第36話 冒険士緊急会議②
ザワザワザワザワ
VIPルームに再び、ざわめきが起こる。普通なら考えられない衝撃の事実を突きつけられた冒険士達は、ただただ動揺していた。
「このステータスは異常だわ…」
「…嘘だろコレは…それに魔技と魔装技が全く通じないなど、あり得るわけが…」
現在、ヘルケルベロスの魔石の件とはまた違った『困惑』『驚愕』という名の波紋が、会議出席者の間で広がっていた。あまりにも規格外な一人の人間種の男のデータを見て、この場にいた、百戦錬磨の冒険士達も戦慄するしかなかった。
「合点がいきました。シスト殿がその御仁に固執するわけも、これなら納得ができる」
レオスナガルが資料を手元にゆっくり置き、シストの考えを理解するように小さく頷く。するとシストは嬉しそうに…
「がはははは!!レオスは話しが早くて助かるのだよ!余談だが、そこに紹介されている彼も、実に話しが早く、そして話しのわかる男なのだよ!」
「間違いないのです!」
「はい!会長のおっしゃる通りかと」
「紛うことなき真実でございます!天様はそれでいて、とても誠実で優しく、紳士的で頼りになり…」
聞いてもいないのに、資料の男の事を話し出す。そのシストの言葉を、すぐ後ろで聞いていた女性陣が、これまた嬉しそうな顔をして間髪を入れずに、シストの天に対するその評価を支持した。
「…シスト坊の事やから、確認はとっくにしとるんやろうけど…こん子の脅威判定はどれぐらいなん?」
ルキナが、柄にもなく力のない声で恐る恐るシストに尋ねると、シストは得意げな顔をしてルキナに言い放った。
「ルキナ姐…聞いて腰を抜かさぬようにな!なんと彼の脅威判定はSSなのだよ!!」
「エ、SSて!!あのデビルイカよりも上やん!!」
ルキナはシストの返答を聞き、驚いて身を乗り出すように叫んだ。シストのその言葉を聞いていた、この場にいた他の冒険士達からも、次々と驚愕の声が上がる。
「SSなんて…そんな生き物、実際に聞いたことも見たこともないぞ。今回、現れたヘルケルベロスだって、そんな馬鹿げた脅威判定ではないはずだ…」
「ぷっぷ〜、僕ちんの記憶が正しければ、ヘルケルベロスは脅威判定Aだったはずなのだ。それよりも二段階上とか…つまり化け物ってこと」
「はっ!そんなのあり得るわけがないだろ!シスト会長の見間違いだよ」
「茄子!先生を疑うとは、言語道断だぞ!……だが私も、このステータスは俄かに…あ、いえ、決して先生を信じていないわけでは…」
「だから、俺をナスって呼ぶのをやめないか!」
「「そんな事は、今はどうでもいい(のだ)」」
「あ、う…くっ!今日は本当に散々な日だよ!!」
二人にまた声を揃えて、蚊帳の外に跳ね除けられたナイスンは、顔を歪めて持っていた資料をテーブルに叩きつけ、強い憤りを示した。その勢いのまま、シストの方に顔をやり、ナイスンは、まったく収まらないその怒りの矛先を今度は別の所に向ける。
「フゥ…フゥ…だい〜ちさ!!この支部の支部長ってカイトなんだろ?」
ナイスンは鼻息を荒くしながら、その濁った瞳で、シストの後ろに立っているカイトを見て、あたかも彼を見下すかのように、嫌味な笑みを浮かべて話しを続ける。
「だったら…そいつも全然、たいした事ないよ。だってさ!カイト程度の下にいる奴なんだからさ!」
「……ナイスン…俺がお前より、冒険士としての実力が下なのは認めてやる。…認めやるが、だからと言って彼…花村天という男は、お前程度が、馬鹿にしていい人ではない!!」
「「カイト…」」
