第40話 武勇がたり中の巻
リナが残りの二つの武勇伝を語ろうとした時、あどけなさが残るエルフの美少女冒険士が、今更ながらに驚きの声を上げた。
「ぷぶーー!!1分以内!?Aランクモンスターを?とんでもなさ過ぎるのだ神の筋肉様!!つまり、正真正銘の筋肉ってこと!」
レオスナガルの話を聞いていたのかいなかったのか。その話からひとつ間を空けて、サズナは相変わらずのマイペースぶりを発揮したようだ。
「落ちつくのですサズナ!何を言いたいかはなんとなく分かるのですが、それでも何を言ってるかわからないのです!」
「…リナさん、天様の肉体には神が宿っていると、サズナさんはおっしゃりたいのだと思います…」
「ぷっぷ〜!!まさになのだアクリアお姉ちゃん!!つまり、大正解ってこと!!」
「…こんなしょうもない会話で、何で通じ合ってるのです…この二人は?なんだか…あたしの中でアクさんの印象がどんどん変わっていくのです…」
呆れたように肩を項垂れさせてリナが呟くと、何かを思うような遠い目をしたカイトが力なく声を出す。
「…今日はリナと凄く意見が合うよ。…俺も、最近ではアクリアが別人じゃないかと思うことが多々ある…」
「カイト…リナさん…。私は知りました。恋は自分自身を変えてしまうものだと…」
「アクリア…貴女のそのセリフも何回か聞いたわよ?まあ、変わり過ぎて彼に引かれないように…せいぜい気をつけなさいね?」
「天様が、すぐに私の変化にお気付き頂けるということは、それだけあのお方は私の事を気にかけてくださっているということ。その事実を…遂に認めて下さったのですね?マリーさんは?」
「…そうね。でも勘違いしない方がいいわよアクリア?天さんは仲間なら誰にでも優しいんだからね?変に自分は特別…みたいな事を思ってると、痛い女みたいに思われるわよ?」
「…また始まったのです。この至近距離で女の戦いを連戦されると…いい加減、胃がキリキリしてきたのです」
肩を落としながら胃の辺りをさするリナに、サズナがあどけない顔をして、わりと真剣な声で人生の先輩女子である彼女に尋ねた。
「ねえねえリナ?僕ちんも恋したら変わると思う?つまり、まだ僕ちんは恋愛したことがないからよくわからないってこと」
「……サズナはきっと大丈夫なのです。多分良くも悪くもそのまんまなのです。つまり、筋肉愛好家のままってこと…なのです」
「…だなリナ嬢?サズナは好きな男ができても今と変わらねぇと思うぜぇ。…下手すっと悪化しそうだがよ?」
そのままの体勢で疲れたふうにリナがそう返すと、ナダイもそのリナの言葉に呆れ混じりに相槌を打って、横目でサズナを見る。
「ぷっぷ〜、ブレないと言って欲しいのだ!つまり、我が道を行くってこと!」
エッヘンと座りながら胸を張る仕草を取るサズナに、ナダイを含めたその場にいる冒険士達は、節々に苦笑をもらした。それを遠目で眺めていたフロンスが…
「…それはそうと。まだ幾つか尋ねたいことがあるのだが…大丈夫かなリナ君?」
まだ気になることがあると言って、彼は恐る恐る挙手してリナに話しかける。するとリナは、やっと話が戻せるといった表情になり、フロンスの質疑を快諾した。
「遠慮しないでなんでも聞いてくださいなのですフロンスさん!あたしで答えられることならなんでも答えるのです!」
「…ありがとう。では質問させてもらうが、その…いやらしい話かもしれないんだが、マウントバイパー亜種の魔石はどうなったのかな?」
「「……………」」
フロンスがその事を質問した途端に、聞かれたリナと、近くで並んで立っていたカイトは、揃って視線を横に逃がした。
「……ソレを聞いちゃうのですかフロンスさん…正直、答えは聞かない方がいいかもなのです…」
「…言えてるよリナ。あの使い道は、俺達からしたら考えられないからな…」
「…ぐふふふ…。一般的に考えれば確かにそうなるね?リナ君、カイト君…ぐふふ…」
「な、なんやねんシスト坊…気色悪い含み笑いなんぞしくさって…」
「………」
リナとカイトのそんな台詞と様子、さらには事情をしっていて含み笑いをするシストを見て、フロンスの顔が若干恐怖で引きつる。
「…その男性は…一体どんなふうに歴史的価値のある魔石を扱ったんだい…」
歴史的な価値のある希少なAランク亜種モンスターの魔石。あらゆる用途を持つであろうその魔石が、果たしてどんな使い道をされたか、流石の知りたがりの彼も、良識を持つ二人の人物に『聞かない方がいい』とまで言われてしまった事実を検証することは、躊躇ってしまうようだ。
「……なんだか聞くのが怖いな……」
そんな物怖じしているフロンスに向かって、シャロンヌが痺れを切らしたように口を開く。
「ええい!自分で聞いておいて情けない男だ!」
苛立ちの色を濃くし、フロンスを一瞬睨んだ後、リナとカイトの方に乱暴に顔を向けて…
「リナ!構わんから早く教えろ!」
「……了解したのですシャロンヌさん。えっと…その〜…例のマウントバイパー亜種が出現した町にある魔石製造店で…お金に変えちゃったのです…」
視線を逃したままリナはそう答えた。その答えを聞いた、フロンスを含む他の冒険士達は、不思議そうな顔をして首を傾げたり顔を見合わせたりしている。彼等は、それの何処があり得ない使い方なのかを、まだ理解できかねている様子だった。
「ぷっぷ〜、リナ、カイトお兄ちゃん…それって別に変じゃないと思うのだ。つまり、売ったってことでしょ?」
「…俺もそう思うのだが?…いや、君達二人の言うことだからそんな簡単な話じゃないか…。待てよ…も、もしかして!!」
「…お、おいまさか…その男はその魔石を…」
拍子抜けだといった表情を浮かべている他の何人かの冒険士達とは裏腹に、既に察しの良いフロンスやシャロンヌは、もしやといった表情をして顔を青ざめさせていた。二人のそんな顔を見て、カイトが乾いた笑みを漏らしながら…
「…シャロンヌさんとフロンスさんのお察しの通りですよ。彼は魔石を売ったのではなく…文字通りお金に変えたのです。魔石換金の儀式を用いて…」
「だから…その…もうその魔石はこの世界に存在しないのです…」
