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第4話 出逢い

 ひょんなことから元の世界と瓜二つの異世界に迷い込んでしまった俺こと花村天であったが、今現在、ある事情からそれどころではなくなってしまっていた。


「どうだ?ズバリ正解だろ!」


「は、はは……ははは……」


 俺は乾いた笑いを返すことしかできなかった。一方、問題の発端となったそのワードを口にした美少女のような容姿の少年は、これでもかというドヤ顔を俺に向けていた。そんな男の娘な少年淳君に、俺は心の中で言ってやった。――んなわけあるか!


 ……ひとまずは情報を整理しよう。


 一度深呼吸をしてから感情の波を抑え込んだ俺は、まず最初に、自分の目の前にいる若者達三人の年齢と容姿を照らし合わせてみることにした。


 ……今のところ正確な歳が分かっているのは二人。この淳という少年と、金髪ポニーテールのジュリという少女だ。


 相手に視線を悟られぬよう、それとなく俺は淳とジュリを観察する。二人とも十六歳とのことだ。そして、これは俺が彼等の見た目から予想した歳とほとんど同じだった。


「……だったら尚更おかしいだろ……」


 俺は向かい合う淳達には聞き取れないほど小さな声で呟く。きっと困惑とはこういう時に使う言葉だろう。結論から言えば、俺の常識的な価値観での年齢判断は概ね正しい。つまり、この世界の人間の見た目年齢と俺がいた世界のソレはほぼ同じということになる。それを踏まえた上で、この少年達が三十過ぎのおっさんである俺を、自分達と同じぐらいの歳に見間違えるはずがないのだ。


「あの……どうかなされましたか?」


「あ、いや」


 急に黙り込んでしまった俺が気になったのだろう。淳の妹、弥生が心配そうに俺に声を掛けてきた。


「恥ずかしながら少しばかり緊張しているのかもしれん。さっきも言ったが、俺は他人と話すのにあまり慣れてなくてね」


「そうでしたか」


 ひとまず適当なことを言っておく。


 ……この子は淳の妹と言っていたから、当然あの少年よりも歳下かあっても双子で他の二人と同い年の十六のはずだ。つまりこの弥生という少女も見た目と年齢が一致するな。


 などと、裏では異世界人の人間観察をしっかり続ける俺。


「緊張することなど何もございませんよ」


 そんなこちらの思惑など露知らず、弥生は気の良い感じでこちらに微笑みかける。


「ここにいる私の兄である淳兄様や、ともにチームを組んでいるジュリさんは、二人ともとても気さくでお優しいですから」


「ハッハッハ!超美少女で優しいだなんて照れるのだよ、弥生。アハハハハッ!」


「誰が超美少女なんだよ? それにジュリが優しくて気さくだなんて社交辞令でもちょっと褒めすぎじゃないか、弥生」


「に、兄様。それは少々言いすぎだと思いますわ……」


「……淳って昔から本当に口が悪いのだよ」


「事実を言ってるだけだ」


「ムカッ、ねぇキミ!」


 ジュリが勢いよく俺の方を見る。


「キミはボクのことどんな風に見える?正直なボクの印象を訊かせてほしいのだよ!」


「どんな風って……」


 金髪ポニーテールの少女は頭から湯気を立てながら、知り合ったばかりの俺にいきなりフレンドリーに話しかけてきた。


 ……これは気さくととってもいいんだろうか。あと超美少女なのは当たってると思うんだが、優しいかどうかは初対面だと判断がつかんな。


 一方で、つい俺の方も頭の中で訊ねられたそれを冷静に分析してしまう。


「――あっ」


 その時、俺はハッとある事を思いついた。


 ……他人の観察をする前に、まずは俺の今の外見をスマホのカメラ機能で確認すりゃいいじゃねーか。


 ようやくそこに気づいた俺は、身を乗り出して顔を近づけてきたジュリを手で制した。


「すまないが、ちょっと待ってくれ」


「は? なに?」


 ジュリは早く答えてよ的な目で俺を見ているが、今はそれどころではない。俺はズボンの尻ポケットから、すぐさま自分のスマホを取り出した。


  ……よし、バッテリーはまだまだある。


 スマホがまだ使用できることを確認した俺は、手早く端末のパスコードを入力してカメラ機能を開いた。ゴクリと息を呑む。そしてスマホの画面に映った自分の顔を見た次の瞬間、俺は思わず絶句してしまった。


