第37話 真実と目的
〜時間は前回より少しさかのぼり。花村天が女神から重要な真実を知らされる事となったあらまし〜
彼、花村天は、今現在、自分がこの世界で成し遂げたい目的、叶えたい望みを自身の頭の中で再確認していた。
…俺が、今この世界で成し遂げたい事、行動するにあたっての明確な目的…それは…。
1.ラムと淳の傷の治療をすること
2.ジュリの母親であり、マリーさんの姉であるエルフの女性の首に、未だ外されずに取り付けられたままの『奴隷の首輪』を外す。もしくは破壊すること
3.カイトとアクの背負っている闇を除去、消去すること
4.シナットの信者の殲滅(向こう側に付いた以上は、親父も含む)
…当面の俺の行動目標はこんな所だ。1はさっきフィナから受けとった『生命の玉』があれば、この空間から解放されてからすぐにでも達成できるだろう。4はこれからの総合目標みたいなものだ。これは、とりあえずは置いておく。そうすると問題は2と3だ…。
この目的を達成するためには情報が今の所、少な過ぎる。わかっている事と言えば両方、邪教絡みという一点だけ。俺がそんなふうに思考を深めていると。それを目の前で見ていたフィナが『うーん』と首を捻った後…
「…ま、これぐらいなら教えても構わんじゃろ…」
っと何かを決めたように一つ頷き、本物の女神のような神々しい風格と、流麗で落ち着いた風貌で静かに口を開いた。
「儂は正真正銘、本物の女神じゃ!!」
そして、何時もの彼女にすぐに戻ってしまった。
「…まったく。せっかく面白い昔話をダーリンに聞かせてやろうと思っとったのに…」
「昔話?」
フィナは俺がそう聞き返すと、怪しく妖艶な笑みを浮かべて、その女神特有の神秘的な雰囲気と眼差しを俺に向けた。そして彼女は小悪魔のように俺に囁く。
「そうじゃ〜…もしかするとダーリンにとって、とてもためになる話かもしれんのじゃぞ?」
「っ!!…フィナ…すまない。話の腰を折るような真似をしてしまって。どうかその昔話しとやらを…俺に是非、聞かせては貰えないだろうか?」
フィナにそう教えられ、俺はある事を察して、すぐに彼女に頭を下げてその昔話を聞かせて欲しいと頼んだ。
…実際には思っていただけで、別に話の邪魔したわけではないと思うが、ここはフィナの機嫌を損ねないようにするのが得策だろう。せっかくの面白い話を聞かせて貰えなくなる…。
「…ふふふふふ…ダーリンはほんに賢い男じゃの〜。ならば、今からほんの少し昔に起きた、ある王族一家の悲劇のお話を致します」
アーーアア♪ア〜アア〜♪アーアアアア〜〜〜アアアーーーア、ア、アーーアアア、アアー♪
フィナが丁寧口調にその昔話を語り始めようとしたその時だった。どこからともなくこの何もないはずの神域に、不思議でいて美しい、高く澄み切った天使のような歌声が聞こえてきた。聖歌を思わせるその美しい演奏に、この空間が包まれる中、女神は俺の頭に直接、語りかけるように、とある王家の昔話を語り出した。
「あるところにとても利発的で聡明な二人のエルフの姉妹と、気弱な優しい一人の王子がいました」
フィナはゆっくりと目を閉じて、両手の指を絡めて握り、祈るような手の形を作る。
「三人はとても仲が良く。いつも一緒に遊んでいました」
「…………」
俺は無言で、語り部に徹しているフィナの邪魔をせぬように、自身の指先ひとつ動かさずにフィナの話しに耳を傾けた。
「二人のエルフの姉妹は物作りが大好きで、その類稀なる創造力と知能の高さで、数々の歴史的発明品を世に送り出しました」
…って事はつまりその二人は…。
「特に、姉妹の姉の方のクリアナは、その歴史的発明品の数々の実績を認められ。史上最年少で神々に英雄として定められました」
…やはり英雄か…クリアナ…確か知識の女神の直属の英雄だったな?それにしても『クリアナ』という名前…まさか…。
俺がある推測に至ると、フィナは俺の心を読んだのか、目を開けて俺に微笑みながらその話しの続きを語り出した。
「やがて姉に続き、妹のリスナの方も神々の直属の英雄に定められました。そして二人の姉妹はある事を決心します」
また瞼を閉じて、フィナは身に纏う光を優しく輝かせる。
「英雄に定められた二人の姉妹は、互いの想い人である、幼い頃から仲の良かった優しい一人の王子に、自分達の秘めた想いを打ち明けて、自分達を貴方の妻にして欲しいと懇願しました」
…ふむ。よくある恋愛譚だな。英雄に定められてってことは、それまでは身分違いで、友達以上にはなれなかったということか?…。
余談だが、俺は『二人同時に』という所には違和感を感じていなかった。その二人の想い人は王子であり、後に一国の王となる人物かもしれない。よって、複数の妻を娶るのはある意味で当たり前のことだと理解していたからだ。
「王子はその姉妹の願いを快く承諾し、すぐに二人を王室に迎え入れました。それもそのはず、王子もその二人の姉妹を心から愛していたのです」
…ここまでは良くある恋愛御伽話だが、フィナは『悲劇』と言っていた。ハッピーエンドには当然ならんだろうな…。
「時が経ち。王子は一国の王となり。姉のクリアナは王の正室に、妹のリスナは王の側室になり。それぞれが最愛の王の子供を身籠りました」
俺はここまでの話の流れから、ある事を予想していた。そして、次のフィナが発した言葉を訊いた瞬間、その推測が確信に変わる。
「ほどなくして、姉のクリアナは青い髪の女の子を、妹のリスナは赤い髪の男の子を、それぞれが無事に出産し、王に二人の子供ができました」
