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第1話 無敗の格闘王

 どこからともなく、三つの声が聞こえてくる。


「まずいの〜」


「まいったぜい」


「困りましたね」


 そこは辺り一面が真っ白な空間、見渡す限り何も無い、空っぽの世界。


「このままじゃと、儂等が管理するこの世界があやつのものになるのも、時間の問題なのじゃ」


「私の目算では、我々が管理する人型(ヒューマン)と英雄達がこれから勃発するであろう大戦に勝利する確率は、どんなにひいき目に見ても一割を切ります」


「それじゃあ、無えのと変わらねえじゃねいかい」


 それはとても不思議な声であった。神秘的な清音と厳格な気高さを感じさせる重厚な音がゆっくりと混ざり合い、その洗礼された音色のような三つの声が、この真っ白な空間に溶け込むように響き渡る。


「かー、オイラとしたことが失敗したぜい。こんなことなら、もっと早くに何か手を打っとくべきだったよい!」


「仕方ありません。我々が人型達に授けられるものは、皆例外なく何かしらの誓約がありますから」


「じゃの〜」


 その声の主達は、言葉の節々に落胆の色をにじませていた。


「そんなことは、言われねいでもオイラだって百も承知だがよ……なんかこう、ねいのかい? 」


「今のまんまじゃと、どうしたって負け戦じゃからの〜」


「残念ながら、現時点では八方塞がりです。よしんば我らの直属の英雄達に我々の力や知恵を授けたとしても、それは全人類ではなく一個人のものにしかなりませんからね」


 後から後から弱気なセリフを口にする声の主達。皆が皆、下手に威厳のある声をしているため、それが余計に悲壮感が際立たせてしまっているのはここだけの話だ。


「ええい! どこかにおらんのか⁉︎ この最悪の戦況を根本から覆すような、儂等の世界を救う救世主が! 」


「それを我々が求めるのは、いささかおかしな話ですが……」


「かか、そいつは違いねいぜい」


 やがて不思議な三つの声は、神々しい光となって虚空へと消えていった。



 ◇◇◇



「また勝ってしまった……」


「………………」


 体長四メートルはあろう巨大な虎が、あらぬ方向に首を捻じ曲げ、無造作に舌を出して倒れている。やったのは史上最強の格闘王と呼ばれる無敗の格闘家、俺こと花村天だ。


「そして、またあっという間に終わってしまった」


 虎と遭遇してから三十秒と保たずにこのありさまである。


「今回も、結局はいつもどおりか」


 世界中の猛者達と相見える武者修行の旅だったはずが、蓋を開けてみればすべての戦闘が一瞬で終わってしまった。その為、観光と移動の時間が大半を占め、結果ただの世界一周旅行だろこれ、と思わず自分自身に突っ込みを入れてしまう始末である。


「さて、これからどうするか? 」


 と言いつつ、この季節だと俺のやる事はすでに決まってたりする。

 

「春になったし、実家の山奥にでも帰るか」


 そのように述べて、俺は早々に次の目的地を決定する。ぶっちゃけ、本国である日本に帰るだけなのだが。


「またしばらくは、親父と二人で山奥の修行生活かな?あー、でも、やっぱこの旅でもアレは捨てられなかったか……」


 力なくそう呟き、俺はヒグマのような巨体を縮こめながら、肩を落としてトボトボと歩き出す。


「……やはり、この歳でまだ未使用なのはいろいろと痛い」


 そう。最強の人類と恐れられるこの俺のただ一つのコンプレックス。いや、他にもいっぱいあるが……とりあえず最大のトップシークレットがそれである。


「もうそろそろ、禁断の魔法を覚えるかもしれんな……」


 とりわけ性欲が強いわけでも、恋愛や結婚願望があるわけでもないが。三十路を過ぎていまだ未経験なのは男として辛い現実だ。


「プロフェッショナルな方々に金を払ってという手段が、一番手っ取り早いんだが……」


 できればそれは避けたいと、俺はうつむいた。


「……最初は自然な流れがいいんだが、こんな俺じゃ無理だよな」


 頭を振ってため息をつく俺。こと闘争においては自信しかない俺ではあるが、この方面の話になるとまったく真逆になってしまう。


「……下手なプライドなど捨てるべきか? もともとモテるモテない以前に、最近では人間と認識されない場面も少なくない……」


 ブツブツ言いながらトボトボと歩く俺。

 俺の外見は、簡単に例えると野生の熊だ。そして詳細に言えば、顔は少し強面で、眉毛は太く、そのくせ目は細いといった微妙な地味顔である。まあ、目の方は視界を制限して気配を感じとる修業のためにガキの頃からほとんど瞑っている状態で生活していたら、いつの間にか細目になってしまったという裏話があるのだが。


