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第26話 交渉成立

「素手でCランクモンスターを倒す人を初めて見たのです…」


「…本当だし。しかも2体同時に一瞬でとか…あり得ないし…」


 リナが間の抜けた表情で半笑いをしながら今、自分が見た光景への感想を漏らす。そのリナの感想に対して近くにいたシロナが顔を青くしながら相槌を打つ。


「お〜いカイト、狐娘〜」


「「ビクッ!」」


 俺がハイリザードマンの首を持ちながらカイトとシロナを呼ぶ。俺に呼ばれた瞬間、二人はビクッと体を硬直させて固まる。


「このハイリザードマン2体をドバイザーに入れてくれないか〜」


 俺は倒れているハイリザードマンの死骸を指差しながら二人にそう言った。


「り、了解しました!」


「す、すぐに入れさせて頂きますっす!!」


 二人は俺の呼び掛けに対して丁寧語で返答してその場で敬礼をした。そして何故かその呼び掛けでいち早く俺の元に向かおうとしたのはアクリアだった。


「花村ひゃん、私がハイリザードマンをドバイザーに入れひゃせて頂きまひゅ…ブッ」


「待つのですアクリアさん!とりあえずそれはカイトさんとシロナに任せて、アクリアさんは早く鼻血を止めて欲しいのです!」


 俺の元に向かおうとしたアクリアを側にいたリナが止める。リナはアクリアを抑えながらカイトとシロナに目線を投げて俺がいる方向に首を振って、早く俺の元に行けとジェスチャーしている。


 カイトとシロナもそんな緊張感の無い光景を見て、先ほどまでの体の緊張がほぐれた様で、半笑いしながらドバイザーを出して俺の元に走って来た。走ってくるカイトにむかって、俺はもう一つ頼み事を言った。


「カイト、悪いがそこにある俺の服も、ついでに持ってきてくれるか?早く服を着ないと色々と不味い…」


「了解だ…」


 カイトは俺の言葉の意味を即座に理解して近くに置いてあった俺の服を取ってこちらに向かって来た。


「すまないなカイト」


 俺はカイトから服を受け取りすぐに服を着た。アクリアは後ろの方でそれを少し残念そうに見ている。


「いや、お安い御用さ…」


 …カイトに何時もの爽やかな余裕がないな。色々と疲れたんだろう…。


 俺はその一番の原因なのにもかかわらず、他人事の様なことを考えながら、平常運転で二人が自分のドバイザーに一体づつハイリザードマンを入れるのを見ている。


 二人がハイリザードマンをドバイザーに入れ終わったのを確認して、最後に自分の持っていたハイリザードマンの首をシロナに渡した。


「狐娘、これも入れといてくれ」


「か、かしこまりましたっす!!」


 シロナはまた俺に対して敬礼して、すぐに自分のドバイザーにハイリザードマンの首を入れる。シロナの目には俺に対する恐怖の感情が見て取れた。


 …まずいな。アクリアさんはともかくとして、俺は別に暴力や恐怖でカイト達を従わせたくはないんだが…。


 俺はそんな不安を持ちながら、ドバイザーにハイリザードマンを収納し終わったカイト達と共にアクリアとリナの元に戻る。アクリアもなんとか何時もの彼女に戻っており、隣にいたリナは疲れた表情でため息を漏らしている。


「なんか戦ってないのにやけに疲れたのです…」


 しばらくして、俺は皆が落ち着いたのを見計い、ある頼み事をした。


「皆に頼み事がある。これから共にやっていく中で、俺に関しては上下関係はいらないから好きに接してくれ」


 皆は突然の俺のその頼みを聞き、不思議そうに俺を見ている。


「…急にどうしたんだ兄さん?」


「はいなのです。言ってる意味はわかるのですが、なんで今、このタイミングで言ったのですか?」


 怪訝そうな顔をしてカイトとリナが俺に質問してきた。


「正直に言わせて貰う。今の俺の戦闘を見て、皆が俺に対して少なからず恐怖してしまっている所があるからだ。出来れば俺はそういった感情で皆を従わせたくはない。いい意味で対等な立場でいたい」


「あんなの見させられたら仕方ないし…っす」


 シロナが俺の顔を見ずに、下を向きながら力なく言葉を漏らす。カイトとリナもそんなシロナの言葉を聞き、下を向いてしまう。二人もシロナの肯定はしないまでも否定する気もないようだ。


