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第5話 幕開け

 この世界に来てから一週間が過ぎた。


「はぁ……」


 俺は現在、《ソシスト共和国・東部国境地域》に続く街道に一人(ひとり)でいる。広大な美しい川と豊かな森林に囲まれたーーそれはそれは綺麗な場所だ。


「はぁぁ……」


 ちなみに、街道沿いに流れる川を眺めながらそのほとりで体育座りをして深いため息をついているのが……今の俺だったりする


「はぁぁ〜……」


 はたから見れば、会社をリストラされてしょぼくれてるおっさんか。あるいは今の自分の外見は高校生ほどに戻っているので、失恋で傷心中の男子学生といったところか。


「どっちにしろ(ろく)なもんじゃないがな」


 つぶやいて。

 伏せていた顔を上げると。俺は異世界の空を仰いだ。


「……綺麗だな」


 青く澄んだ空がどこまでも続いている。

 この世界は何処も彼処も美しかった。今いる場所もそう。街や村の風情(ふうじょう)、自然の風景一つとっても、前の世界ではわざわざ旅行しなければ拝めないような壮大な景色が、この世界には溢れていた。

 ーーいや景色だけではない。

(ひと)』もそうだ。この世界へ迷い込んで一週間ーーこれまでに出会った者たちは皆、俺に対し優しく、暖かに接してくれた。


「まあ、一部の例外もいるが……」


 それでもあからさまに俺を避けたり、遭遇した瞬間、問答無用で逃げ出したりする者は一人もいなかった。


 ……いやまぁ、それが普通っちゃ普通なんだけどね……


 だがその“普通(ふつう)”というやつを、俺はこれまで他人にしてもらえなかった。俺はこの世界に来て、ようやく普通かーーそれ以上に親しく接してくれる者たちとめぐり会えたのだ。なのに……


