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第43話 序曲

「王よ!!小生は…あれほどご忠告したではございませぬか!!」


「うう…」


 世界でも有数になろう、華美で、それを目にした者、そこを利用した者、その全てを圧倒する上質な高級感を漂わせるエクス帝国ロイヤルホテル。


「まったく!貴方様はいつもいつも!!」


 そんな美々しい建造物が霞んでしまうほど、優美で贅を尽くした煌びやかな広間。その豪華絢爛な広間から、誰かの怒鳴り声が聞こえてくる。


「王よ!!何故(なにゆえ)、野外でアリス()から目をお離しになられたのか!!」


「うう…」


「しかも!世話係の侍女を数名そばに置いただけで、護衛の騎士は一人として姫に付けておられなかったとは何事ですか!!」


「うう…」


 不平が収まらないのか。神々しい騎士甲冑を纏う長髪の男性が、これまた贅の限りを尽くした見事な造形が施されている椅子に、前屈みに頼りなく座っている紫髪の壮年の男性へ、説教にも似た言葉をぶつけていた。


「…グラス殿、もうその辺で。アルト王一人を責めても仕方がありません」


 その光景を見兼ねて口を開いたのは、座っている男性のすぐ隣に立って控えていた、落ち着いた物腰と、他の者とは違う特別な雰囲気を身に纏った美女。


「アリスの事は…私にも非があります…」


 見た者に銀雪(ぎんせつ)を感じさせる微光を帯びた銀髪。年の頃、見た目は20代後半から30代前半だが、その落ち着いた佇まいは熟年の教職者を思わせる。


「リスナ様…」


「うう…リ、リスナ〜」


 すがるように彼女の名を呼ぶアルト王。だが、彼女(リスナ)の紫水晶のような瞳に、(アルト)の姿は映ってはいない。


「…アリス……」


 その名を口にした彼女の目には、深い後悔と悲しみの念が秘められていた。ランド王国第四代国王アルト、英知の英雄王妃リスナ、そして、ランド王国騎士団長 暁グラスは、ランド王国王宮、玉座の間にいた。


「リスナ様に責はございませぬ!!」


 一歩前に出て、乱暴に片手を振り払う仕草を取り、グラスは気落ちするリスナを弁護する。


「リスナ様はこの国の発展の為、大切な会合に出席されていた…。アリス姫が()われた時、その場に居合わせてはいなかったのですぞ!?」


「グラス殿…その場に居合(・・)わせていなかったという事が、私の責なのです…」


「……それを言ってしまえば、小生にも非がありますぞ…」


 リスナのその言葉(りゆう)を聞かされ、今度はグラスの方が力なく肩を落とした。それを見て、今まで叱られていた一国の主であるアルトは…


「そ、そうだぞグラス。お、おぬしがランドを空けなければ、この様な事には…」


「隣国のソシストは大統領(トップ)自らがエクスの危機に赴いているというのに…我が国から、一人として兵を派遣しないなどありえませぬ!!」


「うっ…」


「その様な義を欠くおこないは……決してあってはならない!!」


「グラス殿…」


「うう…」


 意趣返しをしてグラスに文句を述べる。しかし、彼にこれでもかという正論で返され、ぐうの音も出なくなってしまった。


「グラス殿……留守を守る事ができず、誠に申し訳ありません…」


 激昂するグラスに、喪失感に染まった(かお)で謝罪をするリスナ。これにはグラスも堪らず。


「で、ですから!リスナ様に非はまるで御座いませぬ!!だいいち、一国の王妃であらせられる貴女様は、護る側ではなく護られるべき尊いお方ですぞ!」


「………」


 それを言ったら自分もだろと、アルトは恨めしそうにグラスを見るが…


「キッ!」


「…うっ」


 そんな王を、ひと睨みで黙らせる騎士団長。アルトの思っている事も当然の主張なのだが、グラスがここまで自身が仕える(あるじ)に激怒するのは、それなりの訳があった。


「…騎士団の精鋭を外歩の護衛として()()ていたにも関わらず、姫が単独で行動する時に、唯の一人として護衛をつけぬとは……」


「うう…アリス〜」


 両手で自分の頭を抱えたまま唸るアルト。そうなのだ。この王は、騎士団の精鋭"直属親衛隊"を引き連れていたというのに、姫が攫われた時、姫には一人も護衛を付けず、自分の周りだけを守らせていたのだ。


