠しをする天と、気恥ずかしいそうに振る舞う彼を見て小さく微笑むカイト。男の友情が垣間見えるそんな場面で、またしても空気の読めない一匹の狐が口を挟む。


「兄貴、カイトさんは別にそういう意味で言ってないし」


「「…………」」


 シロナのツッコミとボケが合わさった絶妙な台詞を投げこまれ、男二人が瞬時に微妙な表情をして固まる。其処へすかさずこのチームの真のツッコミ役である彼女が…


「…狐…やっぱり、お前がこの中で一番空気を読めないの…」


 グリグリグリグリグリ


「イッター!!超痛いし!ちょっ!力入れすぎっしょリナ!あ、頭割れるし!!」


「天兄さんもそういう意味では言ってないの…次に二人の語り合いを汚したら…本気でお前の頭をかち割るの…」


「わ、わかった!わかりましたからやめるし!」


「………プッ…プハッ、アハハハハ」


 リナに折檻されるシロナに目をやり、堪らずに笑い出すカイト。やっと、彼の表情からはその自責の念が消えていた。


 …お、調子が戻ってきたみたいだな?これだよコレ、カイトはこうでなくては…。


 爽やかに笑う(カイト)を眺め、自然と(てん)の方からも笑みが零れる。


 ス〜〜〜…


 山頂から涼やかな風が吹いてくる。平地はもうすっかり暑さを感じる季節なのだが、この場所(こうざん)は山頂に近いせいか、昼間でもまだ少々肌寒い。


「…………」


 天は静かに目をつむり、心地良い山の風を感じながら、ふと、この世界にやって来たばかりの頃を思い出していた。


 …そういや…ラムも自分じゃ意識してなくても、いつの間にかまわりを笑顔にしていたな…。


「……まあ、ラムとキツ坊じゃ癒し度が天と地だが…な……」


 目を閉じれば昨日のことの様に思い出す、最初に出会った少年少女達のことを。


 …そうか…俺は寂しかったんだ…この世界に来て、初めて人と『触れ合う』ことを覚えて…もう一人でいるのが辛かったんだ…だから…。


 だから淳やラム、ジュリや弥生の面影を、カイト、アクリア、リナとシロナに見ていた。自分はなんとかして彼等と行動を共にしたかったのだと。彼はようやくその(ほんしん)えに辿り着く。


