第39話 武勇がたり上の巻
「皆さんの中でも一度は耳にした事がある方がいるかもしれないのですが…皆さんはダンテという人物をご存じでしょうか?」
ザワザワザワ
リナがとある人物の名前を出すと、その場にいた冒険士達が顔を見合わせて呟き出した。
「ダンテってあのダンテのことか?」
「確かブラックリストのトップ枠に載っていた人物だと記憶しているわ…」
【ブラックリスト】
高い戦闘能力を保持しているにも関わらず、冒険士、教会、国家機関などには全く属していない人型。尚且つマフィヤや盗賊、町のごろつきなど、素行の悪いグループに属して行動、活動している人型が記録してある人物情報リスト。その中でもトップ枠のブラックリストに名を連ねる者は限られており、凶悪犯罪者、悪質な人格破綻者など裏世界の要注意人物が大半を占めている。邪教候補リストとも言われており、国の要人や各機関の限られた人物にのみ、その項目に目を通すことを許されている。当然、この緊急会議に出席した高ランク冒険士達も、全員がブラックリストの全ての情報を閲覧する事が可能なので、リナは敢えて皆に尋ねる風な物言いで声を発した。
冒険士達がリナの問に困惑する表情で相槌を打つ中、一人の冒険士が手を上げて発言する。
「…嬢ちゃん、俺はあいつとガチでやり合ったことがあるぜぇ」
そう答えたのは、この場にいる最高峰Sランク冒険士の一人、ナダイだ。
「それなら話しが早いのですナダイさん。あたしが話す…花村天の最初の武勇伝は、今言った…ブラックリストのトップ枠に記載されている人物『ダンテを討ち取った』という事なのです」
「「「………」」」
彼女の言葉とともにVIPルームの騒めきが収まった。収まると同時に、この場にいた半数以上の者がつまらなそうな顔をして肩を落としている。それは勿論、直にダンテと戦った事があるナダイも含めてだ。
「嬢ちゃんよぉ、あいつを倒せるのは普通に考えたら確かにスゲェことだよ?だがな、この場にいる俺を含めた冒険士達は皆、普通じゃあねえんだよ…」
興が醒めたような面持ちで、彼はリナに不満気に言葉を投げる。
「だからよ?あいつぐらいなら俺じゃなくとも、ここにいるほとんどの冒険士が余裕とまではいかねえがよ…問題なく勝てるぜぇ?悪いがな、その程度なら大して驚くことでもねえぜぇ嬢ちゃん。一体ソレの何処がすげぇんだ?」
「「コク」」
ナダイの感想を支持するように、その場にいた数人の冒険士達が頷く。その様子を見たリナが、予想通りの反応と、意地の悪い笑みを浮かべる。
「当然ソレだけじゃ終わらないのです!重要なのは、天兄さんがダンテに受けた印象なのです!」
「戦ってみた感想ということかなリナ君?」
「そういうことなのですフロンスさん!本人曰く『ミミズと変わらない』と断言していたのです!!」
「「っ!!」」
ザワザワザワ
たった一言。『ミミズと変わらない』とリナが得意げに言い放つと。先ほどまでつまらなそうにしていた者達が顔色を変えて、彼女のその台詞に食いついた。そして、天が言っていた台詞を直接聞いていたカイトもリナに続いて皆に証言する。
「ああ、間違いなく彼はそう言っていたなリナ。俺にとって、奴等はミミズと余り変わらないとね」
「がはははは!!流石は天君なのだよ!儂も1年前だったか…ダンテを直接見る機会があったんだがね?その時に儂の目で見た、奴の脅威判定はC…つまりハイリザードマン、ハイオークと大差ない強さの持ち主だったのだぞ?それをミミズと変わらんとはな…がはははは!!」
「ぷっぷ〜。ねえねえリナ、ナダイさん」
その場に居合わせたほとんどの者が、リナの語りたかった彼の凄まじいまでの最初の武勇伝『言葉』の意味を理解する。皆が、各々少なからずショックを受けていると、一人不思議そうな顔をしてサズナが疑問の声を上げる。
「ブラックリストに載っている人物ってのは話しの流れから理解できたのだ!だけど、ダンテってどんな奴なのだ?つまり、詳しくは知らないってこと」
「ま、一言で言やぁ〜いわゆるごろつきだな?『アイアンタイガー』とかいうタチの悪いごろつきグループのリーダーやってたはずだぜぇ?ランド王国のどっかの町でよ…」
「はいなのです。あたし達が拠点としている町のすぐ近くの町で、つい最近まで幅を利かせていた、素行の悪い武闘派集団のリーダーなのです」
「ぷっぷ〜、ごろつきか〜。でも会長の目で脅威判定Cってことは…つまりそれなりに強いってこと?」
「…俺は問題なく勝ったがな?それでも弱くもなけりゃ、ぬるくもねえ相手だったぜ…ダンテの奴はよぉ。ましてやGランクモンスターと一緒なんて、俺だったら口が裂けても言えねえぜぇ」
難しい顔をしてナダイがサズナに説明すると、リナもナダイのその意見を後押しするように、続けてサズナに声をかける。
「正直に言わせて貰うのですサズナ。あたしがダンテと一対一で戦ったら…あいつに勝てる確率は二割もないのです」
「俺も一応、冒険士のランクはBだけどね、恥ずかしながら一対一でダンテに勝てる確率は五分五分ぐらいだと思うよ…」
リナが少し落胆した様子でそう告げると、カイトも肩を竦めて掛け値なしの自分の意見をサズナに述べる。
「嬢ちゃんやあの兄ちゃんの意見は間違っちゃいねえぜぇ。CやBランクの冒険士じゃあ、ダンテはちとキツイ相手だぜぇ。それは実際にやり合った俺が一番良く分かってる…頭が切れる分、多分ハイオークの方がいくらかは楽な相手だぜぇ」
「ナダイさん、貴重なご意見ありがとうございますなのです」
ナダイに会釈をして、リナは一度、会議に出席している冒険士達をぐるりと見渡す。そして…
「ダンテの強さは今、ナダイさんが説明してくれた通りなのです。皆さん…ここで彼の特異体質をもう一度、思い出して欲しいのです」
「え〜と、アレ、アレや!確かこん子は…」
「魔技、魔装技が一切通用しないのだよ!!そう言いたいのだろうリナ君は?がはははは!」
リナの背にいたルキナが、喉元まで出かかったその言葉を、すぐ側にいたシストが綺麗に取り上げて自慢げに口に出した。
「その通りなのです会長!」
「…シスト坊、汚たないわ〜!いきなり入ってきて、アテが言おうとしとったセリフを取り上げるんやもん!」
「がはははは!!早い者勝ちなのだよルキナ姐!」