「!」
…やはりそうか…そのクリアナという女性は恐らくはアクの…。
「王は大層、喜びました。それから更に三年の月日が経ち、妹のリスナの第二子となる銀色の髪の女の子が誕生しました」
…全員、髪の色が違うが、何か理由があるのか?…。
「夫一人、妻二人、子三人の家族六人は、幸せな時を過ごしていました…しかし、そんな家族の幸せも長くは続きませんでした」
そんな事に俺が疑問を感じていると、フィナは声音に哀愁の色をにじませ、身に纏う光を弱々しく輝かせ、物語の佳境を語り出した。
「…………」
…俺の求める真実はここからだな…。
俺は全神経を傾けて女神が語る昔話に集中した。
「一番上の女の子が十一の誕生日を迎える頃、ある厄災が世界に起こりました。争いを好む邪な者たちが、世に二匹の邪悪な竜を放ったのです」
「!」
…11年前にAランクのドラゴンが出現したとは聞かされていたが、まさか邪教、自らが呼び寄せていたとは…すると今回のヘルケルベロスの一件も偶発的に起こった事ではなく、奴らが意識的に起こした可能性が高いな…。
「世は、数十年振りとなる災害級の魔物の出現で大混乱となりました。突如現れた邪悪な魔物のせいで、多くの人々が命を落としましたが、世界の英雄たちの活躍により、しばらくしてその魔物は無事に倒されました」
…奴らの企みは一応は阻止されたということか…。
そんな俺の予想を否定するかのように、フィナは俺の頭の中に悲しい声で語りかけてきた。
「ですが…この時、既に、邪な者たちの目的は達成されてしまっていたのです」
「!!」
「彼らは、英雄たちが魔物の相手をしている間に、その混乱に乗じて着々と目的を遂行していたのです」
…そういうことか…2匹のドラゴンは陽動ってわけだ。そういえばマリーさんが採掘場でそんなような事を言っていたな…。
「彼らの目的…それは…魔力の優れた種族の血を引く者たちと英知に富んだ者たちを、己の大願成就のために奴隷にすることでした」
…色々と繋がった。つまりドラゴンを放ち、各国の戦力がそちらに集中している間にエルフの奴隷狩りを行ったと。その奴隷狩りで捕まってしまったのがジュリの母親と…おそらくはアクの…。
「その中でも、邪な者たちが喉から手が出るほどに欲したのは、とある国の王妃であり、世界でも有数の発明家でもある、才知の英雄の姉妹でした」
「………」
フィナのその言葉を訊き、俺はもうアクリアとカイトの抱える問題の大半が推測できてしまった。事の真相を突きつけられた途端、俺の胸の中でどす黒い感情とさらなる強い決意が芽生える『連中は俺が必ず滅ぼしてやる』と。
「邪な者たちは、次々と標的を攫って行きました。そして遂に、用意周到だった彼らは自分たちが一番、手に入れたかった英雄姉妹の元にも、容易に辿り着いてしまったのです」
…『容易に』か…内部に協力者がいる可能性があるな。いくら国の戦力がドラゴンの方に集まっていたとしても、仮にも一国の城だ。楽に侵入、ましてや王や王妃の元まで無傷で辿りつくなどよほどの手練れでないとまず無理だろう。何よりフィナは今『用意周到』とも言っていた…内部協力者がいるとみて間違いないかもしれん…。
「ですが、姉妹も大人しくは捕まりませんでした。生粋の戦士ではなくとも、二人は神の直属の英雄。邪な者たち相手に、一歩も引かずに戦いました。しかし…」
フィナは身に纏う光を消して、物語のクライマックスを語る。
「普通の人間である夫や、幼い子供達を護りながらでは二人も分が悪く。次第に邪な者たちに押されて行きました」
…情けない男だ…愛する妻二人が必死で戦っているのに、自分は護られているだけとは。まあ一国の王なら仕方のないことと言ってしまえばそれまでだが…。
「このままでは自分達はともかく、最愛の夫や子供達の命が危ない。そう思った英雄姉妹の姉の方が、彼らにある提案をしました」
「…………」
ギュッと自身の拳を握りしめて、先の分かり切ったその物語の結末に、俺は歯がゆさを噛み締めていた。
『私が大人しくあなた方の奴隷になります。ですから妹と子供達、そして最愛の夫である彼のことは見逃してください…』
「彼女は、そう言って彼らに哀願しました。邪な者たちは少しの間、考えました。彼らの目的はあくまで姉妹を二人とも奴隷にすることだったからです」
『どちらかといえば姉の方が優秀だ。手に入れたい優先度は姉の方が高いことは高いが…』
「彼らの内の一人がそう呟きました。自分が出した提案を受けて、迷っている邪な者たちを見た彼女は、更に彼らに言いました」
『もし、私の提案を呑んで貰えなかったその時は、私は妹を、妹は私の首を刎ねて、同時にこの場で命を絶ちます』
「姉のこの言葉には、流石の彼らも焦りました。彼らの今回の一番の目的は、稀有な発明家である姉妹の強奪。もし本当にそんな事をされてしまったら、折角の計画が全て水の泡になる」
『…わかった、お前一人でこの場は満足するとしよう』
「邪な者たちのリーダー格の男が口を開きました。姉妹の姉はその言葉を聞き、しばしの沈黙の後、彼女は無抵抗で彼らに捕まりました」
『あなた、リスナ…子供達をお願いします』
「彼女は別れ際にそう言い残して、邪な者たちと闇の中に消えて行きました」
…勇敢な女性だ…自身を犠牲にして、愛する夫と妹と子供を護ったんだな。まさに英雄だ…。
物語の顛末を聞いた俺は、心の中で王妃の覚悟とその気高い意志に感嘆していた。するとフィナがそんな俺の考えを遮るかのように、さらなる悲劇を語り出した。
