第12話 自分の中の変化
「母ちゃんただいま!」
若者達に続いて元気の良い9、10歳ぐらいのショートヘヤーの女の子が店に入ってくる。
この女の子はこの店の一人娘だ。
「あ、天ちゃん来てたんだ!」
「おう、お邪魔してるよ花坊」
俺が女の子をそう呼ぶと女の子は途端にむくれ顏になった。
「うちの事を花坊とか言うな!!」
「お帰り花。 それと、あんたこそお兄ちゃんを天ちゃんとか呼ぶんじゃないよ!」
俺に対して抗議して来た女の子を女店主は逆に叱りつけた。
「う〜〜、だって天ちゃんは天ちゃんだし…」
「いいよ、おばちゃん。 俺の事は好きに呼ばせたらいい」
「兄貴は花ちゃんには甘いよな…」
「本当だよな…」
…ラムより年下の女の子と自分らを比較するなっての!…よし、ちょっと意地悪してやるか…。
「なんだお前ら、俺の事を天ちゃんって呼びたいのか?だったら構わないからこれからは俺を天ちゃんって呼べよ」
「え!い、いえ、けしてその様な事は…」
「あ、兄貴を天ちゃんとか呼べる訳ないっす!」
二人の若者は俺の提案に慌て出した。
…まあ、自分が崇拝してる者、恐怖してる者、頭が上がらない者など、敬語、さん付けが当たり前な人物に対して急にタメ語を使えとか呼び捨てにしろとかはある意味で軽い拷問に近いからな…。
「お前があんな事言うから変な事になっちまったじゃないかよ!」
「お前だって俺の意見に同意しただろ!」
二人は罪のなすり合いを始めた。
「あ〜はっはは!本当にあんた達は天ちゃんに頭が上がらないね!」
「そのおばちゃんに俺は頭が上がらないから自動的にここで一番強いのはおばちゃんということになる…。だから絶対におばちゃんには逆らうなよ?わかったなお前ら?」
「「はい!わかりました兄貴!!」」
「よろしい」
「あはは!天ちゃんは本当に頼れる男だね」
…それは俺もあんたに対して思ってるよおばちゃん…。
「でも天ちゃんはまだ冒険士のランクFなんだろ?それってあんまり頼りにならないんじゃないの?」
花がキョトンとした顏でそう言った。
「花、男を外見や経歴だけで判断しちゃいけないよ!」
…花坊にそんな事言ってもまだわかないと思うが…。
「そうだぜ花ちゃん!兄貴は本当に頼りになるんだからな!」
「…そもそも兄貴のあの強さでFランクは無理があり過ぎなんだよ!俺はSランクって言われても信じるぜ!」
…力量だけならSSSだがな…。
「ふ〜ん」
…やっぱりよくわかってないな花坊…。
「お、魔石製造が終わったみたいだね」
そんな話しをしている内に俺の持って来たハイリザードマンの各部位を併せて行った魔石製造と鑑定が終了したようだ。
余談だがここでの魔石製造は冒険士本部の魔石製造場の10倍近くの時間がかかる、やはり冒険士協会本部の施設は別格の様だ。
「あちゃ〜、やっぱりアレだけじゃ大した品質にならなかったみたいだね。43万の魔石だよ…」
…いや、それでも十分なお金だよ俺にとっては…。
「十分過ぎるよおばちゃん。 じゃあいつも通り…」
「神様にお金にして貰うんだね?」
「それで頼むよ」
女店主は店の奥に行き神様に魔石をお金にして貰う儀式をおこないにに行く。
ただ儀式と言っても簡易的なもので、神様にお金にして貰うと言っても神様に直接会ってたのむ訳では無く、元々店に置いてある魔石製造機で作った魔石の鑑定やお金の換金が出来るのだ。
だからこの場合はどちらかと言えば神様にお金にして貰うのではなくて神様から与えられた機械でお金にして貰うと言う方がわかりやすいかもしれない。
「それにしても今時、魔石をお金に代えるのなんて天ちゃんぐらいさね」
女店主が魔石をお金に代える儀式を終えて戻って来た。
「今、手持ちにドバイザーが無くてね、魔石を持っててもしょうがないからな」
