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第42話 帰還

「ダーリンに問題じゃ!」


 少し前の神々しい女神の(かお)とは打って変わり、彼女(フィナ)は屈託のない無邪気な子供のような顔をする。


「……なんで耳寄りな情報を教えてもらえるはずの俺の方が、フィナに質問される側なんだ?」


「ええから、ええから。このくだりもその知識の前振りみたいなもんじゃよ。ほら!無駄話をしておると時間がなくなってしまうのじゃ!」


 …だったら前振りをなくして要点だけ教えてくれればいいだろうに…。


「細かい事を気にするでない!それに、儂がこういう言葉遊びが好きじゃと、ダーリンももう承知しておろうが?」


 フィナは顔をニコニコさせて、身に纏う光を煌々と輝かせ、楽しそうにウインクをする。


「さいですね…。では問題をお願いします…我が主様」


「うむ!」


 わかればいいのじゃと言わんばかりに、フィナは豊満な胸をこれでもかと張って光り輝いた。


 …早くせんと本当に時間切れになりかねんからな。ここは、フィナに話を合わせるのが得策だろう…。


 彼女(フィナ)は、俺との対話に大変満足していたためか、滞在時間が、もう残り30分を切ったこの神域での最後の(とき)を使って、俺に面白いことを教えてくれると言い出した。その最初に言われた言葉が『問題じゃ』だ。


 …何か理由があるんだろう。ここは素直に答えるのが吉だ…。


「ウフフフ…ダーリンはほんに物分かりが良いの〜」


 上機嫌にフィナはそう言うと、ひとつ咳払いを入れて、楽しそうにとある問題を出す。


「…オホン、では問題じゃ!儂等、三柱神が管理するこの世界において、もっとも重要となる能力値は、ステータスのどの項目なのか…答えなさいなのじゃ!」


 …ほぉ〜、なかなかに興味深い質問だ。つまり『HP、MP、力、魔力、耐久、俊敏、知能』の中で、最も能力値が高いと有利なものを答えろと言っているわけだ…。


「その通りじゃ!!」


「………」


 …だから、俺の心の声にいちいち反応すんのやめてくんない?…。


「細かいことは気にするでない!」


 子供のような笑みを浮かべたまま、俺の要望を切って捨てる生命の女神。


「まあいいけど……『魔力』です我が主様」


 俺はあまり深く考えずに即答した。


 …ほぼ間違いなくコレだろうな?この世界では魔法攻撃が主体の戦闘スタイルが主だ。よって、自然と魔力が高い人型イコール、戦いにおける才能があるということになる…。


「………」


 …俺にはまるでないものだがな…。


 自分で出したその答えにほんの少し哀しくなった。


「…にゅふふふふふ」


 フィナの質問に俺がそう答えると、彼女は予想通りの返しだといった表情をつくり、顔を最大限までニヤけさせ、いやらしくほくそ笑む。


 …この反応を見ただけで、何を思っているのか大体わかるな…。


「ブブーーじゃ!!ダーリンもまだまだじゃの〜」


 …やはりな…。


「では『MP』……じゃないか。答えを教えて頂けますか主様」


 深く考えても埒があかないと思った俺は、フィナにさっさと答えを聞くことにした。


 …もうあまり時間がない。ここはすぐに答えを教えてもらった方がいい…。


「うむ!では教えて進ぜよう…その項目とは“HP“じゃ!」


「っ!」


 …意外なとこが来たな?てっきり力かと思っていたが…。


「そうでもないじゃろ?そ・も・そ・もじゃ!数あるステータスのうち、レベルアップ時にほとんど変化せん魔力を、なんで最重要じゃと思うのじゃ?」


 …言われてみればそうだな?淳達も魔力がレベルアップの時に増えるのは、極めて稀だと言っていたし…。


「うむ…ま、彼奴(あつしたち)が言うほど極端でもないがの?それでも、常人が10レベル上がったとし、5〜6の魔力が上昇すれば御の字じゃろ」


 …そいつは確かに少ない…。


「じゃろ?では反対に、レベルアップ時に一番の上がり幅がある項目はなんじゃ?」


「……HPですね」


「うむ!HP…生命力はな、その者の(しゅ)としての素質、闘争における才能を数値化したものと言っても過言ではないのじゃ!」


「なるほど…」


 …ん?ちょっと待てよ?そうなると俺の闘争における才能って……


「うむ…桁違いなのじゃ…」


 信じられないといった呆れ顔で、フィナが腕を組みながら唸る。


「普通に考えたらまずあり得んのじゃ…生命力3万超えなどの?」


 …生命の女神本人に、あり得ないとか言われちゃったよ俺の生命力…。


「真理英雄の中でも最強クラスの実力を誇る、シストやミルサ、エイン、ヘルロト、ルキナにレオスナガルですら、HPは3000に届くか届かないかなのじゃ」


「え?それしかないの!最強クラスの英雄なのに!?」


「そうじゃよ。じゃのにダーリンのHPときたらそれの10倍以上…ある種の反則じゃな」


「……なんかすみません」


「…ハア…」


 落胆したようなうんざりした様子で、愚痴るようにフィナは話し出した。


「ダーリンもそうじゃがの?人型どもは皆、重大な勘違(・・)をしておるのじゃ!」


重大(・・)な勘違い?」


「そうじゃ!」


 フィナは、心なしか怒っているような素振りを見せる。


「なんで、生まれ持っての資質をあまり必要とせずとも、楽に上げられる能力(まりょく)を最重要視するのか、儂をはじめとする…三柱は(みな)、理解に苦しんでおるのじゃ!」


「…え?そうなの!?」


 意外過ぎるフィナのその言葉に、俺は思わずスに戻り、間の抜けた声を上げてしまった。


 …魔力って一番上げるのが大変じゃないのか?ほぼ才能で決まり、レベルアップしてもほとんど上がらないとかフィナも今言ってただろ…。


「その捉え方でも間違いではないがの?魔力の数値はHPと同じく生まれ持っての才能の影響が大きいのは事実じゃ。…じゃが、この数値ともう()つだけは、才能に関係なく上げることが可能なんじゃよ」


 フィナの説明を聞き、俺の頭の中であることがピンときた。


「……MP…魔石…ドバイザーか!」


 …前にジュリが言っていた。ドバイザーを魔石で強化すればMPが増えると。じゃあまさか…。


「そういうことじゃ。魔力は、MPが上がれば上がるほどそれに比例して、ほんのわずかじゃが上昇するんじゃよ。ステータス欄には表示されんがの?」


「つまりフィナが言いたいことは…魔力は金で買うことができると?」


「大正解なのじゃダーリン!」


 手を突き出してピースをするフィナ。


「魔石は高価なものじゃが、種の進化(クラスチェンジ)と同じく、莫大な費用をかけることで、魔力の数値を2倍、3倍にすることも可能なのじゃ!」


 …そりゃ確かに、ある意味、一番楽に上げられる項目だわな。魔石は普通に売買されているから、金さえかければドバイザーの強化は容易だ…。


「…ん?まてよ?MPが魔力を増やしてくれるってことは…HPも何か別のステータスを上昇させてくれるのか?」


 その疑問を俺が口にすると、フィナは身に纏う光を急激に発光させて、俺のことを指差し…


「ご明察なのじゃダーリン!!HPは力、耐久、俊敏の三つのステータスを上げる効果があるのじゃ!」


 ドヤ顔でそう言い放った。


「…そりゃ、一番重要なステータスになるわな…」


「じゃろ!?」


 …MPは魔力、HPはフィジカル全般を上昇させてくれるってことか。でも…そうなると気になる点がある…。


「フィナ。差し支えなければ教えていただきたいんだが…魔力、力、耐久、俊敏の上昇率は、HP、MPに対してそれぞれどれぐらい の比率になるんだ?」


 その質問をフィナに振った途端、彼女はよくぞ聞いてくれたと、ニヤリと歯を見せて笑う。


「ふ、ふ、ふ、聞いて驚くのじゃ!魔力は最大MP値の100分の1ぱ〜せんて〜じあっぷ!そしてなんと!力、耐久、俊敏の方は、最大HPの10分の1のぱ〜せんて〜じあっぷなのじゃ!!」


「そんなにか!!」


 とりあえず、俺はフィナのノリに合わせて驚いたフリをした。


「………こういう時は、心を見透かす力は、かえって重荷(マイナス)になるのじゃ…」


「…とりあえず場の流れからノった方がいいと思ってのことなので…悪気はありません」


「なお悪いわ!!」

 

 …だってよ、フィナがあんな楽しそうに『聞いて驚け』とかいうから…。


「その優しさがかえって辛いのじゃダーリン…」


 光が弱まり、女神は落ち込んでしまった。


 …不味い!このままではこの話を詳しく教えてもらえないかもしれん!…。


 しまったと思った俺は、必死にフィナの機嫌が直るような言葉を考えた。


 …仕方がない…気は進まんが…。


「すまない…ほんのジョークのつもりがフィナを深く傷つけてしまった。俺がここにいられる時間も残りわずか…その僅かな時を、先ほどまでと同様に(しゅ)と楽しく過ごしたい」


「………」


 頭を上げたフィナは、いじけた顔をして俺にじと目を向ける。そんな女神に、俺は心底、気の進まないある言葉を贈る。


「どうか機嫌を直してもらえないだろうか……ハ、ハニー…」


 その言葉を俺が口にした刹那、女神(フィナ)の体から眩い閃光が放たれた。


「はい『ハニー』いただいたのじゃ!!直す!機嫌を直すのじゃダーリン!!やっと儂のことをそう呼んで…」


「ではつまりこういうことか、最大HPが仮に1000の場合は+100%UPになるから、力、耐久、俊敏は単純に倍。これが最大MPの場合、倍率がHPの10分の1、よって魔力を倍にする場合は、MPが10000必要となる…でいいだな?」