「はぁぁ〜〜」


 また深いため息をつき。

 雲ひとつない空を眺めながら。


『これからも一緒にいてくださいですぅ……あたし、いっぱいいっぱい頑張りますから……』


 俺は、自分の事を必死に引き留めようとした猫の獣人の少女のことを思い出す。


「…………何やってんだろ、俺は」


 後悔先に立たたずとは良く言ったものだ。

 俺は力なく項垂れる。


「チームを抜けるにしろ抜けないにしろ、あいつらともっとちゃんと話し合うべきだったな……」


 なんてことはない、淳やジュリに散々偉そうな事を言っておきながら、自分が一番不誠実なことをしている。


 ……弥生にも酷いことをしちまったな……


 泣かせてしまった二人の少女の泣き顔を思い出し、再びテンションを地の底まで下げて。


「昨日はまだこれからの旅の支度に集中していたから色々と考えずに済んだが、今日はひたすら歩いてたからな……いらん事ばかり考えちまう」


 そして、気がついたら川のほとりで体育座りしてた。


「ーーケシケシケシ」


 それからどのくらいの時間そうしてただろうーー何かしないとどんどん深みにはまりそうだ。そう思った矢先に。


「ケシーーッ」


 こけし顔の猫型モンスターが現れた。


「『また』こいつかよ……」


「ケシィイイ〜〜っ!」


 昨晩から通算して既に四匹目となるソイツを横目で一瞬見やり、俺は再び視線を前方の川に向けた。


「はぁ……今の俺って、こんな奴にまで()められるほど情けない有り様なのか?」


「ケシィイイイイ‼︎」


 猫型の魔物は当然のように俺に飛び掛かって来た。

 俺は右手にデコピンの構えをつくる。


「百万年早い」


 瞬間、バチンッ‼︎ と大きな音が一瞬だけ川のせせらぎをかき消し、


「…………」


 同時に、猫型モンスターのHPも一瞬でかき消した。


 ーー花村天 WIN。


「勝てそうか? お前らにとってそんなに勝てそうな相手に見えるのか、俺は⁉︎」


 とりあえず白目を剥いてピクリとも動かない魔物へわりと必死に問いかける。


「……正直、(ねこ)とか今は本当に勘弁してくれよ」


 ちらりと本音もこぼれたところで。


「実際、処分に困るんだよな、コイツ……」


 倒したこけし顔の猫型モンスターを視界の端に入れ、俺はため息つく。

 順当に考えれば、『魔石』にして金に変えるのが一番だろう。おそらく、魔物のサイズからして大した魔石にはならんと思うが。それでも一日の食費ぐらいにはなるだろう。

 だがその選択肢は取れない。何故なら、ここから一番近場の『魔石製造場』はーーというかそこしか知らないのだがーー冒険士協会本部の『魔石製造場』だからだ。


 ……あそこは無理だ。とにかく無理だ……


 もしばったりあいつらに会ったらの場面(ケース)を想像しただけで……背筋が凍る。

 なら次の町まで持ち歩けばいいかとも考えたが、これも既に却下済みだ。理由はいくつかあるが。まず次の町までどれぐらい掛かるか不明。そして次の町に『魔石製造場』があるかも不明。単純にビックサイズの猫の死骸を常時持ち歩きたくない。などなどである。


「……食うか? いや待て、基本何でも食える俺だが、今の精神状態で猫似の生き物を食うのはちょっと……」


 ぶつぶつ独り言を呟きながら、こけし猫(仮名)の亡骸に目をやる。

 ちなみに、この前に倒した三匹のこけし猫はーーたまたま近くを通りかかった冒険士グループに引き取ってもらった。幕の内弁当五個と交換で。


「どうしたもんか……ん?」


 ふと気づくと中学一年生くらいの“人間”の男の子と女の子が、少し離れた場所からこちらをチラチラ見ていた。


 ……野次馬って感じの視線じゃないな……


 普通に考えれば、たとえ弱い魔物でもデコピン一発で倒してしまう奴がいたらまあ物珍しいだろう。彼等ぐらいの年頃ならつい好奇の目を向けてしまうのも頷ける。


「あの〜」


 だが案の定、そういった好奇心とは別の、普通に俺に頼みたいことがあるといった様子でーー少女の方が話し掛けてきた。


「お、おい!」


 それを見た二人組の片割れである少年の方は、慌てて少女を止めるように彼女の服を掴んだ。


「なにいきなり話しかけてんだよっ」


「だって、多分あの『コケッシー』がそうだよ」


「そりゃそうかもしれないけどさ……」


『コケッシー』とはこのモンスターの名前だろうか。


 俺は近寄ってきた少年達に顔を向ける。


「お前ら、俺に何かようか?」


「「!」」


 何やら言い合いを始めた少年達へ逆に訊ねてみる。すると二人は体をビクッと震わせ、少し迷う素振りを見せながらも俺のところまでやって来た。


「えっと、実はですね…」


 先に口を開いたのは三つ編みの少女の方だった。

 そしてーー


「なるほどな」


 少年達の話では、最近この辺りの畑を複数の『コケッシー』が荒らし回っているそうだ。きっと俺が昨日今日倒した四匹のことだろう。

『コケッシー』は力の弱いモンスターだがその代わり知恵が回り、ここいらの農夫達は手を焼いていたという。


 ……そういや、そんな光景をこの前バスの中から見たな……


 で。

 その討伐依頼をこの二人組ーー駆け出し冒険士のノボルとチエが引き受けた。という事なのだが。


「まさかお前達だけでこの仕事をやろうとしたのか?」


「「……」」


 二人は途端に黙ってしまった。痛いところを突かれたのが見え見えの反応だ。

 実際、いくら相手が弱いといっても、狩猟、討伐系の依頼をFランクの冒険士だけで受けるのは危ない。これは冒険士見習いの取得時講習でも言われた事だ。別に違反ではないが止めておくのが無難だ、と。俺もそう思う。

