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第2話 迷い込んだ世界

「また随分と長い洞穴だな」


 もうどれくらい歩いただろうか。俺は幼い頃から慣れ親しんだ修行の地にいつの間にかできていたその奇妙な洞穴に入ってから、かれこれ二十分以上も歩き続けていた。


「俺の歩行速度から考えると、優に二キロは歩いているはずだ」


 コツン、コツン、と真っ暗な洞窟内に俺の足音だけが響く。ここは何か変だ。さっきから俺は、そのような事ばかり考えている。例えば、洞穴などは道中で狭まったり、上下左右に道が変化するのが当たり前のはずなんだが。この洞穴は、どういうわけか同じ道幅の道がどこまでも真っ直ぐにしか続いていないのだ。


「これだと、洞穴と言うよりもまるで長いトンネルだな」


 正直、何度か引き返そうとも思った。だが後ろを振り向いて戻ろうとするたびに、不思議とその感情に歯止めがかかり、どうしても奥まで進みたいという衝動に駆られてしまうのだ。


「ま、どうせ暇だしな」


 やる事がないというのは、何事においても最高の言い訳である。そんなわけで、とりあえずはこの洞穴の終着点までは行こうと、俺は特に意味もなく歩みを進めているのだ。


「まあ、毒を食らわば皿までと言うしな……ん? この場合ちょっと意味が違うか? 」


 などとブツブツ独り言を言っていると。


「おっ! 」


 ようやく、道の向こうから明かりが差し込んでくるのが見えた。そして更に進むと、まばゆい陽の光が洞穴の先から溢れ出してくるのが、はっきりと俺の目に映った。


「おいおい、貫通してんのかよこの穴」


 これじゃ、マジでトンネルだな。そんなことを思いながら、俺は自然と足を早めた。


 ……さて、一体この山のどの辺りに出るのかね。


 やっとの思いでこの洞穴の終着点を迎えた俺は、ほんの少しワクワクしながら、目の前の穴から差し込む光に導かれるように、洞穴の外に出た。すると……


「……ん?これって、俺がさっき入ってきた場所だよな? 」


 穴の出口は先ほど入った入口と同じ場所であった。つまり、俺が幼い頃から父親とともに修行していた修業場所である。


 ――途中でUターンして戻ってきたのか?


 一瞬そんな考えが頭をよぎる。


「いや、それはない」


 俺は小さく首を振った。


「確かに俺は、真っ直ぐ進んでいたはずだ」


 そもそも俺の方向感覚は、たかだかあの程度の暗闇で狂わされるようなやわな代物じゃない。史上最強の格闘王の看板は伊達ではないのだ。加えて、俺は洞穴に入ってから常に周囲を警戒しながら歩いていた。だから、自分の進んでいた道の方向に対しても常時神経を張り巡らしていたのだ。


「一般人ならともかく、俺の方向感覚があんな単純なことで狂うことなどありえん」


 断言できる。先の洞穴で、自分は間違いなく真っ直ぐにしか進んでいなかった。

 

「……しかしこの場所が、あそこに入る前にいた修行場所だっていうのも紛れもない事実なんだよな」


 俺はそれから数秒ほど考えて、次の行動を決めた。


「よし、もう一度あの穴に入ってみるか」


 答えが出ないならそれが一番の解決策だ。俺はそう思い立ち、再びたったいま出てきた洞穴に入って、来た道を戻ってみようと後ろを振り返った。その時である。


「……あれ?」


 俺は自分の目を疑った。信じられないことに、今の今までそこにあったはずのあの大きな洞穴が、いつの間にか跡形もなく消えてしまっていたのだ。


「おいおい……」


 狸か狐にでも化かされたか? 俺は本気でそう思った。これまで世界中を回って色々と体験をしてき俺だが、こんな事は当然これまでの人生の中で初体験である。


「三十二年も生きてると、色んなことがあるもんだな……あっ! 」


 俺はハッとし、普段はほとんど開いていない細目を盛大に見開いた。


 ――本当に化かされたとしたら、何か持ち物を盗まれたかもしれん!


