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5日目 ①

 ーー世の中には、()きてちゃいけない奴等(ヤツら)がいるのだよ。


 それは。

 俺がこの異世界にやって来たその日に。

 ジュリが(なか)ば強引に世間知らずの俺に教え(さと)した……この世界の(ウラ)事情の一つであった。


『そいつらは()ろうことか、ボクら人型を()べる“三柱神”様方に牙を剥く……正真正銘の大悪党なのだよ!』


 その者達のことを話している時のジュリの有り様といったら、まさに蛇蝎(だかつ)を嫌うが如し、といった感じだった。


『奴等は人型の皮をかぶった悪魔なんだ!』


 生理的に受け付けない、などという生易しいものではない。


『ヘドが出るような害虫以下の下衆(ゲス)な連中さっ。あいつらに比べたら、さっき倒した『リザードマン』の方がはるかに可愛げがあるのだよ‼︎』


 細胞レベルで相容れぬ存在ーーそんな殺意にも似た嫌悪感丸出しで、毒突くジュリ。


『あんな連中が自分と同じ世界で同じ空気を吸ってるって考えただけで、心底虫唾が走るのだよ‼︎』


 彼女とその“邪教徒(じゃきょうと)”なる集団との間に何らかの確執(かくしつ)、ただならぬ因縁(いんねん)があることはーー容易に想像できた。



 ……あの時ソレが(ナニ)かまでは、流石にジュリも教えてはくれなかったが……


 今はもう、その理由(わけ)の大体の見当がついている。当然、本人(ジュリ)から直接聞いたわけではないが。


「……そろそろ時間か」


 中々に寝心地の良いベットから体を起し、俺は枕元に置いていたスマホーーもはや時計と化したーーの電源を入れる。


 画面には《5:48》と表示されていた。


「もう、やっと起きたのだよ」


 朝の挨拶の代わりに、そんな言葉が飛んできた。

 俺は、お前がいきなり着替えだしたから寝たふりして待ってたんだよーーと胸の内でぶーたれつつ、部屋の入り口の方に目を()る。


「ほらほら、ちゃっちゃと支度するのだよ、天」


 そこには、既に身支度を済ませ、朝っぱらからテンションの高いジュリの姿があった。


「今日は大事な日だって、天も知ってるでしょ?」


「ああ。今行く」


 俺も「おはよう」とは言わず、適当に手だけ振って、ベットから完全に抜け出る。

 ほとんど寝ていないので多少の気怠さはあったが、コンディションはすこぶる良好だ。

 遠足前ならぬ『ハイオーク戦』前の期待感と高揚感は、俺の精神状態を極めてハイなものにしていた。


 ……なんだかんだで、俺もあのシストとかいうおっさんの思惑に()せられちまってるな……


 とりあえず顔でも洗うか、と俺が洗面所の方に足を向けるとーー


「もうっ、もたもたしてないで早く行こうよ!」


 ドアノブに手をかけながら、ジュリが地団駄を踏む。


「きっと淳たちも、とっくに(した)()ってるのだよ!」


「まだ約束(やくそく)の時間には十分以上ある」


 そう言って俺は構わず洗面所に入った。

 そろそろワガママ娘の(あつか)いも(ざつ)になってきたところだ。

 ちなみに、現在この部屋には俺とジュリの二人しか居ない。

 淳、弥生、ラムは別の部屋、というよりジュリが昨日の晩に別部屋を()ってーーホテルは変えずーーもともとチームで借りていた部屋を出ていったのだ。その際、俺もこちらに部屋を移した(ほぼ強制的に)。


