第13話 この山には何かいる
「いい湯だった…」
…おっと、もう花坊のやつは風呂から出てるだろうから余りゆっくりしてられんな…。
風呂から上がった俺は素早く着替えて浴場から外に出て恐らく既に風呂を済ませているであろう花の所に向かった。
…あ、やっぱりもう出てたな、あいつは風呂出るの早いからな…。
「…遅いよ天ちゃん…」
案の定、花は風呂から出てており共同浴場の入り口で俺を待っていた。
「悪い悪い、ただ風呂に入る前に25分はかかるって言っただろ?先に帰るか中で待ってりゃ良かったじゃないか」
俺は花の頭を撫でながら謝る。
…髪の体温から察するにまだそこまで待ってないかな…。
「む〜〜、だってお風呂から出てるのに中で待ってられないし、母ちゃんから天ちゃんの入浴セット持って来いって言われてるし、それに一緒に帰りたかったの!」
花はむくれながら俺の提案に抗議する。
…やはり男っぽく見えるがこういう所は女の子なんだな…。
「それは、失礼しました花お嬢さん。どうかこれで機嫌を治してくださいませ」
そう言って俺は花をその場で素早く肩車した。
「わ、わわ」
「花坊、入浴セット頼むな」
俺は花を肩車して片手に持っていた入浴セットを頭の上に上げ花に手渡す。
「ちょ、ちょっと危ないよ天ちゃん」
花は慌てて俺から入浴セットを受け取る。
「大丈夫だって花坊」
…普通の奴ならこの動作でバランスを崩す所だが俺なら余裕だ…。
「もう、天ちゃん色々いきなりだよ」
「こういうの嫌いだったか」
俺がそう聞くと花は途端に機嫌が良くなった。
「えへへへ〜。実はうちこういうの憧れてたんだ!」
「それはなにより」
…機嫌も治ってくれた様だしさっさとおばちゃんの所に帰るか…。
「本当は父ちゃんにこういう事やって貰いたいんだけど…」
花は少し寂しそうにそう言った。
「…親父さんは現場監督だからな、帰ってくるのが遅いのも休日に余り動きたがらないのも仕方のないことなんだぞ」
花の父親は現場の鉱夫達を仕切る現場監督をやって居る為、普通なら19時で仕事が終わる所を21〜22時頃まで毎日雑務に追われているらしい。
当然、家に帰ってくる頃には花は寝ているし、それだけ仕事をしていたら休日は家で休むのは仕方のないことだが、やはり花からしてみればいくら仕事が忙しくても構って欲しいのだろ。
「…わかってるよ。 母ちゃんも父ちゃんは疲れてるから余り困らせるなって毎回言ってるし…」
…あの、おばちゃんなら当然そういうよな…。
「その内あの二人が物になったら親父さんも仕事が楽になるから花と遊べる様になるかもしれないぞ?」
「そっか…そうだよね!あの二人は父ちゃんも見込みがあるって言ってたし!」
そう、あの二人の若者はああ見えてかなり役に立つのだ。
…元々あの二人は喧嘩自慢の不良だったから体力と腕力は同い年の男達の中でも飛び抜けているからな、前に少しレベルとステータスを見せて貰った事があったが、淳よりは下だがそれでも全てにおいて一般男性の平均値を上回っていたし…。
「ねえ、天ちゃん」
「なんだ花坊?」
「父ちゃんの事は我慢するから家にはゆっくり帰って」
花はが珍しく女の子っぽく俺に頼んでくる。
「了解だ花お嬢さん」
「えへへへ」
そして俺は花を肩車しながらかなりゆっくり歩き彼女の家に到着する。
「む〜〜、もう家に着いちゃったよ」
「これでもかなりゆっくり歩いたぞ?」
「わかってるよ。 天ちゃん、またうちを肩車してくれる?」
「ああ、この町に寄る事があったらまた肩車してやるぞ」
俺は花を降ろして頭を撫でながら答えた。
「絶対だよ!」
「ああ約束だ。ただ俺はそろそろここから離れて旅に出るからな、次は相当後になるかもしれんが」
「え〜〜、ずっとここら辺にいればいいのに…」
「すまんな、俺は世界を回りたいんだよ。だけどこの近くに来たら必ずここによるよ」
…まあ、世界と言ってもほぼ日本と同じなんだがな…。
「約束だよ、天ちゃん!」
「ああ、約束だ」
