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第35話 冒険士緊急会議①

「むふふ。楽しみやわ〜〜、それはそうと……」


 パッ


 ルキナの姿が突然、消えてしまった。そして…


「リナちゃん…久々に会ったんに、さっきの『げっ』ってなんやの?げって?」


 いつの間にかリナの肩におぶさって、後ろからリナのこめかみを両手の拳骨で挟み。


 グリグリグリ


「い、痛いのですルキナ様!あ、あれは…げっ、『元気そうでなによりなのです』って言いたかったのです!」


「ふ〜ん…まあええわ…」


 ルキナは目を細めて、疑いの眼差しをリナに向けながら、こめかみから拳骨を離した。そんな彼女(ルキナ)を、近くで見ていたシストは、疲れたような、呆れたような表情を浮かべて…


「…またくだらん事に神魔を…いや、もうそれはひとまず置いておくとしよう…ルキナ姐、ミルサ君とサランダ君は今回の緊急会議には出られんと連絡が入っておるのだが、まさか…」


「むふふふ。アテの五番目の(ミルサ)と七番目の(サランダ)は今、国の事で手が離せんのや。せやからアテが代わりにここに来たんよ」


 ルキナが含み笑いをしながらウインクをしてシストにそう答えると、シストは額に手を当てて今日、何度目かのため息をつく。


「…よく言うわい…ルキナ姐はあの二人の代わりにここに来たのではなく、どうせこの会議に参加したくて、自分の娘二人に国の事を押し付けてきたんだろうに」


「間違いないのです。特にサランダは、こういう会議(しょうしゅう)には必ず出席するはずなのです」


 シストの意見にリナがすぐに相槌を入れると、またルキナがリナのこめかみに拳骨を当てて…


「リナちゃん、何か言うた?」


 グリグリグリグリ…


「いたたたたた!ごめんなさいなのです!な、なにも言ってないのですルキナ様!」


「「「…………」」」


 側にいたカイト、アクリア、マリーの三人は、ルキナとリナの先ほどからのそんなやり取りを見て、ポカーンと呆気にとられてたような顔をして、立ち尽くしている。


「ル、ルキナ様…初めてお目にかかります。(わたくし)はリナさんとともに、冒険士チームを組ませて頂いておりますアクリアと申します」


 しかし呆気にとられたのも一瞬で、流石はアクリア、大国の女王(トップ)であり世界の著名人であるルキナにたいし、最低限の礼儀(あいさつ)は欠かさない。


「…あんたその髪…混ざっとるな…それにアクリアってたしか…」


「っ!!」


 ルキナが神妙な顔つきで、意味深長な言葉を漏らすと、途端にアクリアは表情を強張らせる。どこか恐怖の色を滲ませた彼女のその表情を見て、ルキナはしまったと思ったのか、リナの肩からアクリアの肩に飛び移り、アクリアの顔を優しく抱きしめた。


「あ、え…っと、ルキナ様?」


「ごめんな、アクリアちゃん。赤はよう見るんやけど、青はあんまり見た事なくてな?ちょっと不思議がってしもたんよ。無神経な事、言ってしもて…ほんまにかんにんや…」


「「…………」」


 気づけばカイトとマリーも、ルキナのその意味ありげな言動を目の当たりにして、何かを悲しむかのように哀愁を漂わせていた。


「…いいえルキナ様…お気になさらないでくださいませ。お心遣い痛み入ります…」


 アクリアが表情を和らげてそう返事をすると、ルキナは感極まったように…


「ええ()や!リナちゃんとは大違いやね!えらいべっぴんさんやし…アテの養女になれへん?」


「あ、ありがとうございますルキナ様。お心遣いは有難いのですが…それに、私はこの様な髪と目ですし…」


「へ?ええやん青?さっきは珍しゅうてあんな事、言ってしもたけど、アクリアちゃんの髪と瞳…むっちゃ綺麗やわ!!」


 ルキナがアクリアの髪に頬ずりしながら笑顔でそう言うと、アクリアは気恥ずかしそうに俯き…


「ありがとうございます…この髪と目を初見でそんなふうに褒めてくださったのは、ルキナ様で()人目でございます」


「そういう事だったのね…」


 マリーはアクリアの言葉を聞いて、すぐに何かを察したように、遠くを見つめるような目をして深い吐息を漏らす。


「そうなん?まだ二人しかおらへんの?むっちゃ綺麗やのに…ま、珍しいっちゅうんが先にくるんかね?あ、それやとアテも人の事を言われへんね。ところでその一人目っちゅうんは…」