『淳みたいな話の分からないリーダーとなんて、正直やってられないのだよ‼︎』


『こっちだって、お前みたいな自分勝手でスーパー我儘な奴となんか一緒にいられるか!』


 昨日はあわやチーム解散の危機かとも思ったが、部屋を移してからしばらくして、弥生が(たず)ねてきた。


明日(あす)の朝、もう一度チームの皆で話し合いましょう』


 その後、俺と弥生でなんとかジュリを説得し、翌朝六時にホテル一階のロビーで再度『ハイオーク討伐依頼緊急ミーティング』をする運びとなったのである。




「ーー今日こそは絶対に淳のやつを説得してやるのだよ!」


「昨日から何回目だ、そのセリフ?」


「うっ……こ、今度は絶対の絶対のぜ〜〜ったい! なのだよっ!」


 茶色のカーペットが敷き詰められたホテルの廊下を歩きながら、ジュリが盛大に吠えた。

 当然、俺達以外にも宿泊客はいるのでーー俺は「まだ早朝だから」とジュリをやんわりたしなめつつ、エレベーターのボタンを押す。


 ……やれやれ……


 以前、山で淳と弥生が『ジュリはラムよりもずっと子供だ』的なことを言っていたな、と思い出す。まさにであった。


「ーーさて、どうやってあの石頭を説得して、このお子様(ベイビー)を勝たせるか」


「ん? 何か言った?」


 エレベーターの『↓』ボタンを連打しながらこちらを振り返ったジュリへ、「別に」とだけ答えて。

 俺は何食わぬ顔で、やってきたエレベーターに乗り込んだ。




「あ、天さん、ジュリさん!」


 ホテル一階のロビーに行くと、ラムが元気な挨拶と共に俺達二人を出迎えてくれた。


「お二人とも、おはようございますです!」


 まだ日が昇って間もない時間帯だというのに、ラムはシャキッとした様子でこちらに駆け寄ってくる。


「おはよう、ラム先輩」


 俺は当たり前のようにラムに朝の挨拶を返し、


「ほら見ろ、やっぱり淳たちの方が先にロビーに来てたじゃないか」


 隣にいた唯我独尊ワガママジカル少女は、しかめっ面でいきなり不満を垂れる。

 少し前からバカ流しモードに入っている俺は、当然の如くジュリを放置し、ラムに近づいた。


「すまんな、昨日は。俺達が面倒事を持ってきた所為で、チーム全体の雰囲気を悪くしてしまった」


「気にしないでくださいですぅ。お仕事のお話なら、たまにはそういう事もありますです、はい!」


「そう言ってもらえると助かる。ーーところでラム先輩、昨日はあんな事もあったし、あまり寝れなかったんじゃないか?」


「だ、大丈夫です! あたし、いつもいっぱいお昼寝してますから!」


 その返答は、イコールで『昨日は眠れなかった』という事である。

 しかしそんなことはおくびにも出さず、ラムは精一杯の笑顔を俺とジュリに向けた。


「でも、ごはんはいくら食べてもすぐお腹空いちゅうんですよね、あたし。えへ、えへへ……」


「ほんと、ラムは気楽でいいのだよ」


 などと言いながらため息をつくジュリ。

 俺はそんなアホ娘をこれでもかと白い目で見る。

 ラムは努めて明るく振る舞っている。それは言うまでもなく、俺やジュリに気を遣っているからだ。傍から見ればそれが一目瞭然である。

 それこそ、よっぽどの馬鹿か思慮の浅い奴じゃない限り、一発で気づくほど分かりやすく。


 ……こいつは一度、ラムの爪の垢を煎じて飲んだほうがいい……


  と俺が思ってしまうのは、最早どうしようもない事と言えるだろう。


「ーーおはようございます、天さん。……それにジュリさんも、おはようございますですわ」


 俺達三人の会話が途切れたのを見計らったように、(しと)やかな少女の声音が早朝のロビーラウンジから聞こえてきた。

 俺がそちらに目をやると、既に淳と弥生が、ロビーの休憩スペースのソファー席に腰を落ち着かせていた。


「おはよう、弥生さん。リーダーもおはよう」


 俺は弥生と、その隣に座っていた淳に軽く手を上げて声を掛ける。


「……お、おはよう」


 淳はバツが悪そうではあったが、一応は俺に挨拶を返してくれた。

 その一方、


「フン……」


 ジュリは淳を見るなり、ただ不機嫌そうに顔をしかめて、弥生の正面のソファー席にドカッと腰を下ろす。その間、淳にも弥生にも挨拶は一切なしーー正確にいえば俺とラムにもだがーー。あたかも自分はご立腹ですよとアピールするような態度である。