「…………うそ……」


 そこには、高校に上がった頃ぐらいの俺が映し出されていたのだ。


「まさか、こんなことが……」


 あまりの出来事に、流石の俺も驚きを禁じ得なかった。


「どうしたのだよ、突然ひとりで驚いて?」


「い、いや、ちょっとな。ははは……」


「?」


 ジュリは不思議そうに俺を見つめている。


「それはそうと、キミも『ドバイザー』持ってたんだね! ちょっとビックリしたのだよ」


「え?」


 どう誤魔化そうかと俺が考えていると、ジュリは何故か勝手に話題を変えてくれた。


「ジュリと意見がかぶるのは癪なんだが、俺もそこには驚いた。まさかこんな山奥暮らしで俺たちと同じく『ドバイザー』を所持しているとはな」


「兄様。それは少々偏見かと思いますわ。ですが、やはり近年の『ドバイザー』の普及率は目を見張るものがありますね」


 そして淳も弥生も、その謎の話題に食いついた。とりあえず俺だけ完全に置いてけぼり状態である。


 ――『ドバイザー』ってなに?


 当然そんな疑問が頭をよぎる。


「急に取り乱してすまなかった」


 しかしそこはそれ、三人が気を取られている今がチャンスとばかりに、俺は今しがた見せてしまった不自然な動揺に対し軌道修正を試みる。


「自分では年の割にかなり老けてる方だと思っていたから、一発で実年齢を当てられるとは思わなくてな。確かに、俺は君達と同い年の十六歳だ」


 そして息を吐くように大嘘をつく俺。ちなみにだが、目の前の少年達を謀ったのにはちゃんとした理由があった。


「はいボクと弥生は大正解! 不正解なのは淳だけー」


「うっ、てっきりひっかけ問題だと思ったのに……」


「ていうか、いくら山育ちだからって、この体格で十三はさすがに無理があるのだよ」


「ですが、同年代の方なら何かと話しやすいですね」


 彼等の反応を見て、俺は無表情をキープしながら内心でほくそ笑む。歳が近い方が相手の警戒心を取り除ける。その俺の読みは見事に的中したようだ。


 ……こいつらには訊きたいことが山ほどあるからな。ここで俺の実年齢をバラして余計な壁を作られるのは避けなければ。


 そのような事を考えながら、俺は変に怪しまれる前にできるだけ淳達から情報を引き出してやろうと口を開く。


「ところで、その『ドバイザー』ってのは一体なんなんだ?」


「え?ドバイザーを知らないのか? 実際に持ってるじゃないか、お前」


「歳うんぬんより、そのコメントの方が驚きなのだよ……」


「ドバイザーというのはですね、今あなたが左手に持っている端末のことですわ」


 他の二人と違い、弥生は丁寧にそう答えてくれた。そして俺はなるほどと納得する。どうやらこの世界では、スマートフォンのような携帯端末のことを『ドバイザー』と呼ぶらしい。


「へぇ〜、これってドバイザーという名前だったのか」


 俺は自分のスマホをまじまじと見ながら適当に惚けておく。


「ところで、このドバイザーには主にどんな機能が付いているのだろうか?」


「はい。ドバイザーには様々な使い道がありますわ。無線での連絡手段や自身の情報を管理するシステム、それとアイテムの収納なども主だった機能の一つですね」


「なるほど」


 機能もほとんど一緒のようだ。ただアイテムの収納というのが気になる。それがもし物質を直接端末に入れるという意味なら、この世界はまさしくファンタジーな異世界といえるだろう。


