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第44話 開戦

 ビュンッ!!


 広大な美しい川と、豊かな森林に挟まれた自然みの溢れる景色が広がるだだ広い街道。


 タッ、タッ、タッ…ビュンッ!!


 その情緒ある街道を、疾風の如く走り抜ける人影がひとつ。


「あ〜の〜アマ〜〜」


 風を切り裂いて駆け抜けるその影から、恨み言、怨念にも似た(こえ)が、風切り音に紛れて聞こえてくる。


「まさかの浦島太郎バージョンかよ!!ちくしょーー!十日(・・)はねえだろ!と〜〜かは!!」


 神域から人型界に帰還した花村天は、只今、ソシスト共和国方面に位置する街道の内の一つ、ライニア街道を絶賛爆走中であった。


 〜5分前〜


 生命の女神の神域から解放された俺は、真っ先にある事を確認するため、所持していた、ドバイザーに変わったばかりの自分の端末(スマホ)のトップ画面を開く。


「どうやら…ドバイザーに変化しても、俺のスマホは時刻表示機能を維持しているらしい」


 ドバイザーを見てみると、しっかりデジタル式の時刻表示が画面に映し出されていた。


 …以前、ドバイザーと時間を刻む装置は相性が悪いみたいなことを淳達が言っていたから、ちょっと心配だったが…。


「……よし!」


 手に持ったスマホの時刻表示画面を見て、俺は小さくガッツポーズをする。


 …良かった〜、アレからほとんど時間が経っていない…。


 女神に攫われた?時に記憶していた大体の時刻と、今しがたスマホで確認した時刻が、5分と誤差がなかったからだ。


 …フィナが思わせぶりなことを言っていたから、かなり緊張してたんだが、実際には、あの空間にいた時間はこちらの時間軸で一瞬の間だったらしい…。


 ホッと胸を撫で下ろしたのも束の間。辺りの景色を見渡した俺は、ちょっとした違和感を感じる。


 …あれ?なんで誰もいないんだ?…。


 重傷を負って介抱されていた淳やラム。目の前に転がっていたリザードキングの残骸。それに一緒にいたはずのカイト達はおろか、辺りには人っ子一人いなかった。


 …霧に包まれた場所から少し離れた所に戻されたのか?…。


 そんな思考が頭を過ぎったが、俺はすぐにその考えを改める。


 …いや、間違いなく俺はこの場所でみんなといた筈だ…。


 辺りの景色を再びよく観察して、そう結論づける。


 …あの時は確かに気が動転していたが、淳達が殺されかけた場所を見間違えるほど、俺は抜けてはおらん…。


『じゃあ、なんでみんなこの場にいないんだ?』そう思って、俺は、恐る恐るもう一度自身のスマホの時刻表を確認してみて…


「…………」


 思わず絶句してしまう。


「………マジか?」


 時刻表示を再度確認して、信じられない、信じたくない現実を突きつけられたからだ。


「…うそ…だろ…」


 そこに表示されていた日時(・・)を目視し、その事実を認めたくなかった俺は、普段はほとんど開いてない細目を見開き。一度両目を激しく擦った後、再度スマホの画面を確認する。


「ま……マジかーーー!!」


 頭を抱えて絶叫してしまう俺。


「アレから……10日も経ってる…」


 そう、時刻の方は霧に包まれた時とほとんど変わっていなかったのだが、日付はリザードキング討伐のあの日から、実に10日間が過ぎていたのだ。


 ビュンッ!


「ハァ〜〜…」


 走り抜ける風切り音とは対照的に、俺の吐く息は(すこぶ)る弱々しいものだった。


「10日後の朝とか…朝帰りにもほどがあんだろ…」


 …みんなになんて言い訳すりゃいいんだよ…。


 走るスピードに反比例するように、俺の足取りは限りなく重い。


 …俺の足ならあと10分もしない内に、あの鉱山に着いてしまうからな。それまでに言い訳を考えんと…。


「実際問題…彼等がそこに居るとは限らんが…ハァ〜〜」


 そう言って、もう何度目かになる深いため息をつく。


 …普通に考えれば、いる方がおかしいんだが…。


「むしろ、この場合は愛想を尽かされてるいと考えるのが順当だよな…」


 …カイト達と知り合ってから2日しか経ってないってのに、初っ端の仕事(いらい)中に突然いなくなって、それから10日間も音沙汰がない得体の知れない男のことを、普通なら待ってる方が無理がある…。


「てか、とっくに見限られてるよそんな奴…ハァ…」


 そんな結論に至り、更にその足取りを重くする俺。


「とりあえず、カイト達の事を今日中に探し出して…出会い頭に土下座でもするか…」


 俺はどこまでも弱気だった。


「ん?」


 ピタッ…


 急いでいた為、動力車も真っ青なスピードで走っていたのだが。意識の内で不穏な気配を拾い、走るのを止めてその場で急ブレーキをかける。


 ギィィー!!ビュウンッ!


 猛スピードからの急激な停止により、一陣の烈風が街道に吹き荒れた。


 バサバサバサ…


 豪風は着ていたぶかぶかのTシャツを激しく乱れさす。が、俺はそれを歯牙にもかけずに、気配を感じた方向へと顔をやった。


「…少し離れているが、あっちに()かいるな…」


 俺が感じたもの、それは…


「この感じからすると、Cランクといったところか…」


 魔物の気配であった。


「……さて」


 立ち止まってほんの少し考えたが、俺はすぐに決断して次の行動に移る。


「考えるまでもないか…片付(・・)けておこう」


 …よく考えたらアレから既に1週間以上も過ぎている。今更慌てても仕方がないか…。


 ダッ…ビュンッ!