「なっ!!」
「嘘でしょ!!」
「な…なんと勿体ないことを…」
「…そ、そんなあり得ない使い方をしたのか…」
数名の冒険士達が、カイトとリナのその話を聞き、身を乗り出して仰天している。歴史上で、未だかつて発見されたことのない種類の魔石が、もうこの世の何処にも存在しないこと知って、フロンスも血の気の引いた顔をしていた。ある意味では、コレも花村天の武勇伝のひとつかもしれない。
「…見せようか迷ったのですが、もうしられちゃったのでコレを皆さんに見せるのです…」
そう言ってリナは、小さい紙切れを取り出し、大理石のテーブル置いて、フロンスの前の位置にその紙切れを滑らせた。フロンスは勿論、この場にいた半数以上の者がその紙に飛びつくように群がる。そしてそれに目を通した瞬間に凍りついた。其処に記載されてあった事とは…
マウントバイパー(亜種)の魔石
ランク A
魔石金額 3億1000万円
リナが魔石製造店の女店主から借りてきた、マウントバイパー亜種の魔石鑑定結果だった。
「本当は会長にだけお見せしようと思ったのですが…この際皆さんにも見せた方が、話に信憑性が増すと思ったのでお見せするのです」
「…この話にだけは信憑性を求めたくはなかったよリナ君…。まさか3億超えの鑑定額の魔石が…もうこの世に…くっ!俺はどうして禁断の箱を開けてしまったんだ!まさに…聞かない方が良かったよ二人共…」
恨めしそうなに、魔石鑑定結果の紙を半泣き状態で見つめるフロンス。
「ぷ〜〜!!あり得なさすぎるのだそれは!!今時、ミミズの魔石だってちゃんとに店で売買されているのだ!つまり、規格外通りこして非常識過ぎってこと!」
「同感だ!!馬鹿なのかその男は!!オークションに出せば…下手をするとこの100倍の値がつくほどの魔石だぞ!第一に、だ!」
シャロンヌは癇癪を起こしてカイト達の方に顔を向けた。
「リナ!カイト!アクリア!お前達はその男の側にいながら、何故そのような愚行を見逃したのだ!!」
「愚行ではございませんシャロンヌさん!!天様が行うこと…その全ては決して逆らうことが許されない、いわば王の所業なのでございます!」
シャロンヌの癇癪を帯びた文句の声を迎え打ったのは、神々しいまでの威厳を放つアクリアであった。その女神の風貌と、自信に満ちた威勢で彼の尊厳を説かれてしまったら、いかなシャロンヌとてたじろぐしかないであろう。
「うっ…し、しかしだな…」
「あ〜、その通りなのですシャロンヌさん。当たり前のように、最初はあたし達も天兄さんを止めたのです…」
「はい…。当然そんな所業…その場にいた俺達が止めないわけがないですよ?シャロンヌさん…」
「で、では何故!お前達はその男を力尽くでも止めなかったのだ!!」
「だからアクさんが言った通りなのですシャロンヌさん。まぁ若干ニュアンスが違うのですが…」
「ああ…若干は違うが余り変わらないなリナ…」
「何が言いたいんだお前達は!早く答えろ!!」
クールビューティーのはずのシャロンヌが、珍しく取り乱していた。落ち着かない様子の彼女に、カイトとリナは顔を見合わせて頷き合い、同時に同じ台詞を口にした。
「「ディザスターモンスターを秒殺できる人型に逆らえるわけがない(です)(のです)」」
「うっ…ぐ…」
リナとカイトから率直な意見を言われてシャロンヌが怯む。二人からのこの当たり前過ぎる道理を突きつけられたら、彼女ももう何も言い返すことができないようだ。
「ちげえねぇやな?ましてやそんな化け物を力尽くとか…はっきり言やぁ無茶振りだぜぇシャロンヌよぉ?それによ…」
半眼になり、思い出したかのようにナダイは口を尖らせる。
「オメェさっき、俺やフロンスが似たような事で文句を言ったらよ…見苦しいとかなんとか言ってたじゃあねぇかよ?」
「確かに…」
「うっ…」
ナダイがそう指摘し、フロンスが横目で彼女を見ると、シャロンヌは途端に頬を赤く染めて体を強張らせた。
「オメェのあん時のセリフを借りりゃあよ?そのあんちゃんが倒したモンスターの魔石なんだからよ?そのあんちゃんがどうしようが本人の勝手なんじゃあねぇか?」
「う、う、うるさい!黙れナダイ!」
ナダイがシャロンヌに正論で突っ込みを入れる。どうやら、今回はナダイの方に口論の軍配が上がったようだ。これも非常に珍しいことである。
「がはははは!!ルキナ姐、レオス!これで二人共納得できたのではないかね?この短期間で、何故彼が神隠しに遭ったのかを!」
「むふ、ふふふ…あ〜はははは!ほんまやシスト坊…それなら納得するしかあらへんやん。しっかし…今時おらへんよ?ソレで神隠しあう奴…ぷはっ!あはははは!ほんまにおもろい子やね?そん子は!」
「ええ、私も合点がいきましたシスト殿。ふっ…ふふふ。どうやら様々な意味合いから、その御仁は規格外ということのようだ。…ふふふ」
顔を青ざめて気落ちしている者達とは反対に、シストは心の底から楽しそうに、愉快そうに笑っている。そして話を振られたルキナ、レオスナガルも、そのシストの気持ちにつられるようにして、実に楽しそうに微笑んだ。
「お、お父様…」
「うお!ナガルさんが笑ってるぜぇ。こりゃ〜また…随分と珍しいことがあるじゃあねえかよ?」
微笑むレオスナガルを見て、ナダイが目を丸くして驚いている。捉え方を間違えれば、敬愛する父親にたいして、失礼に値するであろうナダイのこの考えを、エメルナはまるで責める気にはならなかった。当然である。なにせ、自身も口には出してはいないだけで、ナダイとまったく同じ事を思っていたのだから。
「お父様が…笑声を…」
だがそれは仕方のないことだった。親子として寝食を共にし。なおかつ四六時中、冒険士のパートナーとして常に側にいるエメルナでさえ、レオスナガルが、僅かながらでも声を出して笑っている所を目にした記憶がほとんどないのだ。彼の事をよくしる者にとって、これはとてつもなく珍しいことであった。
「ちなみになのですが、天兄さんはあたし達に自分がマウントバイパーを討伐したことを証明するためにある事をしたのです…」