「「「…………」」」
『彼の特異体質を思い出して欲しい』このリナの言葉を受け、察しの良い者はこの事から彼女が何を言いたいのかを既に理解し、それぞれが険しい顔をして声を出せないでいる。
「嬢ちゃん悪りぃ…最初に大した事じゃねえとか言っちまって。それが本当なら、スゲェぜその兄ちゃんは…」
「…ナダイ、正直に答えろ。ダンテとかいう奴に…俺はその条件で勝つことができるか?」
厳しい表情を浮かべてシャロンヌがナダイに疑問を投げる。それに対して少し躊躇いの色を見せて、ナダイが彼女に有り体に答えた。
「……おめぇだったら勝てると思うがよ…それでも魔技なしじゃ多分ギリギリだぜぇ」
そう聞くなり、彼女は苦虫を噛み潰したような顔つきになる。
「…くそっ…紙一重か。ならば俺も、その男にとっては…」
シャロンヌ、ナダイもリナが何を伝えたいのかを瞬時に理解して、重苦しい顔で彼女の言葉を受け止めている。
「ぷっぷ〜、魔技と魔装技が通用しないのは確かに凄い事なのだ…でもそのダンテとかいうのはごろつきなんでしょ?だったら魔技があんまり得意じゃなさそうなのだ!つまり、その特異体質はダンテには余り役に立ちそうにないってこと」
「いや…ごろつきだからと言って魔技が不得意とは限らないよサズナ殿。もっとも、彼女が俺達に伝えたい事はまた別にあるんだがね……俺なら果たして…」
フロンスもまた、この事からリナが何を言いたいのかをいち早く気づき、口元を隠すように頬杖をついて、神妙な顔つきで何かを考え込んでいる。
「ぷっぷ〜、降参なのだ…つまり、リナはなにが言いたいのだ?」
サズナがリナの言葉の意味が理解できないと白旗を上げる。そんなサズナの質問に対し、リナは得意げに人差し指を立ててすぐに彼女に答えを教えた。
「簡単な事なのですサズナ。つまり、魔技や魔装技なしで脅威判定Cのダンテに勝てない者は…自動的に彼にとってはミミズと変わらない相手ということなのです!!」
「ぷーー!!マジで!!そ、それだと…僕ちんは確実にその筋肉神様にとってはミミズなのだ!凄いのだ!それでこそ筋肉ゴッドなのだ!」
「…いつの間にかサズナの中で、筋肉=天兄さんになっているのです。自分で言っておいてなんなのですが…まさかこんなに食いつきがいいとは予想外なのです…」
「仕方のない事ですリナさん。天様の肉体は、ある種の魔性の魅力を放っております…直接それを見ていなくとも、話を聞いてしまっただけで虜になられてしまうのは…女性として抗いようのない性でございます!」
まるで彼女の周囲に神々しい光が満ち溢れているかの如く、神秘的な輝きを背景に感じてしまうのは果たして目の錯覚なのだろうか。女神のような美しさと風格は他を圧倒し、彼女の言葉を疑がえる者など、一体この世に存在するのだろうか。
「…アクさん。天兄さんの上半身の話しで…すぐに覚醒するのはやめて欲しいのです…」
そんなアクリアを半眼で眺めながら、リナが呆れ気味にボヤいた。一方、女性陣がそんな話しで盛り上がる中、シストが真剣な顔をして、シャロンヌやフロンスは勿論、この場にいるほぼ全員の冒険士達が気になっているある事をナダイに問う。
「ナダイ…この場で唯一、ダンテと戦った事のあるお前に質問したいのだがね」
「…なんでぇ旦那?いきなり神妙になってよ?」
「お前の見立てでは、この会議の出席者の中で…魔技、魔装技なしでダンテに勝てる者はどれぐらいおるか教えて欲しいのだよ。くれぐれも儂等のことは気にせずに、お前の率直な意見で頼むぞナダイ…」
「「………」」
シストがそう言うと、自然とナダイに皆の視線が集まる。ナダイは少し考えた後、遊び心など微塵も感じさせない自分の本心を、真面目な口調で話し出した。
「旦那やナガルさん…後、ここにはいねえがミルサのやつなら余裕だ」
「さよか…ま、あのバカ娘は素行に問題ありありやけど、腕っぷしだけは超一級やからね」
「だな…それとルキナ様や俺、エメルナ嬢…それとまたここにいねぇ奴の名前を出すがよ、サランダも問題なく勝てる」
「はいなのです。サランダはどちらかというと魔技なしの戦闘が主体だから、魔技と魔装技を使わなくてもダンテ相手に普通に勝てるはずなのです」
「やね、リナちゃん」
「だな?反対にシャロンヌは魔技と魔装技主体の戦闘スタイルだからよ…ギリでは勝てると思うがかなり苦戦すると思うぜ…」
「…不本意だが認めざるをえんな…」
「セイレスは多分、魔技や魔装技なしじゃダンテには勝てねえ…」
「ふむ。やはりセイレスでは勝てんかね?」
「実際にやり合わせて見ねえとハッキリは分からねえがな?多分キツイぜ。だからよ、そのよ…」
気まずそうな顔を見せた直後、意を決したようにナダイは声を出す。
「それ以外の奴等はきっと…魔技、魔装技なしじゃダンテには敵わねえ。リナの嬢ちゃんやカイトも言ってたがよ?ダンテはそんなに甘い相手じゃねえんだ」
「ぷっぷ〜、普通に考えたらそうなるのだ。特に僕ちんなんか、魔技なしじゃリザードマンにも勝てない自信があるのだ!つまり、お手上げってこと」
年齢のせいか、それとも最初からそういう性格なのか。他の冒険士が皆、その表情に暗い影を落とす中。サズナがまるで気にしていない風で、自分の正確な戦力分析を口にした。
「彼の言葉を裏付ける為に、幾つかの事柄を補足させて貰うのです。まず、天兄さんはダンテのことをほとんど覚えていないのです。もっと正確に言えば、アイアンタイガーのメンバーの中で、彼がチームのリーダーだったことを認識せずに倒しているのです」
「…話しが見えねえんだがリナの嬢ちゃん?嬢ちゃんはいってぇ何が言いてえんだ?」
「つまりこういうことなのですナダイさん。冒険士歴の長い皆さんなら、一度は目にしたことがあると思うのですが…例えば、ここにバケツ一杯の大ミミズがあるとするのです…」
「簡易的な魔石燃料用の大ミミズの事だね?同然ソレなら冒険士をしていれば一度は目にする物だ…彼とダンテの関係性…それと一体どう繋がるのかなリナ君?教えて欲しい!」
元々、何かを調べたりする事が好きで、物事の真相を明らかにしなければ気の済まない性分なのだろう。フロンスはそわそわした様子で、待ちきれないとばかりにリナの言葉を先回りして補足し、結論を急ぐように彼女に尋ねる。
