第45話 危険人物
「おっさん。実は俺の方からも、おっさん達に緊急の連絡事項がある…」
あらかたの話も終わり。もうそろそろドバイザーの無線を終えてもいい頃合いだったのだが、まだ俺はシストとの通信を切らずにいた。
「出来ればこれから俺が話す内容は、他の冒険士達にも早急に連絡して欲しい」
シストを始めとした最前線に立っている冒険士達に、どうしても伝えておきたい要注意人物がいたからだ。
「ほう…。君のその口ぶりから察するに…どうやら穏やかな話ではないようだね」
俺の話し口調から、シストはすぐに事の深刻さを読み取ったようだ。
「ああ。どちらかというと忠告…警告に近いものだと受けとってくれて構わない」
仰々しい俺のその口上を耳にし、シストの側で控えているであろうマリーが緊張した声で恐る恐る訊ねる。
「あ、あの…私は席を外した方がよろしいでしょうか?」
「いえ…できれば一緒に聞いておいて下さい」
即座にそう返す俺。その返答は、どちらかというと俺から彼女への要望に近いかもしれない。
「今も言いましたが、これから語る人物のことは…マリーさんを含め、できるだけ大勢の冒険士達に知っておいて欲しいので…」
…この事については…可能な限り人型陣営の間で知っておいて欲しい情報だ…。
「繰り返すが今から俺が教えることは、他の冒険士達や…出来れば各国の要人達の間にも秘密裏で伝えておいてもらいたい….」
「君がそこまで言うとは……ただごとではないようだね?」
「……わかりました。天さんのお話、謹んで拝聴させていただきますわ」
「二人とも…ご理解感謝する」
瞬時にこちらの心境を汲み取り、俺の話に耳を傾けてくれているシスト、マリー。そんな二人に胸の奥で礼をして。俺はある一人の危険人物のことを語り始める。
「現在この世界には、俺の他にもう一人の超越者、脅威S級の人間…人型が存在すると、俺は生命の女神であるフィナ様に教えてもらった」
「なっ!!」
「緊急事項ということは、その者は我等の味方ではない……ということだね?」
声を上げて驚くマリーとは反対に、シストは冷静かつ沈着に、俺のその言葉を受け止めていた。
「そういうことだ。…フィナ様が言うには、今現在、人型界には二人のS超えが存在するらしい」
「…両名ともこちら側ではないということが非常に残念ではあるが。君一人でも我々の側にいてくれていることを幸運と捉え…心から感謝せねばならんな…」
「大袈裟だぜおっさん」
「いいえ!会長のおっしゃる通りですわ!」
「は、はぁ…」
…なんだがこそばゆいな…。
「それにしても…」
なにやら思うところがあったのか、急に感慨深さを感じさせる口調で話し始めるマリー。
「会長がこのタイミングであの会議を開いたことは…決して無駄ではなかったということですね!」
…会議?…。
マリーの言葉が若干気にかかったが…
「続けます…」
アリス王女奪還の依頼を受けていたこともあり、なるべく手短に終わらせようと思った俺は、構わずその話を続ける。
「三柱神陣営、人型側にその内の一人である俺が……」
次の言う言葉が俺は即座に出てこなかった。実の父親を気遣った訳ではない。
「………そして…」
怖かったのだ。敵側に自分の知り合いがいると伝えた時、二人が俺にどんな反応を示すかが。
「シナット陣営、争いの民の側に……後のもう一人、俺と顔見知りのある人間種がついた…」
俺は意を決して、少々言葉を濁しながらも自身と縁がある者が敵方についた事をシストとマリーに教えた。
「な、なに!!その者は君の知り合いなのかね!?」
これには流石のシストも驚いたらしい。今の今まで動揺を表に出さなかった彼が、明らかに困惑した様子で俺に疑問を投げつける。
「そいつと俺との関係性については…時間も余り無いし、二人を混乱させる恐れがあるから、今は説明を控えさせてもらう…」
今はまだ早い。強くそう感じた俺は、自分とその危険人物は血の繋がった親子の間柄という事実を一旦伏せることにした。
…せめてアリス王女を奪還してからだ。それに、下手に俺の父親という先入観をおっさんやマリーさんに与えてしまったら、二人は親父を外見で判断できなくなる恐れがある…。
