第34話 最高戦力
コツン…コツン…
煌びやかな赤い絨毯が敷き詰めらた渡り廊下を二人の男女がゆっくりとその歩みを進めている。女性の方は男性のやや後ろにつき、男性の方は堂々と前だけを見据えて一歩一歩、力強い足取りでその歩を進めていた。
「…彼がいなくなってから八日目だったかね?」
その力強い歩みを止めずに、前に視線を向けたまま、男性は女性にそう尋ねた。
「いえ、今日で九日目になりますね」
「ふむ。ではもうすぐ帰ってくるな…」
男性のその言葉を聞いて、女性は途端に表情を明るくして歓喜の声を上げる。
「本当ですか大統領!!!」
「…少し落ち着きたまえマリー。まず間違いないのだよ。それにしてもこんなに早く英雄に認定されるとは…がはははは!!それでこそ儂の見込んだ男だ!!」
「…大統領も少し落ち着いて下さい」
ソシスト共和国、大統領のシストとその秘書マリーは現在、エクス帝国ロイヤルホテルのVIP専用ルームに向かう渡り廊下を歩いていた。
「すまんすまん。しかし、まさかあのタイミングで神隠しに遭うとは、流石の天君も面を食らっただろうね。三柱神様たちも相変わらずなのだよ」
「本当ですよ大統領…その現象を事前に大統領から伺っていた私があの場にいなかったら、他の三人は大混乱になっていたかもしれませんよ…」
「がははは!違いない。その事については制限されておらんから、マリーに伝えておいて正解だったのだよ!」
「制限ですか?」
マリーが、シストのその意味ありげな言葉を不思議そうに聞き返した。
「そうだ制限だ。その事を伝えるのは制限されておらんのだよ」
「おっしゃっている意味が…」
「すまないねマリー。その事を詳しく説明するのは制限されておるのだよ」
「……やはりよくわかりません」
そのシストの返しに、マリーはより一層、不思議そうに首を傾げた。
「がははは!!その内、君にもわかる日がくるかもしれんな」
「………」
シストにそう言われると、マリーは不快そうに顔を顰めた。
「おっと、別にマリーの事を馬鹿にしておるわけではないぞ?英雄になればわかるという事だよ」
「そ、そういった意味でしたか…失礼しました…」
マリーは不快そうにしていた自身の顔をすぐに戻して、シストの背中に向かい、頭を下げて謝罪をした。
「……それはそうと、あの二人の容体はその後どうなんだね?」
「……思わしいとは間違っても言えませんね…」
シストがその事を問うと、マリーの表情に暗い影が落ちた。
「お二人とも命だけは助かりましたが…」
「そうか…淳君もラム君も、もう冒険士としては…」
「…はい…。ラムさんは左目を失明…淳さんにいたっては……」
シストは深く息を吐いて目をつぶり、何かを思い出しているかのように天井を見上げる。
「命が助かっただけでも僥倖なのだよ。普通なら二人ともまず助からんからな…」
「相手はリザードキングでしたからね。私、カイト、アクリアのBランク冒険士三人がかりでも勝率は良くて5割あるかないか…ましてや淳さんとラムさんを護りながらとなると、後三人はBランク級の冒険士がいないと話しになりませんね」
「あの時、彼にそちらを頼んだのは大正解だったようだね」
「はい。天さんがいなければ、あの二人は間違いなく死んでいたと思います。私もまさかあの方があれほどの力を持っていたとは…」
マリーのその言葉を受けて、シストは改めて決意を固めたように語気を強めて…
「やはり彼は儂が見込んだ…いや、それ以上の漢なのだよ!!我々、人型の救世主となる人物だ!!だからこそ全世界のS、Aランクの冒険士のほとんどが、このエクス帝国に集結しておる今!緊急会議を行わなければならん!!」
「…コクッ」
マリーも、シストのその使命感を帯びた、熱のこもった発言に無言で頷いた。