 そうと決まれば即行動と、俺は地面を蹴り上げ、魔物の気配のある方角へ跳んだ。


 …淳達やカイト達の事を後回しにするわけではないが、ここいらには俺の馴染みの者も多い。少しでも危険な芽は、早い内に摘み取るに限る…。


「それに、この()の力も試しておきたいしな」


 …スキル『生命の目』発動…。


 刹那、俺の瞳に(ほむら)の光が宿り、橙色の輝きを燈した。


「成る程、こいつは便利だ」


 至るところから数字が浮かび上がり、自分の視野の中にいる全ての生物の"戦命力"が視界に映し出された。


 …TVゲームで例えるなら、キャラの頭の上にそいつの体力が表示されているといった感じだな?しっかし、便利は便利なんだが…。


「少々酔うな…」


 現在、俺の視界は数字の海で埋め尽くされていた。その文字たちは、静止しているものもあれば激しく移動するものもあり、様々な変化を常に見せている。


 …自分の視界に入る生き物すべてが対象になっているから、無理もないんだが。余り、自然が豊かな所でこの目を使うのは考えものかもしれん…。


 川で泳いでいる魚や、森を闊歩する動物はおろか、虫や微生物までその(スキル)の対象になっているのだからたまらない。はっきり言って目が回る。


 …フィナが、慣れれば自分の見たいものだけを見分けることができると言っていたのは、こういう意味か…。


「ま、最初はこんなもんか…」


 ・ 510/510


「……いた」


 一際大きな数字が視界に飛び込んできた。他の動物たちの数値は10〜50。対して、その生物は500を上回っている。


 …文字の()()で表示されている。間違いないな…。


 街道から少し外れた森の茂みの奥に、ソレはいた。


「……ゥ…ャ〜…」


 ガサ…ガサガサ…


 俺が見つけた魔物(モンスター)は、風貌は豹のようだったが、尻尾が二又に分かれているのが特徴的だった。


「…ゥ…ルルル…」


 大きな二又の尻尾をうねらせて歩くその魔物の姿を見て、俺の脳裏にはある空想上の生き物が浮かび上がった。


 …まるで猫又だな…。


 今、眼前を悠々と闊歩する猫型の魔物の外見は、祖国(にほん)に昔から伝えられている妖怪"猫又”のそれであった。


 …察するに、あの『コケッシー』とかいう猫のモンスターの進化バージョンか?…。


「…どうでもいいか、ちゃっちゃと片付けよう」


 時間の無駄と割り切り、無造作にその猫又似の魔物に近づく俺。


 ザ、ザ…ザ…ザ


 茂みを掻き分け、歩いている魔物の目の前まで近づいた俺は、ゆっくりとそこで立ち止まり、その魔物へ気軽に声をかける。


「よう」


「…ウル?」


 パチンッ!


 ビリ…


 フィンガースナップで指をパチンと鳴らし、それと同時に、相手が臆さない程度の微弱な殺気を魔物に飛ばす。すると忽ち…


「ウ〜…ウルルーー!!」


 猫型の魔物は、予想通り俺のことを敵と認識して、好戦的な雄叫びを上げる。


「いや〜〜、この世界のモンスターは、本当にどいつもこいつも俺に対して好戦的だから有難い」


 今にも自分の喉笛を食いちぎらんばかりの殺気を放ち、こちらを睨みつける猛獣に対して、場違いながらも、俺は笑顔でそう漏らした。


「前の世界じゃ…まともに俺の相手をしてくれるヤツなんざ、ごく一部だったからな」


 …大体のやつは、俺が殺気や闘気を放っただけで逃げる。今みたいに、自分を弱く見せる擬態をしていても、大概は逃げる…。


 基本的に、逃げ惑う相手の後を追いかけてまで仕留めたりはしないのが、俺の信条であった。


 …逃げる相手を一方的に手にかけるのは俺のやり方じゃない…。


「まあ、これからはそんな甘い事も言ってられんがな…」


 無論この世界では、時と場合により、一切容赦のない無慈悲な刃を、躊躇(ちゅうちょ)なく敵に振り下ろさなければならない場面が、これからいくつも出てくるだろう。


 …その時は、当然俺も躊躇(ためら)わんがな…。


 それでも、こういう私的な狩りでは、相手が命のやり取りに意欲的でないと、正直やりづらいというのが掛け値なしの俺の本音だ。


「もともと喧嘩は上手なんだが…こんな安い火種(ちょうはつ)でほいほい火がついてくれると、やり易いったらないな」


 ビリ…


 そう言いながら二度目の殺気(ひだね)を投下する。


「ウルーー!!」


「きなさい」


 ザヅッ!


 魔物は地をひと蹴りして、一瞬で俺との間合いを詰めてきた。外見通り、瞬発力と俊敏性に長けたモンスターのようだ。


「…伝説超越(レジェビエント)デコピン」


 あらかじめ構えていた右手の指弾きの姿勢。それを迫り来る魔物に向けて、俺は額に標準を合わせ…


 ドバチンッ!!!


 全力(マックス)で指を弾き、カウンター気味に初弾をお見舞いした。


「……ウ…ゥ…ル……」


 ドスンッ!ザザァ…


 眉間を陥没させ、片目が飛び出してしまっている猫型の魔物。俺へ飛びかかってきた勢いを完全に失い、その場で力なく倒れた。


  0/510


 花村 天 YOU WIN


「………終わっちゃった」


 自身のスキル『生命の目』で、自分の足元に倒れている魔物の生死を確認して、思わずそう零す俺。


「まさかデコピン一発で倒しちまうとは……」


 …コケッシーの時もデコピンで倒したから『こいつももしかしたらいけんじゃね?』とか冗談半分の思いつきでやったんだが…。


「マジでデコピンだけで倒せちまうとは思わなかった……」


 自分の手の平と、既に事切れている魔物を、交互に一度ずつ見てひとつ頷き…


「まあ…いいか」


 …倒せたんだから結果オーライだ…。


「それより…」


 ゴソ


 おもむろにズボンのポケットからドバイザーを取り出す。


「俺の端末(スマホ)が、実際にドバイザーの各種機能を使えるかどうか…試すチャンスだ!」


 …自分のステータスはスマホで確認できた…。


「なら、次はこれだ」


 俺は片手でスマホを操作して、倒れて絶命している魔物の頭上にそれを掲げる。


 パッ


 すると猫型の魔物は一瞬で、俺の足元から消え去った。


「…よし!」


 その光景を見て、俺は小さく拳を握る。今おこなった一連の動作は、間違いなくドバイザーに物を収納する時に起こるモーションであった。


 …しかも、前に持っていた一般的なドバイザーより収納速度が数段速い。(ゴッ)ドバイザーの名は伊達じゃねえな…。


 そんな事に関心しながらも、俺は魔物がしっかりと自身のスマホに収納されているかを確認する。


「…うお!」


 俺は思わず声をあげてしまう。魔物の収納画面を確認して度肝を抜かれた。


【魔物】

・脅威 Cランク

・名前 クレイジーキャット

・重量 760Kg

 魔石にしますか?