「もし、一人でも姫を守護する者を側に置いていたら、この様な事にはならなかったかもしれませぬ…」


「……私さえいれば…」


 呻くように王妃はその言葉を捻り出した。自分がその場にいれば、是が非でも姫から目を離さなかったのに、リスナはきっとそんな事を思っているに違いない。そして、それはグラスも同じである。


「王よ…貴方様は何も学んでおりませぬ。11年前のあの日の出来事から…」


「うう…」


 普通に考えれば、今までの(グラス)の発言は、たかだか王国騎士団の団長が自身の主に向かってする口の聞き方ではない。


「貴方様がもっとしっかりしていたなら、アリス姫……クリアナ様…アクリア姫も…」


 だが、誇り高く、使命感と責任感の強い(グラス)は、自身の大切な娘達(・・)を蔑ろにした実父である男に、そう叱責せずにはいられなかった。


「…グラス殿、それ以上は……」


「!」


 グラスはリスナに名を呼ばれて、ハッとして口を抑える。


「…姉さん……アク…リア」


 彼女の方に顔を向けると、今にも涙を流しそうに何かを堪えていた。


 バッ!


「も、申し訳ありませぬ!!大変な失言を!」


 血の気の引いた顔で、すぐさま王妃に土下座をして詫びるグラス。ランド王国王宮で、いま彼が口にした言葉は、最大の禁忌であった。


「……頭を上げてくださいグラス殿」


 地に額をつけて謝罪する騎士団長に、リスナは自身もしゃがみ込んで彼に穏やかに囁いた。


「…よいのです。今のグラス殿の言葉は、あの子等の事を心から案じての言葉…」


「…リスナ様」


「母として感謝することはあれ、責めるなど考えられません。それに、今はこれからの事を皆で考えるのが先決です」


 グラスの肩に手を添え、頭を上げて立ち上がってくださいと促す。


「……王妃様…お心遣いかたじけのうございます」


 下げていた頭を上げて、もう一度、姿勢を正し軽く会釈をした後、彼はゆっくりと立ち上がった。


 コツコツ、コ、コ、コツコツ、コ、コ


 グラスが立ち上がり襟を正していると、後ろから複数の人の足音が聞こえてきた。


「王よ!御無事でございますか!」


 野太い声が玉座の間に響いた。その声を聞いた瞬間、アルトの表情が明るくなり、反対にグラスの表情が暗くなる。見ると、カストロ髭を生やした偉丈夫が、足早にアルトの方に駆け寄ってきた。


「おお、よくぞ帰ってきてくれたゴズンド!それにジェーンにアニク、アシェンダも…わざわざ()()んでくれたのだな」


 ゴズンドと呼ばれる男性の後方から、三人の人型が、(ゴズンド)に少し遅れて王が座っている玉座に近づいてくる。


()として当然でございます王様」


 その中の一人。胸元が大きく開いたドレスをまとった、むせるような色気を放つ妖艶なエルフの女性が、アルトの前で膝をつき、項垂れる(アルト)の手を握る。


「…ああジェーン…お前はいつも()に優しくしてくれる…」


「う……」


 ジェーンが玉座に座るアルトとそんなやり取りをする傍らで、グラスはより一層その表情を歪ませていた。口元を手で塞いで真横を向き、彼女から視線を外すまでの行為にまるで躊躇がない。