「ところでマリー…何故、彼ら四人はあの場にいたのかね?緊急警報が鳴ってから大分経っておったのだろう?アラマ街道から離れておったとしても、ライニアにリザードキングが現れない保証など何処にもない事など、淳君達なら容易に想像できると思うのだがね…」
「それがですね…」
シストの問いにマリーがため息をついて答える。
「どうもジュリさんが暴走したようなのです。『リザードキングは自分が倒す』と言ってアラマ街道に向かったのを他の三人が止めに行き。その道すがら…」
その事情を聞いて、今度はシストがため息をついた。
「…ならば儂にも責任があるかもしれんな…ハイオークの討伐で間違った自信を付けさせてしまったのかもしれん…」
「アレの討伐は、天さんの助力があったから成し得たようなものですからね。ただ…ジュリさんはもう過ちは犯さないと思います。ベットに横たわるお二人を見て、泣きながら何度も謝っていましたから…」
「だからと言って甘やかすわけにもいかんからな…しばらくの間、彼ら四人の冒険士資格は停止せねばならん」
「停止ですか…酷な言い方ですが剥奪でも問題はないかと…」
マリーはそう呟くと、視線を下に移す。
「一堂家が今回のような事があったにも関わらず、あの三人にまた冒険士家業を許すとは思えませんし…何より弥生さんとジュリさんは別としても、淳さんとラムさんは…」
「いや…それはわからんぞマリー!!」
マリーの後ろ向きな発言をシストが力強い声で否定する。
「…わかりますよ…大統領は直接お二人の怪我の容態をご覧になられていませんから、そんなふうにおっしゃられるかもしれませんが…ラムさんはともかく淳さんの身体はもう普通の生活すら送れませんし…」
「マリー…儂が腕っ節だけで彼に惚れ込んでいると思っているのかね?」
「…なんでそこで天さんのお話しになるのですか?」
マリーが怪訝な顔をしてシストの背に視線を向ける。
「天君は真の漢なのだよ。そして、彼がもし!彼のお方の直属の英雄になったとしたら、必ず淳君とラム君を救うためにあの恩恵を選ぶだろう…」
確信にも似たその予感を口にしながら、シストは満足そうに微笑んだ。
「先ほどから大統領がおっしゃっている言葉の意味が…」
「がははは!!少し喋り過ぎたようだね。そろそろVIPルームに…ん?扉の前に誰かいるようだな?」
シストとマリーがVIPルームの扉を目視で確認できる場所までやってくると、VIPルームの扉の前に落ち着かない様子の、三人の若者が待機しているのが見えた。
「あの子達…中で待っていればいいのに…」
「がははは!!そうか!彼らが天君のスカウトした冒険士達だなマリー?」
「はい…まさか私が前にチームを組んでいた三人の中の二人が天さんと一緒にいた時は…いえ、あの時はその事を驚いている余裕がなかったですかね…本能がいち早く自身のライバルを認識しましたから…」
「…君の言っておる事もよくわからんぞ?」
「こちらの話しですのでお気になさらず」
マリーはそう言ってその事についての会話を素早く打ち切った。
「あ、大統領…マリーさん…」
「大統領、ご無沙汰しております」
エルフの男性はシストとマリーを見るやいなや、気まずそうに視線を泳がせる。逆に、澄んだ青空を思わせる、美麗な青色の髪と瞳が特徴的な女性は、二人を確認してすぐに丁寧に挨拶をする。そんな中…
「だ、大統領、初めましてでございますなのです!わ、わたくし、Cランク冒険士をさせていただいておりますリナと…」
犬の獣型亜人の女性は、シストを見た瞬間、緊張しながら必死に自身を取り繕ろうとするが、かなり無理をしているのが目に見えてわかる。そんな彼女を見たシストは…
「がはははは!!そう畏まらんでくれたまえ!!今日は三人ともよく足を運んでくれた!是非、当事者である君達の意見をこの会議で冒険士の皆に聞かせて貰いたいのだよ!」
「恐縮なのです大統領…」