「オッホン!!」


 一向に雑談をやめようとしないルキナに痺れを切らしたのか、一つ咳払いをして、シストがその雑談を無理矢理中断させる。


「さっきから皆を待たせておる…そろそろ会議を始めたいのだがね」


「も、申し訳ございません!」


「申し訳ないのです…反省するのです」


 そんなシストの様子を見て、アクリアとリナが頭を下げてシストに謝罪をする。


「アクリア君とリナ君はなにも悪くないのだよ。まったく…ルキナ姐は昔から本当に変わらんな…なにが『無駄話は終いにして』だ。自分が一番、無駄話をしているではないかね」


「そういうシスト坊も全然、昔と変わっとらんやん…せっかちな所とかまるでな?ま、ヨウダンの阿呆よりはマシやけどね。ほなぼちぼち…」


 パッ


 ルキナがまたその場から消えたと思ったら、今度は、レオスナガルの隣の空いていた席に腰を掛けていた。


「御無沙汰しておりますルキナ殿、変わらずお元気そうで何よりです」


「御無沙汰しておりますルキナ様」


 突然、隣に現れたルキナにまるで驚きもせず、レオスナガルとそのすぐ後ろに控えていた、聡明そうな淑女は軽く会釈をして、彼女(ルキナ)に挨拶をする。


「レオスちゃんに、エメルナちゃん、お久しぶりやね。ま、今日はよろしゅうな」


 ルキナもそんな二人に軽く手を上げて返事をする。


「さ、シスト坊。早よ〜会議を始めてや」


「はぁ〜…その自分本意な所など、本当に昔から変わらんのだよルキナ姐…」


「シスト坊、さっきからそればっかりやん。もうええから早く始めぇや」


「…………」


 シストは、ルキナに何かを言いたげだったが、その言葉を飲み込むように目を閉じて、円卓テーブルの自身の席に腰を据えると、閉じていた目を大きく見開き、力強い声で…


「それでは!!これより冒険士緊急会議を始める!!」


 シストの大号令を受け、その場にいた全員の冒険士が、姿勢を正し、真剣な眼差しをシストへと向ける。


「マリー、例の資料を(みな)に渡してくれ」


「かしこまりました会長(・・)


 マリーは勿論、席には着かずに、シストのすぐ後ろに控え、会議の司会進行役を務める。さらにその後ろにリナ、アクリア、カイトが、今回の会議の、主な目的となっている人物についての証言者として、三人並んで立っていた。


「マリーさん、私もお手伝いさせて頂きます」


「ありがとうアクリア。ではこれを、そちらから順に配ってくれるかしら」


「わかりました」


 アクリアがマリーに手渡されたその資料は、資料というよりは簡易的なパンフレットのような、小さく薄い冊子であった。それを会議に出席している冒険士たちの前に、マリーとアクリアは丁寧に置いていく。