「はいなのですフロンスさん!では逆にナダイさんとフロンスさんにお聞きしたいのですが、もし『このバケツの中で一番強い大ミミズはどれか』と質問されたら…二人は正確に答えることができますか?もっと言えば、ソレがわかるのですか?」
「「っ!!」」
このリナの台詞と問を受け、ナダイとフロンスは、天が何故、戦った相手であるはずのダンテの事をほとんど記憶していないのかその理由を正しく理解した。それは、今のリナの質問に対する二人の答えでもあったからだ。『ミミズなんてどれも一緒』と。
「がはははは!実にわかりやすい例えなのだよリナ君!それでは天君がダンテを認識できなかったというのも仕方のないことだね?がははは!」
「ええ…正にそうですね会長…彼女の例えは実にわかりやすいものだ…」
「だな?嬢ちゃんは説明するのがうめえぜぇ。ミミズと一緒とはよく言ったもんだ。それなら野郎のことを覚えてなくても仕方がねえぜぇ…バケモンだわその兄ちゃん…」
「ご理解いただき…ありがとうございますなのです!」
乾いた笑みを浮かべるナダイに、リナは嬉しそうな顔をして一礼した。
「ちなみになのですが、彼にダンテの特徴を教えたところ…『あ、そいつ多分4番目にボコボコにした奴だ』っと言っていたのです」
自分の事のようにリナがドヤ顔で天のセリフを口にすると。ナダイの表情につられるかのように、他の冒険士達も次々と乾いた笑いを漏らす。
「…あははは、脅威判定Cを歯牙にもかけてないわね…その言葉からすると…」
「…そこだけ聞くと、町の喧嘩自慢が、自分より圧倒的に格下の者達数名と喧嘩して勝った時の自慢話にしか聞こえないが…」
「その例えでも当ってるのです。ただ力量の差が桁違いなのと、喧嘩相手の内の一人がブラックリストのトップ枠なだけなのです」
「はははは…なんだか今迄、自分が積み上げてきた常識が覆されたようで、正直…俺は今、なんとも言えない気分だよリナ君…」
急に老け込んだ顔になったフロンスを、リナは同情するような目で見ながら…
「…フロンスさんのその気持ちは痛いほどよくわかるのです…。あたしも天兄さんに出会った日に全く同じ事を思ったのです。あたし達の…もっと言えば人型の常識は彼には通用しないのです」
「がははははは!!頼もしい限りではないかね!それでこそ儂の見込んだ漢なのだよ!」
ただ一人、この場で楽しそうに笑っているシストへ、怪訝な顔をしてルキナがある事柄を確認した。
「なあシスト坊…単純な疑問なんやけど…そん子ホンマに魔技や魔装技、効かへんの?」
「間違いないのですルキナ様!既に両方とも実証済みなのです!」
ルキナのその問いに自信満々に答えたのは、彼女を背に乗せているリナだった。そして、すかさず二人の冒険士から証言の声が上がる。
「本当ですわルキナ様。私の烈火玉は天さん…彼の手に当たると同時に消えてしまいましたわ」
「俺の魔装技《烈風斬》も同じく…彼が手の平で受け止めた瞬間にまるで煙りのように霧散してしまいました」
【魔装技】
武器スキルに魔技を合わせて繰り出す攻撃方法。レベルの低い者は基本的に扱うことは困難だが、反対にレベルの高い者、スキルの充実している者達は、この攻撃方法が主体となっている。現にカイトも、魔装技主体の攻撃スタイルで冒険士のBランクまで上り詰めた。ちなみに烈風斬とは、レベルスリーの剣技にレベルツーの風属性の魔技《烈風玉》を合わして繰り出す魔装技である。
「紛うことなき真実でございますルキナ様…私も、カイトの放った魔装技が天様に触れた瞬間に消滅してしまった事実をしかとこの目で見届けました。これは変えようのない事象でございます」
「な、なんやアクリアちゃんがそこまで言うんやったら、ホンマのことなんやと確信してまうわ…少しでも疑ってしもて、堪忍や…」
有無を言わさないアクリアの迫力と証言を受けて、生きる伝説とまで謳われた亜人の女王ルキナは、自ら非を認めて彼女に謝罪をする。
「やっとアクさんの覚醒スキルがまともな使われ方をしたのです。さっきから筋肉絡みのネタみたいになってたのは、正直引いていたのです…」
「…同感だよリナ…」
カイトがリナの言葉に力なく頷く。
「カイト…リナさん…人には誰しも…如何しても譲れない時がございます!」
「………話を戻すのです」
処置なしといった顔をして、リナもそれ以上は突っ込んだ事を口に出さなかった。
「皆さん…その後ダンテ氏がどうなったか…気になりませんか?なのです」
そしてすぐさま、また語り部モードに切り替わり、皆を煽るような口調で話を再開した。
「ぷっぷ〜、物凄い気になるのだリナ!つまり、早く教えてってこと!」
「だな?今も言った事だがよ?リナの嬢ちゃんは人を自分の話に引き込むのがうめえぜぇ」
「がはははは!違いないのだよ!リナ君!その後、ダンテはどうなったのかね!?」
他の冒険士達も熱い視線をリナに送る。それを見た彼女は口元をニヤケさせながら、計算通りと言わんばかりの表情を作り…
「なんと彼は…冒険士協会本部のドバイザー契約ショップで、見習い店員として働いているのです!」
「マジかよ!!」
ナダイがリナのその言葉に驚愕する。
「本当かねリナ君!!」
流石のシストもリナのこの言葉には驚いた。まさか自分が会長として腰を据えている城に、かつてブラックリストの要注意人物として記載されていた男が働いていたのだから。
「本当の事ですわ会長。私もリナさんにそれを確かめて欲しいと言われた時は半信半疑でしたが…ダンテ氏は本当に冒険士協会本部のドバイザーショップに就職していました」
そう彼女の話を裏付けたのは、同じく普段から其処で幅広い実務をこなしているマリーだ。
「あたしも…まさかダンテが七三分けで、協会本部にある店に勤めているとは夢にも思わなかったのです」
「リナさんの説明を補足させて貰うと、彼の勤務態度は至って真面目だそうです…」
「おいおいおいおい…あのダンテが更生しただぁ?何かの間違いじゃあねぇのかよ?ある意味、今日一番驚いたぜぇ…」
リナもそうだが、協会本部の事を一から十まで把握しているマリーが言う事だ、間違いなどあり得ない。そう理解はしているのだが。それでも考えられないとモロに顔に出しているナダイを見るや。リナが自分の考えを彼に聞かせる。