 ……このお子ちゃまは“人を説得する”という言葉の意味を正確に理解しているのだろうか……


 俺は嘆息しながらその隣の席ーー淳の正面に座った。


「あ、あたしはここがいいですぅ」


 最後に、ラムが自分は中立の立場です、とでも言いたげにテーブルのサイド席に座る。


 こうして、俺達パーティーの存亡(そんぼう)をかけた題目(テーマ)ーー『ハイオーク討伐依頼緊急ミーティング』の後半戦が開始されたのであった。



 ◇◇◇



 早朝六時。ホテル一階の休憩スペース。開放感のある全面ガラス張りの、ロビーラウンジの一角にて。


「……チッ」


「フン」


 からっと晴れた気持ちのいい朝だったが、それを台無しにするような剣呑(けんのん)な空気。

 淳とジュリは、互いに一言も喋らず、まるで目を合わそうとせず、ただお互いふくれっ面で明後日の方向を向いていた。


「ーーリーダーに確認しておきたい事があるんだが」


 このままでは(らち)()かないと思ったのだろうーーはじめに口を開いたのは天だった。


「この依頼を受けるにしろ受けないにしろ、今日の夕刻までには返事をくれとシスト会長はおっしゃっていた。その際にはーー」


「ああ。ジュリがマリーさんから受け取った『ハイオークの討伐依頼書』も、一緒に返却する必要があるんだよ」


 淳はうんざりしたように答える。

 ジュリが素っ気ない口調で言い放った。


「フン、単に依頼を受ければいいだけの話じゃないか」


「ッ〜〜! だからっ、昨日から何度も言ってるだろうが!」


 目の前に置かれたテーブルをバンッ! と叩き、淳は言った。


「 俺らに、『ハイオーク』なんてまだ倒せるわけがないだろ‼︎」


「そんなのやってみなくちゃ分からないのだよ‼︎」


「弥生さん」


 前の日に散々繰り返したやり取りを未然に防ぐ為に、天は弥生に話を振る。


「昨日から聞いてて思ってたんだが、その『ハイオーク』というモンスターはそれほど(つよ)いのか?」


「はい」


 天の意図(いと)に気づいたかどうかは別として、弥生は天の問いかけに力強く頷く。


「『ハイオーク』……というよりも、“Cランクモンスター”は、それより下の低ランクモンスターとは比べものにならないほどの力を持っておりますわ」


「あ、あたしも聞いたことがありますですぅ……」


 ラムがおっかなびっくり発言する。


「Cランクのモンスターをやっつけるのは、Dランクのモンスターをいっぺんに五体相手するよりも大変だって……」


「そうだよ!」


 ラムの言葉に合わせ、淳が再度テーブルを叩く。


「俺達は、現状では『リザードマン』一体にだって苦戦するんだぞ⁉︎ なのに、いきなり『ハイオーク』なんて無謀(むぼう)もいいとこだ!」


「ふむ」


 それは間違いなく淳の言ってることが正しい、天はそう思った。

 だが同時にーー


「今はあの時とは違うのだよ……今のこのチームには、(てん)がいる!」


「っ…………」


 気恥ずかしさここに極まれり。

 自分の思っていた事をそのままジュリに言われ、天は精神世界で激しく身悶える。


 ……なんだこの何とも言えない居心地の悪さは……!