「ただ、コレだけでは悲劇は終わりませんでした」
「!」
…まだ悲劇は終わってないのか!?…。
「後日、王と姉妹の妹は、すぐに国を挙げて、二人の妻であり姉であるクリアナの奪還に乗り出しました」
…当然の事だな…さて、それがどう悲劇に繋がるのか…。
「他の国でも、数々の貴族や国の要人が攫われていたので、その国々と協力して、英雄姉妹の国でも様々な手を使い、王妃を取り戻そうと必死に頑張りました」
…そうか。ジュリとマリーさんの親族の女性は、その時に取り戻せたんだな…。
「しかし英雄姉妹の国は、王妃の捜索をすぐさまやめてしまったのです」
……は?…。
「王の側近の一人が言いました」
『王よ、これ以上の捜索は時と財の無駄かと存じます。それに、こう言っては非常に心苦しいのですが…』
「側近が、意を決したように王に進言しました」
『彼奴等の手に落ちたということは、既に王妃の首には奴隷の首輪がつけられてると存じます。ですから、例え王妃を無事、取り戻せたとしても、もう王室に戻すことは叶いませぬ』
…だから?…。
俺はその側近の理不尽な考えを聞いて、激しい憤りの炎が頭に燃えたぎってきた。
「さらにその側近は王に提案しました」
『王よ、これを機にクリアナ妃の娘である、あの呪われし姫君も王室から追放されては…今回の件も、あの姫君の呪ろいのせいかもしれませぬぞ』
「……そりゃねえだろ…」
…そいつは…つまりはアクを…。
フィナの語る昔話に、最初から今まで黙って耳を傾けていた俺だったが、このフィナの話した真実だけは我慢ができなかった。体の芯から怒りがこみ上げてくるのを止めることができなかった。
ビリ!ビリビリ…ビリビリ…
俺の放った怒気が何もないはずの辺りの空間を震わせる。フィナもそんな俺のプレッシャーを感じながら苦笑を漏らす。
「…ダーリンが儂に思っておったことをそのまま返すが…おぬしの方こそ、本当に人間なのかの?」
フィナは俺の事をまじまじと眺めながら、いつもの調子に戻り、感嘆したような目を俺に向ける。気づくと、今の今まで流れていた天使のような演奏も、いつの間にか止んでいた。
「…すまんなフィナ。話の腰を折ってしまって…それでその昔話の続きは…」
「ダーリンの思っておると〜りじゃよ。その王は結局、今、儂が話した側近や、複数の重鎮、貴族たちに押しきられての。妻の捜索を打ち切り、第一王女である姫を王族から追放した」
…正気か…その馬鹿は…。
「……自分の妻が身を犠牲にしてまで『子供達のことをお願いします』と頼んだのにか?…」
ビリビリビリ…
俺は自身の怒気をさらに強めて、フィナに低い声音で言葉を投げる。
「…フィナは、最初にその男のことを『優しい』とか表現していたな…」
「うむ。確かに儂はその者を『気弱で優しい』とダーリンに話して聞かせたが…それがどうしたんじゃ?」
「…その言葉をすぐに訂正しろ。自分の立場がどうであれ、最愛の妻と娘を見捨てる奴の何処が優しいんだ?そいつを正しく言葉で表現するなら『気弱で情けないダメ男』だ」
「ま、そう言われてみればそうかもしれんな」
「そうかもしれんではなく、間違いなくそうだ…」
俺は怒りの感情が抑えきれずに、フィナに不満をぶつけた。その事に対して、文句を言わないと収まらないほどに、今の俺は頭に血が上っていた。
「ダーリン!儂に怒りをぶつけるでない!八つ当たりされても困るのじゃ!」
俺にそう言うと、フィナは頬を膨らませて不貞腐れたようにソッポを向く。明らかに不機嫌そうな顔のフィナを見て、俺はハッと我に返り…
「…すまないフィナ。言う通り今のは俺の八つ当たりに近いな…申し訳ありませんでした」
「うむ!わかればよいのじゃ!それにしてもじゃ…」
「なんだ?」
「いやな?ダーリンにしては珍しいと思ったのじゃよ。自分の思想を相手に押しつけるような台詞を口にするなど、おぬしは滅多にせんじゃろ?」
「……うっ。…は、話を戻すが、姫は追放された後にどうなったんだ?」
「ふ〜ん…ふふ〜ん」
俺が少し頬を赤らめて先ほどの怒りを誤魔化すような仕草をすると、フィナは意味ありげに片頬笑んで俺に何かを言いたそうな顔をしていたが、小さな含み笑いをした後、彼女は俺のその質問に飄々と答えてくれた。
「ふふふ。ま、これ以上は触れんでおいてやるかの?……元々、その英雄姉妹には一人、兄がおっての?その兄夫婦が彼女を引き取ったんじゃよ」
「……そうか…」
「ちなみにじゃがの?ダーリンはその姉妹の兄には会ったことは当然ないのじゃが…その兄の息子とは面識があるんじゃぞ?」
「!…成る程…彼のことか」
フィナにそう言われて、俺はある人物がすぐに頭に浮かんだ。
…きっと『カイト』のことだろう。するとカイトの親父さんがアクを引き取ったのか…。
「ほんにダーリンは察しがよいの〜」
「もともと彼は彼女の従兄妹と最初から言っていたからな。察しの良し悪しは関係ない。それよりもう一つ気になったことがあるんだが…」
「なんじゃ?わかっていると思うが、シナット側の情報はあまり教えられんぞ?」
…そんな事はわかっている。ようは、その行為は神々が定めたルールに反するって事だろ…。
「うむ!ダーリンは見識が高くて助かるのじゃ!!」
フィナは身に纏う光を強めて満面の笑みで、そう言った。俺は無駄に光り輝く女神をまぶしそうに見ながら、フィナにある疑問を投げかけた。