「ナダイさん、これはあくまであたしの予想なのですが…」
「……おおよ…」
「ダンテは…更生をしたはしたのですが、だけど一般的にいう『心を入れ替えた』とは違うと思うのです」
「だよな嬢ちゃん?あいつはそんなタマじゃねえぜぇ」
ナダイが腕を組んでリナの意見に相槌を打った。
「俺があいつを前にぶちのめして教会に投獄した時もよ、出てきてすぐさままた暴れてたみてぇだからな?俺自身、あいつの気勢は死んでも治らねと思ってたのが本音だぜぇ。リナの嬢ちゃん…ダンテは一体どうしちまったんだよ?」
「あたしが思うに…意思表示みたいなものだと思うのです。ダンテは天兄さんに対して『自分はあなたの敵ではありません』って行動で示しているのだと思うのです。まぁそれを一番強く伝えられる仕事は、天兄さんと同じ職種の冒険士なのですが…」
「一度でも投獄級の犯罪を犯した者は、冒険士資格の習得は許されない。また、冒険士資格を習得している者で、投獄級の犯罪を犯した者はその資格を剥奪される…ですね?リナさん」
「そういう事なのですマリーさん!」
マリーのその補足に、リナは力強い声で答えた。
「ダンテは冒険士になりたくても…一度、教会に投獄された経歴からそれが無理なのです。だから彼は、冒険士協会に関連があるドバイザーショップで働くことで『自分は更生しました。私は貴方の敵ではありません』と心から伝えているのだと思うのです」
「嬢ちゃんよ…じゃあ何か?ダンテの野郎は『もう二度、私は貴方に逆らいません』みてぇなことを、協会本部で働いて…その天兄さん?とかいう男に言いてえってことかよ?」
「はいなのですナダイさん!あたしはそうとしか考えられないのです!いま彼は、天兄さんに敵として対峙した愚行を悔い改めているのです!」
リナに気迫のこもった説明をされて、ナダイは遠い目をして溜息をつく。
「…なんでぇ…俺ん時はあの野郎『いつか必ずテメェの寝首を掻ってやるからな』とか言ってやがったのによぉ…随分と態度がちげえぜぇ」
ふざけ半分、不満半分といった様子で、ナダイがそう口にする。するとリナが、冗談交じりに彼に自身の考えを伝えた。
「仕方ないのですナダイさん…コケッシーが育ってCランクのクレイジーキャットになれば、運が良ければ虎に勝てるかもしれないのです…でも…」
首を左右に振りながら、リナは呆れ混じに声を出す。
「大ミミズがいくら頑張っても竜には敵わないのです」
「がははははは!!違いない!違いないのだよリナ君!がはははは!」
「大袈裟な…と普段の俺なら思うかもしれない…。が、リナ君…君は花村天という人物の事を何がどのように凄いか、様々な角度からそれを立証し、裏付け…彼の規格外な強さを確証している。それは…俺が一番納得する説明の在り方だ」
「ありがとうございますなのですフロンスさん」
嬉しそうに会釈をするリナに目をやりながら、フロンスは少し難しい顔をして…
「まったく…先ほど君の事を侮辱していた者達や、君の意見に耳を貸さずにこの場から去っていった者達は、愚かとしか言いようがないな…こんな大切な話を聞かずして何が緊急会議に出席しただ」
「ぷっぷ〜、本当なのだ。出ていった連中は知識の大切さを理解してないのだ!つまり馬鹿ってこと」
「その阿保共の中に現役Sランク冒険士もおるんやから世も末やね。ま、それを言ってしもたら家の馬鹿娘も入ってまうけど…」
「ミルサ君はレオスナガルに次いでの実力者だ。単純な戦闘能力なら儂より上だろう。数々の功績もある…多少の素行難だけでAに留め置くわけにはいかないのだよ。ただ…セイレスにはまだSランクは早過ぎたかもしれんな…」
「ビクっ……ぼ、冒険士の品位を下げるような蛮行を働いてしまい…誠に申し訳なく…」
フロンスやサズナ、ルキナ達がVIPルームから退室した冒険士達を非難すると、エメルナが肩身の狭い様子で俯き。また何度目かの謝罪の言葉を口にする。
「エメルナさんはここから出ていった人達とは違うのです!ちゃんとにあたしに謝ってここに残ったのです!よって無罪なのです!!」
そんなエメルナを庇ったのは、批判された当の本人であるリナだった。それに続いて、フロンスとサズナからも彼女にフォローが入る。
「エ、エメルナ殿を責めているわけではないよ。リナ君が言っているように、君は彼女にしっかりと謝罪をしてこの場に残った」
「ぷっぷっぷ〜〜、なのだエメルナお姉ちゃん。つまり、エメルナお姉ちゃんは会議を途中で抜けた馬の骨とは違うってこと」
「…リナさん…皆様…私のような未熟者に身に余る心遣い…ありがとうございます」
ふるふると体を震わせて感激しているエメルナを見ながら、ルキナが笑顔でリナに囁いた。
「むふふふふ。リナちゃんはほんまにええ女になったんやね?アテは嬉しいわ〜」
「ふふんなのです。伊達に天兄さんからいい女認定をされていないのです!」
得意げにリナがそう言うと、近くでそれを聞いていたアクリアとマリーが暗い表情をして落ち込んだ。
「…羨ましいわリナさん…天さんに『いい女』とか『頼りになる女』とか言って貰えて…」
「はい…ほんとうですね…私など、天様に心からその言葉を賜る日はいつになることか…」
「あれ?アクさん知らないのですか?天兄さんがあたし達の中で一番最初にいい女だと思ったのはアクさんなのです」
「…………え?」
不思議そうにしてリナがアクリアにそう教えると、彼女は頭に疑問符を浮かべたようにきょとんとした後、すぐに…
「ええーー!!そ、それは誠でございますかリナさん!!」
「いや、確か兄さんはちゃんとに君に直接言っていたと思うぞ?現場監督の男性に付き添ってくれてありがとうと…」
「お、お礼は承りましたが。いい女、頼れる女とは、天様から直におっしゃられた覚えが…」
「…あたしの記憶が間違ってなければ、天兄さんはアクさんに何回かそのセリフを言っていた気がするのです。カイトさんとアクさんはいい男といい女だって…」
「ああ、俺もそう記憶してるぞ?…まさかとは思うがアクリア…あの時の記憶が曖昧になっていないか君は?あまりの出血のせいで…」
「そ、そのような事は…」
耳まで赤くしながらも、ニヤケ顏が収まらない彼女に、マリーが恨めしそうな顔で…