「がははは!緊張することなぞ何もないぞ?なにせ君達は天君のチームのメンバーだからね?VIP待遇だと思ってくれて構わん!」
シストが愉快そうにそう告げると、カイト、アクリア、リナの三人は困ったように苦笑いを浮かべた。
「どうせなら、君達も彼のように儂の事を『おっさん』と呼んでも…」
「「「それは無理です(でございます)(なのです)」」」
「がははは!!残念、残念!」
「大統領…三人とも困っていますのでその辺に…」
カイト、アクリア、リナが、シストへの対応に困っているのを見兼ねたマリーが、三人に助け舟を出す。
「がははは!困らせるつもりはなかったのだが、すまんすまん」
「まったく…それにしてもあなた達…」
マリーが三人に視線を移す。
「なんで部屋に入って待っていなかったの?」
「「「………」」」
マリーのその質問に三人とも一瞬、黙ってしまったが、リナがすぐに口を開いて…
「あんなそうそうたる面々がいるなかで待機していたら、息が詰まるどころか窒息してしまうのです」
「まあ、リナさんはこういう場に慣れていないからそうかもしれないわね…」
ハハハと乾いた笑いをこぼし、マリーはリナの回答に納得した。しかし、リナはそうでもと、彼女は黙っている元チームメイトの二人に疑問を投げる。
「でも、カイトとアクリアは別にそうでもないでしょ?なんで部屋の外にいたの?」
「……S、Aランクの冒険士のほぼ全員が揃ってるって事は…あいつも当然、来てるんだよな…」
マリーのその問いに答えたのは、苦虫を噛み潰したような顔をしたカイトだった。
「…………」
アクリアは黙って視線を少し下に移す。どうやらカイトと同じ理由で部屋の外にいたようだ。
「ええ…彼も来ているわ…」
カイトとアクリアの様子を見て、マリーも二人がどんな心境で部屋に入らなかったのかをすぐに理解する。そして、そう答えたマリーの表情はどこか憂いにも似た感情を思わせた。
「オホンッ!」
なんとも言えない空気が流れそうになった中、シストがわざとらしく咳払いをして、その気まずい空気を振り払った。
「がははは!ともかくだ!皆をこれ以上、待たせるのは忍びないのだよ。彼らは多忙な者たちばかりだからね。早く部屋に入って会議を始めようではないかね?」
「りょ、了解したのです!」
ガチャッ
扉から一番近かったリナが、シストにそう言われて、すぐにVIPルームの扉を開けた。
ガタンッ!
「先生!この度は先生、自ら我が帝国の危機に駆けつけて下さり感謝の念に堪えません!!」
シストがまだ部屋に入ってすらいないというのに、その女性はシストを自身の視界に捉えた瞬間、勢いよく席を立ち上がってシストに対し、声を上げて深々とお辞儀をした。
「セイレス…もう儂にその事で礼を言う必要はないのだよ。この九日間、お前は顔を合わせる度に儂に礼を言っておるからな…」
シストは、珍しく少しうんざりしたような顔をして、セイレスという女性に返事をした。
「いえ!何度、先生に礼を述べても、私のこの感謝の気持ちは…」
燃えるような赤い髪とその瞳から、強い意志の光を放つかのように、彼女の風貌はまさに烈火を思わせる。
「もう止せと言っておるのだよセイレス。それに、可愛いい教え子の危機に、師の儂が駆けつけるのは同然の事ではないかね?」
「先生…」
シストがそう言うと、セイレスは感動したように目を潤ませた。そんなやり取りを近くで見ていたリナは…
「アレがこの間、選ばれたばかりの六人目のSランク冒険士『炎姫』なのですか…」
耳が隠れるか隠れないかという女性にしては短い部類に入るであろうショートヘアーと、中性的な顔立ち、凛々しい雰囲気が合間って、男性でも女性でも通用するであろう美形の女性が、シストへまた無言でお辞儀をして席に座った。
「ヒュ〜〜、久しぶりじゃないか、ハニー、アリア」