 そう思った俺は、すぐさま自分の持ち物をチェックした。


「財布よし……スマホよし……道着よし! 」


 まあ、道着はずっと肩に担いで握り締めていたから、盗られたらすぐ気づくと思うが。それから俺は、ひと通りの所持品検査を行った。結局、何も取られていなかったことを確かめ終わった俺は、大きく息を吐いて胸を撫で下ろす。


「いや〜、スマホが無くなってたらどうしようかと思ったぞ」


 実を言うと、こう見えて俺はかなりスマホに依存しているところがあった。


「昔は考えもしなかったよな、電話機がこんな便利になるなんて」


 俺は大の小説、漫画好きで、今の時代はそれら気に入ったタイトルを、なんでも端末にデータ保存できるのが一般常識だ。ちなみに俺はそういった機能をフル活用しており、そのためスマホをなくしてしまうと、今まで苦労して集めたデータが全て失われてしまうのだ。当たり前のことだが、そうなったら非常に困る。


「それにしても、最近の電化製品の発展には目を見張るものがある。これは、負けじと俺も武術の発展に貢献しなければならんな」


 うんうんと一人で納得する俺。

 尚、小説や漫画といったフィクションの物語は、俺のインスピレーションをとことん刺激してくれる。史上最強の格闘王、こんな肩書きを持ってる時点でバレバレだが、俺は病的なまでの戦闘狂だ。だがそれより何より、俺は漫画などで使われるド派手な必殺技を自分でも使える様にアレンジし、そこから編み出した技を対戦相手で実験するのが楽しくてしょうがないのだ。ぶっちゃけ、俺の武術や格闘に対しての一番の欲求は、そこに集約されているといっても過言ではない。


「そして完成したのが、闘人百八技だ」


 ただ問題もあった。


「だいたいは親父以外にかけると一発で瀕死になるから、実際はあんまり試したことがないんだよな……」


 もっとも、その父親でさえ俺の技を最大で三つまでしか防いだことがなかった。


「まあ今はそんなことより……」


 俺は消えた穴の方をもう一度見やる。やっぱり洞穴などどこにもない。一つ深呼吸して山の空気で頭の中をリフレッシュ。そして顎に手を当てた。さて、これからどうするか?


 ⒈当初の目的どおり、道着に着替えてここで体を動かしながら親父がやって来るのを待つ。


 ⒉先刻の現象が気になるので、一旦この場所を離れて我が家で考えを整理する。


「――よし決めた」


 俺はひとつ頷き、洞穴があった場所に背を向けて、歩き出した。


「一旦、家に帰ろう」


 正直なところ、俺は一刻も早くこの場所から離れたかった。あんな奇妙な事があった後だからかもしれんが、ガキの頃から馴染みのある修行場でもやけに薄気味悪く感じた。それに気の所為か、いつもとは若干、雰囲気が違う感じがする。いくら命知らずな戦闘狂でも、そういった類の危険はノーサンキューである。

 

「とりあえず、家に戻ってから考えよう」


 背筋が寒くなった俺は、その修行場所から逃げるように我が家へと帰るのであった。



 ◇◇◇



「………………うそーん」


 数十分後。自分の家まで戻ってきた俺は思わず目の前の情景に目を剥き、その場で呆然として立ち尽くしてしまった。


「やっぱ化かされたわ俺……」


 そこにあるはずの我が家が、つい先刻の洞穴と同様に、影も形もなくなっていたのだ。


 ――いやいやいやいや、まてまてまて!


「もしかしたら、俺がただ単に家までの道のりを間違えただけかもしれんだろ⁉︎ こ、こんな山奥だしな?俺だってたまには道に迷うこともあるさ!アハハハハハハ!」


 最終的に強がってやけくそ気味に高笑いをした後、俺はもう一度まわりを見回した。


「……ふぅ」


 俺に限って言えば、それはあり得ないんだよな。小さく深呼吸をして気持ちを落ち着かせながら、俺は今の状況を整理してみる。


 ……まず最初に、俺が生まれ育ったこの山奥の道を間違えるはずはない。その証拠に、昔から俺の家のすぐ側に生えていたこの山でも一際でかい大木が、いま目の前に確かに存在している。


 眼前に聳え立つ大木を見上げながら、俺はさらに思考を巡らせる。


 ……この大木があるということは、間違いなくこの場所に俺の家はあったはずだ。


 しかし、現に今俺の家は、影も形もなくなってしまった。それこそ、取り壊された形跡すらない。言うなれば、まるで最初から存在していなかったように、きれいさっぱり消えているのだ。