 保存しますか?


 可(魔石)←

 否(保存)


 画面には、ドバイザーに入れた魔物の簡易的な情報が映し出され、さらには、魔石変換までおこなってくれるであろう選択肢まで存在したのだ。


「収納してそのまま魔石にできんのかよ…」


 …超便利だ。さっき『あのアマ』とか言ってすみませんでしたフィナ…。


 心の中で女神(フィナ)に謝りながら、一応試しにと、俺は『クレイジーキャット』と呼ばれる先ほど倒した猫型の魔物を、魔石変換してみることにした。


 可(魔石)← …ポチ


 ヒュン


 可に合わせてその文字をタップした瞬間、スマホの画面が青白く光輝く。そして、すぐさま新しい画面に移り変わった。


【魔石】

・種類 クレイジーキャットの魔石

・ランク C

・状態 最良

 お金にしますか?

 神PTにしますか?

 保存しますか?


 お金(500万円)←

 神PT(0.5神PT)

 保存


 現在の所持金40億円

 現在の所持神PT60


「…凄え」


 …もうあの女神に足向けて寝られねえは俺…。


 スマホの画面を凝視しながら素直にそう思った。


 ………そうだ!…。


「…ゴク」


 このスマホは、正真正銘のドバイザーだということに、もはや疑う余地は微塵もない。なら例の機能も普通に使用可能だと、俺は神妙な面持ちで喉を鳴らす。


「ひとまず…」


 保存←…ポチ


 一旦クレイジーキャットの魔石を保存して、スマホを最初(トップ)の画面に戻した。


 ガサゴソ


 そしてズボンの尻のポケットから、落ち着かない手つきで財布を取り出す。


「………」


 そこまでの俺の動きには欠片も余裕がない。まさに真剣そのものだ。


「…当たり前だが、こっちに来てから、人生で初めて体験することが多すぎる気がする…」


 ぎこちない動作で自分の財布から二枚の白い名刺を取り出し、それをジッと見つめる。


 ドクンッ…ドクン…ドッ、ドッ…


「…スーハー…スーハー…」


 高鳴る鼓動を落ち着かせるよう深呼吸を数回してから、もう一度スマホを握りしめる。


 …ついに…遂に俺の携帯にも、親父以外の連絡先を登録できる…。


 余談だが、俺はこれまで自身のスマホで電話はおろか、メールすらほとんどした記憶がない。理由は簡単。登録されている連絡先が親父のものしかないからだ。


 …その唯一、登録されている親父の連絡先だって、今じゃ無いようなもんだ…。


 そう、実質俺のスマホは、今現在、携帯電話なのに誰の連絡先も入ってないという哀しい文明の利器だ。


 …そんな悲しい端末に、いきなり大国の大統領(シスト)とその美人秘書(マリー)の連絡先を入れられるなんて…。


「…スーハー…スーハー…落ち着つけオレ…」


 特に、女性の連絡先が自分の携帯電話に登録されるなど、俺にとっては大事件だった。再び数回深呼吸をして、震える指先でスマホの画面を操作する。


「まさか…まさかこんな日がくる…なん…て?」


 怪しい独り言をつぶやいていた俺の頭に、突然疑問符が浮かぶ。


「……なにこれ?」


 ドバイザーを嬉々として操作し、さっそく俺は、シストとマリーの連絡先を登録するべく、連絡先一覧表を開いたのだが…


【すべての連絡先】

 ・ハニー❤︎

  :

  :

  :


 見覚えのない奇妙な表示が目に飛び込んできた。そこには、存在しないはずの連絡先が、欄に一件だけ登録されていたのだ。


 …俺の記憶が正しければ、携帯の一番上にあったのは"親父"の連絡先だったはずだが…。


「誰だよ『ハニー❤︎』って……」


 …いや、予想はすでについている。てか、十中八九あいつしかいない…。


「………見なかったことにしよう」


 本能的にそう思った俺は、その謎?の連絡先を無視することにした。


 ポチポチポチポチ…


 気を取り直し、二人の連絡先の登録をすませるため、スマホの操作を始める。


「……フー…フー…」


 鼻息を荒くして、普段は開いてるか開いてないかわからないほどの細目を、ギンギンに血走らせ、手に取った二枚の名刺とスマホの画面を何度か交互に見返し、遂に…


【すべての連絡先】

 ・ハニー❤︎

 ・おっさん

 ・マリーさん

 :

 :


 人生で初となる、肉親(おやじ)以外の連絡先(ばんごう)を、自らのスマホに登録するという小さな夢が叶った。が、その事に対する感動より先に、登録し終えた連絡欄の画面を確認して、俺は一つの違和感を感じる。


「……ん〜…『おっさん』は、さすがに失礼過ぎるよな…」


 それは、シストの無線番号の登録名をどうするかという事だった。


 …マリーさんはそのままでOKだ。問題はおっさんをどういう登録名で表示するかだが…。


「普通に考えたらシストかシストさんだと思うが…」


 …どっちも違うんだよな〜。上司を呼び捨て登録は俺の中では論外。しかし、シストさんだとおっさんの性格上、高確率で嫌がる…。


 今迄、誰の連絡先もスマホに登録したことが無かった俺は、こういう時にどうすれば良いのかわからない。


「シスト大統領、シスト会長…いや、なんか違う…」


 結局悩んだ結果…


【連絡先すべて】

 ・ハニー❤︎

 ・オッサン

 ・マリーさん

 :

 :