 まあ、同じFランクでフリーになった俺が言えることじゃないんだが。


「ーーま、俺の場合は『ハイオーク』を一撃で倒せるからセーフってことで」


「え?」


「いや、なんでもない」


「「?」」


 不思議そうに小首をかしげている子供たちはひとまず置いておく。


 ……恐らく、この二人は一般人に毛が生えた程度の力しか持っていない……


 これでも戦闘経験はアホほど積んでいるので。俺は相手を一目見れば、大概のものはーー人に限らずーー一その力量を見抜くことができる。


「の、ノボルが最初に言い出したんです。私は止めたんですけど……」


「な、チエだってなんだかんだ言って乗り気だったじゃんか!」


「……」


 結果、今俺の目の前にいる少年少女の実力は、いいとこ同学年のクラスの中では体力測定上位陣ーー程度の力量だということが判明した。


 ……それでも、さすがにそこの猫にやられることはないと思うが……


 危ないものは危ない。


「ほ、本当はいつも、俺もチエも先生と一緒に活動してるんだけど」


「昨日から風邪で寝込んでるんです、先生……」


「あ、そう、風邪ね……。お大事にね」


 なんというか、緊張感の欠片もなかった。


 それから、俺はさらに詳しく二人から話を聞いた。まあ、彼等の言い分は非常にシンプルなものだったが。


「低いランクの依頼なら、モンスターの討伐でも二人だけでこなせると思ったんだ」


「うん……」


 要は仕事を舐めていたということだ。


 ……まあ、ルーキーにありがちな浅はかな行動ってやつだな……


 俺がそんな事を思っていると、それが伝わったのか、チエが顔を伏せる。


「先生に早く(みと)めてもらいたくて……」


「そ、そうなんだ。先生ってばいつも俺たちのことを子供扱いするんだぜ?」


「それはお前らが正真正銘の子供だから仕方がない」


 きっぱりと言い切る。

 それがこたえたのだろうーーノボルとチエは何も言い返さず、何も喋らず、ただうついたまま暗い表情でいる。

 なんともいえない空気になってしまった。


 ……少し言い過ぎたかな……


 自分の言葉で落ち込んでいる子供たちを見て、少なからず罪悪感が込み上げてくる。どうやら俺は、この世界に来てかなり子供に甘くなったようだ。

 俺は頭をかいた。


「あ〜、なんだ……そこの『コケッシー』だっけか? それ、お前らにやるよ」


 俺がそう告げると、


「え! いいんですか⁉︎」


「本当かお兄ちゃん!」


 何気に現金なやつらだった。


「今回は特別だぞ」


 そう言って、俺はコケッシーの死骸を彼等の前に放った。


「えっと、でも、タダで貰うわけには……」


「だ、だよな」


 あまりにあっさり渡した為か、ノボルとチエが困ったように顔を見合わせている。

 こちらとしてはどうせ処分にも困るような代物だ。その上、相手は子供。無論、見返りなど求める気はなかった。

 しかし、ノボルとチエはなかなか自分のドバイザーに俺が渡した『コケッシー』を入れようとしない。


 ……そういう良識はちゃんとに持ってるんだな……


 感心しながら、俺は言う。


「ならこうしよう、俺がその『コケッシー』をお前らにやる代わりに、お前ら二人には俺がこれから出す二つの条件をのんでもらう」


「「二つの条件?」」


「ああ」


 俺は小さく頷く。


「一つ目の条件は、今後お前ら一人前の冒険士になるまで、その先生の許可なく勝手に依頼を受けないこと。俺が言う事じゃないかもしれんが、先生の言うことはちゃんと聞いとけ」


