第2.5話 魔技
「くっ!まだかジュリ!」
「ええっと……もうちょいなのだよ、淳」
「兄様。あとほんの少しだけ持ちこたえてくださいまし!」
若者三人グループとリザードマンが戦闘を開始してから、約一分が過ぎた。
「ふぁあ〜……」
木の上からそれを観戦していた俺は、大きく口を開けてあくびしながら、糸のような自前の細目をこすっていた。
「……なんて眠たいことやってんだろ、あいつら」
若者達のチームリーダーであろう少年が、気合いを入れてリザードマンに向かって行ったまでは良かった。だが。
「そのあとがアレじゃな」
なんつーお粗末な戦法だ。俺は後ろ頭を掻きながら地上に目を向ける。淳は右手に携えた剣でリザードマンに斬り掛かるのかと思えば、その剣がぎりぎり届くかどうかの射程距離外でフェイシングのような構えを取り、リザードマンをちまちまと威嚇するだけの攻防を延々と繰り返していた。あれは当たれば儲けものぐらいで打ってる攻撃だな、と俺はまた一つあくびをした。
「まあ、俺から言わせればあんなのは攻撃ですらないんだが」
ちなみに他の美少女二人はといえば、リザードマンと淳が戦闘を繰り広げているその傍らで、なにやら両手を胸の前に置いて手のひらで三角形の輪を作っていた。それは何かを集中して念じているようにも見える。よく漫画などで忍者が忍術を使う際にする、印を結ぶといった行為に近いものかもしれない。俺は彼女達を横目にそんな感想を抱いた。
「察するに、多分あれで魔技とかいうのを生成しているんだろう」
こちらは期待できそうだった。少なくともあのリーダーの男の娘よりは。
「たしか淳とか言ったか……いや、ガッツは認めるんだが……」
俺はリザードマンVS淳の方に視線を戻した。
「この! く、くるなこの!」
「グゲゲェッ!」
「うわぁあっ!」
………………。
俺はポツリとつぶやく。
「あれじゃ農家の人が鍬を片手にマムシを撃退してるのと大差ないな」
やはりこちらは期待できないな、と俺は木の上で苦笑する。
「まあ、あの歳であんな化け物に向かっていく度胸は立派かもしれんが」
謎の上から目線を披露しながら、俺はくだんの淳君を生暖かい目で見守る。彼は顔が超イケメンだった。なのでなおさら、その戦闘シーンが残念な仕上がりになってしまっている。俺は心密かに残念なイケメンの称号を淳君に贈った。
「ま、リザードマンの方もあんなショボい牽制で前に出れないようじゃ、まるで話にならんが」
知能が少し高いといってもあの程度ではお話にならない。俺は軽く息をついて頭を振った。その時だ。
「おっ!」
金髪ポニーテールの少女が動いた。
「よし、お待たせ!!」
あのドヤ顔、どうやら魔技というやつの準備ができたようだ。
「淳ご苦労様、あとはボクがやるからお前はとっとと下がるのだよ!」
「はあ、やっとかよ〜」
仲間からジュリと呼ばれていたボーイッシュ系美少女が、得意げな顔で意気揚々と前に出る。淳がぱあっと顔を輝かせた。俺もさりげなくご苦労様と心の中で淳君を労った。
「おいジュリ。余裕で生成に一分以上かかってたぞ。ほんとコイツを抑えるのが大変だったぜ……」
「うるさい! まだ一分二十秒ぐらいしか経ってない!それに、男が細かい事を気にするのは正直カッコ悪いと思うのだよ! 」
「うっ、い、いいから早くしろよジュリ! 」
「はいはい、言われなくてもそのつもり。では改めて……烈火」
……え?
ジュリが生成し終えた魔技を今まさに繰り出そうとした瞬間、俺は思わず木の上から身を乗り出してしまった。
「ちょっとまてあの馬鹿……‼︎」
危うく『やめろ』と叫びそうになる俺。
しかし、もう色々と手遅れだった。
《烈火玉》
その呪文が俺の耳に届いた直後、ジュリの掌からバスケットボールほどの燃えさかる火の玉が放たれた。
「グゲェエエエエエエエーーーッ‼︎‼︎ 」
そしてその火の玉は、時速にして100キロほど加速しながらリザードマンの胸の中心に直撃する。
「ハーハッハッ!流石はボク!見事大当たりなのだよ‼︎ 」
「グゲッ!グゲゲェエ‼︎ 」
ジュリが放った『烈火玉』が直撃した次の瞬間、リザードマンの体が赤く燃え上がる。トガゲの化け物は、全身を火達磨にして地面でのたうちまわっている。
「スゲェな……アレを人の力で繰り出したのか……」
俺は一瞬その光景に目を奪われたが、
――て、そこは今はどうでもいいんだよ!
しかしすぐさま我に返った。
「あのアホ女! よりにもよってこんな山奥の森であんな馬鹿でかい火を焚きやがって!」
俺は息を殺すのも忘れ声を張り上げる。
ジュリが魔技を放つ瞬間、俺はその常人離れした動体視力と戦闘経験の豊富さで、彼女がどういったタイプの技を繰り出そうとしているのか容易に想像できたのだ。
「くそっ、予想どおり炎系の術だったか」
故にそのような技をこのような場所で使用した場合、どのような大惨事に見舞われるのかも、容易に想像できてしまった。つまり何が言いたいのかというと――
「山火事になったらどうすんだあの馬鹿! ここいらはろくな水場もないんだ! 洒落じゃすまんぞ⁉︎」
これだから後先考えないガキは嫌いなんだと心の内で吐き捨てながら。とにかくあの特大の火種をなんとかしなければと、俺は木の幹に固定していた足を外し、その場で勢いよく立ち上がった。最悪、あのリザードマンとかいうのがまだ生きていたとしても、俺がトドメを刺せば問題ない。戦力分析はもう済んでる。俺にとってアレは紛うことなき雑魚である。
「手は出さないつもりだったが、事情が事情だ」
今は一刻も早くあの火を消して山火事を防ぐことが先決だ。俺は先ほどまでのプランを早々に変更することを決めた。出来ればこういった形での異世界人との接触は避けたかったが、今はそんな悠長なことを言ってる場合ではないのだ。
……それにあいつらは見た目どおりまだ未成熟だ。上手く口裏を合わせれば、なんとか誤魔化すことができるだろう。
様々な懸念はあった。そもそも木の上からいきなり三十過ぎのおっさんが登場し、結果的に獲物を横取りするような形で横槍を入れるのだ。現実、怪しまれない方がおかしい。だがそれでも、森での盛大な火遊びを見過ごすわけにもいかない。
「一応ここ、俺の実家にそっくりだしな」
ため息混じりにぼやきながら、俺は素早く大木から降りて、若者三人と絶賛全焼中のリザードマンの方に近寄った。