 カタカナ表示で『オッサン』と記入した。


「…根本的に最初とまるで変わっとらん気もするが、まあ…いいか」


 ひとまず連絡先の登録は完了した。


 …多少の違和感は残るが、これで納得することにしよう…。


「じゃあ…次はいよいよ……」


 …“電話“…無線をかけるぞ…。


「……ゴク」


 またしても一大イベントが発生する。


「と、とりあえず…お、おっさんにでも、か、かけるかな……」


 間違って、一つ上の『ハニー❤︎』をタップしないよう、慎重に『オッサン』に指の標準を合わせる。


 ・ハニー❤︎

 ・オッサン←…ポチ

 ・マリーさん


 …ドッ、ドッ、ドッ、バクバク…


 動悸が激しい。自身の携帯で親父以外に“電話をかける“こと、これも、俺にとって人生で初めてのことであった。


 トゥ、トゥ、トゥ…


「…フー…フー」


 …お、おちつけ…落ち着くんだ俺!おっさんに無線をかけるのも初めてじゃない。た、たかが、自分の携帯で、で、電話をするだけじゃないか!…。


「………」


 ガッチガチに緊張した面持ちで、額の汗を手で拭いながら、シストが無線に出るのを待った。


「ま、まあ、おっさんもアレで多忙だからな?無線に出れるかわからんし…で、出られなかったら、また次の機会に電話しよう…」


 …かかってから5コールまで粘れば十分だよな?…。


 人生初の出来事だったせいか、俺はかなりの弱腰だった。


 トゥ、トゥ、トゥ……トゥルル


 …かかった!…。


 無線が繋がり、5回までは粘ればろう、そう思った矢先に…


 ルル…ガチャッ


 …ま、まさか初っ端で出るだと!!…。


 通信が繋がって間を置かずに、シストはその無線に出てしまった。


 …ちょ、待ておっさん!まだ心の準備が…。


「も、も、もしもし…お、おっさ…」


 内心焦りながらも、必死に気を落ち着かせる俺。半ばろれつが回らない口調で、無線の対応をしようとするが…


「シャロンヌか!詳細は緊急信号コードで記載した通りだ!事は一刻を争う事態!すまないが大至急現地に向かって欲しいのだよ!!」


「……すみません花村です」


 別の人と間違えられてしまう。


「儂も出来うる限りの協力を惜しま…ん?はなむら!?」


 ドバイザーの向こうにいるシストの声からは、疑問と困惑の色が伺える。おそらく、シャロンヌという人物と直前まで連絡を取り合っていたのだろう。要するに、いま俺はお呼びではない。場違いということだ。


 …なんか…色々と(くじ)けそうだ…。


 人生で初めてである友人への電話。それを頭から否定され、俺は色んな意味で心を折られてしまいそうだった。だが、そのおかげで冷静さを取り戻すことに成功する。


「花村天だよおっさん」


「…おお!!天君か!!!」


 辺りにシストの激声が響き渡る。無表情でスマホを耳からやや離す俺。


「………」


 …相変わらず馬鹿でかい声だな…。


「て、天さんですって!!」


 ドバイザーの向こうから、遠巻きに女性の声も聞こえてきた。


 …どうやら、側にマリーさんもいるみたいだな…。


「何やら取り込み中だったみたいだな?後で掛け直した方がいいか?」


 遠慮がちに俺が尋ねると…


「いいや、このままで大丈夫だ。取り乱してしまってすまないな天君…」


 無線を取った時の慌てようが嘘のように、シストは落ちついた様子でそう返事をする。


「フゥ…儂とした事が冷静さを欠いていたようだ…。君に感謝せねばならんな」


「なに、お互い様だ」


 …ある意味、俺もおっさんの最初の応対で頭を冷ましたからな…。


「ん?どういう事かね?」


「…こっちの話だ。気にしないでくれ」


「大統領!大統領!ほんとに…本当に天さんからなんですか!!?」


 落ち着きを取り戻したした男性二名とは裏腹に、興奮して落ち着きがない女性が若干一名。


「落ち着きたまえマリー。彼に相違ないのだよ」


「お久しぶりですマリーさん。その節は突然いなくなってしまって、申し訳ありませんでした…」


 声のトーンを一段上げて、シストの側にいるであろうマリーの耳に聞こえるよう、俺は彼女に声をかける。


「天さん!!!いいえ…いいえ!アレは仕方のないことですわ!」


 俺は驚いた。彼女のその言葉は、神域から帰還してから今まで、ずっと胸の内に(くすぶ)っていた俺の懸念を打ち消す。


「この度はご苦労様でした…お帰りなさい天さん…」


 優しげな声で、はっきりと丁寧口調でマリーはそう俺に言ってくれた。


 …『お帰りなさい』…か…。


 マリーからの言葉を受け取り、表情からは険がとれ、胸がスっと楽になるのを感じる。彼女は、この10日の間、俺の身に何が起こっていたのか、その全てを承知しているという事が一瞬で理解できた。