 なんともいえない嫌な空気になりそうになった所で、アクリアが身を乗り出して言葉を発した。


「花村さんに恐怖なんてとんでもありません!!(わたくし)は興奮はしましたが花村さんを怖いとは微塵も思いませんでした!」


「そ、そうか、ありがとう…」


 普段の彼女(アクリア)からは考えにくい様な剣幕で迫られて、俺は少したじろいだ。


 …何に興奮したかは、考えないようにしよう…。


「ならアクリアさんもこれからは俺に対して好きに接してくれて構わない。無論、無理にとは言わんが…」


「ほ、本当ですか!で、では花村さんの事をカイト達の様に別の呼び方で呼ばせて頂いてもよろしいでしょうか?」


 俺がそう言うとアクリアは目を輝せながら俺に質問してきた。


「勿論だ。アクリアさんがカイトを呼ぶ様に、呼び捨てでもいい。なんなら狐娘が最初に言った、Fランクと呼んでも構わんぞ」


「ビクッ!」


 俺が冗談交じりにそう返事をすると、近くでそれを聞いていたシロナが一瞬、体を痙攣させて、また硬直する。


 …今のは別にお前に対して嫌味を言ってる訳じゃないぞ?頼むから怖がるのを止めて欲しい…。


 シロナの態度に少し傷つきながらも、俺はアクリアに視線を戻した。


「とにかくアクリアさんの好きに呼んでくれて構わない」


「では、お言葉に甘えさせて頂きますね…天様」


 ……はい?…。


 俺は今、アクリアが呼んだであろう俺の呼び名を聞き間違いだと思い、もう一度その呼び名を聞き返した。


「ア、アクリアさん…今なんて?」


「天様、私の事はアクリアと呼び捨てにして頂けると嬉しいのですが…」


 アクリアが顔を赤らめながらモジモジして俺にお願いしてくる。普通なら彼女のその仕草だけで男にとってはとんでもない破壊力なのだが、今の俺はそんな事を感じている余裕がない程、衝撃を受けていた。


 …聞き間違いじゃない!よりにもよって『様』付けだと!…。


 アクリアが俺の事を様付けで呼ぶ様になってしまって、俺は酷く狼狽した。


「えっと…あの…。待ってくれアクリアさん…。確かに俺は好きに呼んでいいとは言ったが、それはここにいる皆と、これから対等な立場で付き合って行きたいからだ。なのによりにもよって『様』付けは…」


 俺がアクリアに苦情を言うとアクリアはその俺の苦情を即座に一蹴する。


「好きに呼んで構わないとおっしゃったのは天様ですよ?後、何か勘違いをなされている様ですが、私は自分自身でそうお呼びしたくて…お、お慕い申し上げているから天様とお呼びしたのです!」

 

 アクリアはまた顔を赤らめながら、俺に訴えて来る。


「今の、もうほとんど告白だし…」


「なんだか今日一日で変わり過ぎなのですアクリアさん…」


 気づけば周りにいた他の三人も俺とアクリアのやりとりを生暖かい目で見ていた。嫌な空気を変えるという意味ではアクリアのこの暴走は結果的にはかなりプラスに働いたのだが、今そんな事を気にする余裕が俺には無い。


