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第30話 間に合った

『アラマ街道』

 ソシスト共和国とランド王国を結ぶ四つの街道の一つで、その四つの中ではややランド王国側に位置する街道だ。


 ブルルルルー…


 ソシスト共和国、ランド王国全域に緊急警報が鳴り響いてから40分弱経過した現在。一台の()動力車がその進路を変更させてアラマ街道を更に西に抜けた、ソシスト共和国方面に位置するライニア街道を走っていた。緊急警報が鳴り響いてからだいぶ経っていたため人の気配はまるでない。


「一般人が一人もいないのは分かるが警報からアレだけ時間が経っているにも関わらず、俺達以外、冒険士すら一人も見当たらないとはな」


 動力車の助手席に乗っていた俺は、窓から外をぼ〜っと見ながら無意識のうちにぼやいていた。


 …まあそっちの方がやり易いか…。


 俺がそんな事をぼやいていると隣の運転席から実に的確なツッコミが入る。


「天兄さんそれは違うのです。まだ警報から40分しか経ってないと捉えるのが正しいのです。それに、(みんな)まだリザードキングがアラマ街道からこっちに移動したのを知らないのです」


「…その通りだなリナ」


 シストからの依頼を受けた俺達は色々あって少し時間を取られたが、それでもどの討伐隊よりも早くリザードキングが出現したというアラマ街道のとある場所に到着した。だがリザードキングが出現したという場所にもその周辺にも、もう(リザードキング)の気配はなかった。


 …まさか川を泳いで移動してるとは…。


 目撃者の地域住民の話しではリザードキングはアラマ街道の川辺から現れたのだそうだ。そこで俺とリナは互いに気配と臭いを辿ってリザードキングが移動した方向を探った。結果、ソシスト共和国方面に向けて移動していると踏んだ俺達は現在ライニア街道を進行中なのだ。


 …それにしてもリナの鼻の良さには驚いた。流石、犬の獣型亜人だ…。


 彼女(リナ)は河川の中にいたら嗅ぎ分けるのは難しいと最初は言っていたのだが。いざ探索に入るとすぐにリザードキングの残り香を辿ってライニア街道方面だと当たりをつけた。直後、俺もそちら側に探りを入れると、僅かではあるがリザードキングの気配を感知した。


 …本当に頼りになる女だよお前は…。


「ん?どうしたのですか天兄さん?」


 いつの間にか俺はリナに視線を送っていたらしく、リナが前を向いて運転しながら不思議そうに尋ねてきた。


「いやなに、リナは本当に頼りになると思ってな」


 俺の何度目かのその台詞を聞いて。リナは少し照れたようにはぐらかす。


「…おだてても何もでないのですよ」


「俺の本心を言ったまでだ。俺は人を褒める時にあまり世辞は言わん。それが仲間なら尚更だ」


「大変光栄なのです…。そ、そういえば後10分ぐらい進んだ所を曲がれば河川沿いの道に出るのです」


 俺が真顔でリナに向けて真剣に返事をすると、彼女は少し顔を赤らめてからそれを誤魔化すように話題を変えた。俺とリナがそんなやり取りをしていたら、後部座席からブツブツと会話か独り言かわからないような弱々しい声が聞こえてくる。


「…キツ坊さんよりは上…キツ坊さんよりは(わたくし)の方が上…」


「…でもこの中では最下位…」


「っ!……うう」


「……二人ともそれぐらいに…」


 …何を話しているんだ?…。


「…天兄さん…あたしが動力車を取りに行ってる間に一体何があったのですか?」


 リナが無表情で運転に集中している素振りを見せながらボソっと尋ねてくる。先ほどからずっとあんな感じの三人とその三人に対してよそよそしい俺を見て勘のいい彼女(リナ)は自分がいない間に何かあったんだとなんとなく理解したのだろう。