「………」


 リスナも彼女を見ないようにしているのか、グラスへ寄り添うように立ち、(グラス)と会話していたと強調するような立ち振る舞いを取りながら、視線を彼が身につけている甲冑に移す。


「「父上ご無事ですか!」」


 察するに、アルトとジェーンの子供なのだろうか。貴族服に身を包んだ、9、10才ほどの男の子と女の子も、アルトの側にそそくさと近寄ってきた。


「おお、アニク、アシェンダ!余はこのとおり健在だ!」


 先ほどまでの弱々しい有様が嘘のように、完全に表情を緩ませるアルト。ちなみに、ジェーンにアニクとアシェンダの三人は、全員がアルトと同じく紫髪をしていた。


「グラス殿、貴殿の怒鳴り声は外まで聞こえていましたぞ…自らの主を怒鳴りつけるとは何事か!!」


 アルトの側にいち早く駆け寄るも、最初の一言以外は何も声をかけなかったゴズンドが、二言目に出した言葉がそれであった。アルトは自分の事を見もせずに、すぐにグラスに近寄り怒声を上げる側近へ…


「そ、そうなのだゴズンド…グラスは先ほどから余の事を責めてばかりいるのだ」


 何も違和感を感じず、そのままゴズンドの後押しに加わる。実に程度の低い者達だ。そんな二人に顔を向けもせず…


「それに関しては当然の事を言ったまでとしか言えませぬな」


 グラスは一切悪びれることなくそう返した。


「……うう」


「無礼者!!貴殿は何様か!」


「そのような事より、今はアリス姫の事を話し合う時ではありませぬか?」


「私もそう思いますゴズンド殿…」


 王の心配ばかりで、攫われたはずの(アリス)の事を放置するグラス以外の者達に、自身の不機嫌な気持ちを伝えるかの如く。


「今は、何よりアリスの事が最優先のはずです」


 リスナの声からは僅かに憤りのようなものを感じる。


「何をいけしゃあしゃあと。それもこれも…元はと言えば姫の側を離れたお二人(・・)の所為ではないのか?」


「…ゴズンド殿。小生はともかくとして、何故、アリス姫が攫われた事に対し、リスナ様が罪を問われるのですかな?」


「母親がきちんと娘を見ておらんから、こういう事になるのだ」


 挑発するような態度を取り、ゴズンドは、リスナとグラスを交互に見て鼻で笑う。


「………」


 リスナの方は責任を感じていたためか、彼に何も言い返さずに、その表情を沈ませるだけであったが…


「……リスナ様は、ひと月以上前から、本日は大切な会合があるとおっしゃられていた。その場にいないのは当然のこと…」


 グラスの方はそうはいかなかった。話している声の大きさこそ普通だが、その実、腰に携えた剣で斬りかかるような怒気を全身に漲らせる。


「…ゴズンド殿。あまり見当はずれの事ばかり口にしていると、貴方の品格や品性が疑われますぞ」


「小童が!口の聞き方に気をつけろ!」


「それはゴズンド殿も同様ですな?ランド王国の王妃であり、英雄でもあらせられるリスナ様に向かって…少々口が過ぎますぞ?宰相(・・)ゴズンドよ…」


「…ブルブルブルブル」


 グラスとゴズンドは、お互いに手を伸ばせば触れられるような間合いで、殺気立った睨み合いをしている。その様子を見て怯えるアルト。一国の王とは思えぬほどの情けなさだ。まだ近くにいるジェーンと子供二人の方が落ち着いている。