「どうしたもんかな……ん?」


 自分の家があった場所でひとり立ち尽くしていると、ふいと遠くから誰かが近いてくる気配を感じた。


 ――遠くの方で人の気配がする。


 一瞬、父親が近くにいるのかと思ったのだが、俺はすぐにその考えを改めた。


「……違うな。この気配は親父じゃない」


 親父にしては弱過ぎる。

 しかも一つじゃない。


「一、二、三、四……全部で五つか。うち三つは人の気配で、二つは獣か何かか……狩りでもやっているのかもしれんな」


  気配は五つとも大して強くはなかった。だが明らかに殺気だっていた。恐らく、三人の狩人が二匹の獣をハンティングしている。俺はそう予想した。しかし同時に、俺はその自分の推測に対して違和感を覚えた。


「妙だな……」


 俺は気配のする方に体ごと向くと、生い茂る木々の間からそちらを見据えた。確かにここいらには熊や鹿、猪などの野生動物が生息している。だから狩りにもってこいと言えばもってこいなんだが、それでもこんな山奥まで普通の人間は入ってこない。俺が生まれ育ったこの山奥は、それはもう秘境中の秘境なのだ。有り体に言えば、野生動物でもない限り立ち入れるような環境ではないのである。


「俺と親父はまあ、極めて例外だからな」


 一般人はまずここまで辿り着けない。それこそ特殊な訓練を受けた登山のプロでもないがぎり、この秘境に足を踏み入れるのは不可能に近いだろう。いや、実際訓練された自衛隊員でも微妙な線だ。だがら、麓の町の狩人が獲物を追ってここまで入ってくることもまずありえないのだが。


「まあ、実際に人の気配がするんだから、そんなことを考えても仕方がないか」


 頭を掻きながら、俺はそう結論付けた。

 そうこうしている内に、その複数の気配はどんどん俺の方に向かって近づいてくる。

 

「とりあえず隠れとくか……」


 なんとなく嫌な予感がした俺は、目の前の大木によじ登り、生い茂る枝葉に身を隠して息を潜める。普段なら絶対にそんな事はしないのだが、あんな事があったばかりだ、用心に越したことはない。熊や猪や眼帯とかしてる山賊みたいなのだったら幾らでも相手になる。だがさすがの俺も物理が効かない系はお手上げである。現在もなお実体験中ではあるが、山には不思議なことがいっぱいなのだ。


「さて、鬼が出るか蛇が出るか」


 俺は高ぶる感情を抑えながら、大木の上からその気配の主達が近づいてくるのをじっと静かに待った。



 ◇◇◇



「マジかよ……」


 数十分後。俺は木の上で絶句していた。やってきたソイツは、ある意味今日一番の衝撃を俺にもたらしてくれた。


「グゲゲッ」


 俺の眼前に姿を現したのは、一言で例えるなら『二足歩行の巨大なトカゲ』である。


「……トカゲか? いや、ワニかあれは?」


 その前に二足歩行なのがまずおかしいのだが。そもそも、この山にあんな生物は生息していない。確かに山では不思議なことが起こると言ったばかりだが、あれはそれ以前の問題である。


「グゲェ」


 外見は爬虫類のイグアナ料に分類されそうな容姿。体長は180センチから190センチと人間の高身長の大人ぐらいだろうか。そして何よりも驚く点があるとすれば、やはり二足歩行で動き回っているところだ。ちなみにアレが着ぐるみという線は皆無だ。あの生物からは人の気配がまったくしない。そもそもこんな山奥まで着ぐるみで来る阿保はいない。とりあえず結論から言えば、アレは謎の生命体である。


「まるでファンタジーの世界だな……あっ」


 俺はまた木の上で驚愕する。そのイグアナ人間(仮)は、いきなり近くにあった木の枝を折ると、手慣れた様子であっという間にあるものを作り上げてしまった。


「アレは……武器か?」


 先端が尖った木製の槍。端的に言えばそんな感じだ。まあ槍というにはお粗末すぎるかもしれないが、それでも急ごしらえにしては上等な代物である。


 ……かなり知能が高いな。ちゃんと刃となる箇所を鋭利に尖らせて対象に刺さり易くしている。


 成る程と、俺はこの後の展開が容易に想像できてしまった。


「狩るか狩られるかってところか」


 闘争の予感。勝負の匂い。自然と口元が緩む。俺にとってそれは慣れ親しんだ空気。お決まりのやつだ。俺が木の上で一人興奮していると、眼下のイグアナ人間とはまた別の気配が三つ、こちらの方へ近づいてきた。おそらくこっちは人のものだ。俺は迷わずそう当たりをつける。


「多分この気配は三つとも人間だろう。それとは別に、獣の気配がもう一匹、かなり後方からだが感じられる。――つまり、あのイグアナ人間は二匹いて、もう一匹は今こっちに向かっている三人を挟み撃ちにするため、距離を置いてやや後方から近づいて来ている。こんなところか?」