「…なによアクリア…ちゃんとに貴女は彼からその台詞を言われているんじゃないの…その前振りは、私に対する嫌味かしら?」
耳を萎れさせて更に落ち込むマリーに、リナが救いの声をかける。
「…ちなみになのですが『マリーさんってどんな人なのですか?』っていうあたしの質問に、天兄さんは『簡単に言えばやり手の美人秘書、見た目も中身もできる女性って感じの人だな?その癖、可愛らしい所もあるような人で、何というか…凄く親しみ易くて頼りになる人だ』…と言っていたのです」
そのリナの言葉を聞いた途端、彼女は萎れさせていた自身の耳を先端まで尖らせて、人目も憚らずに手を上げて喜びを露わにした。
「キタわーーー!!私の時代がーー!!」
「…くっ!ちゃんとにマリーさんの魅力を理解している…流石は兄さんだ…」
「まだ私とマリーさんは五分と五分ですわ。互いに『いい女』と『頼れる女』を天様から賜っていますからね…」
「…オホンッ」
脱線してしまった会話を引き戻すように、シストがわざとらしくひとつ咳き込む。それに便乗してナダイが少しばかり彼女達を茶化した。
「お〜い、ノロケ話はその辺にしてくんねえかぁ?俺は早くリナの嬢ちゃんの次の話が聞きてぇ〜」
「ぷっぷ〜、でも気持ちはわかるのだ!さっきアクリアのお姉ちゃんも言ってたけど、男の逞しい肉体に釘付けになるのは女の性なのだ!つまり、必然ってこと!」
鼻息を荒くして興奮するサズナを視線に捉え、シャロンヌが不敵に笑む。
「ふ、サズナはまだ未成熟だから仕方がないが、女なら釘付けになるのではなく…自身の肉体で男を釘付けにして虜にしろ」
「それはシャロンヌさんだから許される言葉なのです…」
「ぷっぷ〜、リナの言う通りなのだ。つまり、勝ち目がないってこと」
「ふふふふ…俺にはそれが普通の事だからな?まあ、そんな事より…リナ、まさか今の一つだけでその男の武勇伝は終わりではあるまいな?」
シャロンヌが挑発的にそう言うと、今度はリナの方が不敵に笑み、人差し指を立て左右に振りながら…
「ち、ち、ちなのです…まさかなのですシャロンヌさん!あたしが紹介したい彼の武勇伝は全部で四つ…その中で今話した武勇伝は残りの三つに比べれば一番しょっぱいやつなのです!!」
「なに!?今のでか?…リナ!勿体付けずに早く次の話しをしろ!」
気がつくと、シストやルキナだけではなくシャロンヌを含めた他の冒険士達もリナの話に夢中になっていた。冒険士達のそんな有り様を、少し引いた目線からこの場全体を観覧していたレオスナガルは、静かに顏を頷かせ自身の娘であるエメルナに優しく声をかけた。
「エメルナ…お前は確かに、淑女にはあるまじき行動を取ってしまったかもしれない…」
「は、はい…」
「だがお前は…この場から出ていった他の者達とは違い、今まで積み上げてきた自らの立場も名誉も捨てて、恥や外聞に囚われず彼女に心からの謝罪をした…。私はそんなお前の行動を誇りに思っている」
「…レオスナガル様」
目に涙を浮かべ、エメルナは敬愛する父親からの賛辞に胸を打たれていた。レオスナガルは口元を小さく微笑み、自分に寄り添うように立つ娘にある提案をする。
「エメルナ…お前が公事と私事を分けて私に接してくれているのは承知している。しかし、今はその必要はないと私は思う…従って、この場では私の事は父と呼びなさい」
「は、はい!お父様!!」
父親からそう提案されて、エメルナは心から歓迎したようにその提案を受け入れた。
「え〜、では皆さん…あたしが紹介する二つ目の彼の武勇伝なのですが…正直コレが一番凄いかもなのです…」
「「「…………」」」
彼女が丁重な物腰で語り出すと、レオスナガル、エメルナを始め会議出席者全員が吐息一つ漏らさずに訊き入っている。もう彼女がこの場を仕切っていると言っても過言ではないだろう。そんな自分の立場を知ってか知らずか、リナはまた部屋の冒険士達を見渡して軽く会釈をして…
「…コレを聞いたら皆さんからの質問が殺到すると思うのです。だからあたしの答えられる範囲でなんでもお答えするのです…」
「「「…コク」」」
彼女は皆に前もってその事柄の重大さを教えた。それに無言で周りの冒険士達が応答する。
「…では話させていただきますなのです…」
「「「ゴク…」」」
「皆さんが今回討伐したヘルケルベロスと同じAランクモンスターが、非公式なのですが時同じくしてランド王国にも出現しましたのです」
「「「…なっ!」」」
これには百戦錬磨の熟練冒険士達も驚きを隠せなかった。だがそれでも、彼等は少し声を反射的に出したり、顏を顰めさせたりはしたが、彼女の話を中断させたりはしなかった。『質問は彼女が話し終えてから』というリナの前もっての言葉の意図をキチンと理解していたからだ。
「二つの彼の武勇伝…ソレが、Aランクモンスター…俗に言う『災害ランクを単体討伐した』なのです!」
【ディザスターモンスター】
世界で定められているAランククラスのモンスターの俗称である。災害級と呼ばれているそのモンスター達は、1体でも現れれば国が滅ぶこともあるほどの脅威と恐れられており。出現した場合、全世界の冒険士達は、最優先でコレらを討伐するよう義務付けられている。余談だが、今回のヘルケルベロス討伐にAランク以上の冒険士が20人強、エクス帝国に駆けつけたにも関わらず、打倒するのに4日以上の時間を費やした。因みにレオスナガルの到着が遅れていた場合、さらに討伐に時間を費やした可能性が極めて高い。このことから、ディザスタークラスのモンスターを単体討伐したということがどれほどの偉業なのかを、ここにいる冒険士達は十分に理解していた。
「「「………」」」
彼女の言葉に、皆が声が出ずに押し黙っていた。ある者は予想通りといった顏、ある者は予想はしていたがまさか本当に、といった驚愕の顔になり、それぞれが彼女の次の言葉を待った。そんな中、納得するようにシストが独り言を呟く。
「……そうか…あの時、天君が儂に言っていたモンスターとは…ディザスター級だったのか。本人は恐らくB級だと言っておったから、儂もてっきりB級だと決めつけておったが…」
そして、シストは身体をワナワナと武者震いさせながら、堪えきれずに…
「…ふ、ふふは…がはははは!!まさしく君は儂等の想像、常識の上を行くのだよ天君!!がはははは!!」