「…ダーリン、切り替えが早すぎやせんか?ま、それも良いのじゃ……ププ」


 少し不満そうに俺を見るフィナ。だがすぐに、彼女は色気漂う妖艶な微笑みを浮かべ、何かを言いたげに含み笑いを漏らす。


「ま、ダーリンが恥ずかしがり屋さんなのはもう十分にわかっておるしの?自分の意思でハニーと呼んでくれたのは間違いないなのじゃ!そこは評価せんといかんのじゃ!」


「ぐっ…」


 途端に俺は羞恥心から頬を赤らめる。


 …やっぱ言うんじゃなかった…。


「ふ、ふ、ふ…もう遅いのじゃ!しかと儂の心に留めたのじゃ!」


「……あの、フィナ…そろそろ時間が…」


 これ以上無駄話をしていたら、本当に話の途中でこの神域を出ることになると思った俺は、それとなく、女神に説明の続きを聞かせてくれと促す。


 …俺が恥を忍んで言ったセリフも無駄になる…。


「ふむ…わかった、わかった。これぐらいで勘弁してやるかの?」


 クスリと笑みをこぼした後、フィナはまた咳払いをするような仕草を取って…


「ダーリンの捉え方で概ね合っておる。HPなら1000でそれらに属する三つのステータスが単純に倍。MPの場合は10000で魔力が倍じゃ!」


「……改めて考えると、魔力はともかくとして。力を含むその三項目のステータスは俺の場合…」


「うむ。ダーリンは、力、耐久、俊敏の三つ…もっと言えばHPを含む四つの値が一万を余裕で超えておるのじゃ…」


「そうなりますよね…」


 …俺のHPは33000。つまりステータスの基本値+3300%UPする。したがってステータス値×34倍。力だったら824×34だから約28000…。


「どうりで…あの白蛇、軽すぎると思ったんだよ」


 …いくら俺でも、あの白大蛇を筋肉にまるで負担をかけず、町まで運ぶのは無理があると思っていたんだ。あの時、白蛇を運びながら『この10倍の重量でももしかしたら余裕かも?』とか思ってたしな俺…。


「実際に楽々といけるじゃろうな?力28000とはそれ程の数値じゃ。じゃがダーリンのステータスの中で、最もでたらめなのは耐久じゃ。おぬしの特性(・・)を加えれば、軽く50000は超える…もはや神の域じゃぞ」


 そう言って、フィナは俺から目をそらし、乾いた笑いを零した。


 …女神に神の域とか言われると、冗談に聞こえん…。


「ひゃくぱ〜本気で言っておるのじゃ!」


「…さいですか。まあ、さっき教えてもらった俺の特性についての効果(・・)を考えれば、必然的にそうなるか…」


「うむ。し・か・も・じゃ!」


 得意げに胸を張り、フィナは俺にまた自慢しだした。


「ダーリンが選んだ(フィナ)専用の恩恵『生命の目』は、そういった諸々の能力値から弾き出されたその者の武力…“(せん)(めい)(りょく)“を正確な値として、自らの目で読み取る事ができるのじゃ!」


 …そうだ。俺が選んだ瞳の恩恵は、ある意味ではおっさんの目よりも便利かもしれん。なにせ数値で相手の戦いにおける力量がわかる上に、三柱神から加護の()にいる生物を見分(・・)けることも可能なんだから…。


「便利に決まっておろう!なにせ儂の恩恵じゃからの?ウフフフ!」


 …本当にドヤ顔をよくする女神だなこいつは?まあ接しやすいが…。


「ダーリンの前だけじゃぞ?」


「今日会ったばかりなのに『あなたの前だけよ』的なニュアンスの言葉を言われても、説得力の欠片もないですね…」


「ウフフ…実際もう今日ではないんじゃがの?ま、それはココを出てからのお楽しみじゃな?」


 ……え?なんかいまサラッと怖いこと言いませんでしたこの女神?いや待て、今日(・・)じゃないってどゆこと?俺の体内時計では、まだギリギリここで過ごした時間は24時間経ってないはずだぞ!?…。


「細かいことは気にするでない!」


「気になるっつんだよ!」


「ま、それはおいおいわかることじゃしな?話を戻すのじゃ!」


 …はぐらかされた…。


「もうステータスやその他諸々について…他に気になることはないのかのダーリン?」


「………腑に落ちない点があります」


 既に今日ではないというフィナの言葉について、深く追求するのを諦めた俺は、とりあえず他に気になった事を女神に尋ねることにする。


 …フィナの様子を見るに、もう神域の滞在時間がほとんどないのは確かだろう。なら、さっさと教えてもえることを教えてもらおう…。


「先ほどフィナは、魔力は上がり幅が少ないからそれほど重要ではないと言っていましたが…」


「敬語はやめい」


 半眼で俺を見ながらフィナは頬を膨らませた。


「…言っていたが、上がり易いか難いかは、重要かどうかとは関係ないんじゃないか?フィナ達が管理するこの日本によく似た世界は魔法世界。戦闘スタイルも魔力を用いたものが主体だ…」


 …事実、俺以外が魔技を使用せずにモンスターを倒しているのを見たことがない…。


「この事から、魔力が高いほどこの世界では戦闘に有利だという俺の持論は…間違ってはいないと思うんだが?」


 …俺ぐらい他のステータスが圧倒的なら話は別だろうが、淳達のチームもジュリ以外はモンスターを確実に倒す手段を持つ者がいなかった。たがらやはり、戦闘では魔力の才がある者ほど戦いを有利に運べることになるはずだ…。


「ハァ〜〜……ダーリンもすっかりこの世界の人型どもに毒されておるの〜」


 俺がその意見を主張すると、フィナは、またうんざりした顔で横を向き、深く息を吐いてすぐに俺の方に顔を戻した。


「…その考え方も、儂が説明したこの世界の人型の重大な勘違い…()()いの一つなんじゃよ」


「思い違い?」


「そうじゃ。では逆にダーリンに聞くがの?ダーリンが、もし魔法無効体質ではなく、魔技による攻撃が通用したとして、一対一の戦闘において、おぬしがこの世界の人型に遅れをとる可能性はあるかの?」


「…無いな。この世界の英雄達とやり合ってみんと確かな事は言えんが、恐らく問題なく俺が勝つ」


 あまり悩まずに、即座に俺はそう答えた。


「魔技なんていう隙だらけの技を生成させる暇など与えんし、もし仮に生成されたとして、あんな直進的な攻撃は俺には当たらんよ」


「じゃろ?」


「だがそれはステータスに極端な差があるから……いや、まてよ…」


 フィナが何を言いたいのか、この世界の人型達は何を思い違いしているのか、俺は大体の内容が朧げに見えてきた。


「うむ。例えダーリンが対戦相手と同じステータス、もしくは劣っておったとしても、ダーリンは危なげなくその者に勝利するじゃろうな」


 …多分そうなる…。


「ではもうひとつダーリンに問う…ダーリンに仮に魔力があったとして、魔技もそこそこの威力のものを扱えるとするのじゃ。その場合、ダーリンは魔技主体の戦闘をするかの?」


「せんな…そういう事か…」


 その質問で俺は完璧に理解した。この世界の人型達が何を勘違いしているかを。


「うむ!そういう事じゃ!儂等が管理する人型どもは、皆なんでも魔技や魔装技に頼りすぎなのじゃ!」


 俺に真意が伝わったのを確認すると、フィナは大きく唸った後、お決まりの愚痴を始める。やれやれと力なく首を振り…


「じゃから、自分にまるで合っていないというに、バカの一つ覚えのように魔力を用いた攻撃に頼ってばかりの戦い方をするのじゃ!!見ていてうんざりするのじゃ」


 …納得。つまり戦士や武道家が、剣や拳、蹴りといった得意分野の攻撃を使用せず、威力のショボい初級魔法で敵と戦う…みたいなもんかな?…。


「面白い例えじゃの?じゃがダーリンのその(とら)え方は実に的を射ておるのじゃ!そういう事なんじゃよ実際は!」


 …戦い方がお粗末すぎるな。それにバランスも悪い。それだと、盾役を除くパーティーの攻撃役は、全員が魔法職でないといけなくなる…。


「まったくじゃ!儂等も、神域から下界を眺めているともどかしいくてたまらなくなる事が多々あるのじゃ!」


 嫌気がさしたとでも言いたげな顔を見せるフィナ。女神の愚痴はさらにヒートアップする。


「人型として…他の者より圧倒的に優れておるのにもかかわらずじゃ!?魔力が低いという安易な理由だけで、才が無い劣等種として扱われておる者が、儂等が管理しておる世界にはごまんとおるのじゃ!」


 …そりゃ確かに理不尽だ…。


 軽く癇癪を起こしている彼女をなだめるように、俺も女神の話に、賛同の言葉を述べる。


「それは重大な問題だな。命懸けの実戦において、自分に合った戦い方を見つけるのは、ある意味で生き残るための定石だ」


「ダーリンもそう思うじゃろ!?」


 …はい思います。つまりは、人型としての才能を表す項目であるHPがいくら高くても、魔力がないというだけ…で…才能がないと…。


「………ちょっと待て…」


 心に思っていたその言葉を、気づけば無意識に口にしていた。今の女神の説明にがっちりハマる人型を、俺はよく知っているからだ。


「それじゃあ…あの()は…」


 この世界のステータスに関する(ことわり)を女神から聞かされて、俺は、心優しいひとりの亜人の少女(・・)の顔が頭によぎる。


「フィ、フィナ。ひ、ひとつ質問したい事がある…」


 俺は柄にもなく声を震るわせていた。それが緊張からか、期待からか、嬉しさからか、自分でもその感情がよくわからなかった。


「ふむ…なにが聞きたいのじゃ?」


 武者震いとも緊張とも取れぬその震えを感じながら、たしかな確信とも言えるある事柄を女神に尋ねる。


「もし…もしだ!!他のステータスはてんで低い…がっ!生命力、HPのみ上昇率が極めて高く!なおかつレベルは15にも満たない11の少女が、HPさ、300を軽く超えていたら、その子は…」