「ツラはともかく、肉体の方にはかなり自信があるんだがな」


 無駄な贅肉など欠片ほども感じさせない見事な肉体美で、意味もなくダブルバイセップスのポーズをする俺。

 

「……虚しいからやめよ」


 変態と間違われる可能性を考慮した俺は、直ちに道端でのポージングを終了した。


「気分転換に日本に戻って、久々に思い切り親父でもいたぶるか」


 そんな感じで、俺は武者修行を終えて、生まれ育った故郷の山奥に帰るのであった。



 ◇◇◇



「――で、久々に帰って来たはいいが。親父の方はもう帰ってきているかな? 」


 花村家の家族構成は、俺と親父の二人きりだ。母親は、俺が物心つく前に親父に赤ん坊の俺を押し付けて一方的に離婚したらしい。なので、顔も声も当然記憶にない。いまだ健在なのかも不明である。


「まあ、今さら母親に会いたいとも思わんがな」


 そして俺の父親の方はと言えば、一年の大半を紛争地域で過ごし、自ら進んで戦火の中へ身を投じる筋金入りの戦争マニア。もとい凄腕の傭兵である。


「俺という例外を除けば、闘争で親父の右に出るヤツはまず存在しないだろうな。ま、それでも俺よりは数段弱いがね」


  あれは俺が十五の時の春だった……


 俺と親父は生まれて初めて本気でやり合った。結果、俺の圧勝で決着がついたのだが。


「あの時、俺は初めて本気というやつを出した気がする」


 今思えば、親父はよくあれだけの重傷を負って死ななかったと思う。


「まあ、手を抜いていたら、たぶん俺の方が親父に殺されてたかもしれんが」


 それほどの死闘を、俺は十五の春先に親父と繰り広げた。当時のことを思い出し、俺は一人でくつくつと笑う。自分でいうのもなんだが、完全に危ないおっさんだ。


「さて、じゃあ約一年ぶりに我が家へ帰宅しますか」


 それから俺は黙々と険しい山道を登り、しばらくしてから、久しぶりに我が家へと辿り着いた。だが、


「やっぱまだ親父は帰ってきてないか」


 実家は案の定もぬけの殻だった。


「少し帰ってくるのが早すぎたかな? 」


 そう言って、ひとり首をかしげる俺。ちなみに、どうして俺がこんなに親父のことを気にかけているのかというと。


「もう毎年恒例になった、花村家の『親子勝負』を早いとこ始めたいんだが」


 毎年この時期になると、俺は親父と真剣勝負をすることになっているのだ。


「思えばあの時からか……」


 物思いにふけるように、俺はしみじみと空を見上げる。あれは十五の春、親父と死闘を繰り広げた次の年からだっただろうか。親父が事あるごとに『もう一戦、もう一戦』とまくし立ててくるので、気づいたらソレは、花村家の毎年の恒例行事みたいになってしまっていた。だがら、俺と親父は毎年この時期になると我が家に帰ってくるのだ。ちなみに戦績はもちろん俺の全勝である。


「親父も別に弱いわけじゃないんだが」


 むしろ親父は強かった。この俺とまともにやり合えるのは、恐らく世界中探しても親父ぐらいのものだろう。


「だが、相手が悪い」


 自分でそれを言うか、というセリフを吐きながら、俺はまた口の端を吊り上げる。そろそろ変質者と間違われそうなので、俺は顔面神経を元に戻し、いつもどおりの無表情になる。


「さて……親父のやつ、今年は何手まで耐えてくれるか」


 なお、俺がこの花村家の恒例行事に律儀に顔を出す――親父につきあう――理由は、ハナから決まっていた。


「できれば三手以上は持ち堪えてくれよ。じゃないと、自分の実家とはいえ、わざわざこんな山奥まで足を運んだ意味がない」


 まあ、要するに自分自身で編み出した自己流の技、鍛えあげた力を、親父を使って試すためである。なにせ親父以外の生物だと、大抵俺の突きや蹴りの一発で沈んでしまう。つまり自分自身の力を試すもくそもないのだ。