普段は温厚な彼が、仲間を侮辱するなと言わんばかりに、ナイスンに向かって怒りの感情を隠す事なく、鋭い目つきでそう言い返した。その様子を側で見ていたアクリアとマリーは、愁いのある表情で、彼の名を呟く。
「…ナイスン…お前は資料に目を通さなかったのかね?そこには何と書いてあったか…もう忘れたのかね?」
明らかに不機嫌な面持ちで、シストがナイスンに、確認を取るように言葉を発すると、そのシストの質問に答えたのは、静かに怒気を放っていたリナだった。
「多分、理解できなかったか、頭のキャパが足りなくて覚えられなかったのです会長。きっとあの男の頭の中は、雌の事で埋め尽くされていて、もう脳の容量がパンパンなのです」
顔に薄ら寒い笑みを作り、先ほどナイスンがカイトに行ったように、彼を蔑んだように、リナはナイスンを思い切り馬鹿にした口調で、シストに説明をした。
「…おい犬娘、口の聞き方に気をつけろよ?ほんとさ…そろそろ女性には優しい俺も、怒りの限界に来てるから注意した方がいいよ。あと会長、俺はこんな馬鹿げた決まり事に従う気はないから、そのつもりで…」
ナイスンは手元に、乱暴に置いてある資料を睨みつけながら、低い声を上げる。
「なんで国の要人でもない…ましてや冒険士のランクがFの新米にたいして『機嫌を取れ』みたいな対応を、俺達がしなければならないんだよ」
「ぷっぷ〜、不本意だけどナイスンに同意なのだ。つまり、意味不明ってこと」
「…先生、私もナイスンと意見が被るのは不本意ですが、そう思わざるを得ない内容です…コレは」
「俺もナイスンの意見を支持します。…不本意ですが」
「私も不本意だけど、ナイスンと同じ考えだわ会長」
サズナ、セイレスに続き、数名の冒険士達がナイスンの意見に強い同意を示す。
「…どうでもいいけどさ、なんで俺と一緒の考えが不本意になるのかな君たち?」
「言ったまんまの意味だと思うのです。それと、今『女性に優しい』とかほざいていましたが、茄子のは単に『自分の欲望に忠実』なだけなのです」
「…言えてるわリナさん」
「「コク」」
マリーが表情に影を落として、リナの台詞に相槌を入れると、カイトとアクリアも、無言で頷いてリナの言葉を支持する。
ガタンッ
「お前いい加減に…」
「会長、あたしにこの場での発言を許して欲しいのです。物分りの悪い人達に、会長の真意を伝えたいのです」
ナイスンがリナに怒気を向けて、怒声を上げて文句を言おうと立ち上がった。しかし、リナはそんなナイスンなど、まるで気にも留めずに、正面を見たままシストにそう提案をする。
ガタンッ
「聞き捨てならない!その物分りが悪いというのはつまり…ナイスンだけではなく、私やサズナも入っているということか!」
「ぷっぷ〜、そう取れるのだ。つまり、侮辱されてるってこと」
ナイスンに続き、セイレスまで席を立ち上がってリナを睨みつけるが、リナはまったく動じずに彼らに返答する。
「そう言っているのです。現に物分りのいい人達は、ここに記載されている事を理解して、黙って会議の進行と、会長の次の発言を促しているのです」
リナの言った通り、レオスナガル、シャロンヌ、ナダイ、ルキナなどは、資料に記載されている正確な意味合いを理解していたため、黙って席に鎮座していた。
「……セイレス、ナイスン…席につけ」
いつの間にかシストが、自分を落ちつかせるように目を閉じ、今、立ち上がった二人の青年に、命令口調で言葉を投げる。
「せ、先生!しかし…」
「会長、悪いけどその女に一言、言わないと気が…」
バン!