言い訳がましくそう自分に言い聞かせた。実際はもっと別の理由がある事を自分自身でとっくに気づいているというのに。
…いかに俺に対して好意的なこの二人でも、そいつと俺が親子だなんて伝えたら…。
二人に拒絶されるのが怖かった。シストの先ほどの反応を目の当たりにし、その不安がますます俺の胸の内で大きくなっていく。
「だが、近いうちに必ず教える…。だから信じてくれ!!」
『信じてほしい』それは俺の心からの訴えであり、彼等に対する強い望みでもあった。
「自分が全人型の味方なんて仰々しいことは言えん…」
…そんな大義は俺の中には存在しない…。
「…自分がそんな大層な人間だとも俺は思っとらん」
「「…………」」
「だがこれだけは……これだけは信じてくれ!!」
柄にもなく俺は感情を表に出し、混じり気のない自分の本音をドバイザーの向こうにいるシストとマリーにぶつけていた。
「俺がおっさんやマリーさんを始め、カイトにアク、リナ達に牙を向けるようなことは…決してあり得ない!!!」
「……信じます、信じるに決まっていますわ!!」
当たり前だと言わんばかりにマリーが即座に断言する。
「誰が何と言おうと…私は天さんのことを絶対に疑ったりしません!!」
「無論だ!!初めから君を疑うなどという選択肢は、儂等の中には存在せんのだよ!!」
マリーの主張から間を置かず、シストも彼女に続いて即答した。マリーとシストはともに微塵の迷いもなく、俺のことを信じて疑わないと言ってくれたのだ。
…おっさん…マリーさん…。
叫ぶように二人へ訴えかける俺に対して。二人もまた、腹の底から自らの意思を俺に伝えるよう気勢を上げて応えてくれた。
「…ありがとうございます…」
自然に感謝の念を口にしていた。親しい友人達に受け入れてもらえたこと。信じてもらえたことは。俺にとって何者にも代え難い喜びだったから。
「すまないな…。君を不安がらせるような台詞を…つい口に出してしまったようだ…」
ドバイザー越しでも俺が安心したことが分かったのか、シストはとても申し訳なさそうにこちらへ謝罪をしてきた。
「儂もまだまだ未熟なのだよ…」
「…いや、おっさんに非はないよ…」
…おっさんの立場を考えれば、あれは当然の反応だからな…。
「…国と冒険士の両方のトップである人物の立場を考えれば、あの俺の言い回しに動揺するのは、至極まっとうなことだ」
「でも!私は驚いたは驚きましたけど、会長みたいに声には出しませんでしたわ!」
得意げな声でマリーが自信満々に言い放つ。そんな彼女の主張は、今のシストにとってはすこぶるバツの悪いもののようで…
「……あまりイジメんでくれたまえよマリー…」
普段のシストからは想像ができないほどの小声で、マリーに勘弁して欲しいと懇願する。
「先ほどのお返しです……ふふふ…」
「ううむ、女の怨みは恐ろしいのだよ。…そういえばルキナ姐も、昔は一度ヘソを曲げると簡単には許してもらえなかったからな…」
昔を懐かしんでいるのか、シストはいつの間にか暗く沈んだ気持ちを穏やかなものに変えているようだあった。
「…おっさん、お互いマリーさんには頭が上がらんな?」
俺がそう声をかけると、彼はひときわ嬉しそうに…
「がっはっはっは!!違いないのだよ!戦う女が色々な方面で強いのは、今も昔も変わらんからね?がはははは!!」
「ふふふ…お褒めにあずかり光栄です」
そんなシストの変化を見て、マリーも柔らかな口調で言葉を返していた。
…ほんと、気持ちいいな…この二人は…。
だから失いたくない。心の底からそう感じた。もはやそれは、俺の願いに近いものだったと思う。
「二人とも…今からそいつの特徴を教える」
真剣さ、深刻さを伝える声質で、その者の話に入る俺。
「おっさんは自分の目で確認できると思うが…事前に情報があるかないかでは危険を回避できる確率が段違いだからな」
「うむ、それは戦いにおける鉄則なのだよ。やはり、君はあらゆる面で隙のない“真の強者“のようだね…」
一瞬、愉快そうに声を出すも、すぐさま彼は真摯な態度になり…