「他にはどんな用途があるのだろうか?」


 しかしこれだけで判断するのは早計だ。こういう時に結論を急ぐと大抵ろくなことにならない。俺は慎重に彼等との会話を進める。


「他にもドバイザーには色んな使い道はあるけど、中でもボクらが一番お世話になってるのは『装備機能』なのだよ」


「装備機能?」


 またまたファンタジー語が飛び出した。俺は逸る気持ちを抑えながら、ジュリを乗せるように「何それ?」と小首を傾げてみせる。


「ドバイザーのリンク装備機能は、主に魔石や武器、鎧などが装備できるのだよ!」


 ジュリは得意げにそう言うと、自分のドバイザーを上着の胸ポケットから取り出し、それを俺に見せながら解説を始めた。やはりコイツは扱いやすい。


「ちなみにだけど、魔石というのはボクがさっきリザードマン相手に使った『烈火玉』なんかの魔技を生成するエネルギー源にもなっているのだよ」


「ふむ」


 要はバッテリーみたいなもんか。


「あと鎧は直接的に身につけなくても、ドバイザーにセットさえしていればリンク装備で防御力を上げてくれるありがたい機能さ」


「そいつは便利な機能だな」


「うん。それと同じく武器の方もセットさえしてれば好きな時に自分の手に取り出せるんだ。どうどう、凄いでしょ?」


「確かに凄い」


 俺は心から賛同した。もし俺が格闘家ではなく剣術家や弓術家なら、異世界万歳と言っているところだ。


「ドバイザーはちょうど私達が生まれた頃に開発され、今では人型の必需品と言っても過言ではない文明の利器ですわ」


「だよな? ドバイザーが無い生活とか今じゃ考えられないぜ。でも、俺たちが生まれる少し前までそれが普通だったらしいけどな」


「本当にドバイザー様様なのだよ」


 うんうんと頷き合う淳達。


「一昔前までは、モンスターとの戦闘で今よりもずっと多くの冒険士の方々が命を落とされたと聞きますわ」


「ドバイザー無しでモンスターと戦闘とか、命がいくつあっても足りないのだよ」


「ああ。俺たちはドバイザーが無いと魔技もろくに生成できないからな」


「……そいつは大変だな」


 三人とも話にのめり込みすぎて完全に俺の事そっちのけになっていた。まあいいんですがね。情報さえいただければ文句はありませんがね。俺がクラスでハブられてる奴みたいにひっそりとリア充グループの声に耳を傾けていると。


「――あっ!」


 突然、淳が何かを思い出したように大きく口を開けた。


「モンスターと言えば、さっきのリザードマンをドバイザーに収納するの忘れてた!」


「「あ」」


 弥生とジュリも小さな声を漏らした。そして三人は一斉に、地面に転がっている丸焦げ状態のリザードマンに目を向ける。


「……………………」


 地に伏すリザードマンはまだ少し燃えているようだったが、その火が完全に消えるのは時間の問題だろう。


「俺としたことがうっかりしてた」


「はい。先にお仕事を済ませなくては」


「うん。すっかり目の前の野生児に気を取られていたのだよ」


「野生児とは一本取られたな」


 そういうのは普通は本人の前で言うことではないと思うぞ。俺は密かにジュリへの評価を下げておく。


「では、早速ドバイザーにリザードマンを収納いたしましょう」


 そうこうしているうちに、弥生が肩に提げていたポシェットから自分のドバイザーを取り出し、画面を操作しながらうつ伏せに倒れるリザードマンの方に歩み寄った。直後。


「………………ゲ……ェ」


「!」


 俺の頭の中で警報が鳴り響いた。


 ――まずい!


 本能が脳へ直接告げてくる。ヤツはまだ生きている。そしてこれから最後の力を振り絞って、目の前にいる敵を一人でも多く道連れにするつもりだ。


「弥生! まだリザードマンに近寄っちゃダメー!」


 ジュリも気づいたのだろう、弥生に向かってあらん限りの声で叫んだ。


「魔力で生成した炎が完全に消えてないってことは、ソイツはまだ絶命してないのよ‼︎」


「え?」


 弥生がきょとんとした顔をしてその場で立ち止まった。……だが、時すでに遅し。


「グ……グゲェエエエエエーーッ‼︎‼︎」


 敵が己の射程圏内に入った途端、今の今までピクリとも動かなかった魔物が最後の雄叫びを上げて立ち上がった。――そして次の瞬間、目の前にいる弥生の顔めがけて、持っていた武器を力の限り投げつけた。

 