「お二人とも…その辺に…」


 今にも取っ組み合いの喧嘩を始めそうな二人を制したのは、悲壮感を漂わせるリスナだった。


「今は…アリスを取り戻す事を第一に考えましょう…」


「こ、これは失礼しました!小生とした事が、大義を忘れ、怒りに身お任せるなどなんという未熟を…」


「…ふん」


 王妃の悲痛な思いが伝わってくるような声音を()き、グラスは一気にその溜飲を下げ、睨み合いをやめてリスナの近くに戻るが…


「今更、何を考えるというのだ?アリス姫を攫ったのは間違いなく奴等(・・)だ」


 ゴズンドは、また鼻で笑うようにリスナの悲痛な声を突っぱねた。


「その様な事は言われずとも重々承知!」


「………コク」


 グラスが苛立ちを見せてそう答えると、リスナも静かに頷いて表情を引き締める。


「ですから、リスナ様と小生は一刻も早く。アリス姫を奪還する為に行動に移ろうと言っておるのではないか!」


「必要ない。奴等に攫われたということは、既にアリス姫の首には"奴隷の首輪"がつけられていると見て間違いなかろう」


「……あ、ああ」


 ゴズンドがその言葉を口にすると、途端にリスナの顔から血の気は失せ、見る見るうちに顔を青ざめさせた。


「リスナ様!!……ゴズンド!貴様(・・)、口を謹め!!」


 最早敬語も忘れ、グラスは再びゴズンドの前に立つ。


「ふん。貴殿もワシに対して口を謹め」


「ブルブルブル…」


 またも睨み合いをする両者。そして、それを見て、またも震えだすアルト。


「ふん…まあ良い」


 睨み合いを止め。ゴズンドは王に進言するが如く、ゆっくりとアルトの側に歩み寄る。


「従って、アリス姫はもはや王族ではなく奴隷(・・)の身分。奴隷のために探索をおこなうなど、()()の無駄でございますぞ王よ」


「なっ!!貴様本気で言っておるのか!」


「…あ…あ」


「うう…」


 激昂するグラスと、今にも倒れそうなほど顔色を悪くさせるリスナをよそに、さらにゴズンドは悪意ある言葉を口にする。


「王よ、此度の件は一国の騎士団長でありながら国を空けたグラス殿。それに、母親でありながら趣味(・・)にうつつを抜かして、姫を放置していた王妃の責任かと……双方には相応の罰が必要かと存じます」


「き、き、きさ、きさまー!!!今すぐその首を切り…」


「待て!!」


 一国の騎士団長といえどまだ30にも満たない青年。その若さゆえか、ゴズンドの安い挑発にのり、怒りの限界が振り切れた彼は、ついに腰に携えた剣の柄に手をかけてしまう。グラスとゴズンド、一触即発のまさにその時だった。