 …俺の推測が正しければ。あの子は…ラムは…。


「天才じゃよ」


 ……ドックンッ…


 女神のその台詞が頭の奥に響いた瞬間、俺の中で稲妻が落ちたような衝撃が走り、胸の鼓動が激しく高鳴るのを感じた。


「それも、頭に(ちょう)が二つつくほどのじゃ…」


 そう告げたフィナの面持ちは、いつになく真剣そのものであった。


「実を言うとの?あの(ラム)がこの世に生を受けたその時から、儂等三柱は…あの娘のことをずっと気にかけておったのじゃよ」


「……それほどか…」


「うむ。漲るその生命力は他の人型の比ではない」


「……ゴクン」


 女神の言葉に、俺は息を呑んだ。


「…生まれ持った素質のみなら、生きる伝説とまで謳われておる亜人の女王ルキナや、亜人種始まって以来の天賦の才を持ち、最強の亜人の呼び声が高い『天撃(てんげき)のミルサ』すら超えておるのじゃ…」


「……ラムが…」


「しかも、古代種(エンシェント)でもなければ両親が才に恵まれておったわけでもない。完全なる変則(イレギュラー)


 いつの間にか彼女(フィナ)は、おちゃらけた態度を一変させ、生命の女神、本来の(かお)を見せていた。


「ダーリンを…通常ならまず生誕しない異質な存在、言わば向こうの世界での“特異点(とくいてん)“だとするならば…」


「………」


「この世界…儂等が管理する人類の中での特異点(いれい)は、間違いなくあの(ラム)じゃろうな」


 …ドクン…ドクン…


 胸が大きく唸りを上げる。何故こんなにも興奮しているのか。ただ心地よい高揚感だけが、体の奥からとめどなく込み上げてくるのを感じた。


「儂もの?この世界にやってきたダーリンが、初めて出会った人型の集団(チーム)の中に、あの(ラム)が紛れておったのをこの神域から眺めておった時にな…」


 とても楽しそうにフィナは微笑み、慈愛に満ちた優しく暖かな光をキラキラとその身から溢れ出させる。


「女神の儂が言うのもなんじゃがの?その光景を()ていて、ほんに数奇な運命じゃと…ダーリンとあの娘達に感じたのじゃ」


 …数奇な運命か…。


 …トクン…トクン…


 まだ僅かに興奮の熱は残っていたが、俺は頭をひとまず冷まして、残されたわずかな(とき)を有効活用しようと、いくつか気になったことを女神に質問した。


「…なあフィナ…」


「なんじゃ?」


「ラムが超のつく天才なのは理解できたが、それだとまた腑に落ちん点がでてくる…」


「ふむ…なにが腑に落ちんのじゃ?」


 彼女(フィナ)は俺の顔を見て、怪訝そうに眉を寄せて頷いた。


「何故あの子は、そこまでの才能を持っているのに、HP以外のステータスはあんなに低いんだ?魔力と知力はともかくとして、力や耐久、俊敏なんかは、もっと高くてもおかしくはないだろ?」


 …そう。あの子はHP以外の能力値がてんで低い…。


「確かその三つはオール12…」


 …一般的な11の少女のステータスとしては普通だろうが、仮にも神々が一目置くほどの資質をあの子は持っている。にもかかわらずあのステータスは…。


 その事について俺が顎に手を添えて考え込んでいると、フィナも困ったように頭を悩ませていた。


「あ〜〜、え〜とじゃな…なんと言ったらいいのかの〜…ん〜〜…そうじゃ!!」


 手をポンと叩き、フィナは何かを閃いたように体を輝かせる。


「さっきダーリンは、そちらの世界のげ〜むのような例えでこの世界の人型達を表したじゃろ?」


「…戦士や武道家が物理スキルを使わずにショボい初級魔法で戦うって言ったアレか?」


 …正確には思っただけで声に出しとらんがな…。


「そうそう、それじゃ!それ!そういった、げ〜むと似たようことなんじゃよ!ダーリンがあの娘に対して疑問に思っとることは!」


 …さっぱり意味がわからん…。


 何かを必死に俺に伝えようとしていくれているのは、彼女の仕草や言葉から容易に察せる。


「じゃからの!それに似たことなんじゃよ!」


 …それだけじゃなんとも。もうちょい具体的に教えてもらわないと…。


 しかし、その内容がいまいち理解できない俺を見て、フィナはもどかしい顔している。


「あ〜〜、なんと表現すればええんじゃろか……そうじゃ!これならどうじゃ!」


 女神はさらに頭を捻らせ、遂にある台詞を口にした。


「この世界の者は、ダーリンの元いた世界でいう”腕立て伏せ“を知らんのじゃ!」


「………は?」


「もっと言うならば“腹筋“、"懸垂"…じゃったかの?アレも知らん!」


 …おいおいおい。ちょっとまて!じゃあこの世界の人型って…。


「…トレーニング…自ら鍛錬(たんれん)をしないのか?」


「それじゃ!!」


 大正解と言わんばかりに人差し指で俺を指差し、満足そうに相槌を打つフィナ。


 …マジかよそれ!…。


「これがマジなんじゃよ。簡単な手合わせや模擬訓練などはするがの?基本は魔物(モンスター)を倒す以外は何もせんのが、この世界の戦いを生業とする人種の常識じゃ」


「…………」


 俺はあんまりな事実に声も出なかった。


「無論、戦術や戦略、魔物の生態についての知識や魔技等のスキルの扱い方は師から習うがの?体を酷使するようなことなど、魔物と戦っている時や汗水たらして働いている時ぐらいなんじゃよ」


「ちょ、ちょっとまてフィナ!俺が淳達と最初に出会った場所はかなり険しい山奥だぞ?あそこまで登ってきたということは、見方を変えればソレだけで鍛錬だろ!?」


 どうしても納得できなかった俺は、半ば必死になってその事実についての否定材料を探すが、女神はそんな俺へしたたかに問答を行う。


「いくら険しい山とて、一度や二度の登山などしたところで鍛錬などと呼べる代物ではないことぐらい…ダーリンならよく分かっておるじゃろ?」


「うっ…ごもっとも…。だ、だが!16やそこらで、あんな山奥まで自力でこれるってことは、それなりに体を鍛える必要が…」


「必要ないんじゃなこれが」


 チッチッチッと人差し指立てて左右に振りながら、フィナは俺の言葉を否定する。


「あやつらは、同年代の(わらし)と比べるとかなりレベルが高い方なんじゃよ?じゃから体を自主的に鍛えとらんでも、単純な己の底力(ていりょく)だけであのぐらいの山なら軽々じゃ」


「……そうッスか」


「ま、レベルを上げる作業を修練とするなら、そこは鍛えておると言えんでもないがの?」


「………マジか…」


 もう一度、今度は声に出してその台詞を言ってしまう俺。


「じゃからさっきからマジじゃと言っておろうが!」


「………」


「この世界の者の多くは、モンスターと戦って経験値を稼いでレベルを上げる以外は強くなる方法がないと思っておるからの?レベルと生まれ持っての素質のみで勝負しておる者が大半を占めておるんじゃよ」


 …本当にゲームの世界みたいだ…。


「いまダーリンが質問したあの(ラム)のステータスが低いのも、単純に冒険士の活動以外の時間は食っちゃ寝しておるだけじゃからじゃよ」


 …納得しました…。


「じゃろ?ダーリン言うように自主的に鍛錬…修行をしておれば、簡単にステータスは上昇するであろうな。元々あの娘は素質だけはずば抜けておるしの」


 ……頭が痛くなってきた…。


 幼い頃から激しい修行の日々を送ってきた俺にとって。日常生活で魔物という脅威に晒されているにも関わらず、自ら体を鍛えることをほとんどしないというこの世界の人型の考え方は、正直言って理解に苦しむものがあった。


「体を休ませることも大切じゃろ?ま、この世界の人型に限っては、仕事がないと一日中、自分の好きな事をしておるか食っちゃ寝しておるがの?」


「………そ」


「そ?」


「そんなんで強くなれるかーーー!!」


 限界に達してついに何かが切れた俺は、魂の叫び声を上げて、その誰に対して訴えているかもわからない抗議の声を、この何もない真っ白な空間に木霊させるのであった。


 《現世》


 …コ…コツ、コツ…コ、コ、タ、タ…コツコツ…


 鮮やかな赤い絨毯が引かれた広い渡り廊下を数名の男女が、密集せず若干のゆとりを持ちながら、軽快な足取りで歩いている。その弾んだ足音からは、彼等自身の意気揚々とした気持ちが伝わってくるようだ。