「もう一度だけ、お前達に警告しよう…さっさと座れ…」
大理石でできたテーブルを乱暴に叩いて、セイレスとナイスンの言葉を遮り、自身の不快の念をその仕草で伝えながら、シストはもう一度、二人に警告をした。
「くっ…」
「し、失礼しました先生!」
ナイスンはシストの迫力に少し怯み、悔しいそうにして、セイレスは血の気が引いたような顔をしてシストに謝罪しながら、二名とも即座に自身の席に着席した。
「…リナ君、頼めるかね」
「お安い御用なのです。あたしに発言を許して貰い、感謝なのです」
リナはそう言うと、瞼を閉じてゆっくりと深く深呼吸をしてから、興奮を抑え込むような面持ちで口を開く。
「まず一つ目に、会長は、別にこの資料の男性にたいして『機嫌を取れ』とは言ってはいないのです」
「……コク」
リナがそう説明すると、シストは僅かに首を立てに振った。
「機嫌を取れではなく、『機嫌を損なうな』と言っているのです」
「はっ!何を言うかと思えば…一緒の事じゃないか!」
「…馬鹿は黙っていて欲しいの…」
「なっ!」
ナイスンが茶々を入れると、リナは目を細めて彼の文句を斬って捨てる。そんなリナの様子を見て、ルキナが昔を懐かしむような顔つきで、ナイスンに忠告した。
「か〜、久々にき〜たわ…リナちゃんのその台詞!小僧、もう黙っとき…リナちゃんはああ見えて、知能180越えの英才やから」
「…正確に言えば、187なのです」
「ぷっぷ〜、僕ちんの倍近くあるのだ。ナイスンが口喧嘩で勝てないわけなのだ。つまり、格が違うってこと」
「くっ…ち、知能が高いからって…」
バッ
ナイスンが懲りずに、リナに食ってかかろうとしたのを、セイレスが手の平を広げて、彼の顔の前に突き出して制する。
「…ナイスン…もうお互い、黙って彼女の話しを最後まで聞こう…」
先ほどから、恩師の顔色が著しく険しいものになっている事に、とてつもない危機感を感じているセイレスは、これ以上シストを刺激する言動は、自分以外でも行って欲しくはなかった。リナはそんな彼女に一礼して、説明の続きを始める。
「まず、彼の『機嫌を取る』という行動…これには彼に接触してコミニケーションを取る必要があるのです。だけど『機嫌を損なわない』は、別に彼と接触する必要はないのです…逆に接触しなければいいだけなのです」
「その通りだねリナ君」
シストは満足そうに頷いて、リナの説明に同調し、相槌を打つ。
「ぷっぷ〜、でもそれだとこの最後の項目はできない事になるのだ」
そう言ってサズナは資料に記載されているある項目を指差す。
「そこに書いてあるのは、あくまで『情報提供を求められた場合』なのです。彼に出会わなければ、情報提供もくそもないのです」
「ぷっぷ〜、な〜るほど」
「近しい間柄の人型同士なら、機嫌を取ると機嫌を損なわないはイコールになるかもしれないのですが、ここにいる皆さんは、花村天という人物に会った事すらない人がほとんどなのです」
「ぷっぷ〜、なるほどなるほど、僕ちんも理解出来たのだ犬のお姉ちゃん。つまり、虎の尾を自分から踏みに行くなってことだね」
「そういう事なのです。わざわざ藪を突つくような行動は控えて欲しいと、会長はこの資料から伝えたいのです」
ガタンッ
「まさしく、リナ君が今説明した事を、儂は皆に伝えたかったのだよ!彼が気に入らん者も出てくるのは、当たり前の事なのだよ」
今度はシストが立ち上がって身を乗り出し、その場にいる全員に向かって、自身の考えを熱弁しだした。
「儂もそれは重々承知しておる!!それも踏まえて、儂が皆に守って貰いたい事は、彼の事を好きになれではない!彼を悪戯に刺激して怒らせるなと頼んでいるのだよ!」
