4日目 ①
つい最近、気づいた事があるのだよ。
ボクって……実は目利きの才能があったんだ♪
というのも、このあいだ『リザードマン』の討伐任務中、偶然ボクは近くに居合わせた一人の男の子を助けたんだ。
種族は“人間種”。
名前は花村天。
……こう言っちゃ悪いけどさ。最初に見たときは怪しさ全開の変人だと思ったのだよ……
でも、色々と話していく内に、天がなかなか話の分かる奴だってことがわかった。
初めに天が見せた奇天烈な行動も、元を辿ればボクが使った『烈火玉』の威力があまりにも凄くて、山火事の心配をしたせいだって言うし。
実際、ボクの『烈火玉』は特別製だからね? 一般人には刺激が強すぎるってのも理解できるのだよ。
もっとも、魔技についてちょっとした知識でも持ってれば、そんな勘違いはまずしないんだけどね。
『俺は幼い頃から親父と二人でこの山奥で暮らしている』
いやはや、流石のボクもびっくりしたのだよ。
まさか魔技や魔素どころか、三柱神様のことすら知らない人型がこの世にいるとは。
……ま、今までずっと人里離れた山奥に住んでたって言うから、それも仕方ないかもだけど……
で。
何だかんだあって、ボクらは、天涯孤独で無職の天に冒険士の仕事を紹介したのだよ。その上で、自分たちのチームに入らないかって誘ったんだ。主にボクと弥生が。
まぁ、弥生の場合は完全に私的な理由なんだけどね? 気になる男子とこれきりになるのが嫌だっていう、恋愛脳全開のやつ。
ーーでも、ボクは違った。
なんというか、ビビッときたのだよ。
できる女の勘ってやつかな?
もしかすると、この少年は使えるかもってね。
……そして、そんなボクの予想は見事的中した。
『……嘘だろ。アイツ、一度に四人を相手にしながら傘でレベルツーの魔技まで防御しちまいやがった……』
淳はそれを見て、しばらくの間おマヌケな面を顔に貼り付けてた。
弥生もラムも、心底びっくりしたって感じで目を丸くしてた。
ーーけど、ボクはさほど驚かなかった。
ただその代わり、終始興奮しっぱなしだったけどね。
まさに読み通りだったってわけ。
天に魔力が無いって知った時は、正直がっかりしたけど。それを補って余りある、あの身体能力。
ボクは確信したのだよ、天は磨けば光る原石だって!
……ぷぷ、これは思わぬ拾い物をしちゃったかも……
いやはや本当まいっちゃうよね〜。
知性溢れる美貌と非凡な魔技のセンスに加えて、よもやそんな隠れた才能まであったなんてさ?
はぁ、自分の有り余る才能が怖いよ。
そして天の伸び代もね……
盾と傘だけでならず者たちを圧倒する天を見て、ボクはある事を決心した。
ーー天をボクのものにする。
ボクには絶対に成し遂げなければならない目的があるのだよ。その為には、少しでも多くの力が必要なのっ。
ーー弥生には悪いけど、もう決めたわ。
ボクには助けたい人がいる。
その人を助ける為なら、ボクはなんだって利用してやる。
他の家の連中なんか当てにできない。
淳や弥生だって、いざという時は頼りにならない。
そう、全部自分一人でやらなきゃダメなのよ!