「今回はどの技を試してみるか? 久々に俺の闘人百八技が唸るぜ!」


 そんな中二病みたいなセリフをひとり叫びながら、俺は親父の帰りを今か今かと我が家で待っていた。


「しっかし、親父の奴は鈍ったのか? 毎回必ず家の近くには殺傷能力の高い罠を仕掛けいるはずなのに、今回は拍子抜けするほど何もなかったな?」


 そう言って、俺は玄関前の地面を踵で値踏みするように踏みつける。親父は戦地で傭兵なんかをしてるだけあって、毎度毎度、我が家とその周辺に自前の罠をもりもりセットする。


「そのせいで実家はボロボロなんだが……」


 別に寝床の雨風を凌げれば十分なので、俺は特に何にも気にしていない。実際、自分が実家に滞在するのはこの時期の一週間ぐらいなので、べつだん苦にもならないのだ。


「にしても、あったらあったで地味に鬱陶しいが、なきゃないで寂しいもんだな」


 俺は一つため息をついて、とりあえず家の中に入ることにした。


「親父、早く帰ってこないかな……あっ」


 居間のカビ臭い畳の上に腰を下ろした俺はふとある事に気づいた。


「そういえば随分と髪が伸びたな」


 武者修行の旅をしている間ずっと放置していたら、いつの間にか俺の髪は肩にかかるぐらいまで伸びてしまっていた。


「親父が帰ってくる前に切っちまうか」


 少々気持ち悪いのでとっとと散髪することにした。右手に手刀をつくり、左手で髪を摘みながら、俺は素手で髪を切り始める。普通なら何やってんだこいつ? と思われそうな一連の俺の奇怪な行動。しかし、これが俺のいつもの散髪スタイルなのだ。刃物など一切不要。俺にとって、自分の手足がこの世で一番切れる刃物であり鈍器だ。


「――はい終了」


  そして、あっという間に自分の髪をスポーツ刈りより若干長めというぐらいまで切り揃える。


「こんなところか? 筋肉マッチョなロン毛とか、やられ役の雑魚キャラっぽいから、親父と戦う前に散髪ができて良かった良かった」


 俺は自分のカットに満足しながら、散髪後の頭を手で大雑把に払い、立ち上がった。


「さて、ずっとここにいるのもなんだな」


 その場で少し考えた後。俺はただ待っているのも暇だなと思い、家から移動することにした。


「先にいつもの修行場所で、親父がやってくるまで体でも温めておくか」


  俺はあらかたの荷物を家に置いて、道着だけを手に持ち、毎年親父と勝負を行う決闘の場――もとい、幼い頃から慣れ親しんだ花村家専用の修行場所へと向かった。


「あそこは普通の場所より空気が濃いから、体の活性化作用が他とは段違いなんだ」


 とにかく、その地は修行するにはうってつけの場所なのだ。


「昔は、土や草木の匂いがやたら強い場所ぐらいにしか思ってなかったがな」


 それから数十分ほどまた険しい山道を歩いて、俺はようやく目的の場所に到着した。


「昔っから、ここはちっとも変わらねえな」


 俺は背伸びをして息を大きく吸い込む。


「たぶん二、三日もここに居れば、親父のやつもそのうち現れるだろ」


 修行場に到着した俺は、道着に着替えて体を動かしながら、ここで親父が来るのを待つことにした。ちなみにこの山岳地帯の原生林は野生の動物や木の実などが豊富で、近くには小さな川も流れているので、数日ほどの野営なら大して困らない。


「ガキの頃は、よくここで親父と野宿しながら心身を鍛えたもんだ」


 ……ん?


 子供の頃を思い出しながら、道着に着替えようとしたその時――俺は不意に奇妙な違和感を覚えた。


「なんだ、あんなところに洞穴なんかあったか?」


 見れば。幼い頃からまるで変わらなかったはずのこの場所に、人ひとりなら余裕で入れそうな大きい穴が、山肌にぽっかりと空いていたのだ。


「この前に来た時は、こんな洞穴なんかなかったよな……」


 俺はすぐさま近寄って、当然のようにその洞穴の中を覗き込んだ。


「……それにしてもこの洞穴、どうしてだかもの凄い気になるな」


 身を乗り出して洞穴の中に入った瞬間。


「うっ……!」


 突如、俺の中で何ともいえない不思議な高揚感がこみ上げてきた。


「どうせやる事もないしな……暇つぶしにこの中を調べてみるのも悪くはないか……」


 気づけば、俺は自然とその奇妙な洞穴の奥へと足を進めていた。


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― 新着の感想 ―
[一言] なるほど、つまりは息子が勇○次郎で父親が刃○牙みたいな力関係なのか。
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