第28話 信頼関係
シストが告げた用件の内容を聞いて、まわりにいるマリーとカイト達の顔つきが強張る。幸い建設業者の人達はこの場ではなく支部の建設予定地である奥の採掘場で打ち合わせをしている為、ここには俺、マリー、カイト達四人の六名しかいない。
「…ねえリナ…今、リザードキングって大統領言ってなかった?」
「あたしの聞き間違いじゃなかったら多分そう言ってたのです…」
…あの距離からでもドバイザー越しのおっさんの声が聞こえるのか?二人の耳がいいのかおっさんの声が通るのか…どちらにせよおっさんの声質は内緒話には向かない…。
長年、国のトップをしていただけあってシストの声質はとても力強く、それでいて遠くにいても何を言っているかはっきり分かるほど通る声をしている。よって俺達四人から少し離れた所にいるリナとシロナの耳にもドバイザー越しに喋ているシストの声が届いてしまうのだ。だから少し離れた場所にいる二人にもこちらの会話がある程度は伝わっているのだが。
…中途半端はよくないな…聞くなら近くで堂々と話しを聞けばいい…。
まるで近づいてこないで離れた所でこちらの会話に聞き耳を立てている二人を見て少し不快に思った俺は、リナとシロナの方に体ごと向いて二人に視線を送る。
「…おっさん、少しばかり待ってくれ」
「どうしたのかね?」
俺はシストにそう言うと、一旦シストとの会話を中断した。無線が繋がっているドバイザーを自分の太ももに当てて音を遮断し、少し離れた場所で聞き耳を立てていたリナとシロナを呼ぶ。
「おい、二人とも俺達の話しを聞きたいなら近くに来て堂々と訊け」
「「ビクッ!」」
俺に呼ばれた二人は体をビクッと震わせて、一呼吸置いてからバツの悪そうな顔をしてこちらを向いた。そんな二人の顔を正面からまっすぐ捉えて話しを続ける。
「リナ、シロナ…おっさんの俺に対する依頼の話しを訊くって事はこっち側に来るって事だ。その覚悟がまだ無いなら今回の話しには入らずに向こうで建設業者の人達の相手をしてきてくれ」
「「「………」」」
「………わかりましたのです…」
そばにいたカイト達三人は俺が言った言葉の意味をすぐに理解して下手な口出しはせずにその場で静かに見守っている。リナも俺が何を言いたいのか瞬時に察して、神妙な顔つきになりその事を真摯に受け止めているようだ。そんな中、シロナが驚愕の表情で口を開いた。
「リナ…今、天の兄貴が初めて僕の事をシロナって…」
スパンッ!
シロナのその台詞を聞いた瞬間に隣にいたリナがシロナの後頭部を平手打ちでかなり強くはたいた。
「い、痛いしリナ!!」
「今はそんな事どうでもいいのです!というかアレは天兄さんがあたし達に真剣に話しをふっているという意思表示みたいなものなのです!それぐらい察しろこのアホ狐!!」
…色々と台無しだよこの馬鹿狐…。
「…カイト、アクリア…私と離れた後、随分ユニークな人とチームを組んだのね…」
もはやシロナのお決まりとなっているKYボケを目の当たりにしたマリーは、複雑な表情をしてカイト達に感想を述べる。
「…シロナさんは最初にお会いした頃からまるで変わりませんね…」
「本当にな…それに比べて逆にリナは見違えたよ」
…ほ〜、何やら気になる事を。リナは以前どんな奴だったんだろ?…。
俺がカイトの意味ありげな言葉に気を取られていると、向こうからリナがゆっくりこちらに近づいてくるのが見えた。
「ちょ、ちょっとリナ!天の兄貴はああ言ってるし僕達は向こうで業者のおっさんの相手でもしてようよ!」
「……悪いのですがあたしはあっち側に行くのです。それにどうせBランクのモンスターが出たならCランクのあたし達は動かなければならないのです。…何より天兄さんの側にいると自然と心が踊るの…」
こちらに向かってくるリナの顔つきはいつの間にか何時もの生真面目さと調子の良さが合わさったような親しみを感じる柔らかいものではなくなっていた。
…驚いたな。まさかリナがあんな顔を隠していたなんて…もしかしたらこの中で一番俺に似ているのは彼女かもしれん…。