「…俺が無神経で自分勝手な事を言ってしまってな…三人を傷つけてしまったんだよ…」


 リナの疑問に、俺は後ろの三人に聞かれないように小声で答えた。だが俺がその言葉を口にした瞬間、後部座席にいたマリーから打てば響くような返しをくらう。


「いいえ!天さんは何も悪くありませんわ!思慮に欠けていたのはどう考えても(わたし)の両隣にいる二人ですから!」


「「…………」」


 マリーが声を上げて俺を弁護するような言葉を発すると両隣にいたアクリアとカイトはそのどんよりした表情を更に落ち込ませて泣きそうな顔で俯いている。


「えっと…耳が良いんですねマリーさん…」


「はい!私はエルフですからね!」


 マリーは俺に褒められたと思ったのか、それとも隣に座っている二人に対する当て付けか、俺の皮肉にも似た台詞に満面の笑みで返事をする。


 …気持ちは有難いんだが、それ以上そこの二人を責めるのは止めてあげて下さいマリーさん。二人ともお通夜みたいな雰囲気になってるから…。


「あ、後5、6分ぐらいで河川沿いにでるのです!」


 リナが車内のなんとも言えない空気を変える為に話題をそれとなくリザードキング討伐の方向に戻した。


 …上手い!流石リナだ…。


 俺がまた心の中でリナを賞賛したその時だった。


 …………グロ…


 ゾクッ。


 この道の向こうで、先ほどまで(おぼろげ)にしか感じ取れなかった奴の気配が鮮明に感じ取れた。


「…いた」


「…いたのです…」


 動力車の前部に座っていてなおかつ気配探知を得意とする俺とリナはほぼ同時に奴の気配を感じて同じ台詞を言う。すると後部座席にいたアクが顔を上げて不思議そうに俺達に話しかけた。


「天様?リナさん?どうされました?」


「アク、それにマリーさん、カイト…仕事の時間だ」


「「「っ!」」」


 俺がそう告げると三人の顔つきが変わる。一瞬で状況を把握してスイッチを切り替えたのだ。


 …三人も流石だな。やり易い…。


「リナ。俺の見たてでは奴との距離はその曲がり角を曲がった先の河川沿いの道に出て1〜1.5キロ程の地点にいると感じているんだが…」


「あたしもその意見に同意なのです。川の匂いも混じっていますが天兄さんの今言ったぐらいの場所にハッキリとリザードキングの匂いを嗅ぎ取れるのです!だからとりあえず動力車を停めて…」


 …グローーー!!


「うっ!」


 リナは最後まで言葉を言い切る事ができずにその怒気と殺気をはらんだ雄叫びを聞いて表情を強張らせる。


 …凄い殺気だ。誰か奴の近くにいるのか?…。


 まだかなり距離は離れていたのだが、それでも明らかに殺気だった大型の猛獣の雄叫びは、危機察知能力の高いリナを怯ませるのに十分なものだった。


「リナ…それに皆、どうやらのんびりしていられないらしい…」


「どういう事だ兄さん?」


 カイトが俺の言葉に疑問を投げる。それに答えたのは怯みからすぐに立ち直ったリナだった。


「リザードキングの近くに誰かいるのです。匂いは四つ、あたし達とは別の冒険士チームが戦闘に入った可能性が高いのです」


 リナが先ほどより更に集中して自身の鼻を震わせながら匂いを嗅ぎ分けている。


 …確かによく探ってみると四つの人型の気配を感じる…。


「まず間違いなくソシスト共和国を拠点にしている冒険士達ですね。ソシスト共和国はランド王国やエクス帝国と違って騎士団も軍隊も存在しませんから戦える人型は冒険士しかおりません。…ただ腑に落ちない点が…」