そんな英雄達や、最高峰ランクの冒険士達のやり取りなど気にも留めず、遠慮なしにリナはまた平常運転で話を始める。彼女の中では、天以外の大概の人型を相手取り、もはや気後れするという選択肢が存在しないのであろう。
「…アレには度肝を抜かれたよ本当に…」
「がはははは!何やら実に面白そうな話を聞かせて貰えそうだね?一体今度はどんな事をしたのかね天君は?詳しく教えて欲しいのだよリナ君!カイト君!」
「私にもそのお話を…是非、御教え下さいませんか?…カイト、リナさん」
そう言うやいなや、アクリアからただならぬプレッシャーが放たれた。
「…何で貴女まで教えて貰う側なのよアクリア…」
「誠に残念なことに…私は、その時に現場に居合わせておりませんでしたマリーさん…。ですので、御二人がおっしゃっろうとしている内容については…私も存じておりません…」
顔は笑顔のままだが、アクリアの声からは明らかに不機嫌な感情が伺える。その声のまま、彼女はカイトに話しかける。
「逆に…どうして今まで私に話して頂けなかったのか……納得のいく理由を聞かせて貰えませんか?お願いいたしますカイト」
「お、俺!?」
思わぬ所から自分に飛び火してきたので、カイトは、思わず間の抜けた声を出して自身を指差しながら驚いた。
「…わかりましたのですアクさん。その事については…カイトさんから後で説明が入るのです」
「お、おいリナ!」
「…では後ほど、納得のいく説明をお願いしますね…カイト?」
自分に飛び火する前にちゃっかり火消し役を押し付けるあたり、流石はリナ。鮮やかな手際の良さである。
「…その男が、今度は一体何をしたのか…早く聞かせろ…」
先ほどまで取り乱していたシャロンヌが、疲れた顔をして弱々しく声を出す。どうせまた、碌でもない事をやったのだろうとでも言いたげな彼女へ、同調するように他の冒険士達も半ば諦め気味にリナの方を見ていた。
「了解なのですシャロンヌさん。…って言っても、天兄さんがしたことは凄い単純なことなのです」
「単純なこと?…違うな。例え単純なことでも、リナ君の話に限り、それなりの覚悟をして聞かなくてはならないと…俺は今までの話の内容から痛いほど学んだよ…」
「…ぷっぷ〜、僕ちんもなのだフロンスさん。つまり、こんなに日に何度も驚かされたことはないってこと…」
「がはははは!!それは仕方のないことなのだよ!!なにせ、彼に我々の常識は通じんからな?がはははは!!」
「はいなのです会長!!あたしもまさか、あんな巨大なマウントバイパー亜種を、町まで人力で運ぶなんて思ってもみなかったのです!」
「「…え?」」
「……もう俺の持つ常識は、一旦、隅に置いておくことにするよ…」
シストの言葉に合わせてリナが何気なく口にしたその事柄に、フロンスは何かを諦めたような顔する。その他に耳を疑う者、疑問符を頭に浮かべる者が数名。それらを代表して、一人の男がリナに恐る恐る確認を取る。
「…お、おいリナ嬢…今なんつったんだよ?お、俺の耳が正しければよ?その兄ちゃんは…その通常の数十倍の重量のマウントバイパーをよ?生身で町まで運んだとか聞こえたぜぇ…」
「だからそう言ってるのですナダイさん」
「ナダイ殿…もう諦め…真実を受け止めましょう」
「…う…そだろ?普通のマウントバイパーだって1トンは余裕で超えてんだぜぇ!!?それが人を楽に丸呑みできるサイズって言やぁよ…」
「はいなのです。あたしの推測では、あのマウントバイパーは優に40トンは超えてたと思うのです」
「事実ですナダイさん…それに皆さんも…。俺は現場で直にそれを目撃しましたから間違いありません」
カイトがリナに続いて、わずかに体を震わせながら発言した。
「更に言えば、俺達は町までの誘導を手伝いましたから、その町にある魔石製造店までの道すがら、ずっとその異様な光景を間近で眺めていました…」
「あたし…正直言うと、あの時は気が変になりそうだったのです」
「…リナもか?今だから俺も言わせて貰うが…俺はあの時、冒険士になりたての頃を思い出しながら、町に着くまで現実逃避していたよ…」
「…本当に人なのか?その男は…」
そのシャロンヌの言葉に、カイトとリナは食い気味に声を揃えて…
「「シャロンヌさんもそう思いますよね!」」
「がはははは!!40トンはあるであろうマウントバイパーを生身で運ぶとは…天君はもしや新人類かもしれんな?がはははは!!」
「本人曰く、『伝説の超人型』って言っていたのです…」
「…そんなことも言っていたなリナ。まあ冗談だとは思うが…」
「がははははは!『伝説』『超』…実に彼にピッタリの言葉だ!頼もしい限りではないかね?がはははは!!」
「…ソレ、笑えんでぇシスト坊?ほんまかもしれんもんそのネタ。しっかし、きっとそん子は生まれながらの強者やねんな?アクリアちゃんが、そん子のことを『王』っちゅうて表現しとったんも、大袈裟やないっちゅうことやね…」
「間違いございません、ルキナ様!天様は、生まれながらにしての真の王でございます!ああ、それにしても…叶うならば、私も自身の両の目で直接、天様の勇姿を拝見させて頂きとう御座いました…」
神に祈るようなポーズを取り、恍惚とした表情を浮かべるアクリアを、マリーが心配そうに見る。
「…アクリア…私がさっきも言ったことだけどね?あんまり変わり過ぎると、ホントに天さんに引かれてしまうわよ?」
先ほどとは違い、今回は嫌味なしの本気のアドバイスを彼女にするマリー。いき過ぎた愛情は、時として相手の重しとなり、敬遠されてしまうことを、人生経験の豊富な彼女は熟知していたからだ。
「…心配ございませんマリーさん。私は…天様を心よりお慕いしておりますから」
「あ、あのねアクリア…そういう意味で言ってるわけじゃないのよ私は?……カイト、貴方がちゃんとにブレーキ役をしなさい。…いいわね?」
これは何を言っても無駄と判断したのか、マリーは肩を落として話が通じる相手にそう釘を刺した。
「…ハァ…やっぱり俺がフォローしないといけないんだな…」
マリーの言葉に、カイトがこれから起こるであろう彼女の暴走の歯止め役くの気苦労を想像して、深いため息をついた。
