間話 アクリアとカイトの真意
自分のベッドに腰掛けて姿勢を正し、目を閉じて静かに座っている彼女の目の前に立ち、俺は声を上げて抗議する。
「一体、何を考えているんだ君は!」
「…………」
俺の名はカイト。ここランド王国とその周辺地域で主に活動しているBランク冒険士。アクリア、リナ、シロナと共に冒険士チームを組み、そのリーダーも務めさせて貰っている。
現在、俺は自分の活動拠点として借りているこの町、有数のホテルの一室にいる。普通に借りると中々にいい宿泊費を取られてしまうのだが、彼女と俺はBランク冒険士の特権で半額以下という破格の値段で宿泊する事が可能な為、このホテルを活動拠点にする事が出来た。
そのホテルの一室で俺は今、ここを活動拠点として利用しているもう一人のBランク冒険士である彼女を叱咤している。俺は普段は女性に対して余り怒鳴ったり、声を上げて話し掛けたりしない様に心がけているのだが、今回はその例外である。先ほどの彼女の余りに軽率な行動に対して俺はそうせざるを得ないほど狼狽していた。
「話しを訊いているのかアクリア!」
「……しっかり聞いていますよカイト」
彼女はゆっくりと目を開けて、俺に視線を送らずに少し下を向いたまま返事をする。
「今日の君はどうかしてるいるぞ…。何故、あの時、彼に真実を話そうだなんて思ったんだ…」
俺達はリナとシロナと別れて一足先に動力車でこのホテルに帰って来た。その理由が今、俺が言った事なのだ。
採掘現場で彼の秘密を聞いた後に、すぐアクリアが思い詰めた顔で彼に駆け寄って行ったのを見た俺は、彼女がなにをしようとしたのか直ぐに理解し、彼女を必死で止めた。そんな俺達を見た天は、気を配り、今日は先に帰って休んでくれと提案してくれた。だから俺はアクリアを半ば強引に引っ張てこの町に帰って来た。
…多分、天には俺達のあの行動のせいで、少なからず不信感を与えてしまっただろうが、真実を話すよりはマシだな…。
「それは彼の方が私達を信頼して自分の秘密まで話して下さったからです」
アクリアは俺のその問いに、今度は俺にしっかりと視線を合わせて即答する。俺を見つめる瞳には力強い意思の光が灯っている。
「…こう言ってはなんだが、アレは彼が自ら勝手に喋った事であって、別に俺達が訊いた訳じゃない…」
「確かにそれは貴方の言う通りかもしれません…。ですが私はその誠意に応えたかったのです!」
アクリアは俺に視線を合わせたまま自分の思いの丈をぶつける様に訴えた。
「…一応、確認するが、やはり君は彼の事を…」
「はい、好きです。一人の異性として彼の方の事が…」
またも彼女は俺の問いに即答で応えた。その声色には一片の迷いもない。
「今日、会ったばかりの彼にか?しかも君は怪我人の手当てをしていたから彼と関わった時間も俺達三人よりずっと少ないだろ?」
「触れ合った時間など関係ありません。自分でも驚くほど、彼の方に惹かれました…。これが恋をするという事なのですね…」
アクリアはそう言いながら少し頬を赤らめさせて優しい笑みを浮かべる。どうやらこれが彼女の初恋の様だ。
…剛士に恋をするよりはマシだが、まさか大統領に要注意人物と言われていた人物に恋をするとは…。
実は俺とアクリアは、大統領に事前に花村天という人物の事を聞かされていた。いわく規格外の怪物で絶対に敵対してはならない。刺激してはならない。もし出会ったなら影からサポートして欲しい。この3つ、つまりは彼の機嫌を損ねるなといった指示が、俺達を含めたソシスト共和国とその近隣国のBランク以上の冒険士達に一週間ほど前、ドバイザーの映像通信で打診があったのだ。
…あの時は俺とアクリアを含め、恐らくは他の冒険士達も大統領の言葉に、殆どの者が半信半疑だった筈だ…。