「その様な男を切ったとして、お前の手と聖剣が(けが)れるだけだぞグラス」


 凛とした声が玉座の間を突き抜ける。その声と共に、鮮やかな真紅の髪とマントを(なび)かせ、一人の青年が威風堂々と現れた。


「アレックス王子!!」


 グラスが剣の柄から手を離し、その者の名を呼ぶ。


「苦労をかけたようだなグラス。それに母上も、大変な時に国を空けてしまい…申し訳ありません」


「…ああ…アレックス」


 まだ若干の強張りはあるが、リスナの表情が和らいでいる。恐らくは安心したのであろう。


「…話は全て、アリスの世話役の侍女たちに聞いた…」


 彼こそはランド王国第一王子にして、お飾りの王に代わり、この国を支える真の実力者である。


「やはり…そなたは我が国始まって以来の愚王のようだな…アルト王よ」


「うう……」


 アレックスのそれは、実の父を見る目ではなかった。まるで汚物を見るような目でアルトを眺める。


「ア、アレックス王子!王に向かって…実の父親に向かってなんという口を!」


 今までアルトの手を握っていたジェーンが、立ち上がってアレックスに文句を言うが、彼は、父親に向けていた凍りつくような視線をそのままジェーンに向けて…


「妾の分際で俺に意見をするな。俺は英雄の子にして、ランド王国第一王位継承であるぞ。…それに」


 光を失った冷たい(まなこ)で、ジェーンとアニク、アシェンダの三人を見渡すアレックス。


「なぜ別館(・・)にいるはずのお前達がこの場にいるのだ?」


「………」


「あ、あの、それは…」


「お、落ち着けアシェンダ。ぼくらは…お、王子と王女なんだぞ…」


 アレックスの言葉に、口を閉ざしてしまうジェーン。子供達もどこか困っている様子だ。


「ワシがお連れしたのだ…アレックス王子よ。妻と子が(ちち)の事を心配するのは同然のことではないか?」


「心配?何をどう心配するのだ?あの王はいつもと変わらず、ただのお飾りとして玉座に居座っているではないか?」


「うう…」


「それに、今案ずるべきは我が妹のアリスただ一人。それを見捨て、母上とグラスに責任を押し付け罪を問うなど…貴様はまさしく愚者の権化だな」


「ぐぬぬぬ!」


「ア、アレックス…。よ、余の…一番の腹心であり、と、友であるゴズンドを悪くいう事は、ゆ、ゆるさ…」


 先刻まで全く話に入ってこず、泣き出しそうな声を出していただけのアルトが、ゴズンドの誹謗(ひぼう)する我が子に、気後れしながらも物申すが…


「どう許さんのだアルト王よ?それに…許さんのは俺の方だぞ…」


「ヒィッ」


 逆にアレックスに凄まれて悲鳴を上げる。


「そなたは誠に見下げ果てた男だ。正室である母上や、娘であるアリスの事は庇いもせず…そんなうつけ者を庇うのだから…」


「アレックス王子よ!先ほどから、貴殿のその王を王とも思わぬ口ぶり、宰相を宰相とも思わぬ暴言…無礼ではないか!!」


「実際に思っておらぬからな」


 アレックスは眉ひとつ動かさず平然と答えた。


「貴様のような教養の低い愚者と、あそこにいるなんの役にもたたん愚図の愚王が、一国の王と宰相など…我が国始まって以来の汚点だ」


「うう……」


「ぐぬぬぬぬぬ!!」


 頭から湯気が出そうなほど顔を赤くして腹を立てているゴズンドと、どんよりした表情で縮こまるアルト。そんな両名を見下した口調で、アレックスは更に誹謗を続ける。


「それに貴様とて、母上やグラスの事は言えぬであろう。ここ数日の間、城を空けていたと言うではないか?どこで何をやっていたのだ?」


「そのような事、王子には関係のないことだ!!」


「フン…どうせ、俺や母上と繋がりのない貴族どもを、己の陣営に引き入れようと躍起になっていたのだろう?浅はかな…」


「ぐぬぬぬ!国の宰相として政治おこなうことの何が悪い!!」


「それを言えば、母上も国の英知の英雄として、自らの役目を果たしていたにすぎぬ」


 彼の紅の瞳はより強い光を灯し、その眼光でリスナの方を一瞬見た後、すぐにまたゴズンドに視線を戻した。


「貴様はどこまで自身を棚上げすれば気が済むのだ?それにその()包帯(・・)…」


 アレックスが少し下に目を向ける。よく見ると。包帯に似た薄く白い布が、ゴズンドの襟元に緩めに巻かれていた。スカーフと言えばスカーフ。包帯と言えば包帯といった感じのその白い布を見据えながら、彼はそれを嘲笑う仕草を見せて…


「回復系の魔技では傷の治癒はできても、傷口は残ってしまうことがあるからな?」


 ゴズンドのそれを種に、これでもかと挑発を繰り返す。


「人を不愉快にさせることだけは超一流の貴様の事だ。先ほどのグラス同様。大方どこぞの貴族を激昂させて、首を斬りつけられたか、それとも首を絞められたか…」


「だ、だ、黙れ!!!」


 彼の憤怒の表情が物語っていた。図星だと。


「フン…頼むから…これ以上我が国の名を貶めることだけは控えて欲しいものだな?ランド王国宰相ゴズンド…」


「黙れ!……黙れ黙れ黙れ〜!!!」


 その場で、幼子のように地団駄を踏んで悔しがるゴズンド。


「ハァ…ハァ、ハァ…」


 興奮しすぎて息を切らせている。そして、呼吸が落ち着く前に後ろを振り向いて、アレックスに背を見せた。


「ハァ、ハァ……まったくもって不愉快だ!!ワシはもう失礼させてもらう!!」


 ダン!ダダダン!ダ、ダ、ダン!