「そっちはカイトさんにお任せするのです。あたしは、これから数多くの世界の著名人に、必要に応じて天兄さんのことを、今みたいに説明しなくてはならないのです」
「……俺もそっちの役が良かったよ…」
「駄目なのです。この役だけは誰にも譲らないのです!」
「…リナさんだけ抜け駆けはズルいです。私も是非、天様の行った数々の偉業を世の皆様方に…」
懇願するような声音で、アクリアが心からの望みを口にすると、リナは彼女のその希望をあっさりと切って捨てる。
「駄目なのです。アクさんがその役をやると、聞く側に、狂信者の妄言に取られてしまう可能性が高いのです」
「……言えてるわねリナさん…」
「ああ、今のままなら間違いなくそうなるよ…」
「ひ、酷いですわ皆さん…」
「さて…そろそろなのです」
ガーンとショックを受けたような仕草を取るアクリアを放置して、リナはぐるりと辺りを見回す。
「みなさんのクールタイムも終わったと思うので、三つ目の天兄さんの武勇伝をお聞かせするのです!」
「…………」
「………ぷ〜…」
「…君には頭が下がるよリナ君……」
「…だな?俺達としたことがよ…情けねぇぜぇ。なあシャロンヌ?」
「…うるさいぞナダイ」
リナ達の緊張感のないやり取りを目の当たりにして、いつの間にか、天の話を聞いて、あれほど取り乱していた冒険士達が少なからず顔を和ませていた。そのタイミングで今のリナの台詞である。自分達のために、あえてそういった態度を取ったかのような彼女の立ち振る舞いに対して、冒険士達はただただ感心していた。
「計算通りなのです…」
実際は単に上手く言いくるめられただけなのかもしれないが、それはご愛嬌である。
「では話させていただくのです。彼の三つ目の武勇伝…それは…」
「………ゴク」
「…………」
お約束のように会場が静かになり、リナに全員の視線が集中する。
「素手で…ハイリザードマンを同時に二体、瞬殺したということなのです!」
ドヤ顔で誇らしげにリナが胸を張る。これももはやお決まりである。
「ただこの事は、最初に話したダンテのことみたいに、皆さんにとっては大したことじゃないかもしれないので、どこが凄いか説明するのです」
「……ん?いやいやいや、その男性は素手でCランクモンスターを二体同時に討伐したということなんだろリナ君?それなら俺達から見ても、とてつもないことだよ…」
「ホントだぜぇ。俺も二つめの話がとんでもなさすぎたせぇでよぉ?一瞬、大して凄くもねぇと錯覚しちまったがよ?俺達からしてみりゃ十分スゲェぜそりゃ…」
「うるさいぞお前達。黙ってリナの話を聞け」
「…す、すまねぇ」
「…すみません」
シャロンヌに注意されてしょんぼりとする二人に目をやり、リナはクスっと小さく笑って…
「…えっと、前持って皆さんに伝えておくのですが。これから話す二つの武勇伝は…前の二つの話とは違って、天兄さんがあたし達の目の前で直に行なったことなのです」
すぐさま真剣な表情を皆に向けた。
「だから、あたし達自身がその武勇伝の生き証人なので、皆さんにより鮮明に説明できるはずなのです。…カイトさん」
「…了解だ」
リナが名前を呼ぶと、カイトは瞬時に彼女か何を言いたいのかを察して、リナ同様に顔を引き締める。
「これからの話は主にカイトさんと二人で話させていただくのです」
「……あのリナさん…私は…」
「さっきリナさんが言った通りよ。貴女に天さんの話をさせたら、妄想か真実かわからなくなっちゃうから、少し黙っていなさい」
「うぅ……」
マリーに窘められて、悲しい顔で下を向くアクリア。
「それと、天兄さんの戦闘スタイルなのですが、魔技、魔装技はおろか、武器も一切使わないのです」
……ドヨドヨドヨ
その言葉を聞き、冒険士達の間でどよめきが起こる。
「…徒手空拳の喧嘩殺法ってことか?」
「それって、戦闘の素人ってことかしら?」
一人の会議参加者の女性がそうもらす。するとカイトが、すかさずその言葉を否定した。
「違います。あくまで俺の見た彼の印象ですが、戦いにおいて、彼は超一流の戦闘技術と…そしてなにより、膨大な戦闘経験を持っていると感じました」
「儂もカイト君の意見に同意なのだよ。彼は、決して並外れたステータスだけの男ではない。戦闘技術やそのセンスは正に天才的と言ってもいいだろうな」
「はいなのです会長。実際に、あんな風にハイリザードマンを倒す人型は、全世界でも多分、天兄さんだけなのです…」
「単に素手でCランクモンスターを打倒したわけではないと、そう言いたいようだねリナ君は?…実に興味深いのだよ…」
「…やね?リナちゃん、一体どうやってハイリザードマン二体を倒したん?そん男は…」
「…まずなのですが、その戦闘は一瞬で終わったのです。天兄さんは、ハイリザードマンを二体同時に相手したにもかかわらず…モンスターと対峙してから、討伐にかかった時間は1秒あるかないか…」
「……スゲェ…」
恐らく意識の外であったに違いない。ナダイは無意識のうちにそう漏らしていた。自分と似た戦闘スタイルで、更に同じ男として、彼の中で花村天という人物に強烈な憧れの念が生まれていた。
「その戦闘を、間近で見ていた俺たちが気付いた時には…頭部がつぶれているハイリザードマンと、頭部が無くなっているハイリザードマンが…絶命して彼の足元に倒れていました」
「…当然、アテの神魔とはちゃうやり方なんやろね…」
「…彼は、魔技を使わないなのではなく使えんのだよ。彼には魔力が一切ないのだ。一般的に考えればあり得ないことだがね?恐らく彼の特異体質に関係があるのだろう…よって…」
「…せやね。それやと神魔はあり得へんわ。ま、自分は魔技効かへんのに、魔技得意とかやったら、理不尽過ぎやからね?魔力なしでバランスとれとると考えればええんかね…」
「確実に魔技ではないのですルキナ様。実際あたしは、天兄さんがどうやってハイリザードマンを倒したのか、ちゃんとにこの目で見たのです…フゥ…」
自分の昂ぶる気持ちを落ち着かせるべく、一旦深呼吸をして、リナはまた話を再開する。