「……おいおい旦那…折角、俺達がリナ嬢の話を黙って聞いてたのによぉ?台無しだぜぇ」
シストの自由な振る舞いを見たナダイが、小声でそうボヤいた。そんなナダイに応えるように、リナがニヤリと笑いながら軽い調子で声を上げる。
「はい皆さ〜ん…お待ちかね質問タイムなのです!今のあたしの話で気になった事があれば、挙手をして聞いてくださいなのです!」
ザワザワザワザワ…
リナがそう言った瞬間、堰を切ったように冒険士達が次々と手を上げて発言する。
「はい!教えて欲しい事が…」
「はいなのだ!気にならないわけがないのだリナ!」
「だな?俺も聞きてぇ事がわんさかあるぜぇリナ嬢」
「がはははは!当然、儂ももっと詳しく聞かせて欲しいのだよリナ君!」
いつの間にか、会長のシストまでもが手を上げてリナの方を振り向く。が、誰よりも先に自分が手を上げたと主張する者が一名。
「待ちぃや!!アテが真っ先に手を上げとったんや…せやからアテが一番最初にリナちゃんに質問するんやもん!!」
この中では最も最年長であるにもかかわらず、子供のように駄々をこねるルキナを見て。自分の方が先に手を上げたといった感じの、大人気ないセリフを口にする者はこの場にいなかった。実際、誰が質問しても似たり寄ったりの事を彼女に聞くだろうと、皆がルキナにどうぞどうぞといった仕草をしてリナへの質問の権利を譲る。
「むふふふ。みんな物分かりのええ子らで大変結構や!」
「…単に皆、良識のある者なだけなのだよルキナ姐…」
そんな子供のような一国の王に、呆れ顔でこれまた一国の王が突っ込みを入れた。
「うるさいでシスト坊!…まぁええわ、ほな改めてリナちゃんに質問や…そん子が倒したんはどんなAランクモンスターやったん?」
「「………」」
ルキナがその事をリナに質問すると、俺も、私も、ソレが聞きたいといった仕草をしている冒険士達が、場の半数以上を占めていた。当然リナの方もその事が皆、気になっているだろうというのを察していたので、間を置かずにルキナに即答する。
「マウントバイパーなのです」
「へ?マウントバイパーやて?リナちゃん…マウントバイパーはAランクちゃうよ?」
この中で最年長かつ、断トツの戦闘経験者であるルキナは、当たり前のように、今回の会議出席者の中で一番のモンスター知識の持ち主だ。その彼女が、これといって珍しくもないマウントバイパーのモンスターランクを間違えるわけもなく。リナに不思議そうな表情を向けて疑問の声を上げた。
「ぷっぷ〜、僕ちんもそう記憶しているのだリナ?つまり、マウントバイパーはAランクではないってこと」
「答えを焦ってはいけないよサズナ殿。普通の冒険士なら勘違いも考えられるが…彼女に限ってソレはあり得ないだろう…きっとその話には続きがある…そうだろリナ君?」
そう言いながらも落ち着かない様子で、早く答えを教えて欲しいといった雰囲気を全身から醸し出すフロンスに目をやり、リナはクスッと微笑してから自信満々に答えた。
「勿論なのですフロンスさん!普通のマウントバイパーなら脅威判定はBなのですが…天兄さんが討伐したマウントバイパーは…なんとユニークモンスターなのです!つまりはマウントバイパーの亜種なのです!!」
「ぷっ…ぶーー!!マジでリナ!!ちょ、ちょっと待つのだ!ビ、Bランクモンスターの亜種とか聞いた事がないのだ!つまり、未知ってこと!」
「それホンマなんリナちゃん!!」
「…お父様…私の記憶が正しければ、過去に全世界で目撃、または発見された亜種モンスターは、オーク、大トカゲ…それに大ミミズの三種類だけだと記憶していますが…」
リナから告げられた歴史的大発見の発表をされ、エメルナも顔色を変えて声を唸らせる。
「…公式ではないが、他にも私の知る限りでは二種のユニークモンスターが過去に出現、確認されている。だがそれでも…どれもCランク止まりのモンスターであった。恐らくディザスタークラスのユニークは、彼女が今発表したものだけだろう…」
「おいおいおい…どえれぇ威力のネタをどんだけ隠し持ってんだよリナ嬢は?」
「一番凄い…リナの言葉に偽りはなかったな…俺もまさか歴史的な発表を絡めてくるとは予想できなかったが」
最高峰冒険士のレオスナガル、ナダイ、シャロンヌもこのリナの歴史的、発表にはど肝を抜かれるしかなかった。
「成る程…納得したよリナ君。それにしても、まさかBランクのユニークとはね…一体どんな化け物だったんだい其奴は…」
「その質問には、俺が答えますフロンスさん」
そう言って前に一歩前に出て発言したのは、リナと同じくこの場でそのマウントバイパー亜種を直に目撃しているBランク冒険士のカイトだ。
「俺はあの場で…マウントバイパー亜種が出現した現場を目撃した冒険士達の中で唯一、亜種ではない一般のマウントバイパーとも戦ったことがある冒険士です…ですから俺が答えたほうが、話にリアリティーが増すと思います」
「確かにソレは道理だね。ではお願いできるかなカイト君?詳しく聞かせて欲しい…」
「はい。では俺の経験則からできるだけ皆さんに詳しく説明させていただきます」
綺麗な姿勢で一礼をして、揺るぎない真っ直ぐな眼差しを会議出席者の皆に向け、カイトは昂然と説明を始めた。彼のその様を近くで静かに見ていたルキナは、自然と感嘆の声を漏らす。
「…これやコレ…熟練の高レベル冒険士はこうでなくてはあかん。堂々とした佇まいの中に礼節を重んじる所作…若輩の冒険士達の手本となるような立ち位置の者は…こうでなくてはあかんのや…」
「儂も、いままさにルキナ姐と同じことをカイト君の姿を見て感じたのだよ。彼もまた、天君が認めた誠の冒険士だと言うことだな…」
「…ありがとうございますルキナ様、会長」
「…カイトも光栄だと思いますわ…誰もが認める真の英雄であるお二人にそのような賛辞を頂いて…」
ルキナとシストが、彼に賞賛の言葉を贈ると、まるで自分が褒められたかのような嬉しそうな表情をして、アクリアとマリーが二人にお辞儀をする。説明を始めていたカイトは何も言わないが、それでも頬を僅かに赤らめて少し照れくさそうにしていた。
「まず、マウントバイパー亜種の大きさですが…一般的なマウントバイパーの5倍以上はあるかと感じました…」