だが実際に今日、花村天に出会い。間近で彼に触れて俺は確信した。あの男は怪物だ。元Cランク冒険士の剛士を一人で捕まえた程度だと判定は難しい。が、Aクラスのモンスターを一人で倒したとなると話しは別になる。
…それに俺達の目の前でハイリザードマンを二体同時に一瞬で倒したしな…しかも素手で…。
俄かに信じ難い事実だが、彼は俺達の目の前でそれを実践して見せた。
「アクリア…君の気持ちは分かる。確かに彼は自分のステータスまで見せて俺達に誠意を示した…。自身に魔力がないからドバイザーの契約が出来ないという事情も…」
…まさか魔力がまるでない人型がいるとはな。しかも魔技を全て無効化するなんて…。だが一番の脅威はあのデタラメなステータス数値の数々だ。全部が事実かはまだ判断出来ないが、知能以外の全ての数値が500越えで、HPに至っては五桁なんて普通はあり得ないぞ…。
俺のその言葉を聞き、アクリアはまた俺に視線を向けて食ってかかってくる。
「ですから私はあの時に天様に全てをお話ししようと思ったのです!なのに貴方が…」
「止めるのは当然だろ!」
俺はアクリアの言葉を最後まで聞かずに、また彼女を叱咤する。
「あの時、君は恐らく自身の全ての事情を彼に話そうとした…違うかい?」
アクリアに俺の推測を話すと、途端に彼女は暗い表情を浮かべて俯いてしまった。
…図星か…。
「それがどういう事か君は分かっているのか?いや、分かっていて自分の恋した男に自らの意思で君の抱えている問題を一緒に背負って貰いたい…」
「っ!」
俯いていたアクリアが顔を上げて俺を睨んで来た。その目には薄っすらと涙が浮かんでいる。
「す、すまない…失言だった…」
アクリアのその表情を見て。彼女の触れてはならない傷口に塩を塗ってしまった事に気づき。俺は即座にその事を話すのを止めて、彼女に謝罪をした。
「……いえ、いいんです。貴方の言う通りですから…」
アクリアはまた俯いてしまった。
…思慮が足りなかったな。今のは大反省しなくては…。
「本当にすまない…。だが、それを話してしまうと…天はもしかしたら、俺達に手を貸してくれなくなってしまうかもしれない…」
実をいうと俺とアクリアは大統領にその話しを聞き。その人物が自分達の近くにいると知った時にチャンスだと思ったのだ。彼の力を自分達の目的を成す為に、はっきり言うと利用、出来ないかと考えた。
…だから今回の話しは俺達にとっても渡りに船なんだ。まさか向こうから仲間に誘ってきてくれるなんて…。
今更、『実は最初から大統領から聞いていたので貴方の事は知ってました』と言ってせっかく築いた彼との信頼関係にヒビを入れる訳にはいかない。実際その可能性は今日、観察した彼の人柄を考えるとかなり低いだろうがゼロでは無いと俺は考えている。彼には俺達の目的を成すまでは仲間でいて貰わなければ困るのだ。彼に不信感を持たせる様な言動は極力控えなければならない。
…アクリアは誠意を見せて全て話すのが一番良いと考えているみたいだが…。
それも一つの手段なのだが確実ではない。彼がもし俺とアクリア、主に彼女の事情を聞いて尻込みしてしまった場合、俺達に彼を動かす程のメリットを提示する事は難しい。
…天にはしばらく黙っていて、知らず知らずのうちに巻き込む方が確実だろう…。
とにかく今は、彼の信頼を少しでも上げて危ない橋を一緒に渡って貰える程の信頼関係を築く事が先決だと俺は考えている。だから俺達の事情を打ち明けるとしてもまだ早過ぎるのだ。
…俺は矛盾しているな。本当の意味で彼と信頼関係を結びたいならアクリアの考えの方が確実に正しい…。