…ついでに俺は魔力もないから余計持ってても意味がない…。
「まあそこら辺は深く追求しないよ。じゃあ換金したお金を今渡すから…」
「20万でいいよおばちゃん」
「…天ちゃん、なんであんたの取り分の方が少ないんだよ…」
女店主は呆れた顔で額に手を当てた。
「あたしにだって商売人としての誇りがある。 モンスターを持って来た客より多くの分け前を貰う訳には行かないよ」
そう言って女店主は俺に換金したお金の中から30万渡してくる。
「これだと俺が貰い過ぎなんだが…」
「あのね天ちゃん、普通ならそれでもこっちが貰い過ぎなんだ。魔石の換金で店側が客から支払って貰う取り分なんてその魔石の2、3%がいいところだ。だから43万の魔石なら店の取り分なんて1万円いくかいかないか…。13万でも十分過ぎる程にあたしは貰ってるんだよ」
女店主はそう言って俺にお金を押し付けて来た。
「それにあんたはこれからも旅をするんだろ?ならお金なんていくらあっても良いんだからちゃんとコレは受け取りなよ」
「…了解だ、すまないな気を使って貰って」
「それはあたしのセリフさね、いつも本当に良くしてくれてありがとうだよ」
「なあ、母ちゃん腹減ったよ〜」
花がお腹を抑えながら女店主に不満そうにそう告げた。
「あら、もうそんな時間かい?」
俺は端末で時刻を確認した。
時刻は17時40分。
「もうすぐ18時だな。じゃあ俺は今のうちに浴場と食堂を貸して貰うよ」
「あらやだ、もうそんな時間になるんだね。 ちょっと待ってな天ちゃん、今、入浴セット持ってくるから」
「いつも悪いな」
「だからそれはこっちのセリフだよ」
女店主はまた店の奥に入っていった。
俺はいつもこの時間帯に浴場と食堂を利用させて貰っている、この時間帯だとまだ殆どの町民が浴場を利用しないからだ。
理由は単純でまだ町の住民は殆どの者が仕事をしているからだ、鉱夫達は19時までが定時時間でそれに合わせて他の町民も大体は19時まで働いている。
逆に酒場などは19時から始まるのだがこっちで働いている人達もこの時間帯は仕事の準備をしていて使わない。
ちなみにじゃあ何故、ここに居る二人の若者はまだ仕事時間が終わってないのにこの店にいるかというと…
「「俺達はまだ見習いなんで定時が17時なんす」」
だそうだ。
しばらくして女店主が桶と入浴セットを持って戻って来た。
「はいよ、天ちゃん。 また使い終わったら花に渡してくれればいいから」
そう言って俺に入浴セットを手渡す。
「ありがとうなおばちゃん」
「いいって事さ。花、いつもみたいにご飯の前に天ちゃんとお風呂に入ってきな」
「は〜い」
「じゃあ行くか花坊」
俺は花の頭を軽く撫でながらそう告げる。
「だから花坊とか言うな!」
「お前らも一緒にくるか?」
「い、いえ、俺らは兄貴が帰ってから行くっす!」
「そ、そうそう」
…まあ俺と風呂なんか入ったらこいつらの場合は気が休すまらんだろうからな。
「天ちゃん早く行こうよ!」
「ああ、そうだな。じゃあおばちゃん、ちょっと花坊と浴場行って来くる」
「母ちゃん行ってきま〜す」
「いってらっしゃい、花!天ちゃんを困らせるんじゃないよ」
「わ、わかってるよ母ちゃん!」
…なんだかんだでこの子も母親には逆らえないんだよな…。
そして俺達は町の共同浴場にやって来た。
「花坊はちゃんとに女湯に入れよ?」
「え〜〜、天ちゃんと一緒に男湯に入る〜」
「花坊は今いくつだ?」
「え?10歳」
「男が女湯に入っていいのは7歳まで、女が男湯に入っていいのは9歳までという決まりがある」
「え!本当に!」
…勿論デタラメです、だがお前は結構可愛いからもう男湯に入る癖を治した方がいいんだよ…。
「ああ、だから残念だが花坊はギリギリアウトだ」
「ぶう〜〜」