「はい…ただいま帰りました」


 自然と俺は、あまり言い慣れない台詞を口にしていた。『ただいま』などと、正直言って、もといた世界でも口にした記憶がほとんどないというのに。


 …でも…。


 でも悪い気はしない。素直にそう感じて、気がつけば俺は、口元を綻ばせていた。


 …もしかしたら、フィナやおっさんよりも、俺が一番頭が上がらんのはこの人かもしれんな…。


「…そうだ」


 マリーと会話をしていて、俺はふとある事を思いつく。


 …別に近くにマリーさんがいるなら、わざわざ、忙しそうなおっさんと話さなくてもいいか…。


「なあ、おっさん」


「ん?何かね?」


「思ったんだが…そこにマリーさんがいるのなら、一度この無線を切って、マリーさんのドバイザーに掛け直そうか俺?」


「え…え〜!!?」


 そう提案すると同時に、奇声にも似たマリーの叫び声が、ドバイザーの向こうから聞こえてくる。


「ふむ…」


「正直あれからどうなったか…聞きたい事は山ほどあるからな?おっさんは今忙しそうだし、マリーさんなら、きっと俺が聞きたい事を全部知っていると思うし…」


 …淳やラムの容態。カイト達のその後。帝国のヘルケルベロス事件とその他様々な事柄を…。


「だからさ、おっさんとの無線は一旦止めて、俺はマリーさんから色々と話を聞くから、おっさんは…シャロンヌさんだったか?その人と至急の案件を進めてくれ」


「そ、そ、そういう事でしたらお任せ下さい!!」


 シストより先に、俺の提案を受け入れて返事をしたのは、(シスト)の側で打ち合わせを聞いていたマリーだ。どういうわけか、随分と嬉しそうな声音だった。


「大統領!では、早速私は天さんと別室でお話しをさせていただ…」


「それには及ばんのだよ」


 興奮気味に喋るマリーを遮り、シストは、俺からのその案をやんわりと退けた。


「冷静になってよく考えれば、シャロンヌには緊急信号コードで大方の事情を説明してある」


「え!?ちょ、会長(・・)!!」


「…従って!シャロンヌがこの緊急時に儂の所へ連絡してくる可能性はかなり低い」


「成る程…」


「そんな暇があるなら、彼女(・・)はきっと現地に直行するだろうしね?今回の件がスピード勝負になるということは、彼女も重々承知済みなのだよ」


 …彼女ということは、シャロンヌというのは女か…。


 少し気になって、一瞬そんなことが頭をよぎるが、今はどうでもいいかと瞬時に気にするのを止め…


「…了解だ。じゃあ、俺はこのままおっさんへ質問攻めしても問題ないんだな?」


「うむ!天君が神隠しに会っていた10日間にこちらで何が起こっていたか…君が知りたいこと、聞きたいことは、すべて儂の方から話そうではないか!」


 …話が早くて助かるな…。


「有難い。じゃあ早速、いくつかおっさんに尋ねたいことが…」


 せわしなく、淳達とカイト達の事を(たず)ねようとした時だった。


「……怨みますよ会長…」


「ビクッ」


 どこからか、怨嗟を孕んだ女性の声が俺の耳に入ってくる。その声のあまりのさめざめしさに、咄嗟に俺は体を震わせた。


「お、おいおっさん…」


「構わんのだよ…儂だって天君と喋りたいのだよ!!」


 その言葉は俺に向けて言ったものなのか。違う、きっとドバイザーの向こうでは、二人の壮絶な睨み合いが繰り広げられているのだと、本能的に悟った俺は…


「いや〜、聞きたいことがいっぱいあるから、どれから聞こうか迷うな〜…」


 これ以上この二人を刺激しないように、素知らぬふりで知りたかった事柄を、さっさとシストに()くことにした。


「お、おっさん、色々と立て込んでるみたいだし、すぐに話を聞かせてもらってもいいか?」


「うむ!なんでも、わ・し・に!質問してくれて構わんぞ!」


「会長!!そのドバイザーを私に貸して下さい!!私が天さんとお話しいたしますわ!!」


「くっ!マリー!まだ諦めておらんのか!!悪いがこれだけは譲れんのだよ!こ、コラ!服を引っ張るのはやめなさい!」


「…………」


 …いや、俺の無線を取り合ってくれるのは正直嬉しいんだが、時と場合を考えましょうよお二人さん…。


「フゥ〜…すまんな天君。決着はついた…なんでも()に聞いてくれたまえ!!」


 …なんの決着だよ…。


「うぅ…どうして私は…チョキを出してしまったの…」


 …ジャンケンしてたの!?…。


「……まあいいか」


 その事について、深く追求するのはやめることにした。


「…淳達やカイト達のその後。帝国のヘルケルベロスの事件の顛末やら、俺がいない間に起こった諸々を…できるだけ詳しく教えてもらいたい」


「あいわかった!」


「…お願いする」


「さて…何から話そうか…」


 大雑把な俺の質問内容に、シストが思索する素振りを見せていると、すっかり落ち着きを取り戻したマリーが、静かにシストへ助言をする。


「きっと天さんがいま一番知りたいことは…淳さんとラムさんの事だと思いますよ大統領…」


「………」


 …ほんと、マリーさんには頭が上がらんな…。


「…そうだね。では、まず初めに、淳君とラム君がその後どうなったのか…儂が知りうる範囲で話させてもらおう」


「……頼む」


「うむ…彼等は…」


 シストが話し出してからどれぐらいの時間が経ったか。おそらく1時間近くは経っていると思う。結局、シストとマリーは、二人で仲良く話していた。


「…いま儂とマリーが話したことが全てではないだろうがね?儂等が教えられることは、厳密に話させてもらったのだよ…」


「…はい」


 その言葉通り、シストとマリーは自身が知り得る限りの全ての情報を、事細かに俺に教えてくれた。


「…そうか、ラムと淳は……」


 ラムが左目を失明して故郷の病院に入院していること。淳がほぼ全身付随で実家で寝たきりになってしまっていること。


 …カイト達も俺がいない間、頑張ってくれてたんだな…。


 みんなが俺がいなくなっている間も、新支部の立ち上げに尽力を尽くしてくれていたこと。


 …その頃、俺は女神と楽しくお喋りしてた…。


 普通なら『言い出しっぺの癖にいい御身分だな』と軽蔑されてもおかしくない。おかしくはないが…


 …きっとあいつら((シロナ)以外)のことだがら、笑って許してくれるんだろうな…。


「……頭が下がるぜ…」


 そして帝国のヘルケルベロス事件の顛末と、その時に起こった不可解な現象。シスト達が討伐した片割れとは異なる、討伐者不明のヘルケルベロスの変死体。


 …コレに関してだけ言えば、親父(・・)()んだ可能性が高い…。


「…おっさん。いま教えてもらった話の中で、いくつか確認をとりたい事があるんだが……まだ時間は?」


「大丈夫だ。シャロンヌが現地に到着するまで、まだ多少時間はかかるのだよ。確かに、儂とマリーがいま君に伝えた内容は大まかなものだったからね?気になる点があれば遠慮なく聞いてくれ」