「だ、だかなアクリアさん…。流石にそれでも様付けは…」


「ですから天様、私の事は呼び捨てでアクリアと呼んで下さい!」


「はは…ははは、あはははははははっ」


 全く譲らないアクリアを見て、カイトが堪らず吹き出した。カイトはいつの間にかいつもの爽やかな彼に戻っており、その表情はどこか優しげである。


「笑い事ではありませんよカイト…」


 そんなカイトを見てアクリアが少しふてくされる。


「はははあ〜…いや、すまない二人とも。兄さんでもそんなに焦る事があるんだなと思ってな」


 どうやらカイトは俺がアクリアの対応に困っていたのが意外だったようだ。


「ふぅ〜…兄さん、アクリアはこう見えて意外に頑固な所があるから、ここは兄さんが折れた方がいいよ」


「…そのようだな…。じゃあ、アクリアさんの事はこれから『アク』という愛称で呼ばせて貰っても構わないか?」


 カイトにそう言われて、俺はアクリアの頼みを渋々受け入れた。俺のその言葉を聞きアクリアが満面の笑みを浮かべて返事をする。


「はい!愛称でお呼び頂けるなんて光栄です天様!」


 …大袈裟過ぎだ…。彼女の中の俺の立ち位置ってどんだけ上なんだよ…。


「アクリアさんだけズルいのです。あたしも呼び捨てにして欲しいのです天兄さん」


 今度はそれに便乗してリナが自分も呼び捨てで呼んで欲しいと俺に注文してきた。ただ先ほどの俺に対するギスギスした感じはいつの間にかなくなっており。冗談交じりのその態度は俺に対する警戒心を緩めてくれた証だろう。


 …考えてみれば俺が好きに呼んで欲しいと言っているのに、自分は相手が呼んで欲しい呼び方で呼ばないのは筋が通ってないか…。


「了解だ。アク、リナ、カイト、それにキツ坊。改めてこれからよろしく頼む」


 俺は皆を見渡しながら、何度目かの挨拶をする。


「こちらこそだ兄さん」


「はい!ふ、不束者ですがよろしくお願いします!」


「アクさんそれはさっきあたしが言ったセリフなのです…」


 リナも気づけばアクリアの事を愛称で呼んでいた。さきほどからのアクリアの暴走が、どうやらカイト達四人の間の距離も縮めたみたいだ。


 …何はともあれ、良かった良かった…。


「ちょっと待つし!!」


 シロナが一人だけ納得いかないといった表情でその場で叫び声を上げる。


「なんなんすか僕のキツ坊って!!」


「俺が考えた狐娘の愛称だが?」


「今の流れでそれしかないのです。折角いい感じでまとまりかけたのに、少しは空気を読むのですキツ坊」


 なにを当たり前の事を聞いてるんだと言わんばかりの俺とリナの容赦のない返答を聞いて、シロナは一瞬たじろぐが、やっぱり納得できないとばかりに俺に食ってかかる。


「まず僕の名前は狐娘じゃなくてシロナだし!だったら百歩譲ってシロ坊だし!というかいい加減、狐から離れて欲しいし!!」


「いい愛称じゃないかキツ坊って?」


「天様にそんな親しい呼び方で愛称をつけて貰えるなんて、羨ましいですキツ坊さん…」


 カイトとアクリアも既にシロナの呼び方がシロナからキツ坊に変わっている。そしてアクリアにいたってはシロナの事を本気で羨ましがってる様子だ。


「そうだカイト。ドバイザーから1億円出してくれないか?」


 俺はある事を思い出しカイトに預けているお金の一部を取り出してくれと頼む。


「…勿論、それは構わないがそんな大金を今、何かに使うのかい兄さん?」


「ちょっと!僕の話しはまだ…」


 まだ自分の愛称に納得がいかない様子のシロナを無視して俺はカイトの質問に答える。


「ああ、カイト達四人に今回の契約金を払うためだ。一人2500万づつでいいか?」


「終わって…ない…し……え〜〜!!」


 俺がその1億円の使い道を告げると、俺に食ってかかっていたシロナが目を見開いて仰天する。俺はそんな反応を見て逆に怪訝な顔をしながら自分の考えをカイト達に説明した。


「何を驚いてるんだ?俺がカイト達を雇うんだから、その契約金を支払うのは当然の事だ」


 …当たり前の事だろ?驚き過ぎだ狐娘…。


「それと契約金がそれぞれの役割に関係なく均等なのは、仲間内で区別したくないからだ。了承してくれ」


「そ、それは別に気にしないが…」


「天兄さん太っ腹すぎるのです…」


「天様は紳士でいらっしゃり、気風も良いのですね…素敵です」


「…………」


 カイト達が俺の意見に言葉を返すなか、シロナだけ無言で下を向いて震えている。


「おいキツ坊。本気でこの愛称が嫌なら、お前が決めた呼び方で俺はお前を呼ぶ様にするが…」


 俺がシロナに話しかけたら、シロナは俺の話しを最後まで聞かずに興奮気味で返答した。


「天の兄貴が決めた事は絶対に決まってるっす!不肖、僕ことキツ坊は、新支部の(きつね)担当として全力で頑張りますっす!」


「…本当に現金なのですキツ坊は」


 …現金さに関してはリナも負けてないと思うが…。


 愛称一覧


 俺・兄さん、天様、天兄さん、天の兄貴

 カイト ・カイト(さん)