それと入れ替わるかのように、今度はエルフの男性が席を立ち、部屋に入った五人、というよりはマリーとアクリアの方に向かって足早に近づいくる。
「久しぶりねナイスン…それと…いい加減、昔の愛称で呼ぶのはやめてくれないかしら…」
「マリーさんに同意です。以前から何度も言っていますが、私はアリアではなくアクリアです…」
「久しぶりに会ったのにつれないな〜二人とも。だけどそこがまた君達二人の魅力でもあるんだけどね」
肩を覆うほどの髪を靡かせ、男性としては長い部類に入るであろう淡黄色のブロンドヘアーを指先で弄びながら、悪戯な笑みを浮かべてマリーとアクリアを見つめる。
「…相変わらずだなナイスン」
今にも舌打ちをしそうな苦々しい顔で、カイトが吐き捨てるように呟く。そんなカイトの方を見向きもせずにナイスンは興味なさげに…
「なんだ、いたのかカイト…ま、アリアのオマケでついてきたんだろうけど…後、ナイスンさんって呼べよBランク」
「本当、器が小さいのも相変わらずみたいだなナイスン…なんでお前みたいな奴が…」
「憧れのマリーさんの恋人だったのか…か?」
「…チッ」
ナイスンが挑発的な声音でカイトに言葉を投げると、今度はカイトも我慢できずに舌打ちをしてナイスンを睨みつけた。
「ナイスン…やめて頂戴…」
「ナイスンさん…それは、このような場で話す事ではないかと…」
マリーとアクリアも、そんなナイスンに不快感をあらわにする。それとほぼ同時にセイレスがナイスンに批判の声を上げた。
「おいナイスン、そのエルフの彼に、さん付けがどうとか言っていたが、お前も先生に挨拶がないぞ」
恐らくは、助け舟やカイト達の助成をする気でナイスンに文句を言ったのではないのであろう。近くにいるシストを完全に無視して話しをしているナイスンに、彼女も不快感を示したのだ。
「んー…男には一回挨拶すれば十分だと思うんだよね。会長もそう思いません?」
ナイスンにそう話しを振られて、シストは目を閉じて何かを我慢するように、静かに口を開いた。
「…儂はここ最近、君に挨拶された記憶がないのだがね」
「そうでしたっけ?えっと、一年ぐらい前にした記憶が…」
ガタンッ!!!
一国の大統領であり、冒険士の会長であり、何より敬愛する恩師であるシストに向かって、舐め切った態度を取っているナイスンを目の当たりにしたセイレスは、激昂して座っていた椅子を壊さんばかりの勢いで立ち上がり…
「ナイスン貴様!!」
「今のはねぇなナイスン…旦那に謝れ…」
「何を勘違いしているのかわからんが、貴様程度が舐められるほど、冒険士の会長殿は安くはないぞ」
セイレスに続き、この場にいた同じSランク冒険士の、ナダイ、シャロンヌも、ナイスンの礼を欠いた態度に静かに怒気を滲ませる。
「ナイスン殿…シスト殿は確かに常日頃、冒険士の皆に対し、親しみ深い態度を取っているかもしれない」
シストとはまた違った、頭に直接、響くような幽玄な声が、部屋の奥から聞こえてきた。
「だがそれはシスト殿の人柄の良さのあらわれだ。それに甘え、履き違え、我らが冒険士の長に今のような態度を取るなど…」
幻想的な光を放つ白銀の長髪、落ち着いた佇まいと礼節をわきまえた態度、何よりその紳士から滲み出る神々しいオーラが、彼を稀有な教養人と知らしめているかのようだ。
「言語道断な振る舞いだと言わざるを得ない」
閉じていた瞼をゆっくりと持ち上げ、見た者の心を全て見透かすかのような深紫の瞳で、男性はナイスンを正面から捉える。
「レ、レオスナガルさん…」
その場にいたシスト以外の全員のSランク冒険士がナイスンの態度を避難する。これには流石のナイスンも焦ったのか…
「や、やだな〜、冗談ですよ、冗談!会長もあんまり男に挨拶されても嬉しくないと思っただけですって…ほら、それに俺って女性受けはいいけど男受けはイマイチだし」