「……感謝する。フーー…」


 重い空気と話の内容に、先ほどから詰まらせていた息を大きく吐いて、俺は気になった幾つかの事柄の検証を始める。


「淳とラムは…現在、生死をさまよっているとか、明日もわからぬ命ってことはないよな?」


「それは心配いらんのだよ」


「はい。先日も、私は淳さんと面会してきましたから…」


 意識してではないだろうが、マリーの語り口調は、決して明るいものではなかった。


「…淳さんも、側で看病をしていた弥生さんも…私はとても見てはいられませんでした…」


 (あつし)が現在どういう状況なのか、容易に想像がついてしまうほどに。


「…ただ、意識だけははっきりしていましたわ」


「…貴重な情報をありがとうございますマリーさん。それにおっさんも…暗い話を振っちまって悪いな…」


(くだん)の事件を思うと、儂も胸が痛む。淳君とラム君は弥生君とジュリ君を護る為に取り返しのつかない傷跡をその体に残した…」


「……そうですね…でも、それが『冒険士』という人種ですわ」


「うむ。その通りなのだよ」


「…違いない。命の危険に常日頃から晒され続ける…それが冒険士の生き方だ。淳やラムもそれは十分承知の上だろう…」


「ええ…お二人とも、誰かを責めたり、後悔の念を込めた言葉は、怪我の治療中、一言も口にしませんでしたわ。あんな体に…なってしまったのにです…」


「ほぼ全身付随と片方の目を失明…確かに重い傷なのだよ……しかし!!淳君とラム君は"命"という点のみなら別状はないのだよ!」


「天さんと…アクリアがあの場に居合わせたことは、あの二人にとっては僥倖でしたわね…」


 …アク…。


 彼女の名をマリーが口にした瞬間、あの時の記憶が鮮明に蘇る。使命感を帯び、凜としたアクリアの姿を、俺は生涯忘れないだろう。


 …彼女がいなかったら、ラムはともかく淳は八割方助からなかっただろう…。


「ラム君が入院している病院、淳君の御実家。双方から、その後の二人の怪我の経過は、ちくいち報告を受けている。確かに二度と戻らないものもある…だが命は…」


「いや、淳とラムが無事に生きているのなら、二人の体を…元通りに完治させることができるかもしれんぞおっさん!」


 自信に満ちた声、確信に満ちた口調で、俺はシストの哀愁漂う言葉を否定した。


「そ、それはどういうことですか天さん!!?」


 突拍子もない事を言い出した俺に対し、マリーは仰天しながら疑問をぶつけてくる。


「淳さんとラムさんが以前のような健康体になるなんて…はっきり言って、レベルファイブの回復魔技を使用したとしても、限りなくゼロに近いことですよ!?」


 淳とラムの惨憺(さんさん)たる現状を目の当たりにしている彼女には、信じられないという感想は妥当すぎる。


「天君!もしや君を神隠ししたお方とは…」


 慌てふためくマリーとは逆に、シストはどうやら思い当たる節があるようだった。今言った俺の言葉が、絵空事ではなく紛れもない真実であるということを。


 …やはり『真理英雄種』であるおっさんならわかるか…俺の言っている事が狂言ではないってことを!…。


「察しの通りだおっさん。俺は生命の女神“フィナ“の直属の英雄になった。選んだ恩恵は…当然『生命の玉』だ!」


「…ククク…が〜はっはっはは〜〜!!!」


 途端、シストは大声で笑い出した。反射的に、俺はドバイザーを耳から離す。


 …おっさんうるさい。だがまあ、やっといつもの調子に戻ってきたな…。


「ククク…実はね天君?儂は予感していたのだよ!君がもし、フィナ様の直属の英雄となれば、必ずやその恩恵を選ぶとな!!」


「他にも色々あったんだが…はっきり言って、これ以外の恩恵には目もくれなかったよ」


 …ストックがあれば、迷わずに、全てのポイントをあのアイテムに注ぎ込んでたからな俺は…。


「あの時の俺にとって、土下座してでも手に入れたいほど魅力的な恩恵だったからな?あの恩恵のストックが2つ以上あって、正直ホッとしたよ」


「が〜ははははは!!それでこそ……それでこそ儂が惚れ込んだ漢なのだよ君は!!」


「大国の英雄王にそこまで言われると、悪い気はしないな?光栄至極ですシスト殿()


「が〜はっはっは!!!」


「…ええと」


 ドバイザー越しに、男同士でたわいのない言葉遊びをしていると、女性の怪訝そうな声が聞こえてくる。無論マリーだ。


「雲の上の会話なのはなんとなく理解できるのですが、大統領と天さんは一体どんな話をしているんですか?選ぶ恩恵がどうとか……差し支えなければ私にも…」


「ふむ…マリーにも教えてやりたいのは山々なのだがね?その事情については制限され…」


「あ〜〜、おっさん、俺から説明するよ」


 俺はシストとの話を一旦中断して、今の俺達(しんりえいゆう)の会話内容を、マリーに説明することにした。


「マリーさん。この世界には人型を管理する三柱の神様が存在するのは…勿論ご存知ですよね?」


 前以てドバイザーのスピーカー機能をオンにしてあったので、通常の無線と変わらぬ要領でマリーへと話しかける。


 …ん?なんだこの違和感…この世界の常識を俺が説明するのって、なんか変じゃね?…。


「………紙幣でお馴染みのあの方々です」


 自身の言葉に僅かながら疑問が湧いたが、今更だと俺は割り切った。


「は、はい!創造の神マト様、知識の女神ミヨ様、生命の女神フィナ様ですね!」


「はい、そうです。…では、英雄になるとその内の一柱の直属の…まあ、言ってみれば部下になるんですが、このことはご存知ですか?」


「そ、そうなんですか!?」


「…例えば、おっさんは知識の神様のミヨ様。亜人の女王…クイーンルキナは、創造の神様のマト様。そして、俺の直属の主が生命の神様のフィナ様です」


「…………」


 シストは空気を読んで、俺とマリーの会話を黙って傍観してくれている様子だ。


「…し、知らなかったですわ」


「これは神々に認められた英雄達の真実であり、この世界の理の一部でもあります」


「私は…興味本位で、とんでもないことを天さんと大統領に聞いてしまったのかしら…」


 マリーは若干気後れ気味にぼやく。


「で、でも、そう言えば…大統領も相手の脅威判定がわかる目の力をミヨ様から授けられた物だと、前におっしゃられておりましたわね」


「それですマリーさん。まさに、その話を今していたんですよ、俺とおっさんは…」


「え…っと?それはどういう…」


「神々の直属の英雄に認定されるとですね、自分が配属された直属の上司(あるじ)である三柱神の内の一柱が携わっている…いわば神のスキルやらアイテムを、恩恵という名目で選ぶことができるんです」


