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4日目 ②

「相変わらずだだっ広いな、ここは……」


 感嘆の声を漏らしながら、俺は冒険士協会本部総合受付カウンターへと針路をとる。


「確か総合受付の窓口は一番と二番だったか」


 現在、俺は『オーク討伐』の依頼達成を冒険士協会に報告する為、《冒険士協会本部・四階フロア》にやって来ていた。

 本来ならば、そういったチームの手続き等に関する業務は、全てリーダーである(あつし)に一任されているのだが……


「フンフ〜フフン〜♪」


 今回は急遽(きゅうきょ)、俺ともう一人(ひとり)がその役割を担うこととなった。


「さ、協会への報告なんてちゃちゃっと済ませて、早く『オーク』を魔石に変えに行くのだよ!」


「先に一人で行っててもいいぞ? 俺も受付で用を済ませたら、先に一人で『ビックリぼ〜い』に行ってるから」


「ちょっ、それってただの個人行動なのだよ!」


「チッ」


 軽く舌打ちし。あからさまに面倒(めんどう)という態度を取ってーー

 俺は右腕にしがみついたままのジュリを引きずるようにして、冒険士専用の受付窓口に向かう。


「こ、こらこら〜、女の子にはもうちょっと優しくしなきゃダメよ?」


 俺は返事をしなかった。

 もはや俺の中に、レディーファーストなんちゃらという精神は一ミリも存在しない(ジュリ限定で)。


「う〜、天たら女子の扱いが乱暴すぎるのだよ。ーーあ、でも、これはこれでアグレッシブなデートって感じでお姉さんは嫌いじゃないよ♪」


 何度目かの猫撫で声がウインクと共に放たれた。

 先刻の『オーク』との戦闘で削られた分とのダブルパンチで、俺の()には過去に例を見ないほどのダメージが蓄積されていた。


 ……今日は間違いなく厄日だ……


 俺はこめかみを押さえて大きくため息をつく。

 有り体に言えば、この魔女っ子の悪ノリは、あれからも未だ継続中なのだ。


『ーーおい、ジュリ。もういい加減にしろって』


『ええ。羽目を外すにも限度というものがございますわ、ジュリさん』


『え〜、別にこれぐらいオークの丸焼きに比べれば大したことじゃないと思うのだよ』


『あれはお仕事ですわ! 羽目を外すとは言いません!』


『オークの丸焼き……こんがりお肉……あつしさ〜ん、せめて耳だけでもかじらせてもらえないしょうかぁ〜』


『……なあリーダー、俺に一つ提案(ていあん)があるんだが』


 結局、俺達は班を二つに分けた。依頼達成の報告に行く班と、飯の班ーーラムの発作対応班ーーだ。

 淳と弥生には飯の班を担当してもらった。その間、俺が仕事の報告をしつつ、ジュリを適当に連れ回してなんちゃってデートを終了させるというプランだ。


『分かった。じゃあ、俺と弥生とラムは先に『ビックリぼ〜い』に行って軽くなんか食べてるよ』


 淳はすぐ俺の考えを察したようで、俺とジュリがそちらを担当すると言ったら二つ返事でオーケーした。

 弥生は自分も冒険士協会本部ついていくと主張したが、俺と淳が止めた。今はとりあえずジュリの好きにやらせるのが一番手っ取り早く事態が収拾に向かう、それが俺と淳の見解だったからだ。


 ……それにしてもこんなに露骨(ろこつ)にくるとはな……


 ジュリの過剰なアプローチの裏に、昨日の一件が起因しているのは明白だった。

 大方、この耳短エルフは俺を(いろ)抑制(コントロール)するつもりなのだろう。


 魂胆が見え見えすぎて、逆に警戒する気も起こらなかった。


「さあ、天。一番の窓口にレッツゴーなのだよ!」


「はいはい……」


 ただ、いつもよりウザさ三割増しのジュリのお()りに俺が軽い頭痛を覚えたのは、不可抗力に近いものといえた。





 冒険士協会に『オーク討伐』のミッション達成を報告し終えた俺とジュリは、次の目的地ーー冒険士協会本部最上階フロアにある『魔石製造場』に行く為、中央ホールのエレベーター乗り場に向かっていた。