都合のいいことに、天ったらボクのナイスバディにすっごい鼻の下を伸ばしてたし。その癖、女にまるで免疫がないみたいだからーー
この分なら、わりと楽に落とせそうね♪
◇◇◇
「ブギャーーーッッ‼︎」
全身炎に包まれた魔物の断末魔の叫びと共に、芳ばしい肉の香りが辺りに漂う。
「…………もうそろそろ焼けたかな」
現実逃避とは恐らくこういう事を言うのだろう。俺はこれまでの経緯を頭の中で振り返りながら、目の前で展開する悪趣味なバーベキューをただ呆然と眺めていた。
……これは戦闘ではなく、ただの調理だ。そうだ、俺は料理の手伝いをしていたにすぎん……
そんな事を脳内で繰り返し自分に言い聞かせていると、俺の心の声に呼応するかのように、背後から蕩けた声が飛んできた。
「にゃへ〜、おいしそうな匂いれすぅ〜」
ラムのこの反応に、俺がほっと安堵したのも束の間ーー
「ら、ラムちゃん。アレはお仕事で使いますから食べちゃ駄目ですわよ? ね?」
弥生のその返しで、一瞬で現実に引き戻され、
「ボクの手にかかれば、『オーク』なんて楽勝なのだよ」
「たく、お前一人で倒したみたいに言うなよな」
次いで聞こえてきたジュリと淳の会話が、止めとばかりに容赦なく今の状況を俺に把握させる。
俺は両腕をだらりと下げて脱力する。
「こんなのは俺のやり方じゃない……」
体力的には何もしていないのと大差ないはずだ。なのに、ひどい倦怠感と疲労感が引っ切りなしに押し寄せてくる。こんなにフラストレーションの溜まる戦いは生まれて初めてだった。
『なんつうお粗末な戦法だ』
それは以前、俺が淳達と『リザードマン』の戦闘を木の上から観戦した時に抱いた、率直な感想である。
……あの時は完全に他人事だったが……
まさか自分がその戦闘配置に加わるとは夢にも思わなかった。
しかも最前戦で、だ。
「少なくとも百回は殺るチャンスがあった……三秒あれば余裕で終わらせられた……」
俺がボソボソと独り言を呟きながら丸焦げになった『オーク』を眺めていると、
「お疲れ」
例によって美少女の笑みを浮かべて、淳が俺の肩を叩く。
「これで今回の依頼も無事達成だな」
「……ああ」
人の気も知らないでとも思ったが、淳に当たっても仕方がないーー実際は仕方あるのだがーーので、俺はとりあえず社会人として最低限の返しはする事にした。
「そっちもお疲れさーー」
「天さん、お怪我はごさいませんかっ⁉︎」
慌てた様子で駆け寄ってきたのは弥生。彼女はそのまま俺と淳の間に入った。
「うわっ」
結果、淳が後ろによろけて尻餅をついたが、弥生はそれを気にする素振りを見せず、
「どこか痛む場所などございましたら遠慮なく言ってくださいまし! すぐ治療させていただきますわ」
「いや、俺の方は大丈夫だが……」
「そ……それでしたら宜しいのですが」
弥生は少し残念そうに顔を伏せる。
「お、おい弥生!」
勢いよく地面に打ちつけた尻をさすりながら、淳が恨めしそうな顔でこっちを睨んだ。
「なんで俺には怪我したかどうか訊いてくれないんだよ!」
え、そっち? と思わずツッコミ入れてしまいそうなセリフを吐いて、淳はよろよろと立ち上がる。
弥生は不思議そうに首を傾げた。
「? オークの攻撃はすべて天さんが防いでくださいましたから、兄様が怪我をすることは無いと思うのですが?」
「そ、そりゃそうかもしれないけどさっ」
嫌味ではなく純粋に疑問を抱く妹にたじろぎながらも、「もっとこう俺にもなんかさ?」的なジェスチャーで必死に訴える淳。
実際問題、弥生の言っている事はこれでもかというほど正論だ。俺が『オーク』の攻撃を全て無力化した以上、淳が怪我など負うはずがないのだから。
ただ、淳の気持ちも分からないでもなかった。
「俺だって間近であの『オーク』とやり合ってたんだぜ?」
「はい。兄様や私達が無傷で依頼を達成できたのも、天さんがしっかり“盾役”を果たしてくれたおかげですわ」
「いや、そうなんだけど……そういう事じゃなくてさっ」
「?」
やきもきという心境を全身で体現し、奇妙な動作を繰り返す淳を見て、弥生はさらに小首を傾げる。
まあ、二人で囮役をやっていたにも拘らず、片方だけが心配されて自分は蚊帳の外ーーしかもそれが溺愛する妹のものーーでは正直やってられないだろう。
とはいえ、それを直接口に出してアピールするのも男としてどうかと思うが。