「ほぇ〜〜…」


「…驚いたな」


 間の抜けた声で感心しているマリーとは対照的に、その説明を同じく一緒に聞いていたシストは、いつになく真剣な物言いで、俺に感心しているようだった。


「でですね。俺の直属の主であるフィナ様の恩恵の中に『生命の玉』というアイテムがあったんです」


「……ゴク。聞くからに凄そうなアイテムですね…」


「はい…神様の恩恵だけあって効力はもの凄いものです。フィナ様が言うには、どんな傷や不治の病でも完治させる奇跡のアイテムらしいんです」


「ほ、本当ですか!!じゃ、じゃあ!そのアイテムを淳さんとラムさんに使えば…」


「イエス!!これもフィナ様ご本人が言っていたことですが『このアイテムを使えば重傷を負う以前の状態より元気になるのじゃ』…だそうです!」


「……よ…よか…」


 ドバイザー越しで何かを堪えるような、マリーのかすかな声が俺の耳に届いた直後…


「よかった〜〜!!!だ、大統領があの時におっしゃっていたのは…こういうことだったんですね!!」


「が〜はっはっは!!!その通りなのだよ!!儂はあの時から…天君が神隠しに遭ったと知らされた時から、こうなるのではないかと予感しておったのだ!!がはははは!!!」


 感無量の思いとともに、彼女とシストの叫び声が俺の鼓膜を貫いた。


 …何気に似た者同士かもしれん。この大統領と秘書は…。


「しかし驚いたな…たった今、天君がマリーに伝えたことの大部分は、人型(われわれ)にとって伝言制限されておるはずの諸事情…なのに君ときたら」


「その事については、おいおい全部話すよおっさん。ただ一つだけ言っておけば…俺は"伝えられる"んだよ」


「がははは!!そういう事かね…まったく君は、どこまでも規格外だね?結構!儂ももう何も訊かんのだよ!」


「…感謝する」


 …こういう男気がある人物が上司だと、色んな意味でやり易いな…。


「それでなんだが…おっさんにちょっとした頼みがあるんだ」


「ふむ…何かね?」


「言った通り、俺は一刻も早くフィナ様の恩恵で淳とラムの怪我を完治させたい。だから、二人がいまいる場所の住所を教えてもらいたいんだが…」


「……………」


 頼みごとを口にしたら、すぐに『お安い御用だ』的な返事が返ってくるものだと俺は思っていたのだが、シストは、沈黙したまま一向に口を開かない。


 …あれ?なんか黙っちゃったんだけどおっさん…俺の声が聞こえてなかったのか?…。


 そんな懸念を抱いていたら、側にいたマリーが、俺とシストの会話に入ってきた。


「どうなされたんですか大統領?急に黙ってしまわれて?あの…もし、お二人の現在地の正確な住所をご存知ないのであれば、私の方から天さんに教えさせていただきますが?」


 …やっぱちゃんとに聞こえてるはずだよな?だとしたら…。


「…おっさん?」


「すまない天君!!」


 無言のままの彼をもう一度呼ぶと、無線越しでもはっきりわかるほどの目一杯の謝罪の念を、俺に送ってくるシスト。


「だ、大統領!?ど、ど、どうなされたんですか!?」


 マリーもそんなシストを目の当たりにして、かなり動揺している様子だ。おそらく、向こうではシストが俺に詫びる同時に、なんらかの行動をとったのだと考えられる。


 …おいおい、マリーさんのあの驚きよう。まさかおさっん、自分のドバイザーに土下座でもしたんじゃないだろうな?…。


 迂闊だった。シストのいまの心境と謝罪した理由を察し、心底そう思う俺。


 …俺としたことが浮かれていた…おっさんが現在どんな状況か考えれば、容易に予想できただろうに…。


「天君、誠に言いにくいのだが…その件は少し後回しにしてはもらえんかね…」


「フッ…まったく、人使いの荒い上司だぜ」


 その場を和ませるため、俺は、あえて茶化す口調でシストに返事をするが…


「…すまない。君が今…どのような心境なのかを理解しておるというのに、それでも君の力を頼ってしまう…頼らずにはいられない、不甲斐ないこの儂を…どうか許して欲しい…」