「それにしても…」


 男女の集団の内の一人。涼しげで落ち着いた雰囲気のエルフの青年男性が、隣りを並んで歩いていた犬の亜人女性の方に僅かに顔を向け、少し驚いた表情をして口を開いた。


「兄さんの事を話し終えた後の、皆さんのリナへの反応は凄かったな」


「本当ね」


 さらにその男性の斜め前を慎ましく歩くスーツ姿の聡明そうなエルフの女性が、首だけ軽く捻って後ろに視線を移し、すぐ後ろを歩いている三人に目をやり、声をかける。


「皆さん、こぞってリナさんのドバイザーの無線番号を聞いていたものね?」


「そうですね…でもそれはある意味で当然の流れかもしれません」


 エルフの男性を犬型の亜人女性と挟むように並んで歩いていた、美しい青髪の淑女が、丁寧な口調でその会話に加わる。


「もしも、(わたくし)がリナさんと初対面で、あの場に居合わせたとして。きっと、私自身もリナさんと少しでも繋がりを持とうとするでしょう」


「がはははは!!違いないのだよアクリア君!なにせ、儂もリナ君のナンバーをさきほどどさくさ紛れに控えさせてもらったからね?がはははは!」


 集団の先頭を行く銀髪の偉丈夫が、豪快な笑い声を上げると、スーツ姿のエルフ女性が眉をしかめて半眼になり…


大統領(・・・)、今の発言は一国の代表としていかがなものかと…」


「が〜はっはは!!固い事を言うなマリー。無論リナ君にはその後すぐに許可をもらったのだよ。のおリナ君?」


「…大変恐縮なのです会長」


 緊張しているわけではないが、その声にはやや疲労感が伺える。


「…正直言うと今でも信じられないのです。アレだけのそうそうたるメンバーの連絡先が、あたしのドバイザーの登録欄にほとんど載ってるなんて…なのです」


 上着の内ポケットから自身のドバイザーを取り出し、困惑した表情を見せるリナ。


「それだけの仕事を、君はあの歴戦の猛者達を相手にやってのけたと言うことだよリナ君!」


 シスト、マリー、カイトにアクリア、リナの五人は、会議も閉会し、今後の軽い打ち合わせを終えて、帝国ロイヤルホテルからそれぞれのホームへの帰路についていた。


「あははは…ただ好き勝手喋ってただけで、どういうわけか凄い評価されちゃっただけなのです…」


 苦笑いをして頬に手を添え、リナは頭上を見上げる。シミ一つない純白の天井を見つめながら、彼女(リナ)はその時のことを思い出していた。


「……リ、リナさん!先ほどはまことに…誠に申し訳ありませんでした!!」


 会議が終了した直後、エメルナがリナに駆け寄り、また深々と頭を下げて、リナに何度目かの謝罪をした。


「だからもう全然気にしてないのですエメルナさん。エメルナさんは律義すぎなのです!」


 少々うんざりした様子でそう言った後、リナは柔らかな物腰で、頭を下げているエメルナの肩にそっと手を置き…


「あの時は、あたしの言い方にも少なからず非があったので、痛み分け…おあいこなのです」


「あ、ありがとうございます。…そう言っていただけると、私もいくらか気持ちが楽になります…」


「フゥ…エメルナさんは、あたしとあまり歳が変わらなそうなのに、しっかりしすぎなのです。もうちょっと肩の力を抜いてもいいと思うのです」


「そ、そうですか?きょ、恐縮です……リ、リナさん!!あ、あのですね…」


「?…どうしたのですか?」


 エメルナは落ち着かない様子で前のめりにリナに近づく。何かをリナに伝えたいようだ。リナの方は、なんだろうと首を傾げて、エメルナの次の言葉を待つ。


「スーハー…スーハー……よ、よ、よろしければ!リナさんのドバイザーの…む、無線番号を……わ、わたくしに教えていただけませんか!!」


 よほど緊張していたのか、数回深呼吸をした(のち)、意を決したように自らの頼み事を口にするエメルナ。


「……その、あの」


 彼女(エメルナ)の顔は真っ赤になっていて、リナの顔を直視できないのか、また頭を下げ、お辞儀をしたまま動かないでリナの返事を待っている。


「…条件があるのですエメルナさん…」


「……え?」


 リナの返答を聞いて、恐る恐る顔を上げ、エメルナは不安そうな(まなこ)でリナの顔を覗き込む。


「エメルナさんの無線のナンバーをあたしに教えてくれるなら…喜んで!なのです!」


 ニカっと笑顔でリナが親指を立てる。すると、不安に彩られていたエメルナの顔が見る見ると明るくなり…


「も、勿論です!!すぐに教えさせていただきます!」


 彼女は自身のドバイザーを慌てて取り出し、ぎこちない手つきで画面を操作して、畏まるように両手でリナにドバイザーを渡した。


「こ、これが、私のドバイザーの番号になります…」


「了解なのです」


 今度はリナが自分のドバイザーを取り出して、慣れた手つきで端末(ドバイザー)を操り、エメルナのドバイザーの画面を見ながら、片手で自身のドバイザーを動かす。そして瞬く間に…


「……よし!登録完了なのです。じゃあ、あたしの番号はいま紙に書いてお渡しするのです」


「よ、よろしくお願いします!」


「フ……」


「むふふふふ…」


 顔を赤らめ、そわそわしながらもジッとリナのことを見守る彼女(エメルナ)を、実の父であるレオスナガルや最年長のルキナは、少し離れた場所から微笑ましそうに見ていた。


「はいなのですエメルナさん!これがあたしのドバイザーのナンバーなのです」


 そんな年配者からの生暖かい視線など気にも留めず、リナはすらすらと自分のドバイザーナンバーを紙に書いて、手に持っていたエメルナのドバイザーと一緒にその紙を手渡した。


「用がない時でも、気軽にかけてきてくださいなのです。お話しするのは大好きなのです!色々な世間話や、天兄さんの自慢話に付き合ってもらいたいのです」


「は、はい!!ありがとうございます!!」


 とても嬉しそうに、エメルナは自身のドバイザーとリナの無線番号が記載されている紙を握りしめる。それを近くで見ていたカイト、アクリアにマリーも、自然と顔をほころばせた。しかし、この件はこれでは終わらなかった。


「ぷっぷ〜、エメルナお姉ちゃんだけズルいのだ!つまり、僕ちんもリナの無線ナンバーを教えてってこと!」


「俺もリナの連絡先は控えておきたい。当然、俺の方のドバイザー番号も教える」


 サズナ、シャロンヌが自分達にも教えろと言うと、それをキッカケに次々と他の冒険士達からも声が上がる。


「俺もリナ君の番号を教えて欲しい。…おっと、決してナイスン殿のような下心からではないよ?純粋に価値観の合う同僚として、君とはこれからも意見交換をしたいんだ」


「俺もフロンスと同じ理由で教えてもらいてえぜぇ。時間がある時にでも、またそのあんちゃんのとんでも話を聞かせて欲しいしよぉ?」


 小さく手を挙げてフロンスとナダイ。


「俺も差し支えなければ教えて欲しい…」


「あたしもリナさんの無線番号を知りたいわ」


「私も」


「自分も」


 この会議に最後まで参加した冒険士達が、しきりに口を開いてリナの方に向かってきた。


 ゾロゾロゾロゾロ


 気づくと、リナとエメルナを背に、みるみる列が出来上がっている。


「…え、え?一体なんなのですかコレは?」


「むふふふ。モテモテやねリナちゃん」


「が〜はっはっは!!皆の気持ちはわかるぞ!当然、儂も後で教えて欲しいのだよリナ君!」


 結局、エメルナが持っていたリナのドバイザーナンバーが記載されている紙切れを、この場にいた彼女(リナ)の連絡先を知らない者達、全員で回し読みしたのであった。


「…皆様、酷いです。私は精一杯の勇気を振り絞って、リナさんに自分の気持ちをお伝えし、連絡先を入手しましたのに…」


「…クス」


 納得いかないと頬を膨らませるエメルナ。意外と彼女も可愛いところがあるのだなと、リナはくすりと笑いを漏らす。そして…


「エメルナさん。良かったらあたしと“パーティーリスト登録”して欲しいのです」


 リナがある提案をエメルナに持ちかける。


「この前ドバイザーがカッパーになったばかりなので、登録リスト枠が拡大して空きができたのです。…ってそれは調子に乗りすぎですかね?」


「よ、喜んで!!ぜひ…是非よろしくお願いします!!光栄です!」


 リナのその提案を受け、エメルナは不機嫌だった顔を一瞬で吹き飛ばした。


「…エメルナさん。光栄(・・)なのは普通に考えたらあたしの方なのです。エメルナさんはSに届きうる最上Aランク冒険士なのですし…」


 ドバイザーのパーティーリスト登録は、冒険士達の間では特別なものであった。経験値を分け合う。自分のステータスを相手に提示する。他にも様々なコミニュケーションを可能とし、信頼できる相手や友好的な相手としかそれを登録し合わないのが、彼等の中では一般的である。


「冒険士のランクなど関係ありません!…リナさんのお気持ち…とても嬉しいです」


 ましてやリナとエメルナは、同じチームでもなければ拠点としている国も違う。従って、当然、経験値共有などの恩恵機能は効果の範囲外。なので、このリナの申し出は、ある意味、相手にステータスを暴露し、登録枠を減らすだけのあまり意味がないものなのだ。


「…ありがとうございます。ほんとに…本当に嬉しい…」


 だが、逆にそれは、それをとってもパーティー登録をしたいという、親愛を込めたリナのエメルナへ対する意思表示でもあった。


「ぷっぷ〜、僕ちんもリナとパーティー登録するのだ!さ、とっととやっちゃうからドバイザー貸して欲しいのだ!」


「……サズナには別に言ってないのですが…」


「ぷっぷ〜、リナ!筋肉様の筋肉映像を、是非よろしくお願いするのだ!!つまり、撮って送ってってこと!」


「全然、人の話を聞いてないのです…この変態は…」


 こうして彼女は、エメルナとサズナとパーティー登録を済ませ、ほか大半の熟練冒険士達の連絡先も、成り行き上、入手してしまったのだった。


「おっと、そう言えば君達に言いそびれておったことがあったのだよ」


 リナが天井を見上げながらそんな事を思い返していると、先頭を歩いていたシストが急に立ち止まり、体ごと後ろを向いてカイト達三人を力強い眼光でとらえ…


「おめでとう!!カイト君、アクリア君、リナ君!」


 威厳のある声で三人に賛辞を送る。


「君達は今回のリザードキング討伐の功績を認められ、三人とも冒険士ランクが一つ上がることが、先日、冒険士評議会で正式に決定した!!」


「まあ!それは本当ですか大統領!」


「うむ!マリーは今回の会議の準備などで多忙だったからね?その事を知らんのも無理はないのだよ。だが、まぎれもない事実だ!冒険士の会長の儂が言うんだから間違いない!がははははは!!」