 ハナからそういったセリフを天も自分自身で言うつもりはなかったーー現在の自分の立場上言っても恥をかくだけなのでーーが、他人に言われるのもそれはそれで恥ずかしかった。


 その上、


「なんたって、天の“ディフェンス力”はあのシストおじさんが太鼓判を押したんだから!」


「…………」


 分かっていたこととはいえ。

 自分の価値を立証する材料がソコにしかないという事実は、天にとってダブルパンチであった。


「確かに、天さんの“鉄壁の防御”をもってすれば……あの『ハイオーク』の攻撃を防ぐことも可能かもしれませんわ」


「はいです! 天さんの“盾の威力”なら、きっと『ハイオーク』が相手でもへっちゃらです!」


 挙げ句、他の女性陣もジュリの言葉に納得する始末。


 ……お前ら全員、俺が普通(ふつう)(たたか)ってるとこ一度も見たことないよね⁉︎ ただ盾持って突っ立ってるとこしか見たことないよね……⁉︎


 別に(けな)されてる訳ではない。むしろ高い評価を得ている。

 さりとて。

 天としては逆に心外なのだーー“盾役”としての自分が皆に認められるのは。


「そ、そりゃあ天の“盾テクニック”が凄いのは認めるけど……」


 お前もかよ! という喉まで出掛かった淳へのツッコミを、天がぎりぎり堪えたところで。


「でも、駄目(だめ)なものは駄目だ!」


 ついに淳は席を立って、その場を後にしようとした。


「待つのだよ、淳! まだ話は終わってない!」


 すかさずジュリも立ち上がり、淳の腕を掴んだ。


「逃げるなんて男らしくないのだよ!」


「なんとでも言えよ! 俺はリーダーとして、チームのみんなの命を守る義務があるんだ!」


 絶対(ぜったい)(ゆず)らない、そんな自己主張が今にも聞こえてくるような顔で睨み合う二人。

 このままではいつまで経たっても平行線だ、そう思った天は……


 ……やはりこの手が一番手っ取り早いか……


 ある作戦を決行した。


「ひとつ、ジュリさんに(たず)ねたい(こと)があるんだが」


「は、なに?」


 今取り込み中という副音声付きの刺々しい声で、ジュリは返事をする。

 一方、天は実に気軽に、世間話のような軽いノリでそれを()げた。


「ジュリさんがこの依頼にそこまで(こだわ)るのは、やはりジュリさんの母親(ははおや)と何か関係があるのか?」


「なっ‼︎」


「「っ!」」


 ジュリ、淳、弥生が、ギョッとした顔を一斉に天に向ける。


「なんだ、やっぱ()たりか」


 場は一瞬で凍りついたが、天はなんら気にすることなく世間話(せけんばなし)を継続する。


「それなら、最初からそう言ってリーダーに頼めばいいじゃないか」


「ッーー‼︎」


 ジュリは今にも歯軋りが聞こえてきそうな形相で、天を睨みつけた。


「……天」


 彼女と揉み合いをしていた淳は、ドスの利いた声で天に訊ねる。


「なんでお前が、そのことを知ってんだよ?」


「昨日、冒険士協会本部でジュリさんがマリーさんという人とそんな話をしていた」


「その話を立ち聞きしたと……?」


 弥生が冷たい眼差しを天に向ける。その姿勢は、好感とは程遠いものだ。

 天は肩を竦めてみせた。


「立ち聞きといえばそうなるかもしれんが、二人は普通に俺とシスト会長の目の前で話していたからな。嫌でも耳に入っただけさ」


「……すみません。口が過ぎましたわ」