「さっき、あたしが皆さんに教えた彼の格言じゃないのですが、ミミズと変わらないと言った言葉通りの倒し方を…天兄さんはその戦闘で実行したのです」
「…ああ、戦慄したよアレには…」
「「…………」」
会議参加者全員が固唾を呑んで、リナの次の言葉を待った。
「一匹は頭部への蹴りなのです。ただ速すぎて自信がないので…おそらくとしか言えないのです」
「…アレを目で追えただけ凄いと思うよ。俺は、恥ずかしながらもう一体の方の倒しかたしかわからなかったからな…」
「…………」
この彼等の話を聞いて、顔を真っ赤にさせて俯く女性がいた。誰もがリナとカイトの話に夢中だった為、アクリアの変化には誰一人気づかなかったが、この時、彼女は恥ずかし過ぎて顔を上げることができなかったのだ。
「…………」
理由は簡単、彼女はその場にいたにもかかわらず、天の裸体に目を奪われていたため、天がどのようにしてモンスターを討伐したかを、全く見ていなかったからだ。その事を今になって認識して、顔から火が出るほどの羞恥を彼女は味わっていた。
「カァ…」
幸い、リナとカイトの口から『速すぎて見えない』と説明されており、更には、現在自分には発言権がないことから、アクリア自身がこの場にいる誰かからその事を聞かれることは皆無。
「………不幸中の幸いとはまさにこの事です…」
消え入りそうな声でそうアクリアが呟くと、マリーが不思議そうな目をして…
「…何のことを言っているの?」
「…こちらの話でございます。それよりも、マリーさんはリナさんの話に集中してください…」
「…そ、そうね」
少し変かとも思ったが、気まずそうな雰囲気を全身から滲ませている妹分に、それ以上突っ込んだ事を聞かないマリーは、やはり気の使える女性だということだろう。
「そっちの倒したかたの方が重要なのですカイトさん。正直、あれはエグすぎなのです」
「…ぷっぷ〜…つまり…もう一体の方はどうやって倒したのリナ…」
手に汗を握り、緊張した面持ちでサズナがうめいた。
「…例えばなのですが、ここに柿の木があるとするのです」
リナが自分の隣の何もない空間を指差してそういうと、自然とその何もないはずの空間に皆の視線が集まった。
「ここでまた、ナダイさんに質問したいのです」
「…おうよ」
「ナダイさんは、この木の枝に実っている柿を取る時、どうやってその実を取りますか?」
「…どうやってって、そりゃ〜普通に手で捥ぎ取ると思うぜぇ。………ははは…マジかよ…」
ナダイは理解した。リナが伝えたかったことを。そして彼の表情からは、一切の余裕が削げ落ちて恐怖すら感じさせた。
「…いねえって…そんなふうにハイリザードマン倒す奴なんざ。そりゃミミズと変わんねぇとか言うわな…」
「なのですナダイさん…。つまり天兄さんは、噛みつこうと襲ってきたハイリザードマンの首を、片手で軽々と捥いだのです…」
「……本物の化け物だ…その男は…」
冷や汗を頬に伝わせて、シャロンヌも唸る。
「…ぷっぷ〜、もう何言われても声は上げないように身構えていたのだ。その代わり、下半身が疎かになってしまっていたのだ。…つまり、少しチビ…」
「みなまで言う必要はないのですサズナ!…ここだけの話なのですが、現場にいたあたしの同僚の冒険士は…ソレを見て少し漏らしてしまったのです…」
「今の僕ちんと同じなのだ!」
「ご、誤解ですリナさん!私は断じてそのようなことは!」
「…狐の話なのですアクさん。アクさんがあの時に流していたのは、大量の鼻血だけなのです。…あと、サズナはその言葉を胸のうちにしまっておいて欲しかったのです。色々台無しなのです…」
サズナのフォローや、この場の重い空気を和ませるために暴露した、自身の友人の恥ずかしい話。それに過剰な反応を示す、サズナとアクリアを宥めるようにして、リナは二人の方に手の平を向けて、ストップのポーズを取る。
「…ルキナ姐に一つ尋ねたいのだが…ミルサ君なら或いは…」
そんな緊張感のないリナ達をよそに、シストが神妙な顔でルキナに何かを聞こうと声をかける。
「無理やね」
シストが、まだ二言三言しか質問の言葉を口にしていないにもかかわらず、ルキナは即座にそう答えた。
「ミルサでも不可能や。ちゅうか、ハイリザードマンがリザードマンやったとしたかて、魔装なし…ましてや素手で、そんなバケモンみたいな芸当でけへんよ…」
「ふむ…ではレオスやエメルナ君ならどうかね…」
今度は、レオスナガルとエメルナに話を持ちかけるシスト。シストが二人の方に顔を向けると、話を振られた当人達は、揃って首を小さく横に振る。
「私が…たとえ其れ等を剣を用いて迎え撃ったとしても、ハイリザードマン二体を瞬時に相手取り…魔装なしで一瞬で打倒するのは至難ですシスト殿。まして、素手でそのような事を実行するなど、人ならざる力…神業と言わざるを得ない」
「はい…どのような戦況であっても、それをおこなうのは不可能でございます。仮にハイリザードマンが身動きを取れない状態であったとしても、その倒しかたはあり得ません」
「旦那…人が悪いぜぇ?わかってて俺等に聞いてんだろソレ?」
その会話に割って入ったのは、不満気に頬杖をついているナダイだ。
「手でモンスターの首を捥ぎ取る…。言うのは簡単だし、実際できりゃあ…そりゃカッコいいかもしんねぇ…だがよぉ」
頬杖に使っていないもう片方の手を、ナダイは力なく振り…
「そんな芸当を実戦でできる奴なんざよ…普通に考えりゃあ、世界中探してもいねえぜぇ…」
厳しい表情を見せながらシストに目を向ける。
「それこそよぉ、大ミミズと、この会議場にいる俺等クラスの冒険士ほどは実力差がいらぁな?しかも相手はCランクモンスターだぜぇ ?いっちゃ悪いがよ…。俺もそうだが、旦那の渾身の蹴りがハイリザードマンの頭部にクリーンヒットしたところでよ…首を飛ばすどころか、魔装なしじゃ一撃で仕留めることも難しいぜぇ?」
「違いないのだよ。皆すまんな…彼の話をすると、どうも儂は自慢話をする時のような高揚感と優越感を表に出してしまう…反省せねばな」