「すまないねアクリア君」


「いえ、自ら進んで(おこな)っていることなので、お気になさらないでくださいませ」


 アクリアは少し申し訳なさそうにしているシストに、会釈をしてそう答える。


「ふむ。マリーはともかく、呼び出しておいて席も用意しないのは、いささかアクリア君達に失礼だね。すぐに椅子を用意させよう」


 テーブルの席はほとんどが埋まっていたため、せめて椅子だけでもカイト達三人に用意しようと、シストは部屋に備えてあった、ホテルの連絡用ドバイザーを手に取る。


「シスト会長(・・)、自分達にもお気遣いは無用ですよ」


「カイトさんの言う通りなのです。立ってる方が色々と楽なのです」


 そんなシストの気遣いに対して、近くで立って控えていた、カイトとリナがお構いなくとシストに告げる。


「そうかね?なら、いいのだが…それにしても、カイト君はともかく…リナ君は先ほどから急に態度が堂々としておるが、何か吹っ切れたのかね?」


「簡単な事なのです。よく考えたら、天兄さんの戦闘時のプレッシャーに比べれば、ある程度の事はなんてことはないのです」


「がはははは!!そういうことだったのかね。違いない!彼の放つプレッシャーを感じた事のある者なら、こんな会議の一つや二つで物怖じせんな!」


 嬉しそうにリナに同意するシストの様子を見て、一人の女性が、眉間にシワを寄せてあからさまに不機嫌な顔をする。そしてシストには聞こえないような小声で…


「…気に入らない」


「ぷっぷ〜、どうしたのだセイレス?」


 隣に座っていたセイレスから突然、不満の声を聞き、サズナが不思議そうにセイレスに尋ねた。


「先生は何故、得体の知れないその男を、あれ程までに気にかける…」


「ぷっぷ〜、それはここにいるほとんどの冒険士が思っている事なのだ。つまり今更ってこと」


「それは重々承知している。それにしてもだ…その男にたいする、先生のあの入れ込みようはなんだというんだ」


 納得できない。そう言いたげなセイレスをたしなめるような口調で、サズナは彼女(セイレス)に言葉を投げる。


「ぷっぷ〜、それは言えてるかもなのだ。でも、逆に考えたらそれほどの人物じゃないと、コレだけのメンバーで会議なんてしないと思うのだ。つまり必然ってこと」


「……先生には私がいれば十分だ」


「…そういう話しじゃないと思うのだ。あと、ココにいる大半の冒険士は、エルフの血が入ってるから耳が良いのだ。つまり、あんまり下手な事を言わない方がいいってこと」


「同感だね。あんなおじさんの何処が良いのかわからないけど、あまり最高峰のSランク冒険士様が、そういうジェラシーを口にしない方がいいかな」


 近くに座っていたナイスンも指で髪をいじりながらセイレスに小声で忠告する。


「…貴様などに先生の良さはわかるまい。そして、貴様だけにはその言葉(ジェラシー)を言われたくはない…茄子」


「俺の名前はナイスンだ…次にナスって言ったら会長に、今、君が言っていた事を教えるからな」


「……小さい男だな貴様は」


「ぷっぷ〜、間違いないのだ。つまり顔だけってこと」


「なっ!お、俺は確かに超ハンサム顔だけどね!それだけじゃなくて、魔技の生命以外の属性がレベルフォーを超えているし、鞭だって達人級で…」


 セイレスとサズナに小さい男と言われたのが堪えたのか、ナイスンは必死になって反論するが…


「「そういう事を言ってるんじゃない(のだ)」」


「うっ…あ…く、くそ!」


 二人に声を合わせて同じ事を言われてしまい、ナイスンは悔しそうに顔を前に戻す。


(みな)、資料は行き渡ったかね?」


 シストはそう言いながら、会議の参加者全員を見渡す。そして、全員に資料が行き渡った事を確認して一つ頷き…


「では、諸君!早速…」


「お待ちください大統領(・・・)!会議を始める前に一つ確認したい事が…」


 シストの言葉を遮り、一人のエルフの男性が立ち上がって、険しい顔でシストに進言しようとした。しかし、シストは眉を顰めて、そんな彼の言葉を逆に遮り…


「…フロンス君、今の儂は一国の大統領ではなく、冒険士の会長(・・)としてこの場にいるのだよ」


「失礼しました…シスト会長にお聞きしたい事があります」


 フロンスと呼ばれる、Aランク冒険士の壮年の男性が、シストに目で礼をする。


「なにかね?」


「話しの腰を折ってしまって申し訳ありません。ですがどうしても確認しておきたい事が…今回のヘルケルベロスの、魔石の分配についてなのですが…」


「「「…………」」」


「…ビクッ」


 (フロンス)のその台詞を聞いて、四人の男女が二つの反応を見せた。一方は『え、そっち?』と言わんばかりの少し驚いた表情を作り、もう一方は体を強張らせ、顔を青ざめさせた。