…こいつは毎回、俺と男湯に入ろうとするからな、10歳になったんだから少しは恥じらいを持って欲しい、こんな男臭い町で育ったんだからしょうがないっちゃしょうがないが…。
ちなみに俺はそれとは別の理由もあり花と一緒に入浴を控えている。
「とりあえずいつも通り25分後ぐらいに出てくるから湯冷めしない様にゆっくり風呂に入るんだぞ?」
「わかったよ。 天ちゃんはいつもお風呂長いからね」
「お前が出るのが早過ぎるんだ」
…まあ、俺も風呂自体は早いんだが他の事でちょっと時間を使ってるんだよ。
俺と花は入り口で別れてそれぞれの浴場に向かう。
ここの浴場は大浴場とまではいかないがそれでも大人5人は楽に入れるスペースがあり、普通の家に比べればかなり広い。
「よし、じゃあやるかな」
風呂場に着いた俺はいつも最初にやる事があった、それは…
「いつも使わせてもらってるからな?ちゃんと綺麗にしなくては」
風呂場の掃除である。
俺はズボンの裾を捲り、掃除用具入れに入っていたデッキブラシを持って風呂場の掃除を始める。
別に誰かに言われた訳ではなくただそうしないと気が済まないという自己満足でやっている。
花と一緒に入りたくないのも掃除をしている事を知られたくないと言うのが本音だ。
〜10分後〜
「こんなもんかな?そろそろ切り上げて風呂に入るか…」
あらかた風呂場の床や壁を磨き風呂のお湯で流して掃除を終えた俺は服を脱ぎ体を洗って風呂に浸かった。
なお、俺の入浴時間の割合は掃除10分入浴15分の計25分だ。
「ふう〜、極楽、極楽」
風呂に浸かりながら俺は自分の変化と、そのきっかけを思い起す。
「昔の俺ならこんな事をしなかったよな…」
…俺はこの世界に来て…いや、ラムとあんな別れをしてから変わったな…。
俺はあの時の事を今だに未練たらしく後悔していた。
何故、俺はあの時あんな卑怯な真似ではなく誠意を持って皆に自分の本心を伝えなかったんだろうと。
それからの俺は受けた恩や誠意に対してはこちらも何らかの誠意で応える様に努めている。
さっきの魔石の売買のやり取りも世話になってる女店主に少しでも恩返ししたいという思いからだ。
「…ただの自分に対する慰めみたいなもんだがな実際は…」
…そうすれば少しでも自分のやってしまった事への償いになるとか考えてる所は否定できんからな…。
「いかん、いかん」
バャシャバャシャ。
俺は暗くなった気持ちを切り替える為に風呂のお湯で顔を洗う。
「やってしまった事を今更くよくよしても仕方がない、大切なのは同じ過ちをまた繰り返えさん事だ…」
…だが、忘れてしまうのも駄目だがな…というか忘れたくても忘れられんが…。
「……っは!い、いかん…また気持ちが暗くなってしまった。…もうしめっぽいことを考えないで所持金の確認でもしよ…」
…確か今日の30万を合わせると4日間で丁度60万ぐらい貯まったな…。
「そう考えると結構稼いだな俺…」
…そろそろ風呂敷から肩掛け様の細長い荷物入れに代えるか?それぐらいなら余裕があるよな?
「…魔石動力のコンロも思い切って買うか?」
…いや早まるな俺!まだこれから長旅をすると思うしコンロは贅沢すぎる!
…少し疲れるが練気を使えばコンロ無しでも鍋は普通に使えるしな…。
…それにもし魔石動力のコンロを買ったとして俺の魔法無効体質に引っかかって使えなかったとしたら……。
ブル…。
「…コンロは博打要素がデカすぎるから見送ろう…」
俺は皆と別れて節約家としても変化した。
現在の持ち物
・道着(上着と黒帯のみ)
・鉄の鍋(ひしゃげた盾をリサイクルした)
・小さめの風呂敷(道着のズボンで作製)
・端末
・財布(60万4500円)
・シストの名刺
・マリーの名刺(プライベート番号記載済)
・近々、デカイ荷物入れを購入予定