「是非教えてほしい…その貴重な情報を!!」
「お願いします…」
「了解だ。…じゃあまず初めに………」
……って!そういやこっちにいるってことは、俺みたいに外見が変わってるかもしれなかったんだ!?…。
咄嗟にそんな事を懸念してしまった俺は、アレだけの前振りをしたにもかかわらず、いきなり口ごもってしまう。
…や、ヤバい…ちょっと困ったぞ…。
困った俺は、必死に父親の特徴を探すべく、自分の脳をフル回転させる。しかし…
…いっつも気持ちの悪い笑い声を上げていたのと、毎年の春にボコボコにしてボロ雑巾みたいに這いつくばらせていた姿しか思い浮かばん…。
「………」
「…天君?」
「天さん?どうかなされましたか?」
一向に親父の特徴が出てこず、会話を止めてしまった俺を不思議に思ったのか、シストとマリーが心配そうに声をかけてきた。
…色んな意味で、あんなにインパクトのある親父は他にはいないはずなんだが…。
何かないか。更に数秒の思考の末、俺は遂に…
…あ、あった、あった!あいつの特徴!わかりやすい目印!…。
親父の特徴的なあるトレードマークを思い出す。
「左肩だ…」
不意にそう呟く俺。
「あ、よかった、またモンスターに襲われているのかと……え?左肩ですか?」
「天君…その人物の左肩に…何か際立った特徴があるのかね?」
「ああ、正確に言うと左肩と左腕の境の部分になんだが、赤いドクロのいれず…“絵“が描いてあるんだ」
この世界では『刺青』『タトゥー』などの表現で、そのことが伝わるかは定かではない。なので、俺はあえて『絵』という表現でそれを伝えることにした。
「体に絵ですか?…入れ墨みたいなものですかね会長?」
「ふむ…それは実際に確かめてみんとなんとも言えんが…」
「………」
…あるじゃんか入れ墨…。
だが、俺の気遣いは一発で泡にきした。
「そ、それですマリーさん。イレズミです入れ墨!赤い髑髏の入れ墨が、そいつの左肩辺りに彫ってあるんです」
「肩に血色の髑髏の入れ墨か……特徴としては申し分ないものだが…」
「はい…印象は強いと思いますわ。…思うんですけど…」
俺の説明を聞いた二人は、揃ってどこか気懸りがあるような口ぶりをする。
「…うむ、それを目印にするのは…些か不都合があるかもしれんのだよ」
「ええ、シャロンヌさんのような露出度の高い格好を、常日頃からしている方なら問題はないと思いますが…」
「儂等のようなスーツ等の露出の低い衣服を身につけておったとしたら、その部分は隠れて見えなくなってしまうからね?常にわかる目印としては、聊か弱いかもしれん」
「……もっともだ」
…二人ともさすが熟練の冒険士。情報の利便性の追求に余念がない…。
即座に其処を指摘してきたシストとマリーに感心しながら、親父のその特徴に対して、俺は更に補足を加える。
「二人のその指摘はもっともなんだが…其奴にいたっては、その心配はしなくても大丈夫だ」
「ええっと…その人物は、常日頃から水着に近い格好をしているということですかね天さん?」
「露出度が高い服をいつも着ているのは、間違いないです」
…親父は基本、冬でもタンクトップだからな…。
「ただ…あいつにいたっては、ワザと相手に肩の入れ墨を見せつけるために、ラフな服装を着用しているところがある」
「ふむ…要するに“拘り“のようなものかね?」
「そんな感じだ。そいつは、自分と戦う相手に死や終わりを告げるため、ワザと…対象者にその入れ墨を確認させてから戦闘行為に移る…」
「空恐ろしいな…」
「…趣味がいいとは言えませんわね……」
…それにかんしては、間違いなく悪趣味の部類だろうな…。
「それともう一点。これはあくまでも俺の勘だが、帝国の討伐者不明のヘルケルベロスは、そいつが殺した可能性が極めて高いと俺は睨んでいる」
「なっ!!あ、あの変死体のヘルケルベロスですか!!」
「……儂も、君の今の話からもしやとも思ったのだが…」
「確証はない。が、ヤツなら…誰にも気づかれず、Aランクモンスターを倒す事など造作もないだろうな」
「…天君がそう言うのなら間違いはないのであろう……だがしかしな…」