 と、口では謝っているが、感情では納得していないーーそんな顔の弥生をよそに、天は再度爆弾を投げ込む。


「ついでに言うと、その時リーダーや弥生さんやジュリさんは、『一堂家』のご子息だかご令嬢だかなんだかって話を聞いた」


「ジュリ……お前、天の前でなんて話してんだよ」


「ほとんどあの人の口から出た言葉なのだよ。ボクは悪くない」


 そう言ってジュリは不愉快そうに腰を下ろす。伴って、淳もとりあえずは自分の席に戻った。


「あ、あの」


 この場でただ一人事情を知らないラムが、皆の顔をキョロキョロと不安げに見渡して、


「ジュリさんのお母さんが何かあったんですか……?」


「それなんだがな」


 天は得意げな声で言う。


「これはあくまで俺の推測だが、おそらく“邪教徒”という連中が一枚噛んでるんじゃないかと、俺はにらんでる」


「「「!」」」


 途端に淳達は目の色を変える。

 一方、ラムは考え込むような仕草の後、思い出すように言った。


「じゃきょうと……ええっと、この前ジュリさんが言ってた悪者さんたちのことですぅ?」


「その邪教徒だ」


 天がラムに頷き返したタイミングで。


「おい、天!」


「天さん!」


「天、それ以上は言わないで……!」


 淳、弥生、ジュリが「やめろ」と強く訴える。


 だが、天はやめなかった。


「これは例えばの話だがーージュリさんの母親が、その邪教徒なる集団から(むご)仕打(しう)ちを()けた、とか?」


()めてって言ってるでしょっ‼︎‼︎」


「よせよ天‼︎」


「天さんっ、それより先はいけませんわ‼︎」


「……、」


 放たれた三者の声の矢と共に、天はようやく口を(つぐ)んだ。


 それからしばしの沈黙の後、天が再び口を開く。


「なぁ、ジュリさん」


「なによ……!」


 キッという擬音が聞こえてきそうな鋭い目つきで天を見るジュリ。

 しかし、天は一切怯むことなく、


「あんた(なに)説明(せつめい)してないよな? 俺にも、ラム先輩にも」


「……!」


 思わずジュリは肩をビクつかせた。天の声に少なくない怒気が含まれていたからだ。


 先ほどとは正反対の硬質な声で、天は言う。


「今回の仕事は、下手をすれば(いのち)すら()としかねない危険な任務だーー違うか?」


「……」


 天の問いかけに、ジュリは沈黙という名の肯定を返した。

 それに伴い、天の口上はますます勢いを増す。


「なのにどうだ、ジュリさんはただ自分がやりたいから、自分は頼まれたからといって、俺達に本当(ほんとう)事情(じじょう)を何一つ説明していない」


 この場合、天の言う俺達とは天とラムのこと。

 天は話しながら、今度は淳と弥生に目を向ける。


「人には多かれ少なかれ各々事情がある。それは分かる。俺だってそうだ」


「「……」」


 咄嗟に目を背けた淳と弥生を一瞥し、「ただな」と天はまたジュリに視線を戻す。


「仮にも自分の諸事情で危険に巻き込もうとしている相手に、理由(りゆう)も話さずただやれじゃあ、あまりにも(すじ)が通らないんじゃないか?」


「それは……」


「話はここまでだ」


 重苦しい空気の中、天は静かに立ち上がる。


「俺とリーダーが直接シスト会長に頭を下げてくる。そうすれば、一応は俺達を指名した会長の顔も立つだろう。依頼書の方も、秘書(マリー)さんに事情を話せばおそらく問題ない」