本当なら俺だってその手段を選びたい。だがアクリアが彼に対して特別な感情を抱いてしまった結果、その手段は果てしなく諸刃の手段になってしまった。もし彼が断ったら。また信じていた男性に見捨てられたら。きっと心が決して強いとはいえない彼女は今度こそ完全に立ち直れなくなってしまう。俺はそれが一番怖いんだ。
俺が深刻な顔をしていたら。アクリアがそんな俺の心配を見抜いた様に話し掛けて来た。
「大丈夫よカイト…。天様はあの男とは違います…」
「…確かにそうかもしれないが、そうじゃないかもしれない…。今日、会ったばかりの彼を俺はまだそこまで信用できないよ…」
「私は信用できます」
「…その根拠は?」
アクリアのその余りにも軽々しい返事に俺は呆れてしまい。ため息交じりで俺は彼女に質問する。彼女はそんな俺の質問に先ほどまでの沈んだ表情を少し柔らかくして答えた。
「貴方に何処か似ているからです」
「…褒め言葉として受けとっておくよ」
「ええ、褒め言葉ですから。そして、彼の方は私とも少し似ています…」
「天と君が似ているって?」
俺はアクリアと彼の何処が似ているか見当がつかず。疑問の表情で彼女に訊き返した。
「天様は私達にご自身の力をお見せになった時に『恐怖で従わせたくない。対等に接して欲しい』とおっしゃられました」
「ああ、ハイリザードマンとの戦闘を終えた後、確かに彼はそう言っていたがそれがどうしたんだ?」
…今、思えばあの言葉は少し以外だったかもしれないな。あんな青臭い事を天の口から聞くとは思わなかった。俺が持った彼の印象は、もっと大人びていてどこか危険な雰囲気だった…。
「彼の方のそのお言葉をお聞きした時に私は、天様も私と似た扱いを受けてきたのかもしれないと思ったのです」
「!」
「あの並々ならぬ身体能力を周りにいた人々から怖れられていたに違いありません。そのせいで真面に接してくれる方が殆どいらっしゃらなかったのではないかと、私は思えてなりません…」
彼女は悲しい表情を浮かべながら話しを続ける。
「私には幼き頃はから貴方を含めた数名の理解者が周りにいました。ですが彼の方は…」
アクリアはその言葉を最後まで喋らずに今にも泣き出しそうな顔をして、また俯いている。
…アクリアは多分、天涯孤独という言葉を思い出しているのかな?ただの憶測な様な気もするけどな…。
アクリアのその推測について、なんとも言えなくなった俺はこの場の暗い空気を変えようと無理やり浮いた話題を彼女に振った。
「そ、そうだアクリア、そう言えば天は相当に鈍感な男なんだな?君の気持ちにまるで気づいていなかった」
…まあ俺でも女性が自分に好意を持ってくれたとしてもすぐに気づく可能性は低いかもしれないが、アクリアのあの態度を見れば正直、子供でも分かると思うな。最後の方は告白みたいなセリフも言っていたし…。
「…どちらかと言えば心の奥では気づいていて、それを自身で認められない。あるいは信じない様にしているのかもしれませんね…」
アクリアは憂いにも似た表情で小さくため息をついた。思わず見惚れてしまうほどに彼女のその表情は女神の様な美しい神々しさを感じさせる。
…長年一緒にいるが初めて見たなアクリアのあんな顔は。彼女が従兄妹でなおかつ俺に想い人がいなかったら危なかったかもしれない。流石、恋する乙女というところか…。
俺がそんな事を考えてる中、彼女はその表情のまま話しを続ける。
「少し前の私も剛士さんに対してそんな接し方をしていたのかもしれませんね…。いざ自分自身が、お慕いしている方にそういう風に接せられると、凄くもどかしい気持ちになります…」
「剛士の事は置いておくとして。考え過ぎじゃないかアクリア?」
「いいえ。確証はありませんが恐らくそうです。そして、彼の方は人に対して…特に女性関係で何か心に深い傷をお持ちかもしれません」