 自分の怒りを知らしめるような乱暴な足音を立て、連れてきた側室(ジェーン)やその子供達は疎か、自身の主の王にすら、ゴズンドは一言も告げずにこの玉座の間を後にした。呆れるほど無茶苦茶な男である。


「お、お待ちくださいゴズンド様!」


 ジェーンもそれを追うように玉座の間を立ち去る。彼女も去りゆく時、王に一言もなくこの場より居なくなった。


「母上〜!」


 その後ろをピッタリついて行くアニク。勿論彼も、王には一言もない。


「お、お父さま。そ、それと…リ、リスナお母さま…ア、アレックスお兄さま…グラスさま…お騒がせしました。し、失礼いたします」


 最後のアシェンダだけが、この場にいた全員に、オドオドしながらもきちんとお辞儀をする。何かに怯えているのか足取りがおぼつかない彼女。半分千鳥足ながらも、玉座の場を後にしようとした彼女(アシェンダ)に、アレックスが冷たい声色で…


「お前に兄などと呼ばれる覚えはない。俺の兄妹(けいまい)は妹がアリス一人…それに()が一人いるだけだ」


「………」


 途端、アシェンダの表情に暗い影が落ちる。


「アレックス王子。幼子を相手にそのような口ぶり…紳士にあるまじき行為ですぞ」


 グラスは、いまにも泣き出しそうな少女を庇うように立った。(グラス)にとって、己の騎士道に反する行いを見過ごすということは自分の中であり得ないのだろう。例えそれが、一国の王や宰相、はたまた、陣営の王子(トップ)だとしてもだ。