俺の考えを肯定するが、それでもシストは、まだ完全には納得できていない様子だった。
「先の件で帝国に現れた二頭のヘルケルベロス。それを裏で手引きしておったのは、恐らくは邪の者等であろう…」
「十中八九そうだろうな…」
…11年年前のドラゴンとその間に起きた拉致事件。それと今回の王女誘拐事件はあらゆる点で酷似しているし、他にも奴等が関わっているであろうという痕跡は山盛りだ。この事から、今回のヘルケルベロスの一件も、裏で糸を引いているのがシナットの信者だと容易に想像がつく…。
「だから腑に落ちんのだよ…ヘルケルベロスは、言ってみれば奴等の身内も同然。味方を手にかけるなど、少し考え難いのではないかとも儂は感じてしまう……」
…普通はそう思うだろう…だが、親父に限っては、その関係性はあまり意味をなさないんだよ…。
誰よりも俺は熟知していた。実の父親である男の呆れるほどの性癖を。
「そいつはなおっさん…頭に超がつくほどの“戦闘中毒者“なんだよ」
どちらかと言えば、自分も人のことなど言えないだろう。しかし、それでも親父のソレは、異常なほどのものだった。
「自分が戦って面白そうと目をつけた相手は、敵味方関係なく…すぐに喧嘩をふっかける癖があるんだよその馬鹿…」
「……それを聞いて納得したのだよ」
「話が早くて助かる…」
シストと俺は、互いに少し呆れ声で会話を続けた。
「…どうやら、敵にしても味方にしても厄介なタイプなようだね」
「そういうことだ。ちなみに、喧嘩を買った相手はもれなく地獄行きになる」
「何と言うか…随分と理不尽な方ですね…」
マリーも恐怖と呆れが半々と言った口調で会話に加わってくる。
「しかも、中身は短気なガキとあまり変わらんから手に負えん。言うならば、すぐ癇癪を起こす我儘な子供みたいなもんだ」
「…まるで『ミルサ』君だな…」
「失礼ながら、私もそう感じましたわ…」
「ミルサ?」
…っていや確か…….。
「あ、いいや…こっちの話だから気にせんでくれ。話の腰を折ってしまってすまないな…」
心なしか、シストは少し疲れてた声で『ミルサ』という人物の名を呼んでいた。
「…続けてくれるかね天君」
…まあ、いいか…。
「厄介な奴で迷惑な奴なのは間違いないんだが、目をつけられたり絡まれた場合…いくつか抜け道がないわけでもない」
「本当ですか!?」
「はい。おっさんがさっき言っていたように、そいつにはいくつかの拘り…"決め事"があります」
「決め事…ルールみたいなものですか?」
「イエス、それに引っかからなければ、向こうから手を出してくる事はまずないはず…」
「「………」」
シストとマリーは必然と口を閉ざし、これから俺が話す内容、一言一句を聞き漏らさないため集中しているようだった。
…まったく、二人とも危機意識が高くて助かるぞ…。
二人は心得ているのだ。この後の内容がどれほど重要な情報なのかを。
「初めに…其奴は敵には容赦しないが、堅気…一般人には決して手を出さん」
「ほう…」
「そ、そうなんですか?」
「もちろん間違って喧嘩をふっかけたりしたら、半殺し以上の目にはあうがな?無差別な殺人をするヤツじゃない」
「ふむ…誰彼構わず狂気を振りまく『殺人狂』ではない、あくまでではあるが、筋の通った『戦闘狂』と言ったところかね?」
「概ねそれで合ってる。自分が興味の向かない相手には、骨の一本でも折って、脅して終わりなんてのもザラだ……だが!!」
語気を強め、自分の次に出す言葉を強調する。
「あいつは…自分が気に入った相手とは心ゆくまでやり合おうとするんだ!!いや、そうしないと気がすまん!!」
…マリーさんは多分、親父のアンテナには引っかからない。だがおっさんは…。
「多分、おっさんなんかは…あいつと鉢合わせちまったら一発で気に入られて、高確率で殺し合いを迫られるだろう…」
気がつけば拳を作り、俺は手に汗を握りしめてドバイザーで話していた。
ゾク
自ら発した言葉で背筋に冷たいものを感じるのは初めてだった。ただ焦っていたのだと思う。或いは淳とラムのこと思い出して、言い知れぬ不安に襲われていたのか。