「良かったじゃないあなた達!」


 マリーも嬉々として振り返り、カイトたち三人に声をかける。だが…


「「「………」」」


 功績を讃えられ、実績を認められて、本来なら飛び上がるほど喜んでもおかしくはないはずの三人の青年は、揃ってその表情を曇らせていた。


「…あら?みんな嬉しくないの?」


 どんよりと暗い顔をしている三人を見て、マリーが不思議そうに首をかたむける。


「嬉しいは嬉しいのですが、アレは全部、天兄さんがやったことなのです。あたしは何もしてないのです…」


「…はい。私達は、ただ現場に居合わせただけにすぎません…」


「いや、二人はちゃんとに自分の役目を果たしていたよ。重症を負った冒険士の治療に、リザードキングの探索。まったく何もしていなかったのは…俺だ…」


「…あなた達…」


 自身の無力感から落ち込む三人を見て、マリーはなんと声をかけていいのか困っていた。すると、冒険士の会長である英雄王シストが、気落ちする若者達を叱咤激励する。


「同じ死地を共にし、その場に(おも)むいた勇士達に!働きの優劣などつけようがない!!仲間の一人が手柄を立てれば、それはチーム全員の功績!!」


 帝国ロイヤルホテルの豪華絢爛な渡り廊下に、シストの檄が響き渡る。


「カイト君!アクリア君!リナ君!君達は天君と同じチームであり、知り合ってまだ日は浅いが、大切な仲間同士ではないのかね?」


「勿論なのです!!少なくとも、あたしの方はそう思っているのです!!」


「「………」」


 シストの問いかけを即答するリナとは裏腹に、カイトとアクリアは、より暗い影を表情に落とし、辛そうに俯いていた。


「…(わたくし)もそうありたいと思っています。ですが…そう思う資格が、はたして私にあるかどうか…」


「…それを言ったら…いいや、それこそ俺の方が当てはまってしまうよ。(アクリア)はすぐにでも(てん)に全てを打ち明けようとしていたしね…」


「…カイト、アクリア」


 辛そうに気落ちしている(アクリア)弟分(カイト)の二人に、マリーが何かを言おうとしたそんな時…


「えっと…カイトさんとアクさんが隠し事をしていた件なら、はっきり言ってもろバレなのです」


「「…え?」」


 何を今更と、リナが少し呆れ気味に言い放つ。


「あたしの推理では、あたし達が天兄さんに出会うちょっと前に、カイトさんとアクさんに送られてきた緊急連絡が怪しいのです」


「「…ビクッ」」


「多分そこで、二人は天兄さんに関する情報を、少なからず入手していた…」


「「…ビクッ…ビクビク」」


「にもかかわらず。いざ本人(てん)に会って、さも何も知らないフリをして、天兄さんのことを探っていたとか、できたら自分達に力を貸して欲しいとか、そんなところだろうとあたしは見ているのです」


「「………」」


 “図星”そう二人の顔には書いてあるようだった。マリーはそんな二人とリナの顔を交互に見て、感心したように…


「本当にリナさんは頭がいいのね」


「というかバレバレなのです。気づいてないのは(シロナ)ぐらいなのです!そもそも、カイトさんが初対面で相手のことを『兄さん』とか呼ぶところからして怪しすぎるのです!」


「…ははは、耳が痛いよリナ」


「…やっぱりバレバレだったのですね…」


「それと、当然二人が何かを隠していることぐらい、天兄さんもとっくに気づいているのです!」


「ええ、それは私も同感だわ。天さんは、女心(・・)以外は察しがすごくいいもの」


「「………」」


「実は、二人が取り乱して先に帰った夜、その事について考え込んでいたあたしに、天兄さんは言ったのです…」


『人には、誰しも触れられたくない事情が一つや二つはあるもんだ。だから、さっきの事で俺達はカイトとアクを深く追求するのはやめておこう』


「って」


「…天様…」


「…兄さんにはかなわないな…」


「が〜はっははは!!やはり天君はいい男なのだよ!あそこまでの力を持ちながら、その事をひけらかすこともせず、実に思慮が深い!…それでこそ儂の惚れ込んだ漢なのだよ!」


「はい!大統領のおっしゃる通りです。天さんはナイスンの10倍はいい男ですわ!」


「違うのですマリーさん!ナスと天兄さんでは、良い雄度が100倍は違うのです!桁違いなのです!」


「それも誤りでございますリナさん。元々、比べるのも(おこ)がましいことですが、天様は、ナイスンさんの万倍は殿方として度量がお有りです」


「…アクリア、それは流石に言い過ぎではなくて?」


「事実なのですマリーさん」


 この場にいもしないのに、いつの間にか槍玉に挙げられ、女性陣に散々な言われようのナイスン。


「……ぷっ…ぷふっ…ふふふ…あははははは!」


 女性陣のそんなやり取りを見て、堪えきれずにカイトが吹き出した


「が〜ははははは!!」


 そして、何故かそれにつられて笑い出すシスト。


「ふふふふふ…」


 珍しくアクリアからも笑声が零れる。


「ははははは!…あ〜〜、まさか、ナイスンの話題でこんなに笑う日が来るとは思わなかったよ」


「ほんとですね」


 先ほどまで暗く沈んでいたカイトとアクリアの顔は、すっかり晴れやかなものになっていた。そんな二人へ優しく微笑み、マリーが諭すように後輩達に語りかける。


「カイト、アクリア、リナさん…今回の冒険士のランク昇格、謹んで受けなさい」


「「「………」」」


 急に真摯な声で名前を呼ばれた三人は、自然と顔を引き締め、体ごとマリーの方を向いた。


「会長もおっしゃっていたけど、天さんの功績は同じチーム、支部であるあなた達の(こう)でもあるわ…」


「うむ。その通りだ」


「それにね……」


 マリーはもどかしそうに言葉を詰まらせるが、すぐにまた話し始める。


「天さんは、公式上での記録では冒険士のランクはずっとFのままなの…これから先、彼がいくら数々の偉業を成し遂げてもね…」


 その言葉を口にしたマリーの顔は、どこか哀愁を帯びていた。


「「「………」」」


「魔力がまるでない(てん)は、ランク昇格の儀式が受けられない。そうなると、公式の記録としては、彼のランクは必然的に一番下(エフ)のままだわ」


「…なのです。多分、天兄さんは理解力が高いから、その事をすぐに納得してくれるし、そんな小さいことは気にしないと思うのです。だけど周りは…」


「ああ、ナイスンやセイレスさん、それに、今日途中で会議を抜けた人たちのように…」


「はい…ランクのみで天様のことを見下す方が大半だと思います」


「残念な事にそれが現実なのだよ。今日の会議に出席した最高峰の冒険士達も、半数以上は天君のことを見くびり、途中退室した。嘆かわしい限りだ」


 悲しさと悔しさの思いが入り混じったような表情を浮かべ、シストは力なく首を振った。その様子には失望に近い感情も見え隠れしている。恐らくセイレスの事を考えているのだろう。


「まだ、本日(ほんじつ)会議を最後まで出席された方々のような、教養が高く、肩書きのみで相手の人となりを判断しない優れた人格者なら話は別ですが…」


「滅多にいないのです…そんな人型は。今のご時世、肩書きと魔力の才能のみで他人を決めつける馬鹿がほとんどなのです…」


 アクリアの言葉を紡ぐようにリナは自分の意見を述べた。彼女(リナ)は何か嫌な事を思い出しているのか、憎々しげに顔をゆがめる。


「まあ、かくいうあたし達のチームも、そういう馬鹿(シロナ)を一匹飼っているのですが…」


「でも、それが普通なのよ…」


「ああ、それが世界の一般常識だよ…」


 純正のエルフとして、何処へ行っても優遇されてきたマリーとカイトは、少し申し訳なさそうに視線を外した。


「だから…だからね!天さんの側に、これから常にいるあなた達は…少しでも冒険士としての立場を上げて、彼の良き理解者になって欲しいの!」


「「「マリーさん…」」」


「その立場を活かして、彼の支えになってあげて!!それは、これから彼と同じ道を歩む、あなた達にしかできないことなのよ…」


 羨ましい。できることなら自分がその役目を(にな)いたい。マリーの言葉からは、そんな彼女の想いがひしひしと伝わってくるようだった。


「マリーの言う通りなのだよ!!儂も、君達には(てん)の支えになってもらいたいのだ!!」


 マリーの心からのメッセージを聞き、側にいたシストも沈んでいた顔を一変させ、カイト、アクリア、リナの三人にまた檄を飛ばす。


「無論、それは腕っぷしの強さではない!良き友であり理解者、心の拠り所としてだ!!」


「…そうなれたらいいなと、いま俺は本気で思っています。…ただ」


 肩を落とし、カイトは辛そうに下を向いた。


「…彼を騙していた自分に、果たしてその資格があるかどうか…」


「自分ではなく自分 ()ですよカイト…」


「がはははは!!君等のそれは彼を見定めていたことを言っておるのかね?」


 俯いて気落ちする二人を見て、豪快に笑い出すシスト。


「なら心配はいらん!断言してもいい!天君はそんな小さいことにはこだわらん男なのだよ!」


「会長のおっしゃる通りよ、二人とも。それにね…」


 カイトとアクリアを、マリーは穏やかな表情で見つめる。


「天さんは言っていたわ『誠意には誠意で返す』って。あなた達が、これから彼を支え、力になるように心がけたら…きっと彼も、あなた達の支えとなり、力をかしてくれるわよ」


「…誠意か…」


 何を思ったのか、カイトがおもむろに自身の髪の先を弄りだした。


「伸びてきたな…これじゃあ、まるであいつみたいだ…」


 伸びた髪を指先で摘み、まじまじとそれを見て呟いた。


「バッサリいくか…ナイスンと被りたくないしな。アクリア、リナ、悪いが先にランドに帰っていてくれるかな?俺は…ちょっと野暮用があるから…」


「……カイト、私も共に参ります」


「なっ!ア、アクリア!何も君まで俺に付き合わなくてもいいだろ!」


「けじめは大切です。それに、前々からいつか切ろうと思っておりましたし」


「二人とも考え方が古いのです。だけど…そういうのは嫌いじゃないのです」


 アクリアとリナは、長年の付き合いと持ち前の察しの良さで、カイトが何を考えているのかを瞬時に理解した。


「ふふふ…」


「はは…」


「あは…」


 互いの顔を見合わせて、三人は垢抜けた顔で小さく笑い合う。


「フフフ…気心が知れた仲間が側にいるということは、それだけで安心できるものだ。それはいつの時代でも変わらんのだよ」


「ええ…ほんとですね会長…」


 はにかみ合う若者達を、シストとマリーは、昔を懐かしむようにしばしの間、暖かく見守っていた。


「さて、我々もやることは山積みにある。マリー、しばらくは休めんぞ?」


「ケーキの食べ歩きは当分お預けですかね?ダイエットになって丁度いいですわ」


「がはははは!頼もしい限りなのだようちの美人秘書は!」


「もう!茶化さないでください大統領!で、でも、リナさんの話だと…て、天さんも、私のことをそう言ってたらしいですし。ん〜〜!思い出したら体に力が漲ってきましたわ!!」