「ぷー!5倍以上ってどんだけなのだ!つまり、想像が追いつかないってこと」
「正確に測ったわけではないですが、あくまで俺の目測で全長は20メートル近く…そこだけなら一般的なマウントバイパーの3倍ほどですが、問題は幅…体高が桁違いですね。俺の倍近くはあると思います。口を軽く開けば、人型程度なら簡単に丸呑みにできてしまうぐらいのサイズかと」
「そいつはデケェや…俺もマウントバイパーなら数回やり合ったことがあるがよ?間違っても人を丸呑みできるようなサイズじゃあねえぜぇ…」
「はい…しかも重量にいたっては普通のものの20倍は軽く超すかと」
「ぷっぷ〜、常識的に考えればそうなるのだ。つまり、大きさがそれだけ普通のマウントバイパーと違うってことは、重さに換算したら桁違いってこと」
「…一つ解せないことがあるのだが…」
神妙な顔をしておもむろにフロンスが呟いた。
「なんでしょうかフロンスさん?」
「カイト君、リナ君、何故それほどのAランクモンスター…ひいては歴史的な大発見と言えるようなディザスターのユニークモンスターを討伐したことが、未だに世に知れ渡らずに非公式なのか…今の会長の反応を見るに、その事は会長ですら存じていなかったみたいだが?」
「ぷっぷ〜、フロンスさんに一票なのだ。つまり、僕ちんもそれが聞きたいってこと」
「えっとですね…色々と普通では考えられないことを彼は実行しまして…」
そう言って、カイトは困った表情をして斜め下に視線を泳がせる。そんなカイトを見て、彼の今の心境が痛いほど分かるリナは、苦笑いをしながら説明を彼から引き継ぐことにした。
「…あ〜…カイトさん、後はあたしが説明させて貰うのです…」
「…頼むリナ…」
「お任せなのです。ではカイトさんから説明を引き継ぎあたしが順を追ってその事について説明するのです皆さん」
ペコリとお辞儀をしてまたリナが語り出すと、もうお決まりのようにVIPルームが静寂に包まれた。
「まず始めに、あたし達の冒険士チームが彼と最初に出会ったのが、そのマウントバイパー討伐の仕事からなのです」
「そうでございましたねリナさん…あの日、私は天様と運命の出逢いをはたしました…」
「ソレはあたしもなのですアクさん…っと話しを脱線させてしまったのです」
「…いっておくけど二人とも…天さんと最初に出会ったのは私ですからね?そこをお忘れなく…」
月明りのような優しい光すら感じさせるアクリアの表情から放たれた恋の常套句を聞き、負けじとリナとマリーも彼女に対抗する。もっともリナの場合は若干ニュアンスが違うのだが。それを見ていたカイトがやれやれと首を振り、前を向いたまま…
「二人とも…リナの話の邪魔をしない」
「「……すみませんでした…」」
カイトの言葉に間を置かず、アクリアとマリーはすぐにその場で申し訳なさそうに謝罪をした。
「がははは!まあいいではないかねカイト君!」
そんな決まりの悪そうな二人に視線を送り、シストは高笑いをして口を開く。
「それはそうとリナ君…では君達のチームと天君が力を合わせてそのマウントバイパーを討伐したということかね?」
「それやと単体討伐ちゃうやんシスト坊」
「がははは!違いない!」
すかさず今度は、シストにルキナからの突っ込みが入った。流石は数十年来の仲だけあって流れるようなやり取りだ。
「はい、違うのです会長。あくまでマウントバイパーを討伐したのは天兄さん一人なのです。そして、それが非公式のわけの大半の理由なのです」
「…コク」
そのリナの台詞にカイトも静かに頷く。
「実は…そのマウントバイパー亜種がとある町に出現したにも関わらず、その周辺地域と近隣諸国には緊急警報が鳴ってはいないのです…どうしてだかわかりますか皆さん?」
「…普通ならBランク以上のモンスターが出たら、直ちに民間人の避難と、オレたちみたいな高ランク冒険士や国の軍団、騎士団が出張る必要があるが…」
一人のエルフの男性冒険士が頭をひねって考えていると、フロンスがいち早く答えに辿りついたように呟いた。
「…冒険士協会や国の重要機関がAランクモンスターの出現を確認する前に…その男性が討伐してしまった…そういうことかいリナ君?」
「ご名答なのですフロンスさん!もっと言えば、あたし達がマウントバイパーが出現した町に着く前に、天兄さんは一人で災害級モンスターを討伐していたのです!」
「実際、俺達も彼がマウントバイパーを倒した所は目撃したわけではないです。ただ頭部をなくしたマウントバイパーだったはずのモンスターの死骸は確かに存在しました…あの場で…いや、ランド王国であんな真似をできる者は俺の知る限りでは一人もいません…」
「明々白々…その御仁がマウントバイパーを仕留めた事は、疑うことなき真実だと言えるだろう」
冒険士最強の人型であるレオスナガルも、彼等の言葉に賛同した。
「この場にいるシスト殿やルキナ殿…私も含めてだが、ディザスターモンスターを単体討伐できる者は全世界で限られている…。更に言えば、様々な備えや条件を満たさなくては、私でも確実にそれを実行することは至難」
「やね?レオスちゃん」
「儂もレオスと同じ意見なのだよ。しかも相手は歴史上初めてその姿を見せたマウントバイパーの亜種…十分な準備があっても儂等に単体討伐は難しいだろうな…」
「同意ですシスト殿。私でも初見のAランクモンスター相手では、単体討伐は困難を極めると言わざるを得ない。だが…」
レオスナガルは手元に置いてあった資料を手に取り、カイトとリナに顔を向けて、その深紫色の瞳でしっかりと二人を直視する。そして彼は確信に満ちた声音で言葉を発した。
「この桁外れのステータス…何よりシスト殿の瞳に映し出されたその御仁の脅威判定はSS…これら事実から、マウントバイパー亜種を屠り去ったのはその御仁以外は考えられない」
「き、貴重な意見ありがとうございますレオスナガルさん…」
「す、凄い迫力なのです…さすがは全世界、最強の冒険士なのです…」
レオスナガルのその威風堂々した迫力に、カイトとリナもたじろいでしまう。
「リナ殿…それは違う」
レオスナガルは二人に視線を合わせたまま、手の平を軽く前に出してリナの言葉を突っぱねた。