いちいち確認を取る必要はないだろといった、ナダイに不満を帯びた言葉を言われ、シストが少し頭を低くして詫び言を述べる。…がっ…
「わかるのです…わかるのです会長のその気持ち!!あたしも、いままさに会長と同じ気持ちなのです!」
「が〜はっはっは!!わかってくれるかねリナ君は?やはり君と儂は実に気が合うようだ……是非!リナ君には今回のような会合を、これからもよろしく頼みたいのだよ!!」
「お安い御用なのです!!ていうかこちらから頼みたいのです!」
「がははははは!!」
すぐさまリナが、興奮気味にシストへ共感の意を示すと、彼は神妙な顔つきを瞬時に緩ませ、満面の笑みでリナと意気投合した。
「反省はどうしたんでぇ旦那…。てかよ…まだリナ嬢から最後のとんでも話を聞いてねぇしよぉ」
「「「コクコク」」」
そのナダイの意見から間を置かずに、まわりの冒険士達はしきりに首を縦に振って彼の言葉を支持した。
「が〜はっは!すまんすまん!がははは!」
「あ、あの〜…か、会長!最後の話をする前に…ちょっとお聞きしたいことがあるのです!」
上機嫌なシストを見て、リナは、今がチャンスとばかりにシストに声をかける。
「ん?何かねリナ君?」
「あ、あのです…その〜…こ、このことを聞くと、ある特定の人物に対して、大変失礼かもしれないのですが…」
実を言うと、リナは先ほどからある事がどうしても気になってた。ただそのことは、完全に彼女の好奇心からの疑問であり、この場でわざわざ聞く必要はない事だと、リナは自分自身でも心得ていたため、その声音には躊躇の色が伺える。
「…ふむ」
口ごもりながら躊躇いを見せるリナに、シストは顎髭をいじりながら…
「言ってみたまえリナ君!もうこの場では…君等と儂等は無礼講でいこうではないかね!」
実に気持ちのいい笑顔と、堂々とした頼れる風格を彼はリナに向けた。
「あ、ありがとうございますなのです会長!」
リナも、自分達の会長から無礼講の許しを貰い、安心感から顔つきが少し緩む。それでも、まだ幾分か緊張した面持ちで…
「では、慎んで質問させて頂くのです……。なんで『フレイムプリンセス』の冒険士ランクがSなのに、エメルナさんはSじゃないのですか?」
「「「ピクッ……」」」
その言葉と同時に、言われた本人でもあるエメルナを含め、数人の冒険士の顔色が変わる。感心したような表情や困った表情、愉快そうしている表情と顔色は人それぞれだった。そして、その内の一人が喜々としてリナのその質問を賞賛する。
「リナ嬢、ナイス質問だせぇ。実はよぉ? 俺もそれについては、セイレスがSランクになった時からずっと気になってたんだぜぇ、旦那?丁度いいから教えてくれや」
「ピクッ…あ…の…」
その件について、ナダイがさらに追求する。すると話の中心人物の一人であるエメルナが、気まずそうな顔をして口籠り、非常に困っていた。そんなエメルナの心情を知ってか知らずか、同じくSランク冒険士の一人であるシャロンヌが、軽く挙手をして発言した。
「俺もだ会長殿…」
「ピクピクッ」
シャロンヌの言葉とともに、より顔色を悪くさせるエメルナ。なんとか平静を保とうとしているようだが、その額には冷や汗があふれんばかりに出ていた。
「…少し落ち着きなさいエメルナ…」
冷静さを失いかけていた娘に、レオスナガルが、小声ながら芯に響くような幽玄な声で囁いた。
「は、はい、お父様…」
敬愛する父親に声をかけてもらったおかげか、なんとかエメルナは冷静さを取り戻したようだ。どうやら、リナが好奇心から聞いたその事柄は、彼女にとっての泣き所だったらしい。だが、そんな事は御構い無しと言った様子で、シャロンヌは続けてその事への事実関係の確認を進める。
「この場を借りて言わせて貰うが、セイレスは確かに才能はある。しかし、それでもまだ俺やナダイと同ランクの最高峰冒険士の称号を受けるには未熟過ぎる面が多々ある。寧ろ六人目のSランク冒険士は、エメルナの方にこそ相応しいと、俺は思っていた」
「わ、私には、まだお父様と同格のSランク冒険士など、に、荷が勝ちすぎております!」
「自分でそう思ってるうちはそうやね。ま、エメルナちゃんのその反応から見るんに、な〜んや別の事情も絡んでんちゃうの?どうなんエメルナちゃん?」
「ビクッ!…い、いえルキナ様…そ、そのような…」
目を細めて疑いの眼差しを強くするルキナに、ギクリとして図星をさされたような反応をするエメルナ。
「ルキナ姐…儂から説明するのだよ」
冷や汗をかいて焦る彼女を見るに見かねて、シストが助け船を出しルキナを制した。
「ありていに言えば、エメルナ君が今言っていた台詞と同じことを、儂も同じく彼女から言われたのだよ」
「あ〜〜、そういうことだったのですか、理解したのです会長。変なことを質問してしまってすみませんなのですエメルナさん」
「い、いえいえ…」
納得した顔で手をポンと叩き、リナは会釈をしてエメルナに簡単な謝罪の言葉を述べた後…
「ささ、では最後のお話に入らせて…」
軽快に自分が脱線させた会話を元に戻そうとした。だが…
「ぷーー、ちょっと待つのだリナ!理解が早過ぎなのだ!つまり、僕ちんはまだよくわからないってこと!」
「だな?てかよ、自分から聞いといて随分とあっさりしてるじゃあねぇかよリナ嬢?」
「それだけ、彼女の知能と良識は高い水準のものだということだよ、サズナ殿、ナダイ殿。俺も、いまの会長の言葉で大体の事情は理解できたよ」
「俺も納得した。…その事は納得した…がっ!」
シャロンヌが眉間にしわを寄せてエメルナを睨む。
「エメルナ!お前はさっきからリナに気を使われすぎだ!これではどちらがAランク冒険士かわからんぞ?まったく情けない!」
「…せやね。リナちゃんよりエメルナちゃんの方が、大分先輩の冒険士のはずやのに…ちょっと気を使われすぎやん自分?」
「うっ…。おっしゃる通りでございます…シャロンヌ様、ルキナ様…。お恥ずかしい限りです…」
いまのシストの説明だけでは、まるでわからないといったサズナ、ナダイとは反対に、フロンスとシャロンヌはもう大体の理由は把握できたようだ。それを踏まえて、情けないとシャロンヌ、ルキナに叱責されたエメルナは、小さく体を縮こませて凹んでいる。