「がはははは!!元気が良いのは大変結構!!それにしても、今日は実に良い日であった!!」


 かくして、緊急会議の中心となった(おさ)を含む男女五名は、それぞれのホームに帰還するのであった。


 《神界》


「すまないフィナ。少し取り乱してしまった」


 いきなり叫び声を上げた後、すぐにいつもの調子に戻った俺に対し、フィナは間の抜けた顔で…


「……ダーリンはほんに切り替えが早いの〜、一瞬なのじゃ…」


「ん?いやなに、よくよく考えたら、今のは俺個人の常識だっただけだからな?」


 あっけらかんと俺はそう答える。


「こちらの世界では、俺の方が非常識…普通じゃないってことだろ?」


「そうでもないぞ?少数じゃがの?自分なりに体を鍛えておる人型も、おるにはおるのじゃ」


「ほ〜、そうなのか…」


「さっきのは儂の言い方が悪かったのじゃ」


「というと?」


「この世界の者は、何も好き好んで怠けておるわけではない。単に、(おのれ)で体を鍛える術を魔物狩り以外には知らんだけ…わかっとらんだけじゃ」


「…ああ、そういうことか」


 フィナが何を言いたいのか、今度はすぐに理解できた。


「じゃから、らいふわ〜くで体を鍛える職の者は、極めて優秀な戦士になることもある。シストなども、若い頃は腕の良い大工じゃったんじゃよ?それをルキナが冒険士の道に引っ張ってきたのじゃ!」


 …お、意外な過去…でもないか?おっさんが大工とか、はまりすぎだし…。


「ダーリンが腰を据えとる町の鉱夫どもも、育てれば優秀な戦士になるやもしれんぞ?」


「……駄目だ。その案は却下」


「なんじゃつまらんの〜」


 …親父さん達に何かあったら、花坊やおばちゃんが悲しむ。何より押し付けはよくない。だが…


「鉱夫の人達は却下だが、英雄や見込みのある冒険士達を鍛えるのは悪くない…」


 …体を鍛える術を知らんのなら、俺が教えてやればいいだけだ。レベルと素質だけで勝負しているという事は、よく言えばまだ伸び代があるということ…。


「ふふふ…良いぞ…良いぞダーリン!その考えは実に良いのじゃ!」


 女神は、身に纏う神々しい光をこれでもかと輝かせ、興奮状態を俺にアピールする。


「儂等の世界には、鍛え甲斐のある者達がゴロゴロおるぞ?その中でもさっき言ったあの娘は別格じゃがの」


「………ラムか」


「うむ!!」


 フィナは力一杯に頷いて、俺に力説を始める。


「あの娘は、この調子でいくと、必ず魔力の才がないという理由から疎外され、その素質を開花させず、日の目を見ることもなく生涯を終えるじゃろ」


「………」


「じゃが!おぬしがその知識と、武の才で導いてやれば…あの娘なら超えることができるやもしれぬ!」


「……何をだ?」


「儂等が定めた脅威判定Sの()じゃ!!人型が誕生してから約5000年…未だその領域に踏み入れた者は一人としておらんのじゃ!」


 …俺や親父は、元々この世界の人間じゃないからカウントされんということか…。


「そういうことじゃ!!」


「…ふ〜ん」


 興奮状態のフィナとは対照的に、俺は冷静な面持ちで…


「盛り上がってるとこ悪いが、俺はラムを自分から鍛えたりはせんぞ?」


「……え?な、なんでじゃ!!」


 意気込んでいる女神に、冷や水を浴びせられるかの如く、俺は淡々と自分の考えをフィナに聞かせる。


「…俺もラムの素質のことをフィナから教えてもらった時、胸を躍らせたのは事実だ」


「そ、そうじゃろ!!じゃったらあの娘を鍛え…」


「無理強いはせんと言っただろ?決めるのはあくまであの子だ」


 意気込むフィナの勢いを強引に止める。


「…それに俺自身、ラムや淳達に…もう戦場には立って欲しくはない」


 …あんな思いをするのはもう沢山だからな…。


「…それを言ったら、ダーリンが今一緒におる者等もそうなるじゃろ」


「カイト達と淳達は比ぶべくもない。覚悟の量も意識の高さも段違いだ。淳達は…全てにおいて若すぎる」


「ふむ…そんなもんかの?」


「そんなものだ」


 …確かに淳とラムは、その命を投げ打つ覚悟で自らあの死地に身を投じた。その心意気、同じ戦士として尊敬に値する…。


「なんじゃ?ちゃんとにあやつ等を評価しておるではないか」


「当然だ!だが、俺が仲間に求めるのはそれとは別の覚悟だ…」


 …それは…。


「何がなんでも…どんなことをしてでも生き延びる覚悟。生を望む強い意志。命を軽んじる者は、俺の仲間に不要だ」


 …淳とラムはジュリと弥生を逃すために囮になったのだろう。そこまではいい…問題はやり方だ!…。


「…ま、そう言われればそうかも知れんの?圧倒的に自分達が劣っているというに、あやつ等の戦い方ときたら…」


「…直接それを見たわけではないが、容易に想像ができる。恐らく玉砕覚悟の特攻…最初から死ぬ前提の行動選択。愚の骨頂だ。命をかけるのと命を軽く扱うのはまるで違う!」


「ふふふ…厳しいの〜ダーリンは」


「……厳しい…か」


 …正直に言えば、今のは俺の私情も半分というところだな…。


「…ウフフフフ」


「その話は、もうよそう…」


 女神に心を見透かされたように微笑され、バツが悪くなった俺は話を強制的に終わらせた。


「それより、俺はココをもうすぐ出るわけだが…」


「なんじゃ?まだ聞きたい事があるんかの?もう時間も残りわずかじゃ。はよ〜きいてくれ」


「自分のドバイザーがない俺が、どうやって神アイテムや40億もの現金を運ぶんだ?」


 …いや、重量的には余裕だが、流石にはだかでそんな大金や貴重アイテムを運ぶのは…。


「その事なら心配ご無用じゃ!!」


 フィナは胸を張って親指を立てる。


「ダーリンが持っておるドバイザーに似た、向こうの世界の文明の利器があるじゃろ?」


「……スマホのことか?」


「それじゃ!その、すまほ?を…儂の力でこの世界でも使えるドバイザーにしておいたのじゃ!」


「マジっすか!!」


 急に改まるほど、俺は女神のその話に食いついた。


「うむ!動力は魔力ではなく『練気』じゃから、ダーリンでも余裕で使える!いや、ダーリンしか使いこなせんと言った方が正しいかの?」


「あざーーす!!本気で助かります!!」


 速攻で姿勢を正してお辞儀する俺。


「じゃろ!しかも性能も段違いじゃ!プラチナのさらに上、その名も“ゴッドバイザー“じゃ!」


 …こ、ここにきてダジャレ!?で、でも超嬉しいです!…。


 自分のドバイザーを持っていないのが、重度のコンプレックスになりかけていた俺には、フィナのそのはからいは涙がでるほど嬉しいものだった。


「手始めに、自らの()ステータスを見てみよ。もうダーリンは自分のドバイザーでそれを閲覧できるからの?」


「ラジャー!」


 女神に敬礼して、俺は自身の端末(スマホ)をポケットから取り出した。あまりの喜びで変なテンションになりつつも、言われた通りに自分のステータスを見てみる。


 …本当は頭に浮き上がらせることも可能だが、今の俺にとってそれはヤボだ!…。


  Lv 105

 名前 花村 天

 種族 伝説超越種

 最大HP 33000

 体内LP 300万

 力 824

 耐久 862

 俊敏 800

 知能 150


 特性 ・ 全体防御力アップ(効果大)


 生命の目 神知識共有 魔法無効体質 状態異常無効 練気法 体内力量段階操作法 力調整法 武闘Lv99


 備考

  フィナのダーリン❤︎ 闘技創始者(中二(ちゅうに))