彼女の瞳の奥には飢えた獰猛な野獣のように危険な光が宿っており、口元はうっすらと笑みをこぼしている。まるで今ままで押さえつけていた自分の感情を剥き出しにしているような彼女の姿をみて、俺は少なからず共感を感じた。
「…やっぱり幾ら取り繕ってもリナの根っこは昔と全然変わってないし。狂犬って呼ばれてたあの頃のまんまだねヘッド…」
「おい狐…もう一回、昔みたいにあたいの事を呼んだらその喉笛に噛み付くよ…」
「ご、ごめん…とりあえず僕はまだそっち側にいく気はないからあっちに行ってるし」
シロナとリナは何か小声で言葉を交わしている。そして二言三言喋ってからシロナはこちらを見向きもせずに奥の採掘場の方へ走って行ってしまった。
…リナは参加、キツ坊は辞退か。俺の予想とは少し違ったな…。
俺はリナもこっちの参加は辞退すると思っていた。だがその俺の予想に反して、リナは何かを吹っ切ってこちら側にくる事を決意したようだ。俺はそんな彼女の覚悟と決意をみて心の中でなんともいえない熱い気持ちと嬉しさが込み上げてくるのを感じていた。その感情は恋愛感情とは少し違う。どちらかというと同気相求に近い感情だろう。
「…お待たせしましたのです。て、天兄さんあたし…」
俺の近くにやってきたリナは先ほど見せてしまった自身の別の一面の事を気にしているのか、俺に視線を向けずにうつむいて気まずそうな顔をしている。
「リナ…何も言わなくていいぞ。俺も何も訊かない。だがこの一言だけ言わせて貰おう…リナがいてくれると頼もしい限りだ」
俺はリナの肩に手を乗せて彼女にそう伝えるとリナは顔を上げて何処か安心した表情で俺の顔を見ながら呟いた。
「天兄さんはいい男なのです…」
「俺も君に対して全く同じ事を思っているぞ。そして更に言えばリナは頼れる女だ」
リナは俺のその言葉を聞いて少し気恥ずかしいかったのかうっすらと頬を赤らめている。
「昨日の保留から早くも天兄さんの中でいい女と評価をして貰えて光栄至極なのです!」
そして自身の言葉に冗談をまじらせながらいつの間にか完全に普段の彼女に切り替わっていた。
「俺の評価にどれほどの価値があるかはわからんがそう言って貰えると俺も悪い気はせんな」
俺もそんな彼女と同じ調子に会話をする。すると、それを近くで見ていたマリーとアクリアが機嫌悪そうな様子で口を開いた。
「……天様…余り大統領を待たせるのは失礼かと…」
「そうですよ天さん!あんなのでも一応は大統領なんですから!」
「りょ、了解した…」
…まだ1分ほどしか待たせてないんだが…。それにどちらかと言えば今のマリーさんの発言の方がよっぽど失礼だと思うし…。
不機嫌な二人を見たリナが、何かを察したようにはにかんだ笑みをこぼして二人に答えた。
「二人とも安心して大丈夫なのです。あたしはそういうのじゃないのです」
リナがそう答えると何故か二人はホッとした表情で胸を撫で下ろしている。
「とにかくこれから改めてよろしくお願いしますのです天兄さん」
リナは俺にそう言いながら拳を作って向けてきた。今、マリーとアクリアを安心させた言葉の真意は俺には理解できなかったがこのリナの仕草の意味はすぐに理解できた。
「ああ、こちらこそよろしく頼むぞリナ」
俺は彼女が向けてきた拳に自分の拳を当てて応える。
「……リナさんはああおっしゃっておりましたが、これは思わぬ強敵の出現かもしれませんね」
「同感だわアクリア…」
「あの立ち位置は普通、同じ男である俺の立ち位置だろ…」
俺とリナのやり取りをみていた三人が小声で何かを喋っていたが、俺は気にぜずに無線を待たせているシストと話しを再開する。
「待たせて悪いなおっさん。話しを再開しよう」
「なに、君の事だから人払いをしてくれたのだろ?なら少しぐらい待っても構わんよ」
…やはり察しがいいなこのおっさんは…。
「そう言って貰えると有難い。それと回りにいる者達にも話しに参加して貰いたいからこの無線をスピーカーモードに切り替えても問題ないか?」
「勿論、問題ない。…成る程その口ぶりだと既に数人の冒険士の協力者を得たと見える…流石は天君だ」
「運が良かっただけだよ」
シストに許可を貰い。俺はすぐにドバイザーを耳から離してスピーカーモードにし、胸の前に持ち替えて皆を手招きで更に近づけてからシストと話しを続ける。