 そう言って席を離れようとした天を、


()って!」


 ジュリが覚悟の面貌で押し(とど)める。


「ボクの母は……『奴隷(どれい)首輪(くびわ)』の被災者なんだ」


「おいジュリっ⁉︎」


「ジュリさん……!」


「大丈夫。天とラムになら話してもいい」


 ひとつ深呼吸してから、ジュリはそれを話し始めた。


「……今から十一年前、全世界で邪教徒による大規模な奴隷狩りが行われたのだよ。その時、ボクの母親も奴等に捕まったんだ」


「そんな……!」


 ラムが口を手で押さえる。幼い彼女でも、ジュリの話の内容の壮絶さは理解できるのだろう。


「そ、それじゃあ、ジュリさんのお母さんは……」


「幸い、母はすぐに救出されて、ボクら家族の元に戻ってきたのだよ」


 瞬間、ラムの顔に傍目にもわかるほどの安堵の色が浮かぶ。

 だが、ジュリは沈痛な面持ちのまま視線を伏せた。


「だけど、その時にはもう……母さんは奴等に“奴隷の首輪付き”にされてたんだ」


「……」


 合点がいった。口には出さず、天は頭の中で一人納得する。

 もともと判断材料はほとんど揃っていた。

『母親』『生きている』『健康』『家柄が良い』『邪教徒』ーーこれらの材料の中に、新たに入手した『奴隷狩り』『奴隷の首輪』の二つのキーワードを加えれば、自ずと答えは見えてくる……


 ……(いえ)居場所(いばしょ)がない、要約するとこんなところか……


 ジュリや淳や弥生の家元である『一堂家』は、この世界でも有数の名家である。そのことは天もなんとなく予想していた。そして、そういった格式の高い家は、決まって体裁(メンツ)を何よりも重んじる。そんな中に奴隷あがりーー非公式ではあるがーーしかも首輪が付いたままの親類縁者が放り込まれれば、その後の扱い、仕打ちなど、容易に想像できるというもの。


 ……しかし『奴隷の首輪』か。果たして、俺の(ちから)通用(つうよう)するたぐいのものかどうか……


 天はその先を知るため、()えてジュリに踏み込んだことを訊ねる。


「ジュリさん。差し支えなければ、その『奴隷の首輪』という物が一体どんなものなのか、俺に教えてくれないか?」


「……『奴隷の首輪』は、簡単に言えば“呪いのアイテム”みたいなものなのだよ」


 多少躊躇いがちにではあるが、ジュリは天の質問に答える。


「ボクも全容はほとんど知らないけど、一度人型に取り付けられた『奴隷の首輪』は、絶対に取り外すことはできないって言われてる」


「では、ジュリさんの母君は一生……」


「ボクが必ず(はず)してみせる‼︎」


 運命に(あらが)うかの如く。その目には決意の炎が宿っていた。

 ジュリは床を蹴るようにしてソファーから立ち上がる。


「その為に、ボクはもっともっと(うえ)に行かなきゃいけないのだよ!」


「なるほど」


 僅かに口元を吊り上げ、天は不敵に笑む。

 そして続けざま、その笑みを人の悪いものに変えて、


「冒険士として実績を上げれば、それだけジュリさんの目標に近づく。今回の依頼(ハイオーク)はその足掛かりとして、まさにうってつけというわけだ」


「あ、あたしもお手伝いしますです!」


 気勢を上げて飛び上がるように立ったのはラム。


「まだまだ全然ダメダメですけど……で、でも! あたしも今回のお仕事、一生懸命頑張りますです!」


「ラム……」


 ラムの熱情にジュリが目を潤ませた直後、計算通りと言わんばかりに天が淳に顔を向ける。


「ーーそういう(わけ)だ、リーダー」


「へ?」


 シリアス展開にそぐわぬリアクションを取りつつ、淳は呆気にとられたように天を見る。まさかこのタイミングで自分に話を振られるとは思ってもみなかった。そんな顔をしていた。