「…てっきり天兄さんの事を聞いてくるのかと思ったのです」


「「コク…」」


 リナの小声の呟きに、カイトとアクリアが小さく頷いて同意を示す。


「それも勿論、気にはなるが、まずは今回、討伐したAランクモンスターであるヘルケルベロスの、魔石の分配を聞いておきたくてね…」


「ビクッ…あはは、そうなのですね…」


 リナの呟きが聞こえていたようで、フロンスは何食わぬ顔で返事をする。フロンスからそんな返しを貰い、リナの方は顔を引きつらせ、バツが悪そうに乾いた笑みを浮かべる。


「リナさん。エルフは皆、聴覚が優れているから、特殊(・・)な会話方法を使わないと、大抵の会話は筒抜けだから、一応、頭の片隅に留めておいてね」


「コク…」


 リナのすぐ前にいたマリーが首を少しリナの方に振り向き、そう助言する。リナは、恥ずかしそうに頷いて、了解の意を示した。


「その事かね…」


 一方、シストの方は難しい顔をして、一呼吸置いてから…


「…今回のヘルケルベロス討伐で、最も功績が大きかったのは、言わずと知れたレオスナガルだ。彼には魔石の二割を、次に功績が大きかったシャロンヌとナダイには、魔石を各自一割づつ与える事になっておる」


「確かに、レオスナガル殿が駆けつけてくれなかったら、まだヘルケルベロスは、仕留め切れていないかもしれませんからね」


「うむ。後は儂の分配をなくして、一割を自国を空けてまで助っ人に駆けつけてくれたグラス殿に、既に進呈させて貰った」


「「「「「………」」」」」


 その場にいたほとんど冒険士達が『貴方(シスト)がそれを言いますか』と言いたげな目でシストを見る。そんな(みな)の気持ちを知ってか知らずか、シストは、自分に集まった複数の視線を気にも留めず、フロンスに説明を続ける。