「………」


 …この女神は相変わらず俺のステータス欄で遊びおってからに…。


「儂は大真面目じゃ!!」


 …真面目なやつが備考欄にハートマークとか(中二)とか付けるわけねえだろ!…。


 喉元まで出かかった言葉を俺はグッと飲み込む。


 …いかんいかん、形はどうあれ、この女神は俺にも扱えるドバイザーを授けてくれた…。


 俺は頭を激しく左右に振り、思い留まった。


 …いくらガキみたいな幼稚なことをしようとも、今は怒ってはいけない…。


「……口で言わんでも全て筒抜けなんじゃが」


 …口には出してないので、そこはノーカンでお願いする…。


 心の中でフィナに返事をした。


「…こやつ、既に心の声での会話に慣れてきておるのじゃ」


「……まあ、それは置いといて」


「置いておくでない!って、これは儂の言葉遊びのネタじゃろ!」


 のり突っ込みをするフィナを無視して、気にせず俺はステータス欄で気になった項目を彼女に尋ねた。


「この、種族に“伝説(でんせつ)超越(ちょうえつ)種“っていうのは一体……」


「“レジェビエント“とも読む。前にダーリンのステータスの種族欄で『人間?』と表示されておったのを覚えておるかの?」


「……忘れるわけがない」


 …自分のステータスに疑問符がついてるとか、そんなふざけたことを忘れられるか…。


「別にふざけて『?』を付けたわけではないのじゃぞ。アレに関してだけ言えば、至って儂等は真面目じゃった」


 …アレが悪ふざけじゃなくてなんだっつんだよ!…。


「あれにはちゃんとした理由があるのじゃ!」


 不貞腐れたようにフィナはそっぽを向いた。


「さいですか……ん?儂等?」


「そうじゃよ。この世界のステータス…能力欄は、儂等三柱が管理しておる。それはダーリンとて例外ではない。じゃのに、ダーリンときたら儂にばかりあたりおって…」


 不愉快そうにそっぽを向いたまま、フィナは愚痴をたれる。


 …それは悪かったかな…。


「ほんと〜じゃ!」


「そうなると、あの備考も三柱神、全員で考えたのかよ……」


 この世界の神は、みんなフィナみたいな神なのかと俺が頭を抱えていると、彼女は正面に顔を戻し、いけしゃあしゃあと…


「あっ、アレは儂だけじゃ。そもそも、能力値(ステータス)に備考欄などあるわけなかろう」


「……そんなこったろうと思ったよ」


 …やっぱりあんたが主犯じゃねえか!…。


「男が小さいことを気にするでない!」


 …開き直りやがった…。


「時間がもうないのじゃ!さっさと話してしまうぞ…」


 俺の心の声をスルーして、フィナは真実を語り始めた。


「ダーリンがこの世界にきたばかりの時、儂等三柱は、ダーリンのステータス欄を創作する傍らで、それぞれひとつずつ加護という名目でスキルを与えたのじゃ」


「!」


「無論、それはダーリンが最初から持っていた『魔法無効体質』や『練気法』とは別のスキルじゃ」


 …どうやら、俺は少なからず三柱神すべてに恩があるようだな…。


「まず、生命の神である儂は『状態異常無効』次に創造の神マトは『体内力量段階操作法』最後に知識の神ミヨは『力調整法』」


「………」


「初めに儂のスキルじゃが、読んで字のごとくじゃ」


「そうですね」


 …状態異常を無効にするスキルだから、正にそのまんまだ…。


「うむ。次にマトのスキルじゃが…ま、簡単に説明するならばレベルを調整する能力じゃ」


「はい」


 …角度を変えて使用すると、とんでもなく使えるスキルだ…。


 俺が、心の中でマトのスキルを褒めると、フィナは頬を思いっきり膨らませて…


「儂の状態異常無効(スキル)が一番役に立つのじゃ!!」


「さいですね…」


 疲れたように俺は頷いた。


 …まあ、実際は状態異常無効が一番実用性があるとは思うが…。


「じゃろ!!わかれば良いのじゃ!」


「…で、最後の一つの『力調整法』も、読んで字のごとく力を調整するもので合っていますか?」


「ふむ…その認識で当たっておるがの?恐らくダーリンが思っておるよりも遥かに性能が良いのじゃ。ミヨのスキルは…」


「…っというと?」


「うむ。ミヨはスキルは身体能力…力、耐久、俊敏の三つのステータスを調整するスキルなんじゃがの?その調整の幅がでたらめなのじゃ」


「……どれぐらいなんだ?」


「万分の一じゃ。ダーリンの力の最大値を約28000とするなら、最小値は3以下にできるのじゃ」


「!!…そいつは確かに凄いな」


 …戦闘の達人になればなるほど手加減が上手くなるものだ。それにしたって、自身の10000分の1の力まで調整できる者など、極めて稀だろう…。


「ま、ダーリンのセンスも相まってのことじゃとミヨは言っておったがの?」


「…それでも大感謝ですね」


 …力が常人の何千倍もあったら、たとえ俺とて、はずみに敵でもない相手を殺してしまう事は十分に考えられるからな…。


 もし、力あまって自分の仲間達、ひたしい者達を手にかけてしまったらと思うと背筋が凍った。


「…ダーリン。脅威判定S超えとはそういう存在なんじゃよ」


 女神は俺の頭に囁きかける。


「じゃから、儂はともかく他の二柱の神は、ダーリンの力を制御する為のスキルをおぬしに与えたのじゃ」


「……それは有難いことですが、それと種族に疑問符がついたのはどういう関係が…」


「いまさっきも話したがの?人種(ヒューマン)古代英雄種(エンシェント)といった、俗にいう人型が誕生して5000年以上の時が経つ」


「言ってたな」


「にもかかわらずじゃ!まだ脅威Sがただの一人も人型の中から誕生しとらんのじゃ」


「……じゃあなにか?つまり俺は人型の枠には入らんと……」


 自分で言った言葉が、そのままダイレクトで自身の胸に突き刺さった。


 …いいじゃん、ちょっとみんなとは違う人間ってことでさ!…。


「全然ちょっとじゃないわい」


「うっ…」


「ま、そういうわけなんじゃよ。儂等もかなり悩んだんじゃよ?」


「…まあ……いいけどね…」


「でな?結論を言うとじゃ!」


 …楽しそうだなこの女神…。


魔物(モンスター)魔王(サタン)みたいに、人種(ヒューマン)古代英雄種(エンシェント)からS脅威がでたら、種族をわけるという事で儂等は合意したのじゃ!」


「人種、古代英雄種から脅威S以上が現れた場合…『伝説超越種(レジェビエント)』に種族が変わると?」


「そういうことじゃ!!」


 凄い良い顔をしてフィナが答える。


「それにの?この『伝説超越種』という呼び名は、元を辿ればダーリンの意見を取り入れておるんじゃよ」


「……はい?」


 …なに言ってんだこの女神?俺がフィナとあったのは今日が初めて、しかも他の二神とは顔合わせすらしとらんのに…。


「ダーリンが自分で言っておったじゃろ。『俺は伝説の超人型だ』って」


「……………」


 …ちょっ!アレを元にしたの!?…。


「そうじゃよ?」


 …やっちまった〜〜!…。


 冗談でてきとうに言った言葉が元で、自分の種族が決められてしまった事実を知った俺は、必死で膝が折れるのを踏ん張っていた。


 …これからは、安易に自分のことを恥ずかしい言葉で表すのはよそう…。


 俺は深く心に誓った。


「なんじゃ?気に入らんのか?伝説超越種…なかなかにかっこ良いじゃろ?」


「まあ否定はしませんが…」


 …元になったキャッチフレーズがアレじゃな…。


「それはそうと、まだ新ステータスで気になることが…」


 その事はとりあえず忘れて、俺は会話の流れを戻した。


「ダーリンの得意技(きりかえ)じゃな?」


「………」


 …性格と言って欲しいんだが…。


「…まあいい。この『体内LP300万』っていうのは一体」


 …大体予想はできるが…。


「うむ!“練気“のことじゃよ!ダーリンの体内に、今どれぐらいの練気が貯蓄されておるのかを表しておる!MP(マジックポイント)ならぬLP(れんきポイント)じゃ!」


「理解した。…が、なんで『〜万』とか、漢字が数字の中に入ってるんだ?」


「わけるのが面倒じゃったからじゃ!てきと〜に区切ったのじゃ!」


「……そこはちゃんとしません?」


「気にするでない!ほんとはそれも面倒で『体内LPたくさん』にしようかどうか迷っておったしの?それに比べればマシじゃろ?」


 …おい〜!それはテキトーすぎるだろ!…。


「…では、この『武闘Lv99』っていうスキルは?」


 …気にしてもしょうがないな。早いとこ新ステータスの検証だけでも終わらせよう…。


 いつ時間切れになってもおかしくないと思った俺は、とりあえずステータスの検証を最優先させた。


「てきと〜じゃ」


「………」


 …がまん…我慢だぞオレ…。


 なんとか堪える俺。


 …それにしても、意味のないものなら、わざわざスキルに入れんでもいいだろうに…。


「ダーリンは超がつく達人じゃからの?一応、それなりのスキルを用意せんとと思ったのじゃ。魔法無効体質や神知識共有と同じじゃな」


 …神の間のルールなんだろうが、本当に形にはこだわるようだ…。


「うむ!神の決まり事は守らなくてはならんのじゃ!」


 …そのセリフ、神自身が言うとありがたみも何もないな…。


「決まり事と言えば…」


 何を思ったのか、フィナは上を見上げて目を瞑った。


「……これをダーリンに伝えてよいものか…」


 そして、深刻そうな雰囲気で意味深な台詞を口にする。


「早く言ってもらえます?時間押してるんで」


「…ダーリンはもっとむ〜どを大切に…まあよい、時が迫っておるのは事実じゃ」


「…お願いします」


 素っ気ない返事をしたが、俺は女神の次の言葉にわずかの心拍数の上昇を感じる。


 …なんだかんだで、やはり女神にあんな事を言われたら少し不安にはなる…。


「ダーリンは自分専用のドバイザーを手に入れた」


「…おかげさまで」


「じゃが、それでも魔力は一生、1も上がらんままじゃ」


「はい…」


「じゃからの…その為にダーリンはいろんな制限がついてしまうんじゃよ」


「…はあ」


「でじゃ?ダーリンの身近でのその最たる例が、冒険士のランクあっぷなんじゃが…」


 伝えるかどうか、フィナは一瞬、躊躇するような素振りを見せるが…


「ダーリンは魔力がまったくない。じゃから、表向きはずっとF(さいてい)冒険士のまんまじゃ」