「…好奇心から地雷を踏んだのはあたしの方なのです。エメルナさんは悪くないのです」
心底気落ちしている彼女の姿を見て、気まずそうに視線をそらすリナ。そして、勝手に納得しあう彼女達を、近くで見ていた一人の少女冒険士の不満が終に爆発した。
「ぷー!!だ・か・ら!つまり、どういうことなのだ!」
「…つまりエメルナさんは、Sランク冒険士になるのを自ら辞退したってことなのですサズナ。多分、セイレスさんの方はそれを受け入れて、エメルナさんは拒否した…なのですよね会長?」
「うむ。その通りだよリナ君。実のところ、今回AランクからSランクに上げる予定だった冒険士は、セイレスだけではなかったのだよ」
珍しく気難しそうに顔をしかめて、シストはため息をついた。
「…エメルナ君もセイレス同様にSランク冒険士になる予定だったのだ…しかしね…」
「そういうことかよ。まぁ、本人がやりたくねぇってんだからしょうがねぇかもしんねえがよ?それでも前代未聞だぜぇ、エメルナ嬢よぉ」
「……申し訳ございません、ナダイ様…」
「ぷっぷ〜、本当なのだ、エメルナお姉ちゃん」
ようやく事情を理解したサズナが、不満そうに指でテーブルを叩いていた。
「同じAランクの僕ちんからすれば、羨ましい事この上ないのだ!さっきの筋肉神様の魔石事件ぐらい勿体無いのだ!つまり、なんで断ったってこと!」
「…さ、先ほども申し上げたように、わ、わたくしにはまだ…に、荷が勝ちすぎて、い、いると思われまして…そ、その…」
サズナに話を蒸し返されて、またしても冷静さを欠き慌てふためくエメルナ。そこへ、今度はフロンスからのフォローが入る。
「サズナ殿…余りエメルナ殿をイジメないであげよう」
子供に説明するかのように、フロンスは優しく諭すようにサズナへ声をかけた。
「Sランク冒険士は、当然、俺達の最終目標の一つだ。だがね…それと同時に、最高峰の冒険士になるからにはそれなりの覚悟がいる。まだ自分には荷が重いと感じている内は…ルキナ様ではないが、力量不足だと自ら辞退するという選択肢は、俺は寧ろ正しいと思うよ」
「…きょ、恐縮です」
気まずそうな、申し訳なさそうな顔をして、エメルナは視線を下に逃した。自分の言い訳を代弁してくれたフロンスの目を、彼女は見ることができなかった。
「…………」
高い教養を持ち、容姿端麗、頭脳明晰、銀の古代種としても人型の中では圧倒的な才能、知能、美貌を兼ね備えている完全無欠そうな彼女でも、一つだけ可愛らしい欠点があった。それは『重度のファザコン』ということである。
「………申し訳ありません…皆様…」
Sランク冒険士は全ての冒険士の頂点でありまとめ役。通常は一つの国、拠点に一人が暗黙のルールである。なので、同じ拠点、ましてや一緒のチームで常に行動するなど論外。今回のような特別な仕事でもなければ、まずあり得ないしあってはならない。
「…………」
エメルナはとても言えなかった。本当は父親と離ればなれになるのが嫌で、最高峰冒険士になることを辞退したのだということを。
「「「…………」」」
お辞儀をしたまま頭をあげないエメルナに、この場にいたほとんどの冒険士から生暖かい視線が送られていた。『エメルナが自分から辞退した』ということをしった者の大半は、彼女が何故Sランク昇格を断ったのかを察したからだ。
「…気持ちはわからんでもないんやけど…大人としてどうなん…」
「ルキナ様に同意する…」
「まあそう言うなよシャロンヌ…俺も父親だからよぉ…娘からそこまで慕われたら、そりゃあ嬉しいことなんだぜぇ?そもそもよ…ナガルさんの受け持つ仕事についていける冒険士なんざ限られてるしよ?俺はアリだと思うぜぇ?」
「俺もそう思います」
「…かたじけないナダイ殿、フロンス殿」
小さくため息をつき、二人に目礼するレオスナガル。それを見て、エメルナはより一層、顔を赤くして頭を上げられなくなる。
「…………も、申し訳…御座いません…」
エメルナの事をよく知るシャロンヌ、ルキナ、フロンスにナダイですらすぐに父親絡みと理解した。それぐらい、彼女の事を知る冒険士なら、瞬時に事情を見抜いてしまうので、あえてシストはその事を伏せていたのだが…
「……久々にやっちゃったのです…」
リナが何気なく好奇心から聞いてしまい、なおかつなんでも聞いてくれとシストは事前にリナに言っていたため、重要な機密事項でもないその話を、彼女に答えないわけにはいかなかった。それら諸々の考えを、シスト、レオスナガル、エメルナの顔色と僅かな台詞のやり取りだけで把握したリナは、流石は知能180超えの英才だと言えるであろう。
「…ところでリナ君…儂も一つ尋ねたいのだがね…」
話題を変えるべくか、本当に気になったのか、もしくはその両方か、シストはリナの方に顔を向けて彼女に疑問を投げる。
「君は、この会議に出席したほとんどの冒険士と面識がないはずなのだよ。なのに、何故セイレスがSランクならエメルナ君もSランクのはずだと思ったのかね?」
「簡単な理由なのです会長。あたしの見立てでは、多分エメルナさんの方が炎姫よりも戦闘力が上なのです」
「…っ!」
「「………」」
大した理由でもないと言って、リナが軽々しくそう言うと、言われた本人のエメルナは顔を上げて驚愕の表情でリナを見る。他数名の冒険士も、彼女の言葉に顔を強張らせた。しかし、リナはそんな皆の反応をどこ吹く風と、自分の意見をさらに話した。
「知っての通り、あたしはここにいる皆さんとは面識はないのですが、ルキナ様、サランダ、そしてこの場にいない唯一のSランク冒険士…ミルサ姉さんとはちょっとした知り合いなのです」
「『ちょっとした』とかつれないやんリナちゃん!!アテらはほんまの家族みたいなもんやん!?リナちゃんはそう思ってへんの?なあどうなんリナちゃん!!」
顔を最大限まで剥れさせて、ルキナがリナの頭を思いっきり後ろから揺さぶる。
「や〜め〜る〜の〜で、す、ルキナ様!は、なせ、ないのです!」