ナイスンは当たり前かのようにそう言い切った。しかし、言うだけあってこの男、麗しく整った顔立ちは、道ゆくものが思わず振り返ってしまうであろうほどの、美貌を持っていると認めざるを得ない。
「ここは、俺のこのハンサム顔に免じて、許してくださいよ皆様方」
そう言ってナイスンはウインクして軽い調子で誤魔化す。それを見たシストは、小さくため息をついてこの場を制した。
「はぁ…もうどうでもよい…早く会議を始めるのだよ。皆、席についてくれ。…セイレス、お前もだ…」
「…わかりました先生」
「ははは、顔が良いとやっぱり得だよね」
「ナイスン…貴様、覚えていろよ」
セイレスは憤怒の形相で怒気をはらんだ声を出す。
「あ〜、怖い怖い」
この場でこの男に容姿で対抗できるのは、ギリシャ彫刻のような完成された美貌を持つシャロンヌと、宝石のような美しい輝きと女神のような風貌を思わせるアクリア。そして、レオスナガルのすぐ後ろで、座らずに控えている神秘的な雰囲気の淑女だけだろう。そんな文句のつけようのない美男子に、一人の女性が半眼で彼を見据えて言い放った。
「あの〜、茄子さん…そこにいると邪魔なので貴方も早く席に戻って欲しいのです」
「…君は?」
「カイトさん、アクさんと一緒にチームを組ませて貰っているリナというのです」
リナが淡々と自己紹介すると、ナイスンは前髪を掻き上げながらまたリナに質問をする。
「聞き間違いかな?今、俺の事を『ナス』とかなんとかって…」
「言ったのです茄子さん。何か問題あるのですか?」
リナはナイスンを茄子と言った事をあっさりと認めた。そして逆にそれが何か悪いのかと、ナイスンに聞き返した。
「俺の名前はナイスンなんだが…君って物覚え悪い?」
「あの〜、その言葉は全部、茄子さんに跳ね返っているので、それ以上は言わない方がいいと思うのです。さっきあたしの聞き間違いじゃなかったら、マリーさんの事を『ハニー』アクさんの事を『アリア』とか言ってたのです…茄・子さんは」
「アレはね、二人の愛称さ、俺は昔、マリー、アクリア、ついでにカイトと一緒にチームを組んでいたんだよ。それからさ、ナスっていうのやめろって、遠回しに言ってるのを理解できないのかな?…君、頭悪いでしょ?」
「あの〜、貴方が勝手に決めた呼び名をその人の愛称とか言わない方がいいと思うのです。愛称って、本人が認めてこそだと思うのです…後、あたしがわざと言ってるのを理解して欲しいのです茄子さん」
「…ねえカイト、お前のチームの子、失礼過ぎるんじゃないかな?」
余程、リナの態度が癇に障ったのか、あろうことか犬猿の仲のカイトに、ナイスンは話しを振った。だが勿論、カイトがナイスンの味方をする事などあり得ない。彼は珍しく心の中でほくそ笑みながら…
「お前ほどじゃない」
「私もそう思います」
アクリアも珍しく集中砲火の援護射撃をする。
「……お前ら…」
ナイスンは額に青筋を立てている。
「覚えておくのです茄子。アクリアさんの愛称はアリアではなく『アク』なのです!」
「はい。私の愛称は『アク』です茄子さん。ただ、できればこの愛称は大切な方に付けて貰った…私にとって特別な呼び名なので、茄子さんのような軽薄な方には呼ばれたくありません」
「…羨ましいわアクリア…」
マリーはアクリアの愛称を誰がつけたか瞬時に見抜いたようで、悩ましげな顔でため息を漏らす。
「それともう一つ言いたい事があるのです茄子さん」
「言わなくていいよ。それと…ナスって言うなと言ってるのがわからないのか!」
遂に、ナイスンは先ほどまでの余裕の態度をかなぐり捨て、リナに向かって怒声を上げた。そんなナイスンを歯牙にも掛けず、リナは話しを進める。
「今、女性受けがいいとかなんとかほざいていたのですが、さっきまで茄子さんに不信感を抱いていた大半の冒険士は女性なのです」
ドッ!!!