「…まあ、俺の気になった事がそのルールに引っかかっていたら教えて貰えんだろうが、とりあえず聞いておきたい…どうして彼女が呪われた姫君なんだ?」
「あ〜。その事なら教えても大丈夫なのじゃ」
「本当か!」
…母親の事ほどじゃないにしろ、その事はアクの抱える悩みの一つと見て間違いないだろう。何か解決する糸口があれば今の内に知っておいて損はない…。
教えても問題ないという女神の回答に、俺は喜びを隠さずに声を上げる。しかし、何故かフィナは俺のそんな様子を見るやいなや、少し困った顔をして頬をぽりぽりとかきながら…
「…別に大した事ではないんじゃがな…一言で言ってしまえば『勘違い』じゃよ」
「へ?勘違い?」
その問いに対するフィナの返答を聞いて、俺は間の抜けた声を出してフィナの言葉を反芻した。
「そうじゃ。単なる勘違いじゃ」
…勘違いってどういうことだ?いや、そのままの意味だろうが、どうしてそうなったんだ?…。
「ま、青は希少なんじゃよ」
「アクの髪の色か?」
「というよりは体毛じゃな。…よし!今から儂が『古代英雄種』についての理をダーリンに話して進ぜるのじゃ!」
それから、フィナは得意げに色々な理を俺に教えてくれた。その中の一つが『神PT現金交換』だ。その事を説明しながら彼女は…
「試しに、何PTか現金と交換してみてはどうじゃダーリン?」
っと言われて、不用意に現金と神PTを交換してしまったのが先程までのあらましだ。
【古代英雄種】
人種が特定の条件を満たして進化した種。能力値や素質はヒューマンに比べて遥かに優れており、さらに王族魔技と呼ばれる『雷 氷 光 闇』の四種の魔技を扱う事が可能になる。エンシェントに進化する方法は二つ、一つは三柱神が定めている条件をクリアして英雄認定を授かり、直属の主となった三柱の中の一神が経営する『直属神ショップ』で神から与えられた神PTを使用して、クラスチェンジを購入する。もう一つは、英雄認定をされた人物の親類となり神とのパイプを持つこと。この場合は英雄認定をされた人物の血族ではなくても問題はなく、例えば、英雄と縁組をした場合、片方の英雄ではない人種の親類全てが神との繋がりを持てる。ただし、三柱神と直接的に対話ができるわけではなく『類似神ショップ』の使用が許されるだけにすぎない。この神ショップで購入できる恩恵は『土地、寿命、クラスチェンジ』の三つだけであり、通貨を神PTと交換して購入する。神PTは1PT、1億で取り引きされており、クラスチェンジをするには100神PTが必要なので、一人の人型を進化させるには、実に100億円という膨大な資金が必要となるのだ。
「ま、その知識はこの世界の機密事項みたいなもんじゃから、例え自分が英雄認定された者の遠い親類であっても、本人はまるで知らんというのが一般的じゃ」
「そうなのか?」
「うむ。各国の一部の者達がその知識を漏らさんようにしておるんじゃよ。ま、漏れたところで儂らには関係ないんじゃがな?平たく言えば王族と位の高い貴族だけが神ショップを独占しておる感じじゃ」
「まあ、よくあるような話だな」
「じゃな。よくある話なのじゃ。しかしの〜、そのせいで近年は、地位だけは高い、肥えた豚や無能な猿ばかり進化してしまっての?はっきり言って金の無駄使いなのじゃ」
「…気持ちはわかるが、とても女神のセリフとは思えんな」
「愚痴りたくもなるのじゃ。毎回、毎回、クラスチェンジをする者が劣等種のお手本みたいな人種ばかりなのじゃぞ?」
「そいつは仕方のない事だ。100億なんて大金を用意できる奴は、恐らくこの裕福な世界でも、ごく一部の限られた人型だけだろう。その限られた一部に、優良を求めるのは無理がある」
「ダーリンはドライじゃの〜」
フィナは俺に同意を取れなかった事が気に入らなかったのか、顔を少し顰めさせてぼやく。
「悪いなフィナ。俺は昔からリアリストの合理主義なんでね。あんたらが決めたそのルールにたいするその結果は、俺から言わせて貰えばある意味、必然だ。その事については『当たり前のことだ』としかコメントできない」
「ふ〜ん…合理主義ね〜、その割りには…」
フィナは俺のその言葉を聞いて、身に纏う光を怪しく輝かせ。急に面白がるようにニヤニヤと悪戯な笑みを浮かべる。
「ダーリンは随分と仲間想いじゃと思うがの〜?さっきの儂の昔話を聞いていた時も、かなり情に流されておった気がするがの?」
「…うっ」
…さっきは失言だったな…。
フィナのそのニヤニヤした視線に耐えかねた俺は、とりあえず頭を切り替えて、先ほど同様、無理矢理に話題を戻す事にした。
「フィナ…俺はこの世界では、どの国も財政がかなり潤っていると認識していたんだが、さっきフィナが言っていた事と照らし合わせると…」
フィナは、俺が話を無理矢理、元に戻したのを一瞬キョトンとした顔で受け止めた後。すぐにいやらしい笑みを浮かべて、ほくそ笑み『ま、このぐらいで許してやるか』と言わんばかりの顔をして、俺とまた対話を始める。
「うむ。儂等が管理しとる世界の、半数以上の国は財政がカツカツじゃぞ。エクスやランド、ラビットロードなどは別じゃがな…大半の国が、王族の寿命やら領土やら英雄種を増やすために、資金集めに必死になっておるからの〜。ここ最近は、マトの奴も新しく紙幣を創る必要もないほどに、儂等の側に金が有り余っておるのじゃ」
…まあ、一人100億とかで進化させてりゃ、自然とそうなるわな…。
「…じゃな。じゃがな〜、進化するほとんどの者が、儂等の管理する世界になんの貢献もせん役立たずばかりでの〜?ほんに嫌になるのじゃ」