「ゾッとせんな……それは…」
俺のその心境がシストにも伝わったのか、彼もまた呻くような恐怖心を露わにする。
「そいつと本気でやり合ったら…おっさんでも殺されるのは目に見えてる…」
「て、て、天さん…か、会長は、え、Sランクの冒険士で、か、か…神様から…えら、選ばれた、え、英雄の…」
傍らで一緒にそれを聞いていたマリーは、恐怖で引きつり、舌が縺れてろれつが回らなくなってしまっていた。
…無理もない…。
「マリーさん…怖がらせてしまって申し訳ない。だが、この事はまぎれもない事実なんです」
「は、はひ!わ、わたしのほ、ほうこそ、と、取り乱してしまって…お恥ずかしいです……」
「マリー、ルキナ姐も言っていたことだがね…『脅威Sクラス』は、儂等とは次元が違うのだよ」
「それだけじゃないんだよおっさん…」
まだあるんだといったニュアンスの言葉と共に、俺は深刻な現在の空気を更に重くする追加情報を発信する。
「そいつはおそらく…俺と同じく“魔技が効かない"特異体質だ」
「な、な、なんですってー!!」
さらなるバットニュースで驚愕したマリーが、悲鳴のような声を大音量で上げると、彼女と共に俺の話に聞き入っていた彼女の上司が…
「マリー少し落ち着きなさい…今は極秘裏の話の最中なのだよ?静かにしたまえ…」
「も、申し訳ありません…」
「………」
…なんというか、おっさんにソレを言われたらおしまいだな…。
「とにかくだ。現状ではあいつを仕留められるのは、全冒険士の中で恐らく俺しかいない…」
「「………」」
シストもマリーも、大見得とも驕りとも取れる俺の豪語を一切否定しなかった。
「実に頼もしいのだよ君は…」
「…数ある候補の中から、天さんが冒険士を選んでくださったことを、私達は心から感謝しますわ」
それどころか、畏敬の念を込めた言葉を俺に送る。数々の修羅場をくぐり抜けてきた二人は肌で感じ、そして予感している。今俺が話した相手がどれほど危険で、その者を打倒できるのは俺しかいないことを。
「…他の冒険士が、間違ってあいつに挑んだり怒りを買ったりしたら、良くて半殺し…下手をすると、一瞬であの世行きになる」
…これから始まるのは、親父の最も得意とする土俵であり聖域。本気で自分に牙を剥く相手には、親父も容赦しないだろうからな…。
「だから…俺が近くにいない場面でそいつに出くわした場合。悪戯に刺激せず、すぐにその場から離れてくれ!」
「は、はい!心得ましたわ!」
「あいわかった!肝に銘じておこう」
二人は、瞬時に俺の申し入れを了承してくれた。
「もし…もし万が一、戦闘になってしまったら、命乞いするか一切攻撃をせずに逃げれば、恐らく向こうからは必要には仕掛けてはこない!」
…親父の場合は楽しく戦えるかそうでないかをなによりも重要視する。最初から戦う意思がなければ、仮に戦闘になっても、相手の命まではとらん…。
「あいつは…気分のノらない戦闘は、基本的にはほとんど流す傾向にある…」
「はは…その者は生粋の戦闘狂なのだね」
「以上で俺の連絡は終わりだ。この旨を他の冒険士達にも伝えて欲しい!」
「……すぐに手配しよう。マリー!!」
「は、は、はい!!かしこまりました会長!」
「あと…くれぐれも、この事は大っぴらには宣伝しないで欲しい」
緊急連絡の準備に取り掛かろうとしている二人を呼び止めるように、俺は彼等に声をかける。
「あいつの性格上、自分が警戒されているとわかったら、『つまらない』『面白くない』と感じて癇癪を起こしてしまう可能性もある」
…そうなると、親父のことだからきっと情報の出所を突き止めて、それを潰しにかかる…。
俺のところに直接くるのなら問題なし。だが、もし親父がこちらに来ないで冒険士協会本部に殴り込んだらと、危惧の念を抱いた俺は、なるべく公にはしてはいけないと、二人に注意を促した。
「だから、この事はあくまで極秘事項、表沙汰にはしないでいただきたい」
「心得ているのだよ。そういった手合いは、出来得る限りデリケートに接せねばならん。わざわざ藪をつついて、蛇を怒らせたりはせんよ」
「流石だなおっさんは…」