「確かに私は、全冒険士の中で上位の実力を兼ね備えているかもしれない…が、一般的な闘争での勝敗では、環境やその時の体調、戦況も含め、様々な要素が合わさって、確実に誰にでも勝てるとは限らない」
「時と場合による…と」
リナがレオスナガルの説明に相槌を入れると、彼は頷いてそれに応える。
「その通りだ。この中で私と同じくSランク冒険士のシスト殿…ナダイ殿やシャロンヌ殿、もう冒険士ではないが未だ超一流の実力を備えているルキナ殿」
「レオスちゃんにそんな風に言って貰えるやなんて、うれし〜わ〜」
「それらの人物を相手取り、勝利することなど、私とて至難…そう心得ている」
「…ナガルさんにそんなこと言われちまうと…何だかこそばゆいぜぇ」
「だが悪い気はせん…」
レオスナガルにそう評価されたナダイとシャロンヌが、気恥ずかしそうにして僅かに悦を漏らす。
「『最強』とは読んで字の如く、最も強い者が冠する称号、通り名だ…率直に言わせて貰えるなら、私では役不足だと言わざるを得ない」
「お父様!その様なことは御座いません!」
自虐にも似た言葉を口にする最愛の父親に対して、エメルナは自身の気持ちを我慢することができずに、必死な面貌で訴える。レオスナガルはそんな娘の方に顔を向けて、ゆっくりと丁寧に目線を合わせて柔らかな物腰で話した。
「エメルナ…お前にそう思って貰えるのは父として誇らしくもあり、嬉しくもある。しかし近年、どうやら…どのような相手にも勝利の確約をする人物が冒険士…人型に現れたらしい。無論それは私ではない…」
静かに瞼を閉じて、レオスナガルは話しを続ける。
「リナ殿がこの話を皆に語る時、最初に言っていた言葉…『ここにいる全ての人型の力を合わせても彼には傷一つ付けられない』…未熟な者達はこの言葉の意味、確証も取らずに…その場の感情を優先してこの会議場から去った…が!」
閉じていた瞼を見開き、力ずよく彼は断言する。
「リナ殿、そしてカイト殿の証言を訊かせて貰い。その言葉に嘘偽りはなく、決して大仰ではないことが私はよく分かった…それはつまり…」
「「「「「…………」」」」」
シスト、カイト、アクリアにリナ、それからマリーの花村天の事を直接に知る五人は、揃ってレオスナガルの演述に感化され、感情を昂らせて顔を興奮させる。なかでもシストとリナは抑えきれない激情を堪えるかの如く、全身を奮えさせて次に彼が口にするであろう台詞を心待ちにしていた。
「『冒険士最強』の称号はその御仁…花村天殿にこそ相応しいものだと…私は肝銘を受け、推奨したい」
パチパチパチパチ!
まさしくその通りだといわんばかりに、シスト達五人はレオスナガルの真摯な意見に思わず賞賛の拍手を送っていた。
「がはははは!!!レオスよよくぞ言ってくれた!!儂も彼に出会い、お前と同じことを感じたのだよ!」
「あたしもなのです!!ちなみに『冒険士最強』を決定付ける追加情報があるのです皆さん!それは天兄さんがマウントバイパー亜種と戦った印象なのです!」
興奮を最高潮にさせたリナがそう口にすると、フロンスが恐る恐る彼女へ尋ねた。
「ダンテの時と一緒か…聞くのが怖いが……リナ君、彼は一体何と言っていたんだい?マウントバイパー亜種の戦って…」
「はいなのです!!本人曰く『わりと余裕だった』とのことなのです!!皆さん、コレは試験に出るので頭に叩き込んで下さいなの!!」
言葉遣いがスに戻るほど興奮して、リナが冗談なのか本気なのかわからない言葉を冒険士達に言うと、フロンスはまた疲れたような顔をして…
「…ははは…俺達が全員がかりで、倒すのに4日近くかかったディザスタークラスのモンスターを…一人で…それも余裕とはね…正直、頭が変になりそうだよ。……しかし…」
「おうよ…オレたち総出でも傷一つ付けられねぇんじゃあよ…そんぐらい強くねぇと逆に納得できねぇよなぁフロンス?」
フロンスが神妙な顔で何かを言おうとしたら、隣に座っていたナダイが察したように彼の言葉を引き継ぐ。それに続いてシャロンヌも…
「当然だ。最低それぐらいの戦力でなくては…到底、俺達Sランクを差し置いて冒険士最強とは言えん!」
「……皆さん…その事に付け加えさせて貰うと、彼…花村天がマウントバイパー亜種を倒すのに所用した時間は…1分を切っていたそうです…」
「その通りなのです!!」
言うかどうか迷った様子を僅かに見せた後、カイトが決心を固めたようにさらなる驚愕の事実を皆に告げ、リナが誇らしげにそれに相槌を打つ。当然の如く彼が付け加えたその内容は、その場にいた天と直接会ったことのない者達、全てを戦慄させるには十分過ぎる事柄であった。
「「「なっ!!!」」」
「がはははは!!頼もしいすぎるぞ天君!よもやディザスターモンスターを秒殺とは…それでこそ儂の惚れ込んだ漢なのだよ!!がはははは!」
「…シスト坊、そのセリフをいったいなんべんいうつもりや。…ま、気持ちはわからんでもないんやけどね?ディザスター秒殺とか…ある種の理不尽やわそん男…」
「しかしこれではっきりとした…この緊急会議でシスト殿が我々に伝えたかった事柄の重要性と必要性が」
「「「コク」」」
レオスナガルが口にしたその意見に賛同しないものは、最早この語り場には存在しなかった。数名の冒険士達は、自然と首を縦に振って真剣な面持ちで彼の言葉に耳を傾けている。
「今、リナ殿が我々に話してくれた彼の武勇を聞く限り…あくまで私の見立てではあるが、恐らく我々冒険士はおろか、全世界の人型の中で最強の力を持っている可能性が極めて高い…」
「私もそう感じましたお父様…」
遂にはエメルナですら、敬愛する父よりも花村天なる人型の方が力量が上だと認めた。レオスナガルは、自身の意見に賛同の意を示した実娘に僅かに振り向いて目礼をした後、すぐに前を向き直して…
「その様な人型が、この魔縁の来たる時期に我々冒険士の同胞となってくれたことは…シスト殿の言葉の通り、正に僥倖だと言わざるを得ない」
たった二つ、リナが花村天の武勇伝を伝えただけで、三英雄を含む会議に出席した世界の名だたる実力者達が、この冒険士緊急会議の重要性を理解し、同時に彼の存在に戦慄していた。
「さぁ…では残り二つの彼の武勇伝を話させて頂くのです皆さん!!」
リナが語る花村天の武勇伝は、あと二つ。