リナのこの言葉を聞いて、今まで彼らの険悪なやり取りに我関せずだったはずのこの場にいた他の冒険士達も笑い出した。
「ふふ…ふははははは!!確かにその娘の言う通りだな。俺も、こんな喋り方だが一応は女だ…茄子」
「私も女だが貴様には一切、好感を持てないぞ…茄子」
その場の笑いの波に乗って、シャロンヌは高笑いをしながら、セイレスは、未だ自身の表情を強張らせながら、それぞれリナの台詞の後押しをする。
「ぷっぷ〜、ナイスンもうやめるのだ。君のハーレムメンバーの冒険士達は、今、外で待機してるんでしょ?だったら…つまりこの場で君に加勢する冒険士はいないってこと」
セイレスの左隣に座っていたエルフの少女が初めて口を開きナイスンに話しかけた。既にリナの正論を受けて追い詰められていたナイスンは、力ない声でその少女に…
「サズナ、君まで俺を侮辱するのか…」
「ぷっぷ〜、別に馬鹿にしたわけじゃないのだ。つまり引き際だってこと」
シャロンヌと同じ透き通るような薄紫色の頭髪をしており。年齢は、この場にいる冒険士の中で最年少と思わせるほど見た目が幼く、良くて13、4にしか見えない。流石はエルフだけあって端麗な顔立ちで、美少女と言って間違いはないであろう。
「くっ…そ!!こんな屈辱は初めてだ!」
屈辱に顔を歪め、ナイスンは吐き捨てるようにそう言って悔しがる。サズナの座っている右隣の自分が元いた席に戻り、不快そうに椅子に腰を掛ける。
「ちなみに、僕ちんはナイスンの事を嫌いじゃないのだ…でも特別、好きでもないんだけどね〜、つまりどうでもいいってこと。ぷっぷ〜」
キズ一つない美しい大理石で造られている、巨大な円卓テーブルに両腕を伸ばして体を預けながら、サズナはナイスンに視線を合わせずに、テーブルに映る自分の顔を眺めて喋っていた。
「やっぱり君も俺の事を侮辱しているじゃないか!」
「ぷっぷ〜、侮辱してるつもりはないのだ。つまり僕ちんは顔で男を選ばないってこと」
「は?容姿じゃなければ中身とか、そういった綺麗事を言うのかい君は?」
「なんでそれが綺麗事になるのです…価値感の違いって言うのですそういうのは…」
リナが呆れ顏でナイスンの言葉を否定すると、サズナはリナのその意見に同意した。
「ぷっぷ〜、その犬のお姉ちゃんの言う通りなのだ。でも僕ちんも中身で男は選ばないのだ」
「…なら、やっぱり容姿じゃないか!でも、顏以外なら一体どこで男の魅力を決めるというんだいサズナ?」
「ぷっぷ〜、エルフの血が入ってたら、大概の者は顔が整っているから美形なのだ。ハッキリ言って飽きるのだ」
ナイスンはサズナのその意見を聞いて、自分の髪を指先で弄りながら気難しそうな顔をする。
「ナイスンはその中でも格好いい方なのは認めるけど、それでも正直、見飽きているのだ。だから僕ちんが男の魅力を感じるのは顔立ちより体…つまりモリモリな肉体ってこと」
「…ふん。理解しかねるね。結局、どこを見て、 相手の印象を決めるかと言えば、男女関係なく一番重要なパーツは顔じゃないか」
「だからそれは茄子さんの価値感なのです」
「ぷっぷ〜、ナルシストとの会話は疲れるのだ。つまり無駄ってこと」
処置無しと言わんばかりに手を目にあてて首をふりながら、リナがまたナイスンに突っ込むと、サズナもリナと同じような調子で愚痴をこぼす。
「……くそ!生まれて初めてだ!こんな扱いは…」
遂にサズナにまで見放されたナイスンは再度、事の発端となった人物を憎々しく睨んだ。
「やってくれたね…リナって言ったっけ?この事は忘れないからな…」
「根に持つ男はモテないのですよ茄子さん」
「はっ!言ってくれるね。君は俺のハーレムメンバーが何人いるのか知ってるのかな?」
「知らないし、興味もないのです。それと、あたしが言ってるのは、別に適齢期の女性限定じゃなくて、老若男女、全てなのです」
「また綺麗事を…これだから男をロクに知らない生娘は嫌いなんだよ。君、男性経験や恋愛経験ほとんどないでしょ?」
「生娘でもなければ、男性経験、恋愛経験が少ないわけでもないのです。ちなみにですが、あたしは最近、凄い異性と運命の出会いを果たしたばかりなのです」
「ふ〜ん、さっきから無駄に偉そうな態度は、その事と関係してるのかな?人生、充実してますみたいな」
「その台詞…茄子にだけは言われたくないのです」
ドッ!!