「マリーさん。腑に落ちない点とはなんでしょう?」


 マリーが怪訝な表情を浮かべて意味ありげな言葉を言うと、隣にいたアクリアが話しの続きを促した。


「ええとね。今、ソシスト共和国かその近隣で動く事ができるCランク以上の冒険士は恐らく六人なの。それでその方達は三人づつでチームを組んで行動しているから…」


「それは確かにおかしい…」


 …それだと片方のチームだけなら三人、両方のチームが組んでいたら六人で行動しているはずだ…。


「確実に四人の人型の匂いがするのです。多分、匂いの質からいって男性が一人に女性が三人なのです」


 …凄いな。そんな事まで嗅ぎ分けられるのか…。


 俺がリナに感心しているとそのリナの推測に対して、またマリーから疑問の声が上がる。


「やっぱりおかしいわ。今、私が言った六人は一人を除いて後は全員男性だもの…」


「「「………」」」


 車内に数秒の沈黙が流れる。その沈黙を破るようにリナがアッと口を開いた。


「女性三人の匂いが離れていくのです!」


「…マズイな」


 …それだと男の方が女三人を逃がす為に囮になった可能性が高い…。


「リナ、緊急事態かもしれん。このまま動力車を走らせてリザードキングの近くまで行ってくれないか?」


「りょ、了解なのです!!」


 …本当は俺が動力車から飛び降りて走った方が早いんだが…。


 先ほどそういう独りよがりな言動をカイトとアクリアに責められたばかりの俺には今、その選択肢は存在しなかった。


「リザードキングの災技(さいぎ)は『火炎』だ。あまり動力車で近づき過ぎるのもマズイぞ兄さん」


「災技?」


 …何だそれは?…。


「災技とはBランク以上のモンスターが己れで蓄積させた魔素を生成して繰り出す…私達でいうと魔技のようなものでございます」


 俺の疑問を察したのか、アクリアが即座に説明を入れてくれた。


「そんなのがあったのか…」


 …どっちにしろ俺には効かんがな。まあだからといって油断したりはせんが…。


 俺がそんな事を思いながら臨戦態勢を整えようとしたその時、隣にいたリナが不吉な台詞を口にして表情を険しくさせた。


「…マズイのです。血の匂いがしてきたのです」


「やはり急がないとヤバイな…」


 リナが教えてくれた事から推測するに、囮となった男性がリザードキングに何らかの手傷を負わされたと容易に想像できる。今まさに男性の身に危険が迫っているのだと。


「カイト、この場所から動力車を降りて歩きでリザードキングの所まで行くと時間がかかり過ぎる」


 俺は後ろを少し振り返り皆に意見を聞く。


「動力車で奴を目視できるぐらいの距離までは移動したい。どうだろうか(みんな)?」


「問題ないのです。天兄さんの言う通り急がないと多分ヤバイのです!」


 今も匂いを嗅ぎ続けているリナはその男性の状況が危険だという事をこの中の誰よりも把握していた。


「私もそれで構いませんわ」


(わたくし)も異存はございません。……カイト」


 アクリアが納得してくれと言わんばかりの懇願するような目でカイトを見る。


「…そんな目で見ずとも分かっているさアクリア…今の状況なら兄さんの言った事の方が正論だ。動力車でリザードキングから500メートルぐらいの付近まで近づこう」


 カイトも俺の意見に納得したようだ。目を閉じてこれから起こるであろうリザードキングとの戦闘に備え、息をゆっくり吐きながら気持ちを落ち着かせている。


 …Bランクは伊達じゃないか…かなり場慣れしている…。


「よし…それで行こう」


 そうこう言っているうちに動力車は道の曲がり角まで到達していた。


「この並木道のカーブを抜けたら河川沿いの広い街道に出るのです。そこに出たら見晴らしがいいからすぐにリザードキングが見えると思うのです…」


「「「…………」」」


 車内が緊迫した空気になる。そんな中、またリナが難しい顔をして向こうの状況の変化を口にした。


「…おかしいのです…女性の匂いが一つだけ近づいてきて今、リザードキングに接触したのです…」


「それは本当ですかリナさん?」


「この距離で匂いを嗅ぎ間違えることはないのですマリーさん」


 …確かに奴の近くに気配が増えた。一体どんな状況なんだ?男の方が囮になったんじゃないのか?…。


 俺達は疑問を持ちながらもこの並木道の先にリザードキングが確実に存在するということをわかっていたので、静かに河川沿いの街道に出るのを待った。カーブに入ってから15秒ほどして動力車は見晴らしのいい広い街道に出る。そして、そこに現れたある光景を見た途端、俺は目を見開いて絶句してしまう。


「…………なんで…」


 かすれた声で小さく息を吐くように俺はその心からの思いを呟いていた。


「いたのです!!って天兄さん!いきなり目を見開いてどうしたのですか!」


 普段なら想像もつかないほどの俺の動揺ぶりを見たリナが驚いて声をかけてきた。だが今の俺には彼女(リナ)の言葉に受け答えしている余裕すらなかった。


「あ…つし…ラム!!!」


 俺が見た光景、それはリザードキングの近くに血まみれで倒れているかつての仲間達の無惨な姿だった。


 バン!!