 あの速度はヤバイ。


「や、やよいぃいいいいい‼︎⁉︎」


 俺の状況判断と淳の悲鳴が、ほぼ同時のタイミングで行われる。


「ちっ」


 手を出すつもりはなかったんだが、この場合は致し方ない。俺は常人ではまず視界に捉えることすらできない高速移動で、弥生とリザードマンとの間に割って入った。


「きゃああああっ‼︎ …………って、あれ?」


「ふぅ」


 まさに間一髪。俺はリザードマンが投げた木の槍が弥生の顔に直撃する前に、それを手の平で受け止めた。


 ……ジュリって娘が大声を出したのも良かった。あれのおかげでこの子がアイツに近寄るのを一旦止めたから、詰める距離も一回の踏み込みで十分だった。


 俺は先ほど下げたジュリの評価を上方修正した。


「どう、して? どこも痛くありませんわ…」


「弥生さんだったか? 怪我がないようで何よりだ」


「あ、あなた様が助けてくださったのですかっ⁉︎」


 いつの間にか傍に立っていた俺を見て、弥生が驚愕する。俺は軽く肩をすくめた。


「手を伸ばしたら、偶々あのモンスターの気の棒を受け止めちまっただけだ」


「は、はぁ……」


「まあ、そんな大層なもんじゃないから気にしないでくれ」


 俺は攻撃を受け止めた右手をプラプラさせながら、それとなく視線をソイツに戻す。


「グ……ゲェ…………」


 リザードマンはイタチの最後っ屁を放った直後、そのまま力尽きてドサリッ!と地に倒れ込んだ。それと同時に体に纏っていたわずかな残り火も消えた。あたかも命の炎が消えるかのように。焼けた肉の臭いだけが辺りに充満した。魔物はもう動かない。今度こそ事切れたのだろう。


 ……悪いな。さっきまでと違って、この子には少しばかり借りができちまったんだ。この娘が一番親身になって、見ず知らずの俺にこの世界の情報を提供してくれた。


 心の中で呟きながら、俺は淳達に悟られぬよう、死にゆく魔物に黙祷を捧げた。形はどうあれ、最後の最後まで必死に戦い抜いた者には敬意を払う。それは花村天という唯我独尊の格闘家が、己の中で定めた数少ないルールの一つであった。