「やめんかルキナ姐!公の場だからリナ君は言葉を選んだのだよ…それぐらい察せないおぬしでもないであろうに」
「そ〜のと〜り、な、なのです!」
「せやかて寂しいやんか!自分の娘みたいに思っとる子に、ただの知り合いみたいに言われるんは!」
「わ、わかったのです!あ、あたしとルキナ様達は親子と姉妹みたいなものなのです…」
リナがそう言い直すと、途端にルキナはリナの頭を揺さぶるのを止めて、彼女の頭を撫でながら満足そうな顔をした。
「ん!その紹介やったら許すで!」
「……本当に変わらんのだよルキナ姐は、そんなところなど昔ままだ…」
「…まったくなのです。…だけど、悪い気はしないのです…」
少し頬を赤らめるながら乱れた髪を整えるリナ。そして、咳払いをする仕草を見せた後…
「でっ、なのですが、あたしはこの部屋に入ってきて、ルキナ様、ミルサ姉さん、それに会長を含めた三人と近いプレッシャーを感じた冒険士が四人いたのです」
また飄々とした態度で話し出した。
「一人は勿論レオスナガルさん、そしてシャロンヌさんにナダイさん…それと最後の一人は、炎姫ではなく、レオスナガルさんの後ろに控えていたエメルナさんだったのです」
「……天君が現在一番頼りにしている冒険士だといっていた…マリーの言葉も頷けるのだよ」
「はい会長、現時点で間違いなくそうだと思います。…私も負けらないわ」
「私もで御座います」
対抗意識を燃やす女性陣二人を余所に…
「リナ君…君は凄まじいな」
シストは心から唸っていた。奇しくも、リナが今言いあげた人物は、全て彼の神の目で、脅威判定Aと認識されている人型達であった。実のところ、セイレスの脅威判定はBまでしか到達しておらず、レベルファイブの魔技を扱えるということと、古代種の才能を買われて、将来性からSランク冒険士に昇格したに過ぎず。同格のシャロンヌやナダイからすれば、まだ早い、エメルナの方が適任だといった考えが率直な意見だった。
「レオスナガルさんが言ってた通り、闘争は時と場合にもよるのですが、それでも多分、本気で二人がやり合ったら、セイレスさんがエメルナさんに勝てる確率は2割もないと思うのです」
「同感だぜぇリナ嬢…俺もそう思う」
「ナ、ナダイ様…」
すかさず手を軽く上げて、片目を瞑りながらリナの意見に賛同するナダイ。それを見て慌てるエメルナ。
「ありがとうございますなのですナダイさん。反対に、ここにはいないのですが、サランダとセイレスさんがやり合ったら、勝率は両方とも五分五分だとあたしは見ているのです」
「…リナ君、君の戦力分析は並外れているのだよ。まさか初見でそれが分かるとは…セイレスの師匠として言わせて貰うがね、サランダ君とセイレスの力量は、彼女の師である儂から見ても五分五分と言えるだろう」
「亜人の女を舐めたらあかんでシスト坊?アテらは魔力が乏しい代わりに、危機察知能力、野生的感受性が他の種族とは段違いなんよ?そん中でも、リナちゃんの野生の感と戦力分析能力は群を抜いてるんや!伊達に、サランダの喧嘩友達やないんやから!」
「…昔の話はやめて欲しいのです。ちなみに、最近臨死体験をしたせいか、前よりもそういう感覚が敏感になったのです」
「り、臨死体験やてリナちゃん!?なんやのそれ!アテは知らんよ!」
サラッと物騒な言葉を口にしたリナに、ルキナは心底心配そうな顔をして取り乱す。
「大丈夫なのですルキナ様。正確に言えば、擬似なのです。あたし自身は、それで命の危険はおろか体に傷ひとつ負ってはいないのです」
焦るルキナの肩に手を置いて、ドウドウとリナは彼女をなだめる。
「…へ?そうなん?」
「はいなのです。そして、あたし達が体験した…その擬似臨死体験の出来事が、最後となる天兄さんの武勇伝…『花村天の逆鱗に触れたリザードキングの末路』なのです」
「「「………」」」
リナがそう告げると、その現場に居合わせた冒険士であるカイト、アクリア、マリーの三名は、重々しい表情を浮かべて、しきりに、呼吸を整えるなどして自身を落ち着かせている。そんな彼等の様子を見て、この話もまた、ただごとではないと感じとる他の者達。
「…この部屋の明かりって消せませんか?あたしのドバイザーで撮った、リザードキングの立体映像があるので、皆さんにお見せしたいのです」
「マリー」
「はい。すぐにホテルの受け付けに連絡して、この部屋の明かりを消してもらいます」
シストが前を向いたまま秘書のマリーに声をかける。それと同時に、マリーの方は部屋に備えつけられたドバイザーで、即座にホテルのフロントに連絡を入れた。
「…リナさん、そんな物まで用意していらしゃったのですね」
「…ああ、全然気づかなかったよ。あの時にリザードキングを撮影していたなんて…というかリナ、いつの間にカッパードバイザーになったんだ?」
ドバイザーはランクにより性能が上がり、使える機能も大幅に増える。カッパーになると、その中の一つの機能が解禁される。それは、万物の映像を記録して立体映像として映し出す映写機能である。
「それは天兄さんのおかげだとだけ言っておくのです。詳しいことは秘密なのです」
「リ、リナさん!そ、そ、それはどういった意味でございますか!?」
ウインクをして意味ありげな言葉をリナが口にすると、アクリアが動揺を隠せずにリナに尋ねた。
「だから秘密なのですアクさん。…あっ」
パッと部屋の明かりが消えた。先ほどまで部屋の蛍光にあてられて美しい光を放っていた大理石のテーブルが、黄緑色の薄い光を弱々しく輝かせて、席に座している冒険士達のシルエットを、部屋の壁に細々と浮かび上がらせる。
「…どうやら用意できたみたいなのです。では…」
部屋の明かりが完全に消えたのを確認し、リナは、すぐさまテーブルの中心に自分のドバイザーを設置して準備に取り掛かる。そして…
「準備できたのです。…皆さん、コレが天兄さんを本気で怒らせたものの末路なのです…」
円卓型のテーブルに囲むように座している冒険士達の中心に映し出されたその映像は、首元から上が何かで綺麗にくり抜かれてしまったような、恐らくはリザードキングだったであろうモンスターの、悲惨な亡骸であった。