「信頼できる奴らだと思っている。ちなみにランクはBが二人にCが二人なんだが、こっちに参加表明をしたのがBの二人とCの一人だ」
「がははは!早速、Bランクの冒険士を二人も引き入れるとは恐れ入ったぞ!儂も少し前に伝令を出したかいがあったと言うものだよ」
「少し前に伝令を出した?何かしてくれたのか?」
…そういえば確かおっさんは前に会った時に高ランクの冒険士達に俺の事を伝えてくれるとか言ってたような言ってなかったような…。
「「ビクッ!」」
俺がそんな疑問を口にした瞬間、その会話を近くで聞いていたカイトとアクリアが先ほどのリナとシロナのようにビクッと全身を強張らせて下を向いてしまった。カイトは額から冷や汗を出し。アクリアに至っては今にも気絶しそうなほど顔を真っ青にさせている。
「……ちゃんとに伝えてないのね貴方達は…」
「「ビクビクッ!」」
カイトとアクリアの様子を側で見ていたマリーは、何かを悟ったようにため息を漏らしながら二人に声をかけた。マリーにその台詞を言われた二人は更にその表情を険しくさせて追い詰められたように焦っている。
…そういう事か…別に当たり前の事だから気にする事でもないんだがな。まあ二人は俺に気づかれたくないようだし話しを戻すか…。
俺は実を言うと昨日から二人が何かを隠していた事に気づいていた。その一つがコレなのだろうと察した俺は、二人をこれ以上追い詰めないようにしようと話しを依頼の内容に戻すことにした。
「悪いおっさん。そんな事は今はどうでもいい事だった。仕事の話しに戻そう…現在もアラマ街道付近にリザードキングが出没しているのか?」
「その可能性は高いと思うぞ。リザードキングが街道で目撃されてからまだ15分も経っていないからね。もう少ししたらソシスト共和国とランド王国近隣の地域全域に緊急警報が出されるはずなのだよ」
…緊急警報?避難警告みたいなものか?どちらにせよ早く言って倒してしまえば問題ない…。
「了解だ。すぐに現地に向かう」
「助かるぞ天君。頼むのだよ」
「それはそうとおっさん…今回の依頼はなんでわざわざ俺に頼んだんだ?こういっちゃなんだが俺の存在はそっちとしても隠しておきたいんだろ?ならBランクモンスターぐらいで俺が動いてもいいのか?」
「Bランクモンスターぐらいって…凄い事を言っているな兄さん…」
その俺の発言に最初に突っ込みを入れたのは先ほどまで冷や汗をかいて焦っていたカイトだった。どうやら軌道修正をして立ち直ったらしい。逆にアクリアはまだ下を向いて顔を上げようとしない。
「でも天兄さんはそれを言う資格があるほどの強さを持っているのです」
「同意ですね」
リナが俺のとんでも発言にフォローを入れるとマリーもリナの意見を肯定する様に頷いて言葉を発した。
「…君の言う通りなのだよ。本当ならBランク単体討伐、程度で君を矢面に立たせたくないのが儂の本音だ。だがそうも言ってられない事態が起こってしまってね」
「どういう事だ?」
「今、ソシスト共和国とランド王国には儂を含むSランク冒険士はおろかAランクの冒険士すら一人もいないのだよ」
「おいおい本当かよ…」
「それは本当なんですか大統領!!」
…マリーさんも驚いてると言う事は大統領秘書でも知らされてない情報なのか?何やら相当、危なそうな匂いがするな…。
俺の予想通りシストが次に俺達に告げた話しの内容は、その場にいた俺以外の全員を凍りつかせることとなった。
「事実だ。現在、儂を含むAランク以上の冒険士は皆、エクス帝国に向かっている。11年振りにAランクモンスターが現れたとの報告を受けてな…」
シストの話しではヘルケルベロスと言われるAランクのモンスターが2体同時にエクス帝国で暴れているとの通達が昨日の夜中に冒険士本部に送られてきた。既に帝国側の数カ所の町や都市がその被害にあっており死者も少なからず出ているらしい。その報告を受けたシストは自らを含む現在、すぐに動く事のできる全てのS、Aランクの冒険士をエクス帝国に出向くように指示を出した。なので今、この国はおろか全世界のAランク以上の冒険士は手が離せない状況にあるという。