 俺は顎に手を添えながら、独り木の上でブツブツ言う。ちなみにだが、俺はこれから始まるであろう闘争に首を突っ込む気はさらさらなかった。おそらく人間三人とイグアナ人間二匹との戦いだろう。ただどういった経緯で争っているのか分からない以上、部外者である俺がしゃしゃり出るのはよろしくない。


「普通に考えれば、人間側に味方するのが道理だろうがな」


 あいにくと、俺の中にはそういった正義感や一般常識は存在しなかった。野生では弱肉強食が絶対のルールだ。ガキの頃から野生サバイバルのような過酷な環境で育ってきた俺は、人間側に一方的に肩入れしようとは思わなかった。


「襲われてるならまだしも、多分このケースは両方がともに捕食者であり被食者だろう」


 ならば手を出すのは筋違いだ。俺は干し肉をかじりながら思う。お互いの生存競争をかけての命のやり取りの場に、第三者である自分が割って入っていいわけがない。


 ……勝者が敗者を己の糧とするのは自然界の掟であり、当然の権利でもある。それが世の中の摂理だと親父は昔からずっと俺に言っていた。そして、俺もそのルールを自分の中で否定したことは一度もない。


 そのような事を考えていると、いつの間にか人の気配はすぐそこまで迫ってきていた。


「…………来た」


 その言葉を最後に、俺は口を閉じた。そして息を殺し、木の上からあくまで傍観者に徹するよう構えをとったのであった。



 ◇◇◇



「きっと、こちらの方へ逃げ込んだと思いますわ」


「よし! 二人とも警戒を怠るなよ!なんせ相手は、あのDランクモンスター『リザードマン』だからな‼︎ 」


「はい、兄様!」


「もちろん、言われなくてもわかっているのだよ!」


 やってきたのは男女三人組のグループだった。随分と若い連中だ。それにどいつもこいつも驚くほどの美形揃い。なにあのアイドルグループ。


 ……あいつらがこれからあの巨大イグアナと戦うのか?


 こりゃキツイな。勝率は一割あるかないかぐらいか。現れた三人の若者とイグアナ人間を交互に見比べ、俺はそんな予想を立てた。


 ……てか、あいつらあのイグアナ人間のことを『リザードマン』とかって呼んでたな?


 それって、たしか以前に読んだファンタジー小説にも出てきてた魔物だ。冒険物などの漫画でも度々登場しているモンスターだったはずだ。そんなことを思いながら、俺は若者三人達から視線を外し、またそちらを見る。


「ゲゲゲェ!」


 確かに。言われてみれば俺の記憶の中にある空想上の魔物 『リザードマン』と、たった今、自分の眼下に存在するその謎の生物とは大部分の特徴が一致していた。しかしアレは空想上の生き物だ。日本はおろか世界中探してもどこにもいないはずだ。

 俺が目の前の非日常的な光景に頭を捻りながら、食い入るようにそれを木の上から眺めていると。いよいよ人間VSリザードマンの二つの勢力がぶつかり合おうとしていた。


「ふ、ようやく追い詰めたのだよ」


「なあ、あいつ武器みたいなのを手に持っているけど、さっき見つけた時あんな木の武器持ってたか?」


「いいえ。おそらくですが、近くに落ちている木の枝を使って自分で作ったんですわ」


 見た目は十代後半ぐらいのその若者達は、互いに顔を見合わせて話し合いを始めた。


「リザードマンは、モンスターの中では比較的知能が高い種に分類されますし、間違いありませんわ」


「あの短時間で俺達から逃げながらか?ちょっと信じられないが、弥生(やよい)がそう言うのならそうなんだろうな」


「そんな事どうでもいいから、ちゃちゃっと倒してしまうのだよ」


 はい、馬鹿ひとり発見。

 俺は白けた目を真下に向け、思わず呆れてしまう。敵の戦力や動向を探るのは、戦いにおいての定石だ。それが命懸けの場なら、なおさら軽視してはならない重要事項。やれやれと俺は腕を組みながら頭を振った。


 ……とりあえず、他の二人はまともそうだから問題はないと思うが。


 まあ、なんにせよハナから手を出すつもりがないので、俺は木の上から高みの見物と洒落込ませてもらおう。そんなことを思いながら、俺は万が一にも木から落ちないよう、大木の一際大きい枝に腰を掛けた。