 アクリア・アクリア、アク(さん)

 リナ ・リナ(さん)

 シロナ ・キツ坊 (さん)


 …どうでもいい事だが何故、俺の愛称だけ統一されとらんのだ?…。


「じゃあ兄さん、早速、一億円をドバイザーから出すけど問題ないか?」


「カイトさん、早く頼むし!!」


 カイトがドバイザーを取り出すと同時にシロナが目を血走せながら早くしろと身を乗り出して催促している。


「いや、やっぱり待て」


 …よく考えれば、別にここで金を出さなくてもカイトから皆に渡して貰えばいいか…。


「え!!ちょ、ちょっと天の兄貴!今更やっぱり駄目とかあんまりっすよ!!」


 俺がカイトを止めると、シロナが泣きそうな顔をで俺に訴えてきた。


「早まるなキツ坊。わざわざこんな所で金を出さんでも、別の場所でカイトから皆に渡して貰えばいいと思っただけだ」


「言われてみれば、それもそうだな」


「本当に本当っすか!ちゃんと2500万貰えるんすか!嘘じゃないっすか!」


 契約金が貰えるかどうかを必死になって俺に聞いてくるシロナを見て、他の三人が呆れながら少し恥ずかしそうに呟く。


「ひ、品性の欠片もないですね…」


「あんなのと同じ種族だと思われたくないのです…」


「……すまない兄さん…」


「…気にするな」


 結局、今日ここに残る事になったシロナとリナだけ、先に2500万円づつ俺から契約金を受けとった。


「きゃ〜〜!!やったし!!!所持金が100倍になったし!!」


「ちょ、貯金の…け、桁が一気に、はね…跳ね上がったのです…。……これで色々といじったり試したり出来るのです…」


 …喜んで貰えたのは良かったが、キツ坊の所持金が100倍って…あいつ25万しか持ってなかったのかよ…。


 ちなみに後で本人から聞いた話しだと、それも町長からさっき支払って貰った報酬らしく、何時も仕事の報酬が入るとすぐに使ってしまう為、友達内でついたあだ名が『キツカツ』らしい。


 …俺がつけた愛称とたいして変わらねえじゃねえか!…。


 そして、何故この二人だけここに残る事になったかと言えば。


「俺は今からそこのモンスターの巣穴に入って、片っ端からモンスターを殲滅してくるから二人のドバイザーを貸してくれ」


「「え〜〜!!」」


 嫌がる二人を無視して更に俺は話しを続ける。


「あと、二人には今日この町に泊まって貰う。リナはさっき点検して問題なかった採掘機でここの土地の慣らし作業をしてくれ、キツ坊には俺が倒したモンスターの魔石換金をして貰うから、魔石製造店とここを行ったり来たりだ」


「横暴っすよ天の兄貴!」


「でも、あんなに契約金を払って貰ったのです。それぐらいはやって当然なのです…」


 …リナはやはり常識人だな。それに比べてこの狐は…。


「一応、言っておくがこの作業はお前らにも利益があるんだぞ?」


「「え?」」


「リナにやって貰う土地慣らしで建設費が浮いた分は動力車のガレージの設備にあてる」


「精一杯やらせて頂きますのです!!」


 リナがその場で敬礼する。


「それにこれから俺が狩ってくるモンスターの魔石換金した金の3%はお前らに賃金として支払う。勿論さっき狩ったハイリザードマン2体の魔石換金した金も込みでだ」


「今日は徹夜で頑張るっす!!」


 続いてシロナも敬礼する。


「はいなのです!!一睡もしないのです!」


 …現金な奴らだ…。


「…それにしても、今日は本当に色々あったな….」


 ちょっとした事情があってカイトとアクリアは麓の町に動力車で先に帰り。俺とリナとシロナは、こんな感じで夜通し黙々と作業を続けるのであった。


 色々あったが、俺は今日一日で鉱山町新支部設立の許可、支部の建設予定地になる土地の購入、支部で働く職員の確保など諸々の交渉を成功させた。

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