「ごめんなさいねアシェンダ。アレックスはいま、アリスを想うあまり気が立っているの…許してちょうだいね」


 子供をあやすような言葉遣いをし、母親の貌を見せるリスナ。彼女はどうやらアシェンダの味方のようだ。


「……フン…」


「い、いいえリスナお母さま…大変な時分にお邪魔をしてしまい…申し訳ありませんでした…」


 また皆に頭を下げ、アシェンダはよろよろと力なく歩き出した。そんな痛ましい少女を見て、グラスはたまらず…


「…アシェンダ姫。小生が別館までお送りいたしますぞ」


「必要ない」


 そう答えたのは、言われたアシェンダではなく、感情のあまり伺えない顔をしたアレックスだった。


「…必要ありますぞアレックス王子」


 歩いて行くアシェンダを追う姿勢のまま、アレックスの方を見ずに、グラスは静かに言葉を発する。


「アリス姫が狙われたということは、次はアシェンダ姫が標的となる可能性が十分に考えられる…」


 そして、彼は首だけ僅かに振り向き…


「よって…この場でアシェンダ姫を別館まで送り届けるのは必定ですぞ!」


 鋭い瞳でアレックスを射抜いた。


「……ブツブツブツブツ」


 重々しい空気が流れ、静寂が訪れた玉座の間。気が付くと、玉座に座していたアルトが、何やらブツブツ呟いている。


「…クリアナとアクリアに続き、リスナやアリス、アシェンダまで失ってしまったら…余は…余は…」


「………ま…」


『護っては下さらないのですね』出かかったその言葉を、リスナはそっと胸の内にしまい込む。


「なんと情けない……」


 グラスは思っていた『形式上とはいえ。自分が付き従える主は本当にこの王でいいのか?』と。


「…グラス、アルト王もアシェンダと共に別館にお連れしろ。どうやら…王は酷く疲れているようだ」


『目障りだから一緒に連れていけ』アレックスの台詞からは、そんな副静音が聞こえてくるほど、その声は冷め切っていた。


 トット、ト、ト、ト、トット…


 可愛らしい足音を立て、アシェンダが踵を返し、アレックスのその言葉と同時にアルトの膝元まで小走りで駆け寄る。


「…お父さま…アシェンダはここにおります」


 放心状態の王を安心させるよう、彼の手を取り、少女は小声ながらも優しくそう語りかける。


「アリスお姉さまも、リスナお母さまとアレックスおに……アレックスさま、それにグラスさまが、きっと助けてくれます…」


「…アシェンダ」


「アシェンダ姫…」


 健気に振る舞う10歳になるかどうかといった少女(アシェンダ)。そんなアシェンダの姿を見て、リスナとグラスは哀愁の視線を彼女に集める。


「…ですから、今は、わたくしと一緒に別館に参りましょう……」


 その小さな手でアルトの手を引き、行動を促す。すると…


「……アシェンダ?…おお…そ、そうだな…ともに別館に参ろう…」


 アルトは我に返り、弱々しく立ち上がって、トボトボと動き出す。威厳も気位も一切感じられないそんな実の父親を見て、アレックスは息をするように言葉を漏らす。


「……国賊め」


 エルフの聴覚を持ってしても聞き取れるかというところか。その微小な声は、声の大きさとは裏腹に、強烈な嫌悪感を示していた。


「グ、グラスさま。べ、別館までの護衛……よろしくお願いします!」


 アルトの手を握ったまま、アシェンダはグラスの横にピタリと付き。彼へ姿勢を正して礼をする。


「お任せくだされアシェンダ姫!このグラス…身命を賭して、必ずやアシェンダ姫を無事に別館へと送りとどけますぞ!」


 彼女を安心させるためか。笑顔で大仰な口上を述べた後、グラスはアシェンダの()(あゆみ)を合わせ、ゆっくりと歩き出した。


「…グラス。俺の私兵(・・)は、側近のケンイ、ユウナの指示の下…既にアリス奪還の為に動き出している」


 この場を後にしようとしたグラスに背を向け、背中合わせで会話するように、王子は騎士団長へ話しかける。


「流石はアレックス王子。行動がお早いですな…」


「世辞はいらん……それよりも、騎士団の方はどれだけの人員を回すことが可能だ?」


「……直属親衛隊の面々は厳しいでしょうな」


 アレックスのその問いに、表情を曇らせるグラス。


「あの者達は、どちらかというとゴズンドの配下。…それに、正騎士団の騎士達も、いま半数以上を出払っておりますが故、城の警備に割り当てる人員を削ったとして、更にその半数は減るでしょうな…」


「…そうか…」


「……今は限られた人員で動く他ないでしょう。私の方でも何か手を…」


「お待ちくだされリスナ様」


 リスナの言葉を遮り。グラスは玉座の間の出口の前で立ち止まった。そして、落胆する国の実力者二人へある提案をもちかける。


「アレックス王子も…しばし、小生の言葉にお耳を貸していただきたい」


「……?」


 立ち止まって動かないグラスを不思議そうに見上げるアシェンダ。グラスはそんな少女に軽く会釈をし、いましばらくお待ちくださいと目で語る。ちなみに、王であるはずのアルトは、もうこの場では空気と化していた。