 すると、


「げっ」


 急に俺の右腕にぶら下がっていたジュリが、これでもかと顔を(しか)めた。

 理由(わけ)は俺にもすぐ分かった。

 というより、向こうからズカズカと近づいて来た。


「よぉ〜、ジュリ。元気してた?」


「わー、ジュリじゃん! 超久しぶりぃ〜」


 人混みの中から中村(なかむら)が現れた。


 ……横にいる奴は、妹の山姥(やまんば)だろうか……?


 泥人形(なかむら)の隣には、これまたケバイ装飾が施された新種のモンスターが立っていた。


「……(りょう)だけでもめんどくさいのに、美羽(みはね)まで一緒に居るのだよ……」


 疲れた声でジュリがぼやく。どうやらこの生物の名前は『美羽』というらしい。


 ……“面倒くさい”のはお前も同じだがな……


 と心の中でツッコミを入れる俺に、ジュリが声のトーンを抑えたままコソコソと話しかけてきた。


「……あの女が、亮が淳に(から)理由(りゆう)。美羽は淳にベタ()れで、亮は美羽にベタ惚れなのだよ……」


「なるほど」


 思わず俺は納得した。ジュリの説明はかなり大雑把だったが、要領は得ていた。


「ーーねぇ、ジュリ」


 俺とジュリが小声で話していると、美羽という名の山姥系ギャルが、怪訝な顔でこちらをジロジロと見てきた。


「まさかとは思うけど、その見るからにパッとしないヤツ……あんたの男じゃないよね?」


「ばっ、んなわけねぇだろ美羽⁉︎ あんな猿野郎をジュリが相手するわけねぇって!」


「……ハァ、今日はツイてないのだよ。何でよりにもよってこんな時に、メガトン級にめんどうくさいあんた達に会っちゃうんだろ」


「きっと日頃の行いの賜物だろう。つまるところ、人に与えた不快感は、巡り巡って必ず自分の元に戻ってくるということだ」


 四人それぞれがひとしきり毒を吐き終えたところで、俺はなんとなしに人間観察を始める。

 見たところ、目の前に居る二人ーー中村と美羽ーーは、カップルというより友達に近い関係なのだろう。二人の間には人ひとりは通れるほどの隙間が空いていた。


「テメ、コラァ! この前はよくも恥かかせてくれたな?」


「ねぇ、亮。問題起こす気なら一人の時にしてよ。じゃないと、(わたし)までミンリィさんに怒られちゃうじゃん」


 中村は俺にガンを飛ばしながらも、常にさりげなく美羽に近づいている。だが、当の美羽は慣れた様子で、一定の距離以上は中村を近づけさせないよう細心? の注意を払っていた。