「「わかりました!」」


 二人は素直に頷いた。


「そういえば、お兄さんもやっぱり冒険士なんですか?」


 と同時に、何故かチエが目を輝かせる


「……一応な」


 少し迷ってそう答えると、


「やっぱりそうだったんですね!」


 チエはさらに目をキラキラさせた。

 そしてノボルも、


「俺もぜってーそうだと思ってたんだ!」


「だよねだよね! コケッシーをデコピンで倒せる人型なんて、冒険士しかいないもの!」


「…………」


 変に思われるよりは幾分かマシだが。子供達に間違った常識を植え付けてしまったかもしれない、と若干(じゃっかん)心が痛んだ。


『先生もコケッシーならデコピン一発で倒せるんでしょ!』


 などと言って帰ってからこの二人が病みあがりの先生を困らせない事を密かに祈る。


「それで、あと一つの条件はなんなんでしょうか?」


「俺たちに出来る事なら何でも言ってよ、お兄ちゃん!」


「あ、ああ」


 第二の先生を見つけた! と言わんばかりに熱い視線を向けてくる子供らにたじろぎつつ、


「もう一つの条件ってのはなーー」



 〜そして数時間後〜


「お」


 俺は、とある建物の前で立ち止まる。


「ここがあの二人が教えてくれた、今はもう使われてないっていう廃墟の僧院だな」


 その城のような建物を見上げ、俺は思わず見惚れてしまう。それは不気味だが何処か神秘的な雰囲気も漂わせる、これぞファンタジーという建造物だった。


「あいつら、思ったよりもいい物件(ぶっけん)を紹介してくれたな」


 そう。俺が新米冒険士のノボルとチエに出したもう一つの条件が……コレだった。


「『ここいらで一番モンスターが出る場所を教えてほしい』って言ったら、まさかこんな素晴らしい穴場を教えてくれるとは」


 近くではないが心当たりの場所がある。二人は俺にそう言った。

 その後、俺はノボルとチエを彼等の先生がいるという町まで送り、日が暮れる前に二人が教えてくれたこの場所までやって来たというわけだ。


「よし決めた。しばらくの間、ここを俺の根城(ねじろ)にしよう」


 指をパチンと鳴らし、俺は意気揚々と荒れ果てた玄関に足を踏み入れる。


「ゾクゾクするな」


 ワクワクともいう。


 俺は廃墟の入り口ーー古びた大きな木製の扉の前までやってきた。


「雰囲気あるなぁ。魔物(まもの)気配(けはい)も沢山感じるし、これは楽しめそうだ」


 言いながら、喜々として僧院の扉を開けた。


「おー、いるいる」


 ギィ〜〜〜ッというお約束の扉の鳴き声を聞きながら、俺は妖館の中をぐるりと見渡す。

 予想通り、中にはモンスターがうじゃうじゃ()た。

 ざっと見た限りでも十匹以上。

 扉を開けて初っ端の廊下でこれだ。期待が膨らむ。


「ギギィ?」


「グゲゲ……?」


「ブヒッ」


 大量の魔物たちが一斉にこちらを向いた。

 俺は一つ咳払いをする。


「えー、誠に勝手ながら、今日からここは君達(モンスター)の生息地から俺の根城に変わりました。ですので、諸君には速やかに退去してもらいます」


 魔物たちは敵意むき出しという目で俺の様子をうかがっている。皆やる気満々というツラだ。

 俺は続けた。


「えー、文句がある方はいっこうに構いませんので、俺をこの世から排除する気で全力でかかってきてください。というか、むしろかかってこい!」


 瞬間。


「グゲェエエエエッ‼︎‼︎」


「ブヒィーー!」


「シャアアアアアア‼︎」


「ギギィイーッ!」


 俺が発した締めのセリフを号令代わりにして、十匹を超える魔物たちが一斉に俺に襲いかかってくる。


「元気があって大変よろしい」


 いつの間にか沈んだ気持ちはすっかり鳴りを潜めていた。


 ーーやはり俺は根っからの戦闘バカらしい。



 魔法文明が発達したとある世界。

 新時代の幕開けはある日突然やってきた。

 これまでの常識を覆す異界からの訪問者ーー


「さあ、殲滅(せんめつ)開始だ」


 花村天(はなむらてん)異世界武勇伝(いせかいぶゆうでん)は、ここから始まるのであった。


 

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