フィナは、また同じような愚痴を零し、身に纏う光を弱々しくさせて深いため息をついた。
「ま、『常夜の女帝』や『魔技英展』のような例外もおるがの?ほとんどが役に立たん無能者じゃ」
「…気になったんだが、神PTでクラスチェンジを購入する方法以外では古代英雄種にはなれないのか?」
「うんにゃ。純血でなくてもよいのであれば、PT以外にも方法はあるのじゃ。ルキナなんぞはこの方法で、ばんばん古代英雄種を量産しておるのじゃ」
「純血じゃない…ハーフ…英雄の子供って事か?」
「そういうことじゃ!この場合は進化ではなく最初からエンシェントなんじゃよ」
…ってことは、アクも混血の古代英雄種ってことになるのか…。
「そうじゃ。古代英雄種にも種類があっての。人種が『人間 亜人 エルフ』の三種に分かれておるように、古代英雄種も『真理英雄種 英雄種 古代種』に分かれておる」
【真理英雄種】
三柱神の直属に選ばれた真の英雄にのみ、使用が許可されている『直属神ショップ』でしか交換ができない恩恵で進化した人種。瞳の色は統一されてはいないが、体毛は銀系色に統一されている。
【英雄種】
三柱神の直属の、真の英雄の親類が使用を許可されている『類似神ショップ』で交換ができる恩恵で進化した人種。純血同様、王族魔技を覚える事が可能だが、オリジナルほど身体能力や才能に恵まれてはいない。瞳の色は統一されていないが、体毛は紫系の色で統一されている。
【古代種】
三柱神の直属の英雄の血を引く子供。ただし、英雄の次世代の子供のみ。純血同様の身体能力と才能に恵まれてはいるが、王族魔技を覚えられるかどうかは半々の確率で、その判定は生まれた時の体毛でわかる。純血と同じ銀系なら習得が可能だが、赤、青の体毛の場合は、基本系統の魔技しか習得できない。確率は銀系色が5割、赤が4割以上、青が1割以下となっており、極めて青は希少なのだ。瞳は体毛に関係なく赤か青になる。現在、英雄ルキナには、男女合わせて九人の子供がいるのだが、その中にも青の体毛の古代種は一人もおらず。今この世界に500万以上の人型が存在するが、その中で青い体毛の人型は、アクリアを含めて三人しか存在しない。
…くだらん…ようはアナクロな連中が、希少過ぎて珍しいからと気味悪がり、何の根拠もなしに、ありもしない呪いをどうたらこうたらと、寝言を言ってるって事だろ?馬鹿馬鹿しい…。
「うむ。儂もダーリンと同じ意見なのじゃ。ま、人種は自分たちと異なる者を迫害対象にしたがるのは昔からじゃから、必然と言えば必然じゃろうな」
フィナは、さっき俺から同意が取れなかった事を根に持っていたのか、してやったりといった表情をして、俺が言っていた言葉を、そのまま俺に向けて意趣返しのように使ってきた。俺にしたり顔を向ける女神に一瞬呆れた後、俺はある疑問が頭に浮かんだ。
…本当に『必然』か?…。
くだらない会話をフィナとしていたおかげで、あのフィナの昔話で感じていた憤りがいつの間にか薄れ、頭が妙にクリアになっていた。
…いかんな…怒りに流されてしまっていた。本来、俺がせねばならん事を見失ってどうする…。
そう反省してから、すぐに俺は本来の自分の役目に戻る。
「…できる限り情報収集をしなければ…」
理不尽な真実を聞かされ、激情に流されて怒りを他にぶつけることは誰にでもできる事。自分が今しなくてはならないことはその先にあるのだ。俺はそう思い。女神が語ってくれた昔話をもう一度、思い出しながら自身の思考を最大限まで働かせた。
…まずおかしいなことは、何故、彼女の母親とその妹は、青い体毛の真実を皆に伝えなかったんだ?いや、もしかしたら…。
「うむ。伝えたくとも伝えられなかったんじゃよ。二人やルキナ、シストなどは無論、その事を承知しておるのじゃがな?真理英雄や英雄と違い、古代種には色々と伝承に制限がかかっておるからの」
「やはりか…」
…まあ、そんな事が世に知れ渡ったら、下手をすると種付け馬みたいにされちまうかもしれんからな?それに、簡単にエンシェントを量産されたら神も気分は良くないだろうしな…。
「そうなんじゃよ…」
そう言ってフィナは困ったように深い息を吐く。
「ルキナは、本人が望み、進んでソレをしておるから多少は目をつぶるが、儂等の恩恵もなしに、ばんばん古代英雄種を作られては正直言って困るのじゃ!中でも銀の古代種は、真理とほとんど差がない性能をもっておるしの?」
「理解した。それはそうとして、赤い体毛はどうして何も言われないんだ?」
「赤は多いんじゃよ。しかも王族や皇族にじゃ。じゃから赤と紫と銀は世間では英雄色とまで言われ、讃えられておるのじゃ」
…納得した。だがそれでも何か引っかかるな…。
「今までの歴史で、青い体毛の人型で有名な者は現れなかったのか?」
「無論いたのじゃ。それに青自体が希少じゃからの?生まれた瞬間に有名人といえば有名人じゃよ?その中でも一番この世界で有名な青い体毛の人型は、ルキナの一番目の娘じゃな?」
人差し指を立ててフィナはそう答えた。だが、そんなフィナの回答に対して、俺の中で一つの疑問が生まれた。
…ん?さっきフィナは、ルキナという女王の子供の中には、青い体毛の人型は一人もいないとか言っていたと思うが…。
「今、生きておる中には一人もおらんのじゃよ。あやつはこれまでに十一人の子供を産んでおる。その中で長女と長男…それに最初の旦那は既にこの世にはおらんのじゃ」
「………」