「シスト坊の言いたい事はアテも、分かるわ…丁度、今年から魔素大恐災の周期に入ってしもたからね。邪の信者とそん子まで敵に回してしもたら…下手するとうちら人型が滅ぶかもしれんね…」
ルキナが不吉な台詞を口にすると、シストが握り拳を持ち上げて、そのルキナの言葉を肯定した。
「その通りなのだよルキナ姐!今、儂ら人型は分岐点に立たされているのだ!滅びゆく道と、繁栄の道とで!我々が、どちらの道を歩むことになるか…その鍵を握る男こそ、彼『花村天』なのだよ!!」
「「「「………」」」」
皆に訴えるような眼差しと声音でシストがそう断言すると、その意見を聞いていた冒険士達は、黙って各々が思考を巡らせていた。そしてこのシストの考えに対して、この会議に出席していた冒険士の間で様々な意見に分かれる。
「…はっ!会長は大袈裟なんだよ。たった一人の人間種にたいしてさ!」
「ナイスン殿の考えに同意ですね」
一つはナイスンのように、シストの言葉に反発的な者達。
「ぷっぷ〜、まだ判断できないのだ。つまり、自分自身で見て決めるってこと」
「だな。そもそも俺達は冒険士…何でも自分の目で確かめてからじゃねぇと判断はできねぇぜ」
「ナダイにしてはいい事を言ったな…俺も自身のこの目で判断する」
「私もサズナさんやナダイ様、シャロンヌ様と同意見でございますシスト様」
一つは、サズナ、ナダイ、シャロンヌ、エメルナのように、自分自身で確かめない事には、まだ判断ができないという意見。
「シスト殿、肝に銘じておきます。その御仁を敵に回すような愚行を犯さぬよう」
「せやね、デビルイカ以上の脅威を敵に回してしもたら、アテは自分の国を守りきる自信が、まるっきりないわ」
一つは、レオスナガルやルキナのように、最初から盟友の言葉をまるで疑っていないという意見。
「………なぜ私ではない…」
会議に出席している冒険士の間で、様々な反応が飛び交う中。そのどれとも違う、異質な考えと感情を抱いていた者もいた。そんな彼女に気をつかったのか、彼女の隣に座っていた少女が、ルキナにある事を質問して話題を変える。
「……ぷっぷ〜、ルキナ様に質問したい事があるのだ。魔素大恐災ってなんなのだ?つまり、聞いた事がないってこと」
「それについては儂が、説明しよう。魔素大恐災というのはだねサズナ君…この世界に存在する魔素が、200年の間に5年間だけ濃度が高まってしまう自然現象なのだよ。ありていに言えば、その5年間の魔素の濃度は、通常時の約10倍以上になる」
「ぷっ…ぶー!!10倍以上!!それってつまり…」
サズナがシストに教えられた現実は、彼女のポーカーフェースを崩すのに十分過ぎるほどの事柄であった。
「…そや、つまりモンスターが活性化しよんねん。本来なら何年もかけへんとモンスターは進化でけへんのやけど…今年から数えて5年間は、モンスターがばんばん進化しよる恐れがあるんよ」
そう言ったルキナの顔は悲哀に満ちていた。彼女は今にも泣きだしそうな声で辛そうにその自然現象の事を語っている。
「…ちなみにやけど、200年前にこの現象が起こったときな…ぎょうさん死者が出てな…世界人口が全体の一割、近くまで減ってしもたんよ…」
《魔素大恐災》
この世界に200年の周期で訪れる、大気中の魔素の濃度が5年間にわたり濃くなる自然現象。もしくは自然災害といっても過言ではないだろう。だからといって人型の身体に害を成す事はないが、魔物には多大な影響を与える。主な特徴は、魔物の進化の促進させる効果と、一般動物の魔物化を激化させてしまう効果がある。サズナは知らなかったが、既にこの現象の事は、各国の要人や英雄の間では一般常識であり、世界各国で色々な対策が水面下で行われている。特に、この自然災害の唯一の生き証人であるルキナが治めている国『ラビットロード』では、現在進行系でルキナを含め、彼女の子供達や親類の王族が先頭となって、この災害のため各々が人力を尽くして、自国に働きかけていた。