「こう見えて儂は臆病者でね?その上、超がつくほど用心深いのだよ」
「それは長生きの秘訣だ。いつの時代も、決まって賢い選択を選ぶ者はどんな状況からも生き延びるものだ」
「がっはっははは!!違いないのだよ!」
「か、会長!緊急連絡信号の用意ができました!」
「ご苦労!」
…早い、こっちもさすがだ…。
恐惶で取り乱していたとはいえ、そこは英雄王の秘書。ものの数十秒で、緊急連絡の準備を終えていた。
「では儂は早速、君に教えてもらった超危険人物の詳細を、諸外国及び高ランクの冒険士達に連絡させてもらうのだよ」
「行動が早くて感心するぞ…」
「がはははは!!フットワークの軽快さが儂等冒険士の売りだからね?がはははは!」
「…はははは……」
豪快に笑うシストと、まだショックから立ち直れなくて、乾いた笑いを零すマリー。
…マリーさんにはちょっと刺激が強すぎる内容だよなやっぱ…。
「あ、そうだ…」
緊張感が和らいだこともあってか、俺はある事をふと思い出す。
「…最後になるが、二人に“俺の“ドバイザーの番号を教えておきたいんだが…」
…れ、連絡先は教えておかないとな…。
少しばかり緊張したが、わりとスムーズにそう言えて、内心ホッとする俺。今の話の流れ的にも、これはごく自然のことだと自分に言って聞かせたおかげで。
…それでもやっぱり緊張はしたが…。
自分の電話番号を友人に教える。コレも、俺の人生の中で初めての事だった。
「…え?え〜〜!!」
俺がそう言った途端、またマリーが悲鳴のような声を上げる。
…な、なんかマズったか!?…。
血の気が引くのを感じた。言葉のチョイスを間違えたかと思ったからだ。
「ま、マリーさん…なにか不都合でもあ、あり…フゥ〜……ありましたか?」
やってしまったと思い。俺は心配そうに語気を弱め、慌ててマリーにそう訊ねる。
「え!いや、あの!そ、そのようなことは決して!」
「…その、なんだったら、おっさんだけに…俺の番号を控えていてもらいますが…」
「ち、違いますわ天さん!!だ、だ、断じて不都合などありませんわ!!て、天さんは今迄ご自分のドバイザーをお持ちではなかったので…ほ、ほんの、す、少しだけ驚いてしまっただけです!!」
「だから少し落ち着くのだよマリー…それに、アレのどこがほんの少しなのだよ」
「会長は黙っていて下さい!!!」
「……はい…すみません」
恫喝するようなマリーの怒声にあてられ、シストは、思わず彼女に謝罪してしまう。
「ぜひ!是非私に天さん専用のドバイザーの無線番号を教えて下さい!!直ちに登録させていただきますので…どうぞよろしくお願いします!!」
「りょ、了解です…」
シストだけではない。気づけば、俺も彼女の鬼気迫る迫力に圧倒されていた。
「しかし、マリーではないが…驚いたぞ天君」
「あ〜…自分専用のドバイザーのことか?」
「うむ。君は魔力がないからね?どのような形であれ、ドバイザーの契約は至難を極めるはず…」
…うん…てか、一人じゃまず無理…。
「その上、君は今の今まで神隠しにあっておったしな?いつの間にドバイザーの契約を済ませたんだね?」
「なに、簡単なことだよ?その神隠しで、フィナ様に特別恩恵として俺でも扱えるドバイザーを頂いたんだ」
「おお!!成る程、そうだったのかね!」
「ああ、神様も粋なことをしてくれる」
「が〜はっはっは!!正になのだよ!がはははは!!」
「会長!うるさいです!!天さんが話せないので静かにして下さい!!」
「……儂…一応、大統領で、冒険士の会長なのだが…」
…久々に聞いたなこのやり取り…。
「じゃ、じゃあ、今から俺の番号をゆっくり言うので何かにメモして下さい…二人とも準備は?」
「うむ…大丈夫だ。頼むのだよ天君」
「一言一句聞き逃しませんわ!!私の全身全霊をかけて臨ませていただきます!!」
「は、はぁ…」
二人の温度差(主にマリー)に若干引きつつも、無事に俺は、彼等に自身のドバイザーの無線番号を教え終えた。
「11桁の番号とは珍しいね?三柱様から授かったドバイザーはどうやら儂等の持つものとは別のようだ…」
…いや、このナンバーに限っては、初めからあった俺の携帯番号なんだが…。