…見事に言い切ったな。アクリアはこうなると頑固な所があるからな。でも毎回、彼女の勘は当たる。今回も以外に当たらずとも遠からずなのかもしれない…。
「…キツ坊さんが羨ましいです…。あんなに天様に心を開いて貰って…」
「あんな変な愛称を付けられたシロナを羨ましがるなんて君の彼への想いも相当だな」
「変?可愛らしい愛称だと思いますが?カイトもそう言っていたではないですか」
アクリアが首を傾げて俺に疑問の表情を向ける。
「アレは彼に合わせただけだよ。兄さんという呼び名だってリナとシロナに合わせて、彼の警戒心を緩める為に言ってるだけであって、元々、俺のキャラじゃない」
「……私も貴方の様に器用に生きたいです…」
アクリアはそう言って大きくため息をついた。
…恋愛以外では君は俺以上に器用だと思うけどね…。
「何はともあれ、君の初恋は前途多難の様だな」
俺が冗談交じりでそう言うとアクリア少しむくれた顔で飛んでもない事を口にした。
「他人事みたいに言ってますけど、カイトの恋も前途多難ですよ?これも私の勘ですがマリーさんも天様に恐らく恋をしています…」
「な、な、なんだって!!」
アクリアのその衝撃発言を聞き、俺は驚きを隠せなかった。
「い、いや待てアクリア。彼はマリーさんとはただの知り合いだって言っていたじゃないか!」
「それはあくまで天様のマリーさんに対しての気持ちであって、マリーさんは天様の事を好いていると思いますよ?」
「そんな事わからないじゃないか!だいいち、マリーさんと天は2、3回話しをしただけと言っていたし!」
俺はアクリアの言った事をどうしても信じたくなかった。まさかずっと憧れて恋い焦がれていた女性に好きな男ができたなんて。
「私は会ったその日に天様に恋に落ちたのですよ?先ほども言いましたが時間は関係ありません」
「こ、根拠はあるのか!」
「大統領は、天様の頼みならマリーさんは喜んで休日を返上するとおっしゃっておられました」
…な、なんだたったそれだけの理由で決めつけたのか?ならきっとアクリアの思い過ごしだろ…。
「…それだけでは判断できないと思うがね。何時も君の勘の良さには驚かされるが、今回は君の思い違いで終わると思うよ」
「……それなら私にとっても有難い事ですが。マリーさんは女性の私から見ても素敵な方ですし。…どちらにせよ誰が相手でも彼の方の一番手の座は譲る気はありません」
アクリアは静かに闘志を燃やしている様だ。
…そうだ思い違いだ。あの慎重派のマリーさんが会って間もない天に恋するわけがない…。
俺はそんな事はあるわけがないと半ば、祈る様な気持ちで自分を納得させた。だが俺のそんな思いも虚しく、後日、大統領が派遣した建設業者の付き添いでついて来た自身の愛しの人を見て、自分の恋がとてつもなく険しい道のりである事を俺は知ってしまうのであった。
「じゃ、じゃあ俺はもう自分の部屋に戻るが、コレだけは忠告しておくぞアクリア。今日、出会ったばかりの彼の事をあまり信用し過ぎるな…」
「……お休みなさい」
アクリアは俺の忠告にたいしては何も返答せずに、ただ部屋を出ようとする俺に挨拶だけして虚空を見つめている。
バタンッ
カイトが部屋を出ていき、アクリアは自身のベッドに横になりながら今日、出会った男性の事を思い出していた。そして弱々しい声でつぶやく。
「…彼の方はあの男とは違う。母が邪教の奴隷にされたからと言って自身の愛する妻と娘を呆気なく見捨てた、あの冷血な国王とは…」
ランド王国、元第一王女アクリアは、天なら例え自分達の事情を全て知ったとしてもきっと力になってくれると信じて疑わなかった。
彼女はそんな事は自身の都合の良い望みだとわかった上で、それでもそう切に願わずにはいられなかった。