「残りの五割分を均等に、その他の冒険士…フロンス君達に分配させて貰うつもりなのだよ」


「その振り分けなら、ここにいる全員の冒険士が納得する分配だと思うのですが…」


「わかっておる…君が言いたい事は、あの討伐者(しょうさい)不明の、もう一体のヘルケルベロスはどうなるのか…と聞いておるのだろ?」


「…はい」


 ガタンッ


「…その件については、私の方から説明させて頂く…」


 そう言って立ち上がったのは、先ほどから、顔色があまり優れていないセイレスであった。そして、何かを我慢するような顔をして、フロンスのその疑問に答える。


「あのヘルケルベロスについては……我が帝国が…全ての所有権を取得することに決定した」


 ザワザワザワザワ…


 セイレスがそう告げると、その場に波風が起こり、数人の冒険士から不満の声が上がった。


「…薄々は気づいていが、いかにも帝国らしいやり方だ」


 とフロンス。


「フロンスさんに同意だね。ただ、俺も流石に全部まるごとは予想してなかったけどね」


 とナイスン。


「ぷっぷ〜、セイレスを責めてもしかたないのだ。でも、僕ちんも丸々、全部は予想外なのだ。つまり、面の皮が厚すぎってこと」


 とサズナ。


「返す言葉もない…。こんな形になってしまい…皆には心より申し訳なく思う…」


 噛んだ唇から血を(にじ)ませ。セイレスは悔しそうに下を向いた。


「今朝…母上に、その事についてもう一度考え直して…せめて冒険士側に、魔石の4割の所有権を頂けないかと進言したのだが…取り合ってはくれなかった…」


「…セイレス、お前の(せき)ではないのだよ」


 シストは首を振り、セイレスに慰めの言葉をかけるが、セイレスはそのシストの言葉を跳ね除けた。


「いいえ先生…今回の件は私の両親が大きく関わっております…親の責は、子である私も少なからず責任を負わねばならないのは道理…」


 セイレスは自身の声や(こぶし)を震わせながら、呻くように声を出した。


「まして、その話し合いの場に、一冒険士の代表として出席したにも関わらず、何もできなかったのなら尚更です…」


「…セイレス殿、もう一つ伺いたいのだが、あのヘルケルベロスは帝国側ではどういう(しょうさい)いになったのだろうか?」


 フロンスもそんなセイレスを見て、既に彼女(セイレス)を責める気など微塵もなかった。そもそも、最初からセイレス一人に責任があるとは、(フロンス)も思ってはいなかった。が、物事をハッキリさせておきたいという、彼の性格からきた、この場での検証を行ってしまった結果…


「…帝国軍が討伐したという扱いになった…」


 ザワザワザワザワザワ


 冒険士達の間で、更に激しい波風を立たせてしまった。


「それが、できなかったから俺達が呼ばれたんじゃねぇかよ。だったらせめて二割ぐらいはこっちに渡すだろ?帝国には感謝の気持ちってもんがねぇのか?」


 とナダイが口火を切ると、その場にいた冒険士達から、不満の声が多数上がり出す。


「ぷっぷ〜、ナダイさんに同意なのだ。だいたい、火属性の魔武器が大半を占めてる帝国軍が、どうやって(ぼうけんし)ちんたちの力を借りずに、ヘルケルベロスを倒すのだ?つまり不可能ってこと」


「随分、横暴なやり方だね?恥ずかしくないのかな?帝国のお偉いさんの方々は」


 サズナとナイスンも、誰にというわけではないが、明らかに怒気を孕んだ声で不満を漏らす。


「…呆れたな、()に…帝国らしい」


 フロンスも先ほど、自身が言った台詞をもう一度、強調しながら使い、エクス帝国に対しての嫌味を吐く。


「俺たちは自分達の故郷(ホーム)を空けてまで帝国の危機に駆けつけたんだぞ!」


「その通りだ!それに比べ、帝国のこの対応はあんまりではないか!」


「全部没収とは…流石に笑えないわね」


「………すまない皆…本当に申し訳ない…」


「は〜…会議はどうしたんよ?ま、コレも会議っちゃ、会議やけど」


 次々に不満を漏らす冒険士達に、セイレスは、ただただ謝罪をするしかなかった。ルキナはそんな冒険士達を眺めながら、つまらなそうに吐息を吐く。そんな不平不満が渦巻く中、今迄、沈黙を守っていた一人の冒険士が口を開く。


(わたし)の二割の魔石取得は放棄させて頂こう。シスト殿、それをここにいる皆の分配に加えて欲しい」


「レオスナガルさん…」


 先ほどまで悲痛な表情で俯いていたセイレスが顔を上げ、レオスナガルの方を向くと…


「シスト様…同様に(わたくし)の魔石取得も必要ありません。微々たるものですがここにいる皆様でお分けくださいませ」


 レオスナガルの言葉に続き、彼の後ろに控えていたエメルナも、自身の魔石所有権を放棄した。


「エメルナまで…と、当然、私の分配も必要ありません先生!皆に振り分けてください!」


「なら俺が受け取る分も無くせば、今回のヘルケルベロスの魔石の36〜37%は余るということだな?」


 更に二人に続いて、セイレス、シャロンヌもそう告げた。数秒の静寂が部屋を支配した(のち)、シャロンヌが不敵な笑みを見せ、たった今、不満を漏らした冒険士達を、侮蔑するような口調で喋り出した。