 ……まるで同極の磁石(じしゃく)みたいなヤツらだ……


 おそらく、その恋は限りなく中村の一方通行なのだろう。

 そして多分、淳とこの山姥の恋もーー


「あのさ、ジュリ……今日、淳はいないわけ?」


「っ〜〜‼︎」


 ソワソワとその事を訊ねる美羽と、苦虫を噛み潰したような表情を見せる中村。

 それはすこぶる分かりやすい反応だった。思わず、この場に淳が居なくて良かった、と人事ながらに安堵してしまうほどに。


「淳は今、ボクらと別行動中。ていうか見て分かんない? 今ボクは(てん)とデートの真っ最中なのだよ」


「なっ、嘘だろ⁉︎」


「マジィ⁉︎ じゃあ、やっぱその地味くさいのがジュリのーー」


(ちが)います」


 とりあえず二人の誤解を一刀両断し、俺は中村に向かって小さく手を上げた。


「やあ、中村さん。相変わらず今日も顔色が最悪だな」


「だ・か・ら〜〜ッ、コレはわざとこうしてるって言ってんだろが‼︎‼︎」


「おっと、そちらのケバーーお嬢さんに、自己紹介がまだだったな」


「テメェ……!」


「あのさ、天……。照れ隠しなのは分かるけど、もうちょっと否定(ノー)にタメがあってもいいと思うのだよ……」


 敵意むき出しの中村と若干気落ちしているジュリを完全に放置し、俺はもう一方のガングロ小麦族に軽く会釈する。


「初めまして。俺の名は花村天。つい先日、冒険士になったばかりで、今は淳さんとこのチームにお世話になっている見習いだ」


「ふ〜ん。私は春鳥(はるどり)美羽(みはね)。一応こないだ見習い卒業して、Eランク冒険士になったんだ。まあ、よろしくね」


 意外(いがい)の一言だった。

 キャラに似合わず、美羽の挨拶は嫌味のないさっぱりとしたものだ。そのくせ第一印象と違って、こちらの彼女の方はまるで違和感を感じなかった。


 ……なるほどな……


 今度は声に出さずに、俺は一人で納得する。

 おそらくだが、今の彼女はーー


「どうでもいいけどさ。あんたその格好どうにかした方がいいよ?」


「な、なっ? お前もそう思うよな、美羽?」


「うん。仮にデートじゃなくても、そんなみすぼらし格好じゃ、一緒にいるジュリだって恥ずかしいじゃん」


「ハハハッ、分かったか田舎モン! これが都会の常識なんだよ? 分かったらさっさともといた山奥へ帰れ! アハハハ」


「いや、そこまでは言ってないから……ただ、デートでその格好は相手の女の子が可哀想って言うか……」


「だそうだ、ジュリさん。悪いこと言わん、今すぐに俺から離れるんだ。そして知り合いに間違われないよう、出来るだけ遠くに行ってくれ」


「ーーって、なんで天までそっち(がわ)なのよ‼︎」


 と。

 ジュリが()の自分を出したところで。


「春鳥さん。俺の方からも言わせてもらうが、はっきり言って似合っとらんぞ、その格好」


「えっ」「はぁぁ⁉︎」


 美羽はあからさまに動揺し、中村はあからさまに不快感を示していたーーが、俺はおかまいなしに続ける。


「無理をしているのが一目で分かる。何よりも、単純にその風体は春鳥さんに合ってない」


「やっぱそう、だよね」


 図星を突かれたのが傍目にも分かるほど、美羽の声と表情が急激に暗くなる。


 美羽のスタイルは一言でいえば幼児体形。顔立ちもまんま(ロリ)顔。それらが山姥スタイルと化学反応を起こし、まぁ相性は最悪に近かった。加えて、服装もギャルというより年の離れたお姉ちゃんのやつ勝手に着てきちゃったコーデ、なので見ていてかなりイタい。