「……それにしても、血を流したのなんか久しぶりだな。何年ぶりだろコレ?」


 気づくと、攻撃を受け止めた手の平からごく少量だが血が滲んでいた。あの親父との勝負ですらここ最近血を流した記憶はない。毎回俺の方が相手を血塗れにしてばかりだ。


「弥生‼︎ 大丈夫か⁉︎」


「やよいー!」


 俺が手に滲んだ自分の血を感慨深く眺めていると、淳とジュリが血相を変えて駆け寄ってきた。


「ごめん! 先に注意しておくべきだった。完全にボクのミスなのだよ……」


「気に病まないでくださいまし。兄様も心配には及びませんわ。この通り私はかすり傷一つありませんから」


「ほ、本当か⁉︎」


「はい」


 弥生は頷きながら、心配そうな顔をする淳とジュリに自分は無傷だというジェスチャーをしてみせる。それを見て、二人は心底ホッとしたように肩の力を抜いた。


「あ〜、良かったのだよ、ほんと」


「ああ。正直今のは寿命が縮んだぞ」


「けれど、その……私はなんともないのですが……」


 自分のことを心配する仲間達に穏やかに声を掛けたのち、弥生はどういうわけか申し訳なさそうに俺の方を見た。


「あー、なんだ、さっきも言ったが気にしないでくれ」


 一連の少女の仕草を見て、すぐにピンときた俺は、問題ないと首を振って答えた。


「こんなもんかすり傷だから、ちょっと舐めときゃそのうち治る」


「いけませんわ!」


 俺が手についた自分の血を舐めながら答えると、弥生は彼女らしからぬ強気な口調で俺の軽い態度を突っぱねた。


「直ちに、回復の魔技をいたしますわ!」


「本当に大丈夫なんだが……」


 傷の手当てをしようと近寄ってきた少女を見て、俺は思わず顔を引きつらせる。


「まあ、なんだ……ありがとう」


「いいえ。私の方こそ危ないところを助けていただき、誠にありがとうございました!」


「あ、ああ……」


 正直、俺はこういった他人からの善意にまるで免疫がなかった。同様に、人から感謝の気持ちを伝えられるのも全くの不慣れだ。


「俺の方からも礼を言わせてもらうぞ! 妹の盾になってくれて本当にありがとな!」


「ボクからも、親友を庇ってくれて感謝するのだよ!」


「いや、全然気にしないでいいから……」


 調子が狂っちまうな。俺がポリポリと頭を掻いていると、


「そ、そういえば自己紹介がまだでしたね」


 気のせいか、弥生が少し頬を赤くして俺の顔を見上げてくる。


「私の名前は一堂弥生(いちどうやよい)と申します。以後お見知りおきくださいませですわ!」


「同じく、俺は一堂淳だ。もう知っていると思うけど、弥生は俺の一つ下の妹だ」


「で、ボクが一堂ジュリ。淳と弥生とはチームメイト以前に従兄妹同士の関係なのだよ」


 全員近い親戚同士かよ。言われてみればどことなく三人とも顔が似ているな。そんな事を考えながら、俺も彼等に倣って自己紹介をすることにした。


「確かにまだ名乗ってなかったか。俺の名は花村天。三人ともどうかよろしく頼む」


 前の淳達三人とは違い、天はその身なりからは想像できないほど美しく礼儀に則った姿勢で、悠然と若者達に自己紹介した。


「て、天様! 先ほどは命を助けていただきありがとうございました!」


 そんな男の振る舞いを見て、彼の治療を終えたであろう弥生が慌てて立ち上がった。彼女は相変わらず顔を赤くしたままだ。そして今一度、深々と天に頭を下げた。


「私、この御恩は一生忘れませんわ!」


「いや大袈裟だから。後できればその様付けもやめてくれないか?」


 あまりの弥生の熱に思わず後ずさる俺。


「では改めてまして……天さん。先ほどは誠にありがとうございました!」


「うん、そのことはあまり気にしないでいいから……」


 この子はいったい俺に何回お礼を言うつもりだろうか。俺は少々うんざりしながら頬を掻いた。


「それと、天さんの手の治療が完了いたしましたわ!」


「あ、ああ……ありがとな」


「いえ。これぐらいお安い御用ですわ!」


「は、はは……ばっちり傷が治ったよ」


 弥生にそう告げると、俺は複雑な心境で治療を受けた右手を見やる。


「……弥生。実は俺も、さっきリザードマンから攻撃を受けて左腕を負傷したんだ。だからその、俺にも回復の魔技を頼めるか?」


「まあっ、そうだったのですか? でしたら早く仰ってくだされば良かったのに」


「いや、その……と、とにかく頼む」


「うわ〜。ずっと痩せ我慢してたのに、天に対抗意識を燃やしてあっさり暴露してるのだよこの男。……このシスコン」


「う、うるさいぞジュリ!」


「兄様。治療中はじっとしていてくださいですわ」


「す、すまん弥生」


「……」


 微笑ましい光景が目の前で繰り広げられている中、俺は一つだけ納得が出来ないある事について考えていた。


「……ま、いいか」


 それよりもまたお客さんが来たようだ。俺は淳達に気取られぬよう、一旦そちらに意識を移した。



 ◇◇◇



「ハァ……ハァ……ハァ……」


 タッタッタッタッと。生物の足音らしきものが俺達の方に近づいてくる。ようやくもう一つの気配の主がご到着らしい。当たり前のことだが、俺はずっとそちらにも気を配っていた。あのリザードマンとは異なるもう一つの野獣の気配。その気配の主がすぐそこまで近づいて来ているのだ。


 ……さて、どうするか。


 俺は考えた。ここは大事をとって自分が処理するべきか。それとも、また目の前にいる三人に任せるべきか。たとえばもう一匹あれと同じのが出てきたとしても、俺なら余裕で瞬殺できる。だが、下手に手を出してこちらの戦力を彼等に知られた場合、俺は冒険士という奴らに目をつけられるかもしれない。