 深刻な顔でそう告げるフィナとは対照的に、俺はケロリとした態度で…


「なんだその事か」


「…なんじゃ?あまり動揺しとらんの?ダーリンはランクが一番低いままで辛くはないのか?」


「別にその事なら、はなから承知済みだからさして気にもせんぞ?」


「そうなのか?」


「ああ、ある意味で当たり前のことだからな」


「また随分と達観しておるの〜」


「俺がいた世界でも同じだ。何かをする時には、大概それに見合った“資格“が必要となる」


「ふむ…」


「大きな集団に属する時、高価なものを借りる時、何かを習得する時、それは必ず必要になってくる」


「ふむふむ」


「この魔法世界においては、それが魔力なんだろう?」


「かいつまんで言えばそうじゃな」


「このことから、魔力のまるでない俺は、この世界の枠の中でなんらかの制限を受けるのは至極当然の事…それだけだ」


 …実のところ、あの鉱山を買う時も、魔力がない俺の代わりに代役でカイトに儀式をやってもらったからな。それはそれと割り切るしかない…。


「…まったく、ダーリンの頭の柔らかさと見識の高さには感心するのじゃ」


「見聞を自ら狭めていたら、進歩などできんからな」


 腕を組んで俺が誇らしげにそう言うと、呆れた顔をしてフィナは呟く。


「これ以上、まだ進化する気かおぬしは…」


 …当然だ。自分自身でどこまで行けるか試したいしな…。


「…それ以上進化したら、ダーリンは儂等と同等の神になってしまうぞ?ま、それも面白いのじゃ!」


「…いや、俺は別にそういう進化を遂げたいわけでは…」


「遠慮するでない!」


 …遠慮するっつんだよ!だいいち、この世界きたばかりの時に、リザードマン相手に数ミリ単位だが手傷を負わされた程度の人間が、神などになれるわけがない…。


 フィナがあまりに現実味のない事を言うので、俺はふとこの世界にきたばかりの時の事を思い出してしまう。しんみりとその時のことを懐かしむ俺に…


「あ〜…アレは単に、ダーリンがこの世界にきたばかりじゃったから体が馴染んどらんかっただけじゃよ」


「……へ?」


「今のおぬしが本気で守りを固めたら、例え相手がドラゴンであったとて、手傷を負わせることすら叶わんじゃろうな?」


 ……今なんつったんだこの女神…


「じゃから、例え敵がドラゴンとて…」


「やめろー!!」


 そう叫んで俺は自分の耳を塞いだ。


「密かにドラゴンとの対戦を心待ちにしている俺に!夢を壊すような事は言わないでくれ!」


 耳を両手で押さえて絶叫する俺の頭の奥へ、直接響くようにフィナの声が聞こえてくる。


「遅いか早いかの差じゃろうに?どうせここ5年間は、ドラゴンを始めとした災害(ディザスター)級の魔物と、ダーリンはいやというほど戦うのじゃ」


「……何も聞こえない、何も聞こえない」


「じゃが、はたしておぬしのHPを削ることができる魔物が、人型界に存在するかどうか…」


「やめてくれー!」


「何をそんなに動揺しておる?そもそもドラゴンなぞ、リザードキングの倍ほどの戦命力しかもっとらんのじゃぞ?それに比べ、ダーリンの戦命力はリザードキングのひゃくば…」


「やめれ〜〜!!」


 …トゥ、トゥ、トゥ…トゥルルルルルル…


 俺が両耳を押さえながら叫んでいると、どこからか電話の着信音に似た音が、この真っ白な空間に聞こえてきた。


「げっ!」


 その音色が聞こえてきた途端、フィナは女神らしからぬ声を上げて顔を青くさせた。


「ん?なんだこの音?」


「いやじゃ〜〜!!」


 そして何故か、今度はフィナが耳を押さえて絶叫する。


「お、おいどうしたんだ?」


 …いや、理由は一目瞭然だが、女神がこんなに取り乱すなんて…。


 トゥルルルルルルル


「一体なんなんだこの音…」


「交信音じゃよ……ヨウダンからの」


「…は?」


「…じゃから、儂ら神とその直属の真理英雄が対話をする時に鳴る交信音じゃ!!」


「へ〜…」


 …それなら、やはり電話の着信コールみたなもんか?…。


「…出ていいですよ」


 気にせずに電話に出てくださいといったジェスチャーを俺がとると、フィナは耳を塞いだまま心底嫌そうな顔をして…


「いやじゃーー!!対話に応じたら最後、終わりの見えん、奴の妄言を延々と聞かされるのじゃ!!」


「それは確かに嫌だな…」


「絶対にヨウダンの交信には応じんのじゃ!!」


「……神々のルールはどうした」


 …てか自らの主である女神からこんなに避けられるとか、英雄としてどうなの?…。


 トゥルルルルル…


「…致し方ない。しばし居留守(・・・)を使うのじゃ」


 …女神が居留守とかすんの!?…。


「あやつは特別じゃよ…」


「…嫌な特別だな」


 よほどヨウダンという男が苦手なのか、フィナが纏っていた光は、今にも消えてしまうのではないかというほど弱々しくなっていた。


 …どんだけそいつの事を苦手なんだよ…。


「なに、1分も交信に応じなければ、ヨウダンのやつは毎度、対話を諦めるのじゃ!」


 …毎回、居留守使ってんのかこの女神…。


「あやつは特別なんじゃ!」


 〜5分後〜


 トゥルルルルルルル


「………」


「…粘りますね」


「………」


 女神はフルフルと体を震わせて何かを堪えている。


 トゥルルルルルル


「……あんの独善者め〜……ええかげんにせぇー!!!」


 我慢の限界に達した女神が、澄んだ美声を荒げて怒鳴り声をこの神域に響き渡らせる。その女神の怒声が響き渡ると同時に…


 ポウ…


「あっ…」


 淡い光が俺を包み込み、足元からこの神域にきた時と同じ風に霧が立ち込めてくる。


「どうやら時間のようだな…」


「なっ!!」


 癇癪を起こしていたフィナが、慌てて霧に包まれる俺の方に近づいてきた。


「ちょ、ちょっと待つのじゃダーリン!」


「いや待てと言われても…」


 …これはあんたらが考えた仕掛けだろ?俺にこの霧をどうにかできるようだったら、最初からこんな場所に来てねえし…。


 いつの間にか、霧は俺の首元まで登ってきていた。


「こんな別れ方はあんまりじゃろ!後5分だけ待つのじゃ!」


 …いやだから、神のあんたがどうにもできねえのに俺にどうしろってんだよ…。


「そ…それはそうなんじゃが…」


 トゥルルルルル


「ええい!やかましいわ!!儂とダーリンの別れのひと時を邪魔しおって!!」


 明後日の方向を見て、誰もいない虚空に向かいまた怒鳴り声で文句を言うフィナ。


 スゥー…


 その間にも、霧は俺の体にまとわりつき、あっという間に体全体を覆いつくした。


「……どうやら本当にお別れみたいだ。なんだかんだで…あんたには…色々と…世話に…なった。…あり…が…と…フィ…ナ」


 ホウ…


 霧とともに、彼は神域から儚げに消えていった。


「………ダーリン?」


 生命の女神フィナは、花村天が霧とともに淡い光となって消えてしまった方向に目を向け、呆然と立ち尽くしていた。


「………ダ…ダーーーリン!!!」


 彼がもうこの神域から完全に消失した現実を目の当たりにした女神は、慟哭にも似た悲痛の叫びを上げる。


 トゥルルルルルトゥルルルルルル


「…お…のれ……おのれヨウダンめぇーーー!!!」


 トゥルルルルルル


 生命の女神の絶叫と、電話の着信音に酷似した音色が遠くの方で聞こえる。そしていつしかその音も聞こえなくなり、俺は最初に霧に包まれた場所、リザードキングを討伐した街道に立っていた。


「…戻ってきたな」


 こうして俺は、様々な思いを胸に秘め、この世界に無事帰還した。


 《ソシスト共和国首都 ビーシス》


 緊急会議も終わり、会議出席者達がそれぞれの故郷(ホーム)の帰路に着いたその夜。


 ギシ…


「フゥ…」


 ソシスト共和国の大統領にして冒険士協会会長であるシストは、ようやく激務を終えて、冒険士協会本部の会長室に用意されている自身の重役椅子に腰を落ち着かせていた。


「…フフ…それにしても、今日は実に有益な時間を過ごした…」


 チ…チ…チ…チ…


 時計の針は既に夜の11時50分を回っていた。日付があとわずかで変わろうとしている深夜、彼の秘書のマリーも、その業務を終えて帰宅し、この部屋にはシスト一人だけしかいない。


 トゥ…トゥルルル…トゥルルル


 そんな真夜中、シストのドバイザー無線の通信コールが鳴る。


「む…」


 静まりかえった部屋に彼のドバイザーの着信音が鳴り響いた。


 ガチャ


「もしもし…シストだ」


 普通ならこんな時間に無線が入れば、少しは憂鬱そうにするものだが、そこはシスト。普段と一寸たりとも変わらぬ堂々とした態度でその無線にでる。


「おお!!君か!昨日(さくじつ)はご苦労であった!君がともに帝国に来てくれたこと…改めて冒険士を代表して礼を言わせてもらうのだよ…」


 無線の相手は誰かわからないが、応対するシストの声や台詞から、心からの感謝の意を(ひょう)しているのが伺える。


「謙遜することはない!君の活躍は、冒険士の皆も十分に熟知しておる。…それにしても、君から儂に無線が入るとは珍しいな?しかもこんな時間に…」


 チ…チ…チ…チ…


 時計の針は夜の11時59分を指していた。


「……ふむ、それは大丈夫だ。儂は今一人でいる。近くには誰もおらんのだよ…」


 何を言われたのか、周りを見渡してそう答えるシスト。


「……して、君の要件とは?」


 気のせいか、無線を受けるシストの声には僅かな緊張の色が見えた。


 ガタンッ!!


「……な、なに!!それは本当かね!!!」


 座っていた重役椅子から乱暴に立ち上がり、シストは顔を青ざめさせ、彼の激声は部屋全体を震わせる。


「…なんということだ……」


 前のめりに自らの重役机へ両手をつき、愕然として呻くシスト。その額には冷や汗が滲んでいた。


 チ…チ…チ…チ……ゴーーン…ゴーーン


 時計が12時の針を指し、時計の鐘の音が会長室に鳴り響く。それはまるで、これからの凶兆(きょうちょう)を告げる前奏曲(プレリュード)。シストの元にかかってきたこの一本の通信とともに、花村天の新たなる武勇伝の幕が上がる。


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