…200年以上生きていれば当然と言えば当然か。長生きも良し悪しと言ったところだな…。
「ま、それはそうなんじゃがの。ダーリンは勘違いしておるみたいじゃからとりあえず教えておくがの?ルキナの家族は、全員、寿命では死んではおらんぞ」
「そうなのか?…まあそれは今は置いておくとして」
興味なさげに俺はそう返事をした。フィナは俺にそんな素っ気ない態度を取られて少し意外そうな顔をして…
「なんじゃ?気にならんのか?」
「興味はあるが…今はいい」
…そうだ。俺には他に聞きたい事が山ほどある…。
「そのルキナの長女について、何か悪い伝承でもあったのか?」
「なんじゃ。やっぱり気になるのではないか」
「旦那と長男の話は置いておくと言ったんだ。で、何か呪いに関係するような逸話があったのか?」
「うんにゃ。ルキナの長女は聖女で有名じゃったからの?間違っても人型の歴史の中で、呪われているなどという悪評としては伝わってはおらんじゃろ〜な?そういえばランドぐらいかもしれぬな?青い体毛が呪われてるとか、のたまわっているのは」
「やはりな」
フィナのその説明を聞いて、俺は予想通りだと頷いた。
…読み通りだ。普通に考えればアクは英雄王妃の娘であり、あの容姿と性格だ。昔の彼女の事を知らんから断言はできんが、何の根拠もなしに、一方的に呪われていると虐げられるのはかなり無理がある…。
「…っとすれば」
…誰かが情報を操作した可能性が高い。元々、悪い噂なんてものは最初に広めた奴が必ずいる。だとすると一体誰が…。
「…一番怪しいのは、あいつだな…」
実を言うと、俺はフィナから聞かせて貰った昔話に出てきたある人物の事がさっきから気になっていた。そしてその人物の事を検証するべく、さらに幾つかの質問に答えて欲しいと女神に頼んだ。
「我が主様、これから貴女様に、さらに幾つかの質問をさせて頂きたいのですがよろしいでしょうか?」
わざと丁寧な口調を使い。女神と対話をする雰囲気を醸し出しながら、彼女に質問をすることにした。別に取り繕ったわけではない。彼女はこういう建前や言葉遊びが大好きだと、今までの対話から検証済みだったからだ。
「ふ・ふ・ふ…良いぞ我が従僕よ!儂が授けられる知識であれば、どんなことでもおぬしに教えて進ぜよう!!」
フィナは、そんな俺からの小芝居を受けて、すぐに表情をニヤケさせ、その空気に乗っかってきた。
…これでいい。相手から何か情報を得る時は、相手が気分良く話せるように仕向けるのが大切だからな…。
「腹黒いの〜ダーリンは」
…狡猾と言って欲しいですな…。
「ま、儂もこういう対話は大好きじゃからの?なんでも儂に問うてみよ!我が従僕!」
「ありがとうございます我が主様。では最初の質問です。昔話に登場した英雄姉妹はどのような発明品を世に送り出したのですか?」
…これは知っておいて損はない事だ。邪教側は何故、それほどまでに、その二人に固執したかの理由が分かるかもしれんからな…。
「おお!それなら教えられるのじゃ!ま、色々あるんじゃがの?一番代表的な物は『ドバイザー』じゃな」
「!」
…そういうことか…奴らの目的は恐らく自分達でも扱える『邪教専用のドバイザー』の開発だ…。
この世界に存在するドバイザーは、全て三柱神の力により管理されているため、三柱神の信者専用にカスタマイズされている。前に山で、淳達に邪教やそれらに与する者達は『お金が使えなくなる』と聞かされた事を思い出した俺は、女神にその事に関しての答え合わせを求めた。すると彼女は…
「通貨というよりは儂等が管理する物全てが使えなくなるんじゃよ。例えばじゃが、その中の一つに『ドバイザー』も入っておるのじゃ」
っとフィナから真実を教えられていたため、俺は真っ先に、奴らが王妃姉妹を攫った目的にピンときたのだ。
「そうでしたか…教えてくださりありがとうございます我が主様」
「うむ!他に聞きたいことはないのか?」
フィナはウズウズした様子で俺にそう聞いてきた。そんな女神に一礼して、俺は彼女に続いて質問する。
「ではまた質問させて頂きます。主様が語られたあの昔話で、英雄姉妹の姉が言っていたことなのですが『私は妹を、妹は私の首を刎ねて』とは…」
…別にあまり変でもないんだが、それについて少し気になったことがある…。
「むむ。そこを突っ込むとは、おぬし…中々の通じゃな?」
フィナは顎に手を当てて神妙な顔を作る。
「もしや自身では自害できない特別な誓約があるということでしょうか?」
俺がそう疑問を投げると、フィナはニヒルに笑み。 人型の性質の一つを俺に聞かせてくれた。
「ご明察じゃ!儂等が管理しておる、俗に言う『人型』は皆、自分自身で自ら命を絶つ行動を制限されておるんじゃよ。死を望む事はできるのじゃが、自分でそれを行う行為ができんのじゃ。じゃから他の者に頼まんと自分自身では死ぬことも叶わん」
…予想的中だ。あの時、事柄を聞いていて、自分で自害した方が確実じゃないかとも俺は思った。まあそれは考え方次第だが、やはり自害にも制限がかかっていたんだな…。
俺はフィナからその自害の制限の事を教えられた。奴隷となり、死を望んでも自ら舌を噛むこともできないのかとも思ったが、逆にそれならまだアクリアの母親が生存している可能性が極めて高いということをプラスに考えようと頭を切り替えた。
…元々、奴らの目的が俺の予想通りなら、アクの母親を虐待で殺すことは考えにくい。他に王妃の死因で一番、確率が高いのは『自殺』だ。だから、今はその可能性がゼロになった事を前向きに考えよう…。