「それなら、セイレスが掛け合った4割にはとどかないまでも、近い分配(とりぶん)をお前らは受け取る事ができるぞ?良かったな」


「シャロンヌ殿…俺はそういう事を言っているわけでは…」


 フロンスがシャロンヌの言葉に反論するが、シャロンヌは蔑みの色を含めた声音で、フロンスのその言葉を最後まで聞かずに…


「何が違うんだ?傍から見ていたらそうとしか見えんぞ?お前らの今の有り様は」


「シャロンヌちゃんに一票や!」


 ルキナは人差し指を上げてシャロンヌの意見を支持した。


第一(だいいち)、帝国がどうのとかお前らは言っているが、その話しは根本から間違っている。あのヘルケルベロスは、帝国軍が討伐したわけではないかもしれんが、俺達(ぼうけんし)も討伐には関わってはいないと言う事だ」


「がははは!!違いないなシャロンヌ!」


「まだ俺達が討伐したヘルケルベロスを、帝国側が無理矢理取り上げたというなら話しは別だが…」


 シャロンヌは誰に視線を向けるでもなく。ジッと自身の正面を見据えて、鋭い眼光を放つ。


「そうではない詳細不明の…誰が倒したかもわからんモンスターの所有権をめぐって、分前がないだのなんだのと、いつまでもぐちぐちと……見苦しいぞ!!貴様(・・)らはそれでもAランクとSランクの冒険士か!!」


「…うっ」


 ドス…


「…………」


 シャロンヌが怒鳴り声を上げると、フロンスは羞恥に顔を歪め、怯んだように席に着席する。それを見たナダイが、気まずそうに視線を明後日の方向に逃がすが、シャロンヌはそんなナダイを逃がさなかった。


「まあ俺の記憶が正しければ、Sランクで文句を言っていたのはナダイだけだがな」


「ばっ!いや、その……ほんと、一言多い女だぜ…」


「むふふふふ。そやけどシャロンヌちゃんはええ女や〜…あ、エメルナちゃんも」


「恐れ入りますルキナ様」


 ルキナがニヤニヤしながらそう言うと、エメルナは軽く会釈をして言葉を返す。いつの間にかその場に流れていた殺伐とした空気が和んでいた。


「向こうで黙って立っている、会長殿が呼び寄せた冒険士達の方が、お前たちよりよほど風格がある。少しは見習え」


 シャロンヌが、カイト、アクリア、リナを、親指を立てて指差すと、差された三人は苦笑いを浮かべてシャロンヌに目で礼をした。


「がはははは!流石の君達も、シャロンヌの前では形無しのようだね!セイレス…お前も、もう席に座りなさい」


「先生…」


 シストは、シャロンヌに槍玉に挙げられた冒険士達を見渡し、最後にセイレスに優しく声をかけ、今回の報酬分配の最終確認を行う。


「一つ補足させて貰うがね。帝国側はその魔石に関しては、全ての所有権を主張したが、それとは別に今回、ヘルケルベロス討伐に参加した冒険士…君たち全員に、一人2500万の報酬金を支払うとのことなのだよ」


「…それを先に言ってくれよな旦那…」


「ぷっぷ〜、僕ちんも同じ事を思ったのだ会長。つまり….言うのが遅いってこと」


「そ、それなら俺も納得します…」


 ナダイ、サズナ、フロンスの三人がバツが悪そうにごにょごにょと口を濁すと、他の文句を言っていた冒険士達も決まりの悪そうな顔をして、視線を泳がせたり、わざとらしく資料をいじったりと、気まずさを誤魔化している。そんな彼らの様子を、シストは愉快そうに眺めながら、少しだけ意地の悪い笑みを浮かべ…


「では、魔石分配の最終確認を行う…レオス、シャロンヌ、セイレス…それにエメルナ君の、四人の魔石取得の権利を()()げて、その他の皆に振り分ければいいのかね?それプラス、帝国側から支給される2500万の報酬金を出せば、君達に納得して貰えるのかね?」