「そういうわけって……?」


「俺とラム先輩は、ジュリさんにつくってことだ」


「天っ!」


 弾かれたように伏せていた顔を上げ、ジュリが喜びに満ちた目を天に向ける。

 天はこれ見よがしに肩を竦めた。


「あんな話をされちゃな。今回のシスト会長からの依頼、受けないわけにはいかんだろ?」


「はいです! ジュリさんと、ジュリさんのお母さんのためにも、絶対にこのお仕事を成功させますですぅ!」


「ハァ、それを言われてしまったら、もうシストおじ様からのご依頼をお受けするより他ありませんわ」


 珍しく、弥生が盛大にため息をついた。どうやら、彼女はいち早く天の(ねら)いに気づいたようだ。


「天さんって、見かけによらず狡猾(こうかつ)ですわ」


「それは俺にとっては褒め言葉だな、弥生さん」


 弥生の精一杯の皮肉を軽くいなし、天は淳に言った。


「悪いな、リーダー。命を懸ける理由ができた以上、もうジュリさんを()める(すべ)が俺にはない」


「淳、わがまま言ってごめん。でもボク、この依頼受けるから」


 ぎこちないながらも、ジュリは淳に頭を下げる。


「これはボクが奴等の呪縛から母さんを救い出す為にも、必要なステップなんだ!」


「……ダメだ」


 淳は難しい顔をして、天とジュリを睨む。


「このチームのリーダーは俺だぞ。ーー要するに、依頼を引き受けるのは俺の役目でゃ」


「淳っ!」


 最後に()まなければ()まってたのにな、とジュリが淳に抱きつく瞬間、天が人知れず苦笑していたのはここだけの話である。


「そうと決まれば善は急げなのだよ、淳! 協会本部へレッツゴー!」


「お、おい、離れろって! 気色悪いんだよ!」


「もう、ジュリさんは本当に調子がいいですわ。でも、確かに連絡は早めに済ませておく必要がありますわ」


 例によっていつものように(じゃ)れつきながら、淳、弥生、ジュリの仲良し三人組は、早々にホテルのフロントへと足を向ける。

 もはや彼等の中に、一旦部屋に戻って、という選択肢はないのだろう。


 天は時計(スマホ)を確認しながら、


「この分だと、朝飯は本部の中で食うことになりそうだな」


 そんな言葉を、ニコニコ顔で近づいてきたラムに投げる。

 ラムは上機嫌に、天にこう言った。


「さっきのはわざとですよね、天さん?」


「ーー!」


 思わぬ不意打ちであった。

 ラムの言う「さっき」に、天は心当たりがあった。

 現在の彼の精神状態を知ってか知らずか、ラムはニンマリと笑って、繰り返すように天に同じ事を訊ねる。


「天さんがさっきあんなこと言ったのは、わざと自分が嫌われ者さんになって、淳さんとジュリさんと弥生さんを仲直(なかなお)りさせるため、だったんですよね?」


 思わず、天はまっすぐな瞳で自分を見上げてくる少女から視線を()がし。

 可愛らしい猫耳頭をポンポンと軽く叩いて。


「さあ、どうだろうな?」


 それだけ言って。

 フロントに向かった淳達の背中を、彼はやや小走り気味に追いかけた。




 ◇◇◇




《ソシスト共和国・西部国境地域》


 そこは。

 とある村の村長宅。


「村長。たった今、冒険士協会から連絡が入りました」


「……それで?」


「はい。今しがた、『ハイオーク』の討伐チームをこちらに派遣したとのことです」


 男のその言葉を聞き、村長は険しい表情を若干綻ばせて。


「これでひとまずは安心か……」


「なんでも、冒険士協会会長のシスト様が直々に指名した方々がお越しになるとか」


「おお! それはなんとも頼もしいのぉ」


 豊かに蓄えられた白い顎髭(あごヒゲ)をさすりながら、村長は窓の外に目をやる。


「最近やたらと村の近くでモンスターが目撃されとったが、よもや『ハイオーク』まで現れるとはの……」


「ついこの間も、若い冒険士の方々に『リザードマン』を退治してもらったばかりだというのに……これじゃあ、おちおち畑仕事もできませんよ」


 男が首をすくめてそんな愚痴をこぼすと、村長は深刻そうに眉根を寄せ、窓から空を見上げた。


「いまにこの世界で何か(おそ)ろしいことが()こる、そんな前触(まえぶ)れでなければええんじゃが……」




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