 その所為で、更にシストは責任を感じてしまい。結果、思いっきり逆効果であった。


 …不味い!失敗した〜!てか、おっさんは責任感が強いから、フィナみたいな軽い女神と一緒にしたら駄目だろ俺!…。


「じょ、冗談だ!ほんの冗談!!間に受けないでくれ!」


 女神との言葉遊びの癖がまだ抜けてなかった俺は、慌ててシストに弁解する。


「いつもみたいに『がははは!!そこを頼むのだよ』とか言って返してくれよおっさん!調子が狂うぞまったく…」


「そ、そうですよ!!大統領がいつもみたいな馬鹿笑いをしていないと、こちらも調子が狂いますわ!」


「……君達は常日頃、儂のことをそんな風に見ていたのかね…」


「いや、俺はそこまでは言ってない」


 キッパリと言い切る。


「て、天さん!ここにきて、まさかの裏切りですか!!」


「すみませんマリーさん。でも、さすがに上司に向かって馬鹿はないかと…」


「う、あ、アレは…そ、その、言葉の綾といいますか…」


「…ぷふ……が〜はっはっは!!」


 マリーのお手つきに、シストがたまらず吹き出した。


 …お、どうやら調子が戻ったみたいだな?…。


「ち、違うんですよ大統領!た、たまたま言葉の中に馬鹿という単語が入ってしまっただけで、私は大統領のことを心から尊敬…」


 本人は取り繕おうと必死のようだが、結果的には彼女のファンプレーである。


「マリー、それはもういい!確かに、いささか今のは儂らしくなかったのだよ」


「おっさん」


 シストの調子が戻った頃合いを見計らって、俺は真面目な声で彼を呼んだ。


「再確認するが…淳とラムは、いま現在命を落とす危険性はないんだな?」


「100%絶対とは言い切れんがね?それでも、彼等が現状、命を落とすことはほぼあり得んだろうな?」


「私もそう思いますわ」


 シストに続き、マリーも断言する。


「….こう言っては不謹慎かもしれんがね、ある意味、健康体で冒険士の職務を遂行するよりも、室内で絶対安静の今の方が、彼等が命の危険に晒される可能性は低いのだよ」


 …違いない。野外でモンスターと戦っているよりも、ベットの上で寝ていた方が、間違いなく安全だ…。


「オーケーだ…淳とラムの件は後回しにしよう。…おっさん、緊急(・・)案件(・・)とやらを訊かせてくれ」


「すまないな…」


「なに、気にするなよ。それに、俺も頼られて悪い気はしないしな?ちなみに、俺の周りには人っ子一人いないから、気兼ねなくどうぞ」


「フフ…。そういえばカイト君も言っておったが、君にはかなわんな…」


 …ん?カイトがなんか言ってたのか?…。


 一瞬まるで関係のない事を考えてしまった。しかし、シストが重厚な声で告げたその事件の詳細が、俺の意識を瞬時に引き戻す。


「ランド王国 第一(・・)王女"アリス姫"が、昨日(さくじつ)、世話役の数名の侍女とともに…何者かに攫われたのだよ」


「………」


 彼が依頼内容を告げると同時に、熱を帯びていた頭が急激に冷めていくのを感じた。俺の中でスイッチが切り替わり、胸の内で無情なる青い炎が灯る。


「……奴等(・・)か…」


 このタイミングでそんな所業を行う組織など、他には存在しない。


 …それにしても、11年前と同じ過ちを繰り返すとは、ランド王国の王室は、どうやら無能揃いのようだ…。


 それが、俺のランド王国の王族や貴族達への第一印象であった。


「目撃者は誰もおらん…が、おそらく王女を攫ったのは…」


「シナットの信者…」


 あえてその呼び名で、俺は奴等を表現した。


「そう考えるのが妥当であろうな。いいや、まず間違いなく裏で奴等が動いているのだよ!」


「…承知した。つまり、おっさんが俺に頼みたい事というのは…」


「うむ!邪の信者の手に落ちてしまったであろうアリス王女の奪還を…君に依頼したいのだよ!!」


 …運がいいな…。


 不謹慎ではあったが、俺はそう思わずにはいられなかった。


 …いきなりランド王国の闇に深く入り込める機会(チャンス)がきた。奴等との直接対決も上手くすればすぐに実現する。そうすれば、アクの母親(クリアナ)の何らかの情報も手に入るかもしれん…。


 この依頼は、俺にとって渡りに船だった。


 ガサガサガサ…


 その緊急の案件について、シストと話し合いをしていた矢先、自分の立ち位置から50メートルほど離れた茂みで、何者かの影がうごめいた。


 ガサガサ…ザザザ…


 接近する影の気配を感じ取り、俺は冷淡に囁く。


「……わざわざ出てこなければ…或いは助かったものを…」


 俺のその宣告とともに…


 ガサッ


「グ〜…ゲー!!」


 茂みから一匹のリザードマンが姿を現わす。


「ん!?天君!なにやらモンスターの鳴き声のようなものが聞こえたが、何かあったのかね!?」


「わ、私の耳にも聞こえましたわ!!天さん!一体どこから無線をかけているんですか!?大丈夫なんですか天さん!?」


 ドバイザーの向こうから、シストとマリーが俺の身を案じるように声をかけてくる。


「悪いなおっさん…大事な話の途中なのに…」


 俺はドバイザーを耳に当てて会話を続けながら、リザードマンの方にゆっくりと体を向ける。


「…すぐに黙らせるよ」


 シュンッ


 足元に散らばる木の葉が数枚舞い上がり、俺の姿が陽炎のように揺らめき、煙のように消えた次の瞬間…


 ボッ…


「グ………」


 50メートル先の茂みにいたリザードマンの首から上が無くなり、魔物は糸が切れた人形のようにその場で倒れ込む。


 バスン…


 倒れ込んだリザードマンの亡骸には目もくれず、左手でリザードマンの首を掴み、右手でドバイザーを耳に当てた姿勢。


 …トッ…トン…


 リザードマンの亡骸が横たわるさらに5メートルほど先の大木の根元に立ち、その大木に背中でもたれかかりながら、俺はなに食わぬ顔でシストとの会話を再開する。


「おっさん…アリス王女の奪還、確かに承った」


「おお!やってくれるかね!」


「勿論だ。俺に……」


 …いや、違うな…。


 シストからの依頼を受けようとした時。不思議と俺の脳裏に浮かんだのは、微笑む仲間達の姿であった。


 …みんな…。


 カイトにアクリアとリナ、見切れながらも端の方にはシロナの姿もあったと思う。


 …いかんな。自分のみで動いているという考えはもう捨てるべきだ。俺はすでにチームで動いている。これから先、いくら戦闘で俺が個人技を披露しようとも、それとこれとは話が別だ…。


 何よりも、得体の知れない自分を信頼してくれた彼等に対して、それはあまりに失礼だ。自戒の念を強め、俺は改めてシストの依頼を受理する意志を伝えた。


「おっさん…俺達(・・)に任せな」


 俺は自信を持って宣言した。


 …そういや、ガキの頃によく親父が言っていたな…。


 彼はいま、幼き頃、実の父親に幾度となく言われ続けていたある言葉を思い出していた。


『キャハッ!天天(てんてん)がいつか大人になったら、二人で軍隊を率いて戦争したいね?あ、もちろん僕と天天は敵同士だよ!オールオアナッシングの全面戦争をしたいな…』


 話の内容まではっきりとは覚えていない。だが、実の子を相手に、子供のように無邪気に話す父親のことを、彼は鮮明に覚えている。


『そう、文字通り…たがいの全部(・・)を賭けてね……キャハハハハ!!』


「……フゥ…」


 ………グシャッ


 ズゥン…


 掴んでいた魔物の頭を握り潰し、男は鬼神の如き闘気を身に纏う。


「……いいだろう」


 これより、花村天を将とする人型軍と、花村戦を将としたシナット軍との大戦の火蓋が切って落とされる。


 …お()い…もう後戻りはできねえぞ…親父…。


 彼は、神々から与えられた自身の役割を心得ている。我こそは敵軍を絶望と慟哭に染め、自軍に希望と勝利を(もたら)す者なり。


「…さぁ…はじめようか…」


 賽は投げられた。神々の代理戦争、ここに開戦。


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