 ……それ自体は別に構わないんだが、せっかく友好関係を構築したこの世界の情報提供者達、もとい淳君ズに警戒されるような行動は今は極力避けなければ。


 俺は顎に手を当てて考える。


「しかしそうなると……」


 あの睡眠作用バツグンの迷勝負をまた特等席で観戦する羽目になる。俺は思わず頭を抱えたくなった。


「みなさ〜〜ん!」


 人の言葉⁉︎


「やっと追いつきましたですぅ!ゼェゼェ」


「……‼︎」


 俺は驚いた。なんと息を切らしながらついにその姿を現した気配の主は、俺の想像していたものとはまるで正反対の――可愛らしい猫耳の童女だったのだ。



「何だあれは……」


 思っていたことを反射的に言葉に出してしまう俺。想像していたモンスターとはまったく異なる生き物。それは猫耳と猫尻尾を除けば小さな女の子にしか見えない。これは予想外だ。いくら人でなしの俺でもアレを殺るとなるとそれなりの覚悟がいる。


「やっと来たのかラム。遅いぞ」


「もう、ボクらでリザードマンを倒してしまったのだよラム」


「ふぇ〜、ごめんなさいですぅ〜」


「まあまあ。兄様もジュリさんも無事に終わったんだからいいじゃないですか」


 よし、ここは淳君達に任せよう。

 と思っていたら、どうやらの仲間だったようだ。言われてみれば、確かに彼等は会話の中でちらほらと『ラム』という名を口にしていた。


「きっとラムちゃんには、この険しい山道はまだ早かったんですわ」


「その意見には俺も同感だ」


 と、弥生の意見に便乗する形で俺も会話に加わる。


「この山はかなり険しい上におもだった道という道も存在しない。察するに、その子はまだ十歳やそこらだろ?」


「はい。ラムちゃんはこの間、十一歳になったばかりですわ」


 弥生は俺からの助け船に、嬉しそうに微笑む。俺は頷いた。


「だったらむしろ、ここまで登って来たことを褒めてやるべきだと思うが」


「私もそう思いますわ」


「ふぇ、え?」


 なお、まだ状況が把握できていないラムちゃんは、自然に会話の輪に入ってきた俺を不思議そうに見ている。当然の反応だ。


「おいおい、お二人さん。ボクだってそんなことは言われずとも分かっているさ。ボクは別にラムを責めてたわけじゃないのだよ。ただ単に現状報告しただけさ」


「あ、お前汚いぞ!」


「本気でこの幼気な少女を責めてたのは、ここにいるシスコンだけなのだよ」


「さっきからシスコン、シスコン、うるさいんだよ!それに俺はただ妹思いなだけで、決してシスコンじゃない!」


 それを本人の前で恥ずかしげもなく公言できる時点で、お前は立派なシスコンだ。俺は心中でシスコン淳君にツッコんでおく。見ると、弥生も苦笑しながら言葉に困っている様子だ。そんな妹を横目に、淳はコホンと一つ咳払いをした。


「しかしなラム。これぐらいの山道でへこたれてたら、冒険士なんて到底務まらないぞ」


「あうぅ、ごめんなさいですぅ」


「兄様、反省会は後に致しましょう。腕の傷の治療も終わったことですし」


 弥生にそう告げられると、淳は決まりが悪そうに目をキョロキョロと泳がせる。


「あ、ありがとな、弥生」


「申し訳程度のかすり傷なのだよ。だからとりわけ、天と違って回復魔技なんか使う必要ないと思うけどね」


 ニヤニヤと笑いながら、さりげなく淳の気にしていることを口にするジュリ。


「……ジュリ。あとで覚えてろよ」


「あ〜、怖い怖い」


 まるで悪びれない態度で、ジュリはそっぽを向いて笑っていた。


「ふむ……」


 あの少年の傷はちゃんとに塞がったみたいだな。俺は顎に手を当てて小首を傾げる。実を言うと、俺が先ほど弥生から治療を受けた時に感じた違和感はまさにそこにあった。というのも、俺は弥生から治療を施されたにも拘らず、まったくと言っていいほど傷口が治っていないのだ。これについて、俺は幾つかのケースを考察してみる。


 1. 嫌がらせでおちょくられた。


 2. とりあえずフリだけで実はなにもしてない。


 3. 弥生の回復魔技が不発だった。


 4. 思ったよりも傷が深くて、完全には回復しなかった。


 こんなところだろうか。まあ、1と2はまずあり得ないと思う。この少女の性格もそうだが、冷やかしなら初めから傷を治すなどと自分から申し出ないだろう。そして同じく4もあり得ない。何故なら俺の傷は、淳君と大差ないぐらいショボいものだ。つまり淳の傷を治せるなら、俺の傷も問題なく治せるはずだ。ならば消去法で3ということになるのだが。うーむ。