……にしても、普通なら逆なんだがな……
こういう場面でよくあるパターンはーー大概イケメンの淳にパーティーの女性陣が集まり、俺のような地味な奴はどんなに頑張っても空気扱いされる、というのが一般的な流れと思っていたのだが。
「天さんの盾……今日も本当に凄かったです、はい!」
「おいおい、ラム。その言い方だと天じゃなくて盾が凄いって聞こえるのだよ」
満面の笑みを浮かべて俺の方に集まってくる少女達。
どうやらこの世界では、結果を出した奴はその分だけ正当な評価を得られるらしい。
……まあ、“盾役”を押し付けた手前、適当におだてて木に登らされているだけかもしれんが……
俺は右手に持っていた盾を肩に背負い、さっさとその場を離れる事にする。世辞にしろ本心にしろ、あんな事で祭り上げられるのはどうにも居心地が悪かった。
「昨日のこともそうですが、天さんほど巧みに盾を操る人型を、私は知りませんわ」
「……ちぇ、あんだけ高い盾なんだから、そりゃ『オーク』程度の攻撃なら簡単に止められるだろうよ。そもそもあの盾を買う決断をしたのは、他でもないリーダーの俺じゃないか……」
「……」
ブツブツと文句を言いながら負のオーラを漂わせる淳に気づかれぬよう、俺はそれとなく自然にエスケープをはかるーー
「天、お疲れさま♪」
が、ジュリが俺の腕を自分の胸に引き寄せるように抱きついてきた為、あえなく未遂に終わった。
「最前列で『オーク』の攻撃を防ぐ天の後ろ姿、なかなかカッコよかったのだよ」
「そいつはどうも」
素っ気ない返事をしながら、俺はジュリに腕を離せと身振りで訴える。
しかし、ジュリはますます俺の腕に胸を押し付け、
「ねぇねぇ、天。仕事も早く終わったことだし、約束通りこれからお姉さんとデートしようよ」
「なっ⁉︎」
途端に弥生が血相を変える。
「じゅじゅ、ジュリさん!」
「ん、どうしたのだよ弥生、そんなに慌てて?」
「こ、これから天さんとデートというのはどういう事でございますですか⁉︎」
「そのまんまの意味なのだよ。ほら、ボクさっき、天が頑張ったら一日デートするって約束しちゃったし」
「それはジュリさんが一方的にそう言われただけで、天さんの了承を得たわけではございませんわ!」
「あれ、そうだったっけ? まぁ別にいいじゃないか、遊びの約束なんてたいがいそんなものなのだよ」
「そのようなものを約束とは言いませんわ!」
ごもっとも、と弥生の意見に心の中で相槌を打ちつつ、俺は現状を冷静に確認してみる。
「も〜、弥生ってば、たかがデートぐらいで騒ぎすぎなのだよ」
「いいえ。この際はっきりと言わせていただきますが、ジュリさんは昔から男女の関係というものを軽く捉える節がありますわ」
「あわわわわっ」
慌てふためくラムはひとまず置いておき、ぱっと見この状況、二人の美少女が俺を巡って争っているかのようにも思える。
ーーだが実際は違う。
俺の見立てでは、弥生はともかくジュリは何か裏がある。そして弥生も、現在のところ吊り橋効果持続中なので、俺に気があるとカウントするには早計といえるだろう。
俺は、これをモテ期と勘違いするほどおめでたくもなければ、飢えている訳でもない。
「ーーなあ、リーダー」
なので、手っ取り早く流れを戻すことにした。
「この後どうするんだ?」
「え、あ、そうだな……」
まさか自分に話を振られるとは思ってもみなかったのか、淳は口ごもる。
「一度、冒険士協会本部に行こう」
だが、すぐさま淳は顔を引き締めた。
「次の仕事もそうだけど、依頼達成の報告は早いに越したことはないからな」
「了解した」
一つ頷き、俺はここに来る時にも使った最寄りのバス停へと足を向ける。
淳は嬉々としながら皆に声を掛けた。
「みんな、撤収するぞ!」
ようやくリーダーとして真っ当な扱いをされたのがよほど嬉しかったのだろう。淳の足取りは軽いものだった。
俺はそれとなく列の先頭を淳に譲る。
「うふふ。天も淳の扱いを覚えてきたみたいだね?」
「……そろそろ手を離してほしいんだがな。歩きにくくてかなわん」
「またまた〜、そんなこと言って本当は嬉しいくせに♪」
結局、その後もジュリは冒険士協会本部に着くまで俺の腕を離さず。弥生は終始ご立腹のオーラを漲らせ。淳は『オーク』を食べたがるラムを必死に宥めていた。