…いくら自分がSランクの冒険士だからと言って、一国の大統領が自らそんな危ない場所に行くってのはどうなのよ…。
この世界の国のトップは皆こうなのかと疑問を覚えたが。俺はすぐにその考えを捨てて、きっとこの男だけなんだろうなと心の中で笑ってしまった。正直に言うと俺はそういう漢が大好きだ。
…形上でも俺の上に立つ男なのだからそうでなくては困る…。
そんな事を思いながらこんな事態なのに気分を高揚させている俺とは正反対に、他のメンバーは暗い雰囲気を漂わせていた。
「一体どうなっているんだ…。BランクにAランクのモンスターが揃って各地で現れるなんて…」
「11年前のあの時も沢山の方々が亡くなられましたからね…」
「そうねアクリア、カイト。そして卑劣にもその騒動に乗じて非道な行いをした不逞の輩もいたわね…」
…邪教の連中か…。
「「…………」」
マリーが氷のような冷たい眼光と声音で怨嗟のような言葉を吐いた瞬間、カイトとアクリアの表情に暗い影が落ちた。
…なんて辛そうな顔をしてるんだ二人とも…。
二人の辛さや哀しみ、憎しみなどの負の感情を同居させたようなその表情を目の当たりにした俺は、彼、彼女達の背負っている十字架の重さは俺の想像を遥かに超えるものだと感じざるを得なかった。
パンッ!!
なんとも嫌な空気が流れて沈黙が場を支配してしまったそんな中、リナが柏手を強く打って口を開く。
「あたし達が今すぐにやらなきゃいけない事ってなんなのですか?」
「リザードキングの討伐だな」
リナの問いかけに打てば響くように俺は返答した。するとリナは笑顔で俺の返事を肯定する。
「その通りなのです!だから早くアラマ街道に向かうのです!」
「…本当に頼りになるいい女だよお前は」
俺がそう言うとリナは胸を張って得意げに言い放った。
「ふふんなのです!あたしに惚たら火傷するので気をつけてくださいなのです!」
「ああ気をつける。今も危うく惚れる所だったからな」
俺がリナへ冗談交じりにそう返すとマリーとアクリアが驚愕して声を上げた。
「「えっ!!!」」
「…二人とも冗談に決まっているだろ。いちいちあんなやり取りで反応するなよ」
下手をするとAランクモンスターが11年振りに現れたと聞いた時より驚いている女性二人の反応に対して、カイトが呆れながら疲れたように突っ込みを入れている。
…よくわからんがエルフ組三人もいつもの調子に戻ったみたいだからいいか…。
「おっさん、そういうわけだからもう無線を切るが最後に一つだけ聞きたい事がある」
「がははは!頼もしい仲間と組んだみたいだな。っと質問だったな?何かね?」
「なんで俺はおっさん達の方に呼ばれなかったんだ?」
…別に不満があるわけでは無いが普通に考えたらAランクモンスター2体出現なんて俺にピッタリの案件だ。その討伐に俺が呼ばれないのは考えにくい…。
俺のもっとも過ぎるその疑問にたいしてのシストの回答は実に単純なものだった。
「連絡手段がなかったのだよ」
「……納得した」
「まあ君が仲間に引き入れた冒険士の中にBランクの者がいると知っていたらそちらから連絡が取れたのだかね」
「「ビクッ」」
カイトとアクリアがまた体を震わせてシストの言葉に反応する。俺はそれに気づいていないフリをしてシストとの会話を続けた。
…伝令、連絡系等の話しをカイトとアクの前でするのは控える事にするか…。
「それに元々、君の言った通りマリーがそちらに着いたらすぐに連絡してこっちに参加して貰おうと思っていたんだがね…」
「運悪く凄腕の冒険士をほとんど出払っている今の状況で自国の近隣にリザードキングまで出現してしまったと」
「その通りなのだよ。実を言うと無線をかける直前まで君にどちらに参加して貰おうか迷っていたのだがね」
「迷った末に俺がいる場所の近くに現れたリザードキングの討伐の方を頼んだということだな」
「全く君は話が早くて助かるぞ」
俺はこの時、出来ればAランクモンスターの方に行きたかったなと少し肩を落としていたのだが。後にこのシストの英断のおかげでリザードキングからの被害は重軽傷者は出たものの死者0という僥倖の結果に繋がり。当事者である俺もこの依頼を任せてくれたシストにとある事情から心より感謝をする事になる。