…どっちみち金に困ったらおばちゃんの所で魔石換金して貰うから結構頻繁に寄りそうだが…。
「じゃあ、俺は食堂に行くからここで別れるな。 おばちゃんにはよろしく言っておいてくれ」
「なあ、天ちゃんも家でご飯一緒に食べよ〜よ」
「いや、そこまでは流石に世話になれんよ。 あいつらだっているしな?俺は食堂を借りれれば十分だ」
余談だがあの二人の若者達は女店主の家に下宿して住み込みの鉱夫をしている、つまり花とも一緒に住んでいる。
「む〜〜、分かった…。じゃあまたね天ちゃん!」
「ああ、またな花坊」
花は俺に手を振りながら自分の家に入って行った。
「じゃあ、俺もボチボチ食堂に行くかな」
この町で俺が借りている食堂は普通なら17時には閉まってしまうのだが女店主と現場監督の旦那が俺の為に口を聞いてくれて20時まで開けて貰っている。
そこで俺は鉱夫達の朝食と昼食に食べ残った簡易バイキングの食べ物を頂いている。
…まともな飯は本当に有難いよな…。
食堂に入って俺は毎回そう思う。
「さっさと飯にしよう」
…20時を過ぎたら賄い婦のおばさんに迷惑がかかるからな…。
俺は食器を持ちバイキングコーナーに行き残っている食べ物を綺麗に全てよそいテーブルにつく。
本日の俺の夕食、ご飯大盛りにスクランブルエッグと魚の切れ身数切れ、そしてコンソメスープ。
旅を始めた頃、泥水でモンスターを茹でて食べてた事もあった俺にはご馳走だ。
「いただきます」
俺は両手を合わせて食事に感謝して、夕食を口に運んだ。
〜10分後〜
「ご馳走様でした」
…あ〜美味かった…。
「さて洗い物でもするかな」
俺は自分が使った食器とバイキングの食べ物が入っていた器を洗いながらある事を思いだす。
「また、気配を探ってみるかな…」
俺はこの鉱山町に来て最初に気になった事を確認する。
「やはり何かいるなこの鉱山…」
そう、この鉱山には何かがいる。
最初に町に来た時に鉱山から得体の知れない存在感を感じた俺は町に来るたびにその存在の気配を探っている。
何度か現場監督の親父さんに無理を言って鉱山の坑道の中の採掘現場を見せて貰ったがその気配の主がどこにいるかはっきりとは分からなかった。
…鉱山の中には確実にいるんだよな…。
俺は坑道の中に入った時にそう確信したほど強い存在感を感じ取った。
だが坑道の作業現場全て探したが気配はあれど肝心のその気配の主は見つからなかった。
…いるはいるんだがな…。
幾ら探しても姿は見つからない。
…恐らく地中に潜っているか坑道とは別の所に住みかがあるんだろうな…。
俺は洗い物を終え、その事についてもう一つ気になっている事について考える。
…あの事も腑に落ちないんだよな…。
女店主と現場監督の旦那の話しによるとこの鉱山と坑道内は魔素がかなり薄い為モンスターの被害は皆無に近いらしい。
その証拠にこの鉱山町が出来てから50年以上経っているにもかかわらず採掘作業現場でのモンスターの被害は1件もまだ起きた事がないのだ。
モンスターが出たとしても最低ランクのGランクのみなのでモンスターの脅威による命の危険どころか軽傷を負うケースも無い。
…だからここには冒険士の簡易的な駐在所はおろか出入りも殆どないんだよな…。
ちなみに俺の感じ取った気配は以前に出会ったハイオークよりも遥かに大きな気配でモンスターならとてもGやFなどでは済まない様な物だ。
だから俺は腑に落ちないでいた、普通はそれ程のモンスターなら魔素が強い場所に生息するのが一般的だ。
俺が根城にしている僧院ならともかく、こんな魔素が殆どない場所にいるのは不自然だ。
…まあ、敵意は無いようだしモンスターかも分からんしな、下手に刺激しなければ問題は無いと思うが…。
そんな心配をしながら俺は食堂を後にした。
…さてそろそろ帰るか…。
俺は町の出入り口に向かい根城の僧院に帰ろうとした。
俺が町の出入り口に向かっている途中、魔石製造店の前を通りかかったら小さい女の子が近づいて来た。
…ん?あれは花坊か?