この世界のドバイザーの無線番号は端末のランクに関わらず、ナンバー全てが8桁と決まっていた。上四桁が、市外局番みたいな契約した国の固有ナンバー、下四桁がプライベートナンバー。
…そう考えるとちょっと心配だな…。
「もう無線を切るが…最後に、ちょっと二人に頼みがある」
「何かね?」
「なんでしょうか?」
「厳密にはどちらかで構わないんだが、この無線を切った後、すぐに俺に無線をかけてきて欲しいんだ」
しっかりと繋がるか心配になり、ものは試しにと、俺は二人のどちらかに無線をかけて貰うことにする。
「このドバイザーがそこら辺もちゃんと機能するか怪しいからな?悪いがおっさんかマリーさんのどっちかに、テストしてもらいたいんだが…」
「そういうことかね。あいわかった!では儂が…」
「私にお任せ下さい!!天さんがドバイザーを切ると同時に、私が天さんのドバイザーに無線をかけさせてもらいますわ!!」
「お、お願いします…マリーさん…」
「はい!!お任せを!!」
…おっさんが何か言っていたが、ここはツッコまないのが吉だ…。
「…儂、大統領なのに……儂、会長なのに…」
…なにもきこえない…ナニモキコエナイ…。
向こうからブツブツと何やら聞こえてきたが、俺は強引に空耳と処理することにした。
「おっさん、最終確認だが…例の件、俺達はその『シャロンヌ』さんという女性の冒険士と合流して、事に当たればいいんだな?」
「うむ!彼女なら必ずや君達の力になってくれるのだよ!」
…シャロンヌか、どんな人なんだろ…。
「君との無線が終わり次第、早急に儂の方から彼女に連絡を入れるのだよ。そんな訳で、申し訳ないが君達は、ひとまず新支部の建設地で待機していてくれ」
「諸々了解だ。だがおっさん、あまり遅いと痺れを切らしちまうかもしれんぞ?」
「がはははは!心配いらんのだよ!彼女は中々にせっかちな女性でね?もしかすると、既にランド近辺まで到着しておるやもしれんのだよ」
「頼もしいな。じゃ、もう切るが…」
俺が“切る"という台詞を口にした刹那…
「天さん!私は何時でもスタンバイオーケーですよ!!」
やる気に満ち溢れた女性の声がドバイザー越しに辺りに響き渡った。
「マリーは天君のことになると人が変わるのだよ…」
「はは…じゃあ、俺はこれで失礼する…」
そう言って、俺はドバイザーの無線を切る仕草を取りながら、その通信を切る直前に…
「…おっさん、マリーさん…さっきは俺のことを信じてくれて…嬉しかったよ…」
小声で、先ほど自分のこと迷うことなく信用してくれた二人へと感謝を述べた。
ガチャ…ツー…ツー
柄にもなく照れ臭かったので、それと同時に無線を切ったのだが…
ツー……トゥルルルルル!
…し、しまった〜!…。
格好をつけて切ったはいいが、大事な頼み事を忘れていたのだ。
…やっちまった〜!自分から頼んだのに、なにを気取って電話切ってんだよオレは!…。
ドバイザーを切ったとほぼ同時に、今度はマリーからの無線がかかってきてしまった。
ガチャ…
「……も、もしもし…」
おそるおそるドバイザーにでる俺。
「良かった〜、ちゃんとに繋がりましたね!」
無線をかけてきたのは、言わずと知れてマリーである。
「そ、そうみたいですね…」
気恥ずかしさで俺はぎこちなく返事をする。そんな俺へマリーが追い打ちをかけるように…
「それと…会長と私が天さんのことを信じるのは当然のことですわ!!」
…ぐわ!…。
これは効いた。顔から火が出そうなほど恥ずかしかった。
「…そ、そう言って頂けると…有難いです…
」
「はい!!」
結果、切った瞬間に同じ場所からもう一度かかってきてしまった為、俺の照れ隠しはまるで意味をなさなかった。しかも、かなりの小声で囁いたにはずなのに、マリーの耳にはバッチリ聞こえていたようだ。
「て、天さん!せ、折角ですので…少し私とお話しませんか!?」
「え?いや、あの…」
結局、そのあと数分の間マリーと話をすることとなり。会話中、ずっとなんとも言えないきまりの悪さ、首筋が寒くなる思いを、俺は余儀なくされるのであった。