 …今思えば、カイト達に取り入ろうとしていたのは俺の方だったのかもしれん。それに…そんなタマじゃなかったのも俺のほう…。


 何を思ったのか、天は息をはくように皆に声をかける。


「…なあみんな…」


「ハハハ、シロナにはいつも…っと、どうしたんだい兄さん?」


「…ハァ…天さ…ま…」


「イタタタタ!り、リナ!天の兄貴が…イタ!よ、呼んでるし!イタイタタ!」


「…チッ…天兄さんが何か言いたいみたいだから、これぐらいで勘弁してやるの…」


 パッ


「…フゥ〜…た、助かったし…最近のリナは…なんだか昔の頃に戻ったみたいに凶暴だし」


「フフンなのです!もうあたしは、自分を()らないことに決めたのです!」


 ドヤ顔で胸を張って宣言するリナ。自信に満ちた彼女の決意表明に、天も同調して…


「奇遇だなリナ?俺も今…そんなニュアンスのことをみんなに言おうと思ってたんだよ」


「え?」


「どういうことだい?」


「いやな…」


 天はこの場にいた全員の顔を見渡し、おもむろにある質問を皆へ投げかけた。


「俺が、どうしてカイトやアク、リナ達とチームを組みたかったのか…みんなを新支部に勧誘する時に言った、俺の偉そうなセリフを覚えてるか?」


「ええっと…確か『お前らのことが気に入ったから』だったと思うのです」


「それそれ。今思えば、俺は何様だって思っちまう横柄な理由で恥ずかしい限りなんだが…」


「とんでもないのです天兄さん!超光栄なのです!全然偉そうじゃないのです!」


「ああ…俺も覚えているよ。それと、俺もリナと同じく…兄さんにそう思われて光栄だとしか感じなかったかな…」


「ねえリナ、気の所為か…いま天の兄貴、僕の名前を呼んでなかった気がするし」


「うるさいのですキツ坊!リナ()の中に多分(・・)含まれているのです!」


「…なんか納得いかないし」


「納得するのです!ていうか、あたしの名前が呼ばれてるから問題ないのです!」


「ぶっちゃけすぎだしソレ!」


 リナとシロナが軽い口論を繰り広げているのを尻目に、天はしれっとした顔で、大した前触れもなく皆へと爆弾を落とす。


「その偉そうな理由なんだがな?語弊があった…『気に入ったから』ってのは間違いだ」


 その彼の言葉(ばくだん)に、最初に反応を見せたのは…


「…天ひゃ……え?え…えーーー!!」


「あ、アクさんが帰ってきたし」


 ザッ…


「…グフ……サランダの左フックより効いたの……久々に…身体の芯にくるやつをもらっちゃったの…」


 片膝を地面について項垂れるリナ。グロッキー状態の彼女の有様を見るに。どうやら、天の言葉は彼女にも絶大な効果を発揮してしまった模様だ。


「そ、そうだよな….お、俺みたいな小者が…兄さんみたいな人物に気に入られるわけが…ない…よな…」


 あからさまに落胆した顔をするカイト。彼は動揺を隠しきれず、声を震わせている。


「…………」


 自分の何気ない言葉で大いに狼狽え、とてつもなくショックを受けるシロナ以外の三名。それを見て、天は数瞬の間、呆気に取られていた。


 …前から思ってたんだけどさ…おっさんやマリーさんもそうだが…なんで、みんなの俺に対する評価って出会って間もないのにやけに高いんだろ…。


 頭をひねり、不意に彼はそんな疑念にかられる。実を言うと、コレに関してはシストの影響力が非常に強いのだ。大国の英雄王であり、冒険士の会長でもあるシストは、亜人の女王であるルキナと並び、この世界では5本の指に入る『名士』である。そんな人物が『絶対に敵にまわすな』とか『彼は人型の救世主だ』とか、様々な場面で冒険士達に言って回われば、自ずと彼の評価は冒険士達の間ではうなぎ登りに上がってしまう。無論ナイスンやミルサといった例外も存在するが、ルキナやレオスナガルを始め、半数以上のBランクを超える高ランクの冒険士達は、既に、花村天という人間を小国の王より上に見ている者も少なくない。では、その噂を流した当の本人であるシストはというと…


『が〜はっはっはは!!このように胸が高鳴るのはいつぶりか!SSなど神話クラス…空想上の登場人物と見紛うレベルなのだよ!それが冒険士の傘下に入ってくれたなどと…しかもあの男ぶり!実に儂好みだ!絶対に…絶対に(のが)さんぞ花村天!!がははははは!!』


 会ったその日に天にぞっこんになっていた。そして、それは間近で彼の圧倒的な存在感を目の当たりにしたマリー、カイト、アクリアにリナにも言えること、(なまじ)っか実力者だった彼等は、一目で天と自身の力量差を見抜き、簡単な話、彼の強靭さに心酔してしまったのだ。


 …まあ、深く考えないようにしよ…。


 当然、そのような諸事情は今の彼には知る由もない。


 …そんなことより…今はこれのフォローだ…。


「……どうすれば…私は…これから何を支えに…生きて行けば…」


「…しばらく立ち上がれないのです……悪いけど…今日の打ち合わせは欠席でお願いするの……」


「…ハハ、昔からそうなんだよ俺は…調子に乗って…気づくと何もかもが都合のいい勘違い……ほんと…嫌になるよ自分が…ハハハ」


 この世の終わりのような顔で頭を両手で押さえるアクリアに、項垂れて立ち上がろうとしないリナ、気持ちを落ち込ませブツブツと被害妄想を強めるカイト。彼等の誤解(・・)を解く為、天は早々と推察を打ち切り…


「みんな早合点するな。まだ…俺は最後まで言いたいことを言ってない」


 バッ


 天が発した言葉とともに、塞ぎ込んでいた三名が一斉に彼の方を向く。


「…先に言っとくけどな?気に入ってるか気に入ってないかで言えば…そ、その…カイトとアクとリナは…俺の(スーパー)お気に入り……です」


 天が恥ずかしそうにしてそう彼等に述べると、どんよりとしたオーラを放っていた三人へ瞬く間に後光が射し込む。


「て、天様!それは誠でございますか!!」


「ハハハハ!脅かさないでくれよ兄さん?ハハハッ!」


「ふっ…かーーつ!!なのです!!」


「ねえリナ…確実にいま僕の存在、弾かれてなかった?」


「そんなこと今はどうでもいいのです!!あたしの名前があるかないかが重要なの!!」


「さっきから僕の扱いが酷いし!納得いかねえし!」


「日頃の行いなのです!」


「キツ坊さん…常日頃からの素行はとても大切なものですね…」


「な、なんかアクさんが女神みたいに神々しく見えるし…」


「そこまで。兄さんがそっちのけになってるよ三人とも…まずは兄さんの話を最後まで聞かなきゃ駄目だ」


「も、申し訳ありません!」


「そうだったのです…キツ坊が変な茶々入れするからいけないのです!」


「なんで僕が怒られるし!」


「黙るのです狐!ささ、天兄さん…どうぞお話の続きをお願いしますなのです!」


「お、おう…」


 ジーーー


 天に全員の視線が集中する。


 …や、やりづらい…。


 そう思った彼は、一度深く息を吐いて…


「フ〜〜……よっしゃ」


 なにかを決心したように掛け声を出す。


「自分でも今さっき気づいたんだがな…俺はあの時…お前等のことを気に入って、一緒にやろうと誘ったわけじゃなかったんだよ」


「…じゃあ、なんで兄さんは俺達のことを誘ってくれたんだい?」


 なんとも涼しげな笑顔だった。天のことを不審がるわけでもなく、急かすわけでもない。とても優しげな風体で、カイトは天にそのことを訊ねる。


「カイトやアクの言っていたことと…少し似てるかもしれないが…」


 天もまた、清々しい笑顔を自身に向けてくれた友に応えるよう、実に晴れやかな笑みを浮かべてその言葉(りゆう)を口にする。


「俺は…カイトやアク、リナにキツ坊のことが気に入ったから同じチームになったんじゃない…」


 …そうだ…俺は…。


「お前等に“気に入られたかった“から…カイト達と一緒のチームに入れて欲しいと心底思ったから……俺はあの時、出会ったばかりのみんなにあれほどこだわったんだよ…」


 それが彼の偽らざる本心であり、自らの掛け値なしの本音であった。



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