「騎士団の精鋭部隊は疎か、団員の四分の一も動かせるかどうかという体たらく…誠にお恥ずかしい限りです…」


「「………」」


「ですが…援軍のアテならありますぞ!!」


「「!!」」


 凛とした気高い声が玉座の間に木霊した。彼が発した言葉は、たった今、絶望感を漂わせていたその広間の空気を吹き飛ばす。


「此度、小生の独断で帝国に赴いてしまったが為、この様な事態が起こってしまい、大変申し訳ありませぬ…」


「グラス…それは仕方のない事だ」


「左様ですグラス殿」


 即座にそう返すアレックスとリスナ。二人にグラスを責める気持ちはまるでなかった。


「聞けば、隣国のソシストはシスト殿自らが出陣なされたと言うではないか…」


「…はい」


「そんな中、ランドから一人として兵を出さないとなれば、我が国の諸外国からの目は、より厳しくなるばかり…」


 グラスと話しながら、アレックスは、彼の側にいる自国の王に目を向ける。


「…まったく。ソシストが羨ましい限りだ…我が国の王とは、全てにおいて正反対だからな」


「ビクッ…」


 猫背の状態で、体を強張らせ、アルトはアレックスの言葉に反応する。ビクビクとバツの悪そうな顔をする王を尻目に、グラスは二人に話の続きを聞かせる。


「ですが、小生はそのおかげで、強固な(きずな)…苛烈な戦場(いくさば)で、共に剣を取り合って戦った友として、新たに素晴らしい縁を結ぶことが叶いましたのですぞ!!」


「…待てグラス。まさか、お前の言う援軍とは…」


「は!彼等(・・)の事ですぞ…アレックス王子!」


 グラスの考えを瞬時に見抜いたアレックスは、その表情を険しくさせる。


「馬鹿な!!今回の出来事は、言ってみれば我が国の恥部…その事をやすやすと()に漏らすなどと…」


「我が国のみで事に対処した結果、11年前にどの様な悲劇を生んだか…アレックス王子はお忘れですか!!」


「忘れるはずなどあろうか!!」


「…………」


 グラスとアレックスが口論する傍らで、リスナは目を瞑り、静かに何かを考えている様子だ。


「だが、それでも今回の件を外に出すわけには…」


「……グラス殿…お願いできますか?」


 考えがまとまったようだ。リスナは(おもむろ)に口を開き、覚悟を決めた表情を浮かべ、グラスに顔を向ける。


「承知!!」


 グラスもまた、リスナを揺るぎない眼光で見据え、力強く頷いた。


「なっ!母上まで何を言っているのです!!」


「…グラス殿のおっしゃる通りよアレックス。あのような悲劇を繰り返えさないためにも、形振りなど構ってはおれません…」


「し、しかし!!」


「全ての責任は私がとります」


「…リスナ様、それには及びませぬ」


 グラスの貌、佇まいには、一片の迷いも感じられない。


「今から行うことはすべて小生の独断…この首をかけて、全身全霊でアリス姫の奪還に臨む所存!!」


 意思、決意の強さを表すかのように、彼は猛々しく誓いの言葉を掲げた。


 《ランド城別館 儀式の間》


 夜の帳が下りてから大分、(とき)がたった。城内の兵や使用人たちの多くは、とうに寝静まっている真夜中。


「ええい、忌々しい限りだ!!」


 其処には月や星の光すら届かない。深淵の暗闇が支配する不気味な部屋から、何者かの(こえ)が聞こえてくる。


「アレックスめ!今に見ておれよ…」


 野太い声で怨嗟の言葉を吐くその者は、黒ずくめのローブを羽織っているため、顔ははっきりとはわからない。が、声からして恐らくは男性であろう。


「……まあ良い…」


 いつの間にかその男の足元には、おどろおどろしい魔法陣が描かれていた。


「既に時は満ちている…近いうちにもわからせればよい…ワシの真の力をな…」


 白い薄布の様なものが巻かれている喉元を摩り、怨みと呪いの念を、自らが身に纏っている漆黒のローブよりもドス黒いものにして、男はその体から()れさせていた。


「アレックスにも………ワシの首にこの忌々しい手形を刻みおった…あの()にも!」


 ローブの男は呪詛の呪文を唱えながら、自身の首に巻かれていた布を解く。すると、薄布の下からあらわれたその男の喉笛には、赤紫色の手形の跡が、痛々しいほどくっきりと刻まれていた。



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