「あ、天ちゃん!」
「どうした花坊?」
「母ちゃんがこれを天ちゃんにだって」
花はそう言って俺に何かが入った包みを渡して来た。
「ご飯がかなり余ったからおにぎりを作ったんだって」
「そいつは有難いな。でも、親父さんの分は大丈夫なのか?」
「うん!母ちゃんは何時も父ちゃんが帰ってきてからご飯を作るから多分大丈夫だよ」
「それならいいんだが。よし、早速おばちゃんにお礼を言いに行くかな」
「気を使わなくていいって言ってたよ母ちゃん?」
…流石おばちゃん、俺の行動を読んでる…。
「了解だ。じゃあ、おばちゃんに俺がお礼を言ってたと伝えてくれるか?」
…明日の朝飯がまともになって本当に有難いからな…。
「わかった天ちゃん!」
俺は花の頭の上に手をポンと乗せる。
「サンキューな花坊」
「えへへ」
花が自分の頭に乗った俺の手を触り返しながら喜ぶ。
…この世界に来てから俺は花やラムみたいな子供と結構コミニケーションするようになったよな…。
以前の世界の俺は子供が…特に小さい女の子が苦手だった。
俺と目が合うと大抵は怯えるか泣くか逃げ出すかだからだ。
…まあ、この世界に来る前の俺は熊みたいな人間だったからな…。
そんな事を考えながら花の頭を撫でていると花が嬉しいそうに俺に話し掛けて来た。
「ねえ、天ちゃん聞いて聞いて!」
「ん?どうしたんだ花坊?」
「さっきの事を母ちゃんに話したんだ」
…さっきの事というと肩車の事かな?…。
「そしたらね、父ちゃんも近いうちに家に帰ってくる時間が早くなるかもだから父ちゃんにやって貰えって!」
花が笑顔をで俺に言って来た。
「そいつは良かったじゃないか。 だが急にどうしたんだ?仕事が薄くなったのか?」
「ん〜〜、仕事がうすいとかよくわかんないけど…」
…そりゃそうだな、10歳の女の子に聞く事じゃなかった…でもそれぐらいしか現場監督の親父さんが仕事を早く切り上げられる理由が思いつかんな、まさかあの二人がもう物になった訳ではないだろうし…。
「なんかね、母ちゃんの話しだと母ちゃんがふもとの町に頼んでた父ちゃん達が使う道具?が来たんだって!それを使うと仕事が早く終わる様になるかもしれないんだって!」
…成る程な、恐らくおばちゃんが山の麓にある町で採掘に使う最新の機械を購入して親父さん達、鉱夫の仕事の効率を上げるって所かな?あの町は俺もこの前のゴタゴタで行った事があるがかなり発達しているから、そういった機械も用意出来るんだろうな…。
鉱山の麓にある町はかなり発達していてデパートは勿論、カジノまであり町というよりは小さな都市の様な所で冒険士協会本部がある都市と大差ない発展をしている。
「母ちゃんが言ってたよ、天ちゃんのおかげでもあるって!」
…俺の魔石換金の売り上げも少しは元になったのか?なら何よりだな…。
「少しでもお役に立てたなら何よりだよ」
「ありがとう天ちゃん!!」
俺にお礼をいいながら花が抱きついて来た。
…こういう所は可愛いよなこの子は…。
「そっか、なら俺の肩車もお役御免だな?」
俺が少し意地悪を言うと花はすかさず反論して来た。
「天ちゃんのは別腹だよ!」
…俺はデザートかよ…。
「了解しました」
「わかればよし!」
…本当、懐かれたなよなこの子には…まあ怖がられるよりよっぽど嬉しいがな…。
「そう言えば、明日にその道具のてすと?をするって母ちゃん言ってた」
…機械の試運転か…。
「なら俺も明日、見に来るかな?」
「本当!絶対だよ!」
「了解だ。行けたら必ず行くよ」
花と約束をして俺は帰り支度を始めた。
「じゃあ俺はもう帰るな」
「うん!また明日ね!」
「ああ、また明日だ」
花から貰った女店主が作ってくれたおにぎりの包みを風呂敷に入れその場を後にした。
「明日は早い時間にこの町に顔をだすかな」
そんな事を思いながら俺は根城の僧院に帰って行った。