 ……しかしまあ、三人ともびっくりするぐらいの美形だな。


 俺はその三人の少年少女達の方に目を向ける。おそらく男が一人に女が二人。最初に声を出した奴が察するにあの中のリーダーと思われる。そいつは美少女みたいに綺麗な顔をしていた。しかし声の質や喋り方のくせなどから、俺はそのキャラを男だと認識した。

 そして、冷静に敵の行動を分析していた丁寧口調の娘。これがまたとんでもないぐらい可愛い子だ。『弥生』と呼ばれていたその少女は、雪のように透き通った白い肌、ふくらはぎまで届くほどの黒い長髪を風になびかせて、控え目な佇まいではあるが、焦茶色の瞳には強い意志を感じさせる光を灯していた。なぜあんな子がこんな山奥に。とりあえず違和感が半端ない。とにかく、大和撫子という響きがピッタリの少女である。今時あんなのが日本にいるとは驚きだ。


「ま、ここが本当に俺の知ってる『日本』かどうかは非常に怪しいところだがな」


 思わずそんなことを口走ってしまう。実を言うと、俺はこれまで起こった奇妙な出来事を繋ぎ合わせて、既にある結論まで辿りついていた。


 ……まあ、それはひとまず置いておこう。


 俺はまたそちらに意識を戻した。最後の馬鹿――もとい素人まるだしの女の方に。


 ……こいつも見た目だけは頭に超がつくほどの美少女だな。


 その少女は先に述べた弥生とは対照的にボーイッシュな雰囲気、活発な美少女といった感じだ。ブロンドヘアのポニーテールが特徴的で、緑色の瞳と金色の髪は日本人離れしているが、顔はもろに日系だったので、俺はハーフの日系人といった印象を受けた。

 

 ……おっと、そろそろ始まるみたいだな。


 その時、両者に動きがあった。


「馬鹿!警戒を怠るなよ!」


「む、馬鹿と言う方が馬鹿なのだよ(あつし)‼︎ 」


 リーダーと思しき『淳』という少年が、軽口をたたいていたブロンドヘアーの少女を叱責する。


「うるさい!俺が剣でリザードマンの注意を引くから、お前はその隙に『魔技(まぎ)』でヤツを仕留めてくれ!」


「なっ!うるさいとはなんなのだよ!そもそも先に突っかかってきたのは……」


「ジュリさん、お願いしますわ!」


『ジュリ』という名の少女が、続けざまに淳へ文句を言おうとしたところを、弥生が割って入った。


「ハァ……わかったのだよ」


 これにより出鼻をくじかれる形となったジュリは、小さくため息を吐いてから他の二人に軽く手を振った。


「リザードマンクラスだと、確実に仕留める魔技を生成するには大体一分ぐらいの時間がかかるのだよ。つまり、それまでの時間はそいつをボクに絶対近寄らせないで。絶対だよ絶対!」


 ジュリは人差し指を立てながら淳に言い放った。


「わかってるよ。弥生はジュリのそばについてくれ!それと、念のためいつでも回復魔技を使えるようスタンバイしといてくれ!」


「かしこまりました、兄様!」


「んじゃ早速、生成を始めるのだよ」


「よし!やるぞみんな!」


「「オオーー!」」


 気勢の合図と共に、淳がリザードマンに向かって走って行った。


 ……いや、敵が目の前にいるのにあんな大声で作戦を話すのはどうなんだ?


 俺はそのようなことを感じてしまった。確かに目の前にいるリザードマンに言葉が通じるとは思えなかったが。それでも見ていて少し呆れてしまう。


「ま、今はそんなことはどうでもいいか」


 俺は干し肉の最後のひとかけらを口の中へと放り込む。たった今、若者三人が言っていたあるセリフ。それを聞いて、俺の中で先刻までの違和感が確信に変わった。


「それにしても……『魔技』ってのはやっぱりアレだよな? 」


 その言葉が、俺の脳細胞をこれでもかと刺激した。間違いない。ここは俺がいた世界とは姿形は似ているが、中身はまったく違う異次元の世界だ。


「……ぞくに言う『異世界』ってやつか」


 俺はぽつりと呟いた。おそらく、あの洞穴が俺のいた世界とこちらの世界を繋ぐ通り道だったんだろう。それにしても――


 ――ツイてる。


 こんな普通では考えられない状況に陥ってしまったというのに、心からそう思ってしまった。俺は普段の無表情を完全に崩し、武者震いに体を震わせながら、自然と口元に笑みをこぼした。


「どうやら、俺は相当に面白そうな世界に迷い込んだようだ」

 

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