「まあ、俺みたいな奴に言われるのは不本意かもしれんが、それでも参考の一つにはなるだろう」


「確かにさ、このメイクは自分でもちょっと背伸びしすぎかもって感じてたんだ……」


「ま、待てよ、美羽! そんな田舎モンの言うことなんて真に受けることねえって! お前はそれが一番可愛いって‼︎」


 激しく取り乱す中村。

 だが。


「そりゃ単に中村さんの趣味というだけで、淳さんの好みとは限らんだろ」


「んだと、コラァァ‼︎」


「あ、やっぱ(てん)ちゃんもそう思うよね!」


 いつの間にか俺のことを『天ちゃん』と呼びながら、美羽は熱り立つ中村を置き去りにして小動物のように(すが)()いてきた。


「ねぇ天ちゃん……どうすれば淳は私の方を振り向いてくれると思う……?」


「分からん。が、その姿が確実に逆効果なのは俺にも分かるぞ」


「そ、そうだよね」


「なあ、ジュリさん」


「……なによ」


 子供のように頬を膨らませ、ジュリはそっぽを向いたままーーしぶとく腕はまだ離さずにいるがーー返事をする。見るからにご立腹といった様子だったが、俺は気にせず訊ねた。


「リーダーの好みの格好ってのは、弥生さんが着てるような落ち着いた感じの服装で当ってるか?」


多分(たぶん)ーーとしか言いようがないのだよ」


「というと?」


「そもそも淳が女の子のファッションを褒める時って、大体が弥生限定だから」


「だそうだ、春鳥さん」


 シャツの裾を掴んでこちらを見上げる小麦色の少女に、俺は報告する。


「信憑性は微妙なところだが、とりあえず弥生さんのような落ち着いた雰囲気の格好をしていれば、ハズレは免れるはずだ」


「う〜〜、でも弥生の真似(まね)はしたくないんだよね、私……」


 だからといって中村の真似しちゃ駄目だろ。


 何というか、支離滅裂な彼女の迷走っぷりが、そのまま淳への想いの強さを物語っているようにも感じられた。


 ……女というやつは基本的に苦手なんだが……


 俺は美羽の肩にポンと手を置く。


「別に好きな男の好みに合わせるというだけで、とりわけそれが誰かの真似をしている事にはならんと思うが」


「え?」


 俺にとって、それは気紛(きまぐ)れの様なものだった。


「だいいち、それが弥生さんの真似だからといって、何か問題でもあるのか?」


「それは、その……」


 ただ()いて理由を上げるなら、彼女の恋に苦悩する姿が、少しばかり気落ちした時のラムとかぶって見えたからだ。


「春鳥さんは、うちのリーダーに()れてるんだろ?」


「う、うん……大好き」


「なら体裁(ていさい)など気にせず、できる事は何でもやるべきじゃないのか?」


「天ちゃん……」


 揺れる瞳でもう一度俺を見上げると、美羽は少し照れ臭そうにはにかんだ。


「えへへ。ありがとうね、天ちゃん」


「まあ俺からは月並みのことしか言えんが、頑張れよ」


「うん! ……あとさ、最初に『パッとしないヤツ』とか言っちゃって、ゴメンね?」


「気にするな、春鳥(はるどり)先輩(せんぱい)


 俺と美羽が、これからもよろしく的な流れで固く握手を交わしていると、


「ーーてか、なんで気づけばテメェと美羽が仲良くなってんだよぉおお⁉︎」


「そうよ、そうよ! こっちはさっきからずーっとモーションかけてるのに、美羽とばっかり楽しくお喋りしちゃってさ!」


「ちょ、お()っ! あの猿野郎にモーションってどういう事だよ、ジュリ⁉︎」


「うっさい! 亮には関係ないでしょ!」


「関係なくねぇよ‼︎‼︎」


 中村が吠えた。


「今だから言うがな……俺ァ、帝国学園時代、学園の二大アイドルと言われたお前と弥生のファンクラブに、密かに籍を置いてたんだぜ……」


 結局お前は誰狙いなんだよ。


 ーーと、その時。


 それまで俺達のことなど我関せずの空気扱いだった周囲の冒険士たちが、一斉に動きを止め、ざわめき出した。


「がはははははははははははは‼︎」


 人々の注目を一身に集め、豪快な笑い声を上げながら、一人の大柄な老紳士がこちらに向かって歩いてくる。


 ーーいや、()いたという表現はその者に対して適切ではないかもしれない。


 他を圧倒するような重厚な存在感。

 揺るがぬ信念、不屈の闘志。

 (たみ)奮起(ふんき)させる強烈なカリスマ性が、その男には確かにあった。


「元気があって(おお)いに結構(けっこう)!」


 男は大口をあけたまま、燃えさかる炎のような眼光を放つ。


「いつの時代も、若人はそうでなくてはいかんのだよ! 君もそうは思わんかね、マリー? があっははははははは‼︎」


大統領(だいとうりょう)、少し落ち着いてください。それと今の会話のどこに爆笑する箇所があったのか、 私には計り兼ねます」


 冒険士協会会長にして『ソシスト共和国』現大統領ーーそして今現在、この世界にたった六人しか存在しないという“ランク(エス)”の冒険士……


「ひとまずは『はじめまして』と言っておこうか、若人(わこうど)諸君(しょくん)!」


 その男の名は、シストといった。


 

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