リナがナイスンにそう答えると、また周りにいた冒険士達が笑い出した。
「あはははは、間違いないなリナ」
とカイト。
「ぷっぷ〜、だからもうやめなってナイスン。その犬のお姉ちゃんと口喧嘩してもナイスンじゃ勝てないのだ。つまり傷口が広がるだけってこと」
とサズナ。
「がはははは!!役者はリナ君が一枚上手のようだね。だがその男も一応、これからする会議の出席者だ。会議もすぐに始まる事だし、もうその辺で勘弁してやって欲しいのだよリナ君」
とシスト。
「ま、ま、まさかリナさんも天様の事を!!た、確かリナさんは、れ、恋愛感情はないとあの時おっしゃっていましたよね!?」
「そ、そうですよリナさん!!か、仮に暫定1位のリナさんが参戦したら、暫定3位のアクリアなんて比べものにならないぐらいの強敵になってしまうわ!」
と激しく動揺しているアクリアとマリー。
「マリーさん…リナさんが今のところ暫定1位なのは認めましょう」
動揺してはいても、やはりアクリアはしたたかだった。その焦りの中に隠されたライバルの先制攻撃に、いち早く反応する。
「その事については認めるのですが、だからと言って何故、私が暫定3位なのでしょうか?それと、まさかご自身が暫定2位だとでも思ってらっしゃるわけではございませんよねマリーさん?」
「あらゴメンなさいアクリア…期待を持たせるような事を言ってしまったかしら?もしかしたらもっと低いかもしれないもんね?」
「別に気にしていませんよマリーさん。あのお方と同じ支部の私は、一緒にいる時間もマリーさんよりずっと長いので、これからゆっくりと好感度を上げさせて頂きますから」
気がつけば、リナVSナイスンからアクリアVSマリーにすり替わっており、それを目の前で見ていたシストが….
「マリー、アクリア君、なんで今度は君達がいがみ合っているのかね…」
「「大統領は黙っていて下さい」」
「す、すまない…」
アクリアとマリーから異様なプレッシャーを同時に受けて、シストはそう言うしかなかった。カイトはそんな二人を見て、額に手を当て、『やれやれまたか』と首を振り、リナは苦笑いで頬をかきながら、自分が投下してしまった爆弾の処理を行う。
「二人とも心配しなくても大丈夫なのです。あの時、言ったとおり、あたしのソレは恋愛感情とは違うのです」
「そ、それならいいのだけど…」
「す、すみません皆様、大変お見苦しいところをお見せしてしまって…」
リナのその言葉を聞いて、アクリアとマリーはいがみ合うのをやめて、ホッとした表情を浮かべて落ち着きを取り戻したのだが…
「ただ、天兄さんがあたしを求めてきたら話しは別なのです」
「ちょ、ちょっとリナさん!!話しが違うわ!」
「マリーさんのおっしゃる通りです!それでは話しが違います!!」
更にリナから投下された第二波の爆弾は、アクリアとマリーの平常心を破壊するのには十分過ぎるほどの威力であった。
「仕方ないのです。アレほどの雄に求められたら、あたしは雌としての本能に逆らえないのです」
「がはははは!!リナ君は男を見る目がある!!儂もレオス以来なのだよ…アレほどの漢に出会ったのは!」
シストが実に嬉しそうにリナのその言葉を、目を閉じてウンウンと頷きながら肯定した。
「……気にいらないな」
いつの間にか自分を無視して、他の男の話しで盛り上っているリナ達を見たナイスンは、批判の矢面から外れたにもかかわらず、不機嫌な顔でまた言葉を投げる。
「今の話しを聞くと、犬娘はともかくとして、ハニーやアリアまでその男に対してかなりの好意を持っているみたいだけど…なにそいつ?相当の美形なの?」
「う〜ん…言っちゃ悪いですが、顔だけ見たら茄子さんは勿論、この場にいる男性陣の中から数えても一番下の部類に入ると思うのです…ただ」
「はっ!なんだよブサイクなんじゃないか…ハニーもアリアも男の趣味が悪くなったんじゃないかい?」