「じゃあもう切るが……おっさん」
「なんだね?」
「リザードキングを倒したらすぐに俺もそちらに参加する。万が一おっさんに死なれたらこれからおっさんの権力を利用出来なくなるからな」
俺が冗談交じりに皮肉を言うとシストは嬉しいそうに笑って返事をした。
「がははは!!諸々頼んだぞ!それにしてもリザードキングを倒す前提で話しをするとは実に頼もしいのだよ。では健闘を祈る!」
ガチャッ!ツーツー…。
「そっちもなおっさん。…死ぬなよ」
俺は無線が切れたドバイザーを眺めながら小声で自然とその言葉を漏らしていた。
…色々と丸くなったもんだな俺も…。
「マリーさん。ドバイザーありがとうございました」
俺はマリーにドバイザーを返した。
「いえいえ。…天さんすぐにアラマ街道に向かわれるのですか?」
「はい。とっととリザードキングを倒しておっさんと合流したいので」
「では私も及ばずながらお供させて頂きます」
マリーは真剣な面持ちで俺について行くと言ってくれた。だが俺はそんな彼女の提案をあっさり断った。
「いや、俺が一人で走って現地に向かった方が時間を短縮できると思うので俺一人で倒しに行きます」
…最初は皆で行くつもりだったが今は一秒でも早くリザードキングを倒しておっさん達に合流しなければならんからな…。
シストとのもとにすぐに駆けつけたかった俺は他のメンバーがいたら逆に時間がかかると判断したのだ。
…誰かからドバイザーを借りてリザードキングを倒したら連絡を入れて死体だけ回収して貰う事にしよう…。
「カイト、アク…っとあれ?リナがいないな?」
いつのまにかリナがいなくなっていた。
「まあいいか。そういう訳だからマリーさんと一緒にここで待っていてくれ。すぐに倒して戻ってくる」
俺が一人で倒しに行くとカイトとアクリアに声をかけたら、カイトは鋭い目つきで俺を睨みつけアクリアは不満気な顔で何かを堪えているように体を震わせていた。
「……兄さん。本気で言ってるのか…」
「本気だが?」
俺がそう言った途端、カイトとアクリアは堰を切ったように俺に怒りをぶつけてきた。
「俺達を馬鹿にするのもいい加減にしろ!!俺達は仲間じゃないのか?だったら少しは俺達の事を信頼しろよ!!」
「カイトの言う通りです!!確かに私達は天様のステータスには遠く及びません…ですが私達は同じチームではないですか!志を共にする仲間としてどうして頼って下さらないのです!」
「それに助太刀を申し出たマリーさんに対してあの態度も失礼過ぎるぞ!!一体、何様のつもりだよあんたは!!」
「そうですね。天様はもっと善意を向けてくれた相手に敬意と思いやりを持つべきだと思います…」
「!!」
カイトとアクリアに怒りの感情をぶつけられて、俺は顔を青ざめながらまたやってしまったと思った。俺の悪い癖だ。俺は昔から戦いにおいて他者を必要としなかった。その気持ちはこちらの世界に来ても同じ、もしくは前よりもその思想は強いものになっていた。その考え方を変えなかったせいで淳達を邪魔に思いあんな事をしてしまったというのに。
…あの時の事をあんなに後悔したのに俺ってやつは…。
ラムと別れた時の事を思い出した俺は、あんな思いをするのは二度と御免だと、とにかくすぐにその場にいた三人に頭を下げて謝った。
「す、すまん!二人のいうとおりだ!今の発言は皆に対して失礼過ぎた。マリーさんもすまなかった!」
「いいえ。お気になさらないで下さい。大統領の事を心配して下さったんですよね?」
マリーはとても優しい声で俺を慰めるようにそう尋ねる。マリーのその問いかけに俺は無言で頷いた。
「…これからは気をつけてくれよ」
「もっと私達を信頼して下さいませ…」
「本当にすまない…」
カイトとアクリアは不満気にそうつぶやいた。その二人の言葉に合わせて俺がまた頭を下げて謝ると、どういうわけかマリーが蔑んだ目で二人を睨みつける。
「…貴方達、さっきから黙って聞いていれば…天さん!謝る必要はございませんわ。この二人は…」
ブルルルル!