「ダーリン!…ではなかった…従僕よ!他に儂に尋ねておきたいことはないのか!?」
「勿論ございますよ主様…。次にわたくしめが知りたい事は、ランド王国の財政…国庫でございます。単刀直入にお伺いします。ランドはかなり『裕福』でしょうか?」
「うむ間違いなく裕福じゃ!付け加えるならこの世界で一番の金持ち国じゃな?理由はおぬしの思っておる通りじゃと思うぞ?」
…英雄姉妹のおかげってことね。確かドバイザー開発時に発生した、神から与えられた報奨金はとんでもない額だったと聞いた覚えがある。しかもその莫大な利益すら恐らく氷山の一角だ。察するに、彼女達が開発した数々の発明品が産む富は、さらにその何倍、何十倍にもなるだろう。なら『あいつ』が言った、あのセリフや提案は矛盾している…。
「ふむ。おぬしが言っておるのは誰のことかの?儂に早く教えるのじゃ!」
…いや、まだ思ってるだけで口に出して言ってないし。何より俺の心読めるんなら、俺が怪しいと推測した『人物』はもう口で言わなくてもわかっているでしょ貴女は?…。
「ダーリンの口から聞きたいのじゃ!」
「…前のノリに戻ってるぞ」
…まあいいか…。
「俺が怪しいと思った人物は、王に英雄姉妹の姉の捜索を打ち切るよう、最初に進言した『王の側近』ですよ。こいつの言っていた言葉にはかなりおかしなところがありましたからね」
「ほほ〜。それはどの辺りなのじゃ?我が従僕よ!」
「捜索をすぐに打ち切ると提案をしたところも相当に怪しいですが…」
…てか穴だらけだ。よくよく考えてみると随分とお粗末なやり口だな?国の英雄であり、王の正室である人物の捜索を早々に打ち切るなど普通ならあり得ん。たしかジュリの話では、帝国は彼女の母親をすぐに奴らから取り返すことに成功したらしいからな?そんな中、自国の英雄をあっさり見捨てるような事をしたら国のイメージダウンは計り知れんだろうに…そんな事を進言したら、俺でなくとも少しでも知恵の回る者が聞けば、一発で怪しまれるのは必定だ。まあ、その側近も大概だが、俺から言わせれば、一番無能なのはそんな愚見に踊らされた王だ…。
「厳しいの〜、ダーリンは」
「事実を言った…いえ、思っただけです」
…実際に俺は口には出していない…。
「ま、あの王は無能なのは事実じゃがの」
…さっきも言ったが。女神がそんな事を言っていいのかよ…。
「問題ないのじゃ!ここには儂とおぬししかおらんからな?さ、そのような事は気にせずに早くダーリンの推理の続きを聞かせるのじゃ!」
…まあいいけど…。
「『時と財の無駄』これが一番、おかしいですね。言ってみれば王妃は、これからも自国に巨万の富を産むであろう金のなる木だ。主様が話した昔話の内容が確かならば、彼女を攫った者たちも『どちらかといえば姉の方が優秀』とも言っていました。これはつまりは姉の方が、優秀な発明家であり、技術者であるということだと取れます」
「よく聞いておるの〜。うむ。儂は確かにおぬしへそのように話して聞かせたのじゃ。ま、実際に奴らは、一言一句違わずに同じセリフを吐いておったしの」
…こういう所は、流石は神だ。話にまるで尾ひれがついていない。情報は、正確であればあるほど有難いからな…。
「でしたらやはり変ですね。その王の側近が言っていた『財の無駄』という意見は。本当に国の財政を気にするんだったら王妃の奪取は必須だ。それを金の無駄だからすぐに止めようなどと…」
「うむうむ!ダーリンのその読みはもっともなものじゃの!」
…どうでもいいが、どっちかにキャラ絞ってくんない?…。
「細かい事は気にするでない!」
フィナは身に纏う光をこれでもかと言わんばかりに輝せ、楽しそうな笑顔を見せて俺の心の声を一蹴した。
「…かしこまりました」
何も口には出していなかったのだが、ついフィナのその勢いに負けて、俺は了承の返事をした。
…それにしても本当に楽しそうだな…。
「楽しいに決まっておるのじゃ!ダーリンを神域に招いた時から何度も言っておるが、こんなに楽しい対話は、いつぶりか分からんのじゃ!」
フィナはそう言って、両手をブンブンと上下に振りながら、身体全体で興奮をアピールした。
「さあ、他に聞きたいことがあれば早く言うてみるのじゃ!」
「…承知しました。では主様にお聞きします。その王の側近は、英雄姉妹の妹の方には、どのようにして、姉の捜索打ち切りと娘の王族追放の同意を取ったのでしょうか?」
…これもかなり気になる事だ。ダメ王はともかくとして、英雄姉妹の妹の方は、そんな馬鹿げた提案をされたら、恐らく猛反発するだろう…。
その事について俺が質問すると、フィナはまるで冷や水を浴びせられたかのように、明らかに気分を下げた面持ちで、俺のその質問を跳ね除けた。
「あ〜……それは答えられんのじゃ」
「!」
…ん?答えられないのか?別にそんなに重要な話しでもないような気がするが…ん?まてよ……
フィナから『答えらない』という返答をされて、俺はその側近にたいしてある結論に達した。そしてその結論を裏付けるために、フィナにまたある種の事柄を問う。
「では、違う質問をさせて頂きます。その側近の意見を支持した、国の重鎮や貴族は、その側近の人物に好意的な者達でしょうか?」
「ん〜〜…それも答えられんのじゃ」
…間違いない…やはり側近は黒だ…。
俺はその結論に達し。今度は違う角度から、フィナに自身の推理の答えを得るための問答をすることにした。