「それに乗じて邪教の者どもが、動き出す可能性が極めて高いのだよ。今回の事についても、儂は奴らが裏で糸を引いているとしか思えんからな」
「私もシスト殿と同じ意見です…今回の帝国の一件には、邪の者達の影が見え隠れしていると、言わざるを得ない」
シーーーン
世界の三英雄の言葉を聞き、自分達が置かれている状況の深刻さを、この場にいた冒険士達が暗い表情になり、各自、噛み締めていた。VIPルームがどんよりとした重い空気に包まれる。そんな中、安心しろと言わんばかりに口を開いた者がいた。
「天兄さんがいれば大丈夫なのです」
「…リナさんのおっしゃる通りですね」
「ああ、俺も同感だよ」
リナがあっけらかんとそう言い放つと、アクリアとカイトが、優しい笑みを浮かべてリナの言葉に同意した。
「だから絶対、天兄さんには冒険士側にいてくれないと困るのです!この会議はそれを伝えるものなのです!ですよね?会長」
リナがシストに同意を求めると、シストは満面の笑みを浮かべて、とても嬉しそうに大声で笑った。
「がははははは!!リナ君!君も天君やレオスと同じく、実に話しが分かる人物だね!まさしくそうなのだよ!」
シストは水を得た魚のように、自信と活力に満ち溢れた演説を行い。その場にいた会議出席者全員に自身の思いの丈を、全身全霊を込めて訴えた。
「まさに今!リナ君が言ってくれた事は、一言一句違わずに儂も同じ思いなのだよ諸君!!彼が冒険士側に…人型の側についておるという事は、とてつもない僥倖なのだよ!!」
「その事なら、既に帝国に来る道すがら、何度も聞かされたぞ会長殿」
「本当だぜぇ。もう耳にタコができちまったぜぇ旦那」
シャロンヌとナダイがやれやれと首を振りながらシストに文句を言うが、二人のその声音は何処か安堵感をにじませていた。
〜 一方その頃、この会議の議題に上げられている中心人物はというと〜
「ちょっと待て!いくらなんでも相場の十倍レートはボリ過ぎだろ!」
「知らんな〜。ダーリンが神PTの換金率を勝手に勘違いしたのが悪いのじゃ」
フィナは、したり顔でほくそ笑みながらソッポを向いた。
…ちくしょう〜、悔しいがこの女の言う通りだ。でもだからって、1PTを金と交換するのに向こうは1000万でこっちは1億とかあんまりだろ…。
「確認を怠ったダーリンが悪いのじゃ」
「…確かにその通りだが…まあいい、PTに換えたのは60神PTだ。60億引いても、所持金は40億以上あるから、問題ないと言えば問題ない」
…危うく100PTを交換しちまう所だったがな…あ〜危なかった…。
「咄嗟に100から60に変えて本当に良かった…」
「うむ。100と答えておったら、ダーリンは一気に丸裸になっとったな?それはそれで面白かったんじゃが…」
「……いい性格してるな貴女は…本物の女神か怪しいもんだ」
「正真正銘、儂は生命の女神じゃぞ。ほれ、この美貌と神々しさは、女神以外はあり得んじゃろ!」
そう言ってフィナは、えっへんと胸を張りながら、身に纏う光をより一層、強く輝かせた。
「…見た目だけはな…後、眩しいから光を強くしないで貰えますか?」
「む〜、ダーリンはほんにつれないのじゃ」
…俺が困るとわかってんのに、一言も助言せず、人の失敗を面白がる女なんかに優しくできるか!…。
「それは仕方ないのじゃ。じゃって聞かれてないんじゃもの」
「…さいですか…。あ〜、さっきの自分の勘の良さを褒めてやりたい…」
…まあ、確認しなかった不用心さを考えれば、フィフティーフィフティーか…。