「あ、あの〜」


 俺が自分の手の平にある小さな傷口を眺めていると、猫耳の童女ラムが、恐る恐るといった感じに発言する。


「こちらの人は、どなたでいらっしゃいますですかぁ?」


「はじめまして、お嬢さん」


 そんな猫耳の童女に、俺は上辺だけ取り繕った社交辞令的な挨拶をした。


「俺の名前は花村天。さっきちょっとした事からこの三人と知り合った、山奥暮らしの十六歳です」


「あ、ご丁寧にどうもです。あたしはラムっていいますです。淳さんたちと同じチームで冒険士見習いをしていますです」


 途端に姿勢を正し、俺にきちんとした自己紹介を返すラム。年齢の割には中々しっかりしている女の子のようだ。しかし相手は十一歳の少女なので、俺はなるべく柔らかい物腰で喋る。


「そんなにかしこまらずとも大丈夫だよ」


「ありがとうございますです!それと、お見苦しいところを見せてしまってすみませんですぅ……」


「いやいや、全然気にしなくていいよ」


 また猫耳をしおらせて落ち込んでいる。不謹慎だが実に愛らしい少女だ。そんな緊張感のない事を考えながら、俺はラムのことをまじまじと観察する。まず髪も耳もシッポも黒い。まさに黒猫の獣人少女という感じだ。そして格好は白のワンピース。正直ハマりすぎだが、山登りする服装ではない。ただそれについては他の面子も一緒だ。皆が皆、明らかに登山を馬鹿にしたお洒落ファッションに身を固めている。おそらく、さっき聞かされたドバイザーの装備機能というのが関係しているのだろう。


 ……しかし、この世界の人型というのはみんながみんな美形なのか?


 目の前の猫耳少女を見て、俺は素直にそう思った。前の三人ほどではないにしろこの子も普通に美少女レベルだ。寧ろ下手なアイドルよりも顔が整っている。


「えっと、あたし何か変でしょうか……?」


 自分のことを吟味するような俺の視線に気づいたのだろう。ラムが身嗜みのチェックを始めてしまった。


「失礼した」


 俺はギリギリのところで平然を装い、すぐさまラムから視線を外す。


「俺はこれまで人間以外の種族に出会ったことがなくてな。つい物珍しく見入ってしまったんだ」


「は、はあ……」


 幸い、その言い訳に嘘はなかった。なので他のメンバーもフォローにまわってくれた。


「ラム。天は山奥でずっと暮らしていたらしいのだよ」


「はい。ですから天さんは世の中の常識に疎いらしいのですわ」


「お前だって、田舎から都会に出てきた時は驚いたり珍しがったりしてただろ? あれと一緒だよ」


「あ、なるほどです!」


 ラムが元気よく頷く。どうやら納得してくれたようだ。俺はホッとする。


「そうだ。いい機会だから、俺たちがお前にいくつか一般常識を教えてやろうか?」


「そいつはありがたいな」


 俺は心の底からそう思った。その淳からの提案は、今の俺にとって渡りに船以外の何ものでもなかった。


「是非お願いしたい」


「おう、任せろ」


「お安い御用なのだよ!」


「はい。なんでも訊いてくださいまし。私で答えられることなら、どのような事でもお答えいたしますわ!」


「あ、あたしも力の限り頑張りますです!」


「なんで俺が提案したのに、お前らがそんなに張り切ってんだよ……」


 女性陣の妙なハイテンションに淳がたじろぐ。


「皆さんの親切な対応に感謝する」


 俺はそんな淳と少女達に深く頭を下げた。


「どうか無学な俺に、この世界のことを教えていただきたい」


 山の中でワイワイと騒ぎ合う若者達。プラス中身はおっさんの偽十六歳。この花村天と若き四人の冒険士達との出逢いが、後にこの世界に大きな変革をもたらすきっかけになるのだが。


 この時、まだ誰もそのことを知る由もなかった。

 

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