「…人が悪いぜ旦那。金はともかく魔石の方は、レオスさん達の分までは受け取れるわけねぇだろ…わかって俺達に聞いてんだろ会長(・・)?」


「がははは!!無論なのだよ!」


 シストは笑ってナダイのその言葉を肯定した。するとナダイの隣にいたフロンスが、深くため息を漏らして…


「あんまりいじめないでください会長。皆も会議を止めてしまってすまない。セイレス殿も、嫌な思いをさせてしまって申し訳なかった。こういうことはハッキリさせておきたい性分でね…最初から(セイレス)を責める気はなかった…」


 フロンスは座ったままテーブルに額がつくほど頭を下げて、セイレスに謝罪の意を示す。それを見たセイレスは…


「いえ…フロンスさんや、他の皆が不満に思うのは当たり前のこと…全ては私の力不足が故の…」


「セイレス、もうよいと言っているのだ。…座りなさい」


 シストが再度、セイレスに着席を促すと、セイレスは無言で一礼してから静かに席に座った。


「…それでは、魔石の分配はグラス殿に進呈した一割を引いて、レオスナガルが二割、シャロンヌ、ナダイが一割づつ。残った五割を他の皆に均等に振り分け、その他に報酬金として一人につき2500万円を。報酬受け取りは帝国首都にある冒険士協会ルフド支部…以上だ!!何か言いたい事がある者はおるかね?」


 シーーン


 もはやシストに異議を唱える者は、この場にはいなかった。その場にいた冒険士達の、沈黙という無言の了承を得て、シストは自分の前に置いてある資料を手に取り…


「では改めて…皆、この資料に目を通して貰いたい」


 シストのその言葉とともに、この会議に参加している者、全員がその資料を手に取り、中を開く。


「「「…………」」」


 先ほどの口論に参加していなかった数名の冒険士達は、実は暇つぶしにこの資料に目を通していたため、既にどんな内容が記載されていたのかを承知していた。承知した上で、『信じられない』『あり得ない』といった怪訝そうな表情を浮かべて、資料を手に取り。


「…シスト坊…これマジなん?」


 ルキナは、その資料の内容に目を通して、呆気に取られたように、シストに確認を求める。


「ルキナ姐、(まご)うことなき事実なのだよ!」


 シストに力強く断言されて、ルキナはもう一度、食い入るように自身の持っている資料に目を走らせる。その資料(なか)に記載されてあった内容とは…


<1ページ>

【花村 天】

 冒険士協会零支部(ぼうけんしきょうかいゼロしぶ)特異課所属(とくいかしょぞく)・殲滅担当

 冒険士ランクF

 種族・今のところ人間の男(英雄になる可能性大)

 外見・細目の黒い短髪、がっしりとした体格で見た目の年齢は、人間種の男子で見るなら16〜18ほどだが、実際は32歳

 身長・180前後(正確な値は不明)

 体重・100kg前後(正確な値は不明)

 性格・好戦的だが、自分に友好的な人物に対しては、わりと礼儀正しく思慮も深い。紳士的、社交的な一面もあり、したたかで頭の回転も速く、観察力、洞察力に長けており知能も高い『あくまで※シスト、マリー、カイト、アクリア、リナの冒険士五名が、彼に感じた印象と人柄』


<2ページ>

 《ステータス》

 Lv 100

 最大HP 30500

 力 777

 耐久 820

 俊敏 750

 知能 150


備考

・魔技、魔装技が一切通用しない。魔素で生成されるモンスターの災技も、恐らくは通用しない。


《冒険士協会が守らなくてはならない彼への対応》

・一つ、彼と敵対してはならない

・一つ、彼に高圧的な態度を取ってはならない

・一つ、彼を侮辱してはならない

・一つ、彼に命令をしてはならない

・一つ、彼に情報提供を求められたら、できる限り協力しなくてはならない(あくまで冒険士業務内での)


 以上の事を、この資料に目を通した冒険士諸君は心がけるよう努めて欲しい!


資料作成協力者

 零支部 支部長 カイト

 零支部 副支部長 アクリア

 零支部 メカニック担当 リナ


代表者 冒険士協会会長 シスト


 この会議の議題として取り上げられた人物、花村 天の説明書(プロフィール)であった。


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