 俺は声を上げた瞬間、動力車の助手席のドアを乱暴に開けた。そして下げていた自身の力量(レベル)を最大限まで上げてリザードキングに向かって前走力で走って行った。


「天兄さん!!」


「天様!!」


「一体、急にどうしたんだ兄さん!」


「…ど、どうしてあの子達がここにいるの!!」


 ドアを開けて外に出た俺に皆が声をかけていたがそれに答えている暇などなかった。マリーだけが今の俺の心境を理解したようだがそれも今はどうでもいい事だ。


 …なんで、なんであいつらがここにいるんだよ!…。


 今にもトドメを刺そうと淳にゆっくり近づいているリザードキングの姿を見て、俺は必死になって奴のもとに向かった。


 …ここからじゃ距離が遠過ぎる…。


 淳とリザードキングとの距離は手を伸ばせば届くほどの距離だが俺とリザードキングの距離は1キロは離れている。


 …くそ!全力で走っても20秒以上かかっちまう!…。


 それでも俺はその足で思いきり地面を蹴ってコンマ1秒でも早く淳と奴のもとに辿りつこうと無我夢中で走るしかなかった。


 …くそ!くそ!くそ!…。


 俺は生まれてから今ほどに歯痒い思いをした事はない。もどかしさと悔しさで血が出るほど自身の唇を噛んでいた。リザードキングは今にもその鋭い牙で淳に噛みつこうとしている。


「マズイ!!」


 間に合わない。まだリザードキングとの距離が500メートル近く離れていた俺の脳裏に浮かんだ言葉はそれだった。


 …あんな状態で奴に攻撃をされたら淳は間違いなく助からない…。


 淳はまだ生きているといってもほとんど虫の息だ。感じ取れる気配もかなり弱々しくなっている。そんな状態でリザードキングから攻撃を受けたら淳は絶命してしまう。


 …後、8秒…いや7秒あれば…。


「グロ…」


 リザードキングが今まさに淳の頭に噛みつこうとしたその時。


 パスン


「グロー!」


 リザードキングの顔に泥の玉のような塊が直撃する。気づくと先ほどまで倒れていたラムがフラフラになりながら立ち上がっていた。そしてリザードキングに…


「こっちです!!!」


 血まみれの顔で息遣いを荒くし、リザードキングに向かって叫び声を上げる。気力を振り絞ってやっと立ち上がっているラムの姿を見た俺は、この状況で何故、彼女(ラム)もこの場にいるのかを全て(さと)った。


 …そうか…そうか…。


 一度、淳に逃がして貰った彼女(ラム)は自らの意思で戻ってきたのだ。一人で残った淳の助太刀をするために、ここにはいないジュリと弥生を逃がす時間を稼ぐために。


「ラム…」


 俺は彼女(ラム)と別れた夜の事を思い出していた。


『あたし、これからもっとしっかりします!』


 ラムのあの言葉を思い出して俺はこんな状況にもかかわらず胸に熱いものが込み上げてくるのを止められなかった。彼女はあの時に俺と自分自身に誓った事を実行したのだ。言葉で言わずとも彼女(ラム)の今の姿を見ればそれが容易に伝わってくる。


「グロー!!」


 リザードキングがラムの方を向いて殺気をとばす。淳にトドメを刺すのを後回しにして標的をラムに変えたようだ。


「…やらせるかよ…」


 タッタッタッ…


 幸運にもラムは俺の方に向かって走ってくる。しかしそれは俺の存在に気付いて助けを求めるためではない。少しでも淳からリザードキングを引き離すためだ。


 タッ…ガッ


 こちらに走ってきたラムは10メートルほど進んでからおぼつかない足取りのせいか前のめりに(つまず)いてしまう。だが彼女が地面に倒れてしまう事を俺は許さなかった。倒れ行くラムをしっかりと抱きとめ、意識を朦朧(もうろう)とさせながらも、顔を悲痛に歪ませる彼女を安心させるように、俺はラムに囁きかける。


「ラム…よく頑張った…。後は俺に任せておけ…」


 ラムの決死の覚悟を目の当たりにした俺はそう言わずにはいられなかった。後は俺に任せろと。かけがえのない大切なものを守るように彼女を優しく抱きしめる。すると今にも消え入りそうな声で彼女は俺の名を呟いた。


「………天さん?…」


「ああ…」


 少女(ラム)が必死になって稼いだ時間は10秒にも満たない僅かな時間だった。だが彼女がその命を懸けて稼いだほんの数秒は彼女と仲間達を逃がすために戦った勇敢な冒険士の男性(あつし)の絶対絶命の危機に、(てん)を間に合わせるには十分な時間であった。


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