…おそらくこう聞けばフィナは俺の質問に答られるだろう…。
「では、これならどうでしょう…王はその側近のことをどの程度、信頼しているのでしょうか?」
「おお!それなら答えられるのじゃ」
…もうほぼ決まりだ。フィナは王の心境なら答えられる。が、その側近に関しての情報は教えられない…これはつまりはその側近が人型側ではないということを意味する…。
「ふふふふ…。ではおぬしのその質問に答えて進ぜよう!」
フィナは意味深な笑いをして、俺の問いに答える。
「王、曰く『余が一番、信頼のおける腹心はお前しかおらぬ』じゃ」
…あ〜見事に毒されているなその馬鹿、そこまで信頼されているのであれば、王を言葉巧みに操ることも容易だ…っとなると…。
「…傀儡か…」
…気弱で押しに弱い一国の王となれば、その使い道が一番しっくりくる。加えてランドは世界一の金持ち国、奴らの資金源としても重宝するはずだ…。
「…まったく、あのような昔話ひとつで、どうしておぬしはそんなところまで辿り着くんじゃよ…」
いつの間にかフィナは、感心を通り越して呆れた様子で俺のことを見ていた。俺はニヤリと底意地の悪い笑みを浮かべ、そんな様子の女神に向けてふてぶてしく言葉を発した。
「主様もご承知の通り、俺は生来より妄想癖が強いがゆえ、いち中二病者の妄言と受け取ってくださいませ」
「お〜、そうじゃったそうじゃった。おぬしはそういう人間じゃったな?儂もそのように備考に表示したしの!」
フィナはそう言ってウンウンと数回ほど頷き、思い出したように納得する。それから一呼吸ほど間を置いて、俺は、これが最後となるであろうある質問をした。
「……では、主様に最後の質問をさせていただきます。その側近はヘルケルベロスが現れた前後数日の間に、何処で何をしていたか…『答えられる』か『答えられない』かでお答えください」
「……ふ…ふふふ…あ〜〜ははははははは!!」
俺のその質問を受けて、フィナは目をぱちくりさせてキョトンとした後、感心したように俺を見て、心底面白そうに高笑いをした。
「なるほどの〜。そうかその手があったの〜。ふふふふ…しっかし、おぬしはほんに頭が回るのじゃ!確かにそれなら、儂等のルールには引っかからんから、儂も答えることができるのじゃ!」
「お褒めに預かり光栄でございます我が主様」
「うむ!!それではおぬしのその質問に答えて進ぜよう…ズバリ『答えられん』のじゃ!」
…ビンゴ。側近は間違いなくシナット側の内通者だ。だとすれば王を使ってアクを追放したのも、邪魔な英雄家族の内部分裂を狙っての可能性が高い。側近に言われるがままにクリアナやアクを見捨てれば、他の家族の王に対する不信感は相当なものになるはず…。
俺が頭の中で色々な可能性を模索していると、急にフィナがあさっての方向を向いて…
「あ〜〜、ダーリンのその推測が正しいかどうかは答えられぬが、そういえばリスナの長男の赤髪の王子も、父親の事を毛嫌いしておったのじゃ」
独り言を喋るように俺の推理の裏付けをしてくれた。そんな女神に俺は深々と頭を下げて感謝の意を示しす。
「大変面白いお話と、様々な素晴らしい知識を授けてくださり本当にありがとうございました。心より感謝いたします我が主様」
俺がそんな風に礼を言うと、フィナは満足そうな顔をして嬉しそうに俺に言葉を返した。
「礼はいらんのじゃ!儂も久々に大層、楽しい時を過ごしたからの!!それともうその小芝居は止めい」
「…了解だフィナ」
…さて…やりたい事が山ほどできたな…早くここから出たい…。
ズズン
重厚な闘気が身体から滲み出してくる。俺は自分の体の奥底から、猛りたぎるものを抑えきれなかった。今まで生きてきた中で、これほどまでに気持ちが昂ぶった記憶はない。前の世界での俺は、目的もなくただ毎日を傍若無人に過ごしていた。それが明確な目的を得ることで、こんなにもモチベーションが違うものかと素直に驚いていた。
…血湧き肉躍るとはこの事だな。胸の奥が熱く唸って、すぐにでも行動に移さないと気が狂いそうだ…。
女神が語ってくれた昔話の時に感じた怒りとはまた違った『興奮』という名の激情に流されながらも、俺の口元には自然と笑みが零れる。
…友の傷を癒す手段も手に入れた。仲間の背負う十字架を取り除くために役立つ知識も得た。おまけに奴らの事を見分けることができる便利な目も授かった。後は…。
「……後はとっとと戻って、俺のやりたい事をやるだけだ…」
はやるその気持ちを制御しようともせずに、俺は無意識に今の心境を口に出していた。フィナはそんな興奮状態の俺をなだめるように優しく微笑みかける。
「ふふふ…もうそろそろじゃよ。ダーリンがこの神域から元の世界に帰還できるのは」
俺にそう伝えた後、フィナは昔話を語っていた時の神々しい風格と、流麗で落ち着いた風貌に様変わりして、威厳のある口調で言葉を出す。
「花村天よ…おぬしのこれからの働きに期待しておるぞ」
今までのおちゃらけた態度など微塵も感じさせない、見紛うことなき美しい女神がそこにいた。その神々しいまでの威厳を放つ彼女を前にして、俺は一歩後ろに下がり、手を胸に当てるように振って、丁寧に一礼をする。
「かしこまりました。我が主様…」
そして俺は不敵に笑み、主である女神に自信に満ち溢れた声で堂々と宣言をした。
「俺の目的を達成する過程で、三柱神の管理する世界を、悪の秘密結社の魔の手から救ってご覧に入れましょう」
彼がこの神域から人界に戻るまで残り約30分。