マリーが何かを言おうとしたその時。
「みんな〜〜!!動力車の用意が出来たのです!早く全員、乗って下さいなのです!」
…有難い!助け船とは正にこのこと!リナは本当に頼りになる…。
いつのまにかいなくなっていたリナが動力車で迎えに来てくれた。俺は色んな意味で助かったと思い。その場を逃げる様に動力車の方に走って行った。
「カイト、アクリア」
そんな天の様子を見て何か思う所があったのか。大統領秘書でありカイトとアクリアの先輩冒険士でもあるマリーが逃げる様にこの場を離れた彼の後ろ姿を眺めながら二人に話しかけた。その視線は既にカイトとアクリアに合わせてはいないが、何処か二人にたいしての冷たさと蔑みを感じさせる。
「二人は今、天さんに信頼とか仲間とか言ってたわね」
「「………」」
マリーはカイトとアクリアに視線を送らずに前を見たまま皮肉交じりの言葉と責めるような声で二人に話す。頭が良くマリーと十年来の付き合いをしている二人は彼女が何を自分達に言いたいのか容易に予想できた。恐らくは『貴方達がその事で彼を責める資格があるの?』だ。
「ないわよね」
「「…………」」
マリーの方も自分が言いたい事を二人なら触りだけ言えば、目つきや喋り方などの少しの情報を与えれば伝わってしまう事を熟知している。それほどの信頼関係をこの三人は持っている。だからカイトとアクリアが無言でも会話を進められるし続けられるのだ。
「天さんは貴方達に責められた時に血の気が引いたような顔ですぐに必死になって頭を下げたわ。彼があの時にどんな気持ちで貴方達に謝ったか…アクリアならわかるんじゃないかしら?」
「っ!!」
そのマリーの言葉を訊いてアクリアはすぐに自分が天をどんなに追い詰めてしまったのかを悟った。
「確かに彼の言い方も私達に対して失礼だったかもしれないわ。でもそれは大統領の身を心配しての事だと大統領との会話からすぐに察せなかったかしら?一刻も早く助太刀に行きたいと…」
「「………」」
「それに二人共、気づかなかったかもしれないけど貴方達が大統領の言葉に反応して顔を険しくさせていた時、彼は貴方達に気を配ってそれとなくその話題をすぐにそらしていたわ」
「「っ!」」
もはや二人はマリーも天も自身の視界に入れる事もできない程に後ろめたい気持ちと罪悪感でいっぱいになっていた。
「今の事は天さんにも非があったかもしれない。でも果たして彼だけが責められる立場だったのか…本当に思いやりが足りなかったのはどちらなのかをよく考えた方がいいわよ二人共」
マリーはそう言い残し。動力車の方に向かってそそくさと歩いて行った。
「「………」」
カイトとアクリアもすぐにマリーの後を追うが彼女にとてつもなく痛いところを突かれた二人は地面から視線を上げる事すらできないほど文字通り落ち込んで、激しい自己嫌悪と後悔の念にさいなまれていた。
実のところ、本来のこの二人の知能と洞察力なら天がどうして一人で行きたいと焦っていたのかをシストとの会話内容から容易に察しただろう。なにより冷静で思慮深い二人はいきなりあんな剣幕で誰かを責める事は普通はないのだが、二人はある理由からあっという間に怒りのボルテージが最大限まで上がってしまったのだ。
男の方は長年想い続けていた愛する女性が他の男に恋をしてしまい。あまつさえその男は自分の愛しの人の好意を軽くあしらっていると思い込んでしまった嫉妬心から。
女の方は生まれて初めてできた想い人に自分はまるで頼りにされてない。求められてないと感じてしまい無力感と敗北感から。
恋する男女はそれぞれの理由で溜め込んでいた不満と苛立ちが一気に爆発してしまったのだ。しかもこの後、女の方は恋のライバルである女性に『この三人の中で今の所、最下位は間違いなく貴女ね』と言われて更にその気持ちを沈ませるのであった。