ナイスンがそう言うと、アクリア、マリーはともかく、シストまで不快な顔をしてナイスンを睨んだ。そして、三人各々がナイスンの意見に対し、文句を言おうとしたその時だった…
「人の話しは最後まで聞くのです茄子」
まだ自分の話しは終わっていないとリナがナイスンに言葉を発する。
「ただ、あたし達、人型という種の男としての魅力は、今まであたしが出会ってきた男性…すみません…こう言ってしまうと大統領やカイトさんも含まれてしまうのですが…」
リナが申し訳なさそうにしてカイトとシストに視線を移す。
「俺の事は気にしないでくれて大丈夫だよリナ…ナイスンの馬鹿に彼の事を教えてやってくれ」
「がははは!!カイト君の言う通りだ!儂の事など構う必要などないのだよ!」
二人とも気にするなと言って、ナイスンに話しの続きをしろと目で合図を送った。
「了解なのです。…人型の雄としての魅力は、あたしが今まで出会ってきた男の中でダントツなのです!だから柄だけの茄子さんみたいな薄っぺらな男など、彼の足元にも及ばないのです!!」
パチパチパチパチパチ…
良く言ってくれたと言わんばかりにアクリアとマリー、シストが、リナの発言に拍手を送った。
「はっ!それこそ君だけの価値観じゃないのかい?自分が少数派なのを理解しないと恥をかくよ?」
「あら?私もリナさんと一緒で、彼が今まで出会った男性の中でダントツよ?当然、貴方も含めてね」
「なっ!」
「………」
マリーにきっぱりと断言されて、ナイスンは勿論、カイトも辛うじて声は出さなかったものの、膝をついて気を落ち込ませた。そんな二人にアクリアが追い打ちをかける。
「私も、今まで知り合った殿方の誰よりも、あのお方の魅力は圧倒的だと思っております」
「「…………」」
『ごふっ』という描写が今の二人にはピッタリであろう。マリーとアクリアの言葉を受けて、カイトとナイスンは血を吐くような勢いで前のめりになった。
「あちゃ〜、茄子はともかくカイトさんまで深手を負ってしまったのです…でも、天兄さんがスゴいい男なのは事実なので仕方ないのです」
「あのリナちゃんがそこまで言うんやから、よっぽどええ男なんやね。アテにも紹介してくれへん?」
どこから入ってきたのか。いつから其処にいたのか。いつの間にか6、7歳ほどのウサギ耳の幼女がシスト、リナ、カイト、アクリア、マリーの前に背中を向けて立っていた。その幼女を見た途端リナが、苦手な人物に街でばったり会ってしまったかのように顔を顰めて…
「げっ!…ルキナ様」
「久しぶりに顏を見せたと思ったら、またくだらん事に神魔を使いおって…ルキナ姐は昔から変わらんのだよ」
シストは幼女を半眼で捉えて、どこか懐かしむように微笑んだ。
「アテの能力をアテがどう使おうと、アテの勝手やんシスト坊」
「違いないが …それはそうと、儂の事をそんなふうに呼ぶのは、もうルキナ姐ぐらいだぞ?できればやめて欲しいのだかね…」
見た目は幼女だというのに、妖艶な色気と、どこか気品ある雰囲気を漂わせ、レオスナガルと似た幻想的な美しい白銀の体毛をそよがせる。そして、彼女は後ろを振り向き、目を細めて妖しく微笑みながらシストに…
「お互い様やん。さ、役者も揃った事やし、そろそろ無駄話も終いにして、アテら人型の命運を握るかもしれんっちゅう男の話しを訊かせてや」
彼女こそ350万人を超える亜人種の女王にして、始まりのSランク冒険士と呼ばれた元Sランク冒険士『神使の白兎』英雄、ルキナその人である。
「その仕切りグセも昔と全然変わっとらんのだよ…ルキナ姐は」
彼女の登場により、人型の最高戦力である英雄三名『嵐の皇帝レオスナガル』『神使の白兎ルキナ』そして…
「まあ丁度よいか……諸君!!多忙な中、この会議のために時間を空けてくれた事に感謝する!では改めて…これより緊急会議を行う!!」
『光大聖シスト』と全世界のS、Aランクの冒険士のほとんどが集結したここエクス帝国ロイヤルホテルの一室で、人型の命運を握るであろう人物についての緊急会議が、今まさに始まろうとしていた。