俺はもう一歩の所で、フィナから与えられた報奨金を全てPTに換えてしまっていたのだと自覚して、自身の胸を撫で下ろしながら、咄嗟に考えを変えた自分の行動に対して、心から安堵した。
…これから色々とやっていくには金の力も必要不可欠だ。俺一人ならどうとでもするが…今は守りたい居場所や、大切な仲間ができたからな。それらを守るためには、どうしても腕力だけじゃやっていけん場面も出てくる…。
俺が両腕を組んでそんな事を考えていると、フィナが身に纏う光を弱め、少しつまらなそうな顔をして…
「仲間のためにか?さっきから思っておったが…こう言ってはなんじゃがなダーリン。その考え方は、ダーリンにはあんまり似合わんのじゃ」
…仲間のため?その捉え方は間違いだなフィナ…。
「そいつは違うなフィナ。似合う似合わないは別として、俺は仲間のために動いているわけじゃない…俺の行動原理はあくまで自分のためのものだ」
腕を組んだまま、俺は即答でフィナのその言葉を否定した。
「そもそも俺は『誰かのため』という言葉があまり好きじゃない。これは俺の持論だが、自分が進んでやっていることは全て『自分のため』にやっている事だと、俺は認識している」
フィナの目を正面からまっすぐ見据え、俺は自分の考えを話し続けた。
「失うのが怖いから守る。痛々しい姿を見るのが辛いから治す。悲痛な表情をして欲しくないから助ける。全部、俺自身がそれをしたいからすること。せずにはいられないからやること…言ってみれば『自己満足』だ」
…もし仮に、淳とラムが傷の治療を拒んだとしても、俺は恐らく、無理矢理にでも『生命の玉』を使って二人を全快にするだろう。自分の自己満足のために…。
それは間違っても相手のためとは言わない。間違いなく自分のためだ。そうフィナに訴えるように、俺が頭の中でその言葉を主張すると、フィナは悪戯な笑みを見せて、溢れんばかりに身に纏う光を輝かせ…
「よいぞダーリン!実によいのじゃ!ダーリンはわかっておるの〜。自分が望むことは全て自分の欲…ええの〜その考え方は…誠の真理と言えるのじゃ!!」
「お褒めに預かり光栄です」
俺がうっすらと口端を吊り上げてほくそ笑み、ふてぶてしくそう言い放つと、フィナは、更にそんな俺の有り様を気に入ったのか、その身に纏う光を点滅させて気持ちの高揚を表し…
「く〜〜、ダーリンとの対話はやはり面白いのじゃ!楽しいのじゃ!最高なのじゃ!!渡さん…絶対にミヨにもマトにもダーリンは渡さんのじゃ!!」
フィナは腕を振り回しながら、興奮して喜んでいた。そんな彼女を遠い目で見つめていると、しばらくしてから手の平をポンと叩き、何かを思い出したように口を開いて…
「そうじゃ!もうそろそろ、ここからダーリンを解放するが、まだ儂に尋ねておきたい事はないかの?」
「では、ズバリお聞きします。『奴隷の首輪』の外す方法と、アクリアの母親の幽閉されてる場所を教えて欲しいです」
俺がその事について尋ねると、フィナは身に纏う光を点滅させたまま、胸の前で両手でバツを作り…
「ブブ〜〜。それは言えんのじゃ。向こうの情報はシナットが公開しておるもの以外は教えられんのじゃ」
「…チッ」
俺はそんな女神の反応に対し、失敗したかと言わんばかりに、横を向いて舌打ちした。
…今の流れだったら口とお頭の軽いこの女神の事だ、少しは情報を入手できると思ったんだが…どうにかフィナを上手く誘導して、その二つの情報を捻り出せんものか…。
「…もう何度、この台詞を口にしたか覚えとらんが…儂等、相手にそんな事をする者などダーリンぐらいじゃぞ……」
冒険士緊急会議の議題に上げられていた中心人物は、女神を相手に、相変わらずしたたかなやり取りを繰り広げていたのであった。




